文内 戦 学位 の要旨

博 士 ( 農 学 )早 矢 仕有 子
学位論文題名
シマフクロウK
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における保全生物学的研究
学位論文内容の要旨
シマ フク ロウ Ketupa blakistoniは極 東域 に局 所的 な分 布を示す世界最大級のフクロ
ウで 、フ クロ ウと して は珍 しく魚類を主食とする。明治年間には北海道全域に広く分
布し てい たこ とが 各種 の記 録より明らかであるが、開発行為による河畔林の消失や魚
類資 源量 の衰 退が 分布 域の 縮小と個体数の減少を引き起こし、現在では北海道東部を
中心 に100個体 前後 が生 息し てい るに すぎ ない 。本 研究 の目的はシマフクロウの生活
史 を明ら かに する こと によ り、 今後 とる べき 適切 な保 護策 を提示 する こと であ る。
北 海道十 勝地 方の 美里 別川 の一 支流 、ヌ カナ ン川 流域 にお いては 、養 魚施 設へ の飛
来 お よ び つ が い の 繁 殖 が 1986年 よ り 確 認 さ れ て お り 、 こ こ を 調 査 地 と し て 19871996年に 生態 学的 調査 を行 った 。本 調査 地で は天 然の 餌資 源量が 貧弱 であ るた めシ
マフ クロ ウの 採餌 は養 魚場 に集中する傾向があり、環境庁による保護事業の一環とし
て生 け簀 によ る給 餌が 実施 されてきた。本研究により、この生け簀の存在が調査地の
シマ フク ロウ の生 存お よび 行動に大きな影響を及ぼしていることが明らかになった。
ビ デオ カメ ラを 装着 した 巣箱を用いて、シマフクロウの繁殖に関する基礎的情報を
得 た 。 産 卵 日 は 2月 26∼ 3月 8日 、産 卵数 は1∼ 2卵 、産 卵間 隔は2∼5日 であ った 。抱
卵 はすべ て雌 が行 い抱 卵期 間は 35日 であ った 。雛 は孵 化後 48∼60日で 巣立 った 。巣
内 育 雛 期 間 中 の 親か ら 雛 へ の 給 餌内 容は 、詳 細な 調査 を行 った 2年間 とも 餌量 の約
90%が生け簀で給餌されたテラピァOreochromis niloticusであった。天然の餌種とし
ては 、エ ゾア カガ ェル Rana pirica、フクドジョウNoemacheilus barbatulus、スナヤ
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ペノ丶ナカジカC〇亡亡uSn〇ZaWa
e、エゾサンショウウオH朋0
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re亡ardafus、ネズミ科動物が観察された。1990年には、給餌回数ではエゾアカガエル
がテ ラピ ァを 上回 り全 給餌 回数の33.6%を占めたが、餌1個体あたりの重量差を反映
して その 重量 は全 給餌 量の 10% に満た なか った 。1993年 において1個体の雛の孵化か
ら巣立ちまでの問に親は470回、50.3kgの給餌を実施した。そのうち94.4%に相当す
る47.4kgが生 け簧 のテ ラピ ァで あっ た。 本調 査地 では 1987∼1994年に孵化した雛の
巣立ちまでの生存率は100%(9/9)であったが、これは豊富な生け簀の魚に支えられ
た 結果で あり 、生 け簀 がな けれ ば同 じ餌 量を 同じ 捕獲 努カ で得ら れた とは 考え られ
ず 、 こ こ で は 給 餌が シ マ フ ク ロ ウ の 保 全 の た め に は 不 可 欠 であ ると 考え られ た。
巣 立ち 時の 幼鳥 の外 部形 態はこれまでに知られているフクロウ類の中ではもっとも
未熟で、巣立ち後自カで餌を捕るようになるまでの期間(巣立ち後約110日)は最も長
いこ とが 明ら かに なっ た。 多くのフクロウ類の子は生まれた年の冬までに分散を開始
する のに 対し て、 シマ フク ロウ では雌 の若 鳥は 孵化 後丸 2年間親のテリトリーにとど
ま り、3年目 の春 に分 散を 開始 した。 一方 、雄 では 孵化 後2年目の 春に いっ たん 出生
地を 離 れたが 、秋に再び 出生地に 戻り冬を 生け簧に 依存して 過ごした 後、3年目の 春
に分散を 開始した 。このよ うに、長期 にわたり 親子関係 を維持すること、および親は
その 問 に も次 の 繁殖 を 行 うこ と など がシマ フクロウ の大きな 生態的特 徴であった 。
夜行性で 広範な行 動圏をも つシマフク ロウのよ うな大型 鳥類では、繁殖期以外の行
動を把握 すること は大変困 難である。 そこで尾 羽に小型 発信機を装着して追跡するこ
とにより 、繁殖個 体、若鳥 それぞれの 行動圏、 環境利用 、隣接つがい間のなわばり配
置、若鳥 の出生地 からの分 散過程を明 らかにし た。
繁殖個体である雌2
個体(母親と娘)の行動圏面積は15
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ri9および11
.3kr
ri2、行
動圏 の 全 長は 8.8km、 ll.Okmで あ った 。 両 親の っ が いと 娘 のつ が いは繁 殖期間中 、
排他 的 な テリ ト リー を 維 持し て いた が、初 冬に再び 娘が両親 のテリト リーに入り 込
み、 両 親の餌 場である生 け簧を共 同利用し て冬を過 ごした。 この娘は 2月初旬の交 尾
期には再 び給餌場 を欠く分 散先へ戻り 繁殖活動 を行った が、孵化した雛は骨格の発育
不良の状 態で死亡 した。こ のように娘 の分散先 の環境は 、夏期にはつがいの生存を可
能にする だけの餌 を提供し ているが、 冬期間に はそれが 困難になり、繁殖期において
も雛 を育 て るの に十 分 な餌 量を 確 保で きなかったこ とを示唆した。
孵 化 後1年目の 秋に発信機 を装着し た雄の若 鳥は、冬 期間は生 け簀の周 辺で行動し
たが 、 4月 中旬 よ り 出生 地 を 離れ 、 親の 行 動 圏の 周 辺で 全 長 19.5kmの範囲で 活動し
た 。 こ の 雄 の 若 鳥 も 11月 に は 出 生 地 に 戻 り 翌 春 ま で 生 け 簀 近 辺 に 滞 在 し た 。
繁殖個体 、若鳥と もに河畔 に行動圏を もち、テ レメトリ ー調査で得られた利用場所
の7割以 上が水 系から200m以内 の範囲に あった。 繁殖個体 の行動圏 面積の90% 以上が
森林 で 、 実際 の 利用 頻 度 の83∼93%は 針広混交 林であり 、それは 行動圏内 の環境別
面積比か ら得られ た利用頻 度の期待値 よりも高 かった。
雄の若鳥 の行動範 囲は、定 着している 繁殖個体 と比較し た場合、針広混交林を含む
森林面積 比が小さ く、耕作 地など森林 以外の面 積比が25% で定着個体のそれよりも高
かっ た 。 しか し 、実 際 に 利用 し てい たのは 70%が針広 混交林で 耕作地の 利用はほと
んど認め られなか った。
一度出生 地を離れ た若鳥が 冬期間に再 び出生地 に戻って くる最大の理由は、分散先
での餌不 足である と考えら れた。若鳥 の生存を 補助的な 給餌によって保証しておくこ
とは 、 シマフ クロウ個体 群の存続 にとって 重要であ り、現在 北海道内 8カ所で実施 さ
れている 生け簀に よる給餌 はシマフク ロウの保 護に多大 に貢献しているとぃえる。ま
た、餌条 件の悪い 環境ヘ分 散した個体 に関して は、繁殖 を成功させるための人工的な
給餌は不 可欠であ ると推定 された。
ただ、自 然の餌条 件が劣悪 な中で給餌 場に餌が 集中分布 することで、繁殖開始齢の
遅延およ び近親交 配の増加 が危惧され る。現実 に本調査 地では、雌親が消失した後、
いっ た ん 分散 し てい た 娘 が2年8ケ 月 後に出生 地に戻り 、父親と つがいを 形成した。
以上の結 果から、 生息環境 全体の保全 とともに 、若鳥の 分散通路としての河畔林の
保全・育 成およぴ 水系にお ける餌資源 の保全を はかり、 円滑な分散を可能にする必要
があると 考えられ た。
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 阿 部
永
副 査 教 授 諏 訪
明
副 査 教 授 斎 藤 正 裕
学位論文題名
シ マ フ ク ロ ウ 瓦 砒 ゆ 口 ろ ム 旗 お め 刀 fに お け る 保 全 生 物 学 的 研 究
本 論 文 は 総 頁 数 142頁 、 図 21、 表 13を 含 み 和 文 で 書 か れ て い る 。
シ マフ クロ ウKetupa blakistoniは 極東 域に局 所的 な分 布を 示す世界最大級の魚食性
フ クロ ウで 、現在 北海 道で は東 部を 中心 に100個体 前後 が生 息しているにすぎない絶
減 危 惧 種 で あ る 。 北 海 道 十 勝 地 方 の美 里 別 川 の 一 支 流 、 ヌ カ ナ ン 川流 域に おい て
は 、 1986年 より 本種 の生 息が 確認 され、 環境 庁に よる 給餌 がお こな われ てお り、 こ
こを調査地として19 87-1996年に生態学的調査を行った。
ビデ オカ メラを 装着 した 巣箱 を用いて、シマフクロウの繁殖に関する基礎的情報、
す なわ ち、 産卵期 、産 卵数 、抱 卵行動および期間、雛の成長と巣立日数、給餌内容等
に つい て複 数年の 情報 を得 るこ とに成功した。雛への給餌量の約90%は生け簀で供給
さ れるテラピァOreochromis niloticusであったが、天然の餌種としては、エゾアカガ
エ ルRana pirica、フ クド 、ゾ 、ヨウNoemacheilus barbatulus、スナヤツメLampetra
reissneri、/ヽナカジカCottus nozaw
ae、エゾサンショウウオHyn
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tarda
tus、ネ
ズ ミ 科 動物 が観 察さ れた 。1990年 には、 給餌 回数 では エゾ アカ ガエ ルが テラ ピァ を
上 回り 全給 餌回数 の33.6% を占 めた が、 餌1個 体あ たり の重 量差を反映してその量は
全 給餌量の10%に満たなかっ‘た。1993年において1個体の雛の孵化から巣立ちまでの
間 に 親 は470回、 50.3 kgの給 餌を 実施し た。 本調 査地 では 1987--1994年 に孵 化し た
雛 の 巣 立ち まで の生 存率 は100%(9/9)で あっ たが 、こ れは 豊富 な生 け簀 の魚 に支 え
ら れた 結果 であり 、こ こで は給 餌がシマフクロウの保全のためには不可欠であると考
えられた。
巣立 ち時 の幼鳥 はこ れま でに 知られているフクロウ類の中ではもっとも未熟で、巣
立 ち後 自カ で餌を 捕る まで の期 間は最も長いことが明らかになった。多くのフクロウ
類 の子 は出 生年の 冬ま でに 分散 する が、 シマ フク ロウ では 雌の若鳥は孵化後丸2年間
親 元 に と ど ま り 、 3年 目 の 春 に 分 散 を 開 始 し た 。 一 方 、 雄 で は 孵化 後2年目 の春 に
い った ん出 生地を 離れ たが 、秋 に再 び出 生地 に戻 り冬 を過 ごした後、3年目の春に分
散 を開 始し た。こ のよ うに 長期 にわたり親子関係を維持すること、および親がその過
程 に お いて 次の 繁殖 を行 うこ とな どがシ マフ クロ ウの 特異 な生 態的 特徴 であ った 。
尾羽 に小 型発信 機を 装着 して 追跡することにより、繁殖個体や若鳥の行動圏、環境
利 用、 隣接 つがい 間の なわ ばり 配置、若鳥の分散過程を明らかにした。繁殖個体であ
る 雌 2個体( 母親 と娘 )の 行動 圏面 積は 15.5km2お よび 11.3 krri2、 行動 圏の 全長 は
8.8km、 ll.Okmで あ っ た。 両 親の つ が いと 娘 のつ が い は繁 殖 期間中、排 他的なテ リ
トリー を維持し ていたが 、初冬に 再び娘が 両親のテ リトリーに入り込み、生け簀を共
同利 用して冬 を過ごし た。この 娘は2月初 旬の交尾 期には再ぴ 分散先ヘ 戻り繁殖 活動
を行っ たが、孵 化した雛 は発育不 良で死亡 した。こ のように娘の分散先では、冬∼春
期に5ま 十分な餌 量を確保 できなか ったこと が示唆さ れた。
繁殖個 体、若鳥 ともに河 畔に沿っ た行動圏 をもち、 繁殖個体の行動圏面積の90
%
以 上が 森 林 で、 実 際の 利 用 頻度 の83∼93%は 針広混交 林であった 。一方、 若鳥の行
動圏で は耕作地 など森林 以外の面 積比が高 かった。
一度出 生地を離 れた若鳥 が冬期間に再び出生地に戻る最大の理由iま、分散先での餌
不足で あると考 えられた 。若鳥の 生存を補 助的な給 餌によって保証しておくことは、
シマフ クロウ個 体群の存 続にとっ て重要で 、また、 餌条件の悪い環境へ分散した個体
の 繁 殖 を 成 功 さ せ る た め に は 人 工 的 な 給 餌が 不 可欠 で ある と 推定 さ れた 。
ただ、 自然の餌 条件が劣 悪な中で 給餌場に 餌が集中 分布することで、繁殖開始齢の
遅延お よぴ近親 交配の増 加が危惧 されるば かりでな く、本調査地では、実際に父娘間
の番い 形成が発 生した。 この鳥の 現状では 、生息環 境全体の保全が必要であることは
いうま でもない が、若鳥 の分散経 路として の河畔林 の保全・育成およぴ水系における
餌 資源 の 保全 を はか り 、円 滑 な 分散 を 可能 に する 必要 があると考 えられた。
以上の ように、 本研究は これまで 情報の少 なかった 絶減危惧種の生態に関する基礎
情報を 収集検討 し、その 保護策設 定のため に大きく 寄与したもので応用動物学的に高
く評価 される。 よって審 査員一同 は最終試 験の結果 と合わせて、本論文の提出者早矢
仕 有 子 は 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 資 格 が あ る も の と 認定 し た 。