は じ め に - 大学教育出版

 はじめに
今日の日本では,アメリカ合衆国についてのニュースが毎日入ってきます
が,主に政治,経済,ハイテク,音楽や映画産業関係なので,
「アメリカ合衆
国とはどんな国なのか」という問いに,アメリカ社会の言語問題を考える人は
少ないでしょう.本書は,そんな問いを教育・言語政策という面からとらえる
ことによって,今までとは違う側面を紹介していきます.また,専門用語や難
解な表現をできるだけ避け,平易な表現や図表などを用いて,アメリカ文化・
言語事情に興味のある学生,教職関係者,一般社会人にもわかりやすく解説し
ていきます.
本書を執筆するきっかけになったのは,20 年前にアリゾナ州立大学に留学
した時,ナバホ族のネイティブアメリカンと知り合い,ナバホ族の Nation を
訪ねたことが遠因にあります.それ以前に留学した時は,黒人たちの公民権運
動も下火になり,ベトナム戦争中とはいえ,アメリカは強くて自信に満ちてい
た時でした.当時は私も 20 代でしたから,あまり社会問題や人種問題を意識
していませんでした.最近になって,ずいぶん歴史的に貴重な時期にアメリカ
に滞在することができたと実感しています.それと同時に,当時は英語を話す
ことは当たり前と思っていたことが,実際は大変複雑な事情があることがわか
り,それを皆さんと共有したいという思いが強くなりました.
そのような訳で,ここ何年か大学の 4 学年のゼミ形式の英語の授業で,ア
メリカ文化・言語に関して教えてきました.エスニシティに関しては多民族性
を認めているアメリカですが,言語に関しては多様性を認めているのであろう
か.ネイティブアメリカンや奴隷として連れてこられたアフリカンアメリカン
に対してどのような言語政策がとられたのだろうか.ヒスパニックに対しては
どうであろうか,といった問題に焦点を当てながら教えてきました.しかし
教材作りは試行錯誤でした.数多く出版されている専門書は学生には難しすぎ
ました.また,英語が専門でない理系の学生に,
「直接英語を教える」のでは
ii
なく,
「英語を使って教える」という教材を作るのは容易ではありませんでし
た.文化研究の授業とは違い,英語の授業の場合は,語彙や文法の勉強のほか
に content-based instruction(内容重視の授業形態)の中で,critical thinking
skills(批判的能力)や autonomous learning(自律学習)の涵養など,常に
教育と学習の視点から考えなければいけないからです(付録のチャレンジ参
照)
.英語の手作り教材が少しずつ出来上がった頃,人文学科の英語言語文化
論や地域研究(アメリカ文化・言語)の授業を担当するようになりました.こ
ちらは,同じ題材を扱っているとはいえ,英語の授業とは違うので,今度は
教材を日本語中心にしました.また,日系アメリカ人の題材に学生がより興味
を示してくれたので,博士論文のテーマであった日系ブラジル人についても加
え,さらに,小学校に英語が導入されたことを受けて,日本人の英語観にも触
れてみました.
本書の出版に際しては,大阪大学の杉田米行氏,大学教育出版社長佐藤守氏
ならびに編集部安田愛氏に大変なるご尽力をいただき,ここに深く感謝いたし
ます.最後に,93 歳まで頑張った故・鈴木幸子(母)に本書を捧げたいと思
います.
2012 年 8 月
杉野俊子
iii
本書の使い方
本書は,概念と英語力を高めるための英語の授業用教材として,文化研究と
して日本語の部分を多くした授業用の教材としてという二本立てで使えるよう
に工夫しています.また,リーダーシップ教育にも役立つでしょう.
〈使い方の例〉
① 英語の教材として使う場合は,ⓐまず日本語の部分を読んで大体の概念
や事象等を把握し,ⓑ次にほぼ同じ内容の英文を読んでみて下さい.日
本語で background knowledge(背景となる知識)がついているので,
英文も読みやすいはずです.
② 日本語の教材として読む場合は,そのまま日本語だけを読んでいって下
さい.もしその過程で余力があれば,英文に挑戦してみて下さい.
③ 英語の学習,あるいは英文だけで読みたい人は,英語で書かれた部分だ
けを読んでいくこともできます.
アメリカ人の言語観を考えていく授業ですが,そこから,日系アメリカ人,
日系ブラジル人,特に小学校英語など日本人にとっての英語の位置づけなどに
ついて,日本にいる私達のことも考えていくきっかけとなる内容にまとめてい
ます(付録の 「チャレンジ」 参照)
.
「日本人にとって異文化理解の根底とな
すものとは何か」の問いの答になれば幸いです.
アメリカ人の言語観を知るための 10 章
─先住民・黒人・ヒスパニック・日系の事例から─
目 次
vi
はじめに……………………………………………………………………………… i
本書の使い方……………………………………………………………………… iii
第 1 章 アメリカ文化・社会を理解するために役立つ基礎知識… …………… 1
第 2 章 アメリカインディアンに対する言語政策………………………………4
1.アメリカインディアンの同化政策と言語変容 4
(1) ナバホ族のロングウォーク 4
(2) インディアン局(Bureau of Indian Affairs)
(BIA)
6
2.インディアン寄宿舎学校(Boarding School)
6
確認テスト 1 11
第 3 章 現代のネイティブアメリカン……………………………………………13
1.ナバホ語の暗号通信兵 13
2.政治・経済にかかわる部族運営 14
(1) Tribe(部族)と Nation(部族連合)の相違 15
(2) 生活水準と経済的基盤 16
3.現代の先住民の女性たち(Contemporary Indigenous Women)
17
4.部族語の復活と維持 19
確認テスト 2 22
第 4 章 黒人奴隷とジムクロウ法…………………………………………………24
1.黒人奴隷 24
確認テスト 3 26
2.ジムクロウ法(1880 ~ 1960 年代)
26
確認テスト 4 28
目 次 vii
第 5 章 アフリカン・アメリカン英語(Ebonics)… ……………………… 31
1.エボニックスが出てきた背景 32
2.エボニックスの特徴 34
3.エボニックス論争 35
4.エボニックス 論争その後 37
5.教育・文化・アイデンティティ・経済力との関係 38
(1) 教える側と教わる側の意見の相違 38
(2) 経済力との関係 39
確認テスト 5 41
第 6 章 プエルトリコ人は移民かアメリカ市民か?…………………………… 42
1.ヒスパニックに関する基礎知識 42
(1) ヒスパニックとは? 42
(2) ラティーノ(Latino)とは? 42
(3) ヒスパニックとラティーノの違い 43
(4) チカーノとは? 44
2.プエルトリコ人のニューヨークへの移住 45
3.プエルトリコ人の言語とアイデンティティ 46
確認テスト 6 50
第 7 章 二言語教育と提案 227 に至るまでの背景…………………………… 51
1.初期のドイツ系移民 51
2.
「祖国で異国人」になったメキシコ人たち 52
3.英語公用語運動の提唱者たち 56
4.二言語教育法 59
第 8 章 「English-Only」運動………………………………………………… 61
1.提案 227 61
2.イングリッシュ・オンリーが示唆する影響 63
viii
3.English-only の背後にある考え方 65
確認テスト 7 77
第 9 章 日系人と太平洋間移動…………………………………………………… 78
1.日本からアメリカへ(1885 ~ 1924 年)
78
(1) グローバリゼーション,移民,日系の定義 80
(2) ハワイ官約移民から排日法まで 80
(3) 「敵性外国人」としての日系人(第 2 次世界大戦中)
82
2.日本からブラジルへ(1908 ~ 1989 年)
83
3.ブラジルから日本へ(1990 ~ 2008 年)
90
(1) 出稼ぎからデカセギ(dekasseguis )へ 90
(2) 浜松の日系ブラジル人 93
(3) 浜松のブラジル人学校 94
4.浜松住人と日系ブラジル人の関わり 99
(1) 研究方法 99
(2) 分析結果 100
(3) 自由記入の定性データ結果 105
(4) まとめと考察 106
5.再び日本からブラジルへ(2008 年~現在)
114
6.日系移民の共通項 115
確認テスト 8 117
おわりに 118
補説 2008 年リーマンショック以降 120
確認テスト 9 122
第 10 章 日本での英語の位置づけを考える……………………………………123
1.日本の言語学習をクリティカルに考察する─English あるいは Englishes
か ? ─ 123
(1) フィリプソンの言語帝国主義 124
目 次 ix
確認テスト 10 125
(2) 英語母語話者と非母語話者 126
2.異文化理解とリーダーシップ教育の根底をなすもの 127
付録 1–4…………………………………………………………………………………129
解答例………………………………………………………………………………138
引用・参考文献……………………………………………………………………155