講義録 - 津軽広域連合

平成22年度広域人材育成セミナー講義録
開催日時:平成 22 年 10 月 21 日(木)
14:00~16:00
開催場所:弘前市立観光館多目的ホール
地域資源の見つけ方、活かし方、組み合わせ方
~「不」「負」「普」を「富」に逆転せよ!~
講師:増田紀彦 氏
(一般社団法人起業支援ネットワークNICe代表理事)
こんにちは。ご紹介に預かりました増田です。今から 2 時間、皆さんと一緒に勉強してい
きます。2 時間は長いですから私が一方的に話をして、ふんふんと聞くだけでは、苦痛な時
間になります。今日は、そうした一方的な講義ではありません。わざわざコードレスのマイ
クを頼んでおります。どういうことか。こういう風にして 《会場の参加者にマイクを差す》 皆
さんの所に行きます。それで、今日のテーマである地域資源について一緒にやりとりをした
り、時々クイズを出したりします。指されたくない方は目をそむけますよね。そういう方を
中心にマイクを差しのべます(笑)。
今日のテーマがまさにそうなのですが、
「発見する」ためには、頭が硬かったり、緊張して
いたりしたらダメなんです。大いにリラックスして、私と一緒に楽しんでいただく。そうい
う姿勢でお付き合いください。
ではまず出欠を取ります。お名前を呼ばれた方は手
を挙げてください。工藤さん。はい、いらしてますね。
佐藤さん。いらしてますね。小山内さん。はい。成田
さん。いますね。木村さん。いらしてますね。三浦さ
ん、三上さん、葛西さん。全員いますね。みなさんお
気づきのように私は名簿も何も持っていません。初め
てお会いする方ばかりですから、もちろん以前からの
知り合いというわけでもありません。津軽地域の場合、今言った名前を言っておけば、だい
たい手が挙がるだろうと、当てずっぽうで呼ばせていただきました。実はその土地ならでは
のお名前というのも地域資源の一つです。先ほどご挨拶された事務局長の蒔苗さんってお名
前は東京では聞いたことがないんですが、こちらには時々いらっしゃるお名前でしょうか。
津軽ではないんですが、三八の方へ行くと、中野渡さんっていう方がいますよね。私は、
「な
かのわたる君」だと思っていました(笑)。こちらの方は、そういった珍しい名前の方が多いん
ですが、そういう人たちがなぜ多いのか、地名さらには風土、あるいは他地域との歴史的往
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来など、そこからいろいろなことに考えをめぐらせることができます。氏名は地域の魅力を
探る貴重な情報です。
さて、私は、昨日の夜のうちにこちらにお邪魔しましたので、午前中、時間があり、床屋
さんに行って来ました。出来ばえはどうでしょう?
《参加者に問いかける》 いいですか。あ
りがとうございます。この床屋さん、切るのもうまいんですが、僕は別の理由で感激して、
もう一度行こうと思いました。東京に住んでいるにもかかわらずですよ。さて、どこの床屋
さんのことを言っているのか見当のつく方はいますか?
《参加者:おおわさん》
弘前市役所の近くにあります。
当たり! さすがです。「おおわ」さん。「おおわ」ってひらがなで屋
号を書いてありますが、本当は大和って書くそうです。ダンディーな三代目と、さばけた四
代目が親子でやっています。ここの耳そうじに驚きました。剃刀で耳の毛を剃るんですよ。
剃刀で耳掃除をされたのは初めてでした。皆さんご経験あります? これ、よそではやりま
せん。先端が丸い独特の剃刀をくるくる回していくんです。こんな気持ちの良い経験は初め
てでした。
「おおわ」の四代目に聞きましたら、最近では、やっている所はほとんど無くなっ
ているということでした。本当に技術も人柄も素敵な親子経営者でした。でも、広報誌など
をあけてみても「弘前には凄い床屋がある」とは書いていないんじゃないでしょうか。
昼は、
「藪よし」というお蕎麦屋さんに行きました。丼ぶりものを食べようと思ったら、ご
飯物はやってないと言われました。理由を聞いたら、最近安い値段の弁当屋さんが増えて競
争力が無くなったので、お蕎麦とうどんだけを出していると。確かに天丼が 1,000 円、親子
丼が 750 円、玉子丼で 500 円ですから、300 円ぐらいで買えるお弁当には勝てないので辞め
てしまうというのは適切な判断です。いわゆる、ビジネスで言うところの選択と集中という
経営方針です。継続されているコツを、そのご夫婦から教わった気がしました。
さらに、そのすぐ横の「さくら」という喫茶店に入りました。この店は今年 4 月に開業し
たばかりで、女性の方が経営していました。
「さくらロマン」っていうコーヒーを出していま
す。
「ブレンドがいいですか? さくらロマンがいいですか?」って。つがるロマンを彷彿と
させるいいネーミングですね。さくらの名所にちなんで、お店の名前も「さくら」さんです
し、上手く地域資源に絡めていますよね。
ささやかな事例ですが、皆さんがんばっていらっしゃる。皆さん、それぞれ気軽にお話を
してくださる方々でした。東京の人たちは、東北人は口が重いとか、なかなかしゃべってく
れないとか、そのような印象を抱いていますが、本当に気さくで、皆々自分の所の台所事情
などをたくさん話してくれる素敵な方々で、それぞれ小さい規模の事業体ですが、工夫をさ
れたり、差別化をされたりしながら、一生懸命営みをされていました。こういう人たちに触
れると、本当に嬉しくなります。後で紹介しますが、これらは人的資源と言います。人的資
源って言うと、どうしても、有名人が挙がりそうですが、いわゆる名もない人たち、その人
たちがつくる温かい雰囲気というのも、実はとても大事なものです。今日は、それが資源?
と思うようなものも、たくさん紹介する予定です。
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さて、今日のテーマは、ダジャレみたいですが、「不(フ)」「負(フ)」「普(フ)」を「富
(フ)
」に変えようというものです。もちろん、既に津軽には、富と言うべき地域資源がたく
さんあります。ですが、率直に言うと、ここは売り物が有り過ぎます。本当に津軽は、自然
の資源、歴史の資源、産業の資源がたくさんあるので、一個一個アピールしようと思ったら
コストが大変。逆に言うと、だから一つ一つをしっかり伝えられなくなる。ゆえに聞いた方
は一体どれが津軽の魅力なのか分からなくなります。逆にいうと、沖縄県などは簡単明瞭で
す。
「海がきれい」
。この一点だけで観光客は 10 万円から 15 万円ぐらいのお金をポーンと払
おうとします。あるいは北海道は「雪が白い」
。それだけで行ってしまう。ところが、津軽は、
既に十分お金を生み出せる魅力的な資源がたくさんあるので、大変です。ですから、既にあ
るものを、もっともっとアピールしようということではなくて、逆に気が付かないようなと
ころにも視点を動かしていったらどうか、というのが今日の提案です。
この後、事例をお話しようと思いますが、その前に少し理屈を説きます。地域資源を見つ
けるための方法ですが、特に重要なのは、そもそも「地域資源とは何でしょう」という部分
です。自然資源、山が、岩木山があります。山があるとか、海があるとか森があるとか、い
っぱいありますね。そういったもの。それから先ほど言った人的資源。そして産業資源、こ
れは伝統産業を含めてもいいですね。焼き物、塗り物もありますし、あるいは農産物の産業
資源もありますね。文化資源、これも言うまでもないことですが、歴史的な建築物等々いっ
ぱいあります。それともう一つ、公的資源。これは、あまり注目をされていません。公的資
源って、どういうものなんでしょう? 《参加者:答えられない》 難しいものではありません。
むしろありきたりなものです。
・・・・・悩んじゃいましたね。何でもいいです。公的という
ことは、民間のものではないということですよね。民間のものじゃない。 《参加者:公立のも
の》
あ、そうですね、公立のもの。いわゆる社会資本。道なんかも公的資源です。景観が良
くて空いている道を、気持ちよくクルマで走りたいと思う人はたくさんいます。十分人を呼
び寄せるものであったりします。もちろん、公的資源の中には、公園もそうですし、運動場
や野球場、プールなどもあります。
公的資源の中でも、特に私が注目しているのが総合運動場や野球場です。既に北海道のあ
る町にその話をして、それらを観光資源として活用していただいています。ちなみに、その
町立野球場、ナイターのできる照明施設もある立派な野球場なんですが、聞いたら年間で数
回しか使われていないとのことでした。ところが、都市部でナイター照明付き、芝生が張っ
てあるような野球場を、私たちのような草野球の選手が借りるのは至難の業です。予約とか
抽選があって。そのぐらい、都市部では人口に対してそのような公的資源が不足しています。
この町なら野球をやりたい放題できるんです。そこで、私はその町に対して、その野球場を
使ってもらって、泊ってもらい、その後温泉に入り、海の幸や山の幸をたくさん食べて帰っ
てもらうということを提案させていただきました。しかし、こうした環境は、その北海道の
町だけのものでしょうか。違いますよね。日本の各地に存在する環境です。つまりどこにで
も普通にあるものということで、普通の「普(フ)」ですね。予約が簡単な施設というのは、
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別に特別なことではないような気もしますが、都市部の人にとっては、本当に垂涎の的、羨
ましいことなのです。
それから、二番目の「既存資源の再利用・用途転換利用を考える」ということがあります。
先ほど言った五つの資源の中で、一見ありふれたものを、違う目的に活用できないかという
ことです。これもまた後で話をします。
それから最近、青森空港は霧が出ても誘導できる装置はついたんでしたが?
いた》
《参加者:つ
遅かったですよね。あれはついてないと不利のような気がするんですが、「スリル満
点の空港である」というように言って、
「そのワクワク感がたまらない」みたいに、無理矢理
でもそういうふうに言ってみるんです。そんな冗談みたいな言い張りを 10 個 20 個言ってい
るうちに、1 個ぐらい「あれ? それはホントにあるよね」というものが混じってきたりし
ます。弱点や問題点を、むしろ逆転して「それはイケてるんだ」ということにします。強い
にせよ、弱いにせよ、どちらにしても、よそと違うということですよね。これが、いわゆる
差別化と言われるものです。人が他の地域に求めるものというのは、自分の所にあるものは
求めません。強いか弱いかというのは、勝手な判断や解釈であり、違うという事実がとても
大事だったりします。
ちなみに私の郷里は和歌山県でして、本音では、リ
ンゴよりミカンを推進したい(笑)
。それはともかく、
この県の大半は山林と海岸線で、とくに南部にはほと
んど平地がありません。それゆえ鉄道はクネクネとし
た海岸の崖を走るんですよ。だから特急なのにのろい。
カーブでスピードを出したら、そのまま海にドボーン。
そこで投入されたのが「振り子列車」でした。遠心力
を逃がすんですね。その車両を目当てに和歌山に来るような人たちもいます。まさに、もう
どうしようもなくて、生み出されてきたものです。もっともこの列車の実用化までにはずい
ぶんと苦労があったそうです。プロジェクトXのようで、結構泣けますよ。そういう何かを
克服しようと人々が力を合わせて努力し、その名物が生まれてきたという話は、人の心をグ
ッと掴みます。
青森にもいっぱいそういう話があると思います。青森市の港の近くに、
「田向商店」という
魚の卸しをやっている田向さんという方がいます。この方は、青森湾でとれるアブラツノザ
メの肝油ではなく、軟骨部分を細かく粉砕しパウダー状にして、それが健康食品として活用
すべく努力されているんです。確か、国が青森県の資源として認定していると思います。た
だ、鮫の軟骨は臭いんです。鮫はどうしてもアンモニアが出てしまうから。まだニオイをど
のようにして取るかということが課題になっています。最近はテレビでショップチャンネル
をやっていますが、こういった健康食品がたくさん取り扱われています。ところが、トレー
サビリティがはっきりしないものも中にはあります。
「鮫がいい鮫がいい」とたくさん宣伝を
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しているんですが、どこから獲ってきて、どういうルートで来た鮫なのかまでは分からない
んですね。田向さんの鮫は、間違いなく国産のものを使っているということを証明できるん
です。
ところが青森のとある団体の年配の人に私がその話をしたら、鮫はダメだと、けんもほろ
ろなのです。鮫を食べるということは、青森は貧しいっていうことを言っているようなもの
だとおっしゃる。田向さんとも話をしたんですが、やはり、県内の、特に年配の方は鮫に対
する抵抗感があると。ところが全国的に考えれば、先ほど言ったように鮫は健康にもの凄く
いいということを言われていて、買ってくれる人たちは何にも抵抗はないんです。アブラツ
ノザメは、まだ相当数が湾内にいるみたいですが、鮫を捕る漁師さんが減ってきているので、
ひとつ間違えると、そもそも漁獲できなくなってしまうという危機に瀕しているそうです。
彼は、
「鮫なんて」と言う人もいるし、肉としての市場価値が低いのも確かだが、ここで自分
が別の形で商品にしなかったら、鮫を捕ってきた青森の歴史や文化が消えてしまうというこ
とを一生懸命言っていました。やがて、鮫を捕る技術を残して良かった、鮫がすごい財産に
なるんだということに逆転させたいという話を切々としていました。今の話は青森市の事例
ですが、商品ができていくまでのストーリーに、やはり感動があって、まさに健康食品は先
ほど言った産業資源ですが、それを目指そうとする田向さんという方は人的資源と言えます。
健康食品市場は、もの凄く大きな市場です。そこに、命がけで取り組むような人、この人の
話を聞きたい、この人から教わりたいっていう人が集まってくる。こういう流れが大切です
ね。
次に、
「摘果リンゴ」についてです。最近は、それら
をジュースにする取り組みはされていますが、知り合
いのアメリカ人と、この摘果リンゴの話をしましたら、
びっくりしました。アメリカでは以前からたくさん使
うそうです。ジュース?って聞いたら、いや、ジュー
スにもするけど、むしろジュースよりも何だと言った
でしょうか? 《参加者:ジャム》 もちろんそれもあり
ます。でも、次…。
はい。それもありますね。でもアメリカでは
《参加者:アップルパイ》
ベビーフードがポピュラーなんだそうです。摘果リンゴを加工してジュースにする事業は、
確か藤崎方面のどなたかが地域資源認定を掛けていたと思います。今言ったように、大抵は
ジュースとか、あるいはジャムとかなんですが。ジャムって言うと、パンのイメージですよ
ね。ところがピューレと言うと使い道が変わってきます。リンゴのピューレはポークソテー
にかけるとおいしいですよね。ステーキにも合います。実は、良質のものは、なかなかまだ
洋食店で手に入らないそうです。東京の飲食店とも話をしたのですが、そういうのを作って
いるんだったら欲しいと言っていました。
「杉の残材」。これは誰か係わっていらっしゃる方はいますか?
これもすごい技術です。
これを炭にして、いわゆる活性炭みたいなものですが、環境浄化用の資材として活用すると。
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取り組んでいる企業は、この近くの方だったかと思います。
とにかく、おいしいリンゴとか、既に熟達した三味線の演奏家とか、資源そのままでも市
場に出せるものがありますが、それはごく一部です。大抵は、そこにさらに知恵を加え、手
を加えて、マーケットに投入していって価値が出る。言ってみれば、原油だってそのままで
はどうしようもないわけです。原油のままで庭の池にはっておいて、それを眺める人はいま
せん(笑)。あれは、燃やして動力になるから価値があるわけです。その資源を、どのように加
工したり、どのように流通させたりするのか。その創意工夫の結果が大切であり、そしてま
た、その創意工夫自体が人を惹きつけるのです。
さて、今日は長いですから、一つ事例を挙げてから休憩します。先ほど北海道の話をしま
したが、もうひとつ北海道の話をします。十勝です。ここがどんなところかイメージはあり
ますよね? 《参加者:だだっ広い所》
そうですよね。そのだだっ広い所にあるのはなんでし
ょうか? 《参加者:畑》 そうです。酪農地もありますが、ほとんどが畑です。どんどん開墾
して日本一の耕作地帯を作りあげました。その中心地、いわゆる十勝支庁がある帯広市とい
うところは、これまた、特別なものが無い町でした。十勝といえば、チーズやポテトが有名
です。十勝は食糧自給率が 1,000%を超えるような凄い地域ですが、人が来て見るような場
所はとくに無い。そこで、どうしても外部から人が入ってこないし、町が廃れていってしま
うということもあって、地元の若手経営者たちが一念発起したのです。
当初は環境系の大学をつくろうとしましたが、これは挫折。でも何かしようと考え抜き、
最後にたどりついたのが屋台街でした。今では有名な『北の屋台』です。
僕はできて間もない頃の 11 月にお邪魔しましたが、もう帯広の夜はマイナス 4 度になって
いました。やっぱり帯広は寒いんです。その寒冷地の、ビルとビルの隙間の空き地に細長い
形で屋台街があります。この氷点下の風にさらされるような所が満員になるんです。毎晩満
員です。そんな場所で屋台ができるんでしょうか?
という話なんですが、実は何の問題も
無くできています。この屋台街ができるまでは、そこは駐車場でした。ビルとビルの隙間の
狭小地ですから、ビルを建てるメリットがあんまりないような、こういう土地っていっぱい
ありますよね。ここに、こういう屋台街をつくりました。いろんな食べ物屋さんが入ってい
ます。帯広という所は観光資源が乏しいのですが、ここに道内各地はもちろん他県からもた
くさんの人が来ています。ここの屋台だけで、年間約 20 万人以上が訪れます。
屋台は全部で 18 軒しかありません。ですが、ここにいつも往来があることによって、人が
集まる所に市が立ち、市が立つ所に人が集まるという、町が形成されていくプロセスが展開
されていきました。人が多いから、地元の農家さんたちが自分で作ったものを売りに来るよ
うになった。そうするとここで買い物をする近所の人が来ます。さらに、飲食店の人も仕入
れに来る。小さな経済の誕生です。経済だけではありません。夏場の話ですが、北海道旅行
に行った若者たちが屋台に入りきれないから外で車座になって、違う地域の人たちと出会っ
て盛り上がっているんです。そうして、どんどんどんどん人の交流が生まれています。いわ
ゆる経済を含んだコミュニティーが、このわずかの面積の駐車場だった場所から生まれてい
くのです。経済効果に加えて無形の地域活性まで生み出した事例です。津軽でもできるので
はありませんか。
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たとえば弘前駅前のいい立地に潰れたボウリング場がありますよね。ああいう場所を使っ
て、このようなものができて、若い人たちが大いに盛り上がったり、農家の人たちが集まっ
て市が立ったりしたら素敵ですよね。
あ、そうだ。あのボウリング場跡地は言って見れば廃墟です。たぶん日本で一番いい立地
にある廃墟と言ってもいいかもしれません。廃墟と言われる所の使い道があることを気がつ
いた人がいまして、何をするのかと思ったら、みなさん「サバゲー」ってご存じですか? サ
バイバルゲーム。いわゆる大人の戦争ごっこです。かなりのマニアの人たちがいらっしゃる
そうです。ところがそれを楽しむ場所が少ないそうなんです。そこで廃墟を借り上げて、サ
バイバルゲーム場として貸している人がいると聞きました。日本中から集まるみたいですよ。
「廃墟」とか「潰れたボウリング場」とか「潰れたホテル」などは、一見何にもならないと
いうか、
「不」
「負」以外の何物でもない気もしますが、そういうところを使って、今みたい
にゲームもできるし、ロケ地なんかとしても随分使われることもあります。東京近郊ですと、
浦賀の造船工場跡が、毎日のようにロケで使われています。だいたい、決闘シーンや誘拐シ
ーンはあそこで撮っています。そう考えると、潰れたボウリング場も、いろんな使い途があ
ると思いませんか。
しかし、成功例を見ると、
「ふ~ん」と思うものですが、やっぱり実現までの道のりは大変
でした。あのような亜寒帯に属するところで、屋台街なんて通年営業できるのかと。ごもっ
ともな指摘です。屋台と言えば、福岡県福岡市にある川端地域などが有名ですが、福岡とい
うのは日本海に面していて、九州の一番北にありますので、冬はやはり相当寒いんです。イ
メージでいうと何か暖かそうなそうな気がしますが、実は寒い。ところが屋台というのは中
に入ってしまえば寒くないんです。狭いから厨房と客席が近く、目の前で火を使って料理を
しますし、ビニールシートで覆ってしまえば暖かい。
しかし「福岡だって寒いんだ」と言っても、人はそう簡単には納得してくれない。そこで
北の屋台の人たちは実際に屋台を一台作って、それを冬の間に広場に出してみて、そしてそ
こで料理を作って、人を集めて寒さ体験会というのを何回もやっているんです。ほんとに地
道に繰り返して、
「ああ寒くないね」ということを人々にわからせるようにしていきました。
さて、この話には続きがあります。実は、寒くない
ということは、何回もやらなくても分かることです。
では、なぜ体験会を何回もやったのか? これはイベ
ントを作っているんです。イベントをすると人が来ま
すが、どんな人が来るでしょうか? 《参加者:観光客》
まだ観光客の前の段階です、体験会ですから。何かが
来ますよね? 《参加者:マスコミさん》 そうです。マ
スコミさんが来るんです。地域紙というのは、そんなにニュースソースを豊富に持っている
わけではないですから、小さなイベントでも取り上げてくれます。イベントをやれば告知も
してくれるし、そのあと報告結果も載せてくれます。この帯広の若手グループの人たちは実
にうまくマスコミを使います。是非、みなさんも頭に入れておいてください。まずは地域紙
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に何度、継続して載るような話題を作っておくことです。ちなみに屋台の開業前に、屋台に
関する記事が地方紙に何回載ったでしょうか?
回》
《参加者:30 回》
もっと上。 《参加者:50
もう一声。 《参加者:60 回》 もっと上です。 《参加者:100 回》 実は 200 回以上で
す。この作戦は単に十勝の人たちだけに知ってもらいたいということではないんです。これ
だけ記事になると、たとえば北海道新聞や全国紙といったマスコミが必ず目をつけます。す
ると次にはテレビ局が取り上げます。そうやって日本中が知ることになっていきます。
このようにして、事前に宣伝をしていくということを上手に行ったのです。地元では、こ
んな寒いところで、そんな屋台なんて貧乏くさいことをやったって仕方がないよという声が
どうしても強い。だから官公庁などの協力も取り付けにくい。ところが全国ニュースになっ
た。そして「これは素晴らしい」と言って応援すると言ったのが中小企業庁でした。実は、
地域というのは、何かを変えなくてはいけないという危機意識はあるのですが、抵抗勢力も
多いのが現実です。どの地域にも、
「NO」のための理屈を言う達人がいます。
「そんなこと
をしたって無駄だ」と。そして、もっといい手があるんじゃないかと言って、結局何もやら
ない。地域内というのはいろんな意味で近いので、強い意見がぶつかり合ってしまうことが
よくあります。で、結局、時間だけを消費すると。そこで帯広のグループが考えたのは、マ
スコミや国を利用することだったんですね。自分たちの問題だけど、近すぎて決着がつかな
いんだったら、外から動かすという作戦をとる。そのために、いろんなイベントを地方紙に
載せてもらったわけです。この辺だったら東奥日報とか陸奥新報とか、津軽新報さんですか
ね。そういう所にまめに記事にしてもらって、
「何でこんなに出てくるんだ」ともう少し大き
なマスコミに気づかせて、支援を引き出すということです。
さて、関係者の方ならわかるかもしれませんが、屋
台って許可を出しにくいんですよね。建築法違反、消
防法違反、食品衛生法違反、道路法違反、道路交通法
違反、公園法違反などになりやすい。現代の日本では
もう屋台街はできないと思ってしまうほど、ありとあ
らゆる法律が邪魔をします。要するに、日本は近代化、
現代化していくプロセスで、建物の建て方にしても、
道路の使い方にしても、食べ物の扱い方にしても、制
約が厳しくなってきた。その結果、狙い撃ちにしたわけではないけど、日本では新規の屋台
街をつくるのが難しくなった。そこで私有地である駐車場を使ったわけです。
さらに、実際に営業するのはお店屋さんですから、お店屋さんが美味しいものを出して、
きちんとしたサービスをやってくれないといけない。帯広の場合、出店希望者には厳格なプ
ランを提出させ、審査を経て決定しています。できてしまえば当たり前のように感じますが、
本当に一つ一つの準備が大変でした。逆に言うと、そこまで努力しないとやっていけないほ
ど帯広の市街地が厳しい状況になっていたということです。何とか生きていける、やってい
ける。そう思うと、そこまでやりません。追い込まれている中から、地元の有志が立ち上が
ったのです。こういった、寒いとか、法律の壁とか、ただの駐車場とか、まさに「不」
「負」
「普」というような状況をひっくり返して物事を起こすということは、とうてい一人ではで
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きません。だいたい画期的な地域活性を実現している所というのは三人組が多いんです。北
の屋台もそうでした。タイプは違う。でも思いは同じ。そういう人たちが出会ったことによ
って、不可能のようなことが成功に至るのです。こういう民間人を、こういう民間グループ
を見つけることが、行政にとって凄く大事なことだと思います。
さらに事例を紹介します。これは有名ですね。長野県に小布施町というところがあります。
長野県は非常に面積が広い県ですが、その長野で一番小さな町です。もともと狭いのに傾斜
地が多く、工場などの誘致は難しい立地です。温泉も出ません。これも言ってみれば追い込
まれている状態です。ただし、江戸時代、葛飾北斎が移り住んで、町民たちにたくさんの絵
を描いてプレゼントしていたということがありまして、普通の家に北斎の絵が相当あったよ
うです。それを集めて、北斎美術館というのを造ったことによってこの町がブレイクしてい
きます。もう 20 年ぐらい前のことです。しかしこの町がさらに注目されるのはその後です。
「修景事業」というものに取り組みました。修景という言葉を聞いたことありますか? 《参
加者:無い》
無いですよね。
「修」という字は、修学旅行の「修」などの用法に見るように、
「修(おさ)める」つまり、完成させるという意味合いがあります。したがって景観を完成
させるという考え方です。建築学や都市工学のことは、詳しくないので専門的な話はできま
せんが、この資料の写真を見ても、なかなか味わいのある街並みですよね。これらは、全部
近年造ったものです。もともと町の中心地に、
「枡一」という古い造り酒屋さんがあります。
黒石市の鳴海酒造さんのような雰囲気です。が、どこの地域でも、そういう建物の周囲は近
代化してしまいます。小布施町は、その酒屋さんの外観のイメージに、街全体を合わせよう
と取り組みました。無くなってしまったものを悔いるより、むしろ、美しい姿をこれから創
っていこうという思想です。
このケースは、当時の町長が、住民の力をうまく引き出して進めた事業です。
「うるおいの
ある美しいまちづくり条例」というものを作りまして、資料の写真のように、土塀や木など
を使う外観で家を建てたりお店を造ったりするのであれば助成金を出しますよと。つまり規
制ではありません。
「何々をするな」ではなくて、
「何々をしたらあげる」という考え方です。
家を建てたり直したりして、お金をもらえるのと、もらえないのではどっちがいいか。答え
は自ずと決まってきます。町の中を歩いていてとても楽しいですね。こんなに景観が整って
いる町が日本にあったのかと思います。そして、ここに人がたくさん来ます。
ちなみに、資料のこの写真、この道は石畳ではなく、栗畳です。栗の角材を敷き詰めてい
ます。なぜかというと、小布施は栗の名産地だからです。もちろんリンゴもつくっています
が、この土地の名産品は大きな栗です。今ではその栗のお菓子を、多くの観光客が買ってい
きます。かつては人なんか来なかったわけですから、栗の生産農家は、加工業者に安値で卸
し、加工業者はボチボチ儲け程度で小売業者に卸し、小売業者が大消費地で、それなりの利
益を乗せて売っていたわけです。流通というのは、川上ほど利幅が小さい。特に生産者は儲
からない。それで、自分の地域でとれた栗を、自分の所で加工して、自分の所に人を引き寄
せて、自分の所で売るようにしたのです。今ではこの長野県一小さい町に、年間約 200 万人
が訪れます。凄い数です。ねぷたのようなお祭りがあるわけではありません。それでも 200
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万人です。そして自分たちの資源である栗に付加価値をつけて消費してもらっています。
ところで、これを推進した当時の町長が唐沢彦三という方ですが、その唐沢さんにお聞き
したら、修景事業はもともと商売のために始めたわけではなく、町の景観を町民のために良
くしようと思って始めたことなのだそうです。
「家の外側はみんなのもの、内側は自分のもの」
という考えを広めていったと。修景して街並みが綺麗になっていくと、人心も綺麗になって
いくだろう、そういう理想から取り組んだものだったので、観光客が 200 万人も来るとは想
像していなかったとおっしゃっていました。もっとも、よその人がたくさん来ると、民家で
も人目にさらされてしまうんです。農家さんもたくさんいます。ある農家の庭先を見て驚き
ました。農機具が綺麗に 45 度にきちんと並べてあるんですよ。みっともないことはできない
と考えるわけです。道路にもいっぱい花が生けてあります。さらにイギリスのオープンガー
デンのように、自分の家の庭に入ってもいいというように、協力する家もたくさんあり、こ
の町の中を自由に歩き回れるようになっています。どんどん町民がその気になってきている。
そうすると、また人が来てくれる、ひいては、町にたくさんのお金が落ちることになります。
たとえば花がたくさんあると、観光客はこの町は花の町なんだと思い込みます。資料のこの
写真ですが、6 次産業センターという施設です。6 次産業という言葉は、今でこそ政府が成長
戦略の中に定め、ようやく首相所信表明に出てきましたが、日本で最初にこの言葉を冠した
のがこの小布施町で、1 次産業と 2 次産業と 3 次産業を、足しても掛けてもいいんですが 6
次産業になる。それらを一体的にやることによって、町が元気になるということを提唱して、
この施設ができました。直売所的なものですが、加工施設もあります。プラスして、花屋さ
んがあります。そういうわけで、ここで花が売れてしまうんです。かくいう私もたくさん買
い込んだ一人です(笑)。
さてもう一つ他県の事例を紹介しましょう。その前
に質問です。この辺には廃校はありますか? 建物は
残っているけれども、児童がいなくなってしまった小
学校、中学校、高校は? 《参加者:黒石にある》
そう
ですよね、あると思うんです。
これから紹介するのは、九州福岡県の山間の小学校
跡地です。懐かしいタイプの平屋造りの学校ですが、
廃校になりました。現在、全国で建物が残っている廃校は 3,000 近くありますが、利用され
ているケースは 65%ぐらいだったでしょうか。とはいえ中には倉庫や分庁舎、あるいは特定
の人しか利用出来ない使い方もあり、学校という人の集積機能が生かされないものも少なく
ありません。その点、この廃校活用は見事です。
この資料の写真の人は、僕と同い年の船橋さんという民間人ですが、この人は、ここにい
ろんな職人や芸術家の人たちを集めました。藍染の人、バイオリンを作る人、銅版画を作る
人という感じで。もともと、学校という建物には、物を学び、考え、作り、そのために力を
合わせることができるエネルギーが溜まっているんです。単なるハコではありません。そう
いう場所なので足を踏み入れると邪心が無くなります。背筋が伸びます。廊下の油のニオイ
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を嗅いだり、教師用の巨大な三角定規を見たりすると、真面目にならねばと思います。そこ
をいろんな人たちに使わせるのです。用途としては、カフェレストラン、農産物直売所、知
的障害者の作業所、コンサートホール、藍染工房、楽器製作工房、リトグラフ作家アトリエ、
ウッドクラフト体験教室、家具工房、木彫、パン、陶芸、お琴、燻製教室などなどとなりま
す。作家たちは、何々教室とか、何々コンサートをやるので、辺鄙なところですが、よそか
ら人がたくさん来ます。他県からも集まります。今の若い方々の感覚とは違うのかもしれま
せんが、ある年代の方たちにとっては、このような田舎の学校を出て、一生懸命がんばって、
それで日本がこんなに発展したんだよなあ、というような思いもありまして、このような木
造校舎に対する思い入れを持つ方々がたくさんいます。自分の母校がもはや無いという方々
もたくさんいます。そういう人の自分の故郷代わりにあの廃校を使ってみたいという気持ち
もあって、そこに自由に出入りできることが嬉しいんですね。それが、先ほど言ったように
倉庫になってしまったりしたら、往来は生まれません。
ちなみに、北海道の積丹半島に古平という町がありまして、古平高校というところに行っ
たんですが、もう廃校になって高校ではないんですが、昇降口を開けて教室に入った瞬間に、
巨大な湯船が出てきました。温泉施設です。これには驚きました。校舎は丸ごと温泉施設で、
他の教室は休憩所となっていて、学校で使用した堅い椅子などが置いてありました。懐かし
かったですねえ。人もたくさん来ていましたよ。
次に、耕作放棄地の活用の話です。このテーマだけで 1 日話せるんですがガマンします(笑)。
写真は北秋田市ですが、お金がかかっていません。渡り板を設置しただけです。ですが、そ
こで結婚式をやったり、コンサートやったりすると、何かいい雰囲気になります。こんな所
で結婚式したくないですか。 《参加者:はい、したいです》 ですよね! この中は何も手を入
れていません。うまく湿地帯ができれば、虫や鳥などが来て、ビオトープにすることもでき
るでしょう。耕作放棄というと、それこそ「負」のように聞こえますが、耕作放棄にするこ
とによって、雑草が生えるという言い方ではなくて、野草に戻る訳です。土の中に長く眠っ
ている埋土種子という種があって、その中には絶滅危惧の植物が相当います。一回耕すのを
止めると絶滅危惧になっている植物がちゃんと生えてくるということがあります。それを引
っこ抜かないようにしておくと、自然観察教室にも活用できます。
耕作放棄って言うと、何か良くないことのような感じもしますが、逆に言うと、土地を休
ませるいい機会でもあるんです。2 年耕して、2、3 年放っておいて、また 2 年耕しても別に
構わない。その間に違う活用をするということもあり得ます。こんな簡単な施設ですが、こ
のように活用をしている人たちもいます。
さて、私は青森県にずいぶんお邪魔をさせていただいていますが、この資料の 4 つの写真
にあるものは、ついこの間まで知らなかったものばかりです。他の東京都民よりは、津軽通
のはずなんですが(笑)。まずこれは白岩森林公園というところですが、こんなものが日本に
あることを全く知りませんでした。赤いのはツツジでしょうか。この白い岩と赤色の花の紅
白のコントラストが凄いなあと思いまして、こんな所で長寿のお祝いなど、いろんなお祝い
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事ができたらとても素敵だなあと思いました。
それから、これは尾上の野球場ですね。フェンスまで 90mはありますでしょうか。本格的
な野球場です。結構、予約は空いているんじゃないでしょうか。どうですか? 《参加者:難
しくないです》
そうですよね。こういう場所もいいなあと思いました。
この写真は、弘前大学のキャンパスです。入口からすぐの所だと思いますが、とても素敵
だなあと思いました。こんな所で、読みもしない難しい本を小脇に抱えて、もう一回青春と
か、人間とは何かを語り合ってみたいなあなんて、そんなことを思ったりします(笑)。言っ
てみれば、これらは、先ほどお話した公的資源と言われるものですね。
さて次。この写真の方は、黒石の人なんでしょうね。黒石八郎さんというくらいですから。
たまたま黒石市のことをサイトで検索していたら、この人が出てきました。誰だ?と思って
見ているうちにズルズルはまってしまって、写真がたくさん出てきました。いい感じの、明
るい雰囲気の人だなあという印象を受けました。ぜひ、会ってみたいと。
他にも言い出したらきりがないんですが、あとい
くつか。板柳町に板柳焼っていう焼物があると言わ
れているんですが、板柳町のサイトへ行きましたら、
確かに主要特産品に板柳焼と書いてありました。し
かし、ふ~ん…と思って他のサイト探しても、なか
なか出てきませんでした。Google でも Yahoo でも。
本当に作っているんでしょうか(笑)。都市伝説? 板
柳焼を知っている方いますか?
ちなみに久慈焼を
調べたら 170 万件ぐらい出てきたんですが、板柳焼で調べたらPDFを含めて 16 件なんで
す。もはや伝説の焼物です。見たくて仕方がない!
かなりの焼物ファンでも、えっ?そん
なのあったの?と思うでしょう。津軽焼じゃないの?という人もいるでしょうね。今時のネ
ット社会で 16 件しか出てこない焼物なんて、マニアには涎が出そうですね。
今日は、大鰐の方もいらっしゃるでしょうが、大鰐もやしを作っている農家は何件かあり
ますよね。小売りはしてくれないようですが、いくらでも面白い話をしてくれる農家のおば
さんがいらっしゃるという話を聞いたことがあります。このおばさんも、人的資源になりま
す。この地域には、有名な津軽三味線や、先ほど言った斜陽館、いい温泉も、いい食べ物も
いっぱいあります。ねぷたやお城、お城の桜などがあります。それらのように、もうそのま
ま伝えればいいようなものもありますが、それに反応してくれる人たちに対してPRをさら
にやればいいというものではありません。当たり前ですが、PRをしたらお金がかかってし
まいます。そこはもう認知されているので、そういう所ではない所に反応するような違う対
象の人たちを発見することを考えましょう。
、例えば野球が大好きな人、面白いおじさんが大
好きな人、あるいは田舎館村の田んぼアートのような活動に興味がある人、あるいは、最近
は農業体験を一生懸命やってみたいという方々もいます。産業の活動そのものも資源です。
地域の色んな資源を見直すと、資源だと思ってないものを資源だと思うと、今までにここに
来てくれなかったような人たちを新しく見つけ出すきっかけになっていったりします。
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さあ、新幹線が通ります。通れば自動的に人が来る
と思っていると、来る人よりも、東京に行って、お金
を使ってしまう人の方が多くなります。今までの同じ
資源を売って、ねぶたまで近くなったぞとか、桜まで
近くなったぞと言って、人が来るとは思わないでくだ
さい。むしろ、せっかく桜が咲いている時期に東京に
飲みに行ってしまう人が出るようなことになりかね
ないのが新幹線です。今まで青森、津軽に興味を持て
なかったような人たちに、違う切り口を与えれば、新幹線を使うなどして人が来てくれる。
それで賑わいを作っていくと、経済効果だけではなくて、先ほどの長野の小布施町のように
地域が盛り上がってきて、町をきれいにしていこうとか、どんどん自発的にやっていこうと
いうことになります。やはり、その地域住民の気持ちが、何かワクワクしてきたり、しない
といけないと思います。
有名な資源でなくて、色んな切り口があります。必ず地元の人が行く場所は地元以外の人
も求めているかもしれません。もしかしたら、地元の人があまり使わなくても、よその地域、
よその商売の人だったら大いに使うはず、そういうところもあるかもしれません。最初に話
題にした廃墟だって、さきほど話題にした廃校だって、みんな使いようです。みんなが「不」
「負」
「普」だと思っているようなことでも、ある人たちにとっては、それは宝物であったり
します。それを見つけていって、今まで来なかった人たちを、是非、この津軽地域に引っ張
り込んでいただいて、そういう人たちから知恵をもらって交流をしていけば、僕のようなよ
そ者がたくさん来ると思います。大いに接触して、どんどん他県と繋がっていく津軽という
のを作りあげていただければと思います。以上で講演を終了いたします。ありがとうござい
ました。
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