プローブカーデータを用いた東京都心部の道路交通所要時間の視覚化

プローブカーデータを用いた東京都心部の道路交通所要時間の視覚化
井上
亮,遠藤修平,清水英範
Visualization of Road Travel Time in Tokyo City Center Using Probe Vehicle Data
Ryo INOUE, Shuhei ENDO, Eihan SHIMIZU
Abstract: Probe vehicles are effective data collection tools for the road traffic condition and
are nowadays getting to be widely used. One of the main uses of probe vehicle data is to
publish the outcome indexes of the roadway level of service, and several visualization of
outcome indexes have been open to the public; however, previous representations are not so
effective, since the published indexes are not familiar to each individual or their visual
representations are not easy to understand. This study focuses on the travel time data, one of
the most familiar indexes of roadway level of service. “Arrival time contour maps” and
“time-space maps” visualize the hourly change of road travel time and help to understand the
present state of roadway level of service in Tokyo city center.
Keywords: プローブカー (probe vehicle),道路交通所要時間 (road travel time),
視覚化 (visualization)
1. はじめに
た,路側に設置されたセンサーでは,幹線道路の特定
国土交通省は,より効果的,効率的かつ透明性の高
断面における交通状況しか把握できないのに対し,プ
い道路行政へと転換を図るため,国民にとっての成果
ローブカーでは,幹線道路から細街路まで広範囲なデ
を重視する道路行政マネジメントを指向している.現
ータを比較的安価な費用で取得することが可能である.
在,その一環として,旅行速度や渋滞長などの道路交
現在,交通調査などによって取得された道路交通サ
通サービス水準を表すアウトカム指標を用いた業績評
ービス水準を表すアウトカム指標は,渋滞損失額を三
価が行われている.近年,これらの指標の計測手段と
次元で表示する「渋滞 3D マップ」(国土交通省, 2003)
してプローブカーの利用が検討され,様々な取り組み
などにより広報されているが,その表現は必ずしも分
がなされている.
かりやすいとは言えない.今後,プローブカーによる
プローブカーとは,位置計測機器などを搭載し,走
詳細な道路交通観測データが入手可能であることを想
るセンサーとして道路交通情報を収集する車輌である. 定すると,より効果的な道路交通サービス水準の表現
従来の代表的な交通調査である道路交通センサスでは, 法が必要であろう.
特定日の観測しかできないのに対し,プローブカーで
そこで,本研究では,道路交通サービス水準を表す
は,交通状況の時系列変化を継続的に観測できる.ま
指標の中から,多くの人が関心を持ち理解しやすい旅
井上:〒277-8568 千葉県柏市柏の葉 5-1-5
東京大学 空間情報科学研究センター
Tel: 04-7136-4316 E-mail: [email protected]
行時間に着目し,東京都心部で取得されたプローブカ
ーデータを基に道路交通所要時間の視覚化を行い,道
路交通サービス水準の視覚的表現を試みる.
2. 利用したプローブカーデータ
本研究では,国土交通省が東京都心部(2 次メッシュ
各個人が関心を持つ個人ベースの道路交通サービス水
準のアウトカムマップを作成することができる.
コード 5339−35 · 36 · 45 · 46,約 20×20km)で平成 12 年
各リンクの出発時間をもとに前後の時間帯の平均所
5 月から 14 年 6 月にかけて収集した,品川区の営業所
要時間を内挿してリンク所要時間を計算し,Dijkstra 法
に所属するタクシー20 台の走行履歴のプローブカーデ
で各ノードまでの最小到達時間を算出した.その後,
ータを利用する.
到達時間を空間内挿し,到達時間コンターマップを作
プローブカーデータは,財団法人日本デジタル道路
地図協会が作製する全国デジタル道路地図データベー
成した.本稿では,東京駅丸の内口を起点とした到達
時間コンターマップを図1に示す.
ス(DRM)の全道路データに基づいて整理されており,
作成した到達時間コンターマップによって,プロー
各車両がリンクの起点ノード・終点ノードを通過した
ブカーによって取得された情報に基づき,時々刻々変
日時を記録している.対象範囲のノードは 52,684,リ
化する東京都心部の道路交通サービス水準を視覚的に
ンクは 84,946,通行可能な方向を考慮するとリンクは
表現できることが確認できた.自宅など関心のある地
158,287 となる.また,プローブカーデータには
点を起点とした到達時間コンターマップを作成するこ
16,931,890 レコードの走行履歴が記録されている.
とにより,個人ベースのアウトカムマップを作成する
まず,プローブカーデータを,平・土曜・休日別,1
時間毎に集計し,各リンクの平均所要時間を算出した.
ことができ,道路交通サービス水準の現状把握にとっ
て有用な手段だと考えられる.
今回使用するデータでは,平日 81,328 リンク,土曜日
53,103 リンク,休日 49,468 リンクに関して 1 台以上の
走行履歴が記録されている.主要道路では平日は全時
間帯でほぼ全てのリンクの所要時間データが揃うが,
土曜日・休日は全般的にデータがない時間帯があるこ
とが確認された.また,平日でも 20 時間帯以上に走行
履歴のあるリンクは 19,530 本と全体の 1 割強しかなく,
主要道路以外では走行履歴が十分に取得できていない
ことが確認された.
ここで,主に幹線道路からなる DRM の基本道路デ
ータに基づきデータを再集計し,細街路のデータを除
くと同時にデータ量を減らし,その後の処理の簡略化
4. 時間地図による視覚化
次に,所要時間を地図上の距離を用いて表す時間地
図を用いて,都心部の幹線道路の道路交通所要時間の
視覚化を行う.
まず,対象地域内の主要交差点 327 点を抽出し,主
要交差点を結ぶ幹線道路 1,112 本の有向リンクを設定
した(図 2).各リンクには放射・環状の別を,また放
射方向の道路には上下の属性を設定している.
次に,交差点間の所要時間を Dijkstra 法で計算し,時
間地図作成手法(清水・井上(2004))を用いて,幹線道路
リンクの所要時間を表現するように,各時間帯・上下
を図った.基本道路データは幅員 5.5m 以上の道路のみ
別に時間地図を作成した.なお,上りの時間地図作成
を収録しており,ノード 16,840,有向リンク 43,657 と
では,放射道路の上りと環状道路の所要時間データを
全道路データに比べコンパクトである.
再集計の結果,30275 本のリンクに 1 台以上の観測
データが計測された.ここで,観測のない時間帯は前
後の時間帯を用いて線形内挿し,データを補間した.
表現するように計算している.
ここでは,平日の中で上下の所要時間差が最も大き
い 9 時台の時間地図を示す(図 3).対象範囲全体では
下りの所要時間の方が短いが,山手通り内側の都心部
では下りの所要時間が長いことが分かる.
3. 到達時間コンターマップによる視覚化
しかし,リンクのみで表現した図では,対象地域の
到達時間コンターマップとは,特定の地点を特定の
道路網について知識を有する人でも地理的な場所との
時刻に出発した場合の地図上の各地点までの所要時間
対応がつきにくく,分かりにくいことが予想される.
を,等時間線(コンター)によって示したものである.
そこで,時間地図形状に合わせて数値地図 200000(地図
任意の出発地点を指定して地図作成を行うことにより, 画像)(図 2 背景)を変形し,より分かりやすい視覚化を
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(a) 平日 6 時台
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図 2 主要交差点と幹線道路網
(背景地図: 数値地図 200000(地図画像))
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2
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20
40
分
km
図 3 道路交通所要時間 平日 9 時台 (赤:上り,青:下り)
(b) 平日 12 時台
試みる.本研究では,アフィン変換とユニバーサルク
リギングを用いた変形を行った.
なお,平日 9 時台に加えて,最も所要時間が短い 5
時台,最も所要時間が長い 15 時台の時間地図を図 4 に
示す.図 4 では,時間帯による所要時間の違いを一見
して理解できる上,例えば 9 時台,15 時台では対象領
域の時間地図の面積には大きな差は見られないが,9
時台では周辺部,15 時台では都心部での速度低下が観
(c) 平日 18 時台
到達時間(分)
0~5
40~45
5~10
45~50
10~15
50~55
55~60
15~20
20~25
60~65
25~30
65~70
70~
30~35
35~40
図 1 東京駅丸の内口起点の道路所要時間
(背景地図: 北海道地図 GISMAP for Road 基本道路)
察できるなど,道路サービス水準の実態を把握するこ
とが可能である.
5. おわりに
本研究で作成した到達時間コンターマップや時間地
図によって,プローブカーによって取得された情報に
基づき,時々刻々変化する東京都心部の道路交通サー
ビス水準を分かりやすく,かつ印象的に表現できるこ
(a) 平日 上り 5 時台
(b) 平日 下り 5 時台
(c) 平日 上り 9 時台
(d) 平日 下り 9 時台
(e) 平日 上り 15 時台
(f) 平日 下り 15 時台
図 4 幹線道路所要時間変化の視覚化
とが確認できた.
今後,より走行履歴の多いプローブカーデータを使
用し,1 時間単位より細かい時間スケールでの交通状
況の変動の視覚化や,季節・気象条件・五十日などに
よる所要時間の変化を表現が可能な環境を整備するこ
とを検討している.
謝辞
国土交通省道路局より,プローブカー実験の走行履
歴データを提供して頂いた.また,財団法人計量計画
研究所にはプローブカーデータに関してご助言等ご協
力を頂いた.ここに記し,感謝の意を表する.
参考文献
国土交通省道路局 (2003) ITS Handbook 2003-2004.
清水英範, 井上 亮 (2004) 時間地図作成問題の汎用解
法, 土木学会論文集, (765/IV-64), 105-114.