「種蒔く人」の誕生と展開

礎久
禰常
の条
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学 位 の種 類
博
士(文
学 位 記 番 号
文
第117号
学位授与年月 日
平 成8年3月22日
学位授与の要件
学 位 規 則 第4条 第2項 該 当
学位 論 文 題 目
『種 蒔 く人 』 の 誕生 と展 開
一
土 崎 版 同 人 を 中 心 と して 一
夫 之 明
昭 博 道
木 懸 平
々
佐 玉 仁
授 授 授
教 教 教
郎
則
木
鈴
葡 授
住 教
論文審 査 委 員
学)
論 文 内 容 の 要 旨
まえ が き
『種 蒔 く人 』 と は大 正10年(1921)2月
に秋 田 県 土 崎 港 町 か ら創 刊 され た 雑 誌 で 、 一 時 休 刊 して
同 年10月 東 京 か ら再 刊 、 大 正12年 の 関 東 大 震 災 まで 続 いた 解 放 文 学 運 動 誌 で あ る。
『種 蒔 く人 』 が 日本 プ ロ レタ リア文 学 運 動 の嗜 矢 で あ る と い う説 は も はや定 説化 して い るか に 見
え る。
しか し共 産 主 義 者 の 文 学 だ けが プ ロ レ タ リア文 学 と い う全 日本 無 産 者 芸 術 連 盟(通 称 ナ ップ)が
プ ロ レタ リァ文 学 の主 流 で あ っ た戦 前 は、 ナ ップが 創 刊 した 『戦 旗 』(昭3・5∼
冊)を
同6・12、
全41
も って プ ロ レタ リア文 学 運 動 の出 発 とす る と い う極 端 な 説 さえ あ った。 一 般 的 に もナ ッ プ陣
営 は 『戦 旗 』 創 刊 以 降 社 会 民 主 主 義 系 の労 農 芸 術 家 連 盟 と完 全 に対立 し、 彼 等 は共 産 党 系 も労農 系
もいや ア ナ ー キ ス トも共 存 した共 同 戦 線 の 『種 蒔 く人 』 を プ ロ レタ リア文 学運 動 の 歴 史 的意 義 に お
い て の み評 価 し、 そ の思 想 、 文 学 な ど の広 範 な方 面 を見 よ うと は しなか った 。
しか し戦 後 、 特 に小 田切 秀 雄 氏 が 「頽 廃 の根 源 につ いて 一
昭28・9)で
日本 近 代 文 学 の 場 合 一
」(『思 想 』
「ナ ップ の眼 鏡 」 を はず した広 い視 座 か らプ ロ レタ リア文 学 運 動 の 再 検 討 を主 張 した
あ た りか ら、 共 同 戦 線 へ の再 評 価 が 始 ま り、 『種 蒔 く人 』 が 日本 プ ロ レ タ リア文 学 運 動 の 祖 と い う
一87一
説 は定 着 し、 同 誌 の歴 史 的 意義 以外 に っ い て も注 目 され るよ うに な った。
けれ ど も今 日で は 日本 プ ロ レタ リァ文 学 に つ い て の研 究 者 は、 日本 共 産 党 系 の 人 が 多 く、 『種 蒔
く人 』 へ の光 の あそ か た は十 分 と は言 い え な い。
飛 鳥 井 雅 道 氏 は次 の ご と く述 べ る。
戦 後 にい た って も文学 史家 た ち は、 プ ロ レ タ リア文 学 を論 ず る と きは、 運 動 と して ア ナ ー キ ス
トは マイ ナ ス に、 コ ミュニ ス トはプ ラス に、 そ れ も コ ミンテ ル ン 日本 支 部 ・日本 共 産 党 が 最 強
とい う、 …(『 日本 プ ロ レタ リア文 学 史 論 』 八 木 書 店 、 昭 和57・11)
この よ うな 状 況 の 中 で、 私 は 「種 蒔 く人 』 を プ ロ レ タ リア文 学 運 動 とい う方 向 だ け に限 らず 広 く
思 想 、文 化 の 各方 面 か ら検 討 を加 え た い。 「種 蒔 く人 』 が 日本 プ ロ レタ リア文 学 の 祖 と容 認 さ れ て
も、 そ れ は東 京 で 発行 され た東 京 版 『種 蒔 く人 』 か らの こ とで、 秋 田 の片 田舎 、 秋 田県 南 秋 田郡 土
崎港 町(現 秋 田市)で
発行 され た18頁 の パ ン フ レ ッ ト土 崎 版 『種 蒔 く人 』 は、 お そ ら く振 り返 られ
る こ と はな く、 今 迄研 究 の対 象 とな る こ とは な か った。
土 崎版 「種 蒔 く人』 は単 に 日本 プ ロ レ タ リア文 学 の 「前 史 」 とあ っ か わ れ て き た。
本 研 究 は、 そ の土 崎版 を東 京 版 との関 係 に お い て十 分 論 じて お く。
さ らに 『種 蒔 く人 』 は、 作 家 ロマ ン ・ロ ラ ン、 ア ン リ ・バ ル ビュ ス、 反 戦 平 和 の ク ラ ル テ運 動 、
雑 誌 『ドマ ン』 等 との 関係 が深 く、 日仏 交 流 史 とい う側 面 か ら も重 要 な研 究 対 象 で あ り、 そ の方 面
で の検 討 もぜ ひ必 要 で あ る。 そ れ らの点 につ い て も論 じて み る。
本 稿 は前 篇 で 『種 蒔 く人 』 の前 史 、 誕 生 、 そ の後 を通 観 し、 後 篇 で土 崎 版 『種 蒔 く人』 を中心 に、
『種 蒔 く人 』 の問 題 点 を詳 説 す る。
前篇
一
『種 蒔 く人 』 の 誕 生 と展 開
『種 蒔 く人 』 以 前
『種 蒔 く人 』 が創 刊 され る以 前 の プ ロ レ タ リア文 学 及 び運 動 を次 の三 項 に わ け て通 観 した。
←)大 逆 事 件 以 降 の 国家 、 体 制 を意 識 した抵 抗 お よ び解 放 の文 学 と運 動 。
(⇒
ロ シア革 命(大 正6年)、
第 一 次 世 界 大 戦(大 正3年 ∼ 同7年)に
影 響 を 受 け た革 命 、 反 戦
等 の文 学 及 び運 動 。
日
明 治 末 期 か らの資 本 家 の台 頭 に よ り労 働 者 が増 大 し、 そ の中 か ら生 ま れ た労 働 者 文 学 。
←うで は、 石 川 啄 木 、 『近 江 思 想 』 の大 杉栄 、 荒 畑 寒 村、(⇒で は大 正 デ モ ク ラ シ ー の 思 想 界 、 民 衆
詩 派 、 白樺 派 、 宮 本 百 合 子 、 日 で は宮 嶋 資 夫 、 宮 地 嘉 六 等 の労 働 者 出身 の作 家 につ いて 述 べ た。
この時 代 は ロ シア革 命 、 第 一 次 世 界 大 戦 等 の影 響 か ら 日本 に も解 放 の文 学 の萌芽 は十 分 あ ったが、
い ま だ政 治 を視 野 に入 れ た文 学 運 動 に は い た らなか っ た。
二
土 崎 版 『種 蒔 く人 』 の誕 生
雑 誌 『種 蒔 く人 』 は大 正10年(1921)2月
に秋 田県 南 秋 田郡 土 崎 港 町 に誕 生 した。 土 崎 港 町 は大
正10年 当時 は人 口17,000人 、 南 秋 田郡 の郡 庁 の 所 在 地 で 、 町 は港(湊)の
名 の ご と く、 雄 物 川 河 口
に開 け た港 町 で あ った。
雑 誌 『種 蒔 く人 』 は2、3、4月
の3号 出版 さ れ、 この3号 を後 の東 京 で 出版 され た もの と区別
して 土 崎 版 『種 蒔 く人 』 と呼 称 して い る。
一88一
雑 誌 の サ イ ズ は た て21.7cm、 横15cmで3号
と も18頁 の小 冊 子 で あ る。 発 行 部 数200部 。
表 紙 に は ミレー の 「種 蒔 く人 」 を あ し らい、 そ の横 に 「自分 は農 夫 の 中 の農 夫 だ。 自分 の綱 領 は
労働 で あ る」 と い う言 葉 が付 され て い る。
目次 は次 の ご と くで あ る。
第1号
生 存 競 争 と相 互 扶 助 論
赤帽子
無 産 者 と有 産 者
金 中生
短歌二首
石川啄木
戦 争 に行 くな ら行 って み ろ(詩)マ
ル セ ル ・マ ル チ ネ
恩 知 らず の乞 食
小牧
貧 乏 人 の涙M生
チ ェ ホ フの 『農 夫 』 か ら(一)洋
文
編輯後記
同人 は小 牧 近 江(本 名 近 江 谷 駒)、 金子 洋 文 、 今 野 賢 三、 近 江 谷 友 治 、 畠 山 松 治 郎 、 安 田 養 蔵 、
山川 亮 の7人 で、 小 牧 、 金 子 、 今 野 は土 崎 小 学 校 の 同級 生 、 近 江 谷 は小 牧 の叔 父 、 小 牧 と畠 山 は従
弟 、 土 崎 版 『種 蒔 く人 』 の 同人 は地 縁 、 血 縁 で しめ られ て い た。
発 行 所 、 発 行 人 、 東 京 市 赤 坂 区青 山北 町一 丁 目8番 地 、 種 蒔 き社 、 小 牧 近 江
印刷 所 、 秋 田県 南 秋 田郡 土 崎 港 町 清 水 町89番 地
寺 林 印刷 所
小 牧 近 江 の父 近 江 谷 栄 次 は国 会 議 員 で、 小 牧 は小 学 校 卒 業 後 父 に従 って上 京 、 暁星 中学 校 に入 学
す る。 さ らに栄 次 が明 治43年 第16回 列 国 議 会 同盟 会 議(於
ベ ル ギ ー の ブ リュ ッセ ル)に 出席 す る の
に 同伴 渡 欧 、 父 の帰 国 後 一 人 でパ リの ア ン リ四世 校 に学 ぶ。
2年 後 父 が 国会 議 員 に落 選 、 送 金 が ス トップ して しま うが、 小 牧 は パ リ大 学 法 学 部 を卒 業 し、 大
正8年 帰 国す る。
小 牧 の在 仏 時 は第 一 次 世 界 大 戦 を は さ ん だ10年 間 で あ り、 戦 争 の悲 劇 を身 近 に体 験 し、 そ の戦 争
に反 対 す る反 戦 思 想 の洗 礼 を受 け る。 しか も小 牧 は苦 学 の生 活 か ら国境 を越 え た人 情 と労 働 の大 切
さ を痛 感 す る。
小 牧 は反 戦 思 想 の ク ラル テ運 動 を 日本 で実 践 す べ く帰 国 す る が、16歳 か らの10年 間 日本 を留 守 に
して い た彼 に は仲 間 も学 閥 もな く、 地 縁 、 血 縁 を頼 りに発 行 した雑 誌 が土 崎 版 『種 蒔 く人』 であ る。
土 崎版 は18頁 の パ ン フ レ ッ トで あ る が、 そ こに は ヨー ロ ッパ 直輸 入 の第3イ
ンタ ー ナ シ ョナ ル の
紹 介 もあ る。
土 崎版 の 同人 で 畠 山松 治 郎 、 近 江 谷 友 治 はプ ロ レ タ リア文 学 運 動 が本 格 化 す る東 京 版 の 同人 とは
な らな い。 そ の た め作 家 で な い2人 は文 章 も発 表 して い な い の で今 日迄 、 『種 蒔 く人 』 の 同 人 と し
て脚 光 を浴 び る こと が な か った。 こ こで土 崎版 を東 京 版 との関 連 で と らえ れ ば2人 の活 躍 が理 解 さ
れ、 土 崎版 「種 蒔 く人 』 に新 た な る照 明 が あ た る。
三
再 刊 、 東 京 版 『種 蒔 く人 』
土 崎版 『種 蒔 く人 』 は大 正10年4月
・ 三 号 を も って休 刊 ・ 同年10月 東 京 版 『種 蒔 く人 』 が再 刊 さ
れ た。
一89一
東 京 版 の創 刊 号 は56頁 、 発 行 部数 も3,000部 と格 上 げ さ れ た。 表 紙 に は 「種 蒔 く人 」 の文 字 を横
に あ し らい、 その 下 に 「行 動 と批 判 」 と書 き、 表 紙 画 に爆 弾(柳 瀬 正 夢 画)を 配 し、 真赤 な帯 に は
「世界 主 義 文 芸 雑 誌 」 と印刷 した。
発 行 人 編 輯 人 印 刷 人 は小 牧 近 江、 発 行 所 は種 蒔 き社 、 住 所 は発 行 人 、 発 売 所 いず れ も東 京市 赤 坂
区 青 山 北 町 一 丁 目8番 地 、 印刷 所 は東 京 市 京 橋 区 南 金 六 町12番 地 英 文通 信社 印 刷 所 で あ る。 定 価 は
30銭 。
創 刊 号 の 目次 は次 の 通 りで あ る。
本欄
思 想 家 に訴 ふ(題 言)種
蒔 き社
石 炭 が ら(小 説)山
川菊栄
炎 の 海(詩)福
田正 夫
罷業 の朝(句)山
川正 義
労 働 運動 と智 識 階級(評 論)村
松正俊
燗 れ た眼(詩)白
鳥省吾
刃 に 刺 され て(詩)松
本 淳三
3人 の乞 食(小 説)沼
田流 人
比叡 の雪(感 想)宮
島資夫
批評
愚論 二 種 ・菊 池 寛 氏 の立 場(正 俊)。 三 島君 の小 説 を読 む 一
『解 放 』 の 「寺 田 屋 騒 動 と三 人
兄弟 」 を読 む(洋 文)。 戯 曲 切 支丹 こ ろび(弘 二)。 童 話集 夜 明 け前 の歌(孝 丸)。 詩 「少 年 時
代 の 思 出 か ら」
『白樺 』(小 牧)。
世界欄
労農 露 国 の大 飢 饅 。 赤 色 露 国 と学 者 。 「エ ス ペ ラ ン ト」 が 「イ ド」 か 。 端 西 よ り(Y生)。
地方欄
争 議 の跡 を訪 ね て(S生)。
雑
古 事 記 神 話 の新 研 究 に就 いて(橘 井清 五 郎)。 イ ンテ リゲ ン ツ イ ア の 偽 らざ る 感 想(赤
幕)
等。
静動
編輯後期
同人 は土 崎 版 の小 牧 、 金 子 、 今 野 、 山 川亮 に村 松 正 俊 、 柳 瀬 正 夢、松本 弘 二、佐 々木孝 丸 が加 わ っ
た。
ア ン リ ・六 ル ビ ュス の共 同 戦 線 の ク ラ ル テ運動 を 日本 に実 践 しよ うと した小 牧 は次 第 に仲 間 を広
げ て い ったQ
同人 に、 作 家 前 田河 広 一 郎 、 葉 山 喜樹 、評 論 家平 林 初 之 輔 、 青 野 季 吉 等 の有 力 メ ンバ ー を 迎 え 、
執 筆 者 と して、 秋 田雨 雀 、 吉 江 喬 松 、 百 田 宗 治、 さ ら に外 国人 の ワ シ リイ ・エ ロ シエ ンコ、 ア ナ ト
ル ・フ ラ ンス まで 協 力 を求 めて い る。
終 刊 ま で の 内訳 は次 の通 りで あ る。
一90一
第 一 年 第 一 巻 一 号 一第 三 号'大 正10年10月 一12月3冊
第 二 年 第 二 巻 四 号 一第 二 号 第 三 巻 第 十 四 号
大 正11年1月
一11月10冊
第 三 年 第 三 巻 十 五 号 一第 三 号 第 五 巻 第 二 号
大 正12年1月
一8月7冊
帝都震災号外
大 正12年10月1日
発行
種 蒔 き雑 記(第 一 冊 の み)同12年1月20日
「飛 び ゆ く種 子 」 一
発行
「両 院 議 員 に与 ふ 」 平 林 初 之 輔 ・小 川 未 明
同
二
「デ ク レエ ルの 家 族 」 レオ ン ・トロ ッキ ー
同
三
「無 名 の英 雄 」 カ ー ル ・ラ デ ック
大 正11年5月
号
号外
同 年7月 号 の か わ り と して7月22日
発
行
同
四
「ロ シ ァを 救 へ 〃」 ナ ンセ ン博士
同年8月 号
号外
同
五
「国 際 無産 子供 週 間 を祝 す」
大 正12年6月
号
「種 蒔 き少 年 」一
大 正12年2月
号付録
付 録 「無 産 婦 人 諸 君 へ」 青野 季吉
無 産婦 人 の 使命 一
大 正12年2月
同
「同 一
同
「吾 等 の メ ーデ ー」 ゴー リキ ー
第二 号(大10・11)で
号外
」 種 蒔 き社
号 付録
同年3月 号 付 録
同年5月 号 付 録
は 「飢 ゑ た る ロ シ アの為 に」、 第 三 号(大10・12)で
は 「非 軍 国 主 義 号 」
と時 期 を得 た過 激 な 特集 を組 ん だ 。
しか も、 そ の 主張 や キ ャ ンペ ー ン はた ん に誌 面 だ け に止 ま らず、 実 践 活 動 を と もな って い る こ と
が 雑 誌 か ら伺 わ れ る。
『種 蒔 く人』 以前 の解 放 雑 誌 が セ ク ト.に偏 向 して いて 実践 を と もな わ な い もの で あ った の とは大
違 いで あ る。
以 上 の よ うな 東 京 版 『種 蒔 く人 』 も、 関 東 大 震 災 に よ って 廃刊 にな った が、 そ の後 「帝 都 震 災 号
外 」(大12・10・1、4頁
のパ ンフ レ ッ ト)と
『種 蒔 き雑 記 』(大13・1・20)を
発 行 した。
この 二 っ の書 物 は関東 大震 災 の 混乱 に乗 じた 社会 主 義 者 、 朝 鮮 人 の迫 害 を ペ ンに よ って告 発 した
歴 史 的 書物 とな った。
四
『種 蒔 く人 』 以 後
「種 蒔 く人」 は 『文 芸 戦線 」 と名 を 変 え て再 出 発 した。 『文 芸 戦 線 』 が 『種 蒔 く人 』 を 母 体 に し
た もの で あ る こ と は、 そ の 同 人 を 見 れ ば す ぐ分 か る。 表 紙 も東 京 版 『種 蒔 く人 』 と同様 柳 瀬 正 夢 が
担 当。
同人 は 「種 蒔 く人 』 か ら山 川 亮 、 上 野 虎 雄 、 松 本 淳 三 、 津 田光 造、 山 田 清三 郎 の5人 が抜 けた次
の13名 で あ っ た。 山 田 は遅 れ て 同 人 に復 帰 した 。
今 野 賢 三 、 金 子 洋 文 、 中 西 伊 之 助 、 武 藤 直 治 、 村 松正 俊、 柳瀬 正 夢 、 前 田河 広 一 郎 、 松 本 弘 二 、
小 牧 近 江 、 佐 藤 袈 裟 美 、 佐 々木 孝 丸 、 青 野 季 吉 、 平 林 初 之 輔 。
この メ ンバ ー に よ って 雑 誌 『文 芸 戦 線 』 が 大 正13年6月
に発行 された。編集 に は金子 洋文 が あ た っ
た。 綱 領 は次 の通 りで あ る。
文芸戦線綱領
一 、 我 等 は無 産 階 級 解 放 運 動 に於 け る芸 術 上 の共 同 戦 線 に立 っ。
一91一
一 、 無 産 階級 解 放 運 動 に於 け る各 個 人 の思 想 及 行 動 は 自 由で あ る。
綱 領 の 「芸 術 上 の共 同戦 線 に立 っ」 は大 正13年 の時 点 で は、 「芸 術 」 表 面 に 出 した 活 動 しか で き
な か った こ とを示 して い る。 ま た 「各 個 人 の思 想 及 行 動 は 自由 」 とい うの は 『種 蒔 く人 』 の よ う に
同 人 の意 識 が統 一 で きぬ こと を示 して いて 、 分 裂 の 危 機 が 迫 って いた こ とを あ らわ して い る。
後篇
各論
五
『種 蒔 く人 』 と ク ラ ル テ運 動
小 牧 近 江 は留 学 中、 第 一 次 世 界 大 戦 後 の 平 和 希 求 の時 期 に、 ア ン リ ・バ ル ビ ュス の小 説 『ク ラル
テ』 の名 を冠 した小 牧 近 江 に共 鳴 す る。
そ の思 想 の 当初 の精 神 は、 次 の よ うな も ので あ るが 、 『種 蒔 く人 』 は この精 神 を 具 体 化 した もの
で あ った、 ク ラル テ運 動 は、 当初 社 会 党 と連 帯 して い たが 、 後 に共 産 党 の 一 機 関 と化 す。 しか し小
牧 は そ の時 はす で に帰 国 して お り、 小 牧 の 念 頭 にあ った の は初 期 の ク ラル テ 運動 で あ った。
1.不
覇 独 立 の知 識 人 に よ る思 想 集 団 の 志 向。
2.啓
蒙 的 文 化 運 動 の志 向 。
3,イ
ン タナ シ ョナ リズ ム の志 向 。
4.平
和 主 義 の志 向。
(山 口俊 章 『フ ラ ンス1920年 代
六
状 況 と文 学 一
』<中 公 新 書 、 昭 和53・9>)
『種 蒔 く人 』 と 『ドマ ン』
小 牧 近 江 は フ ラ ン ス か ら帰 途 、 ス イ ス で 雑 誌
『ドマ ン』(DEMAIN)を
購 入 す る。 そ れ が 「種 蒔
く人 』 の 手 本 誌 と な る 。
『 ドマ ン』 は1916年1月
創 刊 、18年10月
終 刊 。 発 行 場 所 ス イ ス 、 ジ ュ ネ ー ブ。 雑 誌 は す べ て フ ラ
ン ス 語 。 フ ラ ン ス 人 の 評 論 家 ア ン リ ・ギ ル ボ ー(HenriGuilbeaux)の
と29号 が 合 冊 で30号 、28冊 。B5版
、 平 均50∼70頁
主 宰 、 発 行 。11と12号
の週 刊 誌 。
『ドマ ン』 の 創 刊 号 の 目 次 は 次 の ご と くで あ る 。
ア ン リ ・ギ ル ボ ー 「さ て 、 明 日 は?…
オ ー ギ ュ ス ト ・フ ォ レ ル 博 士
…(随
筆)」
「明 日 の 諸 問 題 」(論 文)
ロ マ ン ・ロ ラ ン 「永 遠 の ア ン テ ィ ゴ ネ に 」(随 筆)
レ オ ン ・ トル ス トイ 「平 和 に 関 す る 未 発 表 書 簡 」
エ ス レ ・ス イ グ ウ イ ク 「ク レ ド」(詩 の 翻 訳)
H・M・
ス ワ ン エ イ ッ ク 「婦 人 と 戦 争 」(論 文)
事 実 、 記 事 、 解 説(雑
誌 、 出 版 物 等 の 評 及 び 紹 介)
そ の 創 刊 号 、 そ の 他 の 号 を 読 み 『ドマ ン』 の 特 徴 を ま と め て み る と 次 の よ う に な る 。
(1)戦
②
時 下 の もの で、 戦 争 に抵 抗 す る雑 誌 で あ る。
地 下 組 織 の直 接 購 読 者 組 織 で あ る。
(3)記
事 、 資 料 に も力 を そ そ ぎ、 文 学 一 辺 倒 で な い 。
(4)国
際 性 を も っ て い る。
⑤
抵 抗 の雑 誌 で あ るが 、 理 想 性 に は幅 が あ る。
一92一
、28
㈲
美 しい版 画 が雑 誌 の品 格 を高 めて い る。
そ れ は そ の ま ま東 京 版 『種 蒔 く人 』 で あ る。
『種 蒔 く人 』 の手 本 誌 『ドマ ン』 は厳 しい官 憲 の 目 を逃 れて 小 牧 近 江 に よ って秘 蔵 されて きたが、
戦 後 小 牧 自身 に よ っ て そ の存 在 が 明 らか に さ れ、 『〈 種 蒔 く人 〉 の形 成 と問題 性 」(前 出)に よ って
部分 的 に紹 介 さ れ た。 そ の後 『現 代 の証 言 シ リー ズ』(二 見 書房)の 一 冊 と して翻 訳 出 版 され る 予
定 で あ った が、 企 画 倒 れ で終 わ って しま った。 ここ で 「ドマ ン』 の創 刊 号 の 冒 頭 と 目次 、 さ らに
『種 蒔 く人 』 の 小 牧 と関 係 の 深 い部 分 を翻 訳 、 紹 介 して お く。
七
『ドマ ン』 の 二 人 の ジ ャ ン ー
ジ ャ ン ・ ド=サ
翻 訳 を 中心 と して 一
ン ・プ リは ロ マ ン ・ ロ ラ ン の 弟 子 で 天 折 し た 哲 学 者 、 詩 人 で 反 戦 活 動 家 で あ っ た。
ジ ャ ン の 弟 の ピ エ ー ル が 、 小 牧 が パ リで 最 初 に 学 ん だ ア ン リ四 世 校 の 同 級 生 で あ っ た 。 も っ と も同
級 生 と い っ て も 日 本 人 で フ ラ ン ス 語 に 稚 拙 で あ っ た 小 牧 は16歳 で8歳
の ピエ ー ル の組 に編 入 さ せ ら
れ た 。 寄 宿 生 で 長 い 休 暇 を 過 す 自 宅 を 持 た な か っ た 小 牧 を 、 サ ン ・プ リ家 が 暖 か く 迎 え て く れ た 。
青 春 時 代 異 境 で の 温 か い 人 情 に 触 れ た 小 牧 は 、 終 生 サ ン ・プ リ家 に 愛 着 を 持 ち 感 謝 し て い た 。
ロマ ン ・ロ ラ ンの下 で命 を 賭 け た 反戦 運動 を 展 開 す る ジ ャ ンは小 牧 の手 本 とな った。
『 ドマ ン』 は 、 そ の サ ン ・プ リの 活 動 の 一 翼 で も あ っ た の で あ る。 小 牧 が 『ドマ ン』 を 選 ん だ の
は 、 内 容 も さ る こ と な が ら以 上 の 理 由 に も よ る 。
ジ ャ ン は 『 ドマ ン』 に い つ くか の 詩 と 評 論 を 発 表 して い る。 そ の 詩 と 評 論 を 紹 介 す る。
さ ら に 小 牧 に 大 き な 影 響 を 与 え た ジ ャ ン ・ジ ュ ー レ ス に っ い て の 詩 も 「 ドマ ン』 に 掲 載 さ れ て い
る 。 そ の 詩 も紹 介 す る 。
八
『種 蒔 く人 』 の 投 稿 欄 につ いて
本 欄 と違 い読 者 か らの 投 稿 欄 な ど見 逃 さ れが ちで あ るが 、 東 京 版 『種 蒔 く人 』 の 投 稿 欄 は 曳 『種
蒔 く人 』 の思 想 、 理 論 の実 践 報 告 とい う意 味 で 重 要 で あ る。 特 に土 崎 版 の 旧 同 人 が 東 京 版 同 人 と一
体 とな って 活 動 して い る状 況 が 「地 方 欄 」 よ り読 み とれ る点 はr種 蒔 く人 』 運 動 全 体 を 考 え る場 合
重 要 で あ る。
「種 蒔 く人 』 の投 稿 欄 は以 下 の ごと くで あ る。
投稿欄名
掲
載
誌
号
数
冊
地
方
欄
第 一 巻 第 一 号(大10・10)∼
第 三 巻 十 四 号(大11・11)
13冊
省
人
欄
第 一 巻 第 三 号(大10・12)∼
第 五 巻 二 号(大12・8)
18冊
婦
人
欄
第 二 巻 第 四 号(大11・1)∼
第 二 巻 八 号(大11・5)
5冊
活
第 二 巻 第 五 号(大11・2)∼
第 二 巻 八 号(大11・5)
4冊
生
九
小 牧 近 江 と第3イ
『種 蒔 く人 』 が第3イ
数
ンタ ー ナ シ ョナ ル
ンター ナ シ ョナ ル の 思 想 を 日本 に最 初 に紹 介 した とい うの は もは や定 説 と
な って い る。 土 崎 版 『種 蒔 く入』 の 創 刊 され た 大 正10年 の 時点 で はそれ はま さに画 期 的 な ことで あ っ
た。 当 時 は小 牧 近 江 に いわ せ れ ば 「外 務 省 に勤 めて い たが 、 当時 イ ンターな ぞ は、 だれで もよ く知 っ
一93一
て い な か っ た 」 時 代 で あ る。
本 稿 は そ の 第3イ
ン タ ー ナ シ ョ ナ ル と 小 牧 近 江 、 さ ら に は 『種 蒔 く人 』 の 関 係 を 論 ず る。
小 牧 は フ ラ ン ス か ら帰 路 、 ス イ ス で 『ドマ ン』 と 一 緒 に ス イ ス の フ ラ ン ス 語 使 用 地 区 青 年 社 会 主
義 者 編 集 の 『第3イ
ン タ ー ナ シ ョ ナ ル 』(3meInternationalesesprincipessonpremierCongres)
を 入 手 す る。
『第3イ
ン ター ナ シ ョナ ル』 は次 の章 か らな る。
○序文
Oモ
ス ク ワ に お け る 、 共 産 主 義 イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル 大 会 の チ ム メ ル ワ イ ド会 議 参 加 者 に よ る 宣 言
○ チ ム メ ル ワ イ ド連 合 に 関 す る決 定
0第3イ
ン ター ナ シ ョナ ル結 成 に関 す る提 案
○ 共 産 主 義 イ ン ター ナ シ ョナ ル結 成 に関 す る決 定
○ 共 産 主 義 イ ン タ ー ナ シ ョナ ル 会 議 の 決 議
○ 共 産 主 義 イ ン タ ー ナ シ ョナ ル 宣 言
○ 同志 レー ニ ンの テ ー ゼ ー
〇 第3イ
ブル ジ ョワ民 主 主 義 とプ ロ レ タ リア独 裁 にっ いて 一
ン タ ー ナ シ ョナ ル と歴 史 的 地 位(レ
こ の 書 は、 レ ー ニ ンの 第3イ
に した 第3イ
ー ニ ン)
ン タ ー ナ シ ョナ ル の テ ー ゼ と歴 史 的 過 程 の 報 告 で あ り、 そ れ を も と
ン タ ー ナ シ ョナ ル 第 一 回 会 議 の 決 議 が 掲 載 さ れ て い る の で 、 第3イ
ン ター ナ シ ョナ ル
の 全 貌 を 知 る 上 に は 都 合 が よ い。
小 牧 の 第3イ
ン タ ー ナ シ ョナ ル 理 解 の 特 徴 は 第3イ
も の で あ る が 、 そ の 小 牧 と 第3イ
十
ン ター ナ シ ョナ ル へ の歴 史 的 道 程 を重 視 す る
ン タ ー ナ シ ョナ ル の 関 係 を こ の 書 を 通 じ て 論 じ た 。
金子洋文の文学的出発
金 子 洋 文 は大 正5年 、 土 崎 小 学 校 の代 用教 員 を辞 して上 京、 一 年 後 武 者 小 路 実 篤 宅 に寄 宿 す る。
そ の ため に金 子 は武 者 小 路 に憧 れ て 文 学 修 業 の た め に 上 京 した か に考 え られ て い るが、 彼 の上 京
は茅 原 華 山 の手 び き に よ って 教 育 、 政 治 につ い て の ジ ャ ーナ リス トに な る こ とで あ った。
そ の こと を地 元 の新 聞 、 同 人 誌 を使 って 証 明 す る。
十一
金 子 洋 文 「地 獄 」 自筆 原 稿 を め ぐ って
金 子 洋 文 「地 獄 」(『解 放 』 大12・3)は
彼 の 代 表 作 で あ るば か りで な く、 プ ロ レ タ リア文 壇 市 民
権 獲 得 に寄 与 した作 品 で も あ る。
この作 品 の直 筆 原 稿 が発 見 され た。 それ に よ って 伏 字 を埋 め た り、 不 明 な点 を 明 らか に す る と、
「地獄 」 は さ ら に カ リチ ェベ ー トされ た作 品 とな る。
そ こを 「地 獄 」 の主 人 公 の モ デ ル達 との関 係 にお いて 論 ず る。 モデ ルで あ る畠 山 松 治郎 、 近 江谷
友 治 は土 崎 版 の 同人 で あ り金 子 の農 民 像 が彼 等 に よ って形 成 され い た。 「地 獄 」 の 農 民 が カ リチ ェ
ベ ー トされ て い るの は当 然 で あ る。
「地 獄 」 は金 子 の農 民 の理 想 像 を描 い た作 品 で あ った。
一94一
十二
金 子 洋 文 の 「赤 い湖」 論
「赤 い湖 」(『改造 』 昭3・12)は
青 野季 吉 の 「目的意 識 論 」 に か な った作 品 で あ る。
「赤 い湖」 は秋 田 県 の 小作 争議 に材 を求 め た作 品 で モ デ ル の土 地 を特 定 す る こ とが で きる。
そ の モ デ ル の土 地 を特 定 す る こ とに よ り、 金 子 洋 文 の小 説 作 法 を追 求 す る。
彼 の 描 く小作 争議 は少 しも現 実 の実 態 とあ わ な い。 彼 に と って素 材 した土 地 は ま った く舞 台 の背
景 に過 ぎず、 小 説 はあ く まで青 野 の 「目的意 識 論 」 に よ った。
十三
金 子 洋文 の 「古 川 町 モ ノ」
十四
金 子 洋 文 の 「鱒 」 を め ぐ って 一
ハタ ハ タ
「古 川 町 モ ノ」 の展 開 一
金子 洋文 は秋 田県 土 崎 港 町古 川 町 の 出身 者 で あ る。 彼 は故 郷 を愛 し、 小 説 、 戯 曲 に土 崎 港 町 が よ
く登場 す る。 そ れ が 「古 川 町 モ ノ」 で あ る。
そ の 「古 川 町 モ ノ」 を懐 か しい叙 情 的 な 作 品 ば か り とせ す に、 彼 は故 郷 に素 材 しなが ら 「資 本 主
義 搾 取 の弁 証 法 的発 展 を 示 した」 作 品 も作 りた い と思 う。 しか しそ れ は時 代 が許 さず 、 そ の望 み が
か な った の が戦 後 の 「鱒 」 で あ った。
十五
金 子 洋 文 の 戯 曲 と演 劇 活 動
金子 洋 文 は武 者 小 路 実 篤 の影 響 で戯 曲 に 関心 を持 ち懸 賞 に応 募 し、 い くつか の入 選 を は たす 。
その 後、 新 国 劇、 五 九 郎 劇 の大 衆 演 劇 と出会 い、 役 者 、 観 客 に合 わ せ た芝 居 作 りを学 ぶ。 そ れ は
武 者小 路 の戯 曲 の よ うに、 戯 曲 の 自立 性 は乏 しい もの で あ るが、 演 劇 人 の地 歩 は次 第 に築 か れて 行
く。
しか し逆 に、 自 らの プ ロ レタ リア演 劇 で は俳 優、 観 客 に よ る制 御 を必 要 と しな い せ い か、 往 々 に
して プ ロパ ガ ン ダの 濃 い観 念 的 な もの も あ る。
十六
今 野 賢 三論
十七
今 野 賢 三論 『黎 明 に 戦 ふ 』
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今 野 賢三 は、 短歌 を文 学 的 出発 と し、活 動弁 士 を経 て小 説 に 自 らの表 現 様 式 を求 め る。
しか し情 の人 今 野 は、 感 情 の 流 露 に まか せ る長 編 小 説 よ り、 自 らの情 感 に セ ー ブ を か け る短 歌 、
短 編 小 説 にか え って み るべ き もの が あ る。 彼 の 代 表 作短 編 「火事 の夜 まで」(「種 蒔 く人 』大12・3)
は そ の代 表 的 な もので あ る。
今 野 は小 作 争 議 等 のル ポル タ ー ジ ュ を 『文 芸 戦 線 』 に発 表 しな が ら、事 実 の と りあっ か いを学 ぶ、
次 第 に歴 史 の分 野 に転 身 して 行 き歴 史 小 説 『黎 明 に戦 ふ 』(春 秋 社 、 昭11・10)、 歴 史書 『秋 田県 労
農 運 動 史 』(同 刊 行 会、 昭29・12)の
十八
よ うな秀 作 を生 み 出 す。
『種 蒔 く人 』 の 同 人 畠山 松 治 郎 と近 江 谷 友 治
土 崎 版 の 同人 畠山 松 治 郎 、 近 江 谷 友 治 は東 京 版 に お いて 本 欄 に文章 を発 表 す る ことはな か ったが、
「種 蒔 く人 』 誕 生 の 秋 田 県 南 秋 田 郡 で 実 践 活動 に艇 身 した:。
畠 山 は小 作 争 議 を指 揮 し、 近 江 谷 は県 内 各 地 の開 放 運 動 か を育 て た 。
二 人 の た め に八 郎 潟 町 に は 「農 民 の父 と母 畠 山松 治 郎 ・近 江 谷 友 治 の碑 」 が 立 って い る。
一95一
十九
『種 蒔 く人 』 の 同人 山川 亮 と細 井 和 喜 蔵
地 縁 、 血 縁 者 の集 団 で あ った土 崎 版 『種 蒔 く人 』 の中 で 唯 一 部 外 者 で あ った 山川 は、 地 味 な が ら
編 集 、 文 芸 時評 で活 躍 した。
『女 工 哀 史 』(改 造 社 、大14・7)の
細 井 和 喜 蔵 が 『種 蒔 く人 』 出身 で あ る こ と は あ ま り知 られ
て い な い。
しか し無 名 で あ った彼 を 『種 蒔 く人』 陣 営 は はげ ま し、 名 作 『女 工 哀 史』 を書 か せ た。
二十
鈴 木 清 「監 房 細 胞 」 につ いて
『種 蒔 く人 』 の土 崎 版 同 人 達 は、 終始 一貫 して 労 農 派 を 死守 した。 そ の た め本 論 は労 農 派 の文 学
を論 ず る こ と に な っ た。
そ こで 日本 プ ロ レ タ リア作 家 同 盟 側 の 作 品 を 一 っ 論 じて お くこ とに よ り、 か え って労 農 派 の文 学
が 明 確 に な るだ ろ うと思 い、 秋 田 県 出 身 で しか も生 涯 秋 田 県 で 日本 共産 党 員 と して活 躍 した鈴 木 清
を論 じて お い た。
「監 房 細 胞 」 は あ くま で ナ ップ の文 学 ら し く党 の 命 令 に忠 実 で 監 房 の 中 で さえ細 胞(支 部)作
り
に励 む 男 の 物 語 と な って い る。
論文審査結果 の要 旨
本 論 文 は、 日本 プ ロ レタ リア文 学 史上 重 要 な 意 義 を 有 す る 『種 蒔 く人 』 に っ い て、 出発 点 とな っ
た土 崎 版 『種 蒔 く人 』 の 同 人 の文 芸 的 活 動 と思想 形成 の背 景 に関 す る広 範 か っ綿 密 な調査 を通 して、
そ の誕 生 か ら、 ジ ュ ネ ー ブで 発 行 され た雑 誌 『ドマ ン』 を 手 本 と した 東 京版 『種 蒔 く人 』 へ と発 展
し、 さ らに 『文 芸 戦 線 』 と名 を 変 え て 再 出 発 して い く展 開 の 諸 相 を、 詳細 に解 明 し考 究 した もの で
あ る。
「前 篇
『種 蒔 く人 』 の誕 生 と展 開 」 にお い て は、 『種 蒔 く人 』 の前 史 及 び誕 生 と展 開 の過 程 と
そ の 背 景 が 詳 述 され る。
「一
『種 蒔 く人 』 以 前 」 は、 「大 逆 事 件 以 降 の国 家 、 体 制 を意 識 した抵 抗 及 び解 放 の 文 学 と運
動 」 「ロ シ ア革 命 斗 第 一 次大 戦 に影 響 を受 け た革 命 、 反 戦 等 の文 学 及 び運 動 」 「明治 末 期 か らの資 本
家 の台 頭 に よ り労 働 者 が 増 大 し、 そ の 中 か ら生 まれ た 労働 者 文 学」 の三 項 に っ い て作 品 と運 動 を検
討 し、 プ ロ レタ リア文 学 の萌 芽 にっ いて 考 察 す る。 以 後 の 考 察 を 支 え る 『種 蒔 く人 』 前 史 と して の
プ ロ レ タ リア文 学 と そ の背 景 にっ いて の見 通 しを 提 示 す る もの と して 、 本論 文 につ い て重 要 な意 義
を 持 つ もの と言 うべ きだ ろ う。 「二
土 崎 版 「種 蒔 く人 』 の誕 生 」 に お いて は、 大 正10年2月
に秋
田県 南 秋 田郡 土 崎 港 町 に誕 生 した雑 誌 『種 蒔 く人 』 にっ いて、 小牧 近 江 、 金 子洋 文 、 今 野 賢 三 、 近
江 谷 友 治 、 畠山 松 治 郎 、 安 田養 蔵 、 山 川 亮 の7人 の 同 人 と.その 活動 、 土 崎 版 『種 蒔 く人 』 の 内容 と
発 刊 に至 る まで の背 景 、 第3号
を もって 休 刊 す る まで の 経 緯 と意義 が解 明 され る。 土 崎版 「種 蒔 く
人 』 が 、 フ ラ ンス の ク ラル テ運 動 を 日本 で 実 践 しよ う と した 小 牧近 江 が 少年 時代 の仲 間 や親 族 と出
版 した もの で あ った こ と、 当時 日本 で は ほ とん ど知 られ て いな か った 第3イ
ンター ナ シ ョナ ル につ
いて の紹 介 が あ った こと、 ア ナ キ ー ズ ムの 主 張 等 の 文 学運 動 が そ こで 行 わ れ て い た こ とを 明 らか に
一96一
し、 従来 、 日本 プ ロ レ タ リア文 学 の単 な る 「前 史 」 と して扱 わ れ軽 視 さ れ て きた土 崎版 「種 蒔 く人』
の全 貌 と成立 の背 景 及 び そ の意 義 を初 め て 解 明 した こ と は、 高 く評 価 さ れ る べ き もの で あ ろ う。
「三
再 刊 、 東 京 版 『種 蒔 く人 』」 で は、 大 正10年4月
の土 崎 版 休 刊 後 の 同年10月 に再 刊 され た東 京
版 『種 蒔 く人 』」 につ いて 、 土 崎 版 と の関 係 及 び ジ ュ ネ ー ブで 刊行 され た ア ン リ ・ギ ル ボ ー 主 宰 の
フ ラ ンス語 の雑 誌 『ドマ ン』 との 関係 を 明 らか す る。 東 京 版 『種 蒔 く人 』」 に お い て 行 わ れ た 、 幅
広 い革 新 陣営 の糾 合 、 地 方 支 部 の設 立 、 特 集 に よ るキ ャ ンペ ー ン、 少 年 部 の組 織 等 が 、 小 牧 近 江 が
留 学 時代 にパ リで 見 聞 して きた ク ラル テ運 動 と 『ドマ ン』 の運 動 の影 響 に よ る もの で あ る こと、 東
京版 『種 蒔 く人 』」 が 『ドマ ン』 を手 本 と して い る こ とを 、 小 牧 近 江 が ジ ュ ネ ー ブ で入 手 し秘 蔵 し
て いた 『ドマ ン』 の調 査 に よ って解 明 した こ と は、 『種 蒔 く人 』 研 究 及 び 日本 プ ロ レ タ リ ア文 学 研
究 にお け る瞠 目す べ き成 果 で あ る と言 って よ い。 「四
『種 蒔 く人 』 以 後」 で は、 大 震 災 後 の 大 正
12年10月 に休 刊 した 『種 蒔 く人 』 を 母体 と して名 を変 え て再 出発 した 『文 芸 戦 線 』 に お いて 土 崎 版
『種 蒔 く人 』 か らの同 人 と東 京 版 『種 蒔 く人 』 か ら新 た に加 入 した平 林 初 之 輔 ・青 野 季 吉 等 と の 亀
裂 が生 じて い く過 程 と背 景 に つ い て考 察 す る こ とに よ って、 『種 蒔 く人 』運 動 の 方 向 性 が 確認 され 、
『種 蒔 く人 』 の 日本 プ ロ レタ リア文 学 史 上 にお け る的 確 な位 置 付 けが な され て い る。
「後 篇
各 論 」 で は、r種 蒔 く人 』 の背 景 と その 同 人 の 文 芸 的 活 動 が 詳述 され る。
「五
「種 蒔 く人 」 と ク ラル テ運 動 」 で は、 小 牧 近 江 が留 学 中 に ア ン リ ・バ ル ビ ュス の小 説 「ク
ラル テ』 の名 を冠 した ク ラル テ運 動 に共 鳴 し、 「不 轟 独 立 の 知 識 人 に よ る思 想 集 団 」 「啓 蒙 的文 化 運
動 」 「イ ン タナ シ ョナ リズ ム」 「平和 主義 」 を 志 向 す る初期 の ク ラル テ運 動 の精 神 を具 体 化 しよ う と
した もの が 『種 蒔 く人 』 で あ った と述 べ る。 『種 蒔 く人 』 の思 想 的 背 景 と その 志 向 す る方 向 を 解 明
す る重 要 な指 摘 で あ る と言 え よ う。 「六
『種 蒔 く人 』 と 『ドマ ン』」 で は、 小 牧 近 江 が フ ラ ンス か
らの 帰 途 購 入 した 『ドマ ン』 にっ いて 詳 細 な 紹介 と分 析 が な され、 「戦 時 下 の もの で 、 戦 争 に 抵 抗
す る雑 誌 」 「地 下 組 織 の直 接 購 読 者 組 織 」 「記 事 、 資料 に も力 を そそ ぎ、 文学 一 辺 倒 で な い 」 「国 際
性 を も って い る」 「抵 抗 の雑 誌 で あ る が、 理 想 性 に は幅 が あ る」 「美 しい版 画 」 とい う 「ドマ ン』 の
特 徴 が 東 京 版 『種 蒔 く人 』 に反 映 して い る と して 、 そ の 影 響 の あ とを 明 らか に して い る。 「七
『ドマ ン』 の二 人 の ジ ャ ンー
翻 訳 を 中心 に 一
」 に お い は、 小 牧 近 江 が 明 治43年 に16歳 で フ ラ ン
ス に留 学 し、 ジ ャ ン ・ ド=サ ンプ リと親 交 を 持 ち、 ま た社 会党 の指導 者 で 『ユ マ ニテ』の創 刊者 ジ ャ
ン ・ジ ョー レス の暗 殺 に よ る死 に よ って 平 和 思 想 を植 えつ け られ た こ とが、 「ドマ ン』 へ の 関 心 を
深 め た と して い る。 「八
「種 蒔 く人 』 の投 稿 欄 に っ い て」 で は、 東 京 版 に な って か ら設 け られ た
投 稿 欄 にっ い て の詳 しい調 査 に よ って、 土 崎 版 同 人 と東 京 版 同 人 が 一 体 とな って 活動 して い る状況
を確 認 し、 『種 蒔 く人 』 の思 想 ・理 論 の実 践 報 告 と して の投 稿 欄 の意 義 を考 察 す る。 「九
と第3イ
ン ター ナ シ ョナ ル」 で は、 小 牧 近 江 が ス イ ス で入 手 した 『第3イ
容 を分 析 す る こ とに よ っ て、 第3イ
蒔 く人 」 の第3イ
ンタ ー ナ シ ョナ ル』 の 内
ンタ ー ナ シ ョナ ル と小 牧 近 江 及 び 「種 蒔 く人 』 との 関 係、 『種
ン ター ナ シ ョナ ル理 解 の特 徴 を 明 らか に し、 「種 蒔 く人 』 の 思 想 的 背 景 が綿 密 な
調 査 を通 して究 明 さ れ て い る。 「十
め ぐって」 「十 二
今 野 賢 三論 」 「十 七
金子 洋文 の 文 学 的 出発 」 「十 一
金 子 洋 文 の 『赤 い 湖 』 論 」 「十 三
の 『鱒』 を め ぐ って
江 」 「十 九
小牧近 江
『古 川 町 モ ノ』 の展 開 一
金 子 洋 文 『地 獄 』 自筆 原 稿 を
金 子 洋 文 の 『古 川 町 モ ノ』」 「十 四
」 「十五
今 野 賢 三論 『黎 明 に戦 ふ 』」 「十 八
金子洋文
金 子 洋 文 の戯 曲 と演 劇 活 動 」 「十 六
『種蒔 く人 』 の 同人 畠 山 松 治 郎 と小 牧 近
『種 蒔 く人 』 の同 人 山 川 亮 と細 井 和 喜 蔵 」 にお いて は、 土 崎版 『種 蒔 く人 』 の 同 人 金
一97一
子 洋 文 、 今 野 賢 三 、 畠 山松 治 郎 、 近 江 谷 友 治 、 山 川亮 の 文 芸 的 活動 と実 践 活 動 に関す る綿密 な調査 、
作 品 の特 質 に っ い て の考 察 が行 われ 、 ま た 「二 十
鈴 木 清 『監 獄細 胞 』 に っ い て」 で は、 秋 田県 で
活 躍 した 日本 プ ロ レタ リア作 家 同 盟 の作 家鈴 木清 の作 品 の分 析 を通 じて、 終 始 一 貫 して労 農 派 と し
て の立 場 を守 っ た土 崎 版 『種 蒔 く人 』 同 人 の 文学 を対 比 的 に浮 彫 りに す る。
以 上 の よ うに、 本 論 文 は、 土 崎 版 か ら出 発 して 東 京 版 へ と発 展 して い った 『種 蒔 く人 』 につ いて、
土 崎 版 同 人 の文 芸 的 活 動 と思 想 形 成 の背 景 を、 海 外 に も及 ぶ広 範 か っ綿 密 な調 査 に よ って 明 らか に
した も ので あ る。 そ の創 見 に満 ちた 画 期 的 な 成果 が今 後 の 『種 蒔 く人 』 研 究 さ らに は 日本 プ ロ レ タ
リア文 学 及 び プ ロ レタ リア文 学 運 動 研 究 にお け る道標 と して永 く研 究 史 に残 る もの で あ る こ とは疑
いを 容 れ な い と こ ろで あ る。
以 上 の 理 由 に よ って 、 本 論 文 の 提 出者 は、 博 士(文 学)の 学 位 を授 与 され るに十 分 な資 格 を有 す
る も の と認 め られ る。
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