A.5.8 遺伝子診断

A5.8
テリー・ドロトスは生まれた時に、養子として引き取られた。彼女は、彼女の生物学的家族の病歴につ
いて何も知らない。だから、それを使って、彼女や彼女の娘の将来の健康を見積もることはできない。彼
女が自分の遺伝情報を分析してもらえる機会を提供された時に、彼女はそれに飛びついた。
ドロトスは、Navigenics によって提供されている遺伝子検査サービスを試してみた最初の人々のうちの
一人であった。この会社は、Redwood を本拠地としている。
この会社が、彼女の DNA を解析し、19 の病気に関連している遺伝子変異がないかどうかを調べた。その
後、アルツハイマー病への感受性が、平均レベルであるということを聞いて彼女はほっとした。しかし、彼
女の年齢層を対象にすると、肥満や 2 型糖尿病のリスクが平均よりも 2~3%高いということを聞いて驚い
た。ドロトスは、痩せていて、規則的に運動をしている。だから、それらのリスクを下げるために彼女がで
きるであろうことは、もう少しくらいしかない。「この検査結果は、もし、私が早くから自分の体に気を付け
ていなかったならば、私は、おそらく、体重過多か、糖尿病になっているであろうということを示している。」
と彼女は言う。しかし、遺伝学者はおそらく彼女の評価に同意しないであろう。
DTC 遺伝学的検査の市場は、急速に成長している。ここ 1 年の間に、病気と関連のある一連の、一般
的な遺伝的多型を対象とした DNA 検査を提供する会社が世界中で、事業を開始したのだ。検査を受け
る人は、病気にかかるリスクに対して注意を喚起され、結果的に、可能な場合には、予防的措置を取るこ
とになるだろうという発想があるのだ。しかし、人々が、病気のリスクに関わる情報に対してどう反応する
かを研究している科学者は、人々が遺伝子検査の結果に深く影響されるという証拠や、そのような検査
が行動を大幅に変えることへの刺激となるという証拠は乏しいと、言っている。「ちまたでは、これらの遺
伝子検査を行う会社は、大評判となった。そして、ゲノムを覆っている皮を剥ぎとり、あなたの将来につい
て何かをあきらかにしていくことができるということは、興味深い考えである。」とロバート・グリーンは言っ
ている。彼は、アルツハイマー病の研究をしている。「しかし、その考えが期待通りの結果を生まない場合
には、その評判はいくらか薄れていくだろう。」とも彼は言っている。
これらの会社によって提供されるサービスは、ほとんどの既存の遺伝子検査とは異なる。既存の遺伝
子検査は、隙間的で小規模な医療サービスであった。つまり、対象となるのは、乳がんや結腸癌や他の
遺伝病の家系に属する人々に限られていた。これらの病気に対する遺伝子検査が陽性であれば、その
人は、それらの病気になるリスクがとても高いということを意味する。神経変性疾患であるハンチントン病
の場合には、その病気になることが避けられないということさえも意味する。
人々が、この新しい遺伝子検査にどう反応するのかについては、ほとんど分かっていない。今回の遺伝
子検査を受けると、多くの遺伝因子や環境因子と関わっている複合的疾患に対する感受性が少し高い
かどうかが分かる。例えば、ドロトスは、肥満になる生涯的なリスクは、34%であった。それに対し、同性の
平均的なリスクは 32%であった。こういう点から考えると、この検査は、高血圧や太り過ぎなどの、心臓病
や糖尿病と関連があるが、確実にそれらの病気になるとは断定できないような要因を発見する検査とよ
り似ていると言える。「これらの些細なリスクが、大きな心理的影響を与えると考えることは、馬鹿げてい
るだろう。」と、Barbara Biesecker は言う。彼は、米国立ヒトゲノム研究所の遺伝子カウンセラーである。
検査を受けた人が、この種の低いリスクをどのように扱うのかを調べている数少ない臨床試験のうちの
一つが、グリーンの主導のもとで行われている。数百の参加者のうちの半分が、アポリポタンパク質 E の
変異に関する遺伝子検査を受けるように言われた。この遺伝子が 2 個とも変異していると、アルツハイマ
ー病になる危険性が、一般の人々の平均値の 15 倍にもなるのだ。グリーンは、人々がこの情報を得て
も、うまく処理してやっていけると言っている。というのも、最初は、少し苦しむが、告知されてから約 6 か
月以内に、その苦しみは解消されているからだ。彼の研究チームは、このアルツハイマー病のリスクにつ
ながる変異を持った人々は、アルツハイマー病を防ぐ証明された方法はないにもかかわらず、食事や薬
を変えていく可能性がより高いということも発見した。
人々に行動を変えさせるという点において、遺伝情報を得ることが、健康への害を警告する文書や家
族の病歴などの既存のものよりも、はるかに優れているのかどうかを疑問に感じている研究者は多い。
ほとんどの人々は、ウエストが大きいほとんどの人々は、彼らが肥満関連の病気になるリスクがあること
を知っている。またそれについて何をすべきかも知っている。遺伝情報は、彼らの役には立たないかもし
れない。
「問題は、遺伝情報が十分大きな動機づけになるかどうかである。」と Susanne Haga は言うのだ。彼女
は、健康政策とゲノム学を研究している。「人々が完全に彼らの生活スタイルを転換するだろうと考える
のは単純である。」と彼女は言っている。確かに、一つ心配なことがある。それは、検査が裏目に出ること
があるということだ。ある病気になるリスクが低いと分かった人々は、これを口実にして、健康的な行動を
採らないようになるかもしれない。「遺伝子検査は、全く逆の作用を持つ場合もありうるだろう。」と Haga は
言う。
Elissa Levin は、Navigenics の遺伝子カウンセリング部の部長である。遺伝子検査による情報を、家族
歴や他の危険因子と合わせれば、人々が自分に対する健康上のアドバイスの精度をより高めていくのに
役立つかもしれないと Elissa Levin は言っている。そして、おそらくは、より早く結腸癌の検査を受けるよう
に刺激することにもなるであろうとも言っている。「この情報の有用性については述べようと思えば述べら
れることはたくさんある。単に、運動をして、よい食事をするようになるというだけにとどまらないのだ。利
益が何一つないならば、私たちは驚くであろう。」と彼女は言っている。ドロトスは、すでに肥満を避けるた
めにできるであろうことはすべてやっている。しかし、それだけでなく、彼女の検査結果が、彼女の娘に体
重をいくらか落とさせるという効果まで生んだのだと彼女は言っている。
遺伝子診断が有益だという確かな証拠はとても少ないので、多くの専門家は、新しい遺伝子検査をお
金を出して受ける人々にとって、そもそも多くの価値があるのかどうか疑わしいと思っている。「もっともあ
り得そうな結末は、たくさん金を払ったのに得るものはほとんどなかったという幻滅を感じるということかも
しれない。」と、Biesecker は言っている。しかし、医療政策立案者たちには、もっと大きなことが問題とな
る。この人たちは、今または将来において、遺伝子診断や遺伝子カウンセリングに対してお金を出すこと
が、公衆衛生の向上という点で利益をもたらすかどうかを決断しなければいけないのだ。「私は、人々の
健康管理という点において、これほどまでにきつい何かに直面したことがあったとは思えない。」と David
Veneestra は言っている。
検査や塩基配列を突き止めるための費用が下がるにつれて、そして、もし、彼が予測するように、臨床
試験により、遺伝子検査が行動に小さな変化をもたらしたり、薬剤投与の仕方を改善してくれたり、他の
利益をもたらしてくれたりするということが明らかになり始めるならば、遺伝情報の価値が上がっていくか
もしれないと Veneestra は、信じている。検査後に生活習慣を良い方向へ変える人がたとえ 5%しかいなか
ったとしても、それは、ある地域住民全体にかかる(公衆衛生上の)費用に見合うものとなるだろう。それら
の数を増やし始めれば、最初の投資も、価値があるように見え始めてくるだろう。
●解答例
(1) 【解答例】ドロトスは、肥満や 2 型糖尿病のリスクが平均よりも 2~3%高いということ遺伝子検査の結果
を聞き、もし、私が早くから自分の体に気を付けていなかったならば、私は、おそらく、体重過多か、糖尿
病になっているであろうという評価を下した。この評価のことを指している。
(2)和訳参照
(3) 【解答例】数百の実験参加者のうちの半分に、アポリポタンパク質 E の変異に関する遺伝子検査を受
けてもらった。この遺伝子が 2 個とも変異していると、アルツハイマー病になる危険性が、一般の人々の平
均値の 15 倍にもなる。この変異があることが分かっても、人々はうまく処理してやっていけるという結果が
出た。というのも、最初は、少し苦しむが、告知されてから約 6 か月以内に、その苦しみは解消されたから
だ。また、彼の研究チームは、このアルツハイマー病のリスクにつながる変異を持った人々は、アルツハイ
マー病を防ぐ証明された方法はないにもかかわらず、食事や薬を変えていく可能性がより高いということも
発見した。
(4) 【解答例】遺伝子検査により、ある病気になるリスクが低いと分かった人々は、これを口実にして、健
康的な行動を採らないようになるかもしれないということ。
(5)和訳参照