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平成 18 年度内閣府経済社会総合研究所 イノベーション国際共同研究プロジェクト
社会イノベーション研究会「Social Enterprise / Social Entrepreneurship 関連文献レビュー集」より
“Social Entrepreneurs and Social Inclusion: Building Local Capacity or Delivering
National Priorities?”
(「社会起業家と社会参画―地域の能力開発か、国家的重点政策の遂行か」)
By Dave Turner and Steve Martin
International Journal of Public Administration, Vol.28, pp.797-806, 2005, Taylor & Francis, Inc.
<要約>
東京工業大学ノンプロフィットマネジメントコース 久住
剛
○概要
西欧の政府は、「社会的排除」を解消するための近隣ベースのプロジェクトの実施にあた
って、ボランタリーセクターやコミュニティセクターを活用することに努めてきている。
「第三セクター」に求められる特別の機能(特徴)は、コミュニティへの精通及び柔軟性・
イノベーションに関する能力である。英国の Neighborhood Support Fund(恵まれないインナ
ーシティに住む不満を抱いている若者達の社会的排除の解消のためにデザインされた中核
的プログラム)に関する詳細な分析によれば、現在の政策環境のもとで、コミュニティベ
ースのプロジェクトを成功裡に遂行するためには、それらの「スキル」だけではなく、「マ
ネジメント能力」が必要とされることが明らかである。特に、「第三セクター」は、中央政
府からの詳細なパフォーマンスデータに関する、増大する要求に応えていかなければなら
ない。従って、コミュニティベースのプロジェクトを成功させるためには、「アントレプレ
ナー」的な活動だけでなく、「マネジメント」面でのスキル(従来は NPO には関わりのな
かったスキル)を持たなければならない。
1.NPO の役割変化
・福祉サービスの提供に関して、単独の法人ではこれを実施できない。
・NPO の役割は、二つの点でメリットがある。
①従来のメインストリームの政策では無視されてきた「コミュニティへの精通」によ
り、政府セクターが持ちえなくなった「正当性」を持っている。
②地方官僚組織が持つことができない「イノベーション」の能力を持っている。
・こうしたことから、政策論議では、いかにして有効な「パートナーシップ」による政
策運営を行うかが議論の的になっている。
・中央政府は、より「公式」の関係を NPO との間で持とうとしている。
・中央及び地方政府との新「コンパクト」により、NPO は相当な政府資金を得ることに
なった。
・この見返りに、米国でもそうであるように、NPO は政府からのモニタリングを受け入
れる「契約」を結ぶ事態となった。
・効果的なサービス提供を可能にするために横断的に立ち回る「バウンダリー・スパナ」
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(境界間の橋渡し役)が注目を集めている。すなわち、「ソーシャル・アントレプレナ
ー」としての役割を果たす人である。彼らは、より現場に即応した新しいサービスを
開発することが出来る人たちである。
2.Neighborhood Support Fund(NSF)
・NSF は、最も恵まれない 40 の地域を対象としたプログラムで、フェイズ 1 では、政府
の「教育・技術省」からの 6000 万ポンドの資金により運営されている。NSF は、教育
や職業訓練、雇用からドロップアウトした若者を支援するコミュニティベースのプロ
ジェクトを実施している。
・この実施にあたって、NFS の資金は、地方政府から、次の 3 つの全国運営組織を通じ
てコミュニティに提供されている。
①コミュニティ・ディベロップメント・ファウンデーション
②ラーニング・アライアンス
③ナショナル・ユース・エージェンシー(NYA)
・プロジェクトの成否には、ボランタリー及びコミュニティセクターにおける人材の、
プロジェクトを「開発」し、「運営」する能力が極めて重要である。
・2000~2003 年のフェイズ 1 では、NYA を通じて実施されたプロジェクトは 103 にのぼ
る。このプロジェクトを興した組織は次の 4 タイプである。
①地方に子会社(支部)を持つ全国的なチャリティ団体
②大きなトラストにより設立された地方組織
③コミュニティ・ニード組織
④NSF のプロジェクトのために新規に創設された組織
・これらのプロジェクトは、通常は、NYA の担当者によってモニターされている。この
担当者は、フェイズ 1 以降にも、資金提供を続けるかどうかの判断をする中心人物と
いうことになる。
・およそ 3 分の 2 のプロジェクトが、NYA 及び「教育・技術省」から継続助成の価値が
あると判断された。
3.「マネジメント」能力と「アントレプレナー」能力
・ソーシャル・アントレプレナーのほとんどの定義は似通った特性を挙げている。
・ビジョン、リーダーシップ、判断力
・触媒―課題と解決策を同時にもたらす
・リーダー、ストーリーテラー、人々を動かす人、ビジョンをもった楽観主義者、同盟
関係の形成者
・上記の能力は、NPO の唯一の得意分野ではない。
・しかし、英国の中央政府は、コミュニティベースのソーシャル・アントレプレナーに
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対して注目し、好んで資金提供をしようという傾向を見せている。
・プロジェクトのマネージャーに対する(自己認識)調査から、「マネジメント」能力と
「アントレプレナー」能力は正の相関があることが分かった。
・さらに、「マネジメント」能力と「アントレプレナー」能力の高さと、フェイズ 2 での
継続助成とも強い正の相関がある。ただ、「マネジメント」能力の方が、将来の助成と
の相関は強い。
・このことから、「マネジメント」能力と「アントレプレナー」能力が高いというマネー
ジャーが運営しているプロジェクトは、NYA 及び「教育・技術省」からも効果的であ
るという評価がなされているということが推論される。
・すなわち、現在の政策環境の下では、「マネジメント」能力と「アントレプレナー」能
力の両方を持った人材が、プロジェクトの成功には不可欠であることが分かった。
・このことは、その後のケーススタディでも裏付けられた。
・ケーススタディからは、イノベーションに対する姿勢から 4 つのレベルに分けられる
ことが分かった。
①パイオニア
②早期採用者
③リスク回避者
④抵抗者
・なお、いくつかのケースから「マネジメント」能力と「アントレプレナー」能力の両
方を必ずしも持たなくても成功ができることも分かった。この場合、
「アントレプレナ
ー」的でないマネージャーでも、ネットワーキング能力を生かして「つなぎ役」や「ネ
ットワーク・アントレプレナー」の役割を果たす他の人材を活用することがある。
・ところで、マネージャーたちは、NSF の運営に対して、満足しているわけではない。
NYA などによるパフォーマンスモニタリングシステムに対しては、批判が多いことも
確かである。調査シートに回答することは、本業がおろそかになるという批判もある。
4.キャパシティ・ビルディングか、それともコントロールか?
・コミュニティベースのプロジェクトを成功に導くための「能力」はどのようにして育
てられるべきかが課題となる。
・「キャパシティ・ビルディング」(トレーニング)アプローチには二つある。
①育成的アプローチ・・・プロセス全体を含む包括的な方法
②戦略的アプローチ・・・プロセスの中から取り出した個別的な方法
・NYA から提供されているトレーニングは、
「内向きのマネジメントスキル」にフォーカ
スを当てるものが大半である。これは、中央官庁の気風が受け継がれたものといえる
だろう。特に、中央官庁への説明の必要性によるものといえる。
・他方で、キャパシティ・ビルディングではなく、地方政府が直接介入する場合がある。
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これは地方のセクターに力が不足している場合である。いくつかのケースでは、政府
組織のスタッフが「落下傘」としてプロジェクトを運営するものがあった。こうした
「ユースワーカー」たちは、もともと属している組織の束縛から自由になり、水を得
て、能力を発揮するものもいる。
・もちろん、コミュニティ・グループの側から見れば、役人たちは自分たちの役割を守
ろうしているだけだとか、プロジェクトを利用して、行政改革によって失われた彼ら
の雇用を確保しようとしているのだという批判も出ているケースもある。
5.結論
・地方政府によるユース・サービスへの幻滅から、最近の英国政府は、政府による独占
的な福祉サービスよりも、ボランタリー及びコミュニティセクターとの協働(の巻き
込み)を増大させる傾向が見て取れる。
・NSF のようなプロジェクトは、NPO にとって安定的な資源を提供すると同時に、新た
なチャレンジをもたらしている。
・膨大なパフォーマンス・モニタリングを提出するために、かつては必要としていなか
ったマネジメント能力が必要とされるようになっている。
・プロジェクトに関わるマネージャーたちは、このことを必要悪と認識している。
・今回の調査から、マネージャーたちは、「マネジメント」能力と「アントレプレナー」
能力の両方を伸長させることができている。
・ただし、NYA によるパフォーマンス・インディケーターが有効かどうかには、疑問が
残る。つまり、モニタリング・データは、「プロセス」に関するデータが多く、「アウ
トカム」に関するデータが少ないため、プロジェクトが成功しているのかどうかを測
る上では十分ではないからである。
・また、NYA によって提供されるトレーニングは、かなり狭い範囲のスキルに偏ってい
るからだ。
・ソーシャル・アントレプレナーは最初の 2 年間で 80%が失敗しているという意見があ
る。
・これに比べると、最初の 3 年間で、15%が中止に追い込まれたという NYA のプロジェ
クトは、よい成績といえる。
・さらに、生き残っただけではなく、中央政府が要求する活動を結う有効に提供してい
るのである。
・ただ、中央政府にとってのリスクは、ボランタリー及びコミュニティセクターに対し
て、契約やパフォーマンス・モニタリングにより、過度にコントロールを強めようと
すると、それらのセクターの有効性を失わせる危険性があるということだ。
以上
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