第2回 「あなたのことが大好きよ」と何度でも伝えよう

第2回 「あなたのことが大好
あなたのことが大好きよ
大好きよ」
きよ」と何度でも
何度でも伝
でも伝えよう
奈良・おかたに病院
医師
田中茂樹
子どもを元気にするために、親ができることは何か。結局、
「やさしく接すること」
だと、前回お話ししました。具体的には「指示や命令の言葉をできるだけ控えて、そ
のままの彼ら(彼女ら)を受け容れること」です。しかし現実には、それがいかに難
しく、大きな覚悟を必要とすることか、私も親の一人として、よくわかっているつも
りです。
不登校が二年ほど続いている息子さん(高校生)のことで、相談に来られている母
親 A さんの話を紹介します。
【例】息子はアトピー性皮膚炎で、薬を飲まないとすぐ悪化する。「薬を準備してほ
しい」と息子に頼まれたので、A さんは毎食後、薬と水の入ったコップをテーブルに
置いている。
しかし、息子は薬をなかなか飲まない。「薬を飲まないと悪くなるよ」などと、つ
いつい声をかけてしまう。診察で「指示の言葉は使わないように」と言われているの
で気をつけているが、どうしても「薬を飲みなさい」と言ってしまう。
「自分がしつこく促さないと子どもは薬を飲まないだろう。そうするとアトピーが
悪化し、病院に連れて行かないといけなくなる」と思うからだ。
A さんの話を聞きながら私が感じたのは、薬を飲ませることに彼女が強くこだわっ
ていることと、それを指示するかどうかという強い葛藤でした。
愛情を
愛情を確認したくて
確認したくて
このケースは、実は子どもが自分の身体を人質に取っているようなものなのです。
自分の身体を心配する母親の関心を、いわば「愛情」として子どもは確認し続けてい
るのでしょう。A さんの話を聞いていると、彼女がいかにこの「愛情確認ごっこ」に
巻き込まれているかがよくわかります。子どもの身体を心配して必死で話す A さんの
表情を見ていると、私も A さんの子どもが「心配してくれている、愛されている」と
感じるのもわかるような気がします。
このような愛情確認ゲームにはまり込んでいると、親子ともそこからいつまでも脱
出できないでしょう。ただゲームの「目的」は明らかなため、「最初からその目的を
達成させてあげればよい」と私は考えました。そこで、私は A さんに次のようなアド
バイスをしました。
「そのようなやりとりの場面になったら、話の流れに関わらず、『私はあなたのこ
とが大好きよ』『今のままのあなたがいてくれるだけで何もいらないのよ』というよ
うな言葉を息子さんにかけてあげたらいいですよ。子どもが自分の身体を人質に取っ
てまでほしがっているのは、この言葉なのです」
それに対して A さんは次のように言いました。
「私もそう思っていますし、そう言っています。大学なんてどこでもいいよ、どこ
に行っても楽しくできるよって。あんたみたいな子がいないほうがよかったなんて一
度も思ったことないよって、いつも話しています」
A さんが息子に話しているこのような言葉と、
「あなたのことが好き」
「そのままの
あなたでいい」という言葉は、実は全然違います。なぜ「そのままを受け容れる言葉」
を A さんは言えないのでしょうか?
私がそうたずねると、A さんはすごく苦しそう
な顔をされました。私を見返す目は、怒りに燃えているようでした。A さんの心の中
の何かが、子どもを受け容れるやさしい言葉を言わせないのです。
このようなことは、子どものことで悩む多くのケースで共通しています。親と面と
向かって話している私の“直感”ですが、おそらく A さんの心の中の「子ども」の部
分が嫉妬しているのです。
「自分は親からそのまま受け容れられたわけではなかった。それなのに目の前の子
は優しい母親(A さん自身)に受け容れられる。自分はそうしてもらえなかったのに、
なぜこの子はそうしてもらえるのか?
なぜ自分の母親はそうしてくれなかったの
か?」このように自分の子どもに対して嫉妬が起こっているのだと私は思っています。
この通りだとすると、まずは母親の満たされないものを満たすことからはじめなけれ
ばなりません。今の状態では、A さんは子どもに無条件の愛をあたえることができな
いのです。
【例(続き)】息子は、大学受験のために予備校に通いたいと言いだした。その予備
校は入校時に200万円が必要。途中でやめても納めたお金は返金されない。A さん
はそれでも、息子が勉強したいのならお金を出してやろうと考えている。
おそらく起こることは、以前と同じ「愛情確認ゲーム」です。A さんは子どもが遅
れずに行くかどうか、休みそうなら車で送ろうか…など、毎日悶々とするでしょう。
200万円という高額な「身代金」をとって子どもが得ようとしているのは、A さん
の愛情です。自分のことを心配させるために有効な方法を、母親の心をとらえる方法
を、残酷なまでに的確に選んでいるのです。
「ゲーム」
ゲーム」終わらせるには
自分の命や財産にリスクをあたえて快感を得るこのやり方は、ギャンブルや薬物、
買い物などの依存症ともどこか似ているように思えます。このケースでも問題の解決
方法はいたって単純で、「私は今のあなたがいてくれるだけで何もいらない」という
正直な思いを(自分で気がついていなくても、素直に言えなくても、A さんはそう思
っているのです)子どもに何度も何度も伝える、それだけだと思います。親がなぜか
出し惜しみして、我慢して言ってくれない「あなたのことが大好きよ」という言葉。
この言葉をどうにか引き出そうと、子どもは必死です。子どもが大きくなるにつれて、
あらわれ方もさまざまになってきますが、結局は同じことだと私は思います。
自分の中にある「何か」を見つめながら、子どもに(パートナーにも!)勇気を持
って向き合って「あなたのことが大好きよ」と言ってみる。この日常生活の大冒険に、
みなさんもチャレンジしてみませんか?
著者紹介
田中茂樹(たなか・しげき)文学博士。医師・臨床心理士として地域医療、カウンセ
リングに従事している。近著『子どもを信じること』(2011年、大隅書店)。