非行と親子孫 - 奈良大学リポジトリ

友廣:非 行 と親子関係
非行 と親 子 関係
"親 殺 し"と 思春 期 の 親 子 関 係 に関 す る考 察
友
廣
信
逸*
Juveniledelinquencyandparenthood
‐Aconsiderationaboutparricideandadolescentparenthood‐
Shin'itsuTOMOHIRO
要
目
最 近 、 子 が 親 を殺 害 す る とい うい わ ゆ る親 殺 しの事 件 が 続 発 して い る感 が あ る が 、 これ らの 事 件 を参
考 に、 思 春 期 の 少 年 た ち と親 の 関 係 、 少 年 た ちの 心 の 内 面 の考 察 を試 み た。
こ う した少 年 の親 に対 す る 依 存 と独 立 の 葛 藤 、 父親 との 関 係(父
に対 す る 同一 化)を
考 察 し、 両 親 の
不 和 や 離 婚 が 子 に及 ぼ す 影 響 を指 摘 した 。
さ ら に、 こ う した事 件 を 防 ぐた め に は 、 子 ど もた ち の 発 す る信 号 に、 周 りの大 人 が敏 感 に な る必 要 が
あ る と提 案 す る 。
は じめ に
平 成18年(2006年)の6月
か ら8月 にか け て 、思 春 期 の 少 年 の 親 に対 す る殺 害 事 件 が た て 続 い
た。
子 の 親 に対 す る殺 人("親
で 両 親 が15歳(高
殺 し")は 、前 年(平
校1年 生)の
成17年)に
起 きた東 京 都 板 橋 区 の社 員 寮 管 理 室
息 子 に殺 され た事 件 や 、静 岡県 に お い て 、女 子 高校 生 が 殺 鼠 剤 に
も用 い られ る タ リ ウ ム を実 母 に飲 ませ て殺 害 を図 っ た と して話 題 に な っ た事 件 を例 に挙 げ る まで
も な く、 今 に始 ま った こ とで は な い 。
しか し、 第1章
で詳 し く取 り上 げ る北 海 道稚 内 で 起 こ っ た事 件 を含 め て 、奈 良 県 田 原 本 の 高校
生 が 惹 起 した 放 火 殺 人 事 件 、 大 阪 大 学 の学 生 が パ チ ス ロ に明 け暮 れ る生 活 を注 意 叱責 され た こ と
か ら実 母 を殺 害 した と され る事 件 等 々 が連 日の よ う にマ ス コ ミで 報 道 され た の は希 有 な こ と と言
わ ざる を得 な い 。
も と も と、 この よ う な事 件 は連 鎖 す る と もい わ れ 、 思 春 期 の 少 年 が 日ご ろ 内心 で漠 然 とイ メー
ジ して い る こ とが 、 誰 か が 実 際 に事 件 を引 き起 こす と、 そ れ に触 発 さ れ て行 動 化 す る とい う見 方
もあ る。 そ れ ぞ れ の 事 件 につ い て 、 そ の動 機 や犯 行 に至 る経 緯 ・きっ か け を直 接 聴 取 す る こ と し
平 成18年9月29日
受 理*社
会学研究科
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奈良 大 学 大 学 院 研 究 年 報
第12号(2007年)
か、 その 心 理 に迫 る こ とは で きな い とは 思 うが 、 い っ たい 思 春 期 の子 ど もの 中 に 、 ど う して この
よ うな突 飛 な犯 行 に結 びつ くメ カ ニ ズ ムが 内 在 して い る の か 、若 干 の考 察 を加 え た い 。
1思
平 成18年8月27日
春 期 の子 ど も と親 の離 婚
、 北 海 道 稚 内 市 にお い て 、46歳 の女 性 が 自宅 で刺 殺 され る とい う事 件 が 起 こ
った 。 そ して 、事 件 の翌 々 日、被 害 女性 の 長 男(当 時 高 校1年
高校1年
、15歳)の
。16歳)と
そ の 友 人(男 子 。 当 時
二 人 が 、 殺 人 の 疑 い で 逮 捕 され た 。
捜 査 段 階 で の 少 年 らの 供 述 に よれ ば 、 長 男 ら は共 謀 して 、8月27日 の 午 後10時 頃 、 自宅 で 母 親
の胸 や 首 を刃 物 で刺 す な ど して 殺 害 した とい う こ とで あ り、殺 害 の 動 機 につ い て 、 長 男 は 「道 警
の調 べ に対 し 『人生 を リセ ッ ト したか っ た』 とい う内 容 の供 述 を して い る とい う」(9月2日
付
朝 日新 聞)が 、 当初 か ら 『親 の 離 婚 につ い て不 満 を持 っ て い た 』 と も報 道 され て い た とこ ろ で も
あ る。(8月29日
付 産経 新 聞)
実 際 、 少 年 の 両 親 は 約4年 前 、 つ ま り少年 が 中学 に 上 が る か 上 が ら ない 頃 、 神 奈 川 県 にお い て
離 婚 し、 今 回 被 害 者 と な っ た実 母 が 少 年 を連 れ て 出 身 地 で あ る稚 内 に戻 って き た ら しい。 実 父 は
海 上 自衛 官 で 、 この 少 年 は父 親 に憧 れ 、 「中 学 の 卒 業 文 集 に は 『僕 は 将 来 、 親 父(お
や じ)と 同
じ海 上 自衛 隊 に はい りたい で す 』 と書 き、 『未 来 の 俺(お れ)、 この 文 を見 る度 に思 い 出せ よ、頑
張 って 良 い 大 学 へ 入 れ よ』 と 自 ら を励 ま して い る。」
さ ら に少 年 は 「そ の 父 に会 う た め 、 中学 時 代 、家 出 した こ と もあ る。 稚 内 か ら単 身父 の い る神
奈 川 県 に行 った こ とが あ る。」 とい う。(「 」 内 は いず れ も9月2日
付 朝 日新 聞)
この 少 年 に と って 、 父 母 の 離 婚 、父 との離 別 は 内心 受 け 入 れ られ ない もの で 、 環 境 の大 き く異
な る北 海 道 、 そ れ も最 北 の 地 で あ る稚 内 に転 居 し、 お そ ら くは 小 中 学 時 の 友 人 と も別 れ て 、 身 の
不 遇 を託 って い た もの か と推 測 され る。
ま た 、 同 年9月9日
付 の 北 海 道 新 聞 に よ れ ば 「逮 捕 さ れ た 女 性 の長 男(16歳)は8日
署 内 で接 見 した弁 護 士(付 添 人)に 対 し、 犯 行 の 約2週
、稚 内
間 前 『(離婚 した)父 親 に捨 て られ た』
と恨 み を話 す と、 母 親 か ら 『そ ん な こ とは 、 あ な た に関 係 ない 』 と きつ く叱 責 され 、 殺 意 を抱 く
きっ か け に な っ た と説 明 した。」 とい う。
母 親 は す で に死 亡 して い るの で 、 真 偽 の程 は 定 か で な く、8月 上 旬 頃 に友 人 に対 して"母 親 殺
し"を 持 ち か け て い る よ うで あ る の で 、 も っ と以 前 か ら殺 意 とまで は い か な くて も、 母 親 に敵 対
心 を抱 い て い た こ とが考 え られ る が 、 い ず れ に して も この 少 年 は 「親 に捨 て られ た」 とい う被 害
感 情 を持 っ て い た こ とが 推 測 さ れ る。
さ らに 、 こ の と き母 親 は 『あ な た に関 係 ない 』 と言 っ て い る ら しい が 、親 の離 婚 が 子 に関 係 な
い わ け は な い。 も し、少 年 に対 す る母 親 の 言 葉 が 、実 際 に母 親 の 口 か ら発 せ られ た もの で あ れ ば 、
そ の一 言 で少 年 の心 が如 何 に傷 つ け られ た か 、想 像 に難 くな い 。
離 婚 率 が 上昇 の 一 途 をた ど って い る状 況 にあ っ て、 子 ど もが子 自身 の 意 向 を確 か め られ る機 会
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友廣:非 行 と親子関係
も な い ま ま父 母 が 離 婚 し、 ど ち らか の 親 との 生 活 を余 儀 な く され る ケ ー ス は 多 い 。
多 くの 場 合 、 不 本 意 なが ら も、子 は そ の状 況 に適 応 して い くの で あ ろ うが 、 と き と して そ の 不
満 を表 現 で き な い ま ま 、逸 脱 行 動 や心 身 の不 調 と して 表 出 す る思 春 期 の少 年 少女 が い る こ と も否
定 で きな い 。
この事 件 の場 合 、 実 行 犯 と して 、 同 じ高 校1年
「最 初 は冗 談 か と思 って い た」(8月29日
生 の 友 人 が"母 親 を殺 害 す る こ と"を 依 頼 され
付 産 経 新 聞)が 、結 局 は 実 行 に及 ん で しま っ た。 しか も、
そ の 際 「30万円 で 殺 害 を依 頼 され た」(出 典 同 上)と
い う こ とは 、 少 年 非 行 史上 で もあ ま り例 の
な い こ と と思 う。
少 年 非 行 に お い て 、 万 引 き を頼 まれ る、 あ る い は金 銭 を入 手 す る た め に ひ っ た く りを依 頼 され
る な ど とい うこ とは 日常 茶 飯 と言 って も よい ほ ど に あ る 。 また 、 力 関 係 にお い て 優 劣 が あ り、 俗
にパ シ リ と言 うが 、上 下 関係 の も と に非 行 を命 じら れ る とい う こ と も よ く見 聞 きす る とこ ろで あ
る。
そ の 場 合 、 命 じた もの は金 銭 的 あ る い は 物 質 的 な欲 求 の充 足 も さる こ とな が ら、 相 手 を意 の ま
ま に扱 う とい う優 越 欲 求 も満 た す こ と に も な る。
しか し、30万 円の 報 酬 を ひ きか え に 、 自分 の 親 を殺 して欲 しい と依 頼 す る よ うな 事 例 は、 永 年
少 年 非 行 実 務 に携 わ って い た筆 者 と して も聞 い た こ とが な い。
た だ 、 そ れ こそ 冗 談 に、 親 しい友 人 に 「俺 は○ ○ が 気 に食 わ な い か らや っ つ け て くれ 」 と言 う
こ と はあ る か も しれ な い。 しか し、 そ れ は本 件 の 実 行 少 年 が 供 述 して い る よ う に 、 「冗 談 だ と思
っ た」 とい う レベ ル で 過 ぎて い くこ とで、 口 に した ほ う も、 自分 の 不 満 や腹 立 ち 、憎 しみ を、 そ
の よ うな形 で言 語 的 に表 現 し、誰 か に 聞 い て も ら う こ とで 、 一 定 の 安 心 を得 て い る もの と思 う。
だ が 、本 件 の場 合 、 そ れ が 冗 談 に と どま らず 、実 行 に 至 って しまい 、 人 命 が 奪 わ れ た とい う こ
とは、 単 に時 代 の ゆ え と片 付 け られ な い怖 さが あ る 。
そ の後 、捜 査 機 関 の調 べ が進 む 中 で 、 この2人
の 少 年 の 家 族 環 境 に共 通 点 が 見 出 され る こ とが
明 らか に な っ て きた。
つ ま り、実 行 行 為 に 及 ん だ 少 年 も両 親 の 離 婚 を経 験 して お り、 さ ら に この 少 年 の実 父 は 、 同年
2月 頃(本 件 の 約 半 年 前)に
自殺 して い る とい う こ とで あ った 。
子 ど もに とっ て、 父 親 と母 親 とい う もの は、 と きに は 反抗 もす るが 、 依 存 の 対 象 で あ り、 人 間
と しての モ デ ルで あ り、父 母 に 同一 視 す る こ と に よ っ て 自我 が 成 長 し、 家 を離 れ 独 立 し、社 会 人
と して 現 実 社 会 に適 応 して い く。
男 子 少 年 に とっ て は、 父 親 に 反抗 す る とい うの は、 父 親 の胸 を借 りて 、 ぶ つ か り乗 り越 え 、男
性 性 を獲 得 して い く対 象 で もあ る。
そ の 父 母 が 離 婚 し、 ま して父 親 が(自 分 を置 い て)自
らの生 命 を絶 つ とい う こ と は、 こ の少 年
に とっ て は、 自分 が 存 在 す る基 盤 、 よ って 立 つ 大 地 が 崩 落 した よ うな経 験 だ っ たの で は な い だ ろ
うか 。
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奈 良 大 学 大 学 院研 究 年 報
第12号(2007年)
そ の こ とが 本 件 に如 何 に 関係 す るか は 、 さ ら な る調 査 ・審 理 を待 つ しか な い が 、 思 春 期 の 子 ど
もた ち に とっ て 、 親 の 存 在 が 、 家 族 の 在 り様 が 、 決 定 的 に大 きな 課 題 で あ る こ とは 論 を待 た な
いo
皿
対 決 と依 存
も と も と、 思 春 期 にお け る非 行 の一 部 は 、親 との対 決 、社 会 の 既 成 道 徳 や 価 値 観 へ の 反 発 とい
った 側 面 か ら惹 き起 こ され る。(参 考 文 献:佐
々木 譲 他 著 「非行 少 年 の 親 子 関 係 」)
つ ま り、 親 へ の 反 発 が 家 出 とな っ て現 わ れ た り、 万 引 きや バ イ ク で の暴 走 を含 め た 非 行 行 動 と
して 顕 現 す る。
そ の 場 合 、 少 年 の非 行 に 、親 が ど う向 き合 うか が 試 され る。 非 行 す る子 供 の側 か ら見 れ ば 、 親
に もっ と自分 へ の 関心 を 向 け て も らい た い 、 真 剣 に向 き合 っ て も らい た い とい う無 意 識 の 期 待 が
隠 さ れ てい る。
(こ の 場 合 に は 、 反抗 す る子 供 の心 理 と して は 、"親 殺 し"に はつ な が っ て い か な い もの と考
え る。 何 故 な ら、根 底 に は依 存 が あ る か らで あ る 。)
〔事例1〕
少 年G(14歳
。 中 学2年 生)の 父 親(49歳)は
大 学 の教 員 で あ っ た 。
地 方 出 身 で 苦 学 して 大 学 院 まで 進 み大 学 教 員 を勤 め る よ う に な り、12歳 年 下 の妻(少 年 の
母 親)と 見 合 い 結 婚 を した。 母 の実 家 は 、 や は り親 族 に大 学 教 員 や 会 社 経 営 者 を持 つ 旧家 で
あ った が 、 実 母 自身 、3人 兄 姉 の 末 っ子 と して 甘 や か され て 育 っ て き た よ うす で あ っ た。
少 年Gは 、 小 学6年
時 頃 か ら、不 良交 遊 に傾 き初 め 、 中学1年
時 に は喫 煙 や 万 引 きで補 導
され る こ と も数 回 に及 ん だ。
そ の た び に警 察 に"身 柄 引 き受 け"に 行 くの は母 親 で あ り、実 父 は 「子 の躾 は母 親 の責 任 」
とい う態 度 で あ っ た。
父 親 は 多忙 を理 由 に子 の 養 育 は母 親 に任 せ 、 「子 育 て は 母 親(女 親)の
責 任 」 とい う論 理
の下 に、Gが 引 き起 こす 煩 わ しい 問題 か ら逃 げ て い る よ うに も見 え た 。
Gは そ れ を意 識 して い た か ど うか 定 か で は な いが 、 これ で もか 、 これ で もか とい う よ う に
非 行 を繰 り返 した。
結 局 は4∼5年
後 父 母 が 離 婚 して 、Gは 母 親 と二 人 で 生 活 す る よ うに な り年 齢 が 長 じた こ
と もあ っ て か 、Gの 非 行 は収 束 に 向 か う よ う に な っ たが 、 い わ ゆ る イ ンテ リの 父 は 、 最 期
(離婚 して別 に暮 らす よ う に な る)ま でGと 向 き合 うこ とは しな か っ た 。
この ケ ー ス で は 、G自 身 の 中 に 「父 親 と対 決 で きな い 」 寂 しさが あ っ た もの と考 え られ 、 父 親
を同 一 化 の 対 象 、 あ るい はモ デ ル と して取 り込 む こ とが で きな か った た め 、 高 校 も 中退 し、不 良
仲 間 との 交 友 を深 め て い き、 さ らに母 親 の実 家 が経 済 的 に 裕福 で あ った ため に、 仕 事 もせ ず 、 フ
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友廣:非 行 と親子 関係
ラ フ ラ した生 活 を送 り続 けて い たの で 、 予 後 に不 安 が 残 る事 案 で あ る 。
実 際 、 父 母 が 離 婚 す る直 前 に は 、母 親 に対 して 包 丁 を突 きつ け て 金 をせ ぴ った り、 高 価 な乗 用
車 を購 入 す る よ う に要 求 した りとい う家 庭 内 暴 力 も認 め られ た 。
Gは 、父 との対 決 と母 へ の 依 存 の は ざ まで 揺 れ 動 い て い た もの と思 うが 、一 歩 間 違 えば 母 親 に
向 けた 包 丁 が 凶 器 と な った 可 能 性 も否 定 で きな い。
皿"捨
第1節
て ら れ"体
験
で 取 り上 げ た 北 海 道 稚 内 の 少 年 の 陳 述 の 中 に 『(離婚 した)父 親 に捨 て られ た 』 とい う
言 葉 が あ った 。
この"捨 て られ た"と い う被 害 体 験(感 情)は 、 非 行 に傾 く少年 の多 くに見 られ る 。
そ して 、 この 感 情 は、 父 母 の 離 婚 に随 伴 す る こ とが 多 い。
〔事 例2〕
少 年H(16歳
。無 職)は
、小 学 校2年
時 父 母 離 婚 し、 父 方 の 祖 父 母 に よっ て養 育 され て き
た。
父 親 は 、前 婚 解 消 後 す ぐ に(実 は前 婚 婚 姻 中 か ら男 女 関 係 を生 じて い た女 性 と)再 婚 し、
ま もな く異 母 弟 妹 を も うけ て い た 。
この 家 庭(父 親 の 原 家 族)に
あ り、 父 母(Hの
あ っ て は 、 少 年 の 父 親 は二 人 兄 弟 の次 男 で 、 実兄 も離 婚 歴 が
祖 父 母)の 折 り合 い もあ ま り良 くな か っ た よ うで あ っ た 。
そ ん な 中 で 、9歳 時 か ら祖 父 母 に 養 育 さ れ たHは 、 小 学6年
時 か ら喫煙 、 自転 車 の 占 有 離
脱 物 横 領 事 件 を常 習 的 に引 き起 こす よ うに な り、 中 学 進 学 後 は シ ンナ ー に も耽 溺 す る よ う に
なっていった。
一 般 に シ ンナ ー や 薬 物 に耽 溺 ・依 存 す る若 者 は 、 無 気 力 で 自己 イ メ ー ジ の悪 い もの が 多 い
が 、Hも 厭 世 的 で 、児 童 相 談 所 や 家 庭 裁 判 所 の 度 重 な る指 導 に もか か わ らず 、 シ ンナ ー依 存
か らな か な か抜 け られ な か っ た 。
非 行 と して は 、 せ い ぜ い 不 良 仲 間 と と もに す る 万 引 きや 中学 に進 学 して か らは原 付 自転 車
の窃 盗 程 度 の 、 い わ ば 軽 微 な事 件 に と どま っ て は い た が 、 彼 の こ こ ろ の底 に は 「僕 な ん か ど
うな って もい い ん だ 。」 とい う思 い が あ り、 意 識 化 こそ で きて い なか っ た が 、 自分 は両 親 か
ら"捨 て られ た"と い う気 持 ち が 潜 ん で い た もの と思 わ れ る。
率 直 に言 っ て 、 こ の 少年 も予 後 は極 め て 不 安 で あ る。
何 度 目か の毒 物 劇 物 取 締 法 違 反 事 件(シ
ンナ ー 吸 引)で 保 護 観 察 処 分 を受 け た もの の 、 シ
ンナ ー依 存 か ら脱 け られ ず 、 少 年 鑑 別 所 を経 て少 年 院 送 致 に な っ た た め、 矯 正 教 育 を受 け は
した が 、 この 少 年 につ い て は"自 分 は生 きて い て も良 い の だ"と い う 自己 価 値 を高 め る こ と
が期 待 され る 。
シ ンナ ーが 如 何 に 身 体 に有 害 か 、 健 康 を害 す るか を教 育 して も、 この 少 年 の 根 底 に あ る、
「自分 は捨 て られ た」 とい う被 害 感 情 が癒 さ れ な い 限 り、 自分 を傷 つ け る行 動 は 改 善 さ れ な
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奈 良大 学 大 学 院研 究 年 報
第12号(2007年)
い だ ろ う。
少 年Hの 場 合 は、 い わ ゆ る 自傷 他 害 の 行 動 の 中 で も自傷 傾 向 が 強 い 少 年 とい え る が 、 この 少 年
が 自棄 に な っ た と き、 「も う、 ど うで もい い や」 と い う気 分 に な っ た と き、 そ の 攻 撃 が 弱 い もの
に向 か う こ と もあ る 。 大 阪 府 の 堺 市 で シ ン ナ ー 中毒 の少 年 が 妄 想 か ら行 きず りの 母 子 を殺 傷 した
事 件 が あ った が 、攻 撃 は と き と して家 庭 内 の誰 か に 向 か う こ と もあ る 。
また 、 この 少 年 の場 合 、 両 親 が 離 婚 して 祖 父 母 に よ っ て養 育 され る とい う環 境 にあ っ たが 、 仮
に両 親 が 離 婚 に まで は 至 ら な くと も、 た と え ば親 が 他 の兄 弟 を偏 愛 す る こ と に よ り自分 は見 捨 て
られ た と思 う こ と もあ る 。
N奈
良県田原本市の放火事件
上 の 少 年 の シ ンナ ー 吸 引 へ の 耽 溺 は、 緩 慢 な 自殺 と も言 え る 。 「自分 な ん か ど うな っ て もい い 」
「自分 は価 値 の な い存 在 だ」 とい う思 いが 根 底 に あ る。
言 わ ば 、 攻 撃性 は 内 に向 か って い る 。
しか し、 と き と して そ の 攻 撃 性 が 外 に向 か う場 合 もあ る。
この 違 い は、 お そ ら くは成 育 史 上 に お け る両 親 か ら受 け る攻 撃 の 質 の 違 い か ら くる もの と思 わ
れ る。
平 成18年6月20日
(16歳)が
、奈 良県 田原 本 町 に お い て 、 県下 で も有 数 の 進 学 校 に通 う高 校1年 生 の 長男
、 自宅 に放 火 して 、母 親 と二 人 の弟 妹 を死 に至 ら しめ た事 件 が起 こ った 。
新 聞 報 道 され た 送致 書 な ど に よ れ ば 、少 年 は6月20日
午 前5時
ごろ 、 自宅1階
の 台 所 や2階 、
階 段 、 自分 の 部 屋 な どの床 にサ ラ ダ油 を ま き、 ガ ス コ ン ロで タ オ ル に火 をつ け 、 階段 下 にあ った
ビニ ー ル袋 な どが 入 っ た布 袋 に落 と した 。 さ ら に近 くにあ っ た封 筒 や 紙 くず を燃 や して か ら逃 走
し、継 母 と異 母 弟(小 学2年
、7歳)と
保 育 園 児 の 異 母 妹(5歳)の3人
を一 酸 化 炭 素 中毒 死 さ
せ た。
放 火 後 、長 男 は約5キ
ロ離 れ た駅 まで 歩 き、 電 車 で 京 都 へ 逃 走 。 野 宿 して夜 を明 か し、 同 月22
日朝 に京 都 市 左 京 区 の民 家 に侵 入 して い る とこ ろ を見 つ か っ た。
本 件 の動 機 に つ い て 、少 年 は6月 初 旬 、 中 間 テ ス トの英 語 の結 果 が悪 か った こ とか ら、 成 績 に
厳 しか っ た 父親 を殺 害 す る こ と を決 意 。 放 火 す る数 日前 の 深 夜 、父 親 を殺 そ う とバ ッ トを持 っ て
寝 室 に 向 か っ たが 、父 親 が トイ レに立 っ た た め 、 断念 した こ と もあ る とい う。
捜 査 機 関 に よる取 調 べ の 過 程 で 、 この 少 年 は 「家 が灰 に な り、 す っ き り した」 「嫌 な 思 い 出 し
か な か っ た家 と忌 まわ しい 勉 強 道 具 を この 世 か ら消 し去 りた か っ た、(3人
が)焼
け死 ん で も 目
的 の 達 成 の た め に は し ょ うが な か っ た 」 な ど と話 して い る とい い 、 「リセ ッ トした か った 」 とい
う表現 も報 道 され た 。
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友廣:非 行 と親子関係
V「
リ セ ッ ト」 に つ い て
第1節 で 取 り上 げ た稚 内 の 少 年 の 際 に も、 「リセ ッ トした か った 」 とい う言 葉 が 使 われ てい た。
(親 を)殺 す こ と、(家 に)放 火 す る こ とで 自分 の 人生 や 環 境 が 新 し くな る とい う無 意 識 の期
待 の 現 われ で あ ろ う。
評 論 家 は こぞ っ て 「ゲ ー ム 感 覚 」 「テ レ ビゲ ー ム 世 代 の特 徴 」 と評 し、 筆 者 もそ れ に 共 感 す る
と こ ろで はあ るが 、 彼 らの"い
ま置 か れ て い る 状 況 を変 え た い"と い う、切 実 な 感 情 の 表 れ で あ
ろ う と も考 え る。
決 して この 少 年 ら を弁 護 し、 擁 護 し よ う とす る 意 図 で は な いが 、 彼 らは思 春 期 とい う未 熟 で 多
感 な世 代 を生 きて い る 。
〔事例3〕
少 年Q(16歳
。 高校1年
で 中退)の 父 親 は い わ ゆ る港 湾 労 働 者 で あ った 。
母 親 は生 活 の た め早 朝 か ら新 聞 配 達 を し、 昼 間 は ス ー パ ー の レ ジ係 の バ イ トを しな が ら生
活 を支 え て い た。
少 年 は男3人
兄 弟 の 次 男 で 、 兄 は19歳 。 中卒 後 フ リー ター を して い る とい うが 、 実 質 は た
ま に 日雇 いの ア ルバ イ トはす る もの の、 毎 日の よ うに遊 び 歩 い て い る状 況 にあ っ た。
ま た、 兄 は窃 盗(万 引 き)、 バ イ ク盗 、 無 免 許 運 転 な ど、 何 度 も家 裁 係 属 歴 を有 して い た。
この 少 年 も、 幼 少 時 か ら兄 の 影響 を受 け 、 ま た兄 の友 人 ら と深 夜 公 園 で 原 付 自転 車 を乗 り
回 した り、 発 覚 こ そ して い な い が 、 シ ンナ ー の吸 引 もあ っ た よ うで あ る。(中 学 時 の 生 徒 指
導 教 諭 か ら、 シ ンナ ー臭 い と きが あ っ た とい う情 報 と、 数 度 に亘 る 喫煙 指 導 歴 が 報 告 され て
い た 。)
この 少 年 は筆 者 が 初 め て担 当 した 当時 、 中学3年
生 とい うこ と もあ っ て 、 裁 判 官 に試 験 観
察 の 意 見 を具 申 し、 数 カ月 に亙 って 試験 観 察 を行 な っ た。
試験 観 察 は、 あ くまで も中 間決 定 で あ り、 最 終 処 分 を留 保 して一 定 期 間調 査 官 の 観 察 に付
す る と い う もの で あ るが 、 そ れ に は静 か に 少 年 の動 向 を観 察 した り、 篤 志 家(補
導 遺 託 先)
に預 け て 、 自宅 か ら離 して生 活 行 動 を観 察 指 導 す る もの な ど、 い くつ か の 方 法 が あ るが 、 本
件 にお い て は、2週 間 に 一 度 位 の 頻 度 で家 庭 裁 判 所 に 出頭 して貰 い 、 と き に は筆 者 が 中 学 を
訪 問 す る な ど して 、 面接 を中心 と した積 極 的 な観 察 を行 な っ た。
自分 の気 持 ち を う ま く話 せ ない 少 年 に 、 と き には 描 画 して もら う(イ メ ー ジ 画 法)す
るな
ど して 、 少 年 の 内 心 に耳 を傾 け たが 、 こ の少 年 は 、 「家 もい や」 「学 校 もい や」。 「別 の 家 に生
まれ た か っ た」 「も う一 度 生 ま れ変 わ りた い」 と心 情 を吐 露 した 。
ま さ にゲ ー ム で 言 えば"リ
セ ッ ト"な の で あ ろ うが 、 この 少 年 の場 合 に は 日常 的 に 非 行 を
繰 り返 し、 そ の た び に実 母 や 学 校 の 教 師 な ど周 囲 の 関 心 を集 め 、 さ ま ざ まな 人 との 関 係 が あ
っ た所 為 か 、極 端 な"リ セ ッ ト行 動"に
は 走 ら なか っ た。
この 少 年 は 、最 終 審 判 で は保 護 観 察 決 定(保 護 観 察 所 及 び同 所 所 管 の保 護 司 の 指 導 を受 け
る 処 分)を 受 け 、 そ の 後 高 校 に進 学 は した もの の ま も な く中 退 。 日雇 い の職 に就 い た が 、 や
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奈良 大 学 大 学 院研 究 年 報
が て 父 母 が 離 婚 して 、 少 年 と兄 ・母 親 の3人
第12号(2007年)
家 族 に な り、0定
の 落 ち着 き を見 せ る に 至 っ
た。
この 少 年 の よ う に、 人 生 を リセ ッ トした い とい う願 望 は 、 少 年 に限 らず 、 中年 以 上 の成 人 で も
こ ころ の ど こか に(あ き らめ と と もに)再 生 願 望 を持 っ て い るの で は ない か と思 うが 、前 述 の よ
う に この 少 年 は、 日頃 か らの 非 行 が 彼 を極 端 な リセ ッ トボ タ ン を押 す こ とをせ ず 、徐 々 に 変化 成
長 して 行 った もの と考 え る。
V【 父 親 との 関 係
田原 本 の事 件 に戻 る が 、 マ ス コ ミか らの 情 報 だ けで は あ るが 、勉 強 を 強 い る厳 しい 父 親 の 元 に
あ っ て 、父 親 に対 抗 し きれ る 力 は ない もの の 、 そ のi憤 や 継 母 や異 母 弟 妹 との 生 活 の 中 にお け る
自分 の生 活 に寂 しさ を募 らせ て い た の で は な い か と想 像 す る 。
思 春 期 ・青 年 期 は 、疾風 怒 涛 の 時代 と言 わ れ 、内 的 な衝 動 性 を コ ン トロー ル仕 切 れ な か った り、
心 身 の発 育 の ア ンバ ラ ンス か ら、精 神 的 に不 安 定 を来 す こ と もあ る。
日 ごろ押 さえ られ抑 圧 され たエ ネ ル ギ ー は 、 あ た か も地球 の 中 の マ グマ の よ う に欝 積 し、 と き
と して 火 山 の爆 発 の よ うに 噴 火 す る こ と もあ る。
男 の 子 に と って 同性 で あ る父 親 は 、父 親 の よ う にな りた い とい う同0化 の 対 象 で あ る と 同時 に、
そ の 発 達 課 題 か ら父 親 を乗 り越 え る対 象 で もあ る。
この 少 年 が 、 あ え て父 親 が 留 守 の と きに 自宅 に 火 を放 った の は、 彼 に とっ て父 親 は まだ乗 り越
え る に は大 きす ぎる存 在 で あ っ た の か 、 あ る い は 継 母 や 弟 妹 が い な け れ ば 、父 親 との 関係 が 改 善
され る と(無 意 識 的 に)考 え た の か 、 あ る い は 父 に振 り向 い て 欲 しい被 愛 欲 求 の 顕現 で あ った の
か は定 か で は な いが 、 いず れ に して も父 親 に対 す る複 雑 な思 い が 交 錯 して い た もの と考 え る こ と
が で きる。
W思
春 期 の子 供 と親 、 そ して非 行
この よ うに 思春 期 の 子 供 は 、 依 存 と独 立 へ の 志 向 ・親 へ の 同一 化 と反 発 ・社 会 適 応 の 準 備 の 中
で揺 れ動 い て い る と言 え る 。
さ らに は 思春 期 は 心 身 の 成 長 の ア ンバ ラ ン ス ・お そ ら くは ホ ル モ ンの 影響 な どで 、 精 神 的 に不
安 定 で 、 自己 の行 動 を コ ン トロ ー ル し きれ な い 一 面 も持 っ て い る 。
こん な と き に、 父 母 との 関 係 が と きに は軋 礫 とな り、 あ る い は 思春 期 の 子 ど もの こ こ ろの 中 に
葛 藤 を呼 び 起 こす 。
こ こ に挙 げ た い くつ か の 事 例 を検 討 す る と、 そ ん な思 春 期 の 少 年 に と って 、 父 母 の 離 婚 や 不 和
は、 少 年 の 側 か ら は コ ン トロ ー ルで きな い も どか し さ と同 時 に 、 と き に は爆 発 的 な行 動 化 を引 き
起 こす 。
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友廣:非 行 と親子 関係
"親 殺 し"は
、尊 属 殺 と して他 の 殺 人 と区 別 され 、 特 異 な もの の よ うで は あ るが 、 日 ご ろ身 近
に接 す るが ゆ え に、 よ り敵 意 や 葛 藤 も生 み や す い。
こ の よ う に考 え る と、"親 殺 し"と い う重 大 か つ 凶 悪 な事 件 が 結 果 と して 生 じて い る わ け で は
あ るが 、 そ れ以 前 に少 年 が 発 す る信 号 に、 周 囲 の お となが 敏 感 に 目 を向 け な け れ ば な ら ない と思
う。
た と え ば 、 田原 本 の事 件 の 少年 に して も、 周 囲 か らは勉 強 は優 秀 で 、 お とな し くま じめ な子 と
見 え て い た もの と思 わ れ る が 、 少年 の 内 心 の 不 満 や 寂 しさ、 苦 し さに つ い て 、 どの 程 度 の 人 が 気
づ き、 理 解 し、 手 を差 し伸 べ よ う と した ので あ ろ うか 。
捜 査 機 関 の取 調 べ が進 む 中 で 、 少 年 の 父 親 が 少 年 に接 見 し 「お父 さん も悪 か った 。 これ か ら新
しい 生 活 を一 緒 に作 っ て い こ う」 と語 りか け た と聞 く。 こ れ は こ れ で 、 良 い 父 親 だ と思 うが 、 亡
くな っ た母 や 弟 妹 は帰 っ て こ ない 。
最 悪 の 結 果 に至 る前 に、 誰 か が 少 年 の心 の叫 び に気 づ く こ とが で きれ ば … … と考 え る 。
あ とが き
い くつ か の事 例 を取 り上 げ て 、 思春 期 の 子 ど も と非 行 、 と りわ け家 庭 内 殺 人 の 心 理 の 考 察 を試
み たが 、思 春 期 の特 質 と親 子 関係 を検 討 す る と、必 ず しも"突 飛"な 行 動 とは言 え な い と考 え る 。
もち ろ ん 、 結 果 は重 大 で取 り返 しの つ か な い もの で は あ るが 、文 中 に用 い た比 喩 を再 掲 す れ ば 、
あ たか も 「火 山が マ グマ の噴 出す る よ う に」 爆 発 す る の で は な い か と考 え る 。
と りわ け 、父 母 の 関係 が 険悪 で あ った り、 父 母 の 離 婚 を経 験 す る こ と に よ り、 子 ど もが 受 け る
心 理 的 影 響 は決 して少 な くな い。
我 が 国 の離 婚 率 は確 実 に増 加 して い るが 、 この こ とか ら、 父母 の離 婚 に際 して 子 ど もに きち ん
とそ の こ とを説 明 し、 父母 の離 婚 が 決 して 「子 ど もを捨 て る」 こ とで は ない こ と を伝 え る必 要 を
感 じる。
つ ま り、 お とな は 、父 母 の離 婚 を子 ど もに理 解 し、 受 け 入 れ て も ら う こ とが 大 切 と考 え る。
ま た 、離 婚 後 も別居 親 は 、 子 ど もの 福 祉 の ため に別 居 した親 と子 ど もの 面接 交 渉 を確 保 す る工
夫 が 必 要 で あ ろ う し、親 は子 の心 情 を正 確 に把 握 して お か な け れ ば な らな い 。
さ らに 、学 校 教 育 の場 で行 な う こ とが 妥 当 で あ る か ど うか は 別 に して も、 面 接 や 質 問 紙 等 の方
法 で 、子 の メ ンタ ルヘ ル ス につ い て も リサ ー チ して お くこ と も意 味 の あ る こ と と考 え る。
参考 文献
1佐
々 木 譲 ほ か 著 「非 行」 が 語 る 親 子 関 係
2藤
原正範著
岩 波 書 店1988年
少 年事 件 に取 り組 む一 家 裁 調 査 官 の 現 場 か ら一
一39一
刊
岩 波 新 書2006年
刊