研究論文 電動車いす用衝 突警報 装置の開発 室田修男*1、酒井昌夫*1、山本光男*1 Development of Coll isi on Wa rni ng S ys tem for El ect ri c-powered W heel chai rs Nobuo MURO TA*1, Masao SAKAI*1 an d Mitsuo YAMAMO TO *1 Indust ri al Te c hno lo gy Di vi si o n, AIT E C* 1 電動車いす の交通事 故を低減 するため 、電動車 いすと自 動車との 衝突防止 用警報装 置を開発 した。こ の 装 置 は 、 小 型 で 省 電 力 に 優 れ た PDA の 1 種 で あ る PO CKET PC を ベ ー ス に し 、 接 近 す る 自 動 車 と の 衝 突 危 険 性 を 判 定 し 、 事 故 の 可 能 性 が 高 い と き に 音 声 と 画 面 表 示 で 運 転 者 に 警 報 を 発 す る ITS 機 器 で あ り 、 現 在 位 置を電子地 図上に表 示するこ ともでき る。見や すさ、操 作性を考 慮して本 機を乗り 降り動作 に干渉し ない 車 い す 操 作 部 の 近 く に 取 り 付 け た 。 POC KET PC は 小 型 で あ る が 、 ソ フ ト 制 作 上 の 制 約 が 多 く 、 ハ ー ド ウ ェ ア制御も容 易ではな かったが 、障害の 回避策を 検討し、 予定して いた機能 を発現さ せること ができた 。 1.はじめに て 考える必 要性が 高くなっ たといえ る。 平 成16年中 の交通 事故死者 数は、 48年ぶり に7,500人 道 路交通の 安全性 を高め、 交通事故 を防止 する技術 と を 下回る 7,358人となっ たもの の、 交 通事故 発生件数 及び し てITS( Intelligent Transport Systems: 高度道 路交 交 通事故負 傷者数 は過去最 高を記録 してい る。その 中で 通 システム )が 注目され ている 。ITSは、自 動車のみ なら も 、地域住 民の日 常生活に 利用され ている 細い街路 にお ず 、船舶、 航空機 、鉄道な ど交通全 般を網 羅する技 術で い ては、交 通事故 発生件数 及び交通 事故負 傷者数が 平成 あ るが、この中 で電動車 いすを 含む歩行 者ITSは取り 組み 12年度に比 べて著 しく増加 している (図1 ) 。 それと同 が 少ない。 そこで 、電動車 いすの交 通事故 を低減す るた 時 に、電動 車いす に関わる 交通事故 死傷者 数も、電 動車 め、車いす用 ITS装置とし て、小型の 衝突警 報装置を 開発 い すの増加 ととも に、毎年 増え続け ている 。 し た。 こ の対策と して、平 成17年 11月に警 察庁交 通局と国 土 2.実験方法 交 通省道路 局が生 活道路事 故抑止対 策マニ ュアルを 策定 し、 生活 道路に おいて交 通事故 抑止対策 を実施し 始めた 。 福 祉用具で ある電 動車いす も、交通 システ ムの一部 とし 2.1 動作 原理 こ の衝突警 報装置 は、人工 衛星を利 用する 測位シス テ ム である GPS (Global Positioning System)で自己 位置 な どを測定 し、そ れらを車 両情報と して通 信機によ り近 10 % 隣 の車両に 送ると ともに、 他車両の 情報を 受信し、 その 交通事故件数の増減率 (平成16年/平成12年) 9.2% 8% 6% 4% 2% 0.0% 0% -2 % 5.5m 未満 -4 % 14.0m 以上 -0.4% 2.2% 自動車 B 車いす A 合計 -3.1% 道路幅員 図1 * 5.5m9.0m 未満 9.0m13.0m 未満 1 工業技術部 生活道路での事故増加 機械電子室 図2 動作原理 接近状態から衝突の危険があると判断されるときに双方 なく、搭乗空間の狭小化や消費電力の増加による走行距 の運転者に危険性を知らせる。その仕組みを図 2 により 離の減少などの問題がおきる。そこで、①自動車用カー 説明する。車いす A と自動車 B は、常時、自己の固有番 ナビ部品などの流用ではなく、さらに小型のシステムを 号、現在位置、進行速度、進行方位、測位時刻などの車 構築する。②電動車いすの駆動用バッテリ切れは生命の 両情報を無線で送信する。車両 A,B がそれぞれ、図の円 危険すらあるので、付加システムである ITS 装置は可能 で示した送受信範囲に入ると相手の車両情報を受信でき、 な限りの省電力化する。③高齢者や障害者が使用するた そのデータと自己の車両情報を使って、両者の衝突危険 め、高機能であっても複雑な操作が不要で使いやすくす 度を予測し、危険と判断されれば、衝突警報を発報して るなどの特徴を備える必要がある。 そこで、電動車いす用衝突警報装置は、図 3 の構成と 双方の運転者に知らせる仕組みである。 この方法では、双方の車両が通信用無線機の電波で情 した。比較のために自動車用衝突警報装置の構成を図 4 報を交換するため、肉眼では見通しの利かない住宅地の に示す。通信機は、自動車との車車間通信をするため、 交差点でも相手車両の接近を検知できるので、信号のな 自動車用と同一の 2.4GHz 帯を使用する汎用無線通信機 い生活道路などで事故低減に効力を発揮すると考えられ である。コンピュータは、電動車いすの移動速度が時速 る。 6km 以下であるため、自動車用ほど高速な計算性能は必 2.2 ITS 装 置の小 型化 要ではない。このため、小型で省電力性に優れ、低廉な 電動車いすは、屋内でも使用できる機動性を確保する PDA (携帯情報端末)の1種である Pocket PC を使用した。 ため、 必要最小限の大きさで製造されている。 このため、 この PDA は、電子手帳が発展したもので、情報処理用の 自動車用 ITS 装置を搭載すると機動性を損なうばかりで コンピュータと小型ディスプレーが一体となってお り、 さらに、人工衛星による位置測位を行う GPS も内蔵した 製品を選択して、省スペースと省電力を図っている(図 。表示は 3.5 インチカラー液晶ディスプレーで、240 5) 衛星電波 1.5GHz X 320 ピクセルである。通常のパソコンと異なり表示画 車車間通信 2.4GHz GPS 部 警報 表示部 音声 出力部 通信機 コンピュータ部 測 位、警報 制御、 表示部 通信 装置 ( PDA 内 蔵) 図 3 電動車い す用衝 突防止警 報装置の 構成 図 5 PDA 正面 (右 )と側裏 面(左) 車 車間 通信 2.4GHz 通 信機 衛星 電 波 1.5GHz GPS 自律 航 法装 置 警報 表 示装 置 ボー ドコ ン ピュ ータ 音声出力装置 測 位、警報 制御、 通信装置 図4 自動車搭載 装置の構 成 表示装 置 図6 広域地図表 示(左) と詳細 地図表示 (右) 3.実験結果及び考察 面 でタッチ 入力す る仕様の ため、キ ーボー ド操作が 不要 で 、小型 であって も操作 しやすい 。内 蔵 GPS は 、SiRF 社 動作さ せるためのソ フトウェアは 、統合開発環 境 の 1チッ プ GPS で あり、単 体の GPS に比べ て消費電 力が ( Visual 少 ないもの の精度 や機能は 標準的で ある 。 この PDA の CPU Basic は 、インテ ル社 の Xscale で、 オペレー ティング ・シ ステ フ トはスマ ート デバイ ス プロジェ クトで .NET Compact ム は、マイ クロソ フト社 Windows Mobile 2003 であ るた Fra mework の ア プ リケーシ ョンとし て作成 すること がで め 、パソコ ン用ソ フトをそ のまま使 うこと はできな い。 き る。 一 方、自動 車用の システム は、 ROM 化 Windows 2000 Studio .NET 2003 ) に お い て Visual .NET で 作成し た。 Windows Mobile で 動作す るソ .NET Compact Framework は、 .NET Framework の サ ベ ースのボ ードコ ンピュー タとトン ネルな ど衛星電 波の ブ セットで あるが、提 供される 機能が 少なく、Windows XP 到 達しない 場所で も測位可 能な GPS 自律航 法装置と を組 等 で動作す るよう に作られ たパソコ ン用の プログラ ムは み 合わせて 使用し ており、 高速、高 精度だ が、機器 は大 そ の ま ま で は 利 用 不 可 能 で あ る た め 、 .NET Compact き く、消費 電力も 多い。入 力装置は キーボ ードを使 用し Framework のクラ ス・ライ ブラリに 対応し たプログ ラム て いるが、 運転中 の細かな 操作は困 難であ る。 を 新規に作 成した 。 本 研究で用 いた PDA には、 利用者の 利便の ため、電 子 Visual Basic で は、 従来から 実行時 にランタ イムと 呼 地 図を組み 込み、 GPS により 経緯度を 測位し 、進行方 位 ば れる実行 エンジ ンが動作 環境を提 供して いたが、 .NET を 上側とし て現在 位置を表 示できる ように した。実 用規 に おいては 、C++の特殊 なモー ド以外は 実行時 に CLR 模 の電子地 図を内 蔵メモリ に書き込 むには 容量が不 足し (Common Laguage Runtime)と呼ばれ る実行 エンジン が動 て いるので 、 増 設スロッ トの SD カー ドに地 図データ を書 作 環境を提 供する 。この様 子を図 7 に示す。 き 込んだ。大 阪から東 京まで の地図エ リアで 約 300Mbyte プ ログラム は Framework の クラス・ ライブ ラリを使 っ て 書かれる が、ク ラス・ラ イブラリ は最上 段のクラ ス・ の 記憶容量 が必要 である。 産 業技術研 究所の 構内走行 時の画面 を図6 に示す。 広 ラ イブラリ ・サポ ートを介 して CLR に取り 込まれる 。こ 域 表示では カーナ ビと同様 に主要国 道など 大まかな 目標 こ で、ネイ ティブ ・コード と呼ばれ る実行 可能プロ グラ が 表示され るだけ であるが 、詳細表 示では 電動車い すで ム に変換さ れて動 作する。 このとき 、中間 層にある ガベ の 行動に役 立つ建 物の概観 や公園な どの詳 しい地理 情報 ー ジ・コレ クタが 不要なメ モリ領域 を整理 するため に時 を 表示でき る。 々 動作する 。 こ れをガベ ージ・コレク ション (GC)とい う。 GC はメモ リ内の 不要デー タを自動 的に削 除しワー ク エ リアを確 保する 効率的な 手段であ るが 、 こ の GC を 実行 し ている間 、メモ リ内容に 矛盾を生 じない ように、 シス クラス ・ライブラリ・サポート テ ムは自動 的に他 の動作を 停止する ため、 リアルタ イム ・ システム では動 作が止ま り不安定 になる 問題があ る。 本 システム でも、通 信機 や GPS とは 、文字 列により デ 型チェック、例外管理、実行サポート等 ー タを交換 してお り、メモ リ内で不 変であ る文字列 の演 算 を多用し ている ため、 GC が避け られな い。この とき 、 独 立して動 作して いる通信 機や GPS とのデ ータ入出 力が 中 断し、リ アルタ イム処理 している バッフ ァ制御が 不安 定 になる恐 れが強 く、長時 間の動作 安定性 の確保な ど、 IL コード管理 ネイティ ブ コンパイラ ガベージ コレクタ 信 頼性のあ る制御 プログラ ムは書け ない可 能性が高 い。 そ こで、 GC によ る動作の 不安定化 を解消 するため に 、 GC の実行 を CLR に委ねず 、Java 仮想マ シンと同 様に Visual Basic で も今 回使用し た Visual Studio .NET 2003 に おいて初 めて可 能になっ た GC の強制 実行を入 出力動 クラス・ローダ 作 の休止時 間に行 い、長時 間の動作 安定性 を確保し た。 PDA と無 線通信機 及び内蔵 GPS と は RS232C によるシ リ ア ル通信で データ 交換する 必要があ るが、 実験に使 用し 図7 CLR の 内部構 造 た Compact Framework 1.1 では、シ リアル 通信をサ ポー ト していな い。こ のため、 海外のオ ープン ・ソース であ る OpenNETCF.org の Smart Device Framework を利用 した 動 作を確認 した。 PDA を電 動車いす に装着 した状況 を図 が 、完成度 が低く 、バグも あったた め、 C#ソースを 解析 8 に示す。 写真の 破線枠内 が警報装 置であ る。これ を拡 し て利用可 能にし た。 大 したもの が図9 である。 操作ボッ クスの 横前方に 設置 こ のように して作 成したプ ログラム を PDA に組 込み 、 し た本機に 他車到 来の警報 マークが 表示さ れている 。 ま た、画 面への警 報マー ク表示だ けでなく 、警 報音声 も 出力でき るよう に、Compact Framework で提供さ れて い ない Wav ファイ ルの再生 機能を Win32API の invoke 関 数 により出 力でき るように した。 送 受信アン テナは、 理想的 には遮蔽 物のな い利用者 頭 上 に設置す ると到 達距離が 長くなる ため有 利である が、 屋 内利用も 考慮し 、足下の 邪魔にな らない 位置に設 置し た (図10 )。 4.結び 電 動福祉機 器用 ITS 装置と して、電 動車い す用の衝 突 警 報装置を 開発し た。この 装置は、 車両間 の衝突危 険度 図8 警報装置の 取り付け を 判定して 、危険 度が高い ときには 警報を 音声と画 面表 示 で伝える 。使用 機器の検 討と実車 実験に より、側 方お よ び後方か らの車 両接近を 的確に注 意喚起 できるよ うに 改 善し、周 辺車両 情報を車 いす利用 者に提 供できる よう に なった。 PDA を 、乗り降 り動作に 干渉し ない車い す操 作 部の近く に取り 付けた。 これは、 小型で あるため 、制 約 が多く、 ソフト の作成も 容易では ないが 、障害の 回避 策 を検討し 、予定 していた 機能を発 現させ ることが でき た 。なお、 本研究 は(株) 今仙技術 研究所 との共同 研究 の 一部であ り、実 験用電動 車いすは (株) 今仙技術 研究 所 より提供 された ものであ る。 参考文献 図9 警報装置の 表示 1 )藤,美濃部 ,津 川:車車 間通信の 運転支 援システ ムへ の 応 用 , 自 動 車 技 術 会 ,学 術 講 演 会 前 刷 集 , 93-01,29-34(2001) 2 )盛田 ,室田 ,依 田:車両 出会い頭 衝突防 止警報装 置の 開発 ,自動車技術会 ,学術講演会 前刷集, 68-03,15-18(2003) 3 )盛田 ,室田 ,依 田:車両 出会い頭 衝突防 止警報装 置の 開 発,愛 知県産 業技術研 究所研 究報告 ,2,2-5(2003) 4 ) 盛 田 ,室 田 ,依 田 : Experiments of Inter-Vehicle Communication to Prevent Crossing Collisions and a New Proposal of Communication Systems, #3049, 11th World Congress on ITS(2004) 5 ) 室 田 ,盛 田 ,依 田 : A Lateral Collision Warning System Using Inter-Vehicle Comm unication , #3048, 11th World Congress on ITS(2004) 図 10 アンテナ の取り付 け 6 )室田 ,酒井 ,山 本:電動 車いす 用 ITS 装 置の開発 , 愛 知県産業 技術研 究所研究 報告 ,4,70-73(2005)
© Copyright 2024 Paperzz