低コストエアラインの動向 - 公益財団法人 航空機国際共同開発促進基金

(公財)航空機国際共同開発促進基金 【解説概要16-4-3】
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低コストエアラインの動向
1 背景
最近の低コストエアラインの成長振りには目を見張るものがあり、この成長が大手エア
ラインを脅かし、今日のエアライン業界のビジネスモデルを変革させる原動力になってい
る。
(財)日本航空機エンジン協会(以下 JAEC)が参画している 150 席クラス民間航空機
用エンジンの V2500 プロジェクトに関しても、1999 年 5 月に低コストエアラインのジェッ
トブルー・エアウエィズ(以下 JetBlue)からエアバスの A320 に搭載する V2500 を受注し
たことを機会に、最近低コストエアラインとの商談が頻繁に登場するようになっている。
これは、150 席クラス機が運航コスト・パフォーマンスの面で他のリジョナル機やワイド
ボディ機よりも優れており、これに V2500 エンジンの優れた経済性が加わり、市場からよ
り大きな支持を受けている現れである、と考えられる。
そこで本資料では、JAEC の対象市場の主役となっている低コストエアラインの動向にス
ポットを当ててみる。
尚、本資料で低コストエアラインと称する航空会社の英語表記は「Low Cost Carrier」
であり、低コストで運航するエアラインを本資料の対象とする。参考として、主要な低コ
ストエアラインを表-1に示す。
北米
ヨーロッパ
アジア
America West
米国
Ryanair
アイルランド
Virgin Blue
オーストラリア
Southwest
米国
EasyJet
英国
JetStar①
オーストラリア
JetBlue
米国
Bmibaby
英国
Air Asia
マレーシア
Air Tran
米国
Virgin Express
ベルギー
ValueAir
シンガポール
ATA
米国
Hapag-Lloyd
ドイツ
Lion Air
インドネシア
Frontier
米国
German Wings
ドイツ
JetStar Asia①
シンガポール
Spirit
米国
Sky Europe
ハンガリースロバキア
Tiger Air②
シンガポール
WestJet
米国
Wizz Air
ポーランド
Nok Air③
タイ
Air Berlin
ドイツ
Orient Thai 航空
タイ
Volare
イタリア
〔注〕①カンタス航空の子会社、②シンガポール航空の子会社、③タイ航空の子会社
表-1 主要な低コストエアライン
2 エアラインの概況
2.1 エアラインを取り巻く環境
2004 年は、エアラインにとって 2001 年 9 月 11 日の“米国同時多発テロ事件”以降落ち
込んでいた航空需要にようやく回復の兆しが見えてきた年であったが、又、思いがけない
原油価格の高騰に見舞われた年でもあった。エアラインのコスト構造では、通常“運航費
用の約 14%が燃料費であり、人件費に次ぐ運航費用である”といわれているが、急速に 1
バレル 40 ドルを超え、2003 年比で 40%以上もアップした原油価格の高騰は、エアラインの
経営を直撃した。特に欧米のエアラインは、低コストエアラインと大手エアラインの激し
1
い運賃引き下げ競争の最中にあり、燃料費の高騰分をそのまま運賃に反映させることがで
きる環境になかった。この結果、多くのエアラインが赤字決算を余儀なくされており、米
国の四大エアラインでは、2004 年の決算値で、United Airlines(以下 United)が 16 億
4000 万ドル、American Airlines(以下 American)が 7 億 6100 万ドル、Delta Air Lines
(以下 Delta)が 52 億 2000 万ドル、Northwest Airlines(以下 Northwest)が 8 億 4800
万ドル、と莫大な経常損失を計上している。
United は、連邦破産法第 11 条(いわゆる会社更生法)の経営再建策を着実に実施する
必要があり、国内線から国際線へ軸足を移動させたフリートプランの見直しに加え、年金
プランの停止、更なる賃金カット等、厳しいリストラを実施する予定である。
Delta も、2004 年 10 月末にパイロットの賃金カットで 10 億ドルの削減に成功し、連邦
破産法第 11 条への申請を寸前で回避したものの、未だ 200 億ドルの負債を抱えており、予
断を許さない状況にある。
2003 年に連邦破産法第 11 条を脱出したばかりの US Airways は、50 億ドルのコスト削減
(労務費で 8 億ドル)の達成に行き詰まり、2004 年 9 月 12 日に 2 度目の連邦破産法第 11
条を申請し、再度再建を目指すことになったが、極めて厳しい状況といわざるを得ない。
尚、低コストエアラインも例外ではなく、Southwest Airlines(以下 Southwest)も創
業以来初めて利益重視のために短距離路線から長距離路線への全便数の 3%に当たる路線
変更を行い、又、機内娯楽装置の有料化による売り上げアップを検討する等、必死の状況
にある。これは、同社が JetBlue との運賃引き下げ競争に加え、燃料価格高騰分を価格に
転嫁できない厳しい環境にあることを示している。更に、同社のビジネスモデルである 20
分以内の発着時間をキープしながらも、初めて座席指定制の導入(従来は、搭乗ゲートに
並んだ順番)を検討する等、サービス面の強化をも目指している。
2.2 燃料の価格ヘッジ
燃料高騰の経営への影響は、エアライ
ン各社の燃料価格ヘッジのレベルにより
大きく異なっている。
表-2に示す通り、
Southwest は年間使用量の 80%を低価格
でヘッジし、今年の燃料高騰の影響は少
なくて済んだ。しかし、大手エアライン
の中でも American はわずか 9%のヘッジ
しか実施しておらず、原油高の影響をも
ろに受ける形となった。
尚、当面の資金繰りのために価格ヘッ
ジを売却し、現金化したスイス航空では
今後大きな損失が発生することが
2004年航空燃
エアライン名
料使用量に対する
ヘッジ価格
カバー率
Southwest
80%
24 ドル以下
JetBlue
45%
25 ドル以下
American
9%
32 ドル
US Airways
33%
26 ドル以下
Northwest
25%
34-41 ドル
Continental
45%
32-40 ドル
英国航空
45%
28.5 ドル
Lufthansa
89%
不明
見込まれている。
表-2 エアラインの原油価格ヘッジ
上述のヘッジの結果を見ると、充分な
資金を持つエアライン(利益を出しているエアライン)は、過去に適切な価格ヘッジを実
施し、今回の燃料価格高騰でも影響を軽微にとどめている。一方、経営悪化により“与信
枠”が少ないエアラインにとっては、手元流動資金が減少しているために積極的なヘッジ
2
ができず、原油価格高騰の影響をもろに受けるという結果を招いている。
3 低コストエアライン
このような環境下でも、低コストエアラインが持っている競争力は、そのビジネスモデ
ルによるところが大きい。その特徴を次の三つに分けて紹介する。
3.1 Southwest ビジネスモデル
Southwest は、他のエアラインが 1990 年初頭に第一次湾岸戦争の影響を受けてことごと
く赤字を強いられていたのを尻目に、唯一黒字を出し続けていた低コストエアラインの先
駆者的存在である。
このビジネスモデルは、その後に続く Ryanair や EasyJet 等の多くの新興低コストエア
ラインの手本とされており、次の 6 つに大きく特徴付けられる。
● 中規模都市を結ぶ短距離便・直行便に路線を集中
● 機体及びエンジンの統一(現在も、保有する 513 機の機体を B737 に統一)
● インターネットを使用した航空券の直接販売
● 機内無料サービスの廃止
● 他航空会社との乗り継ぎ廃止
● 発着作業の短縮化で機材の高稼動率化
このビジネスモデルでは、一般的なエアラインの運航コストの燃料費(約 14%)に続く
以下の費用の削減に大きく貢献している。
● 発券・販売費用 (約 12%)
● 整備・改修費用 (約 11%)
● 旅客サービス費 (約 10%)
● その他、人件費等(約 53%)
この他にも、機体やエンジンの統一によって、航空機メーカーやエンジンメーカーから
大幅な値引きを引き出すとともに、乗務員訓練費等の低減をも可能にしている。
3.2 JetBlue ビジネスモデル
一方、低コストエアラインでありながらサービスを充実させるビジネスモデルとして、
JetBlue が挙げられる。
2000 年に設立し、急成長を続ける JetBlue は、低運賃を確保しながらも、その拠点空港
を、利便性も高いが着陸料も高いニューヨークの J.F.K 空港に置き、機材も革張りシート
に全席衛星テレビを設置する等、質の高いサービスを提供している。
前述の顧客へのサービス・カットによるコスト削減を指向する Southwest ビジネスモデ
ルとは異なり、JetBlue は、航空券の予約、販売、チェックイン、荷物の受け取り等を IT
技術活用による自動化を行うことでコスト削減を実現している。
3.3 Ryanair の挑戦―Southwest ビジネスモデルの発展型
Southwest のビジネスモデルを踏襲しつつ、徹底したコスト削減に挑むヨーロッパ・ア
イルランドの Ryanair は、
“低コストエアラインとはこういうものだ”と乗客を教育するこ
とを方針としており、運賃以外での乗客へのサービスという観点からは他のエアラインと
一線を画している。
Ryanair の特徴として、次項が挙げられる。
3
● 機内サービスの食事、飲み物、新聞は有料
● 主要都市から離れた小さな空港を使用し、着陸料を節約
● 従業員の制服及びトレーニング費用は自己負担
● 徹底した経費節減(従業員がホテルのメモ用紙を持ち帰り、会社で使用する、等)
● チケットの払戻しには一切応じない(Ryanair 側がフライトを
キャンセルした場合でも応じない。)
こうした徹底したコスト削減の結果、2004 年 3 月期の決算では、平均 48 ドルのチケッ
ト価格で 2300 万枚を販売し、2 億 4800 万ドルの利益を達成している。
参考として、表-3に Ryanair と Southwest の 2003 年の収益比較を示す。
項目
Ryanair
Southwest
Total passengers (million)
23.13
65.67
Total revenue (billion)
$1.29
$5.93
Total operating costs (billion)
$0.97
$5.45
Revenue per passenger
$56.10
$90.40
Cost per passenger
$41.90
$83.04
Net profit margin
19%
7.4%
表-3 2003 年の Ryanair と Southwest 航空の収益比較
しかし、空港の使用規制やヨーロッパで 50 社以上にもなる競合会社の参入で、最近では
優位性が少なくなってきており、このため Ryanair は、次のような驚くべき更なるコスト
削減を実行している。
● 離陸準備作業短縮化のために、新規購入機体では、窓のブラインド廃止、
シートバックの雑誌入れ廃止
● 修理費用削減のため、リクライニングシート廃止
● 荷物の重量制限を一層厳格化し、オーバー分のチャージの大幅値上げを実施
Ryanair は、これまで費用削減策として、95%以上のインターネットでのチケット販売や
120 機にも及ぶ新規機体の発注を実施してきたが、これからは大きな費用削減が難しくな
ってきている。このため同社は、手荷物料金収入、ホテルやレンタカーの手数料収入、機
内エンターテイメントの有料化、等の非チケット販売を現在の 15%から増加させる収入ア
ップに取り組んでいく模様である。
4 低コストエアラインと大手エアラインの戦い
4.1 運賃値下げ競争による喉元の切りあい
1990 年代初頭には、大手エアラインにもスタミナがあり、新規の低コストエアラインと
充分対抗していた。低コストエアラインが大手エアラインの一部の路線に対抗するように
参入しても、それに対して大手エアラインは、フライト本数を増加させ、運賃を低コスト
エアラインと同等もしくは安く設定し、その路線から低コストエアラインが撤退するまで
赤字覚悟で徹底的に攻撃を仕掛けていた。大手エアラインには、この路線の赤字を他の路
4
線の黒字で穴埋めできるほどの体力があった。
但し、一度その路線から低コストエアラインが撤退をすると、その後の路線運賃は異常
なほど高額になっていた。
当時多くの大手エアラインは、このような戦術を取っており、現在でも脈々と同様なこと
をしている。
この事例として、かつて American、Delta 及び United は、ニューヨーク~ロサンゼルス
間ルートを往復 1800 ドルの運賃で運行していたが、2003 年 10 月に America West が往復
598 ドルで参入すると、これら大手エアラインも 608 ドルまで運賃を下げた。又、ボスト
ン~サンフランシスコ間ルートで低コストエアラインの America West が 2004 年 10 月 31
日に撤退すると、
同路線を持つ United 及び American は翌日から一斉に運賃の値上げをし、
その路線の往復運賃は 598 ドルから 1428 ドルへと 2 倍以上に跳ね上がってしまった。
今日の低コストエアラインは、当時と違い、コスト面で非常に大きな競争力を持ち、そ
の上財務上の体力を備えているが、一方の大手エアラインは旧態依然のコスト体質を引き
ずっており、体力がない。このため、当時のように低コストエアラインが一方的にやられ
っぱなしという状況ではなくなって来ている。American は、2004 年 11 月にニューヨーク
~ロングビーチ間のルート及びニューヨーク~フェニックス間のルートから撤退し、又、
ボストン~フォートローダーデール間のルートからも 2005 年 1 月に撤退すると表明してお
り、そのルートの勝者は JetBlue になっている。
4.2 低コストエアラインには低コストエアラインで対抗
近年の低コストエアラインとの価格競争に完全に巻き込まれた大手エアラインでは、労
務費と運航費用(機材の不統一等)が高コスト体質の根源となり、このため低コストエア
ラインとの競争に立ち打ちできなかった。しばらくの間、不採算路線のカット等、低コス
トエアラインに市場を侵食されるばかりであったが、最近になって、完全子会社の低コス
トエアラインを設立して対抗するところが現れた。
Delta は、JetBlue をビジネスモデルにソング(以下 Song)を立ち上げ、ニューヨーク
のJFK空港を拠点にして、最新機材を導入、シートピッチを 33 インチにし、又、機内エ
ンターテイメントを充実させる等、巻き返しを図っている。
他にも、United は低コストエアラインを経営再建の柱と位置づけてテッド(以下 Ted)
を設立し、又、英国の British Midland 航空は低コストエアライン子会社 Bmibaby を設立
する等の大手参入が続いた事例がある。
これら大手エアライン子会社の低コストエアラインが参入することで、今後さらに運賃
引き下げ競争が激化することが予想されるが、低価格だけではないサービス面の差別化を
行うエアラインの動向にも今後注目して行く必要がある。
5 低コストエアラインと Tour Operator との競合
上述のように、低コストエアラインが大手エアラインに与える影響も大きいが、Tour
Operator に対してもより大きな影響を与えている。
特に欧州において、これまでドイツの Tui や英国の First Choice Holiday 等に代表され
る旅行会社が航空券と宿泊券をセットにした旅行を提供していたが、最近では、インター
ネットの普及もあり、個人が直接低コストエアラインの格安航空券を購入するケースが増
5
えている。
又、低コストエアライン側も自社のウエブ経由で格安にレンタカーや宿泊施設を予約で
きるように個人客の取り込みを行い、それによる手数料収入を大きな収益源としている。
6 地域別の低コストエアラインの状況
6.1 北米
北米地区では、上述の通り Ted や Song の大手エアライン子会社の参入、Virgin USA の
参入等、一層競争が激化している。
その中で、JetBlue は、J.F.K 空港での最大乗客数を誇るまでに成長し、専用ターミナル
を建設する等、積極投資を進めている。又、Independence Air は、United と Delta との提
携契約が解除され、独立したエアラインとして新たなスタートを切った。
6.2 欧州
Ryanair と EasyJet との競争が激化している。
Ryanair は、2 億 4000 万ドルを投じて、EasyJet の拠点空港であるルートン空港(ロン
ドン北部)に乗り入れる計画を発表した。Bmibaby の参入と併せて、英国を拠点とした欧
州市場では競争が激しくなってきている。
6.3 アジア・オセアニア
2004 年には、アジア地域においても多くの低コストエアラインが設立された。
オーストラリアでは、一足先に低コストエアラインの Virgin Blue が老舗の Qantas の牙城
を脅かしているが、Qantas も対抗上同社子会社の低コストエアライン JetStar をスタート
させる等、競争が激化している。
シンガポールにおいては、
その JetStar が低コストエアラインの JetStar Asia を設立し、
これに対してシンガポール航空も負けずに Tiger Air を 2004 年に設立する等、シンガポー
ルでは、近年低コストエアラインに衣替えした ValueAir を加えて、3 社がしのぎを削るこ
とになった。
マレーシアでは、Air Asia が、2003 年 11 月に株式市場への上場を果たして、2006 年末
までに B737 を 116 機導入する計画を発表する等、大変元気が良い。
タイでは、Orient Thai 航空、Thai Air Asia に続いて、タイ国際航空が 39%出資するも
のの独立性を維持した低コストエアラインの Nok Air を設立した。
上述のように、2005 年は、特にシンガポール、マレーシア、タイを中心とした低コストエ
アラインの幕開けの年と云えそうだ。
以上
KEIRIN
この事業は、競輪の補助金を受けて実施したものです。
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