琉球列島に分布する外来両生類の生態, 外部形態に見られる

(様式3)若手研究者支援研究費
平成 23 年 4 月 28 日
琉球大学
学長 岩 政 輝 男 殿
所属部局・職
氏
教育学部 講師
名
富永 篤
平成22年度研究プロジェクト支援事業(若手研究者支援研究費)研究実績報告書
このことについて、以下のとおり報告いたします。
➀研究課題
琉球列島に分布する外来両生類の生態、外部形態に見られる適応進化
外来生物は、時として幅広い環境下で定着、繁栄することがあるが、これは外来生物
が侵入先で柔軟に生活史を変化させたり、新たな環境下での淘汰圧のもと適応的進化が
生じたりして結果的に侵入地で繁栄していることがいるらしいことが最近報告されてい
る。たとえば、オーストラリアに侵入したオオヒキガエルでは、分布域の周縁部の集団
の脚が長くなることで、分布拡大の能力が高くなっていることが示唆されているほか
、西インド諸島のアノールトカゲでは侵入
(Philips et al., 2007, Nature, 439, 803)
からわずか 10 数年で侵入先の植物の幹の太さに応じて四肢の長さが変化していることが
。国内でも亜熱帯の琉球列
報告されている(Losos et al., 1997, Nature, 387, 70-73)
島に侵入した熱帯原産のホオグロヤモリが、本来の生息地では見られない非繁殖期に栄
養分を脂肪体に貯蓄するようになっていることが知られており、そうすることで本種が
➁研究の概要
沖縄の亜熱帯環境に適応的進化しつつあると報告されている(Ota, 1994, Ecol. Res., 9,
121-130)
。こうしたことは、進化がこれまで考えられたよりもずっと短い期間で起きて
いることを示す点で進化生物学上非常に興味深い。その一方で、外来種の駆除において
原産地の生態情報だけを頼りにして対策を立てることの危うさをも示唆する。
本研究では両生類の繁殖生態を含めた生活史の変化や外部形態の変化を扱うが、両生
類の繁殖周期には気温の季節変動が大きく影響することが知れている。たとえば、沖縄
島にも生息するシロアゴガエルやヒメアマガエルの近縁種では、国外の季節変動がある
地域では繁殖適期が短く年 1 回繁殖なのに対し、高温多湿な熱帯域では繁殖適期が長く、
通年繁殖を行うことが知られている(Sheridan, 2009, J. Trop. Ecol., 25, 583-592)
。
そして年 1 回繁殖の個体群では、複数回繁殖する個体群よりも、1 回あたりの産卵数(一
腹卵数)が倍近く多いという事も報告されている(Sheridan, 2009)
。
亜熱帯島嶼域に属する沖縄県には他県に見られない独自の在来種が多く生息する一方
で、多くの外来生物が侵入している。これらの琉球列島における外来生物の分布の特性
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を概観してみると、熱帯原産で奄美諸島や沖縄諸島、八重山諸島が分布の北限となって
いる事例(グリーンイグアナ、オオヒキガエル、シロアゴガエル、ホオグロヤモリ、グ
リーアノール)や、温帯域原産で北海道や本州から沖縄まで分布する事例(ミシシッピ
アカミミガメ、ウシガエル、オオクチバス、ブルーギル、イタチ)が見られ、多くの種
が原産地の温度条件とは異なる環境で定着、繁栄していることが分かる。
このような状況に置かれている外来生物は、本来の生息地での環境条件から、かけ離
れた条件で生息していることが予測され、その分、外来生物に対する自然淘汰による選
択圧も原産地とはかなり異なることが予想され、海外で報告されているように琉球列島
の外来生物においても急速な適応的進化が起きている可能性が予想される。しかし、こ
うした琉球列島の外来生物の適応的進化を扱った研究はまだほとんどない。
目的:琉球列島を含む南北に長い日本に生息する外来生物の繁殖生態、生活史に各地の
環境に対応した変化が起きているか検証する。地域間の違いが検出された場合、その違
いが外来個体群の適応的進化によるものか、個体レベルの可塑的な順応によるものなの
か検討する。
内容:琉球列島の外来両生類の個体群の繁殖生態、基礎生活史、外部形態等に関するデ
ータを集積し、原産地または他の侵入地域の個体群との比較を行う。比較により、外来
両生類が侵入先の環境に合わせて、生活史を変化させたり、適応的進化したりすること
により、亜熱帯という環境で繁栄を可能にしているのではないかという仮説の検証を行
う。本研究では特に北米原産で沖縄から北海道まで生息するウシガエルと、熱帯原産で
沖縄諸島が分布の北限となっているシロアゴガエルに注目して上記のことを調査する。
ウシガエルでは一部のメスが年 2 回産卵することが知られている(松井・前田, 1999,
改訂版日本カエル図鑑)
。このような個体変異の存在を考慮すると、繁殖期間が長い低緯
度地域で年 2 回産卵する個体が多く、繁殖期が短い高緯度地域で年 1 回産卵する個体が
多いことが予測され、年 1 回産卵の個体では一年あたりの産卵数を多くするために一回
当たりの産卵数(一腹卵数)が増えていることが予測される。本研究では複数の地点の
ウシガエル個体群の標本を集め、一腹卵数と卵巣の発達程度の季節変動を観察すること
により、上記の予測を検証する。
シロアゴガエルでは、日本よりも南にあるシンガポールとタイで一腹卵数などが比較さ
れている(Sheridan, 2009)
。赤道直下のシンガポールでは年中繁殖期であるので年複数
回産卵するが一腹卵数は少なく、その一方でタイ北部の個体群では繁殖期が 6 カ月と短
いために年一回しか産卵が行われないが、一腹卵数がシンガポール産の個体の倍近くで
あるために、一年あたりの産卵数は2個体群間に差がないとされる。日本の侵入個体群
は 赤 道に 近い フィ リピン 南 部か ら侵 入し たこと が 分子 系統 学的 に示さ れ てお り
、沖縄での繁殖期は 4-11 月とされ
(Kuraishi et al., 2009, Pac. Sci., 63, 317-325)
る(松井・前田, 1999)
。恐らく原産地では年中繁殖していたことが予想される沖縄の侵
入個体群は、繁殖期が最近になって短くなって、年 1 回産卵になったものと思われるが、
それに対応して一腹卵数が増加していないか本研究で検証する。
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➂研究成果の概要
本研究ではウシガエル、シロアゴガエ
ル、オオヒキガエルに着目して、それら
の繁殖生態、卵の数、成体の年齢構成や
体サイズの調査をおこなった。
ウシガエルは研究が開始された 9 月ご
ろにはすでに繁殖が終わっており、多く
の成体を得ることが難しかった。沖縄本
島で 2 個体のオスと多くの幼体、久米島
で雌雄各 1 個体を捕獲した。生息地での
聞き込みから繁殖期は通常の夏ではな
く、初春(2 月)から始まり春が繁殖の
最盛期との情報を得た。また調査した地
域では 10 月-2 月ごろに越冬幼生がま
ったく見られなかった。他の地域では越冬
沖縄産 170mm 雌の指骨の断面. 外側の輪郭を含めて LAG が 10 本見られた。
幼生が確認されているので沖縄でも幼生越冬するのは確かだが日本本土とはその程度が異なっている可能性
がある。こうしたことから琉球列島におけるウシガエルの繁殖期は日本本土で見られる通常のものとは異な
っており、幼生生活史にもやや違いが見られる可能性が示唆される。
次に捕獲したウシガエルの年齢査定を試みた。骨切片による年齢査定法は、変温動物の両生類、爬虫類で
一般に用いられている方法である。両生類の骨組織中には、一年のうちで骨が成長する時期に形成される幅
広い層と、骨の成長が停止する成長停止線(Lines of Arrested Growth:以下 LAG)と呼ばれる狭い層が
交互に見られる。骨組織中の LAG の数を調べることで、その個体の年齢を推定することができる。一般的
にこの手法は温帯域の両生類に用いられることが多かったが近年亜熱帯や熱帯の両生類にも適用できること
が報告されている。今回、沖縄県産のウシガエルでこの方法を試したところ、比較的明瞭な LAG が確認で
きた。また、種によっては骨髄腔側からの再吸収により初期の LAG がなくなり年齢を過小推定してしまう
恐れがあるなどの問題も指摘されているが、ウシガエルの指骨の骨髄腔が十分小さく、指骨の骨切片による
年齢査定が可能だとわかった。今回得られた沖縄県産ウシガエル成体の年齢は、頭胴長 142.5mmの雄で 8
歳、168mmの雄で 9 歳、179mmの雄で 13 歳、170mmの雌で 9 歳と推定された。また沖縄島で捕獲され
た幼体の年齢は 83.5mm の個体で 2 歳、113.9mm の個体で 3 歳と推定された。比較に用いた茨城県産の個
体群の年齢は頭胴長 149mmの雄で 9 歳、202mmの雌で 13 歳であった。
得られたウシガエルメスの卵数を重量から推定したところ、沖縄久米島産のもので 39397±2303(平均±
標準偏差)個であった。これは茨城県産のウシガエルの 27711±1038 個から 61673±2007 個の範囲に含ま
れる。したがって、現時点では沖縄と日本本土の個体群に大きな違いは見つかっていない。
またこれらの調査に関連してウシガエルの食性の調査も行い、沖縄島産のウシガエルからはオキナワオガ
エルが、久米島産ウシガエルからはサワガニ類(種は未同定)が検出された。これは沖縄の在来両生類がウ
シガエルに捕食されていることを示す初めての観察事例になる。こうしたことからウシガエルはさまざまな
在来生物の捕食者として沖縄の生態系に悪影響を及ぼしていることが示唆される。
シロアゴガエルについてもほぼ繁殖期が終わっており、唯一採集できた卵塊は 1 個でその卵数は 411 個だ
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った。この数値は繁殖期の短いタイ北部の卵数と近く、繁殖期が長いシンガポールの個体群の卵数の倍近い
値になる。
オオヒキガエルについては石垣島で採集をおこなった。その結果、すでに標本を入手している南大東島の
標本は石垣島産の集団に比べて小型であることが明らかとなった。石垣島のオオヒキガエルは大東諸島の集
団が起源であることが明らかになっており、起源は同じ集団であることは明らかである。今後、こうした集
団間の体サイズ差が、年齢構成によって生じるのか、集団間の成長率の違いによって生じるのか検討する必
要がある。本種についても骨切片を用いた年齢査定が可能であることが明らかになったので、本種について
もウシガエル同様に年齢査定をおこなっていきたい。
➃研究成果の公表、あるいはその準備状況
本研究はまだ端緒についた段階にあり、公表できるほど多くのデータは集まっていない。今後、各種につ
いてデータを集積し、学会発表、論文としての成果の公表をおこなっていく予定である。また関連研究とし
て明らかになったウシガエルの食性に関する知見は以下の和文にまとめ、すでに受理されている。
富永篤.2011.ウシガエルによるオキナワアオガエル雄 4 個体の捕食例.AKAMATA, 22, 印刷中.
➄科学研究費等の申請に向けた準備状況
研究開始当初、本研究で科研費の申請を予定していたが、応募していた研究課題が昨年度の途中に追加採
択となり、昨年度の科研費申請はできなかった。また、昨年度は本研究の関連研究で PN ファンドに研究分
担者として応募したが採択されなかった。今後、本研究についてはより内容をより深く検討したうえで、科
研費やその他の外部資金の申請を行う予定である。
➅今後の研究の展開、展望
本研究は端緒についた段階であるが、少なくとも一部の外来両棲類で、繁殖生態や体サイズに地理的な差
がみられることが明らかとなってきた。今後、年齢査定法や繁殖パラメーターの調査を続け、外来両棲類の
侵入地での繁殖生態を明らかにするとともに、そうした地理的な変異が可塑性によるものなのか、急速な適
応進化によるものなのか種々の方法で明らかにしたい。
* 上記について、概ね4ページ程度にまとめること。また、別途関連する資料類(論文別刷など)があれ
ば添付すること。
⑤費目別収支決算表
合計
申請書に
物品費
旅費
謝金等
その他
1,000,000 円
600,000 円
400000 円
0円
0円
1,000000 円
600,000 円
400000 円
0円
0円
998,530 円
871,980 円
100,360 円
0円
26,190 円
記載した経費
の使用内訳
決定通知書に
記載された
支給額内訳
実支出額の
使用内訳
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