第1章 売買編(売買一般)

第1章
第1節
売買編(売買一般)
売主が法人(非宅建業者)の瑕疵担保責任期間
【問】近時売主が宅建業者ではないのに、瑕疵担保責任の期間を延ばし、1年程度にする
という話しを聞いたがなぜか?
【答】
1
瑕疵担保責任を引渡日から3ヶ月以内と限定する特約は、消費者契約法10条に違反
し、無効であるとの見解が近時有力になったから。現に、この理論を示した判例(東京
地裁 平22・6・29 ウエストロー・ジャパン)がでている。この判例の事案は以下
の通り。
2
事案
1)
買主Aと売主Bは、以下の土地売買契約を締結した。
①
契約日:平成20年1月31日
②
売買代金:2750万円
③
特約:瑕疵担保責任の行使期間を本件土地の引渡日から3ヶ月以内
④
引渡:平成20年3月10日
⑤
買主の購入目的:買主Aは個人で、その子供が二世帯住宅を建築する目的
⑥
売主B:貴金属、宝石類の卸売業等を目的とする株式会社
2)
瑕疵の発見と瑕疵担保請求
①
同年6月4日ころ、買主Aの子供が本件土地近隣住民から、過去に本件土地で皮
革が燃やされ埋設されたことがあると聞き売主Bに確認を求めたところ、売主Bは
売主の代表者の兄が皮革を燃やして埋設したものの、少量であるなどと回答した。
②
買主A側は、売主Bに対し土壌調査をするよう求めたが、売主Bは、買主Aの負
担で土壌調査して欲しいと回答した。
③
同年7月8日、買主Aが専門業者に土壌調査を依頼したところ、環境基準を超え
る鉛が検出された。
④
さらに、同年8月25日、埋設物の有無を確認するため、本件土地の西側につい
て掘り起こしたところ、皮革等の燃え殻が多数発見された。
⑤
同年9月30日、買主A側は、ハウスメーカーとの建物請負契約を解除し、同年
10月16日、買主Aは売主Bに対し、瑕疵担保責任に基づき、本件売買契約を解
除するとの意思表示をした。
⑥
その後、買主Aは売主Bに対し、瑕疵担保責任に基づき売買契約を解除したとし
て、2793万6695円及びうち売買代金相当額に対する遅延損害金の支払いを
求め、解除が認められない場合は、土壌改良費用の一部として2750万円及びこ
れに対する遅延損害金の支払いを求める訴訟を提起した。
3
判決要旨(一部判決の表現をわかりやすく変更)
1)
本件売買契約は、住宅を建築することを目的としており、本件土地から環境基準を
超える鉛が検出されるとともに、六価クロムを含む皮革等の燃え殻が多数埋設されて
いたことが認められるから、本件土地は、通常有すべき性状を備えたものとはいうこ
とはできず、瑕疵がある。
2)
しかし、本件土地上に住宅を建築することができない程度の瑕疵とは言えない。し
たがって、本件土地の瑕疵によって本件売買契約の目的を達成することができないと
いうことはできない(ので契約の解除は認められない)。
3)
瑕疵担保責任における損害賠償の範囲は、買主Aが目的物に瑕疵がないと信じたこ
とによって生じた損害、すなわち信頼利益に限られ、鉛や皮革等の燃え殻の除却費用
が信頼利益に含まれる。
4)
買主Aは本件土地の全面的な土壌改良が必要だとして、その費用が最大7425万
円であると主張するが、本件土地の瑕疵の性質・内容等に照らして、瑕疵担保責任の
損害は、鉛や皮革等の燃え殻の除却費用として200万円が相当である。
5)
売主Bは法人であるから、消費者契約法2条2項の事業者に該当する。本件特約は、
本件土地の引渡日から3ヶ月以内にするというものであって、瑕疵担保責任の行使期
間を、①買主Aが瑕疵を発見したか否かにかかわらず、②その期間も民法の、事実を
知った時から1年以内から3ヶ月に短縮するものであるから、消費者契約法(10条)
の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者である買主Aの権利を制
限するものである。
6)
本件土地の瑕疵は(埋設された産業廃棄物による土壌汚染で)、その発見が困難で
あり、このような瑕疵によって、買主Aは相当の損害を受けるにもかかわらず、本件
特約は、買主Aによる瑕疵担保責任の行使期間を、瑕疵の認識の有無にかかわらず、
本件土地の引渡日から3ヶ月以内という短期間に制限するものである。
7)
売主Bは、売買契約締結時、買主Aの妻から、本件土地の従前の利用方法や埋設物
の有無等の確認を求められたのに対し、居住のみに使用しており、問題はない旨回答
し、埋設物の可能性を記載することなく、買主Aに対し物件状況等報告書を交付し、
後日鉛の検出や埋設物が判明したため、買主Aは、本件売買契約を解除すると意思表
示した。買主Aは、適宜本件土地の調査等を尽くしたというべきで、本件特約は、民
法の信義誠実の原則に反して消費者である買主Aの利益を一方的に害するものであ
る。したがって、本件特約は、消費者契約法10条の規定により無効である。
8)
売主Bが、信義則上、売主Bの代表者の兄から本件土地の利用状況を聴取して説明
したり、皮革を加工する仕事がなされていた旨を説明する義務を負っていたというこ
とはできない。売主Bの不法行為責任は認められない。
4
実務上の対応
1)
売主側が非宅建業者の場合、瑕疵担保責任の期間を2ヶ月または3ヶ月と短く定め
るのは、仲介業者として、瑕疵担保のトラブルにあまり長く関わりたくないと言う気
持ちからである。
2)
ところが、埋設物とか土壌汚染とかの問題は、引渡後2ヶ月や3ヶ月では買主が発
見することは非常に困難である。
3)
特に、消費者契約法が適用される事業者対消費者の売買契約では、本件のように引
渡後3ヶ月程度の瑕疵担保の特約は、合理性がないものとして消費者契約法10条に
より無効となる可能性も高い。
4)
そのため、消費者契約法の問題があるため、売主の瑕疵担保責任は1年にしておい
た方が良いという見解が近時有力となっている。
5
消費者契約法は、事業者対消費者の契約一般に適用される法律である。売主は株式会
社であれば商人であり、事業者である。買主が一般のサラリーマンならば消費者である。
したがって、この売買には消費者契約法が適用される。
1)
消費者契約法は、下記の通り事業者の瑕疵担保責任の全部を免除する条項や、あま
りに不合理な契約条件の無効を定めている(消費者契約法8条・10条)。
2)
そのため、宅建業法が売主宅建業者の瑕疵担保責任として認めている2年間の半分
程度なら、事業者の瑕疵担保責任として妥当であろうという考え方から、本件のよう
な場合、売主の瑕疵担保責任を1年にする傾向にある。
3)
また、近時ある不動産の業界団体は、現在3ヶ月としている売主(非宅建業者)の
売買契約の瑕疵担保期間を(売主が事業者か否かにかかわらず)1年に延長する検討
をしていると聞いている。
6
【消費者契約法の解説】
1)
消費者契約法8条1項5号(事業者の瑕疵担保責任の全部を免除する条項の無効)
①
消費者契約法8条は、事業者の損害賠償責任を免責する特約の効力を制限し、消
費者を保護している。
②
同条1項5号は、事業者の瑕疵担保責任の全部を免責する特約は無効と定めてい
る。
③
従って、本問のように、事業者の瑕疵担保責任の全部を免責していないので消費
者契約法8条1項5号に直接違反していないので、有効のようにも思える。
2)
従って、売主が会社(事業者)で、買主が個人(消費者)の場合に、「瑕疵担保免
責」特約をすると、この消費者契約法8条1項5号に違反して無効とされる。
3)
さらに、本問の、事業者である「売主は3ヶ月間のみ瑕疵担保責任を負う」という
特約は、売主の瑕疵担保責任を全部は免責していないので、消費者契約法8条1項5
号に直接違反しないので、この本件東京地裁は、消費者契約法8条1項5号で無効と
いう判断はしなかったが、後記消費者契約法第10条を根拠に3ヶ月の特約を無効に
した。
第8条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効)
1
次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
一号~四号略
五
消費者契約が有償契約である場合において、当該消費者契約の目的物に隠れた瑕
疵があるとき(当該消費者契約が請負契約である場合には、当該消費者契約の仕事
の目的物に瑕疵があるとき。次項において同じ。)に、当該瑕疵により消費者に生
じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条項
4)
消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
①
たとえば、築3年の中古建物の売買で、所有している株式会社が、「売主は3ヶ
月間しか瑕疵担保責任を負わない。」という特約をした場合、瑕疵は通常3ヶ月で
は発見できないから、消費者契約法第10条の「信義則に反する、買主に一方的に
不利な特約」と判断される可能性がある。
②
上記判例でも、本件土地の瑕疵は(埋設された産業廃棄物による土壌汚染で)、
その発見が困難であるにも関わらず、買主の瑕疵担保請求は、買主が瑕疵を発見し
ていない場合でも引渡後3ヶ月で消滅してしまうのは、「信義則に反する、買主に
一方的に不利な特約」で消費者契約法第10条に違反し無効になると判断されてい
る。
③
消費者契約法第10条に違反した「信義則に反する、買主に一方的に不利な特約」
と言われないように、近時、売主(非宅建業者)の売買契約の瑕疵担保期間を1年
に延長する検討がされている。この特約は、「宅建業者が許されている特約は、引
渡から2年間の瑕疵担保責任」なので、「事業者が消費者に対して負う瑕疵担保責
任は引渡から1年間が妥当」という判断から作られている。
消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権
利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に
規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
7
弁護士が理想とする瑕疵担保責任特約(売主が宅建業者以外の契約書)は以下のよう
なものである。
第○条
(売主の瑕疵担保責任)
1.売主は、本物件について引渡後1年間に限り、買主に対して売主の瑕疵担保責任
を負うものとします。なお、買主は、瑕疵を発見したときは、すみやかに売主に通
知し、修復に急を要する場合を除いては立会う機会を与えなければなりません。
2.前項の瑕疵により買主が契約をした目的を達することができないときは、買主は、
契約の解除をすることができます。この場合において、契約の解除をすることがで
きないときは、損害賠償の請求のみをすることができます。
3.売主は、本契約締結時瑕疵を知らなくてもその責任を負わなければなりませんが、
買主が、第1項の瑕疵を知っていたとき、又は知りうべきとき(知らなかったこと
に過失あるとき)は、売主は瑕疵担保責任を負わないものとします。
4.売主が、本契約締結時、瑕疵を知っていたにもかかわらず、買主に告げなかった
ときは、前3項の規定にかかわらず、民法が定める売主としての瑕疵担保責任を負
うものとします。
8
また、売主・買主ともに個人(非宅建業者)で、消費者契約法が適用されない場合には、
瑕疵担保を免責したり、瑕疵担保期間を3ヶ月程度に短くしてよいかという問題がある。
1)
売主・買主ともに個人(非宅建業者)で、消費者契約法が適用されないなら、瑕疵担
保の免責特約も、瑕疵担保期間を3ヶ月程度に短くする特約も、いずれも有効である。
2)
ただ、弁護士の立場からは、そのような特約は特別な事情がない限り、買主が不利益
を受けるので好ましくないと言わざるを得ない。
3)
そもそも、瑕疵担保は「瑕疵のため売った値段以下になってしまったことが判明した
場合に、売主が不足分を補填する」制度であり、買主の保護と公平な解決を図るための
制度だからである。
4)
従って、売買契約のひな形を作るのであれば、消費者契約法が適用される事業者対消
費者の売買契約でも、消費者契約法が適用されない事業者対事業者、消費者対消費者の
売買契約でも、瑕疵担保責任は上記ひな形のように、1年程度にすべきと考えている。
以上