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審査要旨 - 一橋大学経済学研究科

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博士学位請求論文審査報告
劉暢(LIU, CHANG)
高度成長期における基幹素材産業の発展
―産業政策と企業活動―
はじめに
本論文は、高度成長期における政府と企業の関係を鉄鋼業と石油化学工業の 2 産業にしぼり、経済史・経
営史的手法を駆使して分析したものである。対象とする時代は、1950 年代初めから第一次石油危機のあっ
た 1970 年代初頭までである。あらかじめ、その章別構成を示せば、以下の通りである。
まえがき
第 1 章 産業政策と基幹産業を考える
第 2 章 企業成長を基幹とする基幹素材産業の発展
第 3 章 能動的な産業政策と企業イニシアティブの形成
第 4 章 国際競争力強化と企業イニシアティブの発揮
第 5 章 産業発展の前提をめぐって
本論文の要旨
劉暢氏は、論文冒頭で高度成長期の日本の産業政策の効果について、相対立する見解のあることを紹介
する。第 1 は「日本の産業政策は…空前の成功をおさめた」ときわめて高い評価を与える見解であり、第 2 は
政府が企業と一体となって経済成長をはかったとするいわゆる「日本株式会社」論は、一種の「日銀大蔵王
朝史観」であって、これは政府・官僚の役割の過大評価であるとみなす見解である。これに対し、劉暢氏は現
代の各種経済体制は程度の差はあれ「混合」を有しながら多元的に変貌していること、その中で日本の経済
体制は一種の混合型経済体制として評価されてきたことに注目する。つまり現実の日本経済では多かれ少
なかれ政府の経済への関与、「計画」の要素があったことを指摘し、それを「混合経済」という概念で要約する。
しかも、この混合経済体制は、世界のどこの先進工業国でもみられた現象であって、むしろその合理性が強
く認識されるにいたったと言うのである。したがって、混合経済のなかで、産業政策と企業活動が、どのように
組み合わさったとき成功するのか、逆にどのような場合に失敗するのかを解明することは、現代中国の経済
建設にとってもきわめて重要な教訓をもたらすであろうと述べている。
こうした問題意識に立って、著者は鉄鋼業と石油化学工業の二大産業を選び、両産業の発展を実証的に分
析しつつ、両産業の発展過程における政府の役割を時代を追って解明する。
第 1 章は、戦後日本経済における鉄鋼業と石油化学工業の産業全体に占める位置を、①技術と投資、②生
産と需要、③事業所数・従業者数、④原材料と燃料消費、⑤輸出の 5 側面から明らかにし、両産業がいずれ
も高度成長期の主導的産業であったことを統計的に解明した。
第 2 章は、両産業の企業経営分析にあてられる。考察の対象は鉄鋼業が八幡・富士・川崎製鉄、日本鋼管・
住友金属など「高炉 9 社」であり、石油化学工業は住友化学、三菱油化、三井石油化学などの「典型 7 社」で
ある。分析の結果、鉄鋼業は高度成長期に「成長」→「自主」→「成熟」の各段階を経て、1960 年代後半には
国際競争力を持つにいたったことを確認する。これに対し、石油化学工業は「勃興」→「成長」→「自主」の各
段階を経ていたが、「自主」から「成熟」を飛び越え「国際化」へと突入したことが鉄鋼業とは大きく異なるとし
ている。
第 3 章は、政府と企業の関係を解明したもので、鉄鋼業においては第 1 次合理化計画期には政府の主導性
が強かったが、第 2 次合理化期は政府主導から企業主導への過渡期にあり、第 3 次合理化期になって企業
主導へと移行したとする。これに対し、石油化学工業は、勃興期には政府の誘導政策はかなりの効果を持っ
たものの、通産省のエチレン30万トン体制への誘導政策は過剰投資・過当競争を引き起こし、当該産業の
発展を阻害する結果を招いた。
第 4 章は、発展の頂点期(1966~73)に鉄鋼業が世界に冠たる実力をつけたことを、原料基盤、技術開発と新
鋭設備、投資と生産、資金調達、海外技術協力の 5 つの側面から明らかにする。そして 1970 年の新日本製
鉄の誕生は、まさしく企業主導型発展の延長線上に位置づけることが出来るとした。これに対し、石油化学
工業は 1967 年に大型化の時代に突入するが、借入金を頼りに連続的な巨額設備投資を急ぎすぎた結果、
企業間競争を激化させ、経営体質を弱体化した。政府が意図した国際競争力の強化は、石油化学の場合に
は失敗したというのが著者の見解である。
第 5 章は、本論文の結論と今後の課題を述べたものであり、①産業政策と企業活動の関係は時間とともに変
化し、発展的な動態にあること、②企業の内在的成長力は産業発展の原動力であり、政府の産業政策の実
施効果を左右する、③混合経済体制のもとでは、政府の企業活動への政策介入は連続して必要とされるが、
産業発展の行方は、企業イニシアティブの発揮及びそれに適応した政策誘導の両者によって決められるとし
ている。
評価
これまで日本の高度成長をもたらした要因として、官主導の政官財複合体を強調する見解や、これとは逆
に市場メカニズムが有効に作用したことを強調する見解があるが、本論文は、「混合経済」論を軸に、そのど
ちらにも偏らないバランスのとれた、しかも独自の見解を提出した点に最大の学問的寄与がある。以下、本
論文のメリットを述べれば、次のごとくである。
第 1 に、鉄鋼業については「高炉 9 社」、石油化学工業については「典型 7 社」の企業経営分析を第一次資
料を駆使して、これまでにない精密さをもって実証した。そのうえで両産業の発展の違いを浮き彫りにした功
績は大きい。資料的にも、石油化学協調懇談会や日本鉄鋼連盟などの非公開内部資料を用いているため、
ファクトファインディングスとしても貴重である。
第 2 に、戦後鉄鋼発展史において、川崎製鉄千葉製鉄所建設・住金事件・新日鉄誕生という三大事件は相
互に密接に関係していたこと明らかにした。言い換えれば、この三大事件は、「自由競争」から「競争を伴う協
調」へ、更に「競争と協調による合併」へといたる戦後鉄鋼発展史において、出発点・転換点・新たなる始点に
当たることを明確にした。また、それとの関連で、「稲山・協調哲学」と「日向・自由競争哲学」の対比的特徴を
明らかにしたことも興味深い。
第 3 に、アメリカの「日本株式会社論」に見られるような、政府と企業の一体性を強調し、特に官僚の主導性
を強調するステレオタイプの議論を批判し、政府と企業の関係は動態的なものであって、時代によって異なる
ことを説得的に論証した。以上のように、本論文は政府と企業の関係を 2 産業にしぼって実証的に解明した
点にメリットがあり、いわゆる「官僚王朝史観」を克服する手がかりを与えた。
問題点と今後に残された課題
しかし、問題点も若干残されている。
第1は、産業政策の定義が狭く、鉄鋼・石油化学工業の発展にとって決定的な意義をもつ産業基盤の整備に
ついて、ほとんど触れられていないのは残念であり、今後の研究によって補強されるべきである。
第 2 は、政府イニシアティブ、企業イニシアティブなどの用語は、もう少し丁寧に説明すべきであった。書き直
し原稿で、「イニシアティブ」という用語は、「原料基盤・生産技術・資金調達・設備投資・収益性と成長のバラ
ンス・経営目標(理念)などの面において、(企業あるいは政府の)局面をリードする実力の増強を指す」と改
善はされているが、これは単に政府ないし企業の主導性を言い換えたに過ぎず、より適切な概念規定をおこ
なう必要があるように思われる。
第 3 は、鉄鋼業における資金調達にくらべて、石油化学工業における資金調達の分析が充分でない。学術
誌に発表する場合には、この部分は書き加える必要があろう。 以上の批判点はあるものの、本論文が産業
政策の歴史的研究に斬新な成果をもたらしたことは疑いない。1998 年 5 月 13 日の口頭試問の結果を踏まえ
て、われわれ審査委員一同は劉暢氏に一橋大学博士(経済学)を授与することが適当と判断する。
1998 年 6 月 10 日
審査委員:
中村
西成田
政則
豊
寺西
俊一
都留
康
佐藤
正広
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