絶対文感5【番外篇】 第十三章 阪田 寛夫 陽羅 義光 阪田寛夫(1925年

絶対文感 5【 番外篇 】
阪田
第十三 章
寛夫
陽羅
義光
阪田寛 夫( 192 5年~ 20 05年 ) は、有能 な人 である けれど も、
その割り に知 名度の 低い地 味な印 象の 作 家である 。
クリス チャ ンの家 庭に生 まれる 。東 京 大学卒。 朝日 放送入 社。
『わが 町』 で直木 賞候補 にな った後 、 1984 年『 土の器 』で芥 川賞
受賞。他 にも いくつ かの文 学賞を 受賞 し ている。
祖父は 生地 広島と 孫の作 家(阪 田寛 夫 のこと ) の地 元大阪 の有名 人。
従兄弟 に作 曲家の 大中恩 がいる 。
また庄 野潤 三は、 この作 家の小 中学 時 代の同級 生。
宝塚の トッ プスタ ーだっ た大浦 みず き は、この 作家 の娘で ある。
童話、 童謡 の作者 として も知ら れる 。
童話『 桃次 郎』は 、桃太 郎の弟 、桃 次 郎を書い た逸 品。
【兄きに
似 てない
よわむ し
桃次 郎
寒がり
ひねく れや
よいや さ
きたさ
○
ごめん とに げだす
桃次 郎
鬼の子 ども に
おさえ られ
よいや さ
きたさ
○
村の広 場に
すえ られて
おしり をぶ たれて
なきじ ゃく る
よいやさ
きたさ 】
桃次郎 は、 兄の桃 太郎と 違って 、こ う した情け なさ 。見事 なもの だ。
また、 童謡 『サッ ちゃん 』は 、すで に 人口に膾 炙し ている 。私も 大好
きな大好 きな 童謡だ 。
【サッち ゃん はね
サチ子 って 言うん だ
ほんと はね
だけど ちっ ちゃい から
自分の こと
サッち ゃん と呼ぶ んだよ
おかし いな
サッ ちゃん 】
他にも『お なかの へるう た 』
『ね こふん じゃった 』な どは 、子ど もでも
大人でも 知っ ている 。
経歴や 実績 を書き 出して みると 、地 味 なはずは ない 。
ただ、 小説 は私小 説が多 く、 家族の 話 を書いた もの が代表 作だか ら、
たしかに 地味 だ。と ても東 大卒 のアタ マ のよい人 の作 品とも 思われ ない
くらいの 地味 さ加減 だ。
もちろ ん、 地味で いい。 地味 でわる い ことなん か一 つもな い。ア タマ
のよい人 の作 品がよ い作品 という こと も ない。
私の一 番好 きな作 品は『 桃雨』 だ。
桃雨と は阪 田寛夫 の祖父 の俳 号で、 こ の作品は その 祖父の 俳句を 並べ
ながら、 ユー モアを まじえ て祖父 の生 き 方に迫っ てい る。
その末 尾。
【祖父 は伯 父の家 に引取 られ 、まだ し ぶとい下 痢に 悩みな がら俳 句を
書き続け た。 日本が 中国で 戦争 を始め て いて「花 と散 って誠 を国に 遺す
神」と いうよ うな 句ばか り作っ ていた 。
( それは当 時の 多くの 俳人と 同じ
だ)その うち 、食料 が不自 由に なった の に食べた がっ て困る と、か かり
きりで世 話を してい た従姉 がよ くこぼ す ようにな った 。今食 べたこ とを
すぐ忘れ てし まって 、
「
子 さん、昼の ごはんは まだ ですか な」と 催促
に台所へ 来て 、帰り に廊下 へ汚 れたお し めを落し たり するそ うだっ た。
それはも はや おかし いこと ではな くな っ ていた。
辞世の 句は 、
頼もし や君 涅槃会 の往生 日
という こと になっ ている 。知 人の死 に 贈るつも りで 書いた らしい が、
誰にあて たか 判らな い短冊 を机 の上に 遺 したまま 、 一 九四三 年三月 初め
祖父は急 に亡 くなっ た。涅 槃会 は二月 十 五日だか ら多 少日付 けが合 わな
いが、叔 父た ちは勝 手に「 辞世や 辞世 や 」と決め てし まった 】
淡々と した 書きぶ りだが 、淡 々とし た なかに祖 父に 対する 理解と 親し
みが感じ られ る。淡 々と書 いた からと て 、作者の 心が 淡々と してい たわ
けではな い。
決して 内輪 誉めし ないと ころ が、こ の 作家らし い節 度と矜 持を保 った
「絶対文 感」である 。
(同級 生であ る庄野 潤三の「絶対 文感 」によ く似て
いる)
『桃雨 』に 就いて は、庄 野潤 三が心 の 籠もった こん な感想 を書い てい
る。
【「 桃雨 」が載 った『 早稲田 文学 』( 昭 和四十八 年三 月)を 私が受 け取
ったのは 、大 阪に用 事があ って 出かけ よ うとする 直前 であっ た。気 の重
い旅で、 鞄に 入れて おきな がら 帰りの 新 幹線の中 では じめて 取り出 した
のだが、 間も なく惹 き込ま れ、読 み終 っ た瞬間、
「もし今 、電 報を打 つとす れば 、どう い う文面に すれ ばいい だろう 」と
考えた。 バン ザイと いいた かっ た。素 材 からして 地味 で、お そらく 話題
にはなら ない だろう 。だが 、
「音楽 入門 」に無かっ た何 かがあ る。電 報は
打たなか った が、私 は帰っ てすぐ に葉 書 を出した 】
いろい ろ読 んでみ ると、 この 地味な 印 象の作家 は、 何よ り も「い いひ
と」なん だと 思わせ る。私 の認 識では 「 いいひと 」は 人気作 家には なら
ない。
もちろ ん人 気作家 でなく ともま った く 問題はな い。
それで も、 村上春 樹ほど でな くとも 、 こういう 作家 こそ人 気があ って
ほしいと 思う のは、 私ばか りでは ある ま い。