2 −6 −3 帯域雑音を用いた合唱表現 * ◎池畑光浩 中沢誠 山崎芳男(早大・国際情報通信) 1. まえがき 合唱は声を楽器として使用するアンサンブ ルで,作曲家は美しく安定した声で表現可能 な音域を想定して作曲する 1)。音域に関しては 調正にもよるが,混声合唱ではバスの C 2 ( 約 66Hz)からソプラノの C 6(約 1056Hz)程度が一 般的である。 1kHz よりもはるかに高い声も存在する。声 帯を巧みに操り k H z 単位の音域で音階をコン トロールする歌手もいるし,ホーミーなどの 倍音唱法も 1kHz 以上の高次倍音を増幅し音程 を操る歌い方である。図−1に筆者による倍 音唱法の FFT スペクトルを示す。 図−1 筆者による倍音唱法のスペクトル フィルタは,中心周波数に対してほぼ対称 で入力音圧には依存しない特性を持つ Gammatone フィルタ 3)を用いた。そのインパル ス応答は gt (t ) = at n − 1 exp(−2πbt ) cos(2πf c t + φ ) t>0 (1) で表される。また,フィルタバンクの帯域幅に は等価方形幅(ERB)を,中心周波数には ERB を 幅1として周波数軸を変形した ERB‑Rate を用 いた。ERB,ERB‑Rate と中心周波数[kHz]の関 係式は ERB[ Hz ] = 24.7(4.37 f [kHz ] + 1) (2) ERB − Rate = 21.4 log10 (4.37 f [kHz] + 1) (3) となる。 音階を厳密に再現するには 1 オクターブご とに 12 の帯域数が必要であるが,はっきりと した音階のない音,例えば話し声や打楽器の 音,環境音などは,より少ない帯域雑音数で原 音に近い音を再現することが出来る。 図−2は原音の波形,図−3は雑音で合成 した音の波形,図−4は原音のスペクトル,図 −5は雑音で合成した音のスペクトルである。 このような特殊な発声を合唱に利用すること は難しいが,日常で使われている子音や無声母 音なども,それ自体が非常に高い周波数成分で 構成されており,しかもある程度音程をコント ロールすることが可能である。そのような声を いくつかのパートにうまく当てはめることが出 来れば,合唱表現への利用が可能となる。 本稿では,音響信号を聴覚フィルタに基づく 数個のフィルタに分け,帯域雑音で再合成する 手法を用い,無声音などの帯域雑音に似た発声 を積極的に利用した合唱表現を試みた。 図−2 原音の波形 2. 帯域分割と雑音による合成 音響信号をいくつかの帯域雑音のみを用いて 合成することに注目する。特に,聴覚特性を利 用した手法 2)を用い,音響信号の帯域雑音によ る合成を試みる。 まず,帯域数,帯域幅 , 中心周波数を任意に 設定し,原音をいくつかの帯域に分ける。次に 各フィルタ毎に音圧レベルを測り,同じように 各フィルタ毎に生成した雑音をその音圧レベル で駆動し,合成音を生成する。 図−3 13の帯域雑音による音の波形 *The chorus with the voiceless sound source By Mitsuhiro Ikehata, Makoto Nakazawa and Yoshio Yamasaki(Waseda University). 日本音響学会講演論文集 2002 年 3 月 ―697― 図−7は後部歯茎音,特に /sh/ の声のスペ クトルであるが,この声は約 1600Hz 〜 4000Hz の間で任意の周波数のピークを保ちながら, いわば歯笛に近い出し方で発声できる。ただ し帯域幅は広く,中心周波数から約 2 オクター ブの範囲に渡っている。 図−4 原音のスペクトル 図−7 後部歯茎音のスペクトル 図−5 13の帯域雑音による音のスペクトル 3. 帯域雑音に似た発声 無声音は音源として主として声道のせばめ に起因する乱気流が使われることによって特 徴づけられる 4 ) 。このように発せられた子音 や無声母音は雑音に近い成分であり,そのた め有声音とはまた別のフォルマント構造を 持っているが 5 ) ,音程感覚を持ちながら発声 することにより,任意の周波数のピークを持 つ帯域雑音に似せることが出来る。 図−6は硬口蓋摩擦音 ,/h/ に似たの声のス ペクトルであり,この声は約 400Hz 〜 1600Hz の間で任意のピークを保ちながら,いわば口 笛に近い出し方で発声できる。帯域幅は中心 周波数から約 1 オクターブに渡っている。尚, 4000Hz 以上の高次フォルマントが,任意に発 声した一時ピークに相関なく現れる。 図−6 硬口蓋摩擦音のスペクトル 4. 合唱表現への利用 以上に述べた帯域分割の手法とこれらの発 声を合唱表現に利用する際,帯域雑音のみを 用いる方法と,有声音を主に用いた合唱に補 助的効果を加えるべく帯域雑音を用いる方法 の二通りが考えられる。 前者は音階を正確に表したい場合には適さ ない。後者は,有声音が担当する部分と無声音 が担当する部分に原音を分ける必要がある。 例えば帯域雑音に似た声は原音の 400Hz から 4000Hz の帯域を主に割り当て,400Hz 以下の 帯域は有声音に割り当てるなどの工夫が必要 である。筆者は主にこの手法を用い,合唱,す なわち声のみによる実空間での合成を試みた。 5. むすび 音響信号を聴覚フィルタに基づく数個の フィルタごとに分け,帯域雑音で再合成する 手法を用い,無声音などの帯域雑音に似た発 声を積極的に利用した合唱表現を試みた。再 現するに適した音の選定,声部パートの数の 問題や記譜の問題なども残されている。 今後は帯域雑音に似た発声に加え,口笛な どの正弦派に近い音や,倍音唱法,母音の高次 フォルマントを意図的にコントロールする歌 い方などを合唱表現に加えることについて検 討していきたい。 参考文献 1) 皆川達夫 , 改訂版 合唱音楽の歴史 全音楽譜出版 社 (1965). 2) 大賀寿郎 , 山崎芳男 , 金田豊 音響システムとデジ タル処理 電子情報通信学会 (1995). 3) 赤木正人, 聴覚フィルタとそのモデル 電子情報通 信学会誌 77, 948‑956 (1994). 4) 藤村靖 , 音声科学 東京大学出版会 (1972). 5) 今野英明 , 外山淳 , 新保勝 , 村田和美 無声母音の ホルマント周波数と音韻に関する検討 日本音響学会誌 50, 623‑630 (1994). 日本音響学会講演論文集 2002 年 3 月 ―698―
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