ウィンナワルツのリズム - So-net

ウィンナワルツのリズム
団長 佐藤育男
「タッタッタッじゃない!タンタッッタッ!と弾いて下さい!」と指揮者十川氏の声が飛ぶ。
これは 8 月 31 日、第5回「クラシックの午後ー気軽にオーケストラ」演奏会での幕開け曲、
喜歌劇「こうもり」序曲の練習風景である。
「こうもり」序曲は喜歌劇本来の娯楽性も高く、また極めて美しい旋律がちりばめられて
いるので喜歌劇の最もポピュラーな作品として世界中で演奏されている。作曲者はワルツ王
として有名で、この序曲にも「こうもりのワルツ」が出てくるのでお聴きになった方
も多いのでなかろうか。
ワルツの 3 拍子を楽譜どおりに弾くと、イチニッサン(ズンタッタッ)となるが、レントラ
ーやヨハン・シュトラウス一世によって始められたウィンナワルツは、ンターッタッと2拍
目が長く刻まれる。これは、ウィンナワルツを踊るときのターンによって女性のスカートが
くるりと廻って 2 拍目と 3 拍目の間が微妙に伸びるためと言われている。どのくらい長くな
るかは(小生踊ったことがないので)わからない。しかし、ウィンナワルツが典雅で粋でお
しゃれで、
しかもいきいきしているのはこの独特のリズムのせいであることには間違いない。
十川氏はここのところを細かく注文つけているが、本番では宇部オケがどこまで本場ウィー
ンのワルツに迫れるか?楽しみである。
2 曲目はハイドン作曲のトランペット協奏曲変ホ長調(第 1 楽章)である。皆様は宇部オケ
の演奏会で、団員の(ときたまではあるが)素晴しい音色やテクニックを楽しんでおられる
ことと思う。そこで今回は 4 名のパートリーダーをソリストにして協奏曲を 3 曲お届けする
ことにした。
先ずはトランペットのパートリーダー、種田裕彦氏の登場である。氏の輝かしい音色とハイ
ドンのおおらかで美しい旋律をお楽しみ戴きたい。ハイドン以降、協奏曲はこのような一人
の独奏者とオーケストラによる「ソロ・コンチェルト」形式が主流となった。第 2 楽章は出
だしのメロディーがドイツ国歌にもなった弦楽四重奏曲「皇帝」にそっくりだが、残念なこ
とに時間がないので別の機会に演奏させて戴きたい。
3 曲目はモーツアルト作曲のヴァイオリンとヴィオラの為の協奏交響曲変ホ長調 K364(第 1
楽章)である。この曲は、モーツアルト研究家のアルフレート・アインシュタインが、「若
き日の五つのヴァイオリン協奏曲の総決算」と絶賛した名曲だが、宇部市民オーケストラの
弦を代表するコンサート・ミストレスの安永恵さん、ヴィオラのパートリーダー濱野妙子さ
んによる息の合った彫りの深い演奏をお送りする。オーケストラのビオラパートによる分奏
がいっそう豊かで暖かい色彩を与えているところもお聴き戴きたい。第 2 楽章は深い情感に
あふれていてモーツアルトの亡き母へのレクイエムだとも言われているが、エリック・スミ
スは「それは彼の創作のプロセスを誤解しているようだ。彼のたぐい稀な天賦の才は、おの
れの感情を昇華させて決して露わにはしない」と否定している。残念だがこの楽章も省略さ
れるので CD でお確かめ戴きたい。
四曲目は同じくモーツアルトのクラリネット協奏曲イ長調 K622 の第 1 楽章である。
前述のア
インシュタインは、実は物理学者でノーベル賞を受賞したアルバート・アインシュタインの
従兄弟である。一才年上のアルバートも、ヴァイオリンの難曲として有名なバッハのシャコ
ンヌを人前で独奏する程の音楽家だが、私にはアルフレートの方が何倍も近い存在だ。とい
うのも、アルバートの相対性理論を読むことはなくても、アルフレートのモーツアルト評論
は読むことが多いからである。彼は、この曲を「モーツアルトの数ある管楽器のための協奏
曲の最高傑作」と高く評価している。作曲者が亡くなる一ヵ月前の作品だが、晩年の深い諦
念の感情も見え隠れして聴く人の胸に深く染み入る美しさはたとえようもない。独奏者の磯
谷妙子さんは決して名人芸をひけらかすことなくさらりと奏でてこの名曲の総てを表現して
いるのは見事である。
5 曲目は、全員のオーケストラ演奏をお楽しみいただきたい。曲はビゼーの「アルルの女」
第 1 組曲から序曲、および「アルルの女」第 2 組曲の全曲である。ドーデの短編を 3 幕物に
劇化し、その付随音楽(‥今の映画音楽ですね)のなかからビゼー自身がフルオーケストラ
用にまとめた 4 曲が第 1 組曲であり、ビゼーの死後友人のギローが纏めた 4 曲が第 2 組曲で
ある。農村の青年の都会の女に対する激しい恋の悲劇が、南仏プロヴァンスの風俗とともに
美しく哀しく描かれている。
話は逸れるが、パリのオルセー美術館に行くとゴッホの「アルルの女(ジヌー夫人)」を見
ることができる。その絵は有名なルノアールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」からさほ
ど遠くないところにあり、「昼寝(シエスタ)」や「アルルのゴッホの部屋」などと同じブ
ースに並んでいる。ルノアールのやわらかなタッチと違って、ゴッホの書きなぐったような
バックの黄色は強烈な印象を与える。彼はアルルで過ごした2年間に200点もの作品を描
きあげたが、その猛烈な制作意欲を裏付けているかのようだ。彼の描く対象も、ルノアール
の若い女性や陽射しや木漏れ日、そしてあらゆる階級の老若男女が楽しそうに踊る世界とは
大違いである。弟のテオに「僕は描くことに集中しすぎたあまり精神に異常をきたすように
なった」と手紙しているが、私はこの「アルルの女」を見て、ゴッホが画家の眼を通して、
というより病んで孤独な人間としてモデルを見ているように思えてしかたがなかった。モデ
ルはゴッホやゴーギャンがよく通った「カフェ・ド・ラ・ガール」の夫人で、のちにゴッホ
がアルルの精神病院に入院した間、ずっと彼の面倒をみた中年の女性である。彼はジヌー夫
人に母性的な優しさを感じたのであろうか。ゴッホの日記にはドーデの「アルルの女」を読
んだことが記されているが、アルルに来る以前、パリでゴーギャンから「アルルは美人が多
い」と聞かされても当時の彼には若い美人を描く気がなかったのであろうか。
話は戻るが、ビゼーの管弦楽法の素晴しさについてはすでに第 1 回のクラシック夕べで「カ
ルメン」上演の際にご紹介した。曲についても皆様はよくご存知なので省略して、今回はギ
ローの卓越した編曲の腕前について少し触れさせて戴きたい。彼は極力自分のカラーを抑え
てビゼーの特徴を全面に押し出した。原曲はどれも短かすぎたのでいくつかを繋ぎ合わせた
り、まったく別の曲から補った。第 3 曲の「メヌエット」はビゼーの「美しきパースの娘」
という別の歌劇から抜き取ったものである。また、75 小節以降のフルートに絡まるサキソフ
ォンの憂愁の響きはギロー自身の創作である。終曲「ファランドール」の後半はギローの才
能が全開した素晴しい出来で、曲は激しい高揚のうちに終わる。この第二組曲のお陰で「ア
ルルの女」は益々有名になったのである。
最後の曲は、チャイコフスキーの祝典序曲「1812 年」である。題名のいわれは、1812 年にナ
ポレオンのロシア遠征で焼き払われたモスクワの中央大寺院が 70 年後に再建されたことを
祝ったものと言われている。曲は、ロシア正教聖歌「神よ、汝を救い給え」、フランス国歌
ラ・マルセーズ(のパロディー)、ロシア民「門の前で」、当時のロシア国歌「神よ、皇帝
を守り給え」などの耳ざわりの良い旋律が次々に出てくる。そのため「こうもり」序曲のポ
プリ(接続曲)形式のようだが、実際は彼の他の序曲と同じくソナタ形式をとっている。さ
すがはモスクワ音楽院の教授、意外と(‥失礼)楽式にはうるさかった‥。曲のスタイルも
決して斬新なものではない。戦争を描くのに大砲や小銃などを用い、譜線を戦場に見立てて
シャープやフラットが飛び交うという手法は、すでに 70 年前の 1813 年にベートーヴェンが
「ウェリントンの勝利」という曲に用いた。また、国歌マルセーズでフランス軍を表現する
方法も 40 年前にシューマンが「二人の擲弾兵」で先鞭をつけている。しかし、この壮大で大
がかりな祝典曲は、作曲者の優れた管弦楽法によってこの種の音楽では最も有名になったの
である。(2003、8、16 ウベニチ)