中心市街地の活性化はなぜ必要か? ~地方都市の現状と今後の展開

中心市街地の活性化はなぜ必要か?
~地方都市の現状と今後の展望~
特 集
埼玉県北本県土整備事務所 高橋 英樹
1.はじめに
れる。これに対し、依存財源とは国・県を経由する
財源で、国庫支出金(補助金)や地方交付税などが
中心市街地の活性化について考える際、「既に衰
これに当たる。一般的に、自主財源が多いほど、行
退している中心市街地の活性化が本当に必要なの
政活動の自主性と安定性を確保できるとされてい
か?」
「商店街のためだけの活性化なのではない
る 2。また、国が進める三位一体改革に伴い、地方
か?」といった意見をよく耳にする。平成 10 年に
分権を進めるため、平成 19 年度から所得税(国税)
中心市街地活性化法 1 が制定されて以来、全国各地
から住民税(地方税)への税源移譲が実施されてい
で中心市街地活性化の取組が行われているが、まち
る。このことは、市町村にとっては今後より一層、
づくりに携わる人間ですら、「活性化が本当に必要
地方税を主体とする自主財源に頼る財政構造が進む
なの??」という質問に対し、説得力のある答えを
ことを示している。
見つけられていないように感じられる。ここでは、
寄附金
の視点から中心市街地再生の必要性を検証するとと
自主財源
市町村税(住民税、固
定資産税など)
分担金及び負担金
もに、これからのまちづくりに何が求められてくる
使用料及び手数料
諸収入
こういった漠然と感じている疑問に対し、都市経営
のかについて論じていきたい。
結論から言うと、「中心市街地の活性化は絶対に
必要!」なのである。
なんとなくこう思っていませんか?
◦中心市街地の活性化は本当に必要なのだろう
か?
◦商店街のために多額の費用をかけるのはおか
しいのではないか?
◦郊外の大型ショッピングセンターがあれば商
店街なんてもういらない。
財産収入
依存財源
地方譲与税
繰入金
繰越金
配当割交付金
利子割交付金
株式等譲与所得割交付金
地方消費税交付金
地方交付税
ゴルフ場利用税交付金
交通安全対策特別交付金
自動車取得税交付金
軽油引取税交付金 (※政令指定都市のみ)
国有提供施設等
所在市町村助成交付金
地方特例交付金
国庫支出金
県支出金
市町村債
表1:自主財源と依存財源
2.財政構造から見る市町村の現状
まず、財政構造から市町村が直面する課題を考え
てみたい。市町村の財源は、自主財源と依存財源に
大別される(表1)。自主財源とは自治体(市町村)
が自らの権限で収入しうる財源であり、地方税や条
例や規則等に基づき徴収する使用料や手数料が含ま
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図1:県内市町村の歳入内訳(H19 年度)
次に自主財源の内訳を見てみよう。自主財源の主
要な割合を占めるのは市町村税であり、個人住民税、
法人住民税、固定資産税などがこれに該当する(表
2)
。平成 19 年度から税源移譲分である所得譲与税
特 集
が市町村税へシフトされた結果、市町村の歳入全体
に占める市町村民税(住民税)の割合が高くなって
いる
(図2)
。
ただ、市町村によって財政構造は異なっ
ており、固定資産税収入が占める割合がもっとも大
きい市町村もある(17 市町村)。
県内市町村全体でみると、歳入の 68.2%を占
め る 自 主 財 源 の う ち、41.4 % が 住 民 税 で あ り、
32.2%が固定資産税である。都市計画税は市街化
図2:県内市町村における自主財源内訳
区域内の固定資産に課税される税であることから、
固定資産税と合わせて考えると、両税の合計割合は
以上、マクロ的に県内市町村における財源の概略
37.1%である。
を示した。都市経営では、自治体の税収構造の仕組
今後の埼玉県の人口動態として、団塊世代の退職
みを知ることは非常に重要である。市町村における
と少子高齢化の進展による生産年齢人口及び就業人
歳入の主体は住民税と固定資産税であり 4、いわゆ
口の減少に伴い、住民税収入は確実に減少すると予
る法人二税が歳入の主体である県とは税収構造が大
想される 。つまり、自治体経営という視点から考
きく異なる。また、住民税全体に占める個人分と法
えた場合、質の高い安定した行政サービスを提供す
人分の割合は8:2であり、この点からも、県と比
るためには、将来確実に予想される住民税収入減少
べて企業誘致による影響を直接的に受けにくい財政
を踏まえた上で、財源確保を図る必要がある。結論
構造になっていることがわかる 5。団塊世代の退職
から言うと、今後の自治体経営においては、「固定
に伴う就業人口の減少により、今後の住民税収入は
資産税収入の確保」がより一層重要になってくるで
確実に減少していくと予想される。このため、市町
あろう。
村が質の高い行政サービスを維持するためには、固
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定資産税収入の確保という視点が欠かせない。
視点1
◦市町村が質の高い行政サービスを維持するた
めには、安定的な自主財源の確保が欠かせな
い。
◦少子高齢化による生産年齢人口の減少に伴
い、住民税収入は確実に(しかも劇的に)減
少していく。
◦市町村財政における固定資産税収入の比重は
より一層大きくなる。
表2:市町村税の内訳
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3.税収面で中心市街地が果たす役割
2)B市(人口32万人)の例
B市は東京から25km圏内に位置し、東京のベッ
特 集
次に、市町村財政において中心市街地が果たす役
トタウンとして70年代から人口を大幅に増やし
割を考えてみる。ここでは、固定資産税収入に占め
てきた。現在の人口は約32万人。B市における固
る中心市街地の割合を分析することで、いかに中心
定資産税及び都市計画税収入は、市の自主財源の
市街地が市の財政上重要な存在であるかを示したい
37.6%を占めている。
と思う。中心市街地とはどこなのか?といった議論
中心市街地は鉄道駅を中心にして0.75k㎡の広さ
もあるが、本論においては、中心市街地活性化基本
を持っており、中心市街地の居住人口は全人口の
計画において位置づけられたエリアを中心市街地の
1.7%である。A市における中心市街地面積の割合
定義とする。
は市全体の1.2%であるが、ここからの固定資産税
県内市町村全てのデータを入手できなかったた
及び都市計画税収入は、市全体の固定資産税及び都
め、入手できた市の事例を挙げることとしたい。な
市計画税収入の5.2%を占める9。
お、以下で示すデータは、筆者が主宰する自主研究
活動グループ「中心市街地復興研究会」の活動のな
かで、各市から提供いただき、筆者が集計・分析を
行ったものである。便宜上、市名は匿名で紹介させ
ていただくが、各市のご担当者にはあらためてお礼
申し上げたい。
1)A市(人口20万人)の例
東京から50km圏内に位置するA市は、中山道の
3)C 市(人口 75,000 人)の例
宿場町として発展した歴史を持ち、現在の人口は約
東京から40km圏内に位置するC市は、中山道の
20万人。A市における固定資産税及び都市計画税収
宿場町として発展した歴史を持ち、現在の人口は約
入は、市の自主財源の36.1%を占めている。
75,000人。C市における固定資産税及び都市計画
中心市街地はJR駅を中心にして約2k㎡の広さを
税収入は、市の自主財源の38.8%を占めている。
持っており6、中心市街地の居住人口は全人口の約
中心市街地はJR駅を中心にして1.1k㎡の広さを
4.5%である7。A市における中心市街地面積の割合
持っており、中心市街地の居住人口は全人口の約
は市全体の1.2%であるが、ここからの固定資産税
15%である。C市における中心市街地面積の割合は
と都市計画税の合計収入は、市全体の固定資産税及
市全体の4.5%であるが、ここからの固定資産税収
び都市計画税収入の約11.4%を占める 。
入は市全体の固定資産税収入の15.5%を占める10。
8
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当に必要なの??」「中心市街地の活性化というが、
3市に共通していることは、市全体の固定資産税及
それって商店街のための活性化じゃないの?」とい
び都市計画税収入における中心市街地が占める割合
う質問に対して、説得力のある答えを示せていない
の高さである。A市においては、面積では市の1.2%
ように感じられる。これに対し、ここでは自治体の
しかない中心市街地が、市全体の固定資産税及び
財政構造から中心市街地が果たしている役割を再評
都市計画税収入の11.4%を生み出している。この
価してきた。県内の事例からもわかるとおり、面積
ことは、もしも中心市街地の活力が減少して固定資
では数%程度である中心市街地が、市の税収におい
産価値が低下した場合、それが市の財政を直撃する
て占める割合は非常に高い。ここからもわかるよう
ことを示している。ここからもわかるように、健全
に、自治体経営という視点にたって考えた場合、中
な行政サービス提供のためには、中心市街地の活力
心市街地の活性化は絶対に必要である。
を持続させることが不可欠である。つまり、中心市
自治体の歳入の大きな支えであった地方交付税が
街地の活性化は、中心市街地及びその周辺に住む人
減少しつづける現状では、質の高い行政サービスを
だけの課題ではなく、行政サービスを受ける全住民
提供するためには、安定した自主財源の確保が不可
に関わる課題である。市町村が質の高い行政サービ
欠である。このためには、既に市歳入において高い
スを提供し続けるためには安定した財源が必要であ
割合を占める中心市街地を再生させ、中心市街地か
り、中心市街地を活気づけ、商業機能を中心とした
らの固定資産税収入を減少させないことが必要であ
都市機能の充実を図ることが、財政運営という視点
る。「人口が増えれば大丈夫だ」と考える人がいる
からも欠かせない。都市経営の視点では、郊外に新
かもしれないが、都市経営にあたって重要なのは、
たに投資をするよりも、既存の都市機能が集積して
総人口ではなく生産年齢人口(15 ~ 64歳)である。
いる中心市街地を再生させることが、投資に対する
埼玉県だけでなく東京都市圏においてさえ、既に増
リターンという点からも非常に効率的である。
えているのは60歳以上の人口だけであるという現
視点2
◦固定資産税収入において中心市街地が占める
割合は非常に高い。
実を直視する必要があるだろう11。今後、生産年齢
人口は確実に減少し続ける。景気回復が進むとして
も、自治体における住民税収入は減少傾向が続くこ
◦中心市街地の衰退により固定資産税収入が減
とは明らかである。そして、現在の市町村の財政構
少した場合、市の歳入に与えるインパクトは
造では、住民税の減少分を補填でき得るのは固定資
非常に大きい。
◦質の高い行政サービス提供のためにも、都市
施設の集積が図られている中心市街地の活性
化は不可欠である。
特 集
以上、
県内の3つの市における財政構造を示した。
産税しかない12。これは全ての市町村に共通して言
えることである。
下の概念図に示したように、市町村の区域をA(中
◦中心市街地の活性化は、中心市街地内に住む
心市街地)、B(中心市街地以外の市街化区域)、C(市
人だけの問題ではない。市民全体の行政サー
街化調整区域、その他)と分けた場合、Aの中心市
ビスにかかわる問題である!
街地の再生は、Aに住む住民だけでなく、B、Cで
生活する住民にとっても大きな問題である。自治体
4.中心市街地活性化は誰のためか?
(市町村)は、Aの区域からの税収を基盤として、B
やCの住民への行政サービスを提供しているのであ
冒頭でも述べたが、全国各地で中心市街地活性化
る。極端な例ではあるが、昨今多くの市町村で見ら
の取組が行われているにも関わらず、「活性化が本
れる自治体運行バスといった行政サービスは、Aか
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特 集
らの税収に支えられている。Aからの税収が減れば、
大きく依存する市町村では、今後の都市戦略もおの
これらの行政サービスも削減せざるを得ない。税収
ずと変わってくる13。企業の立地数が多い市町村に
不足の自治体がどんな行政サービスをカットするこ
おいては、今後予想される住民税収入の減少は、企
とになるのかは、近年の自治体の破綻例をみれば想
業立地の少ない市町村に比べて緩やかになると思わ
像可能であろう。
れる。反対に、個人住民税の比重が高い市町村にお
視点3
◦住民税の減少分を補填できるのは固定資産税
だけである!
◦つまり、中心市街地の活性化は A 様のため
だけのものではない!
いては、少子高齢化の波を強く受けることになるだ
ろう14。それぞれの自治体が、自分たちの体力の現
状を見極めた上で、これからの都市政策を進めなけ
ればならない。また、県という立場では、そういっ
た市町村の現状を認識しながら、がんばる地域がが
んばれる仕組みづくりをしていく必要があるだろ
う。
今回の検証が今後の都市政策における1つの視点
として活用されることを期待し、本論文のまとめと
したい。
まとめ ∼くどいようですが∼
◦まちづくりは都市経営の視点から行う必要が
ある。
◦今後、生産年齢人口の減少に伴い、住民税収
5.まとめ 以上、都市経営の視点から埼玉県内の都市の現状
を分析してみた。文面の制約もあり細かいところま
で説明できなかったが、重要なことは、市町村によっ
入は確実に減少する。
◦住民税の減少分を補填できるのは、現在の
日本の財政構造では固定資産税しかあり得な
い。
◦固定資産税収入のうち、中心市街地の占める
割合は非常に大きい。
て財政構造は大きく異なっているということであ
◦質の高い行政サービスを提供するためには、
る。例えば、住民税のうち法人住民税が占める割合
中心市街地を活性化させ、健全な財政体質を
の高い市町村と、企業立地が少なく、個人住民税に
確保する必要がある。
脚 注
1 中心市街地における市街地の整備改善及び商業等の活性化の一体的推進に関する法律
2 埼玉県内の市町村については、マクロ的に全市町村の合計で見た場合、平成 19 年度の歳入総額のうち自主財源の割合
は 68.2%である。税源移譲分である所得譲与税が市町村税へシフトされ、また、地方特例交付金、地方交付税や市町村債
といった依存財源の減少が大きいことから、自主財源の割合は前年度に比べ 4.2%増加している。ちなみに、個々の市町
村における歳入に占める自主財源の割合は市町村によって大きく異なり、29.3%(東秩父村)~ 79.8%(戸田市)となっ
ている。
3 住民税には個人分と法人分があるが、県全体では個人分 82%、法人分 18%であることから、少子高齢化に伴う就業人
口の減少の方が、政策的な企業誘致による法人分の増加と比べて影響が多いと考える。
4 両税が歳入全体に占める割合はそれぞれ 28.2%、21.9%である。
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5 企業誘致に伴う市町村財政へのインパクトとしては、①固定資産税の増加、②法人住民税の増加、③就業人口の増加に
伴う個人住民税の増加があり、企業誘致により住民税の個人分が増加することは予想される。しかし、ある企業の誘致に
伴う就業人口の増加は、必ずしもその市町村内の住民に限定されるものではないため、③については限定的であると考え
る。
6 A 市は複数の市町で合併しており、中心市街地活性化基本計画で認定された中心市街地が複数存在している。数値は合
併後のもの。
7 中心市街地活性化基本計画をベースにして、町丁目大字別に筆者が集計したもの。
特 集
8 ともに合併後の数値。中心市街地人口等はすべて既存データを基に筆者が集計したもの。
9 B市には市内に複数の鉄道駅があり、それぞれの駅を中心としていわゆる商店街が形成されている。B市の中心市街地
活性化基本計画ではある1つの鉄道駅周辺を中心市街地と定義されているため、相対的に市全体に占める割合が低くなっ
ている。
10 C 市については課税評価額から算出。
11 平成 17 年度の国勢調査の結果からも、埼玉県においては既に生産年齢人口の減少が始まっている。
12 法人二税が歳入の主体である都道府県は、この点においても市町村とは大きく異なる。
13 埼玉県内では、熊谷市、狭山市、三芳町、滑川町、美里町、神川町、大利根町において、法人住民税の割合が住民税
全体の 25%以上を占めている。美里町においては法人住民税の割合が 50%以上となっている。
14 志木市、富士見市、毛呂山町、小川町、鳩山町、東秩父村、宮代町、鷲宮町、松伏町では、住民税収入に占める個人
住民税の割合が 90%を超えている。
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