2011年度前期9月合宿

2011 年度前期早稲田大学雄弁会 夏期合宿レジュメ
政治経済学部 1 年糸氏悠
「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない。
恥辱のあまり崩れ落ちたのだ。」
政治経済学部 1 年糸氏悠
ついに私は、仏像は誰が破壊したのでもないという結論に達した。
仏像は、恥辱のために崩れ落ちたのだ。
アフガニスタンの虐げられた人びとに対し世界がここまで無関心であることを恥じ、
自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ。
運動家、映画監督 モフセン・マフマルバフ
作戦を行った若者たちは、ニューヨークとワシントンで、彼らの行動を通じて語った。
それは、これまで世界で語られたすべての言葉を凌ぐものだ。
彼らの話はアラブ人だけでなく、アラブ人以外にも、中国人にさえ理解された。
この事件は、人々を真のイスラムについて考えさせ、
そのことがイスラムにたいへんな恩恵をもたらしている。
ビンラディン 2001 年 11 月のビデオにて
1
2011 年度前期早稲田大学雄弁会 夏期合宿レジュメ
政治経済学部 1 年糸氏悠
序
先ず、本レジュメの趣旨・構成を述べる。
本レジュメにおいて、アフガニスタンでのテロリズムの発生する社会状況に対する現状
を明らかにし、原因を分析することで、アフガン民衆や「テロリスト」がテロ攻撃によら
ず彼らの価値観を訴え、獲得し得る社会に向かう政策を打つ。
構成については
序
1.社会認識・理想社会像・問題意識
2.テロリズムの現状
3.テロリズムの原因
4.政策論
結び
とする。
1.まず私の社会認識・理想社会像・問題意識を述べる。
1、社会認識
1990 年代以降ソ連の崩壊や情報通信技術の急速な発展などにより、世界の一体化 は急速
に進み、現代グローバリズム として世界中に浸透している。しかしその実態は、アメリカ
ナイゼーションと揶揄されるようにアメリカ合衆国の強大な軍事力を背景としたアメリカ
的価値観や民主主義、市場主義経済等の社会システムを世界的に展開しようとする世界支
配戦略とも解釈される。そしてイスラームなどこれと対立する価値観 (文化・伝統・慣習)
を持つ人々はこのアメリカ的価値観による世界の一体化に反発し、特にキリスト教文化圏
とイスラーム文化圏の対立は「文明の対立」と称され、今のところ 21 世紀の争いの主軸を
なしている といえる。
この「文明の対立」において戦争は、2001 年 9.11 同時多発テロに際して「新しい戦争」
とジョージ・ブッシュ大統領が表現したように、以前のような国家の正規軍同士のいわゆ
る「対称」な戦争に対して、正規軍とサブナショナルな武装勢力が戦う「非対称」な戦争
が増加した。これはソ連が崩壊した現在、圧倒的軍事力を持つアメリカと同じ戦術では勝
利が困難であるために、交戦勢力がテロやゲリラ戦法をとるものである。さらにこの戦争
は、「グローバリズム」を標榜する人々はもちろん、「反グローバリズム」を掲げる人々も
また、国境を越えて結びつき、勢力を形成している。これは例えばイラク戦争において、
前者はアメリカを中心とする多国籍軍であり、後者はフセイン政権崩壊後もアフガンを拠
点にイラク・パキスタン・ソマリアなど各地でテロ攻撃を行ったアルカイダである。メデ
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ィアの発達はグローバリズムを強烈に推進した一方で、反グローバリズムを掲げる勢力の
国境を越えた活動を可能にし、非対称戦争を激化させた。
2、理想社会像・問題意識
私の理想社会は人々が自身の価値(文化・慣習・宗教)に従い行動できる社会である。その
ような社会において、人々は自身が信じる価値に従い、自身が望む職業や指導者を選択す
るなど、自身の生きたい生き方ができる。
この理想社会像は、全ての文化は対等であり、ある社会の文化の洗練さを外部の社会の
尺度によって測ることをせずその文化、社会のありのままの姿をよりよく理解しようとす
る文化相対主義的対場に立っている。しかしながら文化相対主義は固有文化の価値を楯に
取った人権侵害が防げないという批判を受けている。それは例えば、女子割礼やバンジー
ジャンプなどの危険な通過儀礼、イスラム圏における女性の人権侵害などである。
ここで私は個人がその価値を選択する機会に重点を置く。すなわち、ある個人の抱く価
値や集団の持つ価値が他者の生命を傷つけ奪うものである場合それは規制されなければな
らないと考える。個人が望む生き方をするためには、第一に生命が保障されていなければ
ならず、自身の価値に従った行動が、他者の価値を持つ機会を損害してはならないのであ
る。私の理想社会像の大前提に、生命が担保された社会が存在するのである。
しかし、ただ生を称賛し死を忌避するわけではない。死を美徳とする慣習は尐なからず
存在し、自分の抱く価値に従い死を選ぶという身体の決定権は身体の持ち主にあることは
自明であるからである。生を他者に押し付け、この「死ぬ権利」さえ奪ってしまったとき、
その人は何の価値も持たないただ「生きている」動物となってしまう。
したがって私は文化相対主義と、生命を絶対とする見地との中間の立場をとり、理想社
会と事象との整合性を検討する。
上述の状況下である価値により個人の生命が危機におかされているとき、私は生命を重
視する立場より、その価値の修正を図るが、修正の際にはその文化を最大限に尊重する立
場に立ち、最も修正が尐なく妥当である政策を提示するにとどまる。
しかるに現在、戦争によって市民は死の恐怖に怯え、戦争に敗北した国民は戦勝国が創
設した傀儡政府のもとにおかれ不満を抱いている。そしてこれらの抑圧から人々を解放す
ることを宣言して非国家組織が「自由の戦士」として武装化しテロ攻撃を行っている。し
かし、テロ攻撃は攻撃対象の反撃不可能な状況を狙ったり、全世界への問題提起として衝
撃の大きい罪なき市民を狙うといった性質上、市民を巻き込む傾向の強いものであり、民
衆の自由や解放を掲げつつ、その民衆を犠牲にするという矛盾がある。
また、そういった非国家武装組織は、例えばタリバーンやハマスのように、地域の自助
組織的な意味合いが強く、機能不全に陥っている自治政府にかわって、貧困層のために病
院、孤児院、学校などの経営を行うといった医療・教育等福祉をおこなっている。この活
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動はまさに民衆に生命を保証し、価値を持つ機会を与えるものであるが、テロ攻撃を行う
ことで「テロ組織」とみなされ攻撃されてしまう。もしこのような組織がなくなってしま
えば、それは民衆にとっても大きな打撃である。一方でイラクで実際見られたように、繰
り返されるテロ行為に疲弊した民衆は抑圧された安穏を欲し、政治的欲求を手放してしま
う傾向があり、これは民衆にとっても彼らの抱く価値を手放さざるを得ず、組織にとって
も本来救う対象が離れて行ってしまうということである。
以上のように自身の価値を守ろうとするテロがむしろ他者の抱く価値を抑圧し、さらに
テロへの報復が起きることで新たに価値を抱く機会への抑圧が起こるのである。これは私
の理想社会たる人々が自身の価値に従い行動できる社会からかい離している。
しかしそもそも彼ら「テロリスト」や民衆から、価値を抱き実行する機会を奪ったのは
「侵略国」側である。さらに言うと、現在テロ攻撃を行い「テロリスト」とされている人々
も、かつて戦争や貧困により価値を抑圧された被害者であり、一般市民のみならず、彼ら
も価値を実現する機会を持つという意味で救われなければならないのである。従って私は
テロの発生する社会状況を問題とする。
2.テロリズムの現状
2―1.テロリズムの定義
現在、世界で共有可能な「テロリズム」の定義は存在しない。チャールズ・タウンゼン
トは「テロ」の定義について、百を超える定義が提案されながら今なお合意が成立してい
ないことを指摘する。
なぜ定義できないのかは明白である。タウンゼントは続けて言う。
一言でいえばテロリズムがラベリングだからだ。テロリズムはある一つの行為とみなさ
れるよりも、むしろ心理的状態を指しているといえよう。
つまり「テロ」の定義が難しいのは、それが恐怖を喚起する表象であるがゆえに、事象
それ自体を直視することを妨げるからである。この「テロ」に関する言説の問題性を鵜飼
哲が指摘している。
確かに暴力的事態が突発すると人の心は恐慌を起こし、その事態の原因に目を向けられ
なくなる。だが、「テロリズム」は学問用語というより一種の罵倒語であり、政治的背景を
持った暴力を犯罪のコードに転写するための装置である。この言葉の乱用は悪魔払の儀式
に似ている。この言葉自体は何も教えてはくれないのだから。したがって、この言葉を目
にしたら、それがその都度どんな問題を指しているのかを考えてみなければならない。
こうして、テロリストはある文脈では「自由の戦士“ムジャヒディーン”
」として称賛さ
れ(ソ連のアフガン侵攻に対する戦いなど)、同時に別の文脈ではテロリストとして罵倒され
ている(米のアフガン侵略に対する戦いなど)。彼らが全く同じ思想を抱き、特にアフガンの
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例においては全く同じ行動者であるにもかかわらずに。
そもそも「テロ“terrorism”」という概念自体、中田考が述べるとおり西洋の発想により
生み出され西洋文化の枠組みの中で成立した西洋文化の一部である。アラビア語
で”terrorism”は”‫( إرها‬irhaab)”と訳される。この語は「恐れさせる」を意味する動詞
“‫( ارهق‬arhaqa)”の動名詞形に主義主張を表す接尾辞がついたもので、”terrorism”の直訳
であり、新造語である。よって我々は「テロ」が普遍的な概念などではなく「近代」
「欧米」
という「時間」と「場所」の制約を受けた特殊な歴史的条件、文化的枠組みの中でのみ成
立するものであるということを意識化することが重要である。
各国機関、専門家による定義は以下のとおりである。
「政治的、宗教的、あるいはイデオロギー的な目的を達成するため、政府を強制もしく脅
迫することを意図して、恐怖を刷り込むために暴力あるいは暴力による威嚇を計算して用
いること。
」――米国防総省年次報告より
「サブナショナル集団または秘密諜報員によって行われる、非戦闘員の目標に対して犯さ
れた、前もって計画され政治的に動機づけられた暴力を意味し、通常観衆に影響を及ぼす
ことを意図する。
」―米国務省年次報告” Patterns of Global Terrorism ”より
「政治的又は社会的な目的を促進するため、政府、国民又は他の構成部分を威嚇し、強要す
るべく、人又は財産に対して向けられた不法な武力又は暴力の行使。」―FBI 出版”
Terrorism”
より
「国家の秘密工作員又は国内外の結社、グループが、その政治目的の遂行上、当事者はもと
より当事者以外の周囲の人間に対してもその影響力を及ぼすべく、非戦闘員またはこれに
準ずる目標に対して計画的に行われる不法な暴力の行使をいう」――日本公安調査庁『国
際テロリズム要覧』より
「主として非国家アクターが、不法な力の行使またはその脅しによって、公共の安全を意
図的に損なう行為につき、国家機関と社会の一部ないし大部分が恐怖、不安、動揺、をも
って受け止める現象。
」―防衛大学助教授宮坂直史『国際テロリズム論』芦書房より
「武装した者による非武装の者への暴力」――チャールズ・タウンゼンド『テロリズム』
岩波文庫より
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米国防省は「戦争の一つの形」、FBI は「犯罪」、国務省は「政治的表現」と、各機関の
担当領域に関わるテロリズムの性質を強調している。以上の定義に共通するテロリズムの
構成要素として、以下の3つの事項を挙げることができる。
第一に、政治的な目的の存在が挙げられる。
公安調査庁『国際テロリズム要覧』によると政治的目的として、以下の9項目を挙げている。
①王権の獲得
②政権の奪取
③政治的・外交的優位の獲得
④政権の攪乱・破壊
⑤報復
⑥通常戦争の補完・代替・補助
⑦逮捕・収監された構成員の釈放及び救出
⑧活動資金の獲得
⑨自己宣伝
第二に、衝撃、戦慄、恐怖、威嚇あるいは急変による注意の喚起が挙げられる。
社会には、秩序と安全への渇望があって、暴力的威圧を規制する決まりや境界が作られて
いる。この境界を越えると、衝撃が生まれる。防御不能のものを攻撃するというテロ特有の
行為は、社会における不安感を劇的なまでに増大させる。このような騒動や異常は、人々の
興味をひきつけるために必要とされている。
第三に、暴力の行使があることが挙げられる。
恐怖心を喚起させる方法として、何らかの暴力を伴う。
このほか、非合法性や、行為の対象が非戦闘員であること、アクターが非国家組織である
こと、行為の計画性を挙げる定義もある。
これらを総合して考え、最も包括的な定義をすると、テロリズムとは
「通常観衆に影響を及ぼすことを意図し、サブナショナル集団によって行われる、非戦闘
員またはこれに準ずる目標に対して犯された、前もって計画され政治的、宗教的、あるい
はイデオロギー的に動機づけられた暴力の行使」
と定義づけられる。
テロリズムの宗教的、イデオロギー的動機を見過ごしているものの、米国務省の定義が
この定義と最も近い。しかし 2004 年に、データの恣意的引用 が問題となり、また行政改
革の一環として、テロ対策機関として国家テロ対策センター(National Counterterrorism
Center 略 NCTC)が新設され、2004 年以降年間のテロ情勢は NCTC から発表されること
になった。センターでは、FBI、CIA、国防総省の官庁の職員が勤務し、テロ情報の分析や
対テロ活動の計画、作戦支援を行っている。
NCTC におけるテロリズムの定義とは
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「事前に計画され、非戦闘員 を目標としたサブナショナル集団または秘密諜報員による
政治的動機を持った暴力」
であり、テロリズムの構成要素として先に述べた「注意の喚起」の面が不足してはいるが、
おおかた 国務省の定義を引き継いでおり、数値も合致する。
従って私の研究においては、2004 年までのデータは国務省発表のデータを、2004 年以降
のデータは NCTC のデータを使用することとする。
2-2.テロリズムの現状分析
実際テロリズムがどの程度発生しているのかについてテロによる死傷者を基準に分析し
ていく。
2007 年 2 万人を超えたのを境に死傷者は減尐していき 2009 年には約 1 万 5 千人にまで
減尐した。しかしこれを見てテロが解決に向かっているとはできない。
死傷者の減尐は、イラク情勢が非常によくなった1ことに起因しているが、一方でイラク
以外でのテロは過熱しているのである。図1を参照(NCTC 国家テロ対策センターの 2010
report on terrorism より)。
ここで各国別の死傷者を見るとイラクに続いてアフガニスタン、パキスタンがある。図
2を参照(図1と出典同)そもそもソ連のアフガン侵攻以来、治安の急激な悪化とインフラの
破壊によりアフガンとパキスタンの国境線はあいまいになっており、またパキスタン人の
「客をもてなす」という慣習(タリバン政権がアルカイダをかくまったようにムスリム全体
の慣習といえる)からアフガン人が多く流入し、パキスタンのテロのほとんどが国境付近に
おけるパキスタン・タリバーン運動(TTP)の活動である。テロによる死傷者が減尐し続
けるイラクとは逆に、アフガニスタン、パキスタンのテロは 2001 年のアフガニスタン紛争
より増加傾向にある。図3を参照(NCTC report on terrorism 2010,2009,2008 より)。
以上よりこのレジュメでは、アフガニスタン(含パキスタン国境)に焦点を絞って分析して
いくこととする。
1 イラクは、2007 年の米軍大増派遣(2 万人)と新首相マリキの穏健な政治により治安が回復し、2008 年には石油生産量
が開戦前と同水準にまで回復、2009 年 3 月に ABC、BBC、NHK が行った合同調査によると、85%が治安が良いと答
えているなど、イラク人の治安に対する実感も上昇している。
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3.テロリズムの原因
テロリズムの原因については様々な視点より研究されてきた。研究者の中には大きく二
つの立場があり一つは、教育の不足や経済的困窮に重きを置く立場であり、もう一つはそ
れを否定し解放への闘争など精神性に重きを置く立場である。9.11 委員会報告書では、人々
をテロリズムに駆り立てるうえで経済的困窮が果たす役割について「テロリズムは貧困に
よって引き起こされたのではない」と明言している。(National Commission on Terrorist
Attacks upon the United States [2004])
このレジュメではまず後者の立場より検証する。
3-1.教育・貧困とテロリズムとの相関性
グラミン銀行の創始者でマイクロクレジットの先駆者としてノーベル平和賞を受賞した
ムハマド・ユヌスは「貧しい人々の生活を改善する」ことが、テロリズムの根絶に不可欠
であると主張した。これに対しアラン・B・クルーガーは経済学・統計学の手法で相関関
係を洗い出し、テロリストは必ずしも「貧しく、教育を受けていない人たち」ではないと
指摘している。裕福、ないし高学歴のテロリストといえば、日本人としてはまずオウム真
理教団が想起される。またビンラディンが裕福な家庭の出身であったことは有名であるが
9.11 テロの主犯であったモハメド・アタはカイロ大学工学部卒であり、ビンラディンの後
継者とされるアイマン・ザワヒリも同じくカイロ大学医学部卒であるなど、テロ組織の幹
部から実行犯まで裕福で学歴のあるテロリストは珍しくない。実際、CIA の諮問委員会の「テ
ロリズムの社会学と心理学―誰がテロリストになるのか、またそれはなぜか」という報告
書においてアルカイダのメンバーの 35%が大学卒でありかつ 45%が熟練を要する職業層の
出身であるとした。
『ニューヨーカー』によるとハマスのあるリーダーは「我々にとって最
も大きな問題は、多数の若者が我々のもとを訪れ、自爆テロ攻撃の任務にあたらせてくれ
と要求することである。ごく尐数のものを選ぶのは難しい。
」と語ったが、これは理解しや
すい。失敗の費用が高いものとすると、テロ組織は技能水準高い人がテロ行為を行うこと
を望むこととなる。
ピュー・リサーチセンター(非営利の世界規模の世論調査機関)のデータによると「イラク
でアメリカ人などの西欧人に向けて行われた自爆テロリズムをどう思うか、あなたは個人
的にそれが正当化できると思うか」という質問に対し、パキスタン以外では教育水準の高
い人ほどテロを正当化できると回答している。図 3 を参照。
クルーガーは経済学的に以下のようにロジックを立てた。
テロ行為は路上犯罪よりもむしろ投票行為に類似している。経済学では、高賃金の職に
月か強い教育を受けている人のほうが、時間の機会費用が高いため、投票に行かないと考
えるが、実際投票に行くのはまさにその時間の機会費用が高い人たちなのである。それは
彼らが選挙結果に影響を及ぼしたいと考えており、また十分よい教育を受けているため自
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身の意見を発現したいと考えているからである。
テロリストもまた政治的結果に影響を及ぼしたいと考えている。何がテロリストを生み
出しているのか、を理解するためには、給料の低いのは誰か、経済的機会の尐ないのはだ
れかと問うよりも、だれが強固な政治的目的を持ち、かつ十分確信を持って彼らの過激な
幻想を実現すべく暴力手段に訴えようとするのかを問うべきである。
このことを裏付けるのが表5である。この調査は 18 歳以上の 1300 人のパレスチナ人を
対象に「政治的目標を達成するためにテロリズムを使用することを正当化できる状況があ
ると思うか」という質問をしたものである。図3でも見たようにやはりパキスタンにおい
ては回答者の教育水準とテロリズムへの支持率との相関性は薄い。しかしここで新たにわ
かるのは教育水準の低い人ほどは「わからない」と答える傾向が強く、意見を発表しよう
とはしないことである。
表5(下)
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クロード・ベレビー博士はヨルダン川西岸とガザ地区でテロ活動に関与した人について調
査するうえで、一般市民と貧困者の割合と教育水準について比較した。図6を参照。
(Berrebi[2004]より)
図5によると、自爆テロリストの中で貧困線2以下の家庭出身(この調査においてはこのよ
うな境遇のものを「貧困者」とする)である割合は、人口全体における貧困者の割合の半分
にも達していない。また、人口全体では大学を 15%以下しか出ていないが、自爆テロの実
行者はほぼ 60%が大学を出ている。
レバノンにおいてテロ活動を行うヒズボラの死亡した武装兵士についてもクルーガーは
調査を行い、やはりヒズボラのメンバーのほうがレバノン人一般人口全体よりも教育水準
が高く、貧困家庭からの出身が尐なく、かつ年齢が若いということを確認した。図7参照。
以上より、概してテロリズムと貧困、教育の不足は明確な関連を持たず、むしろテロリ
ストのほうが裕福で高学歴であると示された。
テロリストは彼らのテロ行為によって政治的目的の実現を推し進めることができると信
じるためにテロ行為に走るのであって、生きていくための目標が持てないほど貧しい人で
はない。むしろ彼らはその達成のためなら死んでもよいと考えるほどの理想を持っている。
とクルーガーは論文を締めている。
2
収入が生活に必要な最低限の物を購入することができる最低限の収入水準にあることを表す統計上の指
標。定義上、貧困線上にある世帯や個人は、娯楽や嗜好品に振り分けられる収入が存在しない。
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図7
3-2.テロリズムの原因としてのバッドガバナンス
アフガン人は南部に住むパシュトゥン人 1200 万人、北部に住むタジク人 900 万人、中央
に住むハザラ人 400 万人、そしてウズベク人 300 万人の主要四民族とその他の尐数民族か
らなる。そして彼らはアフガンの大地の 4 分の 3 を占める急峻な山によって交流を遮られ
てきた。
ここで各々の部族の歩んだ歴史を振り返る。
アフガニスタン成立の歴史は、イランからのアフガニスタン分離の歴史である。
250年前までアフガニスタンはイランの一地方であった。ようやくアフマド・ドゥッ
ラーニーがイラン領の一部の独立を宣言した当時のアフガニスタンは農耕牧畜民で構成さ
れ、社会統治の方法は部族的・氏族的なものだった。ドゥッラーニーはパシュトゥン人だ
ったため、タジク・ハザラ・ウズベクなどの他部族の反発があった。その結果、国を治め
るために諸部族の首長それぞれが自分の部族を率い、すべての首長がロヤ・ジルガ3 という
組織で一つの部族連合を指導することとなった。以降アフガンでは、ドゥッラーニーの時
代からタリバーン崩壊まで、本質的な支配者は常にパシュトゥン人であったものの(ハビー
ブッラー・カラカーニー時代の9か月の統治と、タジク人のブルハーヌッディーン・ラッ
バーニー政権期の2年間を除いて)、ロヤ・ジルガにより他部族との対立は防がれてきた。
しかし、このロヤ・ジルガ・システムそのものが、アフガニスタンが経済的に農耕牧畜
3
もともとは部族の重要事項を決めるとき、長老たちが話し合いを行うパシュトゥン人の慣習。ドゥッラ
ーニー朝においては、国の最高決議機関となった。現在においても憲法制定など国の重要事項を扱う際に
召集される。
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の段階を尐しも抜け出していないばかりか、国家的な政治体制としても、部族の派遣や部
族ごとの生活を越えて、アフガン人としての国民意識(ナショナリズム)に近づこうとはして
いないことを証明しているようなものである。アフガン人はそれぞれ、パシュトゥン人で
あり、ハザラ人であり、ウズベク人であり、タジク人でしかないのだ。
アフガニスタンでは、国民意識が部族意識にとって代わることはなかったのである。
内戦期において、イスラム聖戦士(ムジャヒディン)が組織されたが、それは「アフガ
ン人」としてではなく、あくまで各々の部族が各々戦っていただけであった。その結果ソ
連撤退後も争いは終わらず、タリバンも含めて人口の多くを占めるパシュトゥーン人と、
タジク人が主軸となった反パシュトゥーン人連合である北部同盟の争いとなった。米軍の
侵攻と援助もあって北部同盟はタリバン政権を打倒するものの、2004 年の正式な大統領
選挙ではかつての北部同盟から複数の候補者が出馬したが、圧倒的な差でカルザイ
に敗れた。現在親米であるパシュトゥーン人のカルザイが大統領となっている。新しい行
政機構の中でパシュトゥーン人が主要ポストを独占し、各省・警察・軍隊などで同民族・
同部族・同地域出身者に対するひいきが横行、政府高官や公務員による汚職が急増して、
民族・部族対立は深刻化している。アフガン政府の求心力は失われ、一層国民の幻滅を誘
い、各部族の利権を代表する軍閥の党首が各地で一斉当選し、混迷を極めている。
≪*汚職の例を以下に上げる≫
・2008 年アフガニスタンの鉱工業相が銅鉱床開発の見返りに、中国企業から3000万ドルの
わいろを受け取った。問題の銅鉱床開発は29億ドル規模で、同国最大の開発事業。アフガン政
府に入る年間採掘権料の2億ドルは、昨年の国家予算の約3分の1に相当する。最貧国のアフガ
ンにとり、鉱山資源は数尐ない有望な収入源であり、汚職と癒着によりこの権益を手放す危機に
陥っている。
・内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が入手した米外交公電はアフガニスタンで広が
る数々の汚職疑惑をあぶり出した。
在アフガン米大使館はことし1月の公電で、新内閣のメンバーについて「閣僚名簿で汚職
疑惑のないのは1人だけ」と評した。
一方、閣僚は議会の腐敗を指摘。保健相を務めたファテミ氏は米外交官に「閣僚の信任投
票で議員が賄賂を要求してくる」と述べた。
汚職疑惑は政界にとどまらない。昨年11月の公電は、アフガンの当時の通商相との協議
を報告。通商相は「運輸省が汚職の温床だ」とし、1年間に徴収したトラックの通行料2
億ドル相当のうち、3000万ドル相当しか政府の収入に入っていないと述べた。
・2009 年に実施されたアフガニスタン大統領選挙を巡り、欧州連合(EU)のモリヨン選
挙監視団長が「カルザイ大統領の得票のうち3割強は不正投票だった疑いがある」と指摘
した。暫定選挙結果によれば、カルザイ氏の得票総数は約 309 万票(得票率 54.6%)だが
モリヨン団長は「110 万票に不正の疑いがある」と指摘した。不服審査委がこの 110 万票で
不正を認定して票を無効とするよう選管に命令した場合、カルザイ氏の得票率は過半数に
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達しなくなる。
以上のように政府高官が職権を乱用し国益を無視して私腹を肥やす類のものから、地位
を維持するための不正選挙まで頻繁に汚職が行われている。
2010 年アフガニスタンで7600名を対象に国連が「賄賂」に関しての意識調査を実施
し、その結果をBBCが伝えた。
驚くべきことにアフガニスタンではGDPの四分の一が賄賂に消えているとのことである。
担当教師への贈り物からはじまって警官に交通違反のもみ消し、行政への付け届けなどだ。
一人あたりのGDPは425ドル。このうち160ドルが賄賂というから、所得の37%
強が賄賂である。
賄賂の平均額も国連は次のように数字を上げている。
税関
400ドル(一件あたりの頼み事)
行政
280ドル
検事
240ドル
判事
230ドル
司法書士
180ドル
税務署
150ドル
以下、看護士、教員、医師、警官等々。
これほど賄賂が横行しながら、国民の関心事は経済、くらしが34%、治安が32%、
賄賂への関心は14%と低く如何にアフガニスタンでは賄賂に拠って成り立つ社会である
かが了解できる。
3-3.原因としての貧困
しかし、実際にアフガニスタンは非常に貧しい。国際支援団体オックスファム(Oxfam)
とアフガニスタンの地元団体が共同で、2009 年 1 月~4 月にアフガン 14 州からランダム抽出し
た男女 704 人を対象に行った調査によると、30 年に及ぶ戦争の主な要因として 70%が「失業」
と「貧困」を挙げ、48%が「汚職」と「機能していない政府」と回答している。
これについて「The Cost of War(戦争の代償)
」と題された調査報告書は、
「多くのアフガン
人は、政府や国際社会が数々の約束をするが、実際に人々が恩恵を受けることはほとんどないと
感じている。これが欲求不満や失望を招き、最終的に安定を揺るがしている」と指摘した。そし
て汚職を撲滅し、経済発展と必要な人に届く支援を確実にするよりよい方法を取るよう国際社会
に呼びかけている。
前項で述べたようにカルザイ政権の汚職・腐敗体質、それによる国民の離反、復興の停滞は確
実に、(アメリカやISAFなどの軍事的支援にも関わらず)アフガニスタンがタリバンの攻勢を
許し泥沼化しつつある原因のひとつである。
「失業」と「貧困」にしても、
「汚職」と「機能して
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いない政府」がもたらしているとも言えるが、実際にこの調査報告書を主眼にアフガニスタン
の貧困の現状を分析しテロとの相関があるか確認する。
アフガン人の貧困についてモフセン・マフマルバフがこう表現している。
アフガン人は朝目覚めると、暮らしを続けていくために4つのことを考える。一つ目は、
遊牧のこと。これは干ばつ次第であり非常に苦しめられている。二つ目は、どこかの勢力
や派閥のために戦うこと。つまり職を得るために軍隊へ入るのだ。三つ目は家族を養う生
活費を稼ぐために移住し安価な労働力を売ること。しかしイランとパキスタンの低賃金労
働者との競争に敗れ、追い出された。四つ目は、もしほかに道がなければ、密輸人ルート
に加わること。
このアフガン人に残る4つの道をそれぞれ検討する。
3-3-1.遊牧・農耕への依存
アフガンの経済は本質的に農耕牧畜経済である。国土の75%が山岳地帯で、農業開発
に適した土地はわずか 15%、実際に耕作されているのはその半分の 7%しかない。しかし
いかなる種類の工業もないアフガンは、唯一の経済・自然の可能性が牧草地という理由で
80%ものアフガン人が農業に従事している。
「緑のアフガニスタン」と形容され、自然の美しさで知られていたアフガンであるが、
現在1991年以来の干ばつにより人々は飢えに苦しんでいる。そして20年来の内戦によって、
灌漑設備がズタズタに破壊されてしまったことで状況は加速度的に悪化した。アフガニス
タンの穀物生産は灌漑設備に依存しており、灌漑設備が十分に整っていたソ連のアフガン
侵攻以前は作物や小麦の9割が灌漑地区で生産されていたのである。
世界食糧計画によると2008年度には1000万人のアフガン人が飢えに苦しんでいるとされ
た。さらに物価が急騰し、2008年6月における調査で、過去6か月でトマトの価格が50%、
食用油の値段が150%上昇していることが明らかとなった。これにより飢餓は一層ひどいも
のとなった。
5000年前この地で営まれた農業は、現代においてアフガン人を養うことができなくなっ
た。
3-3-2.就職機会としての軍閥・派閥対立
貧困に陥ったアフガン人には、アフガンの党派闘争に加わるか、タリバンのマドラサ(神
学校)の学生になるかという雇用先が生まれる。
300~1000人の学生を収容できる2500以上のタリバンの神学校が植えたアフ
ガンの孤児を引き付ける。この寄宿舎では、だれもがパンや肉入りスープで飢えを満たし、
コーランを暗記することができる。一定期間が過ぎると、彼らはタリバンの軍に加わる。
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これについて先に引用したモフセン・マフマルバフはこう述べている。
今日のアフガンで唯一現代的なものと言えば「兵器」である。アフガニスタン内戦と征
服活動は軍事的・政治的行為である一方、アフガニスタンの人々にとっては真剣な雇用問
題でもあり、現代兵器の市場も作り出した。アフガンのムジャヒディーンにとって、武器
は就労の機会をもたらす経済的基盤であり、もし明日にもすべての武器がアフガンから撤
収され、戦いが終われば、経済状態はゼロ以下になり、雇用の可能性が失われて、今アフ
ガンにいるすべてのムジャヒディーンもまた、他国へ逃れるアフガン難民の軍に加わるこ
とになるだろう。
3-3-3.移民・出稼ぎ労働の中絶
高い失業率干ばつにより農家が飢饉で苦しむ一方で、労働者はやはり職がなく貧困にあえ
いでいる。アフガニスタンの失業率は世界でも特に高く、また増加し続けている。図 7 参
照(WDI DATA より)。
それに比べイランには労働力の需要があり、就労機会や平均賃金はアフガニスタンの 4
倍である。国内で職のないアフガン人労働者は海外に職を求めて、イランやパキスタンな
ど隣国へと移民や出稼ぎをする。国連調査によると 4 分の 1 以上の世帯ではアフガニスタ
ン国内外ともに出稼ぎが重要な収入方法となっているという。イランも一時200万人の
アフガン人難民を受け入れたが、安価な労働力の流入によりイラン人労働者との軋轢が生
じた。これについてイランのムハンマド・ナッジャール内相は、
「アフガン人が、イラン国
内の多くの職を奪ってしまっている。彼らはイランで就業し、収入を得ることで、40 億ド
ル以上の外貨を国外に持ち出している」と語った。
2001 年以来、国境なき医師団(MSF)は、過去 30 年にわたりアフガン難民が国境を越えてい
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るイランのシスタン・バルチスタン州の州都ザヘダン市において援助活動を行っている。
そしてアフガニスタンのいたる所で紛争が起きている危険な状況にも関わらず、2002 年に
イラン政府はアフガン難民の強制送還の方針を実行に移した。
この事態に際して国境なき医師団は活動報告書でこう報告した。
多くのアフガン難民は自国に戻ることをためらい、イランに留まりたいと思っている。
また、強制送還された後、戻ってくる者もいる。イラン政府の規制により、難民が教育・
医療を受けることは難しい。それでも、北部州の干ばつや他の地域の情勢不安の悪化から、
経済的理由で更に続々と多くの人びとがアフガニスタンから移住してきている。
しかしイランでは 2005 年タリバンが倒れカルザイ新政権が立つや否や 140 万人のアフガ
ン人難民を強制送還した。
対するパキスタンはアフガン国境にマドラサ(神学校)を熱心に建設し、大勢の客人たる
アフガン人をそこで受け入れて食事を与え、教育し、銃を持たせた。イスラームを学び、
銃を持って帰還した彼らタリバンはパキスタンの強力な支援のもと祖国アフガンの内戦を
平定し、パキスタンもアフガニスタンへの影響力を強めた。
隣国アフガニスタン他からの移民は約 600 万人であり、出生率も高いことから国連の推
計では 2050 年には約 3 億 5 千万人にまで増加し、中国・インド・米国に次ぐ世界第 4 位の
人口大国になると予想されている。図 8 参照。
しかしながら流入定住したアフガン人の多くは下級層の扱いを受け、治安悪化やテロリ
ズムの温床として問題化しており、2006 年において北ワズィリスタン地方のパキスタン中
央政府関係者の発言を引用して報じたところによると、現在 400 世帯のアフガン人家族が
この地域に居住しており、パキスタン領土からの早急な退去を求められている。潜伏して
いるテロリスト逮捕を目的として「外国分子を匿っている地域に対して行ったパキスタン
軍の先の攻撃で、22 人の外国分子を逮捕した。
」とパキスタン政府は公表した。
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また汚職が横行しているパキスタンでは、IDカード(住民登録カード)を「買う」こ
とができる。役人にお金を渡し、市民として登録してしまうのである。IDカードがあれ
ばパキスタン国民としてパスポートをとれるから、難民キャンプでは、パキスタン人にな
りすましてペルシャ湾岸諸国などに出稼ぎに行く人も多いという。長く戦争が続いている
アフガニスタンでは、多くの人々にとって、海外への出稼ぎは最も実入りの良い収入源で
あったのだ。
イラン・イラク戦争が始まり、戦時体制に入ったイランでは、前線に兵士として男たち
を送り込んだため人手不足となった。そのためイラン政府は、労働力の穴埋めにアフガン
難民たちを使うことに決め、一般市民と混住させた。イランに住むアフガン難民は、出稼
ぎ者とあまり変わらない状況に置かれた。
イラクとの戦争に際してイランは人海戦術をとった。戦争の前線では、尐年兵に地雷を
抱かせてイラク軍の戦車に突っ込ませるような戦法がとられていたから、国民に多産を奨
励して兵士の数を増やす政策を取った。その結果今やイランでは、人手不足とは正反対に
失業者が増えてしまった。
1988年にイラクとの戦争が終わるころには、子供の人口比率が急速に大きくなり、
彼らはやがて就労年齢に達し、失業中の若者が町にあふれることになった。イラン政府に
とって、以前は歓迎したアフガン人労働者たちは、今や余計な存在になってしまった。
そのためイラン政府は2000年初めから、国内に住むアフガン難民の強制送還を始め
た。強制送還は人権侵害にあたるため、アフガニスタンへの帰還を希望する人だけを返す
よう、UNHCRがイラン政府と交渉したが、その後も帰還を希望していないアフガン人
が帰還希望者としてイラン・アフガン国境に送られてきている。
アフガン人の出稼ぎで、もう一つ特異な分野は「兵士」である。これは先ほど書いた
“3-2-2.就職機会としての軍閥・派閥対立”と内容が被る。
たとえばカシミールに出かける元ムジャヒディンたちはカブール近郊から山岳地帯の裏
道を馬で越えてパキスタンの部族地域に入り、そこでパキスタン側のイスラムゲリラ組織
と合流し、インド軍と戦っているカシミールの前線まで行く。カシミールのゲリラはパキ
スタンのISI(パキスタン統合情報局)から資金援助を受けており、そのお金の一部が彼
らの懐に入る。
アフガン人の傭兵が戦闘に参加しているのはカシミールだけではない。古くは1992
年にアフリカ北部のイスラム教国であるソマリアの内戦に米軍が介入した時、元ムジャヘ
ディンが参戦した。
アフガン人はまた92-96年のボスニア紛争では、セルビア人と戦うイスラム教徒を
支援して参戦したし、94年から断続的に続いているロシアのチェチェン紛争でも、イス
ラム教徒のチェチェン人を支援しに出かけている。ムジャヘディンはソ連軍と戦った経験
が長い上、チェチェンはアフガンのように山岳地帯なので、技能を発揮できる場となって
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いる。 これらの参戦に必要な経費は、アラブのイスラム主義組織や、莫大な額に及ぶとさ
れるアラブ人富豪の寄付から出ているといわれている。
3-2-1-4.割に合わない麻薬栽培
米国務省の発表によるとアヘンの9割、ヘロインの約8割がアフガンで生産され、世界
のあらゆる種類の麻薬の約5割がアフガン製であるという。しかしアフガニスタン産の麻
薬の取引額は800億ドルになるが、アフガンの麻薬販売額はたったの5億ドルである。
しかしそれでも農民にとってアヘン栽培は高収入であり、アフガンにおける麻薬栽培は過
熱している。図9参照(UNODC より)。
図9
アフガンも麻薬運搬ルートには重武装した麻薬マフィアが跋扈し、その収益は各地の
軍閥、テロ組織に多大な穏健を与え、紛争が一層激化していく。アフガン政府は、麻薬取
締に積極的に取り組み、軍を投入しているが効果が表れていない。
アフガンの急峻な山は、部族間の交流や商工業の発達を妨げたが、一方でアフガンへの
侵略者の足を遅らせ、イギリスやソ連から独立を守った。同様に、アフガンの山は密輸人
にとって麻薬をひそかに運ぶことを許している。長年の紛争で山々にかけられた橋は落と
され舗装した道は剥がれ落ち山道へと戻った。この山道や森は政府軍が密輸人を取り締ま
ることを非常に難しくしている。
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以上、
“3-3.原因としての貧困”において、アフガンの農業不振により労働力があふ
れ、その結果として就職口としてテロ組織や地方軍閥へと参加したり、麻薬栽培に手を出
すことによって、紛争が激化したりテロ攻撃が激化することが分かった。
総括すると、
“3.テロリズムの原因”において、テロリズムを生み出す社会の状況は以
下の2つであるとわかった。
A:貧困
B: バッドガバナンス
この2つについてそれぞれ政策を打つ。
4.政策論
4-A.貧困の解決
貧困解決にあたり、やはりまず人口の8割が携わる農業において、干ばつなど気象に左
右されずに安定して農作物を生産することを主眼に置きたい。それにはまず、灌漑設備の
復旧が不可欠である。これは特に技術面で困難ではない。
アフガン北部では砂漠が広がるが、農業を営むことができる。砂漠の平原には水がなく
ても、山麓の地下には水脈がある。そこから「カレーズ(ペルシア語。アラビア語で“カナ
ート”)」と呼ばれる地下用水路を掘り、平原まで水を引いて砂漠を耕地に変えるのである。
この方法は何百年も前から、アフガニスタンやイランで行われてきた。紀元前のペルシ
ア帝国の遺跡からもカレー図の跡が見つかっている。しかし、カレーズはソ連の空爆など
によって多くが破壊された。
アフガン西北部、カキジャバ村では村人たちが難民キャンプから戻ったのちにカレーズ
の修復工事が進められていた。
ある工事現場では、地下10数メートルのところにカレーズを掘り直していた。数十メ
ートルおきに竪穴を掘り、そこから高さ50センチほどの水路用トンネルを左右に掘り進
み、となりの堅抗から伸ばしてきたトンネルとつなげる。すべて手掘りであり、大変な重
労働であることが想像できる。 図 10 参照(サントリーHP 水大辞典より)。
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近年のアフガニスタンは、30年に一度という大干ばつがつづいているので水の確保は
特に重視するべきである。
カレーズ掘りの技術を得意とする村人もおり、イランに毎年2、3カ月間、カレーズ掘
りの出稼ぎに行く人も多いという。中にはサウジアラビアなどペルシャ湾岸諸国まで井戸
掘りの出稼ぎに行く人もいるという。
このカレーズ修復にあぶれたアフガン人労働力を振り分ければよい。カキジャバ村の村
民たちのような、技術に長けた現地民を雇用して各地でアフガン人労働者を指導させるの
である。カレーズを1本掘るのにかかる労賃は1500ドル前後であり、この費用はUN
HCRなど国際機関が出資し、賃金として与える。こうして単に資金を与えるのではなく
労働への正当な対価として支払うことで、アフガンへの援助金が中間搾取されることなく、
直接民衆のもとへ届くのである。道路や橋などの交通インフラの建設についても同様に現
地民を雇用してあたらせる。
現在、世界銀行がアフガン政府に灌漑設備復旧の名目で 4 千万ドルの貸し付けを行って
いる。私は、腐敗し機能停止した政府に資金を渡すのではなく、直接現地労働者に賃金を
わたすことのできるような一種の会社のようなチームをUNHCR(国際連合難民高等弁
務官事務所)が結成することを政策に掲げる。
飲料水・農業用水の改善や、紛争地帯の人々を井戸掘りなどのインフラ整備で雇用する
ことによって、彼らが軍閥に職を求めることを予防するという観点からカレーズ復旧を行
っているペルシャワール会という非政府組織が存在したが、日本人会員がアフガン武装組
織に惨殺されるという非常に残念な事件が起こった。NPO,NGOといった組織は活動
資金として募金や寄付に頼らざるを得ず、大規模にアフガン人を雇うためには国連という
巨大な貸し付け屋が必要である。その視点から、難民発生を防ごうとするUNHCRを利
用することを考えた。また、国連機関の活動として大規模に行うことで警備部隊を雇うな
どして安全を強化できるという点でもUNHCRが主体となって活動するべきである。
4-B.バッドガバナンスの健全化
アフガンにおいて汚職が市民レベルで蔓延している原因は、長年の紛争により地方の軍
事勢力が土着化し、政府の監視が行き届かないところで市民への搾取を慣習的に行ったこ
とにある。先ほど示したように、賄賂は市民に諦めとともに認められてしまったが、為政
者、特にカルザイ大統領の不正選挙は民衆の意思表示を阻害する。アフガンの抑圧の象徴
たる米軍が撤退した後にアフガンが真に、人々が価値を抱くことのできる社会となるため
にはアフガン人が彼らの抱く価値によって親米カルザイ政権の是非を問わねばならないの
である。
国連が数字を上げた賄賂の平均額をもう一度掲示する
税関
400ドル(一件あたりの頼み事)
行政
280ドル
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検事
240ドル
判事
230ドル
司法書士
180ドル
税務署
150ドル
以下、看護士、教員、医師、警官等々。
税関や検事、行政など国の運営の根本に関わるわいろについては上から健全化すること
が妥当であると考えられる。一方、額は不明だが私が最も問題だと思う不正選挙も上から
の健全化が妥当であると考えられる。現在アフガニスタンにおいて国連より選挙監視団が
派遣されている。しかし、なんら制裁機能を持たないゆえに彼らの存在は無視されている。
そこで私は国連選挙監視団に各国の経済制裁権と国連安全保障委員会への経済制裁案の提
出権を加えることを提案する。
また一件当たりの額は尐ないとはいえ、日常的に行われていると考えられるのが、税務
署や医師、教員、警官などへのわいろである。これに対しては、下からの健全化が妥当で
あると考えられる。まずは、4-Aの政策により貧困を解決していく。こうして救う対象
である民衆を健全化するのである。
“貧すれば鈍す”といわれるように、常に死と隣り合わ
せで明日の食料を考えるものは収賄主たる税務官や医者との接点もなく、賄賂を知ってい
たとしてもそれどころではないだろう。こうして生まれた世論調査が私が先ほど掲載した、
民衆のわいろへの無関心を表すものである。その後に同業の民衆が労働組合を作る手助け
をすることを提案する。そうして組合員が一つ一つのわいろに対して非合理(これは「チェ
ッ、損した」というような些細な感情でもいい)を感じ、組合全体で立ち上がることで、賄
賂の慣習を打破できるのである。
こうして市民レベルでのわいろが止み、選挙が正当になされることで下からの健全化、
上からの健全化に挟まれる形であらゆる不正や汚職が姿を消すこととなるのである。
以上貧困とバッドガバナンスに対する 2 方面の政策を打つことで、アフガンは自身の価
値(文化・慣習・宗教)に従い行動できるような理想の社会へと変貌するのである。
結び
かつてアフガニスタンに“客”として迎えられたオサマビンラディンが殺害され、11 月
には米軍がアフガンより完全撤退する。北アフリカのイスラム国では民主化運動が花開い
た。私はこのような時期にこの研究レジュメを記したのである。アフガンの 2/3 をタリバン
が実効支配しており、いつ何が起こるか先の見えにくい緊張感のある時節である。いつ私
の分析が的外れのものになり、いつ私の問題設定が別の事象になるのかわからない。今後
も注意深く情勢を観察し、分析・調整をたゆまず続けていく。
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