-0- 平成 21 年度 第1回テーマ展 解説書 1.はじめに 絵馬とは神や仏への祈願、あるいはそれが叶 え がく ったお礼として寺社に奉納した絵額です。絵馬 には大商人などが有名な絵師に描かせた華や かなものもあれば、民衆が内に秘めた思いを神 や仏に訴えた素朴なものもあります。 日本では古くから馬は神の乗り物として尊 ばれ、祭礼や雨乞いといった祈願の際に馬を献 いきうま 上する風習がありました。奈良時代には生馬の Photo.1 十里町遺跡出土絵馬 うまがた 代わりに木製や土製の馬形 を奉げるようにな えが り、やがてそれが板に描いた馬、すなわち絵馬 へと変化したと考えられています。 遺跡から出土する絵馬は馬を描いた小型の じゅうりちょう ものが多く、滋賀県では長浜市の十 里 町 遺跡 かざり うま から8世紀に相当する絵馬( 飾 馬)が出土し ています(Photo.1)。また、中世の絵巻物に 描かれる絵馬もそのほとんどが小絵馬です。と ころが室町時代中期以降、大型の絵馬も出現し、 Photo.2 静岡県浜松市 伊馬遺跡出土絵馬 同時に馬以外の絵柄が描かれるようになりま した。江戸時代以降の画題は勇ましい武者絵や動植物図をはじめ、物語や歌舞伎の名場面 にまでおよび、多種多様な絵馬が制作されましたが、馬が画題の主流をなすことには変わ はちまん げんぶん ひき う ま ず りありません。愛荘町内では、八幡神社(愛知川)に伝わる元文3年(1738)銘の『曳馬図 くろこま きっこう つな (黒駒)』が馬を描いたものとしては最も古く、華やかな亀甲繋ぎ文様の飾り布を付けた黒 ぎょしゃ 馬(黒駒)を二名の馭者が曳いている様子が描かれています。なお、町内最古の絵馬は豊 けいちょう さんじゅう ろ っ か せ ん え さかのうえの こ れ の り ず 満神社(豊満)に奉納された慶 長 18 年(1613)銘のある『三 十 六歌仙絵のうち 坂 上 是則図』 だいにちどう ぼ し ん だいげきせんず です。また、明治時代には大日堂(愛知川)に奉納された『戊辰大激戦図』のように、当 時話題となった戦場を描く絵馬もみられます。 -1- (1)豊満神社 大国庄の祖神であり、愛知郡の宗社。祭神は大国主命、足仲彦命、息長足姫命、誉田別 命の四座という。神功皇后のとき降臨し、軍旗の守護神として功があり、旗の宮とも称さ れたという。 さんじゅう ろ っ か せ ん え さかのうえの こ れ の り ず 『三 十 六歌仙絵のうち 坂 上 是則図』 列品番号1 慶長 18 年(1613) きん とう 三十六歌仙とは平安時代中期、藤原公任が選んだ当代までの 代表的歌人 36 人総称である(『三十六人撰』)。 三十六歌仙は各地で絵馬の好画題とされ、絵馬にもよく描か れた。他の歌仙絵としては「女房三十六歌仙図」 「六歌仙図」な どが知られる。 ちなみに、坂上是則は平安時代前期から中期の優れた歌人の 一人である。 裏面には慶長 18 年銘の墨書が残る(Fig.1) 。 Fig.1 同図裏書 くろこま 馬図(黒駒) 列品番号2 寛政8年(1796) 黒馬(黒駒)が中央に描かれる。馬装 さんがい おもがい については三懸 のうち面懸 はいわゆる くつわ とうらく 頭絡で十字文楕円形鏡 轡 を固定する。ま むながい しりがい た、鞍を固定する胸懸・尻懸には糸の房 あつ ぶさ を多数よせた厚総がみえるほか、鞍には あ お り ちから がわ あぶみ 泥除と 力 革、そして 鐙 が取り付く。こ のように、黒駒の躍動的な姿は勿論のこ や ぶ さ め と、馬装の詳細な描写から神社の流鏑馬 神事の黒駒を描いたものと思われる。 また、絵馬は家形を呈し、唐草文様を Photo.3 馬図(黒駒) 打ち出した銅製装飾金具を額の四隅な らびに天地に配す。そして、左右の額には直径6㎝の飾り金具が取り付けられていた痕跡 があり、屋根を構成する2本の額にもそれぞれ1箇所ずつ同様の痕跡が認められる。 -2- 列品番号3 牛若丸と弁慶図 嘉永7年(1854) 牛若丸と弁慶の出会った場面が描かれる。 『義経記』には、弁慶が千本の太刀を奪おうと 願をたててから、ついに千本目の太刀を持った 相手、牛若丸と出会う。出会いの場は京の五条 天神と記されているが、御伽草子の『弁慶物語』 には、五条橋とみえる。 この絵馬は五条橋での戦いを描いているも のと思われ、額面中央には弁慶が振るう大薙刀 Photo.4 牛若丸と弁慶図 をかわす牛若丸の姿がみえる。また、画題の周縁には金箔がちりばめられているのが確認 される。 列品番号4 平敦盛と熊谷直実図 江戸時代 平敦盛は平清盛の弟である経盛の子息であ る。一ノ谷の戦いで敗れた平家は海上を舟で 逃れようとしたが、遅れて海中に馬を乗り入 れた敦盛は、合戦の一番乗りである熊谷直実 に扇で呼び止められたため、引き返して直実 と戦い、組み伏せられて首を討たれた。敦盛 は 16 歳の若武者、直実の愛息である直家も同 じ 16 歳であったため、討つのを躊躇したが、 Photo.5 平敦盛と熊谷直実図 泣く泣く首を討ったという。この話は浄瑠璃、歌舞伎にも取り挙げられているほか、浮世 絵にも武者絵として描かれている。 この絵馬は沖に向かおうとする黒駒に乗った敦盛と、赤駒を走らせながら扇をかかげて 呼び止める直実を描いている。 また、左右の額には、菱繋ぎ区画の中央に花を配す文様を打ち出した銅製装飾金具を天 地2箇所に配すほか、中央には花と弁を表した同金具を配す。 (2)八幡神社 八幡神社は、愛智氏の守護神として勧請されたと伝えられる。『近江愛智郡志』巻四によ れば、本殿は寛文 11 年(1678)、大坂の大工八右衛門が請負い、宮屋甚兵衛にたてさせた という。桧皮葺、一間社流造の本殿は、滋賀県指定有形文化財である。 -3- 列品番号5 銭貨鳥居額 明治 39 年(1906) 銭貨を連ねて鳥居を模った絵馬。額 には「奉納」のほか、「明治三十九年 三月二十一日」「川添■■蔵」の墨書 がみえる。銭貨の種類と枚数について は、小判を意識した楕円形の「天保通 宝」を額束・亀腹部分に3枚を配す。 その他「乾隆通宝」7枚、 「永楽通宝」 6枚、「煕寧元宝」4枚、 「康煕通宝」 Photo.6 銭貨鳥居額 2枚、そして「至和通宝」 「常平通宝」 「乾元通宝」 「天元通宝」、判別不明古 銭 26 枚の合計 52 枚を鳥居形に配す。 また、同類の銭貨額は富山県氷見市 朝日神社に奉納された「銭貨貼付額 (鳥居形)」(Photo.7)や福井県敦賀 市曙町氣比神宮に奉納された「三重塔 Photo.7 銭貨貼付額 Photo.8 三重塔貨幣絵馬 貨幣絵馬」(Photo.8)がある。 列品番号6 ひき う ま ず くろこま 曳馬図(黒駒) 元文3年(1906) 中央に花を配した亀甲繋ぎ文様の背がけを ぎょしゃ 付けた黒駒を2名の馭者が曳く様子が描かれ ている。馬が飾られているのは、奉納される 馬の様子を表しているという意見もある。 2名の馭者の表情や装束をやや直線的な筆 使いで描く。 画中には元文3年の墨書銘とともに願主と Photo.9 曳馬図(黒駒) して西澤六之助の名が記されている。裏面には 画中同様、元文3年銘の墨書がみえるほか、愛知川宿本陣に住む西澤甚五 左衛門勝綱の嫡子として六之助の名が記されている(Fig.2) 。 愛知川宿本陣関係の資料があまり伝存していないなか、 貴重な資料とい える。 Fig.2 -4- 曳馬図(黒駒)裏書 列品 番号 名 称 法量 (縦×横) (単位㎝) 備 考 豊満神社 1 2 さかのうえこれのり 三十六歌仙絵のうち 坂 上 是則図 くろこま 馬図(黒駒) 3 牛若丸と弁慶図 4 たいらのあつもり くまがいなおざね 平 敦盛と熊谷直実図 42.2×29.2 板絵著色、額装 (裏面) 「左十五/是則/願主/慶長十八/ 癸丑三月廿六日/敬白/近江国愛知 郡豊満神社宮哥仙」 103.5×143.8 板絵著色、額装(家形) (画中) 「奉納/御神前/寛政八丙辰年仲秋 日/大国下庄」 121.0×181.5 板絵著色、額装 (画中) 「奉納/嘉永七甲寅七月/豊満大社 氏子中/章山」 92.0×145.1 板絵著色、額装(家形) 江戸時代 49.5×46.6 額装 (画中) 「奉納/明治三十九年三月二十一日 /川添■■蔵」 52.3×84.9 板絵著色、額装 (画中) 「宝掛御宝前/元文三戊午年/三月 吉日/願主西澤六之助」 (裏書) 「元文三戊午三月吉日/愛知川宿住 /御本陣/西澤甚五左衛門勝綱/嫡 子/同名 六之助 敬白」 58.9×45.2 板絵著色、額装(高田信祐) (画中) 「奉納/高田信祐謹写」 69.8×79.2 板絵著色、額装 (画中) 「奉納/御宝前/弘化二年乙巳三月 吉日/願主/大橋氏」 (裏書) 「天保十三年/長飛ガ髯之寅之年/ 関羽髯之長キ春/之日ニ奉ル之ヲ/ 弘化貮年/再画仕候/行歳十拾八 才」 八幡神社(愛知川) 5 6 銭貨鳥居額 ひきうま くろこま 曳馬図(黒駒) 河脇神社(中宿) 7 8 恵比須騎馬図 武者絵図 -5- 列品 番号 名 称 法量 (縦×横) (単位㎝) 備 考 9 鬼退治図 136.3×89.9 板絵著色、額装 (画中) 「奉納/天保十四卯三月/願主/ 子供連中」 (裏書) 「天保十四歳/卯三月五日/子供連 中/世話人/六兵衛/長蔵/書林 五兵衛嫡子/大橋常五良/画紅紫枝 /写之」 10 桜に猿図 76.3×91.9 板絵著色、額装(丈鶴筆) (画中) 「奉納/丈鶴」 義経と静御前図 33.8×51.7 板絵著色、家形 (画中) 「願主/北岡氏/己年 男」 55.7×57.3 額装 (画中) 「奉納/渡米紀念/明治四十年二月 /願主 国領捨吉」 75.4×94.4 板絵著色、額装 (画中) 「元治貮年/乙丑/四月吉日/能登 守教経/伊予守源義経/二拾三歳」 110.4×187.9 板絵著色、額装 (画中) 「奉納/明治三庚午卯月吉日/西村 氏」 50.9×37.7 押絵、額装 (画中) 「奉納/明治貮拾六年/癸巳一月吉 日/多喜正文 女」 43.4×31.6 板絵著色、額装 (画中) 「奉納/大日如来/願主 女」 36.7×29.8 押絵、額装 (画中) 「奉納/明治廿四年一月/愛知川村 /池田氏」 11 12 渡米記念図 大日堂(愛知川) はっそうとび 13 義経八艘飛図 14 ぼしん 15 16 17 戊辰大激戦図 が ま 蝦蟇退治図 美人参詣図 美女化粧図 貮拾年 長野地蔵堂 18 刺繍額 額装 (裏書) 57.5 ㎝×41.8 「奉納/大正拾四年八月弐拾三日/ 森野志希/森野久太郎」 -6- 列品 番号 19 名 法量 (縦×横) (単位㎝) 称 35.1×43.7 刺繍額 備 考 額装 (裏書) 「奉納/昭和四年八月日/居原田 操」 額装 (裏書) 「奉納/維持明治三十九年八月/南 無地藏尊御前/森野とく子」 額装 (裏書) 「奉額/大正七年八月貮拾参日/伊 谷せん」 20 押絵額 31.0×40.5 21 押絵額 45.7×59.6 押絵額 39.9×54.4 額装 (裏書) 「奉納/阿藤美子」 押絵額 34.0×42.4 額装 (裏書) 「奉納/昭和十七年/小藤喜美子」 22 23 24 押絵額 33.4×46.4 25 押絵額 20.0×24.8 26 販売小絵馬 27 町内の子どもたちの絵馬 − 9.0×15.0 額装 (画中) 「奉納/明治第参拾八年 八月吉祥 日/伊谷姓」 額装 (画中) 「奉納」 (裏書) 「藤居乃江」 金剛輪寺 1面 豊満神社 3面 八木神社 7面 小絵馬 約 100 面 【参考・引用文献】 〈書 籍〉 岩井宏美 他編 1970『日本の絵馬』(日本の美と教養) 河原書店 岩井宏美 1974『絵馬』(ものと人間の文化史 12) 法政大学出版局 石井真之介 1977『絵馬精撰』 恒星社厚生閣 岩井宏實 2007『絵馬に願いを』 二玄社 〈自治体史〉 愛知川町史編集員会 編 2007『近江 愛知川町の歴史』第4巻ビジュアル資料編 分冊1・分冊2 愛荘町 〈図 録〉 大宮市立博物館編 1988『絵馬−庶民の祈りとくらし−』 ふるさと資料館展示企画委員会編 1989『豊川の絵馬 特別展家内書』 豊川市教育委員会 氷見市立博物館 1997『特別展 氷見の絵馬展Ⅱ−市内の全絵馬調査の成果から−』 千葉県立関宿城博物館 編 1999『平成 11 年度企画展 絵馬に託す∼利根川に生きる∼』 ㈶元興寺文化財研究所 2004『2004 年秋季特別展 絵馬と色刷り版画でたどる彩色のうつろい−江戸から明治へ−』 松本市美術館 編 2006『美術館に初詣 四村合併記念「岳・楽・学都繁栄 絵馬展」』 川越市立博物館 2006『第 27 回企画展 川越の絵馬−絵柄に託された人々の願い−』 敦賀市立博物館 編 2007『特別展 絵馬の世界∼上方との交流の軌跡∼』 高槻市立しろあと歴史館 2008『高槻の絵馬』 高槻市教育委員会 〈報 告 書〉 上田喜江 2009「町史編さん事業における民具整理と今後の活用」附「旧愛知郡役所保管民具目録」『愛荘町歴史研究』第2号 〈論 文〉 森田恵理子 2008「[調査報告]敦賀市内の絵馬・奉納額調査報告」『敦賀市立博物館 研究紀要』第 22 号 敦賀市立博物館 -7- 愛荘町教育委員会 文化振興係
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