弱回転サッカーボールの魔球的変化に関する発生メカニズムの空気力学

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弱回転サッカーボールの魔球的変化に関する発生メカニズムの空気力学的研究
Aerodynamics study of strange trajectory mechanism
for soccer ball flight with less spinning
黒木 康平*1
溝田 武人*2
大屋 裕二*3
Kohei KUROGI
Taketo MIZOTA
Yuji Oya
岡島 厚*4
Atusi OKAJIMA
SUMMARY
Less spinning soccer ball aerodynamics are studied by wind tunnel experiments. Aerodynamic force of unsteady lift
and side ones acting on the ball at rest are measured and estimated flight trajectory. Well agreements of flight shift
magnitude in lateral direction between observed and calculated ones are obtained. Violent position change of
longitudinal twin vortex just behind ball rear surface is observed using flow visualization method by high speed
camera and smoke image method. As a result, the cause of this strange behavior of less spinning soccer ball is
clarified by self-excited buffeting phenomenon of irregular behavior of omega O shaped vortex and longitudinal
twin one, which already discovered with supper critical Re number region of smooth sphere by Taneda(1976).
These twin vortices appearance are very similar to well known trailing vortices of both side of an air plain wings.
key words: Supper critical Reynolds number, Unsteady air force, Self-excited buffeting, Flow visualization,
1.緒言
極めると思われる. 上述のような変化のメカニズムのす
最も競技人口が多いサッカーでは軌道の変化するシュ
べてについて定量的な説明はない. その魔球的変化は風
ートが注目されており,サッカーの試合で見られる変化
洞実験,可視化実験により解明しつつあるがさらなる入
球はカーブボールのほかにもほぼ無回転で飛翔し予測不
念な観察が必要である. そこで本研究では,昨年度製作し
能な軌道を描く無回転シュート(ブレ球)などがあり,こ
たローラー発射方式のサッカーボール(バレーボール)発
れらの変化球が試合の結果はゲームを盛り上げる上で重
射装置で屋内発射実験により得られた弱回転シュート再
要な要素であることは確かである. Photo.1 に日本代表
現動画を解析し非定常空気力を求める.
で,ロシア・プレミアリーグ PFC CSKA モスクワに所属し
また大型風洞を使ってサッカーボールに加わる空気力
ている本田圭佑選手の弱回転フリーキックのストロボ画
を測定し,高速度カメラによる流れの観察を行った. 特に
1)
像
を示す.この画像から明らかに放物線軌道から外れ
た軌跡であることが分かる. さらに他の弱回転シュート
をいくつか検証したが飛翔軌道に法則性はなく全くのラ
今回の実験では新たな可視化手法として煙法を試みた.
以上の 2 つの観点から弱回転シュートの魔球的軌道変
化メカニズムを定量的に検証,解明する.
ンダムである為ゴールキーパーのボールセーブは困難を
*1 福岡工業大学知能機械工学科 大学院生
Graduate Student , Fukuoka Institute of Technology
*2 福岡工業大学知能機械工学科 教授
Professor , Fukuoka Institute of Technology
*3 九州大学応用力学研究所 教授
Professor, Kyusyu University
*4 金沢学院短期大学 教授
Professor, Kanazawa Gakuin college
ボールの左後方から高速
度カメラで空気の流れの
様子を 250[f/s]で撮影
した.
Photo.3 Flow visualization by tuft methods
2.2.3 煙法による可視化
1)
Photo.1 Strobe image of shot by HONDA Keisuke
煙を用いた可視化実験の様子を Fig.2 に示す. 球体を
後方から支えるシャフトに煙を導くホースを取付け,球
2.実験装置・方法
体の背面にホースを近づけ煙を吹き付ける. その煙の流
2.1 屋内発射実験
れで空気を可視化する.煙を得るために,煙玉を 1 回の実
屋内発射実験の設置図を Fig.1 に示す.ボール飛翔時
験で 10 個程度用いている. これにより従来にない大量の
における自然風の影響を無くすため,福岡工業大学の FIT
煙を発生させることが可能になった. 煙は風洞外に設置
アリーナにて,弱回転ボールの発射実験を行った. ボール
した密閉容器の中で発生させ,風洞内圧力が低いことを
の着地地点をおよそ 37[m]となるように調整した. そし
利用してボール背面に自然放出させた. 風洞流速は 20
て,発射装置の背後にハイビジョンビデオカメラを設置
[m/s],高速度カメラの撮影フレーム数は 250[f/s]と
した. この映像からストロボ画像を製作し画像解析変化
した.
2)
球の変位を求める. なお発射装置は,ジャイロ技研 の馬
Flow of smoke
場氏の技術指導のもとで製作された.
Fig.2 Flow visualization experiment
Fig. 1 Set-up of shot experiment
3.画像解析結果
3.1 屋内発射実験結果
2.2 風洞実験
Photo.4 に弱回転サッカーボールの飛翔動画からボー
2.2.1 空気力測定装置
ル軌道をストロボ画像化したものを示す. このときのボ
実験装置の全体を photo.2
ール初速は 82 [km/h](22.8[m/s])で発射角は 14°である.
に示す.測定流速は U=5∼30
このストロボ画像により弱回転ボールの飛翔軌道が左右
[m/s]とし 3 分力ロードセル
に鋭く揺れることが確認できる. また,ボール直径や中心
を用いて抗力,揚力,横力を同
位置を表す画像のピクセル数により,X,Y,Z 方向の変位を
時に測定する. ボール支持部
求め,その値から空力係
の固有振動数は,19[Hz]であ
数を求めた. Fig.3 より
った.
Z 方向では最大で 0.37
Photo2. Set-up of unsteady force
measurement by wind tunnel
2.2.2 タフト法による可視化
タフト法を用いた可視化部分を photo.3 に示す. ボー
[m]程度の揺れを確認
することができた.横力
係 数 と 時 間 の関 係を
Fig.4 に示す.
ル後方に 50×50[mm]の格子状のピアノ線に絹糸を結び
その揺らぎで空気の流れを可視化する.
Photo.4 Shot orbit of the ball
V=82[km/h]
Fig.7 に示す. Start(原点)からシュートが放たれたと
すると,直後の 0.5[s]付近で Z 方向変位が負から正へと
急激な変化をしていることが確認できた. ただし重力は
計算に含まれていない.
Fig. 3 Displacement on Z-t plane
5
(a) Lift -force U=26[m/s] ,Re=3.76×10
Fig. 4 Unsteady side force on Cs -t plane
4. 風洞実験結果
4.1 時間平均抗力
Fig.5 に新旧のサッカーボールを一様中流で静止させ
たときの時間平均抗力を示す. 図中 wind speed とは直径
220[mm]の滑面球とサッカーボールを想定したときの流
5
(b) Side-force U=26[m/s] ,Re=3.76×10
Fig6. Unsteady lift and side-force
速 U[m/s]である.滑面球と比べてサッカーボールには表
面のパネルに 1[mm]程度の段差があり,これが粗さの役
割をするため遷移レイノルズ数が流速 U=10[m/s]前後の
低流速側に促進されている. この結果は粗さ付き球の抗
力を測定した E.Achenbach (1972) 3)の結果とほぼ同様で
ある.
Fig.7 Soccer ball movement during
t=2~4[s] on Y-Z plane
4.3 可視化実験結果
4.3.1 後流配置と空気力の対応
高速度カメラ画像の内,Fig.6 の縦線の前後 3.60∼3.70
[s]間の 30 フレームを重ね描きした画像を Photo.5 に
Fig. 5 Drag crisis Re number of new and old soccer ball
示す. 図中横力と揚力の合力の方向を F として示す.渦は
下流方向から見てサッカーボールの上方向に発生し,CL
4.2 非定常横力・揚力
と CS 合力 F は,下方向へ作用している. この写真は Fig.8
Fig.6 にサッカーボールに加わる揚力係数 CL,横力係数
に示す Taneda4)による超臨界レイノルズ数での後流渦ス
CS の 4 秒間の変化を示す. C L, C S ともに±0.1 程度の非定
ケッチでの 2本の縦渦を示していると考えられる.また後
常空気力が確認された. Fig.6 の 2∼4[s]間のボール変
位を力の時間積分から求め,Z-Y 平面上に描いた結果を
流は常にランダムにシフトしており,その方向と作用し
た力の方向の対応関係は良い.
抗力の測定ではサッカーボール接合部の粗さによって遷
移レイノルズ数が底流速側に促進されており 14[m/s]を
超える流速では滑面球における超臨界領域の流れになっ
ていると考えられる.
タフト法による風洞可視化実験でボール背面に 2 本の
縦渦が発生し,常にランダムな位相変化を起こしている
様子を捉えることが出来た. さらに煙法による可視化に
より 2 本の縦渦は螺旋状の流れをしていることを確認し
Photo.5 Vortex position and
resultant force direction on Y-Z plain
Fig.8 Flow around sphere
5
of Re=3.8×10
4)
た. これは Taneda(1976) の超臨界領域での滑面球背面流
れの説明を適用することが出来る.
なお 2 本の縦渦は航空機の翼端にできる 2 本の翼端渦
4.3.2 煙法による後流渦観察
Photo.6 に煙による可視化の高速度カメラ画像を示す.
各図中左下に①枚目を基準とした経過時間[sec]を示す.
と同等なものと考えられる. これは航空機の翼などの表
面にできる境界層が統合化して後流に流れ出したもので
あるが,サッカーボールの 2 列の縦渦も同じ渦である.
この結果から 2本の縦渦が発生しており,発生位置は瞬間
的にかつランダムに変化することが分かった. ①から②
6.まとめ
のように 0.1 秒程度で 90°の大きな位相変化を起こすこ
ともあれば 1秒以上同じ場所に留まるケースも見られた.
弱回転サッカーボールの魔球的変化メカニズムに関す
る研究により以下の結論が得られた.
1) サッカーボール発射装置による発射実験の画像解析
により魔球的変化を再現できた.
2) 風洞実験により静止したサッカーボールに加わる非
定常力を測定し,この力からボールの変位を定量的に
説明できた.
3)
Taneda(1976)が指摘した滑面球の超臨界レイノル
ズ数域における球背後の 1 対の縦渦の存在がサッカー
ボールについても確認できた.
4) この縦渦の発生位置がランダムに位相変化すること、
および横力の作用方向と運動量的に良い対応を示すこ
とをサッカーボールについて確認した.これが弱回転
魔球の発生メカニズムである
参考文献
1) 北京オリンピックアジア地区 2 次予選 日本−香港(香
港スタジアム)2007 年 5 月 16 日
2) Gyro Giken HP http://www.gyrogiken.jp/index.htm
3) E.Achenbach; Experiments on the flow past spheres
at very high Reynolds numbers. J. Fluid Mech.,
Photo.6 Unsteady change of longitudinal
twin vortex position U=20[m/s]
5.考察
風洞気流中でサッカーボールを静止させ空気力を測定
したところ横力係数,揚力係数ともに振幅が 0.05∼0.10
程度の非定常空気力が確認された. これにより弱回転シ
ュートの変位を定量化することが出来た. また時間平均
vol.54, p.565, 1972
4) S.Taneda:Visual observations of the flow past a
sphere at Reynolds numbers between104 and 106, J.
Fluid Mech., Vol.85, pp.187-192, 1976
5) T.Mizota, K.Kurogi, Y.Oya and A. Okajima;Strange
3-D trajectory mechanism of less rotation soccer ball
flight, 8 th UK conference on Wind Engineering,
University of Surrey, Guildford, UK, July 14-16, 2008.