第 3 章 手術 第 3 章 手術 ●はじめに 手術治療は肝切除および肝移植という手法により悪性腫瘍を除去し,局所制御性において最も確実性 が高い治療である。第 18 回全国原発性肝癌追跡調査(2004~2005 年) (L3H000041))の手術死亡率は 0.7%と報告され,安全性も他の一般消化器外科手術と遜色ない状況である。今回のガイドライン改訂で は 2008~2011 年に発行された英文論文より肝細胞癌,手術をキーワードに検索した原著論文 2,898 編を 基に CQ および解説の見直しを行った。表 1 に第 3 章手術における CQ の変遷を示す。 手術適応では,術前肝機能評価が不同のトップバッターであり,障害肝における肝切除の安全性を保 証するエビデンスが紹介されてきた。肝切除の術式に関して網羅的観点から標準的肝切除という CQ を 新設した。ここでは世界をリードしてきた本邦の肝切除に関するエビデンスを多角的に紹介している。 予後因子では,これまでの改訂において CQ の修正はなく,肝切除後の長期成績に関するエビデンス が紹介されている。しかし,いずれの推奨もグレード B にとどまっており,本邦発の前向き試験の登場 が期待されるところである。 周術期管理では,輸血,出血抑制に加えて腹腔ドレーンの是非について CQ が新設された。採用され た RCT は海外からの文献が多く,本邦の実情と乖離する部分もある。われわれの臨床環境に応じた試験 の実施が期待される。 今回,治療後再発予防に関する第 8 章が新設されたことより,本章の補助療法は術前後化学療法に絞 って解説した。現在,分子標的治療薬を中心に術後補助化学療法の前向き試験が進行中であり結果が期 待されている。 肝移植は,ダウンステージングと適応の 2 つの CQ に厳選して解説を行った。従来の予後因子や肝切 除との比較に関しては肝移植適応(CQ31)の項に集約された。詳しくは第 5 節・肝移植の「はじめに」 (103 頁)をご参照願いたい。 ガイドラインは,臨床判断を制限したり強制したりするものではなく,各 CQ を参考として適切な治 療法が選択されることが望ましい。また,本邦発のエビデンスレベルの高い前向き試験はいまだ十分と はいえず,今後,手術に関する新知見の登場が期待されるところである。 ■ 文献の選択 2008~2011 年の英文論文より肝細胞癌,手術をキーワードに検索した原著論文 2,898 編を基にガイド ラインの策定に有用と思われる文献を抽出した。新規に設定された CQ では,2005 年版および 2009 年 版と同様に文献の再検索を行い採択した。 ■ 参考文献 1) L3H00004 工藤正俊,有井滋樹,猪飼伊和夫,小俣政男,神代正道,坂元亨宇,他.第 18 回全国 原発性肝癌追跡調査報告(2004~2005) (日本肝癌研究会追跡調査委員会) .肝臓 2010;51(8) :460-84. 1/34 第 3 章 手術 表 1 「第 3 章 手術」における CQ の変遷 2005 2009 2013 術前肝機能評価 ● ● ● 小肝癌治療 ● 拡大切除 ● 手術適応・術式 切除範囲 再発治療 ● ● ● 標準的肝切除 ● 術前腫瘍条件評価 ● 予後因子 切除後予後因子 ● ● ● 切除断端距離 ● ● ● 系統的切除 ● ● ● 輸血 ● ● ● 出血量 ● ● ● 周術期管理 ドレーン ● 補助療法 術前補助療法 ● ● 術後補助療法 ● ● 術前補助化学療法 ● 術後補助化学療法 ● 肝移植 移植前 TAE ● 移植前治療 ● ダウンステージング ● 移植適応 ● 移植後予後因子 ● ● 肝切除との比較 ● ● 再発治療 ● 背景肝と移植 ● 2/34 第 3 章 手術 第 1 節 手術適応・術式 CQ19 肝切除術を行う際の術前肝機能評価因子は何を用いるのが適当か? また肝機能 面からみた手術適応は? 推 奨 術前肝機能評価としては,一般肝機能検査に加え ICG 15 分停滞率を測定することが望ましい。手術適応 は,これらの値と予定肝切除量とのバランスから決定するのが妥当である。 (グレード B) ■ サイエンティフィックステートメント 術前肝機能評価としての肝予備能分類として, 従来からChild 分類 *および, その変法であるChild-Pugh 分類*が世界的に汎用されている。これはもともと胃食道静脈瘤に対する手術適応のため考案された分 類であるが,基本的な臨床症状と血液検査から得られる 5 項目を点数化し半定量的に肝予備能を評価・ 分類できる点が優れている。この 5 項目のうち,特に腹水は門脈圧亢進症の程度の指標とされ,コント ロール不良であれば手術適応とはならない。また,血小板数も従来から門脈圧亢進症の指標とされてお り,血小板数(術前 15 万/μl 未満)が術後の合併症や肝不全,術後死亡を予測する危険因子となって いるとする報告がある(L3F013851) Level 3) 。さらに Bruix らは,Child-Pugh 分類 A の肝硬変合併肝細 胞癌切除例 29 例を対象に hepatic venous pressure gradient(HVPG)による術前門脈圧測定を行い,多変量 解析の結果,HVPG が術後肝不全に寄与する唯一の因子であったと報告している(LF005142) Level 3) 。 欧米では,従来から Child-Pugh 分類の B,C 症例は手術適応としないのが一般的であったが,さらに彼 らはこの結果を鑑み,Child-Pugh 分類 A の症例でも門脈圧亢進症を併存する場合は肝切除の適応外とす 。 る基準を主張している。 なお, この基準は欧米の肝癌治療ガイドラインに採用されている (L3H000183)) これに対し Cucchetti らは,門脈圧亢進症の有無別に肝切除後成績を比較した検討を行った結果,術後死 亡率,合併症率に差は認めず,門脈圧亢進症は 2 区域以上(Couinaud 分類による)の肝切除の禁忌とは ならないと報告している(L3F013214) Level 2b) 。また,本邦の報告においても,門脈圧亢進症を有する 肝細胞癌症例でも,ある程度縮小した肝切除術式を選択すれば術後合併症の増加は認められず,適応禁 。 忌ではないと主張している(L3F021745) Level 2b) 一方,肝切除の定量的な術前肝機能評価法としてガラクトース負荷試験,99 mTc-GSA 肝シンチグラ フィー,ICG 負荷試験,アミノ酸クリアランス試験,アミノピリン呼気試験などがあげられる。ガラク トース負荷試験では, 肝細胞癌 78 例を含む肝切除 258 例 (術後死亡 6 例, 2%) を対象に galactose elimination capacity(GEC)が術後合併症,術後死亡の予測因子として有用であり,肝細胞癌症例に限っても同様の 結果を認めている(LF120846) Level 2b) 。99 mTc-GSA 肝シンチグラフィーについては,組織学的肝障害 の評価において ICG 15 分停滞率よりも優れていると報告されている(LF004577) Level 4) 。ICG 負荷試 験に関する検討では,術後死亡の予測因子として有用であるとする報告がこれまで数多くなされており, 肝細胞癌切除例 127 例を対象とした検討では,ICG 15 分停滞率が術後死亡を予測する因子としてアミノ 酸クリアランス試験,アミノピリン呼気試験より優れていたと報告されている(LF004418) Level 2a) 。 また,2 区域以上の広範囲肝切除例を対象にその安全性を検討した報告では,肝硬変症例で ICG15 分停 。ICG 15 滞率 14%が入院死亡予測のカットオフ値として有用であったとされている(LF005689)Level 2b) 分停滞率は,日本肝癌研究会による肝障害度評価の際の一因子(LF1208810) Level 5)として採用されて 3/34 第 3 章 手術 おり,術前肝機能評価法の標準的な検査となっている。 手術適応基準として Yamanaka らは,ICG 15 分停滞率,肝切除量,年齢から構成される肝不全の 。さらに,この基準による自験例での検証を,肝細胞 prediction score を考案した(L3H0003411) Level 4) 癌 376 例,転移性肝癌 58 例を対象として行い,この基準合致・非合致が,術後死亡を正確に予測したと 報告している(LF0063212) Level 2b) 。また Takasaki らは,ICG 負荷試験の値ごとに異なる許容肝切除量 を設定した基準を提唱した(L3H0003713) Level 4) 。さらに,彼らはこの基準を自験例の肝切除例 98 例 を対象として検証し,基準内の肝切除術後の肝不全と死亡は 2%および 0%であったのに対して,基準外 の肝切除では,これらはそれぞれ 23%および 1%であったと,その有用性を報告している(L3F0130014) Level 2b) 。本邦で広く使用されている幕内基準(LF0185815) Level 4)は腹水,血清総ビリルビン値,ICG 15 分停滞率から肝切除の適応・非適応,さらには切除許容範囲を明示しており,この基準を遵守した自 験例 1,056 例の肝切除では手術死亡 0%と報告されている(L3H0003616) Level 4) 。 ■ 解 説 肝切除に際しては,他の手術よりもより厳密な肝予備能評価が要求されると考えられ,一般臨床検査 による定性的な評価に加え,負荷試験などによる定量的な検査を付加して評価することが重要であると 主張されてきた。しかし,定量的な検査を含むいずれの肝機能評価方法も,単独では肝機能を正確に把 握したものではなく,多岐にわたる機能を有する肝臓の一側面を評価したものに過ぎない。最終的には こうした検査に加え,血液臨床所見,画像所見など,すべての情報による総合的な判断が不可欠である。 手術適応を決定する際の術前肝機能評価法としては,血液検査を含め日常臨床上得られる情報に加え, 定量的な検査法として ICG 負荷試験に関する報告が多い。実際の肝切除に際しては,こうした評価から 推定される肝障害の程度と,肝切除の範囲(肝切除量)のバランスから適応を決定するのが妥当と考え られ,本邦を中心に肝予備能と許容肝切除量の関係を示した基準の提案がされている。これらの基準に 対する自験例での検証の報告はあるものの, 外的妥当性の評価はされておらず今後の課題である。また, 本邦における肝癌切除例の手術死亡率は日本肝癌研究会の追跡調査報告によれば 0.8%であるが (LF1208917) Level 2a) ,DPC(Diagnosis Procedure Combination)データベースによる肝癌 54,145 例の解 析では肝切除例の在院死亡率は 2.6%と報告されている(L3H0003918) Level 2b) 。適応基準の検討という 観点からは,本邦の肝癌切除術の手術死亡が 3%以下であると考えられる状況において,術後死亡を end-point として肝機能からみた適応基準を評価・検証することは実務的・倫理的には現実的ではない。 なお,上記の報告では,施設の経験症例数(hospital volume)による在院死亡率の差も指摘しており, high-volume hospital の死亡率 1.55%に対し low-volume hospital では 4.04%と高い結果を報告しており,施 設の経験値も手術適応を考慮する際には加味する必要が考えられる(L3H0003918) Level 2b) 。 ■ 参考文献 1) L3F01385 Maithel SK, Kneuertz PJ, Kooby DA, Scoggins CR, Weber SM, Martin RC, et al. 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(脚注) *:Child 分類と一般にいわれているものは,もともとは Child-Turcotte 分類が正式な名称である。ま た,Pugh が Child-Turcotte 分類を改訂したものは,Child-Turcotte-Pugh 分類(CTP 分類)が正式な名称で あるが,本書では『原発性肝癌取扱い規約』との統一を図るため,Child-Pugh 分類という名称を用いる 5/34 第 3 章 手術 こととした。 6/34 第 3 章 手術 CQ20 標準的な肝切除術式とは? 推 奨 小型の肝細胞癌(5 cm 以下)に対しては,小範囲の系統的切除,あるいは縮小手術としての部分切除(特 に肝機能不良例)が選択される。大型の肝細胞癌に対しては 2 区域以上の拡大切除(片肝切除を含む) が選択される。 (グレード C1) ■ サイエンティフィックステートメント 肝細胞癌の多くは,肝硬変をはじめとする慢性肝疾患を背景として発症する。これによる肝障害のた め,許容肝切除量は正常肝の場合に比べて少なくならざるを得ず,左右肝切除等の拡大肝切除は施行で きない場合が多い。これを鑑み,肝部分切除(腫瘍核出術を含む)による肝細胞癌肝切除の方法が提唱 された(LF009921) Level 2b) 。また,肝硬変症例では肝臓が硬く,肝表からの触診では腫瘍が同定でき ないことが多いため,肝細胞癌に対する肝切除は転移性肝癌等に対する肝切除に比較して困難なことが 多い。これに対して術中超音波を使用して,肝内の腫瘍の位置を同定しながら肝切除を行う方法が考案 。 され行われてきた(LF033392) Level 4) 肝細胞癌では,経門脈的に腫瘍が肝内転移することが知られており,理論的な根治の観点からは,当 該の門脈支配領域を系統的に切除することが望ましい。慢性肝障害を有する肝臓に対して小範囲であり ながら系統的な切除を行うという目的で開発されたのが,超音波ガイド下に担癌領域の門脈枝を穿刺し 色素を注入して肝表における当該の肝領域を同定して切除する術式である (LF009883)Level 4) 。 さらに, 動脈‒門脈(AP)シャントや門脈腫瘍栓の存在などにより担癌領域の門脈に対する穿刺・染色が不可能 な場合に,隣接する領域を染色(counterstaining)することにより担癌領域を同定して切除する方法 (LF067864) Level 5)も考案された。一方,担癌領域の門脈・動脈・胆管枝を含むグリソン鞘を一括し て処理してこの領域を同定し,系統切除を行う方法も考案・施行されている(LF008595) Level 4) 。この 他,肝実質を可能な限り温存する術式としては,下大静脈に直接流入する S6 の肝静脈枝(右下肝静脈) が存在する場合に,この領域を温存しかつ右肝静脈を根部で処理をする肝切除術(LF018616) Level 4) , あるいは S2 を温存して S3/4 を切除する術式(LF018607) Level 4)も報告され行われてきている。 尾状葉は肝門板の背側に存在し,ここに存在する腫瘍に対しては通常は腹側の肝実質とともに拡大肝 切除をする方法が採用されてきたが,大半の肝細胞癌症例では肝障害を伴うため,この方法は採用でき ない。 これに対して, counterstaining 法を駆使して背側から尾状葉を単独切除する高位背方切除 (LF018568) Level 5)や前方から中肝静脈に沿って肝離断を行い単独切除を行う経肝前方切除(LF003349) Level 4) が考案されてきた。 このような,術中超音波を駆使した系統的切除や肝実質温存術式の開発に伴う肝切除術の向上に伴い, 従来から知られていた区域切除以上の手術もより洗練されたレベルで行うことが可能になり,中央 2 区 域切除(LF0091610) Level 4) ,前区域切除(LF0185911) Level 4)などについて,10~20 例の報告がなさ れている。 これら手術手技全般および安全性の向上により,より進展した肝細胞癌に対する拡大切除の有効性も 報告されてきている。下大静脈に癌が浸潤した症例に対して,必要であれば血管グラフトを用いた再建 を伴う下大静脈合併切除の術式も報告されてきた(L3F0435512) Level 4,L3F0607413) Level 4) 。一方, 右肝切除を施行する際には右肝を脱転した後に肝切除を行うのが通例であるが,腫瘍が大きい場合には 7/34 第 3 章 手術 脱転を行うことが困難な場合が多い。このような場合に前方(腹側)からの肝切除を先行させる方法(前 方アプローチ)も提唱され,通常の脱転先行の方法よりも短期・長期成績とも良好であったと報告され 。また,肝臓の深部は肝静脈からの出血のコントロールが困難であるが, ている(LF1114914) Level 1b) 下大静脈前面の肝裏面にテープを通して肝を挙上させながら肝切離を行う方法が考案され,広く応用さ れている(L3H0000915) Level 4) 。さらにこの方法を,前方アプローチによる右肝切除と組み合わせる術 式の有効性も主張されている(L3F0500616) Level 2b) 。 肝細胞癌は,進展するにつれて主要門脈枝に腫瘍栓を形成することが多い。このような場合に,腫瘍 栓を含む門脈を合併切除して当該の肝領域を切除するのが通例であったが(LF0013617) Level 2b) ,この 方法は拡大肝切除あるいは全肝切除(理論上の)を必要とし傷害肝での施行は困難であることが多い。 これに対して門脈内壁から腫瘍栓のみを除去する肝切除の方法も報告され,通常の方法と長期成績に差 。 がなかったとその有効性が主張されている(L3F0180018) Level 2b) ■ 解 説 肝切除そのものは 1950 年代から記載されており,散発的に行われてきた。しかし CT,超音波などが 使用できない時代に,肝内の脈管構造を個々の症例において把握することは事実上不可能であった。そ れゆえに,肝門部で同定できる脈管を処理したうえでの区域切除以上の肝切除が行われてきたに過ぎず, 実際には外側区域切除,左右肝切除,肝辺縁の楔状切除が行われる術式の大半であった。CT,超音波が 開発され臨床へ応用されるようになったのは 1970 年代後半以降である。また,術中超音波の開発とその 肝切除への応用によって,肝内の腫瘍と脈管構造との位置関係をリアルタイムに把握しながら手術を行 うことが可能になり,1980 年代に入ってから肝切除の技術は飛躍的な進歩を遂げた。さらに,障害肝を 有することが大半である肝細胞癌症例に対する肝切除では,肝表からの視触診が不可能である腫瘍を, 小範囲のしかし系統的な術式により切除することが必要となり,この要求が肝切除の技術的な進歩のも う一つの促進要因となった。これら種々の肝切除の術式の開発,発展に対する本邦の外科医の貢献が多 大であることは銘記する必要がある。 肝切除は,他の臓器の手術に比べて,切除する肝区域,領域の大きさにより,その術式は多岐にわた り,また,内部の構造が直接見えない実質を術中超音波を駆使しながら切除するという,技術的に高度 な手術が多い。しかしながら,肝切除術の死亡率,出血量は過去 20~30 年間で大きく減少しており,手 術の技術が確立され安定してきたことを示している。一方で,本 CQ でも引用した論文のエビデンスレ ベルは Level 4 のものが大半であり,種々の腫瘍条件に対する各術式の優劣については,今後のエビデン スの集積を待つ必要がある。 ■ 参考文献 1) LF00992 Kanematsu T, Takenaka K, Matsumata T, Furuta T, Sugimachi K, Inokuchi K. 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Surgery 2009;145(1) :9-19. 9/34 第 3 章 手術 CQ21 腫瘍条件からみた肝切除の適応は? 推 奨 肝切除の適応となる肝細胞癌は,肝臓に腫瘍が限局しており個数が 3 個以下のものである。腫瘍の大き さについての制限はない。門脈侵襲を伴う症例では一次分枝までに進展がとどまるものは手術の適応と してよい。 (グレード B) ■ サイエンティフィックステートメント 肝細胞癌の進展度についての分類は,日本肝癌研究会の提唱する取扱い規約を含め,いずれも腫瘍の 大きさ,腫瘍の数,脈管侵襲の有無,あるいはその程度を構成要素としているのでこれらに沿って記載 する。 腫瘍径について 10 cm 以上の腫瘍に対する肝切除後の長期成績の報告が複数個あり,5 年生存率は 20 ~30%程度と報告されている(LF003541) Level 2b,L3F062682) Level 2b,LF118363) Level 2b) 。これを 他の治療法あるいは自然経過と比較した検討はないが,この成績は推定される自然経過(L3H000084) Level 1a)よりも明らかに優ることから,腫瘍の大きさには適応の制限はないとしてよい。 腫瘍数については 2 個以上の腫瘍数の症例に対する肝切除後の成績を,単発症例に対する切除成績と 比較した検討,あるいは,他の治療法の成績と比較した検討が報告されている(L3F021745) Level 2b, L3F000356) Level 2b) 。複数個になると単発症例に比較して長期成績は低下するが禁忌ではなく,また, 他の非根治的治療法あるいは支持療法に比較して良好な成績であり,複数個の肝腫瘍は切除の適応外で はない。なお,これらの報告での複数個の症例の腫瘍数の大半は 2 個である。切除適応という見地から 腫瘍数の上限について検討したエビデンスレベルの高い報告はないが,局所療法などでも受け入れられ ている 3 個以下までを適応とした。 門脈侵襲は,肝細胞癌の最も強力な予後因子であると一貫して報告されている。これを伴うような症 例に対しての切除成績の報告も多い(LF001367) Level 2b,L3F060878) Level 2b,L3F018009) Level 2b) 。 腫瘍栓の門脈内の進展に伴い予後は不良になるが,一次分枝までにとどまる場合の術後の 5 年生存率は 10~40%であり,自然経過との比較,他の治療法の適応がないことを考慮すると手術の適応となる。門 脈本幹まで腫瘍栓が進展している場合は,予後不良で一般的には手術適応外とされるが,その程度が軽 度である場合には切除後の成績が一次分枝までにとどまる場合と同等であり,手術適応であるとする報 告もある(L3F018009) Level 2b) 。 ■ 解 説 本 CQ では,肝切除の適応となる肝細胞癌の進展度の上限について記述した。典型的な多段階発癌の 過程を経る肝細胞癌に対しては,どの段階(前癌状態あるいは早期肝癌)から切除を含む治療の介入の 対象となるかという CQ は重要であるが,これについては他項に譲った。また,他の治療法も適応とな る腫瘍条件内で,肝切除と他の治療法とどちらを選択すべきかという CQ は,特に手術と局所療法,手 術と移植の選択という意味で重要であるが,これも他項に譲った。 大きさ,数,脈管侵襲のうち,大きさと脈管侵襲については癌の進行の指標であり,どこまで進行し た癌に対して切除の適応となるかという問題と同義である。一般に,これらの因子により進行した症例 に対しては代替治療がない。したがって,自然経過と比較してどの程度の生存利得があれば,手術によ る不利益(合併症,手術死亡等)を上回るかという最適解の問題に帰着する。これら進行した肝細胞癌 10/34 第 3 章 手術 に対する肝切除は,一般に技術的に難易度の高い手術となることが多く,したがって適応は各施設の練 度によっても左右される。これに対して腫瘍数はおおまかには背景肝全体の発癌性の高さを示す指標で ある(部分的には肝内転移を表す指標でもある) 。どこまでの腫瘍数に対して切除が適応となるかという CQ は,局所療法である手術の適応はどこまでかという CQ と同義であり,その意味において腫瘍数に 関するラジオ波等の適応基準の議論と同等と考えられる。すなわち,移植や肝動脈化学塞栓療法(TACE) 等の肝全体を対象とする治療法に対する個数からみた局所療法の適応の上限はいくつか? という議論 となる。 したがって, 個数の上昇とともに適応は徐々に TACE 等に移行していくとするのが妥当であり, 何個までという閾値の設定は微妙な問題である。また,4 個以上の腫瘍に対する切除と他の治療法との 比較に関するエビデンスレベルの高い報告もないが,本 CQ では 3 個以下を良い適応とする,という従 来の基準を遵守して記載した。 少数個の肝外転移(肺,副腎,リンパ節等)を伴う肝細胞癌に対して,これらとともに肝切除を行う 手術治療が推奨されるかについては,散発的な報告があるのみであり,今回は記載しなかった。 ■ 参考文献 1) LF00354 Lee NH, Chau GY, Lui WY, King KL, Tsay SH, Wu CW. 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Surgery 2009;145(1) :9-19. 11/34 第 3 章 手術 第 2 節 予後因子 CQ22 肝切除後の予後因子は何か? 推 奨 肝切除後の主な予後因子は Stage 分類,脈管侵襲,肝機能,腫瘍数である。 (グレード B) ■ サイエンティフィックステートメント 肝切除後の生存率の検討では,腫瘍径 5 cm 未満,単発,被膜形成あり,脈管侵襲なし,血清アルブミ ン値 40 g/l 未満,pTNM StageⅠ・Ⅱが予後良好で,このうち pTNM Stage が最も信頼できる予後因子で ある(LF000731) Level 2a) 。また,無再発生存率の検討において Stage 分類,腫瘍径,脈管侵襲,腫瘍数, 被膜形成が有意な予後因子として前者と同様であるが,このうち術後の全期間を通して生存予後に関与 。術後 2 年未満の早期再発因子は非系統的切除,病 するのは脈管侵襲としている(LF007772) Level 2b) 理学的脈管侵襲あり,AFP 32 ng/ml 以上である(LF114293) Level 2b) 。一方,腫瘍径に関しては予後に 影響しないとする論文(LF006234) Level 2b,LF008535) Level 4,L3F018696) Level 2b)もあり,一概に 巨大肝細胞癌であるというだけで予後不良とは断定できない。また,2 cm 以下の腫瘍においては,早期 肝細胞癌の生存率が良好である(LF003787) Level 2a) 。一方,門脈本幹または第一次分枝に腫瘍栓を伴 う肝細胞癌切除例では,無腹水,プロトロンビン活性 75%以上,腫瘍径 5 cm 以下が予後良好であり ,肝予備能が限られた症例では,門脈腫瘍栓の引き抜き摘出を伴う肝切除により (LF106198) Level 2b) 拡大肝切除と同様に予後が改善されるという報告もある(L3F018009) Level 2b) 。 ■ 解 説 本ガイドライン 2009 年版までに採用された予後因子関連論文 37 編では,脈管侵襲,肝機能,腫瘍数, Stage 分類,腫瘍径などが有意な予後因子としてあげられていた。今回の改訂では,2008~2011 年の英 文論文より肝細胞癌,手術をキーワードに調べた原著論文 2,898 編のうち,予後因子に関する論文は 54 編で,このうち信頼度の高い 38 編を検討した。そのなかには従来から報告されている因子に加えて肝炎 ウイルスマーカー,遺伝子マーカーの報告が含まれていた。予後因子の内訳は脈管侵襲を有意とするも のが最も多く(34%) ,次いで,肝機能(18%) ,腫瘍数(16%) ,腫瘍径(16%) ,Stage 分類(11%)で ある。その他,腫瘍マーカー(24%) ,遺伝子マーカー(18%) ,肝炎ウイルスマーカー(11%)である。 肝機能では Child 分類や血清アルブミン値を有意とするものが多い。腫瘍径に関しては予後に影響しな いとするものがあり,いまだ見解が一致していない。Stage 分類のうち Stage 0 とされる早期肝癌の生存 率は良好で,早期肝癌は予後因子ともいえる(LF003787) Level 2a) 。PIVKA-Ⅱや AFP-L3 分画が再発 予測因子であるとする報告や cytochrome P450 1A2(CYP1A2)遺伝子が再発関連遺伝子であるとする報 告(L3F0142910) Level 2b)など分子生物学的検討が増加していた。手術手技に関連する予後因子として 低出血量,系統的切除を有意とする論文も散見された。一方,切除断端距離は有意でないとする論文が 多い。 ■ 参考文献 1) LF00073 Poon RT, Ng IO, Fan ST, Lai EC, Lo CM, Liu CL, et al. Clinicopathologic features of long-term survivors and disease-free survivors after resection of hepatocellular carcinoma:a study of a prospective 12/34 第 3 章 手術 cohort. J Clin Oncol 2001;19(12) :3037-44. 2) LF00777 Arii S, Tanaka J, Yamazoe Y, Minematsu S, Morino T, Fujita K, et al. Predictive factors for intrahepatic recurrence of hepatocellular carcinoma after partial hepatectomy. Cancer 1992;69(4) :913-9. 3) LF11429 Imamura H, Matsuyama Y, Tanaka E, Ohkubo T, Hasegawa K, Miyagawa S, et al. Risk factors contributing to early and late phase intrahepatic recurrence of hepatocellular carcinoma after hepatectomy. J Hepatol 2003;38(2) :200-7. 4) LF00623 Kawasaki S, Makuuchi M, Miyagawa S, Kakazu T, Hayashi K, Kasai H, et al. Results of hepatic resection for hepatocellular carcinoma. World J Surg 1995;19(1) :31-4. 5) LF00853 Franco D, Capussotti L, Smadja C, Bouzari H, Meakins J, Kemeny F, et al. Resection of hepatocellular carcinomas. Results in 72 European patients with cirrhosis. 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Oxidative stress pathways in noncancerous human liver tissue to predict hepatocellular carcinoma recurrence:a prospective, multicenter study. Hepatology 2011;54(4) :1273-81. 13/34 第 3 章 手術 CQ23 切除断端距離は予後に寄与するか? 推 奨 肝切除において肝切除断端距離は必要最低限でよい。 (グレード B) ■ サイエンティフィックステートメント 肝切除断端の距離が 1 cm 以上と 1 cm 未満の 2 群において, 術後再発率に有意差を認めない (LF001281) 。肝切除断端の距離を 5 mm 以上と未満で分けた比較検討でも術後再発率 Level 2a,LF007772) Level 2b) に有意差を認めない(LF006233) Level 2b,LF007284) Level 2b) 。腫瘍と主要脈管が隣接しており断端距 離がほとんど確保できない肝切除においても無再発生存,累積生存に有意差を認めない(L3F013895) Level 2b) 。また,葉切除以上の拡大切除と縮小手術とを比較した報告で生存率に有意差を認めない (LF000336)Level 2b) 。2 cm を確保したほうが 1 cm よりも予後は良いというランダム化比較試験(RCT) があるが(LF117667) Level 1b) ,最も適切な距離が何 cm かは不明である。したがって,切除断端距離は 予後に寄与する可能性が低い。 ■ 解 説 本ガイドライン 2009 年版では,肝細胞癌,手術をキーワードに調べた英文論文 1,117 編(1980~2007 年)のうち,予後因子に関する原著論文は 266 編で,このうち信頼度の高い 74 編が検討されたが,今回 の改訂期間内において切除断端に関連する論文は 2 編にとどまった。従来,5 mm から 1 cm の切除断端 距離は予後に寄与しないとされていた。さらに,脈管に隣接する腫瘍を剝離して肝切除が施行された場 合に,ほとんど断端距離が確保できなくても無再発生存,累積生存とも有意差を認めないと報告されて いる(L3F013895) Level 2b) 。一方,香港の Shi らは,単発で脈管侵襲のない肝細胞癌を切除断端 1 cm と 2 cm に割り付けた RCT を実施し,2 cm 群が予後良好であると報告した(LF117667) Level 1b)が,両 群の患者平均は 51 歳以下,ICG 15 分停滞率 10%未満,B 型肝炎が 80%以上と本邦の状況とは大きく異 なっていた。一般に,切除断端は肝機能や腫瘍の位置・大きさにより制限され,2 cm 以上の確保は現実 的には困難なことが多い。したがって,肝細胞癌の肝切除において,腫瘍縁から 5~10 mm の距離,脈 管と隣接する場合は 0 mm をとって切除すればよいと考える。 ■ 参考文献 1) LF00128 Poon RT, Fan ST, Ng IO, Wong J. 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Arch Surg 2007;142(7) :596-602;discussion 603. 14/34 第 3 章 手術 6) LF00033 Zhou XD, Tang ZY, Yang BH, Lin ZY, Ma ZC, Ye SL, et al. Experience of 1000 patients who underwent hepatectomy for small hepatocellular carcinoma. Cancer 2001;91(8) :1479-86. 7) LF11766 Shi M, Guo RP, Lin XJ, Zhang YQ, Chen MS, Zhang CQ, et al. Partial hepatectomy with wide versus narrow resection margin for solitary hepatocellular carcinoma:a prospective randomized trial. Ann Surg 2007;245(1) :36-43. 15/34 第 3 章 手術 CQ24 系統的切除は予後に寄与するか? 推 奨 肝切除は系統的に施行することが推奨される。 (グレード B) ■ サイエンティフィックステートメント 5 cm 以下の肝細胞癌において,後ろ向き研究で系統的切除が部分切除に比較して生存率に優位性を示 。無再発生存率の検討も同様に, し,特に結節外転移を示す症例に有意差を認めた(LF001021) Level 2b) 系統的切除が部分切除に比較して優位性を示す(LF002532) Level 2b) 。さらに,単発肝細胞癌では系統 的区域および亜区域切除が部分切除に比較して生存率および無再発生存率は有意に良好であり (LF111483) Level 2b) ,日本肝癌研究会の全国追跡調査を用いた 5,781 例の検討でも同様に系統的亜区域 切除の優位性が報告された(L3F019744) Level 2a) 。また,肝硬変がなく,浸潤のない腫瘍のみにおいて 無再発生存率に相違を認めるとの報告もある(LF007285) Level 2b) 。以上より,系統的切除は予後を向 上させる可能性が高い。 ■ 解 説 経門脈性に進展する肝細胞癌は門脈侵襲や肝内転移を伴うことが多く,根治性の点から担癌領域の系 統的切除が望ましい。 しかし, 慢性肝炎や肝硬変を伴う場合の拡大肝切除は過大侵襲となることがあり, 癌根治性と肝機能温存の二律背反を克服する目的で系統的亜区域切除術が考案された。現在,部分切除 と系統的切除との比較は,すべて後ろ向き研究により報告されている。Hasegawa らは,単発肝癌に対す る肝切除を系統的切除群(n=156) ,非系統的切除群(n=54)に分類し予後を検討した(LF111483) Level 2b) 。それによると 5 年生存率(66% vs. 35%,p=0.01) ,および無再発生存率(34% vs. 16%,p=0.006) は有意に系統的切除群が良好であった。Eguchi らは,腫瘍径別に系統的切除の意義を検討し,2~5 cm において系統的切除群の無再発生存率が良好であった(L3F019744) Level 2a) 。16 編の後ろ向き研究を集 積した報告でも同様に系統的切除の優位性が指摘されているが,その内訳は日本から 11 編,フランスと 韓国から 2 編ずつ,米国から 1 編と日本発のデータが大半を占めている(L3F019886) Level 2b) 。至適な 肝切除術式を確立するためには,本邦の実情を反映し適切に計画された RCT の報告が期待されている。 ■ 参考文献 1) LF00102 Yamamoto M, Takasaki K, Ohtsubo T, Katsuragawa H, Fukuda C, Katagiri S. 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Langenbecks Arch Surg 2011;396(7) :1109-17. 17/34 第 3 章 手術 第 3 節 周術期管理 CQ25 周術期の血液製剤の積極的な投与は推奨されるか? 推 奨 同種赤血球輸血はできるだけ避ける。 (グレード B) 凍結血漿は必ずしも必要としない。 (グレード B) ■ サイエンティフィックステートメント 癌の再発を促進する可能性や高ビリルビン血症や肝不全を来しやすい,ヘマトクリット値が低いほう が肝の微小循環に望ましいことなどから,肝切除術周術期の同種輸血はできるだけ避けるべきであると の報告が多い(L3F013631) Level 4,L3F017242) Level 3) 。一方,輸血の有無により再発率は変わらない 。 との報告もある(LF000313) Level 3) 自己血輸血は安全で,癌の再発を高めることなく,肝合成能を高め,同種赤血球輸血を回避するため に有効な方法であると報告されている(LF000313) Level 3,L3H000034) Level 2a) 。 新鮮凍結血漿の投与は,肝切除後の経過に影響は与えないとの報告があり,特に肝機能が比較的良好 な症例では,大量出血や低アルブミン血症がなければ,凍結血漿は必ずしも必要としない(L3F024615) Level 3,L3F024756) Level 2a) 。 ■ 解 説 一般に,輸血のない手術が推奨される。特に癌の手術において,輸血の有無が問題になるのは,輸血 による免疫抑制状態導入の可能性が考えられるからである。輸血の有無による再発率の違いはさまざま な癌の手術において報告されており,肝細胞癌においても同様であるが(L3F013631)Level 4,L3F017242) Level 3) ,再発率に差がないとの報告もみられる。この際,自己血輸血によって有害事象を起こさずに同 種赤血球輸血を回避しうる可能性がある。 無輸血で周術期を乗り切るため最低維持すべきヘマトクリット値に関しては,循環動態が保たれる限 り 20%までの低下は受容できると報告されている(LF009177) Level 3)が,エビデンスの高いデータは ない。 従来,凝固因子の補充や有効血漿量,血漿浸透圧の維持などのため,新鮮凍結血漿の投与が推奨され てきた(LF009177)Level 3) 。しかし,新鮮凍結血漿の投与が必ずしも術後経過に影響を与えず(L3F024615) Level 3) ,Child-Pugh 分類 A で術中出血量が 1,000 ml 未満症例を対象としたコホート研究によって,術 後2日目の血清アルブミン値が2.4 g/dlより高値であれば, 新鮮凍結血漿を必要とせず (L3F024756)Level 2a) ,過度の投与は呼吸器合併症を増加させるとの報告がみられる(L3F017242) Level 3) 。なお,一般に 大量出血のない場合での血漿製剤投与は推奨されていない(L3H000158) Level 1a) 。 ■ 参考文献 1) L3F01363 Katz SC, Shia J, Liau KH, Gonen M, Ruo L, Jarnagin WR, et al. 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Transfusion 2010;50(6) :1227-39. 19/34 第 3 章 手術 CQ26 肝流入血流遮断や中心静脈圧低下は,肝切離中出血量を減少させるか? 推 奨 肝流入血流遮断は肝切離中出血量減少に有効である。 (グレード A) 中心静脈圧(CVP)低下は肝切離中出血量減少に有効である。 (グレード C1) ■ サイエンティフィックステートメント 肝流入血流遮断に関する RCT によって,間欠的肝流入血流遮断法(プリングル法)は,肝機能に影響 を与えずに肝切離中出血量を減少させることが示されている (LF004341)Level 1b, L3F025302)Level 1b) 。 また,片葉流入血流遮断法の有効性を示す報告(LF018623) Level 2b,L3F024884) Level 1b)や,15 分間 と 30 分間の間欠的肝流入血流遮断法では,protease inhibitor の投与により肝機能に対する影響に差がな いとの報告がみられる(L3F025045) Level 1b) 。 肝下部下大静脈遮断や薬剤を用いて肝切離中の中心静脈圧(CVP)を 5 cm 水柱以下に低下させること により,出血量が減少し,循環動態が安定することが RCT によって示されている(L3F025246)Level 1b, L3F025287) Level 1b)。一方,CVP 低下によっても出血量が減少しなかったとの報告もみられる (L3F025038) Level 1b) 。なお,肝下部下大静脈遮断により肺塞栓がみられたとの報告もあり,注意を要 する(L3F025246) Level 1b) 。 ■ 解 説 肝切離中の出血を減少させるために間欠的肝流入血流遮断法が広く行われており,その安全性も確認 されている。切除範囲が片葉内に限局される場合は,片葉流入血流遮断法が勧められる。 肝切離中の出血の多くは肝静脈由来であるため,CVP を低下させることは妥当であると考えられ,そ の有用性が報告されているが,否定的な論文もみられる。CVP を低下させるには下大静脈遮断や薬剤に よる方法があるが,下大静脈遮断の際には肺塞栓に注意を要する。引き続き安全性を含めた検討が必要 である。 ■ 参考文献 1) LF00434 Man K, Fan ST, Ng IO, Lo CM, Liu CL, Wong J. 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World J Surg 2008;32(6) :1082-7. 21/34 第 3 章 手術 CQ27 肝切除において腹腔ドレーン留置は必要か? 推 奨 待機的肝切除において腹腔ドレーンは必ずしも必要としない。 (グレード B) ■ サイエンティフィックステートメント 待機的肝切除の際の腹腔ドレーン留置に関する RCT によると,ルーチンのドレーン留置は不必要であ るか,禁忌であるとの報告がある。ドレーン留置により,創部合併症,敗血症や感染性液体貯留の頻度 が高くなり,在院日数が有意に増加することが理由としてあげられている(L3F026931) Level 1b, L3F027772) Level 1b,L3F025633) Level 1b) 。一方,門脈圧亢進症を伴う肝硬変症例においては,腹腔ド レーン留置により術後腹水に関連した合併症が減少し,在院日数が短くなるため,ドレーン留置を勧め る報告もある(L3F026344) Level 1b) 。また,ドレーン留置による胆汁漏や腹腔内液体貯留に対する治療 上の有用性(L3F026805) Level 4) ,ドレーン排液中のビリルビン濃度モニタリングによる胆汁漏予測の 可能性(L3F027816) Level 4)や,胆道再建症例や主要グリソン鞘露出例,術中胆汁漏確認例など胆汁漏 の高危険群に限っての留置を勧める報告もある(L3F026567) Level 3) 。また,生体肝移植ドナー肝切除 では,腹腔ドレナージは必須でないとの報告がある(L3F026928) Level 4) 。 ドレーンの抜去時期に関して,早期抜去が望ましいとの報告が散見される(L3F026567) Level 3) 。し かし,高いエビデンスに基づいた検証はない。 ■ 解 説 CDC(Center for Disease Control and Prevention:米国疾病管理予防センター)の手術部位感染予防のガ イドラインでは, 「もしドレーンが必要なら,閉鎖式ドレーンを使用し,できるだけ早期に抜去する」こ とが推奨されている(L3H000149)) 。しかし,肝切除は他の腹腔臓器の手術と異なり,慢性肝障害を伴 っていることが多く,胆汁漏や難治性腹水に留意する必要がある。待機的肝切除の際のドレーン留置の 是非については,1990 年代から RCT が施行されているが,症例数が少ないことや評価法に問題がみら れる報告があり,併存する肝障害の程度や切除術式を考慮した検証が必要である。健康人に施行される 生体肝移植ドナー手術にはより慎重な対応が求められ,また,近年増加している腹腔鏡下肝切除におい ても,ドレーン留置の是非を検討する必要がある。 ■ 参考文献 1) L3F02693 Liu CL, Fan ST, Lo CM, Wong Y, Ng IO, Lam CM, et al. 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Infect Control Hosp Epidemiol 1999;20(4) :250-78. 23/34 第 3 章 手術 第 4 節 補助療法 CQ28 術前補助化学療法は肝切除後の予後を改善するか? 推 奨 肝細胞癌肝切除後の予後改善を目的とした術前補助化学療法として推奨できるものはない。 (グ レード C2) ■ サイエンティフィックステートメント 全身化学療法を術前補助化学療法として施行し,その有効性を検証したエビデンスレベルの高い報告 はほとんど認めない。術前補助化学療法として肝動脈塞栓療法(TAE)/肝動脈化学塞栓療法(TACE) を施行した場合,単回では肝機能の低下もわずかで合併症罹患率も低く,腫瘍壊死や縮小効果により, 進行肝細胞癌で切除率を向上させる可能性はあるが,予後改善効果については一定の見解は得られてい ない(LF000181) Level 4,L3F009312) Level 4,LF001423) Level 3,LF003734) Level 2b:有効,L3F028025) Level 3,LF003506) Level 2b,LF004977) Level 2b,LF120288) Level 2b,LF005379) Level 1b,L3F0280610) Level 1b,L3F0280511) Level 1a:無効) 。術前肝動注化学療法についても,再発抑制や生存率の改善に対 する有効性は認められていない(LF1006512) Level 1a) 。 ■ 解 説 TAE/TACE を術前補助化学療法として有効とする論文のほとんどが 2000 年前後までに発表されてい るが,エビデンスレベルの高い論文は少ない。一方,無効とする論文には,2000 年以降のエビデンスを 伴った RCT やメタアナリシスが含まれており,一定の見解は得られていないものの術前補助化学療法と しては推奨しなかった。 ■ 参考文献 1) LF00018 Minagawa M, Makuuchi M, Takayama T, Ohtomo K. 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Aliment Pharmacol Ther 2003;17(10) :1247-61. 25/34 第 3 章 手術 CQ29 術後補助化学療法は肝切除後の予後を改善するか? 推 奨 肝細胞癌肝切除後の予後改善を目的とした術後補助化学療法として推奨できるものはない。 (グ レード C2) ■ サイエンティフィックステートメント 術後補助化学療法として全身化学療法は肝機能良好例では有用であったとの報告がみられるが,逆に 肝機能を悪化させ予後が不良となったとの報告もあり,一定の見解を得るには至っていない(LF005021) Level 1b,L3F006452) Level 1b:有効,LF000323) Level 1a,LF003514) Level 1b,LF105555) Level 1b:無 効) 。肝動注化学療法や TAE,TACE などの経肝動脈的治療も術後補助化学療法として施行されているが, 無再発生存では有意差を認めるものの累積生存では差がなかったとする報告が多い(累積生存に関して, L3H000176) Level 1b:有効,LF026707) Level 1b,LF005228) Level 1b,LF003514) Level 1b:無効) 。4 編 の RCT を含むメタアナリシスでは,経肝動脈的治療は再発率を抑制し,生存率を改善したと報告された ,投与薬剤や方法が全て異なっており,慎重な評価が必要である。特殊な例で が(LF100659) Level 1a) は,門脈腫瘍栓合併例では術後の経門脈的治療や TACE が有効であったとする報告が認められる (L3F0049710) Level 3,L3F0282011) Level 1b) 。131I-リピオドールの肝動脈内投与については短期予後の 改善が報告されたが (LF0031612)Level 1b) ,続報で長期予後に対する効果は否定された(L3F0071713)Level 1b) 。 ■ 解 説 術後の補助化学療法として,全身化学療法ではテガフール,carmofur やカペシタビンなどが,経肝動 脈的治療ではドキソルビシン,シスプラチンや 5-FU などを用いた報告が認められる。術前補助化学療 法と異なり,術後補助化学療法ではエビデンスを伴った報告を認めるが,投与経路・方法にかかわらず 標準的なプロトコールは確立しておらず,有効とするプロトコールのさらなる検証が必要である。今後 に期待される術後補助化学療法剤として, 経口分子標的治療薬であるソラフェニブがあげられる。 現在, 術後補助化学療法としてのソラフェニブの効果を評価する Sorafenib as adjuvant treatment in the prevention of recurrence of hepatocellular carcinoma(STORM)試験が日本を含む国際共同試験で行われており,結果 の開鍵が待たれている。 ■ 参考文献 1) LF00502 Yamamoto M, Arii S, Sugahara K, Tobe T. 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