3) 80年代アメリカで何が起こったか?

80年代
80年代、
年代、アメリカでなにが
アメリカでなにが起
でなにが起こったのか
ちょっと趣向を変えてみた。
この内容は、特集記事からの抜粋したものである。
今日の日本は、一時期であるが、「このままでは、何もかも中国に取られてし
まうのではないか?」と中国を警戒をしていた。
中国が人件費が安いからである。多くの製造業も中国に進出している。
80年代のアメリカも同じ恐怖を日本から味わっていた、そして構造改革を強
いられたのである。当時のアメリカと現在の日本の違いがあるとすれば、アメ
リカは追ってくる日本からいろいろと学べたのだが、日本は追ってくる中国か
ら何も学べないのだ。
それでは、アメリカは、日本から何を学んだのか?
アメリカは80年代の10年間で、農業と自動車、石油化学を残し、家電など
の生産を放棄したのである。ナスダック市場が本格的に機能しはじめたのが、
80年である。94年にはナスダック市場は出来高で、ニューヨーク市場を追
い抜いた。新興のナスダック市場が歴史あるニューヨーク市場に瞬く間に追い
ついたということは、ナスダック市場を形成する若い企業群がアメリカを支え
ていたのである。ちなみにニューヨーク市場の株価維持に貢献していた企業
は、IBM、ゼネラル・エレクトリック(GE)、テキサス・インスツルメン
ツ、ヒューレット・パッカード(HP)などである。
82年には、「スーパーで売っている日本製のテレビの値段が、同じ街のGE
の工場で生産しているテレビの原価より安い」といった状況であったようだ。
当然ながら、アメリカの家電メーカーは次々に淘汰されたのである。
85年あたりからは、日本の自動車・自動車部品メーカーもこぞってアメリカ
進出した、この頃には、ホンダの販売台数がクライスラーに迫り、「ビッグ・
スリーとは、GM、フォード、ホンダだ」などと騒ぐ人まで現れた。
ただ、自動車産業だけは、日本側の輸出自主規制で守られたりしていたが、
鉄鋼産業なども淘汰されていったのである。
GMのフロント工場が閉鎖され、職を失った労働者が「憎っくき、ホンダ・シ
ビック」をハンマーでボコボコにしていたテレビ番組も日本で放送されてい
た。そんな中、特に最悪と言われていた88年の終わりから89年にかけて、
88年にパラメトリック・テクノロジー(PTC)が設立されたのだ。
アメリカの経済は、90年までの4年間が最悪であったと言われている。
そのどん底の中で、ビック・スリーの自動車会社は、CADによる設計の3次
元化をやってのけていた。ちなみに、GMは「Unigaraphics」で、クライスラ
ーが「 CATIA 」、フォードが「 IDEAS 」である。
Pro/ENGINEERは、自動車メーカではなく、淘汰の進む、カメラ、時計、テレビ
などの家電製品を作るメーカーに受け入れられた。
80年代は、日本がアメリカに追いつき、追い越した10年であったのでは
ないだろうか、
我輩が、特に印象に残っているのが、90年代の初めに、クライスラーから発
売されたネオンという小型セダンの登場である。
価格は北米で、9000ドルを切った値段だった。
日本では96年になってからの
発売で、価格は120万~であった。
デザインも日本車によく似ていた
と思う。
このネオンが、
当時日本のマスメディアは盛んに「日本車キラー」と報道されたが、実際は足
回りやトランクルーム内側の塗装コーティングを省略する等、コストダウンに
徹していたためである。
これは、聞いた話しではあるが、当時クライスラーは、トヨタ・カローラと
ホンダ・シビックを購入して、その車をすべてバラバラに分解して、研究を重
ねたとのことである。
ゆえに 「 日本車キラー 」 なのかは定かではないが…、
クライスラーの
クライスラー の ネオンという
ネオン という車
という 車
クライスラーのネオンという車は、初代モデルが「日本車キラー」とい
う異名を持っていたことからも分かる通り、日本や韓国からやって来る
安価な輸入車に対抗すべく設計された、クライスラーのコンパクトカー
である。
ボディサイズは全長が 4390mm、全幅が1715mmに設定され、全
幅こそ1700mmの5 ナンバー枠を15mm超えて 3 ナンバーサイズになるもの
の、全長はカローラセダンより少し長い程度。全高は 1420mmで、これも
今日の日本車に近い寸法だ。
エンジンは直列 4 気筒の 2 リッターで最
高出力は 133 馬力、最大トルクは 18.0kg-m 。これもまた 1.6 リッター
から 2 リッタークラスのエンジンを搭載するコンパクト、あるいはミド
ルサイズの平均的な国産セダンに近い数値だ。
いずれにしても、ボデ
ィ寸法やエンジン性能から考えてクライスラーネオンが日本の平均的な
ファミリーセダンにターゲットを絞っていることは明らか。「日本車キ
ラー」としてアメリカ本土への上陸を妨げる実績を作ったのなら、次は
日本へ攻め込んで、という話になったのだろう。
クライスラーは、96年に、年に右ハンドルモデルが日本へ投入。
同時に英国やオーストラリアへも輸出された。日本仕様は廉価版のSE(当
初、本体価格が130万円以下だった)、中間グレードのLE、豪華版のLX
が輸入され、大半が3速ATだったが、ごく少数5速MTも投入された。
2001年、ネオンは6年間で約3000台を販売しただけで撤退した。
これは、日本車をただ単に真似ただけの失敗であろう、ただ真似るだけであれ
ば、断然日本車の方がよいと市場が判断したのであろう。
それだけ、日本の 「 もの 」 づくりは、すごいのではないか。
そこで、日本の 「 もの 」 づくりである製造業についても、気になる当時の日経
の記事から抜粋した内容をみて、考えたみた。
話しの内容が、めちゃめちゃで申し訳ない(いやなら、読み飛ばしてほしい)
我輩は、製造業をサポートする人間である。
製造の現場で「もの」を作っているのは、何であろうか?
今日、「もの」作りの世界で起きているのは、「CAD」を使っての生産性の
向上である。と思っている。
「もの」作りの産業において、設計段階で3次元CADの利用で生産性向上が
実現することは、今は誰もが知っていることではないか?
では、今日のものづくりは、どうなっているのか?
我輩は、いろいろな企業の設計者を見てきた。
それは、設計者が作りたいものを決め、そして図面を描く。
その図面から、試作職人が試作品を作り、金型職人が金型を作る。
設計者が設計した図面をもとに、試作や金型の職人さんが、試作品を作るの
だ。
おそらく、日本の職人さんと呼ばれる人たちは、世界一速く、そしてう
まく試作品を作るに違いない。っと思う。
「もの」を作るのは、設計者がすごいこともあるが、設計者の描いたいいかげ
んな(紙の)図面でも、それをもとに試作や金型を作ってくれる世界一の職人
さんすごいのだろう。(製造のことを考えて設計する設計者は少ないと思う)
設計者と加工者が一体となった協働体制ができているからこそ、より良い「も
の」がつくれるのではないだろうか。
(ここでの紙の図面とは、3次元CADでモデリングしたものでも、図面をも
とにデータ授受をしていることが一般的であるため、紙の図面といっている)
しかしながら、このことを自覚していない設計者は、少ないのではないか?
相も変わらず、設計者は良くも悪くも、自分の設計したモデルに自信を持ち
試作や金型を起こそうとする。そして、試作や金型職人さんは、経験とノウハ
ウで無理やり設計者の望む形状を作ってきたのだ。そしてその金型で不具合が
発生すると、設計変更となるのだ。
いままで、アメリカ相手でも品質のよいものを市場に出すことで、生き残って
きたが、しかしこれでは、日本を追いかけるアジアの国では通用しないので
は、ないだろうか?
いまの日本を追いかけるアジアでは、日本の「設計→試作職人→金型職人」に
よるもの作りの強さはないのだろう、経験も技術も、ノウハウもない彼らアジ
アの技術者は、「もの」を作ろうと思ったら、最新の設備を買い入れるしかな
いのだ。そのため、3次元CADの投資が欠かせないのである。
だが、3次元CADによる 「 設計→製造 」 は、日本のシステムを脅かすのでは
ないだろうか?
日本の「もの」づくりを支えてきたのは、中小の金型企業だろう。
日本の製造業は、量産産業である。自動車も携帯電話もいろいろな電気製品も
大量生産の要となるのは金型である。
日本の製造業、すなわち量産産業とは、同じ品質の部品をいかに速く生産でき
るかで、その競争力であるコストと性能が決まる。日本の金型を使うと世界一
高い品質の部品を世界一速いサイクルで生産できるから、日本の製造業は今の
競争力を維持しているのである。
今日では、このような中小の金型企業も3次元CADを導入してきている。
3次元CADは設計の道具である。この道具をうまく使いこなすのは、日本を
追いかけるアジアの人たちの方が、バイタリティがあるように思う。
そんな中で、中国市場での CAD/CAM/PLM マーケットのリーディングカンパニー
を紹介しよう。中国において、 CAD/CAM/PLM 最大手であるCAXAがある。
CAXAは、世界中の製造業が中国に移転してきており、中国が製造業の中心
になるという考えがあり。かつ、海外の企業が中国で工場を作り、中国のロー
カル企業のレベルが向上しています。このような背景があって、今後、中国市
場に適したソフトウェアとサービスを中国の製造業に提供することが必要にな
ってくる。しかし、そのような企業はまだなかったので、これはチャンスだと
考えて、2003年 1 月にCAXAが設立された
そのCAXAの事業概要や、これからのビジネス展開および中国における金型
業界のことについて紹介しよう。
URL: http://www.caxa.com
CAXAについて
CAXA について、
について 、
CAXAは、中国最大手の CAD/CAM/PLM ソリューションプロバイダーで
す。製造業向けのソフトウエアサービスを行うというミッションに基づ
いて、CAXAは、中国産業の国内慣習に合う設計、プロセス・プラン
ニング、製造、コラボレーティブ管理などの製品群を開発しています。
CAXAは、5年連続で「中国国内ベスト10ソフトウエア」を受賞し
ており、2004年には最優秀ソフトウエアに与えられる「ソフトウエ
アゴールド賞」を中国ソフトウエア産業組合から授与されました。
CAXAは35ヶ所の販売・サービス拠点や300ヶ所に及ぶトレーニ
ングセンターとビジネスパートナー300社を通じて、中国全土に12
万以上の設置した実績を持ちます。
また、1000以上の大学などで
はCAXAを標準教育およびトレーニングソフトウエアとして採用して
います。
CAXAとは、C: Computer、A: Aided 、X:いろいろなテクノロジ
ーとサービスでX、A: Alliance と Ahead で、
Computer Aided X Alliance - Always a step Ahead :一歩リードするコ
ンピュータ支援技術とサービスです。のことらしい。
中国におけるCAD/CAMの使用状況を説明しよう。
雑誌「 CAD/CAM 与製造業信息化」2006年 1 月に CAD/CAM システムの使用状況
が報告されだので紹介しよう。
2次元CADは、 AutoCAD が
半分以上のシェアを占めている。
3次元CADは、 UG-NX 、 Pro/E 、SolidWorks、と続き、
CAMの分野では、 MasterCAM 、UG/CAM、 Pro/E-CAM となっている。
中国における製造業(特に金型関連)のマーケットで中国の統計局の発表は、
中国のGDPの約40%は製造業関係で、GDPの全体成長率は10%ほどで
すが、製造業は15%ほどの伸びがあると言われています。その中でも金型関
連は25%の成長率です。これは、自動車関連と家電関連で大幅に成長してい
るからです。
製造業は、中国で一番大きな産業となっています。
金型のマーケットは、2005年は輸出も含めて、610億元(9150億円)の
市場で、約3万社の企業があり、約50万人以上の雇用があります。
2006年は2005年と比べて25%成長しています。
っと、北京オリンピックに向けて、建築ラッシュだけでなく、製造業も急成長
している中国に、日本は競争に勝てるのだろうか?