櫻川昌哉・渡辺善次 - G-SEC

不良債権で失われた資本と産出
櫻川昌哉(慶應義塾大学経済学部教授)
渡辺善次(慶應義塾大学 GSEC 研究所研究員)
要約
処理された不良債権は、経済的減耗した資本として資本ストック額から除却すべき
である。内閣府のデータでは、不良債権処理額は資本ストック額から適切に除却されて
いないため、このデータを用いて資本係数や TFP 成長率を計測するとバイアスが生じる。
本稿では、処理された不良債権額を資本ストック額から除却して新たな資本系列を作成
し、資本係数と TFP 成長率の再計測をおこなった。その結果、1990 年以降の資本係数
は、ほぼ横ばいかむしろ低下している可能性があること、また、資本の測定誤差を調整
しない場合には、失われた 15 年の TFP 成長率を約 38%程度過小評価してしまう可能性
があることが明らかとなった。そして、不良債権額相当額が健全な融資に配分されてい
たとしたときの GNP を計算した結果、不良債権問題は、1993 年から 2005 年までの 12
年間の実質経済成長率を最大 1.2%程度押し下げた可能性があることが明らかとなった。
1. はじめに
不良債権の処理総額は、内閣府によると 2005 年の段階で 118 兆円1に達する。同時
期の資本ストック額は 1138 兆円2だから、その大きさはほぼ 1 割に達する。処理された
不良債権はすなわち、稼動しなかった資本を意味するので、経済的減耗した資本として
資本ストック額から除却すべきである。しかしながら、内閣府のデータでは、不良債権
処理額は資本ストック額から適切に除却されていないので、資本ストック額は過大評価
されていることになる。
Hayashi and Prescott(2002)は、1990 年代の日本経済の停滞は、TFP 成長率の低下
を仮定すれば標準的な新古典派モデルによって説明できることを示した。そして、内閣
府の資本ストック・データを用いた推計の結果、資本係数は 1990 年以降上昇し、TFP
成長率は、1980 年代の 2.8%から 1990 年代の 0.3%へと大幅に低下していると報告して
いる。しかし、過大評価された資本ストック額を用いた分析では、資本係数や TFP 成長
率の計測にバイアスが生じる。
経済的減耗による資本価値の下落を資本にどのように反映させるか、言い換えると、
異なる収益を生み出す複数の資本をどのように計測・集計するかという問題については、
Jorgenson and Griliches(1967)を嚆矢として、これまでに様々な考え方が提案されて
きた。例えば、Hall(1968)が提案した、中古品価格を利用して推計した減価償却率によ
り、経済的減耗を資本に反映させる方法や、Basu and Kimball(1997)が提案した、直接
観察不可能な資本の稼働率を、理論的に一定の関係にあるはずの労働の稼働率で置き換
えて、経済的減耗を資本に反映させる方法などがある。また、Hall(2001)は、資本価値
の下落を株価によって捉え、経済的減耗を反映した資本系列を作成する方法を提案して
いる。しかし、これらの考え方に基づいて実際に計測を行う場合には、データのアベイ
ラビリティや推計に用いるデータの信憑性など、いくつかの問題点がある。
そこで本稿では、処理された不良債権額を経済的減耗した資本と考え、資本ストッ
ク額から除却するという新たな方法を提案し、この方法に基づいて作成した資本系列を
利用して、90 年代の資本係数と TFP 成長率の再計測をおこなった。その結果、Hayashi
and Prescott(2002)で報告されたような、1990 年以降の資本係数の上昇トレンドは確
認されず、ほぼ横ばいかむしろ低下している可能性があることが明らかとなった。また、
1
国民経済計算(第2部ストック編)統合勘定の「その他の資産量変動」に記載されている『債
権者による不良債権の抹消(貸出)』の 1980 年からの累計額。
2
期末貸借対照表の有形固定資産合計額。
2
資本の測定誤差を調整しない場合には、失われた 15 年の TFP 成長率を約 38%程度過小
評価してしまう可能性があることが明らかとなった。
また、不良債権額相当額が健全な融資に配分されていたとしたときの GNP を計算し、
不良債権で失われた GNP を計測した結果、不良債権問題は、1993 年から 2005 年までの
12 年間の実質経済成長率を最大 1.2%程度押し下げた可能性があることが明らかとな
った。
2. 「国民経済計算」(SNA)における資本ストックと不良債権の取り扱い
資本ストックは経済成長においてもっとも重要な生産要素の一つであり、その測定
については、歴史的に膨大な研究の積み重ねがある3。しかし、不思議なことに、1990
年代以降あれほど問題とされた不良債権が資本ストックにどのように反映されている
のかという点については、あまり注意が払われてこなかった。本節では、マクロ分析で
最もよく利用される「国民経済計算」
(以下、SNA)のデータにおいて、資本ストックと
不良債権との関係はどのように扱われているのか概観する。
2.1. SNA における資本ストック
まず、SNA における資本ストックの作成方法について整理しておこう。SNA におけ
る資本ストック・データ(「有形固定資産」)は、ベンチマークとなる資本ストック額
4
を出発点として、毎期の総固定資本形成や固定資本減耗を加減することにより推計さ
れている。
正確には、SNA の名目資本ストックは簿価ではなく、時価で評価されている。した
がって、「期末貸借対照表勘定」の資本ストックは、「期首貸借対照表勘定」に期中の
資本取引を表わす「資本調達勘定」及び価格変化による再評価等を表わす「調整勘定」
を加えたものとなっている。
一般的に、各主体の生産活動には複数の資本ストックが投入要素として利用されて
いる。マクロ統計である SNA には、各主体が保有する複数の資本ストックを、6 種類の
品目別に集計した金額が記載されている5。各品目の時価には再調達価格が用いられる
3
資本の計測に関する議論については、例えば野村(2004)を参照。
わが国では、1955 年に実施された「国富調査」によって得られた値をベンチマークの資本ス
トックとしている。
5
ただし、個別所有者の個別品目に関するデータ(例えば、
「非金融法人企業の住宅」など)は
記載されていない。
4
3
が、これは新製品価格に使用年数と物価変動のみを反映して推計した価格6であり、製
造年代(Vintage)は考慮していない。たとえば、同じ車種の乗用車が資本財として用
いられていた場合、年式が異なる乗用車であっても、使用年数が同じであれば同じ価格
で評価されていることを意味している。同じ価格で評価されているということは、これ
ら二つの資本財は完全代替として取り扱われていることを意味している。
また、SNA の資本ストックの減耗率は、「法人企業統計季報」の「減価償却」と「売
却振替滅失等」という企業の会計データを使って推計されている。したがって、SNA に
おける減耗率は、税法上の減価償却率を適用しているものと考えられる(増田(2000))。
2.2. SNA における資本ストックと不良債権の関係
銀行による不良債権処理によって債務の減免や免除を受けた企業は、本来であれば、
バランスシート上の負債の減少に応じて、実物資本の減損処理をする必要がある。しか
しながら、個別企業においてなされる会計処理では、資産をそのまま維持して、債務減
免や免除に等しい「債務免除益」が企業に生じたという取り扱いをするのが一般的であ
る。したがって、バランスシート上の資産の項目に、収益を生まない「不良資本」がそ
のまま残ることになる。
「国民経済計算」においても、68SNA では、金融機関の不良債権処理が、「返済不
能となった債務者に対して金融機関から所得移転が行われ、この移転を使って債務者が
債務の返済を行い、債権・債務が解消される」という手順で行われるものとして処理し
ている。金融機関から債務者への所得移転は金融機関の所得支出勘定の「その他経常移
転(純)」の支払いとして扱われている。経常移転は繰り返し行われる取引を記録する
項目であることから、68SNA では、金融機関で日常的に発生する小規模な貸倒れを念頭
において不良債権処理を扱っているものと思われる。しかし、バブルの崩壊以降に発生
した不良債権は、それ以前の日常的な貸倒れと比べてあまりにも規模が大きく、このよ
うな取り扱いは適切とはいえない。
この問題点を改善すべく、93SNA では、調整勘定において他の価格変動による変化
「調整勘定」で処理さ
とは区別して、不良債権処理が示されるようになった7。しかし、
れているということは、不良債権処理をあくまで金融資産・負債の「キャピタル・ロス」
として捉えており、実物資本ストックの減損処理はまったくなされていないことを意味
6
再調達価格=取得価格(新品)×物価倍率×経過年数に応ずる残価率
93SNA では、債権者と債務者の間に合意がある場合には、債権者からの資本移転として処理す
ることを求めている。しかし、不良債権処理に関して積極的な合意が成立するとは考えにくく、
調整勘定によって処理されている。
7
4
している。
このことを、数値例をつかって見てみよう。図 1 は、2004 年の SNA における貸借対
照表勘定とその変動要因を示したものである。SNA 体系では、期首から期末にかけての
残高の変動を、
(1)期中の資本取引、
(2)その他の資産量変動、
(3)再評価、
(4)
その他、という4つの要因に分解して記録している8。例えば、金融資産の残高は、2004
年期首の 5538.9 兆円から期末の 5666.5 兆円へと増加している。その内訳を見ると、期
中の資本取引において金融資産が 81.7 兆円増加する一方、その他資産量変動で▲10.2
兆円の減少、再評価で 56.1 兆円増加している。
ここで注目すべきは、銀行が実施した不良債権処理は、非金融資産(実物資本スト
ック)の変動にまったく反映されていない点である。一方、非金融資産の残高は、2004
年期首の 2481.9 兆円から期末の 2461.2 兆円へと減少(▲20.7 兆円)している。その
内訳を見ると、期中の資本取引において非金融資産が 7.0 兆円増加する一方、その他資
産量変動で▲0.2 兆円の減少、
再評価で▲25.7 兆円、その他で▲1.7 兆円減少している。
93SNA では、銀行が行った不良債権処理は「(2)その他の資産量変動」の中で、
「債権
者による不良債権の抹消(貸出)」として記載されているが、2004 年に行われた不良債
権処理額の▲8.4 兆円が、金融資産残高の減少として扱われてしまっている。これは、
銀行が不良債権を処理したとしても、実物資本ストックが、統計上、まったく減らない
ことを意味している。このように、不良債権処理を資本の経済的減耗として扱わない現
行の SNA では、資本ストックが過大評価されていることになる。
2.3. 日本の不良債権データの信憑性
銀行は、不良債権額を把握・処理するために、自身が持つ債権の自己査定を行う。
自己査定では、債務者をリスクの高い順に「破綻先」「実質破綻先」「破綻懸念先」「要
注意先(「要管理先」と「要管理先以外」)」「正常先」に区分し、さらに各区分の各
債権を回収可能性に応じて「非分類」「Ⅱ分類」「Ⅲ分類」「Ⅳ分類」の4種類9に分
8
「資本取引」は、純固定資本の形成(総固定資本形成-固定資本減耗)や金融資産に対する投
資を記録したものである。
「その他の資産量変動」は、災害等による予想し得ない規模の資産の
損失、制度的構成および分類の変化による調整等を記録したものである。また、
「再評価勘定」
は株式・証券等の価格変化分を、
「その他」は固定資本減耗の推計におけるフローとストックの
評価方法の差異による固定資本減耗額の差額等をそれぞれ記録している。
9
具体的には、回収の危険性について問題のない債権を「非分類」
、債権回収について通常の度
合いを超える危険を含むと認められる債権を「Ⅱ分類」、債権の回収に重大な懸念があり、損失
の発生可能性が高いが、その損失額について合理的な推計が困難な債権を「Ⅲ分類」、回収不能
または無価値と判断される債権を「Ⅳ分類」に分類する。
5
類する。銀行は、この自己査定の結果に基づき、債権の回収可能性の程度を判断して不
良債権処理を行う。
不良債権処理には、貸出金などを貸借対照表に資産として残したまま、担保や保証
などで保全されていない部分に対して、回収不能となる可能性に応じて事前に処理費用
を貸倒引当金として計上する『間接償却』と、「法的整理」や「私的整理」または「債
権売却」によって不良債権を貸借対照表からオフバランス化する『直接償却』の2種類
の方法がある。一般的には、不良債権が発生しても、貸出金の借り手企業(債務者)は
引き続き事業を継続しているので、まず間接償却を行って貸倒引当金を計上し、その後、
債務者が破綻して損失が確定した段階(自己査定で、破綻先・実質破綻先の「Ⅲ分類」
「Ⅳ分類」に分類された段階)などで、直接償却が行われる。
貸倒引当金には、自己査定の要注意先/正常先に対する「非分類」「Ⅱ分類」の債
権について、その債務者区分全体の過去の貸し倒れ率などに基づき、その区分の債権全
体に対して一括で計上する『一般貸倒引当金』と、自己査定の破綻先・実質破綻先/破
綻懸念先に対する「Ⅲ分類」「Ⅳ分類」の債権について、個別債務者ごとに計上する『個
別貸倒引当金』がある。個別貸倒引当金は、貸し倒れリスクの極めて高い債権に対して
設定され、債務者が破綻したときに不良債権の処理費用として使われる可能性が非常に
高い。93SNA における「債権者による不良債権の抹消」は、主に、直接償却額と個別貸
倒引当金への繰入額の合計額に対応している。
ここで、日本の不良債権関連データの信憑性について言及しておく必要がある。
1998 年に、
『早期健全化法』と『金融再生法』が成立して、公的資金注入ならびに破綻
金融機関の処理方法についてのルールが定められる以前は、当局による銀行に対する資
産査定は甘く、不良債権の実態を正確に把握できていなかった。銀行の自己査定は不良
債権に対する償却や引当10の基礎となるが、90 年代には、銀行による不良債権の自己査
定が甘く、貸倒引当金は必要引当額に対して不足していたという指摘が多い。
(例えば、
深尾(2003))。不良債権額の実態を把握することを目的として、規制当局による検査が
2000 年 3 月期から 2001 年 9 月期にかけて初めて行われたが、銀行による自己査定によ
る不良債権額が 34 兆 6111 億円であったのに対し、金融庁の査定額が 47 兆 197 億円で
あり、両者の乖離は、実に 13 兆円にも達していた。また不良債権額の過小評価に伴う
10
銀行のディスクロージャー誌への開示が義務付けられている不良債権等には、「金融再生法
開示債権(金融再生法に基づく開示)」と「リスク管理債権(銀行法に基づく開示債権)」の2
種類がある。「金融再生法開示債権」は貸出金のほか支払承諾見返なども対象となり、分類は要
管理債権を除き債務者単位で行う。「リスク管理債権」は貸出金のみが対象で、分類は個別の貸
出金単位で行う。
6
貸出金償却・貸倒引当金不足も深刻で、当初銀行が見積もった償却・引当金額 10 兆 3947
億円に対し、規制当局が必要であると判断した償却・引当金額は 15 兆 2870 億円であっ
た。
したがって、20002 年以前の不良債権額は過小評価である可能性が高い。しかしな
がら、この問題は、2002 年 10 月に実施された『金融再生プログラム(通称、竹中プラ
ン)』を機に改善の方向に向かう。竹中プランの実施によって、それ以前の、銀行に対
する不十分な資産査定や情報開示が厳格化され、銀行経営の透明性が向上した。例えば、
前述の銀行の資産査定と金融庁の検査結果の乖離は、2003 年 3 月期から 2004 年 3 月期
までに行われた検査では、銀行側の査定が 8 兆 3407 億円、金融庁の査定が 8 兆 8299 億
円と、乖離は大幅に縮小している。また、貸出金償却・貸倒引当金不足の問題も、銀行
が見積もった償却・引当金額 3 兆 2610 億円に対し、規制当局が必要であると判断した
償却・引当金額は 3 兆 4966 億円であった。これらの結果から類推するに、公表されて
いる不良債権額、貸出金償却・貸倒引当金額は、90 年代は過小評価であったが、2004
年以降、信憑性が著しく高まったと考えられる11。
3. 不良債権を考慮した資本系列 - 経済的減耗をどう測るか? SNA 体系においては、不良債権処理額は資本ストックに反映されていない。SNA 体
系の資本ストックは過大評価されている可能性が高く、何らかの形で不良債権を資本ス
トックに反映させる必要がある。
複数の異質な資本が存在するとき、資本の集計をどのように考えるかは、古くから
の大問題である。Jorgenson and Griliches (1967)は、複数の異質な資本をあたかも 1
種類の資本であるかのように集計するために、
「資本サービス」という概念を提唱し、
資本投入額である「資本ストック」と区別しようとした12。資本サービスは、資本が実
際に生み出す収益を反映させるように、資本ストックから変換された指標であり、資本
の生産性が上昇すると、資本サービスは資本ストックに比べて増加し、逆に、資本の生
産性が下落すると、資本サービスは資本ストックに比べて減少する。しかし、各資本財
11
詳細は、例えば櫻川(2006)や櫻川・渡辺(2008)を参照
12
Jorgenson(2001)は、資本サービスの考え方を使って IT 資本と非 IT 資本の異質性を考慮し、
アメリカにおける IT 革命による技術進歩率を推計している。Hayashi and Nomura(2005)は、
IT 財の相対価格の猛烈な低下を考慮にいれた資本ストックの再計測を行い、資本を非 IT 財と IT
財に分けた多部門の新古典派成長モデルを日本経済に適用して、TFP を再計測している。
7
が提供する資本サービスをもとめるためには、資本収益率や償却率、資本取得価格(新
製品や中古品の市場価格)をもとに計測される「資本サービス価格」をもとめる必要が
ある。SNA の枠組み中で、これらのデータを完全に把握することは容易ではない。
資本測定の分野では、資本価値の下落は、資本の物理的減耗と区別して「経済的減
耗」として捉えられる。その捉え方には、大きく 3 つの方法がある。まず、減価償却率
を使って、経済的減耗を捉えるという考え方がある13。次に、資本の稼働率のデータを
利用して、資本ストック額を資本サービスに変換するという考え方もある。最後に、株
価が資本の経済的減耗を捉えているという考え方がある。
まず、第 1 の考え方について述べる。SNA 体系における資本減耗率は、税法上の減
価償却率を機械的に適用している場合が多く、資本の減耗度合いを正確に反映していな
い可能性がある。減耗率によって経済的減耗を捉える場合には、一般的には中古品価格
を利用して推計する14。具体的には、各資本財の相対的取得価格(新製品と中古品の価
格比)を使って経齢的価格プロファイル(age-price profile)を推計する。資本財の
購入価格は、新製品価格であれ中古品価格であれ、資本ストックが将来にわたってもた
らす資本サービスの価値を反映したものであるから、不良債権化して将来の収益が期待
できない資本の中古品価格は大幅に低くなるはずである。この手順を使えば、不良債権
の影響を反映させた経済的減耗率を SNA 上の減耗率に代えて、恒久棚卸法等を使って新
たな資本系列を作成すれば、不良債権を資本サービスに反映させることができるはずで
ある。
しかし、2.1 節でも述べたとおり、その際に利用される資本財の取得価格は、新製
品価格に使用年数と物価変動を主に反映して推計した価格であり、中古品価格が適切に
反映されていたかどうかは疑問である。また、仮に多くの資本財に中古品市場が存在し、
市場価格が入手可能であったとしても、2.3 節でも述べたように、90 年代において、銀
行と企業の会計の現場で不良債権の適切な評価がほとんどなされてこなかったという
事実を考慮すれば、資本財価格が不良債権の影響を反映させていなかったと考えるのが
自然であろう。
13
減耗の仕方にも様々なバリエーションがある。耐用年数が来た際に一気に減耗するパターン
(one hoss shay)、耐用年数まで定額で減耗するパターン(straight line)、一定の減耗率で減
耗するパターン(geometric)などである。Hulten-Wykoff(1981b)は、資本財の中古価格の低下
パターンを調べることにより、現実の減耗パターンが幾何的減耗パターンで近似できることを示
した。
14
中古品価格が持っている情報から経済的償却率、物理的償却率を導出する方法を提案したの
は Hall(1968)である。日本経済にこの方法を適用して経済的減耗率を推計した論文として、
國則(1988),Hayashi and Inoue(1991)などがある。
8
次に、資本の稼働率のデータを使うという考え方について述べる。稼働率データは
製造業については存在するものの、多額の不良債権額を生み出した非製造業については
存在しない。この問題を回避するために、Basu and Kimball(1997)は、直接観察できな
い資本の稼働率を、理論的に一定の関係にあるはずの労働の稼働率で置き換えるという
分析手法を提案している15。さらに、稼働率データは、個別企業に対するアンケート調
査に頼っており、信頼性にかけるという指摘もある。
最後に、株価データを使うという考え方について述べる。Laitner and
Stolyarov(2003)は、IT 革命によって生じた、IT を体化しない旧資本の経済的減耗を株
価によって捉えようとし、NIRA の体系は資本減耗率を 2.04%ほど過小評価していると報
告している。また Hall(2001)は、トービンの Q の考え方を使って、資本の時価総額の
計測を試みている。彼は、既存研究から得られた投資の調整費用関数のパラメータの値
と株価データを使って、資本の時価総額を逆算するというアプローチを提案している。
株価が資本ストックの経済的価値を正確に反映していれば、90 年代の多くの時期に、
この手法で計測された資本の時価総額は、SNA データを下回るはずである。
これらの議論から、SNA 体系に整合的な形で、不良債権による経済的減耗を実際の
資本ストックのデータに反映させることは難しいことがわかる。しかしながら、これら
のアプローチに基づいた資本の計測にも一定の価値があると予想されるので、以下、計
測をいくつか試みる。
「SNA」は、SNA データ
図 2 は、いくつかの計測された資本の系列を表している16。
による資本の系列を示している。
「稼働率調整」は、SNA データの資本に製造業の稼働
率データを使って稼働率調整して得られた資本の系列である。1997 年から 2003 年にか
けて SNA データを下回っているようにみえるが、全体として下方シフトは観察されず、
稼働率調整では、不良債権による資本サービスの下落をうまく捉えていない。
また「Q」は、Hall(2001)に基づいて計測した資本の系列である。この系列は 90 年
代にわたって大きな上昇テンポを示している。90 年代の株価低迷の記憶から、資本の
系列もまた低迷するのではないかと予想した読者も多いかと思われるが、株価の低迷以
上に、地価の下落の影響が大きいことを示唆している。不良債権処理が遅れたために、
負債額が過大評価されている歪みが株価に反映されて、90 年代の資本の時価総額の落
15
Kawamoto(2005)は、Basu and Kimball(1997)の手法を使って日本の TFP 成長率を計測し、90 年
代に TFP 成長率が大きく低下しているように見えるのは、稼働率低下の影響が大きいことを指摘
している。
16
各資本系列の詳細は、Appendix A を参照。
9
ち込みを確認できないかという期待があったが、計測結果はまったく異なった動きを示
している。
ここでもうひとつの計測方法を提案する。公表された不良債権額( non-performing
loans)は、稼動しなかった資本(non-performing capital)を意味するので、経済的減耗
した資本として資本ストック額から除却するのが適切であると考えられる。資本ストッ
クを不良債権化した資本とそうでない資本に分け、前者の資本サービスをゼロ、後者の
資本サービスを資本ストック額に等しいと考える。SNA では「債権者による不良債権の
抹消」として不良債権処理額が記載されている。本稿では、この金額を経済的減耗とし
て減損処理されるべき額として資本ストック額から控除する17。なお、銀行は、政府に
よる関与を恐れて不良債権額を過少申告する誘因があることを考慮すれば、公表された
不良債権額は、実際の不良債権額の下限であり、ここで定義される資本サービスは、現
実の値の上限とみなすことが出来る。
図 2 で「不良債権調整」と記された資本系列は、SNA データに比べて傾向的に下方
にシフトしており、乖離は時間とともに拡大している。累積的な影響は、データの直近
の 2005 年でもっとも大きく、SNA データに比べて 126 兆円ほど低い。また「稼働率調
整」による系列と比べると、ほぼすべての時点で低い。また、大型金融機関の破綻が相
次ぎ、不良債権問題が特に深刻化した 1998 年以降の動きを見ると、
「稼働率調整」の系
列が上昇トレンドを示しているのに対し、
「不良債権調整」の系列は下降トレンドを示
しており、後者の方が不良債権による資本サービスの低下を適切に反映している。
4. 新たな資本系列とTFP成長率
さて、産出量の成長率から、労働の貢献の成長率と資本の貢献の成長率を引いたも
のは、TFP(全要素生産性)と呼ばれる。Hayashi and Prescott(2002、以下 HP)は、
1990 年代の日本経済の停滞は、その時期の TFP 成長率の低下を想定すれば標準的な新
古典派成長モデルで説明できると主張した。しかしながら、資本の貢献を計算するとき
に、資本ストックの大きさを正確に計測しないと、TFP の推計にバイアスが生じる。
金融危機やバブル崩壊といった大きなショックに経済が見舞われると、資本の収益
性は大きな影響を受けることがある。こうしたショックの直後に TFP 上昇率の大きな下
17
SNA に記載されている「不良債権の抹消額」は、「貸出金償却」と「個別貸倒引当金繰入額」
の合計額で、不良債権の直接償却額そのものである。銀行が不良債権を直接償却するのは、その
貸出債権が将来にわたって収益を生まなくなった場合である。
10
落が計測されると報告しているいくつかの研究が存在する。Baily(1981)は、石油危機
後に観察された TFP 上昇率の下落は、スクラップ化した資本を過大に評価している可能
があると報告している。Ohanihan (2001)は、アメリカの大恐慌直後の TFP 上昇率を計
測すると、あまりにも下落幅が大きく、大恐慌による経済的混乱にともなって資本の質
が劣化したせいではないかと指摘している。この節では、前節で作成したいくつかの資
本系列を使って、TFP成長率を計測する。
4.1. TFP の計測方法と利用データ
HP にしたがって、t期の GNP を以下のように仮定する。
GNPt = At (K t + Z t ) (ht Et )
θ
1−θ
(3)
ここで、 At は TFP、 K t は資本サービス18、 Z t は日本の対外純資産、 Et は総雇用量、 ht は
労働者一人当たりの労働時間、 θ は資本分配率である。 N t を成人人口(20 歳-69 歳)
とし、 yt ≡ GNPt N t , et ≡ Et N t , xt ≡ (K t + Z t ) GNPt とすると、以下の(4)式を得る。
yt = At1 / (1−θ )ht et xt
θ / (1−θ )
(4)
以下では、この(4)式をもとに成長会計分析を行う。
4.2. 計測結果
図 3 は、前節で計測した資本系列を用いて算出した資本係数を表している。SNA デ
ータを用いた場合の資本係数は、90 年以降、上昇している。なお、SNA データを用いた
資本ストックの系列は、HP に等しい。稼働率を調整して得られた資本係数は、SNA デー
タを使ったときとほぼ同じ動きをしている。株価データを使って得られた資本係数は、
0.1 から 4.6 の間で推移しており、非常に不安定な動きを示している。不良債権処理額
を調整して得られた資本係数は、90 年以降、ほぼ横ばいの動きを示しており、Hayashi
and Prescott(2002)で示された上昇傾向は観察されない。
表 1 は、成長会計の結果を示している。いずれも一人当たり生産量で評価している。
成長率の値は、1981 年~1992 年と 1993 年~2005 年にかけての年平均成長率(幾何平
18
データの詳細は Appendix B を参照。
11
均)を表している。
第 1 行目は、SNA データの資本ストックの系列をそのまま用いて(4)式を推計し
た結果を表している。2つの期間(1981 年~1992 年と 1993 年~2005 年)を比較する
と、TFP 成長率は 3.2%から 1.3%へと 1.9%下落している。なお、HP では、2.8%(1980
~1988 年平均)から 0.3%(1991~2000 年平均)へと 2.5%下落している。
第2行目は、稼働率を調整して得られた資本の系列を用いた場合の推計結果である。
SNA データの資本ストックの系列をそのまま用いた場合と結果に大きな違いはない。資
本系列の図でも明らかなように、稼働率調整は循環的変動を考慮するのみで、資本系列
のトレンドを変化させることはないので、比較的長期間の平均値をとる TFP 成長率には
大きな変化を与えない。
第3行目は、株価データを使って得られた資本の系列を用いた場合の推計結果であ
る。その他の資本系列に比べ、資本成長率が非常に高く計測されるので、TFP 成長率は、
80 年代が-4.7%、90 年代が-5.2%といずれも非常に大きなマイナスの値となってしま
う。
第4行目は、不良債権処理額を調整して得られた資本系列を用いた場合の推計結果
である。90 年代の TFP 成長率は、SNA データを使った場合に比べて、1.3%から 1.8%
へと 0.5%も上昇している。これは、不良債権処理額を資本から控除することによって
資本ストックの過大評価を修正した効果であり、修正しない場合には、失われた 15 年
の TFP 成長率を約 38%程度過小評価してしまうことを示している。HP は、90 年代に資
本の成長率が 1.4%(1991~2000 年平均)であったと報告しているが、本稿では、資本
成長率はほぼゼロになる。
また、80 年代から 90 年代にかけての TFP 成長率の下落幅は、SNA データを使った場
合が 1.9%であるのに対し、資本ストックの測定誤差を調整した場合には、1.4%まで縮
小している。これは、資本ストックの測定誤差を調整しない場合には、80 年代から 90
年代にかけての TFP 成長率の下落幅を約 26%程度過大評価してしまうことを示してい
る。
5. 不良債権で失われた GNP
不良債権発生の主な原因は、バブル期の過剰な不動産融資とバブル崩壊後の追い貸
しなどの過剰融資であると考えられる。Peek and Rosengren (2005)や Hosono and
Sakuragawa (2008)は, バブル崩壊後の 90 年代において、銀行規制における会計上の裁
量を銀行に許容した政府の先送り政策が、不良業種への追い貸しなどのソフト・バジェ
12
ット問題を引き起こしてきたと議論している。その結果、収益性の高い業種から低い業
種へと信用の誤った再配分(credit misallocation)が日本の信用市場に生じた可能性
を否定できない(e.g., Peek and Rosengren (2005), Caballero et al. (2006))そこ
で本節では、不良債権額相当額が健全な融資に配分されていたと仮定したときの産出量
を計算し、不良債権で失われた GNP を計測する。
一国のマクロ経済が均斉成長経路上にあったとすれば、資本係数はほぼ一定となる
はずである。不良債権処理額を控除して作成した資本系列から得られる資本係数では、
資本から不良債権の影響が取り除かれており、企業と銀行が利潤最大化行動をとったと
きに得られる“理想的な”資本係数と一応考えることができよう。また図 3 で示される
ように、不良債権処理額を控除して作成した資本系列から得られる資本係数は、90 年
代以降、ほぼ一定の値を示しており、日本経済は、均斉成長系路上にあった潜在な可能
性を示唆している。
以下のシミュレーションでは、不良債権相当額が健全な融資に配分されていたと仮
定した場合の産出額を計測する。計測の手順としては、不良債権相当額が、健全な資本
として機能していたとした場合の資本を、前節で推計した資本係数を割ることによって、
産出量をもとめる。なお、以下の計測では、不良債権処理額を控除した資本系列を用い
た場合に限定して分析を進める。
5.1. シミュレーション結果
実際の GNP はシミュレートした GNP を大きく下回った。現実の実質 GNP とシミュレ
ートした実質 GNP の差を累計すると約 381 兆円であり、この分の実質 GNP が不良債権発
生により失われた可能性がある。また、不良債権問題が深刻化した 1993 年から 2005 年
までの 12 年間の平均実質 GNP 成長率を比較してみると、実際の平均実質 GNP 成長率が
1.1%であったのに対し、シミュレーションでは 2.0%の成長率が達成されていたはず
であり、12 年間の平均実質 GNP 成長率を 0.9%押し下げた可能性がある19。
6. 追加的分析
前節までに行った TFP 成長率と不良債権発生により失われた実質 GNP の計測では、
19
1993 年の実際の実質 GNP は 465 兆円、2005 年の実質 GNP は 530 兆円であるが、企業と銀行が
健全な行動をとっていた場合、本来 590 兆円の実質 GNP が達成されていたはずである。平均実
質 GNP 成長率は、これらの値を使って計算した幾何平均である。
13
以下の二つの問題によって、バイアスが生じている可能性がある。第一に、対外資産の
取り扱いに関する問題である。(3)式で示される HP の生産関数では、生産要素とし
ての資本に対外資産が含まれており、対外資産が直接的に一国の生産活動に貢献すると
いう定式化になっている。この定式化を使うと、資本ストックの生産性が過大に評価さ
れ、結果として TFP 成長率が低めに計測されるという傾向がある。
第二に、地価の変動に関連した問題である。不良債権の増減に地価の動向が大きく
影響していた場合20、処理された不良債権額には資本ストックの経済的減耗だけでなく、
地価下落の影響も含まれている。したがって、処理された不良債権額をそのまま資本ス
トックから控除すると、経済的減耗を過大に評価してしまう可能性がある。
この節では、これらの問題点を鑑み、生産関数を通じた対外資産の影響を取り除い
た分析、ならびに不良債権処理額に含まれる地価下落の影響を取り除いた分析を行う。
6.1. 生産要素に対外資産を含めない分析
まず、生産関数を通じた対外資産の影響を取り除いた分析を行う。具体的には、深
尾・権(2005)に従い、GNP が以下のように表されるものとする。
GNPt = A't (K t ) (ht Et )
θ'
1−θ '
+ rt Z t
(5)
ここで rt は、対外投資の実質収益率を表す。最終的には
yt = A'1t / (1−θ ') ht et x't
と表される。なお
θ ' / (1−θ ' )
+ rt zt
(6)
x't ≡ K t (GNPt − rt Z t ) , zt ≡ Z t N t である。
この定式化において計測された資本係数の動きについて若干触れると、図 2 で示さ
れたように、対外資産を含むケースでは、90 年以降、ほぼ横ばいの動きを示していた
のに対して、対外資産を除いたケースでは、90 年代を通じて、資本係数はむしろ低下
した。
また、TFP 成長率は、1981 年~1992 年が 3.6%、1993 年~2005 年が 2.5%となった。
80 年代から 90 年代にかけての TFP 成長率の下落幅は 1.1%に縮小しており、しばしば
20
例えば、細野(2007)は、日本の銀行のデータを用いて、各行の不良債権比率を被説明変数、
財務指標とマクロ指標を説明変数とするパネル分析を行い、地価の動向が不良債権の増減に強く
影響していたと報告している。
14
指摘される TFP 上昇率の急激な下落はもはや観察されない。90 年代の TFP 成長率は、
SNA データを使った場合(表 1、1 行目下段)の 1.3%と比べ、1.2%も上昇する。また
対外資産を含めた場合(表 1、4 行目下段)の 1.8%と比べると、0.7%上昇する21。後
者が、対外資産を生産関数から除外したことによる効果であり、対外資産を生産関数か
ら除外しない場合には、失われた 15 年の TFP 成長率を約 39%程度過小評価してしまう
ことを示している。
さらに、(5)式によって GNP が決定される状況において、不良債権相当額が健全
な国内融資に配分されていた場合の GNP をシミュレートした。現実の実質 GNP との差額
は累計で約 476 兆円となり、日本の約1年分に匹敵する実質 GNP が不良債権発生により
失われた可能性がある。また、不良債権問題が深刻化した 1993 年から 2005 年までの
12 年間の平均実質 GNP 成長率を比較してみると、実際の平均実質 GNP 成長率が 1.1%で
あったのに対し、シミュレーションでは、2.3%の成長率が達成されていたはずであり、
不良債権問題は 90 年代の成長率を 1.2%押し下げた可能性がある。
この押し下げ幅は、
対外資産を生産関数に含めた 5.2 節の結果と比べると、0.3%拡大している。22
6.2. 地価下落の影響を考慮した分析
次に、不良債権処理額に含まれる地価下落の影響を取り除いて資本の経済的減耗を
評価した場合の分析を行う。処理された不良債権のうち、何%が地価下落によるもので
あったのかを正確に把握することは非常に難しいが、経済が最適な状態にあったとすれ
ば、資本ストックと土地の収益率は同じになるはずである。この場合、資本ストックと
土地への投入比率が、不良債権処理額に占める資本の経済的減耗部分と地価下落による
損失部分の比率に等しいと考えることができる。この項では、SNA に記載されている「非
金融法人企業」の投入比率に応じて不良債権処理額を按分して資本の経済的減耗を再評
価し、この分のみを資本ストックから控除して作成した資本系列を用いて、同様の分析
を行う。計測は、対外資産を資本として含む場合と、対外資産を資本として含まない場
合2種類について行った。
21
同様の指摘は、深尾・権(2005)にもみられ、彼らによれば、対外資産を生産関数から除外して
計算すると、90 年代の TFP 上昇率は 1.28%上昇する。
22
不良債権相当額が海外で運用された場合についてもシミュレーションを行った。その結果、
不良債権により失われた実質 GNP は、
累計で約 34 兆円、12 年間の平均成長率としてみると、0.1%
成長率を押し下げた可能性がある。
15
6.2.1. 対外資産を資本として含む場合
資本係数の動きは、不良債権処理額に含まれる地価下落の影響を除去せずに資本の
経済的減耗を評価した場合(図 3)と異なり、90 年以降、若干の上昇傾向となった。
TFP 成長率は、1981 年~1992 年が 3.2%、1993 年~2005 年が 1.6%となり、80 年代
から 90 年代にかけて 1.6%低下した。90 年代の TFP 成長率は、SNA データを使った場
合(表 1、1 行目下段)と比較すると、0.3%上昇している。これは、不良債権処理額に
含まれる地価下落の影響を取り除いて資本の経済的減耗を評価したとしても、SNA デー
タを使った推計では、失われた 15 年の TFP 成長率を約 23%程度過小評価してしまう可
能性があることを示している。逆に、不良債権処理額に含まれる地価下落の影響を取り
除かずに資本の経済的減耗を評価した場合(表 1、4 行目下段)と比較すると、TFP 成
長率は 0.2%低下している。
また、
(3)式によって GNP が決定される状況において、不良債権相当額が健全な融
資に配分されていた場合の GNP をシミュレートした結果、現実の実質 GNP との差額は累
計で約 210 兆円となった。1993 年から 2005 年までの平均実質 GNP 成長率としてみると、シ
ミュレートした実質 GNP が 1.6%であり、不良債権問題が 12 年間の平均実質 GNP 成長率を
0.5%押し下げた可能性がある。
6.2.2. 対外資産を資本として含まない場合
資本係数の動きは、不良債権処理額に含まれる地価下落の影響を除去せずに資本の
経済的減耗を評価した場合(図 3)と同様に、90 年以降、低下傾向を示した。
TFP 成長率は、1981 年~1992 年が 3.6%、1993 年~2005 年が 2.2%となり、80 年代
から 90 年代にかけて 1.4%低下した。90 年代における TFP 成長率は、SNA データを使
った場合(表 1、1 行目下段)と比較すると、0.9%上昇している。不良債権処理額に含
まれる地価下落の影響を取り除かずに資本の経済的減耗を評価した場合(表 1、4 行目
下段)と比較すると、0.4%上昇している。
また、(5)式によって GNP が決定される状況において、不良債権相当額が健全な
国内融資に配分されていた場合の GNP をシミュレートした結果、実際の GNP とシミュレ
ートした GNP の差額は、累計で約 271 兆円であった。1993 年から 2005 年の平均実質 GNP 成
長率としてみると、シミュレーションでは 1.8%の成長率が達成されていたはずであり、12
年間の平均実質 GNP 成長率を 0.7%押し下げた可能性がある23。
23
企業と銀行が健全な行動をとっていた場合、本来 575 兆円の実質 GNP が達成されていたはずで
ある。
16
7. まとめ
本稿では、不良債権を考慮した場合の資本の測定方法を提案した。そして、日本の
データを使って新たな資本系列を作成し、成長会計分析を行った。その結果、我々が提
案した方法により資本の測定誤差を調整しない場合、失われた 15 年の TFP 成長率を約
38%程度過小評価してしまう可能性があることが明らかとなった。
また、我々が提案した方法により作成される資本サービス系列は、不良債権の影響
を取り除いたものであり、この系列から得られる資本係数は、いわば不良債権のない状
態での“理想的な”資本係数である。この性質を利用して、不良債権が健全な資産とし
て利用された場合の実質 GNP を算出して現実の実質 GNP と比較し、不良債権の発生によ
り日本が失った実質 GNP を計測した。その結果、不良債権問題は、1993 年から 2005 年
までの 12 年間の実質経済成長率を最大 1.2%程度押し下げた可能性があることが明ら
かとなった。
17
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19
Appendix A
この補論では、3 節の図 2 で示した各資本系列の詳細について説明する。
(1)「SNA」
SNA データによる資本の系列。
「非金融法人企業」「金融機関」「家計」
「対家計民間
非営利団体」の「固定資産」ならびに「在庫」の合計を GDP デフレータで実質化した値。
(2)「稼働率調整」
「SNA」に製造業の稼働率データ(H12=1 に基準化した値)を掛け合わせ、稼働率調
整して得られた資本の系列。稼働率データは、
「稼働率・生産能力指数」
(経済産業省)
を用いた。
(3)「Q」
まず、Hall(2001)に基づいて、トービンの Q を以下の式によって計測する。
⎛ x ⎞
qt = α ⎜⎜ t ⎟⎟ + 1
⎝ kt −1 ⎠
(A.1)
ここで、qt はトービンの Q、α は投資の調整費用関数のパラメータ、xt は t 期の投資額、kt −1
は t-1 期の資本ストックを表す。投資の調整費用関数のパラメータは α = 8 とした。また、
(財務省)の全産
投資( xt )ならびに資本ストック( kt −1 )のデータは「法人企業統計」
業の数値を用いた。
次に、市場価値で見たバランスシートが以下の式で表されるとする。
S t + Dt = qt K t + Lt ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !
A.2
ここで、 S t は t 期の株式時価総額、 Dt は t 期の負債時価総額、 qt K t は t 期の資本ストック
の時価総額、 Lt は土地の時価総額である。図 2 の「Q」は、(A.2)式を K t について解いて得
られた資本系列である。
「株式時価総額( St )」
なお、
「資本ストックの時価( qt ィには(A.1)で求めた値24、
24
計測したトービンの Q は、最大で 1.84、最小で 0.75 の範囲となった。
20
については「資金循環勘定」
(日本銀行)のデータ、
「負債時価総額( Dt )」ならびに「土
地の時価総額( Lt )」については SNA のデータを用いた。各データは、
「非金融法人企業」
「金融機関」
「家計」
「対家計民間非営利団体」の合計額である。
(4)「不良債権調整」
「SNA」から SNA の「債権者による不良債権の抹消」
(第2部ストック編の統合勘定
あるいは制度部門別勘定の「その他の資産量変動」勘定)に記載されている不良債権処
理額を経済的減耗として資本ストック額から控除した資本系列。
Appendix B
この補論では、4 節で用いたデータの詳細について説明する。93SNA は、平成 7 年基準
と平成 12 年基準がある。1980 年~2005 年のデータ系列を作成するため、1996 年で倍率を
計算し、この年で2つの系列が一致するように調整した。また、変数を実質化するにあた
って、物価指数は「GDP デフレータ」を利用した。
GNPt : 「消費」「投資」「政府支出」「純輸出」「要素所得の純受取」の合計額を実質化
して利用。データの詳細は、Hayashi and Prescott(2002)を参照。
Kt
: 3 節で定義した資本サービスを表す。資本ストックの詳細は、Hayashi and
Prescott(2002)を参照。
Zt
: 日本の対外純資産を表す。データの詳細は、Hayashi and Prescott(2002)を参
照。
Et
: 総雇用量を表す。データの詳細は、Hayashi and Prescott(2002)を参照。
ht
: 労働者一人当たりの年間労働時間を表す。データは、
「毎月勤労統計調査(労働
時間/月)」をもとに算出。
Nt
: 労働可能人口を表す。データは、総務省「人口推計」における20歳~69歳
までの人口合計を利用。
rt
: 国際投資の実質収益率を表す。
「要素所得の純受取」の対外純資産に対する比率
を算出し、各年の値を収益率として利用。
θ
: (3)式における資本分配率を表す。 θ = 0.362 に設定。詳細は、Hayashi and
Prescott(2002)を参照。
θ'
: ( 5 ) 式 に お け る 資 本 分 配 率 を 表 す 。 θ ' = 0.358 に 設 定 。 Hayashi and
Prescott(2002)のデータをもとに算出。
21
図 1. 2004 年の期末貸借対照表の推移
(単位:兆円)
(1)2004 年期中の資本取引
非金融資産
の変動
(7.0)
金融資産の
純増
(81.7)
正味資産の
変動
(25.1)
海外に対する
債権の変動
(18.1)
負債の純増
(63.6)
(2) その他の資産量変動
非金融資産
の変動
(▲0.2)
2004 年期首(残高)
非金融資産
(2481.9)
正味資産
(国富)
(2654.7)
金融資産の
純増
(▲10.2)
債権者による
不良債権の抹消
(貸出)▲8.1
対外純資産
(172.8)
金融資産
(5538.9)
負債
(5366.1)
正味資産の
変動
(4.0)
対外純資産
の変動
(4.2)
負債の純増
(▲14.5)
2004 年期末(残高)
非金融資産
(2461.2)
債権者による
不良債権の抹消
(借入)▲7.4
対外純資産
(185.8)
(3) 再評価
非金融資産
の変動
(▲25.7)
金融資産の
純増
(56.1)
正味資産の
変動
(▲35.1)
対外純資産
の変動
(▲9.4)
負債の純増
(65.5)
(4) その他
非金融資産
の変動
(▲1.7)
金融資産の
純増
(0.0)
22
正味資産
(国富)
(2647.0)
正味資産の
変動
(▲1.7)
対外純資産
の変動
(0.0)
負債の純増
(0.0)
金融資産
(5666.5)
負債
(5480.7)
図 2.
資本の推移
SNA
(兆円)
3,000
稼働率調整
Q
不良債権調整
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
23
図 3.
資本係数の推移
SNA
稼働率調整
Q
不良債権調整
5
4.5
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
24
表 1. 成長会計
資本データによる分類
SNA
稼働率調整
Q
不良債権調整
Period
GNP Growth Rate
1981-1992 年
Growth Rate
TFP
Capital
Working time
Employment Rate
3.1%
3.2%
0.3%
-0.6%
0.1%
1993-2005 年
1.0%
1.3%
0.5%
-0.4%
-0.4%
1981-1992 年
3.1%
3.5%
0.0%
-0.6%
0.1%
1993-2005 年
1.0%
0.7%
1.1%
-0.4%
-0.4%
1981-1992 年
3.1%
-4.7%
8.7%
-0.6%
0.1%
1993-2005 年
1.0%
-5.2%
7.4%
-0.4%
-0.4%
1981-1992 年
3.1%
3.2%
0.3%
-0.6%
0.1%
1993-2005 年
1.0%
1.8%
0.0%
-0.4%
-0.4%
25