正しい知識と意識で行う消毒

特集
できていますか? 洗浄・消毒・乾燥!
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できていますか? 洗浄・消毒・乾燥!
正しい知識と意識で行う消毒
〜陥りやすい落とし穴を知り、気を付けるポイントを探る〜
㈲豊浦獣医科クリニック 古市朋大
消毒を知る
用途も異なります。
消毒は疾病(感染)を予防するために行います。病原微
適切な消毒薬と消毒方法を選択することが重要です。また
生物は自力で移動して伝播することはできず、感染には必
消毒薬はポジティブリストに沿った使用もしなければなら
ず微生物を媒介する感染経路があります。 消毒の目的は、
ないため、消毒薬の選択と使用方法はそれぞれのメーカー
疾病の感染経路を遮断することです。しかし、消毒は単に
や獣医師に相談しましょう。
消毒薬を使用すればよいだけではありません。本稿では効
消毒薬の種類で消毒効果が左右されると思いがちですが、
果的な消毒を行うために、
「農場で陥りやすい落とし穴」を
正しく消毒薬を選択しても実際は、図 1 のように作業の意
中心に解説していきます。
識と丁寧さによって、同じ消毒薬を使用しても効果に大き
抗生物質が細菌にしか効果がないのに比べ、消毒は細菌
な差が生まれます。
こうしたことから、消毒は予防したい疾病を明確にして
とウイルスの両方に効果があります。
消毒は対象に触れることで効果を発揮しますが、病原微
生物ごとに細菌ではグラム陽性菌・陰性菌、芽胞菌、抗酸
消毒とは「洗浄・消毒・乾燥」がセット
菌、ウイルスではエンペローブの有無など外側の構造が異な
るため、それぞれの消毒薬でも効果が異なります。
⃝落とし穴
実際の消毒は、農場入口、車両消毒、踏込消毒、豚舎の
肥育豚の出荷が終わったら使ったカゴがふんだらけ…。
消毒、器具の消毒、豚体消毒、空間消毒などがあります。
次は子豚の離乳、洗浄する時間がないので洗浄なしで上
消毒薬によっては腐食性や皮膚刺激性が異なるため、使用
から消毒薬をかけた
図 1 消毒の効果を上げる要素
(消毒薬が広範囲に及ぶものでも、技術や丁寧さ、頻度が伴っていな
いと、10 × 1 × 1 × 1 = 10 点で消毒効果は期待できません。重
要なのは人の力です)
⃝解決
消毒以前に、「出荷豚の移動と離乳子豚の移動用具が一
緒」ということがまず問題ですが、農場によってはよく見ら
れる光景でもあります。
消毒とは、「洗浄→乾燥→消毒→乾燥」の一連の作業が
終了して初めて消毒が済んだと言えます。
まず、洗浄ですが、ふん便中には多量の病原微生物が存在
するため、消毒を議論する以前にふん便などを完全に洗い流
すことは当たり前のことです。ふん便などの有機物があると
消毒薬の効果が激減します。
「目視検査でふん便が残ってい
ない状態」が洗浄終了ということになります。従って最初の
洗浄によって消毒薬の効果は大きく左右されます(図 2)
。
次に消毒効果を上げるうえで重要なポイントは乾燥です。
「養豚場実用ハンドブック」横関正直
28 Pig Journal 2012.07
微生物が増える条件は主に、①温度、②湿度、③酸素、④
できていますか? 洗浄・消毒・乾燥!
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栄養分の 4 つの因子が適度な状態にあることです。豚舎環
このように、消毒効果を高めるには、
「洗浄→乾燥→消毒
境で微生物が増えないようにするには、この 4 つの因子のう
→乾燥」のすべての作業をしっかりと行うことが必要です。
ちどれか 1 つでも生育に適さない状態にしてあげれば良いわ
けですが、このうち農場でできることは「乾燥」です。大腸
菌も PRRS ウイルスも乾燥に弱い微生物です。
消毒はオールマイティか?
表 1 は同じ塩素系の同じ消毒薬を使用した結果ですが、乾
消毒とは環境中の微生物を少なくし、衛生状態を高める
燥期間によって消毒効果に差があります。この調査からも、
作業です。
消毒効果を高めるには乾燥期間がポイントだということが
疾病予防に大事なのは、感染経路を消毒する「行為」で
確認できました。
はなく、感染経路を遮断する「結果」です。このためには、
感染経路自体がないほうが良いのです。消毒以前の問題と
図 2 ふんが残っていたら消毒薬は効かない
ふんが残っていたら消毒薬は効かない
厚さ 1mm のふんが
床にこびりついてい
たら、
して農場外からの車両の動線と、農場内の豚、車両、作業
者の動線は交わらないようにしましょう。また農場内でも
「病気を運ぶ一番危険な存在は豚である」ため、農場で飼養
している豚は基本的には上流から下流へ移動する形にしま
しょう。どんな強力な消毒薬を使用しても消毒はオールマ
・消毒薬はなかまで届
かない
イティではありません。従って、消毒にあたっては農場外
・消毒薬はふんに触れ
ると不活化する
用する豚舎や器具などの病原微生物の総量を減らすことで
との接点や、動線が交わってしまうポイント、重複して使
感染の機会を低減させる総合的な対策が必要です。
「養豚場実用ハンドブック」横関正直
図 3 乾燥=消毒と心得る
乾燥=消毒と心得る
消毒
液
水が溜まっていると消
毒液が入れない
乾燥していると薬
液が入って殺菌で
きる
直径 1 ㎜の微細孔も菌にと
っては 1000m の大穴
「養豚場実用ハンドブック」横関正直
表 1 消毒方法の違いによる消毒効果の差
(LOG 値)
写真 1、2 出荷車両が農場内に入らないようにするため、バイオ
セキュリティ対策であとからつくった出荷台
Pig Journal 2012.07 29
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できていますか? 洗浄・消毒・乾燥!
消毒の落とし穴(豚舎はきれいでも…)
と諦めるのでなく、工夫と妥協でできることから始め、最
終的には完全な AI・AO にしていく努力と意識が大切です。
AI・AO の目的は豚舎から豚を含め汚染源(病原微生物)
⃝落とし穴
をアウトして感染経路を断ち切ることにあります。このた
分娩舎:哺乳豚の下痢が発生。豚房はピカピカに洗浄・
分娩舎:哺乳豚の下痢が発生。豚房はピカピカに洗浄・
め、豚舎ごとに豚をアウトできない農場であっても、限ら
消毒していても、導入された母豚の体はふんだ
れた範囲から感染経路を断ち切る取り組みを考えれば良い
らけ…
いのです。
離乳舎:離乳舎導入後に
離乳舎:離乳舎導入後に PRRS が陽転。豚房に石灰を塗
豚房の消毒だけでなく、豚の移動通路の消毒を見落とし
るが、移動のカゴと通路のふんを落としきれて
てはいけません。通路、移動用リフトのカゴなどに病原微
いないので、導入された子豚の足はふんだらけ
生物が存在しないように気をつけましょう(写真 3、4)。
…
連続飼養の豚舎では、新たに子豚を導入する際に子豚を
既存の豚の前を歩かせなければならいケースがあります。こ
⃝解決
うした豚舎では、通路の消毒と乾燥が完全にはできないこ
「消毒とは豚舎をピカピカにすること」だとイメージする
とが多いために感染経路遮断が難しくなります。このような
人もいるかもしれませんが、消毒の目的は疾病予防です。疾
ときは台車を利用する等の工夫が必要です。また移動用リ
病の感染経路を断ち切るには AI・AO の徹底が大きな効果
フトのカゴも、頻繁に使用する場合は洗浄・消毒ができて
を出します。AI・AO は農場によって豚舎ごと、部屋ごと、
も乾燥ができないこともあります。カゴは繁殖豚、離乳子
群ごと、とできるレベルに差があります。最初からできない
豚、出荷豚とステージごとに分けることが効果的です。
AI・AO を感染経路の遮断として考えると、分娩舎消毒後
の母豚の豚体消毒の取り組みや、豚舎に入ってくるネズミや
ゴキブリなど衛生害虫対策も併せて行う必要があります。
皆が同じ意識を共有することの重要性
⃝落とし穴
「豚舎の洗浄・消毒を、丁寧に行う人と、雑に行う人が
いる」→「雑に行う人に 2 〜 3 回注意したが改善がない。
あいつはダメだ!」
写真 3 台車を利用して移動
⃝解決策
養豚場の仕事は、
「仕事の目的」を共有化することが重要
です。
丁寧に洗浄・消毒をしない人がいる場合、その人が悪い
のではなく現行の作業システムや教育方法に問題があると
考えるのも大切です。
消毒の勉強会の開催等を通じて、洗浄・消毒という作業
の目的を再度明確にしましょう。そして現場で実際に細か
く手順を目合わせすることが解決策になります。農場独自
の消毒マニュアルをつくることも考えてほしいと思います。
消毒の結果を客観的に評価するため、洗浄・消毒後の豚
舎の拭き取り検査をしている農場もあります(写真 5)。こ
れは結果を検証するだけでなく、農場全体で消毒の効果を
写真 4 離乳豚を移動するコンテナ
30 Pig Journal 2012.07
共有化できる効果的な方法です。
できていますか? 洗浄・消毒・乾燥!
写真 5 豚舎の洗浄・消毒後に農場で行っている拭き取り検査
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写真 6 豚舎増築工事に伴い、工事車両専用の消毒ポイントを設置
図 4 農場入口に設置する車両消毒の案内
また、外部からの訪問者に消毒を実施してもらう場合、ま
ず立て看板やゲートによって衛生管理区域を明確にして、
⃝解決
養豚や衛生についての知識がない人が入ってこないように
施設の工事を行う際には、ときとしてほかの養豚場を訪問
することです。次に、農場に入る飼料配送車や来訪車両に
した養豚施設業者や、防疫に対して意識の低い建築業者が
向けて、消毒方法が分かるように説明方法を工夫すること
頻繁に来場することがあります。また、工事によって動線
が必要です(図 4)。
やピッグフローが変更され、平常時のバイオセキュリティ
が維持できなくなる可能性もあります。
日常と違う状況こそ気を引き締めて
農場に疾病が侵入するきっかけは、工事等、普段と違っ
たことをするときに起こりやすいものです。工事を行うとき
は万全の防疫対応を心がけて下さい。施工責任者との話し
⃝落とし穴
「普段のバイオセキ ュ リテ ィ は完璧。しかし豚舎の工事
合いで工事に係るリスク管理を行い、農場内でエリアの設
定、作業着、消毒施設など慎重に取り決めましょう。
(設備改修や豚舎新築など)が始まった。工事車両が頻
繁に出入りするが、必要な工事だし仕方がない」
Pig Journal 2012.07 31
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継続が課題
図 5 PDCA サイクル
⃝落とし穴
「豚舎の入口で踏込消毒を始めたが、いつの間にか踏込消
毒をしないで豚舎に入っている。また、ふん便がついたま
ま踏込消毒をしており、感染経路の遮断に役立っていな
い」
⃝解決
何ごとも継続が大事です。継続には PDCA サイクルが活
用できます。PDCA サイクルはマネージメントシステムを動
かすツールとして様々な分野で活用されており、PLAN(計
画)、DO(実行)、CHECK(検証)、ACT(見直し)の 4
項目からなります(図 5)。
PDCA サイクルを踏込消毒に当てはめてみましょう。
①(PLAN)農場のミーティングで踏込消毒をすることに
決めました→②(DO)毎日の管理で豚舎の入口で踏込消毒
を実施しています。ここまでは良いのですが、継続には次の
CHECK がポイントです! →③(CHECK)定期的に○○
さんが確認をした結果、踏込槽に入らないで豚舎に入るこ
と、ふん便を落さないで踏込槽に入ることが増えていました
→④(ACT)つい面倒で省いてしまう、長靴のふん便を落
とすのに時間がかかると分析し「長靴を交換すること」に変
更しました(写真 7)。
このように、決められたことがいつの間にか実施されなく
なったりしないように、定期的に実施状況を見直し、問題
点があれば仕組みを変えるなど解決案を出していくことが、
消毒の継続につながります。
写真 7 長靴の交換。外は黒。内は白と誰でも分かるように色分け
③(CHECK)で「定期的な確認を行っている○○さん」
は、経営者や農場長でもよいですし、農場でバイオセキュ
リティリーダーを決めるのもよいかもしれません。第 3 者と
まとめ
して獣医師にお願いするのも効果的です。農場ミーティン
今回は、効果的な消毒を行うために農場で起こりやすい
グなどで、農場バイオセキュリティについて話し合う時間
落とし穴を事例に考えてみました。
をつくりましょう。
「消毒の目的は何か。その目的を達成するためには何が必
このように、継続力は個人によって差があります。問題
要か」について考えると、作業としての消毒が、疾病予防
を皆で共有して取り組むことが大事です。
のための手段としての消毒に変わってくると思います。
(注:この農場では「長靴交換が一番良い方法」という結論
養豚の仕事は、すべての仕事を単なる作業で終わらせる
になりましたが、ある農場では、出入り口に長靴洗浄装置
のではなく、1 つひとつ目的と意味を考えることが結果の伴
を設置しました。このように方法論はそれぞれの農場で異な
う仕事となり、豚の健康に繋がると思います。
ります)
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