日血外会誌 14:49–53,2005 ■ 討論の広場 血管外科指導医の条件 倉田 悟 要 旨:新たな専門医制度の導入により2004年 3 月 1 日,心臓血管外科専門医制度が発 足した.今後,専門医を育成,評価する心臓血管外科指導医制度の早期確立が必要であり, その過程で心臓外科および血管外科専門医・指導医制度への細分化が望まれる.血管外科 が一つの診療科として心臓血管外科から独立していくためには診療,研究,教育に質の高 い専門性が要求される.血管外科の到達すべき目標は,1)血管外科の取り扱う手術領域を 明確にする,2) 1)に対し血管外科医に限定した専門性をもたせる,3)血管外科の専門性を 診療報酬に反映させることである.血管外科指導医に求められるものは,1)専門領域にお ける診療実績,2)学術,研究,教育実績,3)有効期限と再審査,4)定年制である.専門医 制度が学会の私的な認定制度であってはならず,看板に偽りなしというためにも指導医選 定および更新は厳格なものでなければならない.血管外科指導医が求めるものは,臨床能 力が高く評価され,社会的な保証や収入に反映されることである.高い能力をもつ指導医 の存在が病院の評価に直結する環境を整えなければならない. (日血外会誌 14:49–53, 2005) 索引用語:心臓血管外科専門医,血管外科指導医,専門医制度,専門医広告規制解除,標榜 できる診療科名 名前はない (表 1) .これは我々のこれからの努力目標で はじめに あり,血管外科が一つの診療科として独立していくた 新たな専門医制度の導入により日本胸部外科学会, めには診療,研究,教育に質の高い専門性が要求され 日本心臓血管外科学会,日本血管外科学会が柱となっ る.当然,血管外科指導医はそれ相当の能力を備えて て,心臓血管外科専門医制度が発足した.しかし,専 おかなければならない. 1) 門医を育成する指導医制度はまだ確立されていない . ここでは,1)血管外科指導医の必要性,2)血管外科 すでに指導医制度が確立している他の学会のごとく指 の専門領域,3)血管外科指導医に求められるもの・求 導医の存在は不可欠となろう.将来,心臓血管外科専 めるものについて私見を述べる. 門医が心臓外科と血管外科に分かれていけば,当然, 1.血管外科指導医の必要性 血管外科指導医が必要となる. わが国最初の学会認定の専門医は日本麻酔科学会で 現在,標榜できる診療科名のなかに血管外科という あり,1962年に発足して以来40年以上の歴史をもって いる2).現在,日本麻酔科学会は認定医,専門医,指導 山口県立中央病院外科 (Tel: 0835-22-4411) 〒747-8511 山口県防府市大崎 77 受付:2004年 9 月29日 受理:2004年11月16日 医の 3 種類を有し,確立されたものになっている. 翻って,心臓血管外科専門医は,広告規制解除の流 れのなかで産声をあげたばかりである (表 2) .今後,専 49 50 日血外会誌 14巻 1 号 表 1 標榜できる診療科名(医療法第70条,医療法施行令第 5 条の11) (2001. 4 厚生労働省) (医業) 内科,心療内科,精神科,神経科,神経内科,呼吸器科,消化器科,胃腸科,循環器科,アレルギー科,リウマチ 科,小児科,外科,整形外科,形成外科,美容外科,脳神経外科,呼吸器外科,心臓血管外科,小児外科,皮膚泌 尿器科,皮膚科,泌尿器科,性病科,こう門科,産婦人科,産科,婦人科,眼科,耳鼻いんこう科,気管食道科, リハビリテーション科及び放射線科 (歯科医業) 歯科,矯正歯科,小児歯科及び歯科口腔外科 ※個別に厚生労働大臣の許可を受けた場合のみ,標榜することができる診療科名 麻酔科 表 2 心臓血管外科専門医資格の広告許可について 平成16年 3 月 1 日 各位 3 学会構成心臓血管外科専門医認定機構 厚生労働省より,本日付けで心臓血管外科専門医資格の広告についての認可があり,各都道府県衛生主管部(局) 長宛てに以下の文書が通知されております.この旨,ご報告いたします. 平成16年 3 月 1 日医療に関する広告が可能となった医師等の専門性に関する資格名等について― 平成14年 4 月 1 日付けの医療機関の広告規制の緩和に伴い,医師等の専門性に関し,告示で定める基準を満たすものとして厚生 労働省に届出がなされた団体の認定する資格名が広告できることとなりました.平成16年 3 月 1 日より(社) 日本透 析医学会,(社)日本脳神経外科学会,(社)日本リハビリテーション医学会,(社)日本老年医学会,特定非営利活動 法人日本胸部外科学会,日本血管外科学会,日本心臓血管外科学会の資格名が広告可能となりました.これにより 医師等の専門性に関する資格名を広告できる団体が追加され,以下の34団体となりました. (団体名) (資格名) (社)日本整形外科学会 整形外科専門医 (広告できる資格者) 医師 (社)日本皮膚科学会 皮膚科専門医 医師 (社)日本麻酔科学会 麻酔科専門医 医師 有限責任中間法人 日本消化器外科学会 消化器外科専門医 医師 (社)日本超音波医学会 超音波専門医 医師 特定非営利活動法人 日本臨床細胞学会 細胞診専門医 医師 (社)日本透析医学会 透析専門医 医師 (社)日本脳神経外科学会 脳神経外科専門医 医師 (社)日本老年医学会 老年病専門医 医師 特定非営利活動法人 日本胸部外科学会 心臓血管外科専門医 医師 特定非営利活動法人 日本血管外科学会 心臓血管外科専門医 医師 特定非営利活動法人 日本心臓血管外科学会 心臓血管外科専門医 医師 医政総発第0301001号 平成16年 3 月 1 日 各都道府県医政主管部(局)長 殿 厚生労働省医政局総務課長 50 2005年 2 月 51 倉田:血管外科指導医の条件 表 3 心臓血管外科医の専門領域 左鎖骨下動脈 1.心臓を取り扱う心臓外科医 2.心臓から大血管まで取り扱う心臓外科医 3.心臓から大血管,末梢血管まで広く取り扱う心臓 外科医 4.人工心肺を使い大血管まで取り扱う血管外科医 5.腹部大動脈から末梢血管まで取り扱う血管外科医 6.一般外科まで幅広く取り扱う血管外科医 門医を育成,評価する心臓血管外科指導医制度の早期 確立が必要であり,その過程で心臓外科および血管外 科専門医・指導医制度への細分化が望まれる. ところで,日本心臓血管外科学会会員数は平成16年 2 図1 月18日現在,3,799名である.このうち,評議員数は146 名であり,著者の判断では心臓外科を主領域にしてい る評議員は132名,血管外科を主領域にしている評議員 は1 4 名と思われる.これは心臓血管外科学会のなか で,血管外科を専門に活躍している上級医が,心臓外 科に比し極端に少ないことを物語っている.血管外科 心臓外科と血管外科の分岐点 A B 人工心肺を必要とする左鎖骨下動脈分 岐部より中枢病変(心臓,上行,弓部 大動脈) ・・・心臓外科で手術 人工心肺を必ずしも必要としない左鎖骨下動脈分 岐部より末梢病変(下行〔上図A,B〕,胸腹部,腹 部大動脈,末梢動脈) ・・・血管外科で手術 医が心臓血管外科学会のなかから血管外科専門医,指 導医制度を作り独立性を主張していくなら,血管外科 医のパワーアップが必要である. るなら,著者は左鎖骨下動脈と考えている (図 1) .人工 また,高齢化社会を反映して動脈硬化性疾患がます 心肺を必要とする左鎖骨下動脈分岐部より中枢病変 (心 ます増加してくれば,必然的に欧米のごとく日本にお 臓上行,弓部大動脈) は心臓外科で,必ずしも人工心肺 いても血管外科は独立し,血管外科指導医制度が遠く を必要としない末梢病変は血管外科で治療する.すな ない将来に発足するであろう. わち,血管外科は胸部下行大動脈から腹部,四肢動脈 いずれにせよ,血管外科医が社会に対する責任を果 疾患まで専門性をもって取り扱う.静脈,リンパ管の たすために,血管外科指導医制度を自ら立ち上げてい 疾患はいずれも血管外科で取り扱う. かなければならない. さらに一般外科における血管外科の役割も重要であ り,血管外科医が専門性をもって対処する.たとえ 2.血管外科の専門領域 ば,呼吸器外科では浸潤性胸腺腫などの悪性腫瘍が上 現在,心臓外科医と血管外科医の手術領域は混在し 大静脈,腕頭静脈に浸潤した場合,泌尿器科では腎癌 ており,なかには心臓血管外科領域全般を広く手術で の下大静脈浸潤,消化器外科では肝癌の下大静脈,膵 きる心臓血管外科医もいる (表 3) .しかし,血管外科医 癌門脈浸潤あるいは腸間膜動脈閉塞など,婦人科では は血管疾患(動脈,静脈,リンパ管)に対し検査,診 子宮癌の腸骨動脈,静脈浸潤,整形外科では外傷骨折 断,そして単に外科的治療のみでなく薬物治療までき に伴う血管損傷など,血管外科医は広い領域において め細かい診療を行っている.また,血管疾患に対する (表 4) .当然,血管 血行再建などの治療を依頼される3) 研究にも日々励んでいる.すなわち血管外科には特有 外科指導医は血管を取り巻く広い分野において高度の の専門性が存在し,心臓外科とは一部互換性があるも 知識と高いレベルの手術能力が要求される. のの,専門領域は区別されなければならない. そして,到達すべき目標は,1)血管外科の取り扱う 動脈疾患において心臓外科と血管外科の領域を分け 手術領域を明確にする,2)血管外科医に限定した専門 51 52 日血外会誌 14巻 1 号 表 4 一般外科,他科における血管外科の役割 価 科 期 あ 心 管 導 化 本 会 年 1.呼吸器外科: 浸潤性胸腺腫などの悪性腫瘍が上大静脈,腕頭静脈に浸潤し血行再建が必要な場合 2.泌尿器科: 腎癌が下大静脈に浸潤し腫瘍栓摘除や血行再建が必要な場合 3.消化器外科: 肝癌の下大静脈,膵癌の門脈浸潤,腸間膜動脈閉塞,あるいは内臓動脈瘤など血管外科的処置が必要な場合 4.婦人科: 子宮癌の腸骨動脈,静脈浸潤,あるいは腹部大動脈周囲リンパ節転移で血管外科医の応援が求められる場合 5.整形外科: 外傷,骨折に伴う動静脈損傷に対して血行再建が必要な場合 6.その他: 他科手術中の血管損傷に対し血管外科的処置が必要な場合 , こ 数 著 性をもたせる,3)血管外科の専門性を診療報酬に反映 十分反映されないと,良い指導医は育たないと言わざ 臓 させることの三点である. るを得ない.高い能力をもつ指導医の存在が病院の評 し 32 価に直結する環境を整えなければならない. 3.血管外科指導医に求められるもの・求めるもの まとめ 主 血管外科指導医はその看板に恥じない実力を有して 評 いなければならない.将来,専門医のみならず指導医 血管外科指導医の必要性,血管外科の専門領域,血 わ の広告認可が可能になると,多くの患者が期待を胸に 管外科指導医に求められるもの・求めるものについて 臓 指導医のもとを訪れるであろうし,厳しい目でみら 著者の私見を述べた. な れ,求められるものも大となろう.指導医に求められ 今後,血管外科医は,社会に対する責任を果たすた を る課題は,1)専門領域における診療実績,2)学術,研 めに,血管外科指導医制度を早期に確立できるよう志 い 究,教育実績,3)有効期限と再審査,4 )定年制であ を高くして行動しなければならない. 臓 る.専門医制度が学会の私的な認定制度であってはな に らず,看板に偽りなしというためにも指導医選定およ 物 び更新は厳格なものでなければならない. 管 反対に,血管外科指導医が世に求めるものも大き 管 い.血管外科指導医が求めるものは,その臨床能力が ら 評価され,診療報酬上においても指導医が手術をすれ 文 献 1) 龍野勝彦:胸部外科指導医.Cardiovasc. Med-Surg., 5:47-51,2003. 2) 武藤輝一:III.我が国における理想的な外科専門医制 度―2.これからの外科系専門医制度に思う―.日外 会誌,102:291-293,2001. ばそれ相応の加算が得られることである.現在の外科 3) 倉田 悟,神保充孝,縄田純彦,他:下大静脈腫瘍血 医診療報酬は労働内容に比しあまりにも貧しい4).この 栓を伴う悪性腫瘍に対する外科的治療.静脈学,12: ため,3K(きつい,汚い,危険) と呼ばれる心臓血管外 63-69,2001. 科医を志す人材は少なくなっている.認定医,専門 4) 出月康夫:外科教育と専門医制度―2.卒前外科教育 医,指導医と上級医になるにつれ,診療報酬や処遇に のあり方―.日外会誌,104:276-279,2003. 52 2005年 2 月 倉田:血管外科指導医の条件 53 Conditions for Vascular Surgical Instructors Satoru Kurata Department of Surgery, Yamaguchi Central Hospital Key words: Cardiovascular surgery specialist, Vascular surgical instructors, Specialist system, Elimination of the regulation on advertisements by medical specialists, Name of medical practices that can be advertised The Cardiovascular Surgery Specialist System was initiated on March 1, 2004 following the introduction of the medical specialists system. It is necessary to rapidly establish a cardiovascular surgical instructor system by which to train and educate specialists and to continually evaluate them. It is hoped that this process can be utilized to further develop a cardiac surgical instructor system and a vascular surgical instructor system. For vascular surgery to become an independent field of medical practice from cardiovascular surgery, a high level of speciality in medical practice, research and education is required. The targets of vascular surgery are 1) to clearly define the areas in which vascular surgery is to be involved, 2) to allow vascular surgeons to have defined specialization with respect to 1), and 3) to allow the speciality of vascular surgery to be reflected in medical fees. What are required for the vascular surgical instructors are 1) medical practice experiences and achievements in the area of specialization, 2) academic, research and educational achievements and experiences, 3) a specialization license validity period and re-examination system, and 4) a maximum age limit. The medical specialist systems should not be a private recognition system by a medical society, and in order to achieve widely accepted authority and recognition, the selection and renewal of licenses of the instructors have to be rigorously and strictly carried out. What vascular surgical instructors look for are high appraisal and guarantee of clinical abilities and appropriate reflection of their abilities in social reputation and income. It is necessary to provide environments in which the presence of an instructor doctor with high capability in directly connected to their evaluation in the hospital in which they work. (Jpn. J. Vasc. Surg., 14: 49-53, 2005) 53
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