はじめに 「かたち」にはエネルギーがあると思います。 世の中にはさまざまなものの「かたち 」 が あ っ て、 そ の「 か た ち 」 を つ く っ て い る 「理 (ことわり) 」というのがあります。 その「理」がさまざまなものに影響を与えているように思えてなりません。影響力を 持つという意味で、エネルギーと言えるのではないでしょか。 私たちが日頃住んでいる家にも、 「 か た ち 」 が あ り ま す。 住 ん で い る そ の 家 を、 自 分 でかたちづくってきたともいえますが、いまの「家のかたち」に、知らず知らずのうち に影響を受けていると考えることもできます。 その中でも、 「家のかたち」として影響があるのは「間取り」であるととらえて、そ の間取りの中に込められた意味を、ひも解いていってみようと思います。 家を建てるときはもちろん、いま住んでいる家の持っているエネルギーを知り、その 影響を考えておくことはとても大切なことだと思います。 002 ひとの生活の基本要素「衣食住」の「住」、つまり「家」が、昔からも、そしてこれ からも、生活の基本要素であることは、間違いないことだと思います。 今後、様々なサービスが生まれて、 「衣 食 住 」 以 外 の 言 葉 に 言 い 換 え よ う と し て も、 言い換えることは難しいでしょう。結局は、この「衣食住」にプラスアルファの話なの です。 もし、大きな要素のひとつである「家」をつくる状況になれば、どのような家をつく るか、どこかの段階で必ず家族そろって話しをすることでしょう。 つまり家族で「おうちのはなし」をすることは、そのまま家族のあり方や関係論とな り、掘り下げると究極は自分自身の意義にまで深まっていくのです。 かめぐちけん じ 家と家族の関係の深さを考えさせてくれる話に「家族療法」があります。 それは、当時、東京大学大学院教授をされていた亀口憲治先生にお会いして知った、 先生が実施されている臨床心理学の療法です。 たとえば、不登校になった子どもの治療に家族全員が参加して行なわれます。ペット がいれば、ペットも一緒に連れてきてもらいます。 003 そのとき教えていただいた、 「 家 族 療 法 」 の 手 法 の ひ と つ で は、 現 在 の 家 の 間 取 り を 簡単に描き、日常的な生活のシーンを語り合うことを行ないます。 まず、いま住んでいる間取り図の中に家族全員の居場所を特定しマークをします。 参加している家族全員が、自分や家族がいつもいる位置や自然と決められていると思 われる場所を定めるのです。 さらに、その図に鼻の方向を描き入れる事で、それぞれの家族がいつもどちらを見て いるかが分かるようになります。子どもに疎外感があれば、すぐにこの図の中から分か ることでしょう。 この療法で、自分自身の感じていることと、自分以外の家族が考えていること、感じ ていることが互いに理解できるようになります。 それぞれの家族の関係は気づかないうちに子どもたちの心の中に影響を及ぼしていま す。その子と両親との直接的な関係よりも、むしろ大人どうしの関係が、子どもに大き な影響を及ぼしていることもありうるのです。 家族全員で話し合うことが、まさに治療の一環になります。 さらに家族みんなが協力しながら、粘土細工で新しい家をつくることもあると聞きま 004 した。ときには家族で陣取り合戦のようになるかも知れませんが、粘土であれば自由に 増築してゆくことも簡単です。 将来の家族のあり方を語り合うためには、これほど的確なワークはないかもしれませ ん。家族みんながそれぞれに自分の部屋を、どのようにつくるのかを話すことで、互い の理解が深まります。 このワークの中で、家族それぞれの夢が語り合われるのです。 夢の共有化は、家族の団結力を高めることになります。家族のあり方というのを、こ うして「家のかたち」として話しあってみることで、家族間の気持ちを確認することが でき、子どもの悩みを解決し、ひとつの療法として効果を発揮するのです。 まさに家族が揃って「おうちのはなし」をすることで、家族のあり方や関係を知り、 自分自身のことを考える機会になっているのです。 家をつくるときだけではなく、たとえば、いま住んでいる家があれば、その家のこと を考えるのも大切なことなのです。 逆にいえば、普通に住んでいながらも、無意識のうちに、その家の間取りに多少なり 005 とも影響を受けていると考えられます。 そのためには、住んでいる家の「間取り」が持つエネルギーを理解し、それをリカバ ーするための暮らし方を考えておくことです。 「間取り」の持つ「理」が、もし気になってしょうがないのであれば、簡単なリフォー ムをするのもよいし、転居をするもよいし、はれて家をつくるもよいのです。 自分形成や家族の住む環境となっている現存の家、あるいは、これから家族が暮らそ うとする将来の家について良く考え、家族で「おうちのはなし」をするということが、 我が家の「家族のあり方」や、 「自分の発見」につながってゆくということです。 「理」は、 「こころ」と言いかえることもできます。「家のこころ」といえば、家の持つ 本質であり、家が持つ深い意味合いです。 その本質としての「こころ」が、人の心に影響をおよぼしてゆくのです。 しかし、残念ながら理解するための根拠は乏しいものです。どのように調査研究をす ればよいのかということでさえも、なかなか見えません。 006 この本では築 年 後 の 5 0 0 家 族 へ 行 な わ れ た、 調 査 で あ る『 生 活 の あ り よ う 調 査 』 (以下、「ありよう調査」)のデータを駆使して、家の「こころ」をあぶりだすことに挑戦 してみました。 いまの住まいや、将来住むであろう家のことを知ることで、あなたの人生が少しでも 年4月吉日 石川新治 007 1 豊かになれば、これに勝る喜びはありません。 平成 24 プロローグ はじめに おうちのはなし 500世帯が語る「理想」と「現実」 理想の家は、モデルルームじゃわからない 016 2 CONTENTS 玄関の「こころ」 026 人が集まる家の「玄関」に靴はない 人が集う家は「下駄箱に入りきらない靴」でわかる 034 「社会」と「家庭」のあいだ 「結び」という意味での玄関 ディズニーランドの魅力、それが「仕切」 社会からの切替えのスイッチ リビングの「こころ」 リビングはほんとうに必要か 042 話 話 家の中心で「家族」は見つかるのか リビングの支配者「テレビ」 「何もいらない」それがリビング かつては「炎」に人が集まった 047 044 第 第 030 029 038 049 1 2 第 第 話 話 家族は「食卓」がつくる ダイニングの「こころ」 誰でも必ず食卓にあらわれる キッチンが生まれたのはつい最近 「目一代、耳二代、舌三代」 対面式のキッチンに憧れる理由 日本人にとっては「文化」の生まれるところ 「調理」のほかに意味があるのか 味の記憶が世代をつなぐ キッチンの「こころ」 家族は「食」からはじまる 「はし」の持ち方で家族が見える 054 065 072 068 059 064 056 077 3 4 話 話 子ども部屋の「こころ」 084 「独立心」と「協調心」をはぐくむ部屋 子どもは「家」が育てている 子どもに必要な「独立心」と「協調心」 自由のウラに「義務」がある 子ども部屋に必要な3つの機能 文字に書いてしつける日本語 自分を超えることを願うのが親 主寝室の「こころ」 しあわせのカギは「主」寝室にある 家族にとってもっとも重要な部屋 主寝室の「主」とはなんなのか 家族が一隻の戦艦なら…… 夫婦仲を決める寝室のサイズ 104 第 第 080 086 093 096 099 106 112 110 5 6 第 第 第 話 話 話 和室の「こころ」 141 最後にたどりつく場所 茶道が教える日本の美意識 「和室」の文化は途絶えたのか 「足りる」ことから知る、ほんとうの「自由」 日本人を進化させた「お風呂」 水まわりの「はなし」 135 こだわるなら快適さ 住宅の危険地帯「水周り」について 130 日本人の進化は「お風呂のおかげ」 火薬製造に利用されたトイレの秘密 収納の「はなし」 ものを増やすのは男のせい? 148 152 156 146 7 8 9 話 第 話 第 ものを「所有」するということ 片づけられるかではない、問題は捨てられるかどうか! 風水とホルムアルデヒドの「はなし」 170 「信じること」と「感じること」 信じる者は救われる 「自然素材だからいい」は体のよい宣伝文句 火災は減って、死者が増えた謎 「外断熱」のイメージにダマされるな 火災にも地震にも負けない家 性能と機能の「はなし」 科学も大事、昔の知恵も大事 166 省エネルギーはどれくらい役立つか 「耐震性」で気をつけるべきこと 182 185 10 160 175 178 191 11 163 話 リフォーム「業界」は必要なのか リフォームの「はなし」 日本はリフォーム後進国 住宅にも「かかりつけ医」を 本文デザイン・DTP/ムーブ カバーデザイン/ bookwall やっぱり、「家は買うべきか、借りるべきか」 196 資産を持つのは得なのか 「持った」ことが不利に働く場合 家が「資産」になるための条件 家が地域を元気にしていく 210 212 第 最終話 194 204 220 12 プロローグ 500世帯が語る 「理想」 と 「現実」 理想の家は、モデルルームじゃわからない 日本の家とそこに暮らす私たちの行動を、「間取り」に求めると書きましたが、それ 人が違う性格をもっています。 66 ら、 %は意外と少ないと見ることもできます。 ダイニングセットです。そのソファやテーブルを、3軒に1軒は置いていないのですか インテリアショップに行っても、大物家具のメインは、応接セット、ベッド、タンス、 つまり3軒に2軒は、ソファやテーブルを家に置いていると言うことです。 ▼ 「応接セット(ソファ・テーブル)を持っている」家 ➡ % を大前提にしたのであれば、同じマンション、同じ公団の住宅に住んでいる人は、みな 人いれば、 同じような人間になっているはずです。 しかし、実際には 10 ここにひとつの調査があります。まずは、このデータをみてください。 10 逆にリビングなどで、ソファやテーブルがないと、どのように暮らしているのでしょ 66 016 プロローグ 500世帯が語る「理想」と「現実」 うか。そんな疑問が湧いてきます。 これに対する、もうひとつのデータもあります。 %の半分となります。 ▼ 「リビングではソファに座る」 ➡ まるで、計ったようにちょうど持っている人 % これらのことから見えてくるのは、意外と実際のリビング生活は、イス座ではなくて、 3軒に1軒ずつの割合で、あるということになります。 っていない家庭。それにソファ・テーブルセットを置いていない家庭の、各々の家庭が ブルセットを置いて座っている家庭と、ソファ・テーブルセットを置いてはいるが、使 仮にソファ・テーブルをほとんどリビングに置いていると仮定すると、ソファ・テー れるであろうことが想像できます。 応接間でも用意しないかぎりは、これらのソファ・テーブルセットは、リビングに置か 本来は、別の項目ですから、単純な比較はできないことなのですが、わざわざ洋風の 33 ユカ座の生活が、日本の中ではけっこう残っているのではないかということです。 017 66 特にソファを持っているのに使っていない家庭というのは、床に座りながら、ソファ を背もたれ代わりにして使っているという、そんな風景がイメージされてきます。 いかにもと思い当たるフシもあるのではないでしょうか。 せっかくの新しい家に、いままでと違う、夢でもあったソファ・テーブルを購入して はみたが、暮らしているうちに身に染みついている生活になっているのではないでしょ うか。 ユカ座とイス座という根源の生活様式がうかがえているととらえれば、実際に暮らし ているその「生活のありよう」が見えてきそうな「内容」を充分に含んでいます。 いろいろと、条件面を考慮しなければいけませんが、おぼろげながら生活の「理想」 と「現実」が垣間見えます。 調査の一端を披露しましたが、調査の「対象」は、有効解答数で500件強あり、特 定の地域というのではなくほぼ日本全国に分布しています。さらに実際の生活のありよ うを150項目にも及ぶ内容で聞いています。この様に家の中の生活を浮き彫りにして くれるデータはありません。 018 プロローグ 500世帯が語る「理想」と「現実」 またそのサンプルとなる家族は、一戸建ての家の住まい手です。しかも、その家に住 み始めて一年以内の家族を対象としています。つまり、その家族が家を手に入れて、一 年間住んでみた上での「生活のありよう調査」ということです。 新築1年目であるからこそ、暮らし始める前とのイメージのギャップを聞くことがで きます。 長年暮らしてしまえば、すっかり環境に順応してしまい、単純な現在の住まいの不満 点としてのデータにしかなりません。 家を手に入れるときには、それぞれの家族が新築後の生活の新しいイメージをしてい るはずです。少なくとも、家を検討している段階で、何らかの要望を持って「間取り」 の検討もしているはずです。 自由設計を求める方が、6割以上というデータがありますので、新築の機会にこそこ だわりをもって自由に設計をし、新しい生活を迎えたいと意気込んでいる人も多いと思 います。しかし、残念ながらそれはあくまでも図面に描いたもので検討しているのであ って、実際に住んでみると印象がまったく変わってしまうことはよくある話しです。 019
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