A.11.4 加齢につれて起こる喪失と変化

A11.4
ある報告によると、20 歳以上の多くの人には聞こえないような、携帯電話の新しい着信音
がある。この着信音は Mosquito と呼ばれるものからきている。Mosquito はウェールズの警
備会社が開発した装置で、健全な商売に精を出している人たちが集う職場から不良たちを
追い払うという壮大な目的のために開発されたものである。この装置は 17kHz のブーンとい
う音を発する。この音は年をとった人の耳には高すぎて届きづらいが、The New York Times
の更なる報告で知ったことだが、より若い人たちには耳をつんざくようなものである。どこの
誰かは分からないが、ある人、またはある人たちが、携帯電話の着信音として使うために、
その Mosquito という装置のブーンという音を模倣したものを作った。それは、授業中に先生
に気付かれずに、その音で学生が新しいメールの着信を知ることができるように、とおそらく
考えてのことであった。
The Times は、歓迎の姿勢を示しながらも、学校の無秩序について珍しく容認姿勢を取り
ながら、今回の発明を「工学的柔術」として掲載したように、大人の権威に対する若者の永
遠の闘いの中で生まれた巧妙なゲリラ戦術であるとして褒め称えている。しかし今回は、ど
ちらが勝者であるか、明確には分からない。着信音を聞いたら、歯を食いしばることになる
だろう。すなわち、クラス全員が突然しかめっ面をしたならば、生徒の誰かがちょうど新しい
メールを受信したということが明らかである。いずれにせよ、バイブだけではなぜ都合が悪
いのだろうか?
もちろん、この話の本当に面白いところは別にある。この話は生徒が先生を馬鹿にしてい
るといったものではない。そんなことは古代ギリシャであってもニュースにはならない。ある
いは、市民社会が依存している信用・尊敬といった枠組みが技術により急速に壊されてい
る、といったものでもない。それはもう誰もが知っていることだ。中年の人たちが、自分が衰
えつつあることを実感する新たな方法が発見された、ということに他ならない
自分の能力が徐々に、だが不可逆的に衰えていくことを、人は悪いことだとみなしがちで
ある。ほんとうにそうだろうか?確かにこのことは、あまり深刻に考えたくないものに結び付
けられる。ある日、10 台の若者や犬には問題なく聞こえる音をまったく聞き取れない、という
ことがわかるのである。(ところで、そのような対称性について、何か重要な点があるだろう
か?犬が我々の聞こえない音を聞けるからといって、我々は種として劣っていると感じるだ
ろうか?)直後、三角形の面積の求め方を忘れたり、1 クォートが何パイントであるかを忘れ
たりしていることに気付く。そこから不動産について語ることを止められないことに気付くま
ではそう長くない。それは次第に岩や芝生にまみれた小路を下っていく、最初の一歩であ
る。この小路はたいてい、あるいは常に死につながっているのだ。何をもってこのうちのどれ
かを好むのだろうか?
さて、第一に、誰が他人の電話を聞きたいのだろうか?Mosquito の音はあたかも、
George Eliot が Middlemarch で描いたリスの鼓動のようだ。「仮に我々が非常に優れた視力
をもち、人の普通の生活すべてに対して敏感であったなら、草が育つ音やリスの鼓動まで
聞こえることだろう。そうなると、そのような轟音のために、死んでしまうことになるに違いな
い。そういった轟音は沈黙とは対極にあるものだ。」実際には、最も速く歩く人であっても、愚
かさを詰め込んで歩いている。Mosquito の音はこの手のものであり、知らないほうが賢明
だ。世界はおそらくそのようなものに満ち溢れている(とはいえ、どうやってそれを知るのだ
ろうか?)おそらく三角形の面積などもそれほど重要ではない。ついには、不動産のことも
重要ではない。
重要なのは、どれほど年を取ろうが、精神的・身体的な成長は決して止まることはないと
いうことだ。成長は人生を興味深いものにするものの一つである。成熟するにつれて意見が
変わったり、個性が変わったり、音楽の嗜好が変わったりといったことを考える。そのとき、
若かりし自分を裏切っていることを自覚しながら。しかし実際は、体はまさに変わる。そして
それによって、意見・気質・寛容性を Billy Joel と変えるのである。それはどうしようもないも
のだ。化学は変わった。
これは、かつて我々にとって存在していたものが見えなくなる、つまり画面から消えてしま
うことを意味する。その代償として、新しいものが我々の視界の中に入り込んでくるのだ。ホ
ルモンを失うかも知れない。しかし、感情移入できるようになる。言い換えるならば、不足が
常に連続体の一端にあるわけではないということだ。20 歳以上の読者の中には、新しい着
信音が聞こえない人もいるだろう。しかし 20 歳以下の読者の多くにはこの Comment が「聞こ
え」ないだろう。そう、そういった人たちは文字を読み、何かを読んでいる、それが意味のあ
ることだと考えるだろう。しかし彼らはそれを真の意味で理解することはできない。この
Comment は単純に彼らの能力の範疇を超えているのだ。どんなに意図や目的があろうと、
もしあなたが 20 歳未満であれば、このページは白紙も同然である。
設問(1)
設問(1)
【解答例】
どこのだれかはわからない人や人々が、携帯電話の着信音として使うために、そのモスキー
ト装置のブーという音をまねたものを作り出した。明らかに、その音によって、学生が授業中
教師に気付かれずに新しいメールの知らせを受け取れるようにとの考えがあってのことだっ
た。
設問(2)
設問(2)
【解答例】
教師は、モスキート音が聞こえていなくても、その音で授業中に学生達が突然しかめっ面をす
るのを見れば、そのうちのだれかがメールを受信したことが結局わかってしまうから。
設問(3)
設問(3)
【解答例】
三角形の面積の計算方法を忘れること。
設問(4)
設問(4)
【解答例】
感覚の鋭敏な人には聞こえ、普通の人には聞こえない音があり、その音が聞こえない方が幸
せに生きていけることを示す例。
設問(5)
設問(5)
【解答例】
我々の体が変化するということは、かつて我々にとって存在していたものが見えなくなる、つ
まり画面から消えてしまうことを意味し、その代償として、新しいものが我々の視界の中に入
り込んでくるのだ。
設問(6)
設問(6)
【解答例】
訳 どんなに意図や目的があろうと、もしあなたが 20 歳未満であれば、このページは白紙同
然である。
理由 若者は字面上の意味は理解できても、体の変化や考え方の変化を経験していないの
で、本当の意味は理解できないから。