調査概要 調査方法 - 独立行政法人 国立青少年教育振興機構

調
査
概
要
調
査
方
法
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2
調査概要
岡島
成行
本調査は、我が国の青少年教育施設の運営等に資するため、ドイツ、イギリス、アメリ
カ、中国、韓国、フランスにおける青少年の体験活動に係る施設の実情をまとめたもので
ある。フランスを除く 5 か国のこの種の調査はほとんどなく、興味深い結果を得ることが
できた。フランスについては既に同様の詳しい調査が行われていることから補足調査にと
どめた。
各国別の調査内容は、1)対象国における青少年教育施設の概要、2)代表的な施設、運
営団体の選定及びその概要、3)施設の現地調査、4)制度的背景、5)文化的背景、6)指
導者養成について、の 6 項目である。
各国調査の報告では 6 項目を分けて詳述するが、本項では、1)
、2)、3)をまとめ、各国
の特徴を抜き出しておく。また、4)と 5)の各国の傾向を示し、最後に指導者制度につい
て概要を述べる。
1. 各国の特徴
調査の結果、世界の青少年教育施設のあり方は実に多様である、ということが明らかに
なった。それぞれの国に青少年教育に対する独特の思想、歴史があり、深く理解するため
には国家の成り立ちから解きほぐさなければならないほどである。
今回は国公立の施設に重点をおいて調査したが、各国各様であり、一括りに比較できな
い。特にアメリカや中国のような大きな国の場合は、野外教育、環境教育、宗教関連施設、
民間の系譜などが複雑に協力関係を保っており、日本のように単純に割り切ることはでき
ない。しかし、大きな傾向としては、国家が直接運営に携わっている例は極めて少なく、
中央政府は全体の管理、資金支援などが中心で、運営は民間に任されていることが多い。
我が国のように国家が手厚く運営に関与している事例は韓国にあるのみで貴重な実験であ
ると言えるだろう。
国立の施設は、ドイツ、イギリス、フランスには無く、アメリカでは 5 省庁に直轄事業
があるが、障害者教育、国立公園や環境教育、就職支援などであり、我が国のような形で
の青少年のための国立施設はない。しかしアメリカには 17 連邦機関からなる「青少年事業
にかかる省庁間ワーキンググループ」があり、情報共有を行い、それを公開するとともに
一貫性ある施策を行う努力がなされている。
ドイツの青少年教育施設は 269 か所あるが、プログラムの内容は野外活動より人格形成、
民主主義教育などに重点が置かれており、我が国の旧国立青年の家に近い。自然体験を中
心にしたものは「学校田園宿舎」制度の施設がある。また、ハイキング、登山など種目別
のトレーニング施設が多く、民間主導である。国立の青少年教育施設は無く、地方自治体
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が運営する施設が 17 か所、民間が運営するものが 252 か所ある。民間団体には地方自治体
からの資金的支援があるが、その場合でも「民間優位の補完性原則」が貫かれており、民
間の自主性が尊重されている。しかし、実際の運営は自治体からの支援が限られており、
50%から 70%の資金は施設そのもので稼ぎ出している。バイエルン州のケーニッヒスドル
フ高原青少年教育施設の場合は、約 3 億円の経費のうち、政府からの補助金は約 8,000 万
円、自己収入が 2 億 2,000 万円である。
イギリスでは野外活動センターを調査したが、国立の施設としては宿泊型野外教育研修
センターが全国に 4 か所あるが、いずれも指導者養成の研修センターである。青少年が利
用する施設としては、国立は無い。いずれも地方自治体の経営で、136 の地方自治体のう
ち 99 の自治体が野外活動センターを所有しており、計 235 施設ある。しかし近年、財政難
のため自治体が予算をつけているのはわずか 7 自治体で、残りの 92 自治体のセンターは寄
付金を獲得するなど外部資金を導入しており、自力で運営資金を捻出している。
アメリカでは 4-H を調査した。農務省の管轄になっているが、大規模な非営利団体の複
合体であり、
5 歳から 19 歳まで 600 万人が会員となっている。
全米に 9 万のクラブがあり、
各州の大学に中核的な運営組織がある。大学では様々なエクステンション・プログラムが
展開され、3,000 以上のプログラムが実践されている。施設は全米で 150 近くあり、年間
約 30 万人が利用している。アメリカには 4-H 以外にもボーイスカウトや YMCA、シエラ・
クラブなど多様な野外教育、環境教育施設があり、公立及び民間主導の自然体験施設が多
数存在し、今回の短期間の調査では把握しきれなかった。アメリカでは自然体験やボラン
ティア、NGO 活動などについて国家による法整備、支援対策などの基盤整備が 100 年にわ
たり実施されてきた。現在ではその成果のもとに民間が中心となって活発な事業展開がな
されている状況である。
中国では青少年戸外体育活動営地を調査したが、2012 年現在、全国に国家級施設が 95
か所あり、うち国家が出資している施設は 59 か所である。しかし、国家は施設建設に力を
注ぐが、その後の運営はほとんどが民間委託であり、資金支援についてはかなり厳しいチ
ェックを行っている。例えば上海の東方緑舟青少年戸外活動営地は 6,000 人が宿泊できる
大きな施設だが、企業が請け負っており、年間予算 14 億円のうち政府からの支援は 2 億
8000 万円、予算の 5 分の 1 にすぎない。残りは学生の参加費や一般の利用促進など経営努
力で賄っている。また、上海市では市内の体育活動営地に対し、支援をするが、支援金の
半分は施設に回らず、
児童学生に一人 200~400 元程度の予算額が学校に入るようになって
いる。学校側は児童生徒の人気の高い施設を選ぶため、人気のある施設に利用者が集中す
ることになり、競争原理が強く働いている。
韓国は、青少年修練院を中心に調査したが、日本に近い運営形態である。国立は 3 か所、
公立が 40、民間が 131 か所である。国立は 1998 年に初めて国立平昌青少年修練院が建設
されており、まだ歴史が浅い。2013 年にはさらに 2 か所増えて計 5 か所になる見込みであ
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る。国立の規模は大きく、1,000 人以上が宿泊できるところが 2 か所、他は 450 人、300
人、380 人となっている。また、国立はそれぞれ教育内容に特色があり、5 つの施設が歴史
文化、自然、宇宙、海洋環境、農業生命の各分野を重点的にカバーしており、この点が日
本と違っている。
フランスには主として 2 種類の青少年教育施設がある。宿泊ができる「バカンス滞在施
設」と宿泊設備のない「余暇施設」である。2010 年度には年間 140 万人がバカンス余暇施
設を利用し、220 万人が余暇施設を利用した。余暇施設は全国で約 23,000 あり、バカンス
滞在施設も全国に 30,000 か所以上存在する。期間は春夏秋冬、クリスマスと通年で利用で
きるが、夏の利用が圧倒的に多い。国立施設は無く、国立の組織団体も無い。全ての施設
は国の認可を受けた民間非営利団体か地方自治体の経営である。
一方、各国における利用者の平均的な負担は、次のようになっている。(円換算には 2013
年 3 月 15 日時点の換算レートを使用)
児童の 1 泊食事付き
30~60 ユーロ(約 3,748~7,498 円)
ドイツ
*但し貧困家庭の子どもには減額補助あり
イギリス
アメリカ
5 日間のコース
150 ポンド(約 21,742 円)(1 日 30 ポンド=約 4,347 円)
一般向け探検 6 日コース
865 ポンド(約 125,383 円)
山並みウオーキング 6 日間
975 ポンド(約 141,326 円)
4-H キャンプ場使用料1日
1,250 ドル(約 120,040 円)
4-H キャビン 1 日
50 ドル(約 4,800 円)
4-H ダイニングホール 1 日
200 ドル(約 19,200 円)
4-H 馬小屋と馬場 1 日
100 ドル(約 9,600 円)
4-H メンバー1 週間キャンプ 1 人
270 ドル(約 25,931 円)
4 泊 5 日高校生プログラム 1 人
350 元(約 4,761 円) (学生負担 210 元=約 3,224 円)
*但し貧困家庭の子どもには全額補助あり
中国
大人の利用一泊
150~1,388 元(約 2,317~21,441 円)
中学生 1 泊 2 日(3 食)1 人
128 元(約 1,977 円)
中学生 1 泊 2 日(3 食)1 人
34,900 ウォン(約 3,022 円)
中学生手練活動費(1 日あたり)
11,500 ウォン(約 997 円)
夏の 7 日間(6 歳~12 歳)1 人
372 ユーロ(約 46,500 円)
同 14 日間
33 ユーロ(約 79,145 円)
同 21 日間
893 ユーロ(約 111,658 円)
韓国
フランス
*貧困層には年度末の確定申告で子供の経費は最大全額が返還される
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本調査の結果、①国立の施設は少なく、また、あったとしても運営は民間に任されてい
るところがほとんどである ②国は施設の許可を与え、法整備、資金援助など民間や公立施
設をバックアップする役割を担っている ③公立であっても経済的補助は非常に少なく、自
助努力で運営している ④我が国の制度は非常にユニークであることなどが明らかになっ
た。
我が国の制度は、国家が施設経営を補償することで、年間 500 万人の青少年が食費以外
ほぼ無償で体験活動の機会を得ることができるという利点があり、親の収入により子ども
の体験に格差が生じるという「体験格差」の解消などにも有効である。しかし、経営効率
の面では、経営努力、競争原理の導入など各国の制度も参考になると思われる。
2. 制度的・文化的背景
ドイツには青年運動の歴史があり、ワンダーフォーゲルやユースホステルなどが生まれ、
世界に広がった。ドイツの特徴はこうした民間の伝統を理解し、政府は民間を伸ばす方向
で施策を続けてきていることである。多くの民間団体は会費や寄付、宝くじの収益などか
ら資金を得ているが、公共からの支援も多い。例えばドイツ連邦青少年連合は政府からほ
ぼ 100%の財政支援を受けている。また、ドイツの教育制度は我が国とは大きく違っており、
塾もなく学校が早く終わるといった状況を理解しないといけないだろう。
イギリスは古くから世界に雄飛する伝統があり、冒険が美徳とされる。貴族の子弟は狩
りや乗馬、ラグビー、ゴルフなどスポーツに励むこととされ、アウトドアスポーツが盛ん
である。青少年野外教育活動に関する法律があり、指導者制度や安全対策などが決められ
ている。サッチャー政権でこの種の施設に対する支援が打ち切られ、公立施設、民間とも
に打撃を受けたが、近年、徐々に回復傾向にある。
アメリカは開拓の子孫という伝統のもとに、アウトドアを楽しむことは国民の権利とさ
れている。戦後すぐに「レクリエーションに関する省庁連携の委員会」が設立され、2000
年までのアメリカのアウトドア・レクリエーションの需要予測をした上で、内務省に担当
局を設置し、様々な支援の法律を整備した。それが今日のアウトドア大国としての地盤を
形成した。
中国には古くから「文・武」が教育の両輪であった。戦後まもなく、青少年教育に関す
る委員会を設立している。毛沢東は「健康一番、学習二番」と協調した。近年では少子化
の影響で体力がなく意思の弱い子どもが増加したと言われ、大きな課題となっており、探
求する心、創新という気持ちを養うことが重要だとの認識が高まっている。
韓国では、1987 年、青少年育成法が制定され、青少年施設の概念が明確になった。その
後、青少年基本法(1991)
、青少年活動振興法(2004)が成立し、現在の青少年活動振興院
や国立施設建設の根拠となった。
歴史的には 1920 年代に導入されたボーイスカウトや YMCA、
30 年代にはガールスカウトが紹介されたことが現在の青少年修練院の源流である。
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フランスでは 1930 年代の大恐慌時代にバカンスが提唱された。休暇を取ることが経済効
果をもたらすという考えで、1969 年には 4 週間の法定有給休暇が制定され、現在では 5 週
間に引き伸ばされている。余暇というのは単なる娯楽や暇つぶしではなく、利害を超越し
た実践活動をすることであり、そのために新たな職業を創造することにつながるのである。
6 か国の調査を経て、いずれの国にも野外活動やボランティア活動を奨励する伝統が存
在していることが明らかになった。青少年教育に体験活動が不可欠であるという点ではど
の国も一致している。我が国も古くから「文武両道」、「知・徳・体」という言葉があり、
青少年の成長過程においては学習とともに体験活動が不可欠であるとの認識があるが、過
度な受験勉強や情報の氾濫などにより、青少年を取り巻く状況は必ずしも体験活動に有利
には働かなくなっている。
青少年教育施設の役割はより重要になっていくものと思われる。
3. 指導者制度
自然体験や社会活動などについて、
国家による指導者制度があるのはドイツ、
イギリス、
フランス、中国、韓国である。アメリカは国家資格ではなく様々な民間制定の資格がある。
安全性などの課題があるため各国でしっかりとした資格制度が求められている。
国家主導の指導者制度がないのは我が国とアメリカだが、アメリカには民間主導の確固
たる指導者制度があり、社会的な信頼を勝ち得ている。我が国にはまだ青少年教育におけ
る確たる指導者制度は存在していない。自然体験活動やボランティア活動などの分野で指
導者制度が整備されつつあるが、誰もが安心できる制度を早急に確立すべきであろう。
こうした中で注目されるのは、フランスのアニマトゥール制度と、指導者制度ではない
が、ドイツの青少年指導者カード制度及びイギリスのエジンバラ・アワードである。
フランスのアニマトゥール制度は、子どもたちがバカンスに行く際に引率する指導者で、
年間 15 万人以上が活躍する。そのうち大学生が 5-7 万人おり、毎年更新される。アニマト
ゥールになるには最低 8 日間の養成コースを終了し、6 日間の実習研修、資格認定期間に 8
日間の研修を受ける必要がある。20 日以上の研修をこなし、ようやく獲得できる資格だが、
毎年 5 万人以上の学生が資格を取得している。
ドイツの指導者カードは 40 科目を履修するコースを終了すると得られる資格で、70%は
16 歳から 25 歳の若者が取得している。1999 年から毎年平均 32,000 枚発行され、2008 年
までに 320,000 枚以上発行されている。このカードを得るとボランティア活動を行う際に
様々な助言や支援を受けられる。
イギリスのエジンバラ・アワードは、14 歳から 24 歳までの青少年を対象に、自主性、
協調性を育くむことなどを目的に、奉仕活動や冒険旅行などを奨励し、実践した活動の時
間数などに応じてアワード(賞)を授与する制度で、この賞を獲得すると就職に有利にな
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り、社会的にも認められるという。
フランスのアニマトゥール制度とドイツの指導者カード、イギリスのアワードは、いず
れも若者や学生に社会参画を促す絶好の機会となっている。我が国では大学生の社会参画
が非常に少なく、今後この方面での施策の充実が求められるようになるだろう。学生の社
会参画が促されれば、学生の成長につながるとともに、社会の各方面に新鮮な刺激を与え
る。青少年施設にとっては、ボランティアや指導者としての学生の参画が進めば、経費節
減につながるし、子どもたちにとっても良い目標となる。この分野における研究が急がれ
る。
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調査方法
1. 知見の整理
諸外国の青少年教育施設等調査研究委員会を設置し、計 3 回にわたり、調査方法の検討・
確認、対象国の青少年教育における諸事情の把握とディスカッションを行った。
第 1 回調査研究委員会
日時:平成 24 年 11 月 5 日(月) 15:00-17:00
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター内 青少年教育研究センター
概要:調査研究委員会委員および執筆担当者の承認
調査方法の検討・確認
フィールド調査にかかる事務手続きについて
第 2 回調査研究委員会
日時:平成 25 年 1 月 16 日(水) 16:00-18:00
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター内 青少年教育研究センター
概要:フィールド調査の進捗状況(報告)
対象国の青少年教育にかかる情報交換
第 3 回調査研究委員会
日時:平成 25 年 2 月 15 日(金) 10:00-12:00
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター内 青少年教育研究センター
概要:フィールド調査の進捗状況(報告)
対象国の青少年教育にかかる情報交換およびディスカッション
2. フィールド調査
平成 24 年 10 月~平成 25 年 3 月上旬まで、執筆担当者がドイツ・イギリス・アメリカ・
中国・韓国のフィールド調査をそれぞれに実施し、政府機関および関連施設の訪問、およ
び担当者へのヒアリング調査と情報収集を行った。なお、フランスについては、すでに情
報収集が十分であったため、フィールド調査を行わなかった。
3.執筆
各国担当者により、
文献調査およびフィールド調査の情報整理が行われ、執筆を行った。
諸外国の青少年教育施設等調査研究委員会の委員はこれらの内容の確認を行い、適宜修正
を行った。寄稿については、同委員が執筆した。
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諸外国の青少年教育施設等調査研究委員会
委員長
岡島 成行 国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター長
大妻女子大学教授
生田 周二 奈良教育大学理事・副学長(教育担当)
加藤 尚武 京都大学名誉教授
関
智子 国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター主任研究員
高野 孝子 立教大学異文化コミュニケーション研究科特任教授
早稲田大学客員教授、NPO 法人 ECOPLUS 代表理事
長島 啓記 早稲田大学教育・総合科学学術院教授
野田 研一 立教大学異文化コミュニケーション研究科教授
山崎美貴子 東京ボランティア・市民活動センター所長
神奈川県立保健福祉大学名誉教授
執筆者一覧
<各国調査報告>
ドイツ
生田 周二
イギリス
立石 麻衣子 奈良教育大学教育実践開発研究センター特任講師
アメリカ
藤 公晴
青森大学大学院環境科学研究科専任講師
関 智子
国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター主任研究員
中国
楊 帆
安藤百福記念自然体験活動指導者養成センター職員
韓国
金 二城
Seoul National University of Education
奈良教育大学理事・副学長(教育担当)
Pre-school and Elementary School Sustainable Development
Education Center, Consultant
フランス
中村 督
南山大学外国語学部講師
調査概要
岡島 成行
国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター長
大妻女子大学教授
<寄稿>
加藤 尚武
京都大学名誉教授
長島 啓記
早稲田大学教育・総合科学学術院教授
野田 研一
立教大学異文化コミュニケーション研究科教授
山崎美貴子・河村暁子
東京ボランティア・市民活動センター
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