ソマリア沖海賊対策に見る中国の海洋戦略

ソマリア沖海賊対策に見る中国の海洋戦略
2008 年 12 月 16 日、何亜非・外交副部長は、ソマリア沖の海賊問題に関する国連安
保理の閣僚級会合で、近く軍艦をソマリア沖に派遣して護衛活動に参加することを積極
的に検討すると表明した 1)。何副部長はソマリア沖海賊の取締りに関する第 1851 号決議
の採択後の発言で、「中国はソマリア沖海賊の取締りで国際社会が効果的な協力を行う
ことを歓迎し、国際法と安保理決議に基づき軍艦を派遣してソマリア沖海賊を取り締ま
ろうとする関係国の努力を支持する。中国は護衛活動に参加するためアデン湾およびソ
マリア沖に近く軍艦を派遣することを積極的に検討する」と述べた。第 1851 号決議は、
国連安全保障理事会が 2008 年 12 月 16 日に全会一致で採択したもので、米国や韓国な
ど6カ国が共同提出した。期限は1年で、過去の決議で認められているソマリア領海内
での活動に加え、領土・領空で海賊や武装組織の制圧を可能とした。海賊対策のための
「国際協力メカニズム」の構築なども呼びかけている 2)。今回のソマリア沖への中国海
軍の派遣は、中国の海洋戦略を考える上で、非常に重要なポイントである。特に「実現
すれば中国海軍初の遠洋作戦になる」を指摘されており 3)、中国での報道も過熱してい
ると言っても良く、意図的な盛り上がりを感じざるを得ない。
中国政府は、「安保理を中心に国際平和・安全の維持における国連の中核的役割を発揮
し」、「海賊行為の取締りにおいて国際法と安保理決議を厳格に遵守」、「政治・軍事・
経済・外交・司法の各面で力を合わせてソマリア問題の総合的解決を推進」することを目
指している
1)。同時に、その最新鋭ミサイル駆逐艦「海口」号の作戦を逐次報じている。
海口は「052C 型防空駆逐艦の二号艦」で、「フェイズドアレイレーダーと垂直発射式
システムを備えた中国海軍で第一世代の防空ミサイル駆逐艦」で「中華神盾」と呼ばれ
ていることも報じている。軍事面に関して秘密に閉ざされることの多い中国だが、人民
網は日本語版でも特集を組み、その PR に励んでいる。人民網が報じるところでは、
「中
国外交部の統計によると、今年 1 月から 11 月までに、アデン湾とソマリア沖を通過し
た中国の商船は延べ 1265 隻で、うち 20%が海賊の襲撃に遭っている。今年、中国側が
巻き込まれた乗っ取り事件は 4 件で、うち 2 件では中国側の船舶 2 隻、船員 42 人が巻
き込まれ、現在もなお中国の漁船 1 隻、船員 18 人が海賊の乗っ取り下にある」が、こ
れらの海賊被害 4)への対策も重要だが、それ以上に、今回の海軍の派遣は今後の中国の
海洋戦略における重要な布石であると考えられる。すなわち、中国からマラッカ海峡を
経て、インド洋、ソマリア沖への中国海軍のプレゼンスを示すことが国家戦略上重要な
のであり、12 月 30 日には、異例とも言えるマラッカ海峡通過を克明に報じている 5)。
どこの海軍でもそうだが、作戦に関する航海時間などの具体的な数字を報じることは稀
である。このことは、中国政府のソマリア沖への海軍派遣にかける並々ならぬ意思の強
さを感じざるを得ない。この背景の一つは、いわゆる空母建造である。すなわち「中国
は今年から初の国産空母の建造を本格化させるようだ。すでに初期段階の準備は始まっ
ているが、軍事筋によると、大連で改修している旧ソ連空母ワリャーグ(58500 トン)
を練習空母として就役させ、その経験を踏まえて、2 隻の中型空母(4 万-6 万トン級)
を建造し計 3 隻体制で運用する」。また「空母建造の狙いは、対台湾ではなく、「戦わ
ずして相手を屈服させられる」(海軍軍事学術研究所の李傑研究員)など国際社会での
軍事的プレゼンスを高める効果にある」との指摘があり 6)、直接的には軍事的要求だが、
中長期的には海上交易路の安全の確保であることは異論がない。空母の建造そのものは、
空母の運用に直接つながらない。外洋型海軍の運用確立には、20、30 年の積み重ねが
必要であり、ソマリア沖への海軍派遣は、むしろその一歩として位置づけけられるべき
だろう。しかしながら、これは、中国の通商やエネルギー安全保障政策の大きな転回点
につながる。改革開放 30 年を迎え、少なくとも沿岸部は素晴らしい経済発展を遂げ、
中国が新たな局面に乗り出したと言えるからだ。
中国では、1992 年、領海法が制定された。それから 16 年が経過し、2008 年 7 月 8
日の北京オリンピックの開会式では、鄭和の大航海をモチーフとした演出が見られた。鄭
和は 1405 年から 1433 年の 7 回の大航海で、数十隻のジャンク船の大艦隊を指揮し、南海
やインド洋へそして太平洋はもとより大西洋にまで遠征したが、空母の運用が本格的にな
れば、600 年を経て、中国は再びこれらのきわめて重要な海洋通商路を主体的に行動し、
海洋権益を自分たちの手で守ることになるだろう。従って、一面では、中国の海洋戦略
が中国の国威の発動として非常に重要な意味を持つことが分かる。発展し続ける中国経
済を核として、東アジアに大きな経済圏が構築されるとすれば、経済圏間の海上通商路
の安定した確保、中国周辺部での軍事的安定が不可欠だからである。逆説的な引用にな
るが、「国土資源部企画司の鞠建華・司長は 7 日、中国は 2010 年までに 30 億-35 億
トンの原油埋蔵量を新たに探知し、2015 年までに年間産出量を 2 億トン以上に増やし、
原油の輸入量を 50%前後に安定させると発表」したが 7)、逆説的に指摘できることは、
中国の原油の「需要は約 4 億トンあり、約 50%を輸入に頼っている」が、少なくとも
この 2 億トンの輸入を安定的に行うことが中国経済の発展維持の生命線につながるこ
とである。すなわち、原油輸送の海上通商路の安全保障が国益に直結し、そのための海
洋戦略が確立されていなければならない。人民網での軍事情報を含めたソマリア沖への
海軍派遣の一連の報道も、これらの海洋戦略を国際的に認知させるための戦略の一つと
見ることができるだろう。
一方でわが国の反応を見れば、
「中国海軍の南海艦隊所属のミサイル駆逐艦「海口号」
と「武漢号」、総合補給艦「微山湖号」の計3隻が26日午後、海賊対策のため、海南
島・三亜からアデン湾、ソマリア沖に向けて出航した。中国海軍が軍事力行使を伴う作
戦目的で艦艇を遠洋に派遣するのは初めて」と報じている 8)。また呉勝利・海軍司令官
の出航式典での「今回の任務は国際義務を積極的に履行する責任ある大国の姿を示し、
我が軍が国際・地域の平和安全を守る積極的態度を表すものだ」との発言を引用してい
るが、比較的報道は少ない。2009 年 01 月 07 日の麻生太郎首相の「各国も海軍を出し
たり、中国も確か海軍を送るという状況になりつつある・・・もう既に。そういった状
況にある中で、日本として何ができるかというのを検討するというのは、国民の財産と
いうものを守るということから考えたらすごく大事なことだ」9)という海上自衛隊のソ
マリア沖派遣の問題が喫緊の課題であるからで、中国の海洋戦略にまで踏み込んだ報道
は見あたらない。中国政府の海洋戦略に基づくソマリア沖への海軍派遣の決断と比べれ
ば、頼りない現状だと指摘せざるを得ない。
グローバル化した世界経済では、各国が自国の経済発展のみを憂慮していても、その
国の発展はない。中長期的な経済戦略が不可欠であり、各経済圏間の海上通商路の安全
保障が不可欠になる。その意味において、中国の海洋戦略は非常に賢明な判断に基づく
ものであり、軍事的な側面に近隣諸国は危惧している傾向はあるものの、中国が自国の
国益のために海洋戦略に基づく行動を取ることは正しい。その前提として国連常任理事
国である中国が「安保理を中心に国際平和・安全の維持における国連の中核的役割を発
揮」することは、きわめて合理的な行動であろう。さらにアフリカ諸国との密接な通商
関係を持つ中国にとっては、インド洋やソマリア沖の船舶航行の安全は不可欠であり、
主体的に維持していかなければならない。
2009 年のソマリア沖への海軍派遣は、それまでランドパワー(陸軍力)中心であっ
た中国の軍事力の転換点であり、本格的な外洋型海軍の整備に向けた第一歩であると見
るべきだろう。本格的なシーパワー(海軍力)が確保できれば、東アジアでの経済圏確
立のための中国の指導力は飛躍的に発展する。それが巨額の投資であっても、エネルギ
ー安全保障上の観点からも、十分にリターンを得ることができる。多くの現代の国際紛
争がエネルギーの獲得を確実にするものであることを振り返れば、鄭和がインド洋、太
平洋、さらには大西洋にまで遠征したことを回想させるような中国の海洋戦略の持つ重要
さを改めて認識せざるを得ない。
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1) 中国、海賊問題でソマリア沖への軍艦派遣を検討、人民網日本語版、2008.12.17
2) ソマリア海賊掃討司令部へ要員派遣 政府検討、産経新聞、2008.12.30
3) 海軍艦艇派遣「積極的に検討」中国表明、毎日新聞、2008.12.17
4) 責任ある大国のイメージを示す中国海軍艦艇の派遣、人民網日本語版、2008.12.24
5) 中国海軍艦隊
マラッカ海峡へ、人民網日本語版、2008.12.30
6) 中国が初の空母建造へ
中型2隻、年内本格化、産経新聞、2009.01.04
7) 中国 2020 年には原油の対外依存度が 60%に、人民網日本語版、2009.01.06
8) 中国艦艇 3 隻、海賊対策でソマリアへ、読売新聞、2008.12.27
9) 首相ぶら下がり記者会見、毎日新聞、2009.01.07