DP1_08 - 東日本大震災復興リーダー会議

復興リーダー会議
チャンピオンチームを作る
エディ・ジョーンズ
ラグビー日本代表ヘッドコーチ
慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所
Discussion Paper
No.8
2012年10月
この Discussion Paper は、所内で行なわれた復興リーダー会議における講
演速記から起こしたもので、講演者の書き下ろしではなく、所属機関の公式
見解を示すものではない。
復興リーダー会議
Discussion Paper No.87
2012年10月
チャンピオンチームを作る
エディ・ジョーンズ
チャンピオンチームを作る
エディ・ジョーンズ
ラグビー日本代表ヘッドコーチ
アグレッシブ・アタッキング・ラグビー
1996 年に東海大学ラグビーフットボール部のコーチとして私が初めて来日した当時、
日本のラグビーのレベルは高くはなかった。そこで、私は日本のラグビーを強くするため
に力を貸したいと思い、2009 年以降、ジャパンラグビートップリーグのサントリーサン
ゴリアスの GM および監督に就任した。
私が監督に就任する以前、サントリーは 9 年間にたった一つのトロフィーしか勝ち取
っていなかった。サントリーが長い間勝てなかったのは、他のチームの真似をしていたか
らである。さまざまな戦術を取り入れてみたものの、自分たちのプレイに確信を持てなか
った。
私は「アグレッシブ・アタッキング・ラグビー」
(積極的に攻撃するラグビー)という
シンプルな言葉を考え出した。ラグビーは、走り、蹴り、パスすることで点を取るスポー
ツである。サントリーはキックを多用するチームだったが、とにかくボールをキープする
ラグビー、すなわちボールを掴んで離さない、積極的に攻撃するラグビーに変えようと決
めたのである。
サントリーは 2010–2011 年シーズンに 9 年ぶりでトップリーグ優勝を果たし、日本選
手権優勝との 2 冠を達成した。私が監督をした 2 年間に 4 つ大会の決勝に進出し、その
うち 3 回優勝杯を勝ち取った。そして現在(2012 年 10 月 26 日)
、サントリーは 25 試合
中 24 試合で勝利を収めている。
長い間勝てなかったチームが、どうして勝てるチームになることができたのか。その
鍵は 2010–2011 年シーズンの三洋電機(現パナソニック)との決勝戦にあった。試合では、
サントリーは防戦一方で、三洋電機の猛攻撃を必死に凌いでいた。そして、ボールを奪い、
敵陣 80 メートルからの反撃で最初のトライを決めたのである。防御からターンオーバー
(攻守逆転)して攻撃につなげた勇敢さこそが、サントリーをチャンピオンに導いたので
ある。
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チャンピオンになるための 6 つの主要な要素
2012 年 4 月からは、ラグビー日本代表ヘッドコーチに就任した。
日本はワールドカップにおいて過去 20 年間、1 勝もあげることができなかった。日本の
ラグビーには多くの問題があるからである。
スポーツにおいてもビジネスにおいても、トップになるためには、現状に満足せずチャ
レンジすることと、競合相手が真似したくなるような新しいものを創ること、すなわちそ
の分野の最先端に立つことが必要である。
私は、他人の意見には耳を傾けるが、真似をすることには興味がない。ラグビーにおい
て常に、他のチームが真似したくなるようなゲームスタイルを創る努力をしている。ビジ
ネスにおいては、iPod がよい例で、その最先端のスタイルを競合他社がこぞって真似し
ようとしている。常に新しいものを創っていれば、周囲はそれを真似しようとする。
また、情報の共有もリーダーシップにおいて大事なことの一つである。なぜなら、そう
することによって新しいものに出会えるかもしれないからである。
スポーツでチャンピオンになるためには、①「リーダーシップ」
、②「人材」
、③「チー
ムカラー」
、④「規律ある組織風土」、⑤「誠実さ」、⑥「より良い環境を求めて作り出す
こと」という六つの要素が重要である。以下、順に説明していこう。
リーダーシップ
「リーダーシップ」の定義
「リーダーシップ」
(Leadership)とは、個々の持つ力を最大限に引き出す能力のことで
あり、明確かつ強いビジョンで進むべき道を示す能力である。リーダーはチームメンバー
から最高のものを引き出す能力が求められる。そのためにリーダーは素晴らしい何かを作
り出そうというビジョンを持たなければならない。多くの人々は、何か特別なものを作り
あげるメンバーの一員になりたいと思っているからである。そしてリーダーは、自分が作
ったビジョンをメンバーが信じ、そのビジョンに重要性を見いだせるように導かなければ
ならない。大事なことは、リーダーは自らの態度に一貫性を持つことである。リーダーが
信じる価値観をメンバーたちにしっかりと理解させるためには、リーダー自身の態度がぶ
れてはいけないのである。
ここでキーとなる三つの要素がある。第一は「誇り」(Pride)
。選手としての誇り、チ
ームメートに対する誇り、自分たちのプレイに対する誇り、スポーツに対する誇りである。
第二は「尊敬」
(Respect)
。自分以外の人、レフリー、環境、そして自分たちのクラブハ
ウスに対して尊敬の念を持つことである。
第三は「絶対に諦めないこと」(Never Give Up)
。どれほど疲れて力尽きたとしても、
プレイをし続けなければならないということだが、このコンセプトを日本人選手はあまり
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復興リーダー会議 Discussion Paper No. 8
理解していない。ラグビーにおいて、日本人選手はすぐに諦める傾向がある。認めたくな
い人もいるかもしれないが、日本人選手の多くは、疲れてくるとまず精神的に諦め、次に
肉体的にも諦めてしまう。したがって、絶対に諦めないという価値観を選手に持たせなけ
ればならない。どんなに辛い状況で、もはや負けが決定的かもしれないときでも、必死に
ボールをキープし続ければ勝てるチャンスがやってくる。三洋電機との決勝戦で、防戦一
方だったサントリーが、猛攻撃を必死に凌いでボールを奪って反撃してトライを決めたプ
レイが、その素晴らしい成功例である。
ビジョンに基づいた組織構成
次に重要なポイントは、チーム構造をどのように作り上げるかということ。その際、ヒ
エラルキーの構造や人の配置などについて他のチームを真似するのではなく、自らのビジ
ョンを持ち、その構造の中にスタッフを配置していかなければならない。そしてスタッフ
同士でよくコミュニケーションをとらせ、そのビジョンに協力させるのである。
「アグレッシブ・アタッキング・ラグビー」をプレイするには、まずボールを獲得する
ことが大切である。そのためには、優れたセットピースとハイレベルなフィットネスが必
要となる。そこで、私は日本で最も有能な二人のコーチを招聘した。一人は、人格者とし
て選手の尊敬を集めている大久保直弥氏(現・サントリーラグビー部監督)と世界最高の
ストレングス&コンディショニングコーチのジョン・プライヤーだった。
ビジョンに基づいたトレーニング
トレーニングもビジョンに基づいて行なわれなくてはならない。
多くの日本のチームは、1 日 1 回 3 時間程度のトレーニングを行なっているが、サント
リーのトレーニングの仕方は他のチームとは異なっている。1 日少なくとも 4 回、チーム
別に、試合に近い状況で、細かく、集中したトレーニングを行なっている。
また、ほとんどすべての日本のチームは、サマーキャンプの際に朝 9 時から練習をス
タートしていた。それが 30 年前からのやり方だったからである。しかし、サントリーは
朝 6 時から練習をスタートし、その後朝食をとり、少し寝てから、午前 11 時に練習を再
開している。他のチームは通常午後 3 時にトレーニングをスタートするが、サントリー
は午後に少し休んで身体を回復させて、午後 4 時 30 分スタートとしている。
現在では、このサントリー方式を真似てキャンプをするチームが増えている。サントリ
ーが日本ラグビーの 30 年間の習慣を変えたということである。繰り返しになるが、まず
構造を決め、ビジョンに従う、そして周囲が真似をしたがるような新しいことをするので
ある。
特別な存在・斬新な戦術だと感じさせる
自らのチームを特別な存在であると相手に感じさせ、試合においては斬新な戦術だと
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相手に感じさせることもリーダーシップの重要な役割である。その際、陣形(Shape)
、連
携(Linkage)
、動き(Motion)という三つの言葉がキーワードで、攻撃時、ボールを持っ
た選手には常に選択肢があり(
「陣形」
)、チームメンバー全員が「連携」する必要があり、
素早い「動き」が重要になる。
特別な存在であると相手に感じさせるうえで参考になるのが、日本の女子サッカーチ
ームのプレイで、日本人が持つハンデを効果的に使った素晴らしい例である。素早く動き、
チームとして働く。チーム全員が一丸となってプレイしている。それは、私が考える「陣
形」
「連携」
「動き」のイメージと軌を一にする。
そして、現状に満足することなく、つねによりよい方法を模索して進化し続けなければ
ならない。他の誰もがしていないことを行ない、特別な存在になる。みんなが真似したい
と思うようなアタッキングチームの一員になるのである。サントリーが使う用語で、日本
の他のチームも使うようになった言葉がある。
「シェイプ」
(
「陣形」
)で、フィールド上で
選手が「シェイプ! シェイプ!」と言っているのを聞いたことがあるかもしれない。意
味をよくわからずに使っている選手も多いようだが、とにかく他人に真似されるようにな
ったということである。
人材
スタッフ
「適材適所」という言葉があるように、リーダーには、人を正しいポジションに置き、
その人がそこで得意な仕事を適切にできるようにする責任がある。また、複数のスタッフ
を選ぶ時にはスタッフ間のバランスをよく考えなければならない。
若く、しかも経験のあるトレーナーを必要としていたサントリーは、まず情熱的な大久
保直弥氏を招聘し、次に分析の得意な沢木敬介氏を招聘した。さらに、コーチングコーデ
ィネーターのパトリック・バイロン氏をスタッフに加えた。
彼らは、常にお互いの性格やスキル、知識を補い合った。そのようにスタッフ同士が協
力することで、選手たちが必要とするものすべてを満たすことができるのである。
選手
選手から最高のものを引き出すために、まず行なわなければならなかったのは、
「先輩
−後輩」関係を取り除くことだった。スポーツの世界では「先輩−後輩」関係はうまく機
能しないからである。スポーツフィールド上では、たとえ 10 歳違いであっても同等なの
である。
サントリーでは 2 人のフランカーのうち一人が 30 歳で、もう一人が 25 歳だったが、
彼らはお互いに話をしなかった。一人はシニアで、もうひとりがジュニアだからである。
そこで、クラブのレイアウトを変え、4 人のシニアをキャプテンに、4 人のジュニアを 2
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番目の責任者に、という具合に四つのロッカーグループを作った。そして、各グループ内
で協力し合い、例えば 100 キャップの 35 歳のベテラン選手と 22 歳の選手が一緒にクラ
ブハウスを掃除するようにした。このように、ロッカールーム内での平等性を作ることで、
「先輩−後輩関係」を取り去ったのである。
一方で、ヒエラルキーもある。そこで、ゲームの戦術を考え、組み立てられるゲームプ
ランリーダーのグループを 2 つ作った。また、
キャプテングループも作った。キャプテンと、
それをサポートする選手から成るグループで、何人かのシニア選手やジュニア選手が若い
キャプテンをサポートする。そして週に 2 回はミーティングを行ない、その週のことを
話し合うようにした。
ジョブ・ディスクリプション
スポーツで大切なことは、明確に記したジョブ・ディスクリプション(職務記述書)で、
常にそれをチェックすることである。一人の選手がそのシーズン中にやるべきことを決め、
6 週間ごとにその選手とミーティングを行ない、その職務記述書をもとに彼がどれぐらい
上達しているか確認する。
ある選手の例を紹介したい。とてもすばらしい選手だった彼は、チーム内で最もフィッ
トネスの強いフォワードになりたいと言い、日本代表になりたいとも言った。しかし、プ
レイシーズンの 6 週目頃、彼のフィットネスレベルは下から 2 番目だった。そこで私は
彼のところへ行き、ジョブ・ディスクリプションを示して、「君は職務記述書をまったく
果たしていない」と言った。彼が言い訳をしはじめたので、
「それなら明日からもう練習
に来なくていい。B チームに行きなさい」と告げた。
次の日、彼が泣き腫らした顔をしてやって来て、「2 度とこのようなことはしません」
と謝罪した。翌日、彼はチームに戻った。今では彼はクラブの中でも最も熱心な選手の一
人である。その人の職務内容を明確に定義し、彼がなすべきことをきちんと実行させて、
それを確認すること。それがリーダーの果たすべき役割である。
チームカラー
ヘッジホッグ・コンセプト
組織のリーダーは、自らのチームが他のチームよりも優位なものが何かを知らなければ
ならない。例えば、三洋電機はキックとディフェンスのチームであり、東芝はフィジカル
チームである。それに対して、以前のサントリーにはチームカラーがなかった。
チームの強みを理解することを、ヘッジホッグ・コンセプト(ハリネズミ理論)という。
もちろん、チームカラーはその組織に合っていなければいけない。すべての組織には伝統
があり、その伝統にチームカラーが合うかどうかよく考える必要がある。
サントリーのほとんどの選手は、日本の一流大学出身者で、高校時代・大学時代を通じ
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てスーパースターだった。BMW やベンツに乗り、毎日スーツとシャツを着て生活してい
る。したがって、サントリーのチームカラーが「フィジカル」では似合わない。
サントリーは三洋電機の真似をして、ディフェンスとキックのチームになろうとした。
しかし、それはサントリーの伝統とは合っていない。
リーダーの役割は、チームカラーが組織に合っているかどうか、またビジョンやテーマ
そしてトライしてみたい方法が、自らのグループとともに達成したいことと一貫性がある
かどうかを考えることである。私は、サントリーのカラーに合った「アグレッシブ・アタ
ッキング・ラグビー」を考案した。 攻撃重視のトレーニング
トレーニングの仕方も含めてすべてはチームカラーを優先して行なっていかなければな
らない。
「アグレッシブ・アタッキング・ラグビー」を目指すサントリーがトレーニング
で最優先したのは、攻撃(アタック)のスキルだった。
通常、ラグビーのトレーニングでは攻撃の練習が 50 %、防御(ディフェンス)の練習
が 50%だが、攻撃を得意とするチームを目指していたサントリーは、攻撃の練習を 80%、
防御の練習を 20%にした。キャッチ、パス、ラン、キック、球出し、判断力など攻撃ス
キルを高める練習をするとともに、試合にはアタッキング選手を選抜し、優れたアタッキ
ング選手を入団させた。
FC バルセロナとの比較
ここでイタリアのサッカーチーム・バルセロナとの比較をしてみたい。
世界最高のスポーツチームであるバルセロナの MF のシャビ(本名:シャビエル・エ
ルナンデス・クレウス)は、現在世界で最も優れたゲームメイカーとして知られているが、
彼は、UEFA チャンピオンズリーグのファイナルで 148 回のパスを試み、そのうち 141
回を成功させた。
それに対して、サントリーの 25 歳の日和佐篤選手は、ラグビートップリーグの 1 試合
で 123 回のパスを行ない、そのうち 121 回を成功させた。2 年前の大学時代、彼の 1 試
合のパス数は 40 だった。つまり、彼は大学時代の 3 倍の回数のパスを、正確に行なうよ
うになったのである。
日本人の選手たちはとても大きな可能性を持っている。それは異なる分野の日本人につ
いても言えることであり、したがってリーダーは、彼らからその可能性を引き出す方法を
見つけださなければならない。
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復興リーダー会議 Discussion Paper No. 8
規律ある組織風土
ミーティングの重要性
いかなるスポーツ組織でも、またどのようなビジネスでも、大事なことは、規律ある組
織風土を持つことである。そのために重要なことは、緊密なコミュニケーションである。
定期的にミーティングを行ない、リーダーとして、アジェンダやそのミーティングで達成
したいことを決める必要がある。
私は幸運にも、南アフリカ元首相のネルソン・マンデラ氏に何度か会う機会に恵まれた
が、彼は、「マネージャーは、常にそのミーティングで達成したいことを明確にすべきで
あり、ミーティングの最後まで自分の意見を言わず、全員に発言するチャンスを与えなけ
ればならない」と言っていた。
リーダーは、達成したい目標を実現させるために頻繁にミーティングを計画すべきであ
る。サントリーでは、スタッフミーティング、選手間ミーティングなどを行なっている。
また私は、サントリーの 45 人の選手全員に、わずか 30 秒の時もあるし 30 分の時もあるが、
少なくとも 1 週間に一度は会って話をしている。大事なのは、常に彼らが進む方向を指
示していくことである。
コミュニケーション
ラグビーにおいてはコーチから選手に伝えるメッセージは統一がとれていなければなら
ない。ビジネスにおいても同じことで、管理職(コーチ)によってメッセージが違ってい
ては、部下(選手)は混乱するだけである。選手は子どものように、母親(コーチ)に答え
を求め、もしそれが違うと思えば、父親(別のコーチ)に答えを求める。彼らは常にどこ
かにごまかしがないかを探している。したがって、管理職の人間やリーダーたちには、統
制されたコミュニケーションが必要なのである。
メディアとのコミュニケーションも重要である。3 日前、私はメディアに、日本のラグ
ビーは他のどの国よりも 50 年遅れていると話した。そしてそのすぐ後に、選手に対して、
日本が世界に追い付くためにたくさんの練習をしなければならないと告げた。私は日本の
ラグビー協会を困らせるためにメディアにそう話したわけではない。私たちは他の誰より
もたくさん練習をして、世界のトップ 10 に入れるように努力する必要があるということ
を選手に念を押したかったのである。
規律
私は 32 歳から 34 歳までの 2 年間、学校の校長をしていた。そのなかで学んだことの
一つは、ルールをたくさん作りすぎないということだった。サントリーでもっとも重要な
ルールは、「クラブハウスでの携帯電話使用禁止」である。
若 い 子 た ち が テ ー ブ ル を 囲 ん で 座 り 夕 飯 を 食 べ て い る の に、 み ん な が iPhone や
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BlackBerry をいじっている光景を、最近よく見かけるようになった。誰もお互いに話を
しない。レストランでカップルが隣同士で座りながら、二人とも iPhone を操作している。
まさか彼らは携帯を操作するためにレストランに行ったのではないだろう。
良いチームになるには、上手なコミュニケーションが必要である。クラブハウスでの携
帯電話の使用を禁止したあと、大きな変化があった。夕飯のテーブルではみんなが話をす
るようになったのである。それによってチームの一体感が著しく向上したことは言うまで
もない。
評価システムと選抜システム
評価のシステムについては、先述の「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)が
重要である。必ず 6 週間おきに、選手本人と一緒に座り、彼がなすべき仕事(役割)がき
ちんとできているかを確認する。そして必ず指導的フィードバックを与える。リーダー
は選手(あるいは部下)に対して、何が良くできていて、何がきちんとできていないかを、
しっかりと伝えなければいけない。
もう一つ重要なことは選抜(セレクション)である。私たちは毎日、選手に A、B、C
という等級をつける。A、B ランクは推奨選手であり、C ランクの選手はプレイすること
はできないが、彼ら向けの特別なプランが用意されている。
通常、どのような組織でも、5 ∼ 10%の人間は常によく働き、真ん中の 80%の人間は、
もしリーダーが正しいモチベーションと正しいフィードバックを与えれば向上する。リー
ダーが苦労するのは残りの 5 ∼ 10%の人間で、彼らのやる気が出るまで良い気持ちでい
させることが重要である。
リーダーはメンバーのことを良く知らなければならない。サントリーでは MBTI
(Myers-Briggs Type Indicator)という性格検査を活用しているが、その中の一つに、
「内向
的か、外交的か」という 2 つのグループに別ける項目がある。ある夜、内向的な人たち
のグループと外交的な人たちのグループに分けて、別々に夕飯をとった。内向的なグルー
プの夕食の場では、誰も話をしていなかったのに対して、外交的なグループは大声で話し
たり、騒いだりしていた。
ここに重要なポイントがある。ラグビーで、外交的な人間ばかりを集めると、全員が話
をしてしまい、聞く人が誰もいなくなる。そこで選手選抜の際には、外交的な選手と内向
的な選手を混ぜてキーとなるポジションに選ぶ。つまり、そのような情報は、チームをう
まく扱ったり、選抜したりする時にとても重要になるということである。
サポートシステム
リーダーは選手や部下のことをよく知らなければならないが、サントリーで興味深かっ
たのは、コーチや選手は自らの私生活についてあまり話したがらないことだった。理由を
尋ねると、彼らは「プライベートなことだから」と言う。しかし、もし私生活がパフォー
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復興リーダー会議 Discussion Paper No. 8
マンスに影響することがあれば、それはプライベートではなく、私が把握していなくては
ならない重要事項である。それぞれの選手の両親や兄弟が何をしているか、奥さんの好き
なものは何かなど、リーダーは知っておかなければならない。何故なら、それらが選手の
パフォーマンスに影響を与えるからである。
人はみな、何かをする時には内在するモチベーションがある。したがって、選手たちの
最高のパフォーマンスを引き出すためには、彼らについての情報が必要である。ラグビー
においては、モチベーションはお金やゲームに対する情熱、または父親を幸せにすること
かもしれない。
他のスポーツが見つからないためにラグビー選手になった人もいる。体格が大きくて太
った人は、野球などのスポーツに向かないからという理由でラグビー選手になるケースも
少なくない。しかし、概して彼らにはゲームに対する情熱が欠けているので、あまり上手
にはならないことが多い。リーダーは、結果を引き出せない選手に長い時間を費やすので
はなく、結果を引き出すことのできる選手にエネルギーを費やすべきである。
また、選手を上達させるためには、自ら手本となって指導することも必要だ。また、新
しい方法を使って選手に活気を与えることも必要になる。サントリーでは昨年(2011 年)
、
南アフリカの「スポーツ・ファイン・システム」を購入した。ビジョントレーニングにお
けるユニークなシステムで、コンピューターを使って、フィールド上でもどこでもビジョ
ントレーニングができるようになっている。
誠実さ
正直であること
今年(2012 年)6 月、U-20 の日本代表はウェールズに 96 対 3 で敗れた。私は、日本ラ
グビーを指導してきた日本人コーチ全員に対して、何故このようなひどい結果になったの
かを聞いてみた。
「身体が小さい」
「練習が十分ではなかった」
「日本人は農耕的なメンタ
リティーを持っている」というのが彼らの答えだった。そのすべて「できないこと」に対
する言い訳に過ぎなかった。
チャンスは「できること」に訪れるものである。
「身体が小さい」のであれば、もっと
身体を鍛え、もっと賢くなり、もっと早く動くことで、優位に立つことができる。日本チ
ームはどの外国チームよりもたくさん練習をしているのに、
「練習が十分でない」と感じ
るのは、効果的な練習をしていないからである。そこで、練習の質を上げるために、世界
各国から優れたコーチを探し、招聘することにした。
「農耕的なメンタリティー」がマイナスに働いているという理解については、私はいま
だに納得することができない。
「農村には村長(むらおさ)という責任者が一人いて、みん
ながその指示に従い、おのおのがそれぞれの仕事をする。そして、村から追い出されない
ように、みな一所懸命に自分の仕事をする」というのが農耕的なメンタリティーだとすれ
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ば、それはラグビーとまったく同じだからである。農耕的メンタリティーは、むしろラグ
ビーにとって利点なのである。
‘Can Do’ 環境を構築する
リーダーは、個々の人間に対し、その人から最高のものを引き出すにはどうすればよい
か、よりよいプレイをしてもらうためにはどうしたらよいかを考えなくてはならない。そ
うすることで「できる環境」を作るのである。
ラグビー日本代表チームは、(2012 年)6 月にサモアの代表チームと戦い、27 対 26 の
僅差で負けた。サモアのフォワードは、日本の選手たちより 11 キロ重く、バックスはサ
モアのほうが 8 キロ重かった。日本チームは試合中 190 回のパスをしたが、サモアは 60
回だった。一つボールをキックしていれば勝てた試合だった。
次回サモアの代表チームと戦う時は、日本代表チームは 250 回のパスをして勝とうと
考えている。つまり、自分たちに何ができるか、自分たちの優れていることは何かを考え
ているわけで、優れたチームや選手を作るためには、自分たちに優れている点は何かをよ
く知っておくことが重要である。
探求する環境
AC ミランに学ぶ
さて、
チャンピオンになるための 6 つめの要素は
「より良い環境を求め、
探し続けること」
である。
世界一強靭なフィットネスを持つチームになるためには、怪我の少ない選手が必要だっ
た。そこで、世界のサッカーチームの中で最も怪我の少ないチームである AC ミランを訪
ねた。答えは、おのおのの選手がそれぞれ違った準備をしてトレーニングに臨む、という
シンプルなものだった。
腰の状態に不安を持つ選手は、腰の治療を受けにカイロプラクティックに行き、身体の
硬い選手は入念にストレッチをする。疲労が残りがちな選手はマッサージをする。スポー
ツにおいては、自分自身を良い状態にして健全な気持ちを持ってトレーニングに入るのが
効果的なのである。
平井コーチに学ぶ
次に、水泳の北島選手のコーチである平井伯昌氏を訪ねた。彼が日本人について語って
いたことは、とても的を射ていた。それは、「小さな成功の積み重ねが大事だ」というこ
とだった。コーチは選手に対して常に小さな成功を与え続けるということである。
そこで、私たちの練習では、必ず成功するメニューでトレーニングを終えることにした。
テレビドラマでは、次週に続きを見たくなるような予告を最後に少しだけ見せる。それと
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復興リーダー会議 Discussion Paper No. 8
同じことで、トレーニングの最後にほんの少しだけ、翌日のトレーニングが待ち遠しくな
るような練習をすることにしている。
スポーティング・リスボンに学ぶ
レアル・マドリードのロナウド選手を筆頭に、世界で最も技術の高い選手を育てている
ことで知られるポルトガルのスポーティング・リスボンも訪ねた。スポーティング・リス
ボンでは、常に現実的な練習をしていた。彼らが成功したのは、常に技術を磨く練習をす
るためによい環境作ってきたからである。
そこで、サントリーでもそれをラグビーに取り入れた。相対的に身体が大きくない日本
チームは、技術力の高いチームにならなくてはならないからである。
リーダーの仕事
何かをする時には、常により良い方法を探すのがリーダーの最も重要な仕事である。組
織の中の人々をよく見て、彼らからより多くのものを引き出すために、ビジョンを作り、
よりよい方法を探し続けることが大切である。常に向上心を持っているからこそ、勝者は
絶えず挑戦し続け、独創的なのである。
成功するコーチは 3 つの優れた点を持っている。一つには知識があること。二つ目は、
マネージメントスキルに長けていること。そして三つ目は、トレーニングに熱中できる人
であること。彼らは常にエネルギーに満ちた人であり、それはリーダーにとってきわめて
重要なことである。
ガンジーは、
「世界でたった一つの魔法とは、よく働き、鉄の意志を持ち、どこへ向か
うかというビジョンを持つことだ」と言った。まさに至言である。リーダーはより良い環
境を作るために必死に努力し、どこへ向かうべきかを示すビジョンを作り、それが正しい
道であると信じ続けなければならない。自分の性格、知識、マネージメントスキル、情熱、
それらをすべて使って、他の誰もが作ることのできない商品、チーム、環境をつくること、
それがリーダーの役割である。
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復興リーダー会議 Discussion Paper No. 8
復興リーダー会議
Discussion Paper No.8
発行日= 2013 年 1 月 1 日
発行人=田村次朗
発行所=慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所
〒 108-8345 東京都港区三田 2-15-45