戦後進駐軍ハウスの景観を アレンジしたまちなみ

西側の小公園とその周りのショップ
まちなみ研究①
ジョンソンタウン(埼玉県入間市)
戦後進駐軍ハウスの景観を
アレンジしたまちなみ
「ジョンソンタウン」
編集部
国土交通大臣賞を受賞した。
埼玉県入間市の北東部。池袋から西武池袋線急行に乗り40
分。入間市駅を降りてケヤキ並木を歩くこと15 分、
「JOHNSON
TOWN」という青い看板が目に入る。国道 463 号から見えるそ
土地の記憶を受け継ぐ
ジョンソンタウンのある入間市は、都心から 40km 圏内に位
の一角に、戦後の GHQ 占領時に米軍基地のため建設された「米
置し、加治丘陵や狭山ケ丘、入間川などの河川、秩父連山や多
軍ハウス」と呼ばれる平屋建ての住宅を再活用した独特のまち
摩の山並みの景観が美しく、狭山茶の主産地である。現在、ジ
なみ景観が生み出されている。住宅だけではなく、個性的なブ
ョンソンタウンの約 1km 北東に航空自衛隊入間基地がある。
ティックやカフェも点在して、週末や休日には、このまちの雰
ジョンソンタウンの歴史は、1933 年(昭和 8 年)に磯野商会
囲気を楽しむことを目的とした来訪者も訪れる。
の先代が、製糸会社の農園 20 万坪を取得したことから始まる。
老朽化した「米軍ハウス」を改修し、まちを蘇らせた事業主
もともと入間には石川組製糸という生糸の出荷高で昭和 6 年に
体は株式会社磯野商会。土地は同社の所有で、建物は賃貸物件
は全国 6 位を記録する全国有数の製糸会社があった。海外との
である。
「戦後」という短い時間ではあるが、土地や建物が持
取引も多かったため、ニューヨーク五番街にも事務所を設置し
つ歴史や文化を受け継ぎつつ、そのまちなみを維持管理するた
ていたとのこと。そんなことも考えると、この土地とアメリカ
め日々努力を重ね、平成 27 年度都市景観大賞 都市空間部門で
とのかかわりも一層興味深い。ちなみに、入間市には、石川組
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改装された米軍ハウス
ジョンソンタウン内のフットパス
管理事務所前のオープンスペース
南側の富士見公園に沿った一画は住居が中心
製糸を創始した石川幾太郎が取引先のアメリカの貿易商を招く
府からの要請でアメリカ人向け住宅、いわゆる「
(基地用)米軍
にあたって建設した旧石川組製糸西洋館(設計:室岡惣七、建築:
ハウス」を建てて、基地に貸し出した。1954 年、磯野商会も
関根平蔵)が国登録有形文化財として保存されている。
磯野住宅の土地に、米軍ハウス 24 戸を新たに建設した。戦後、
1939 年(昭和14 年)
、日本陸軍による陸軍士官学校がこの
わが国の住宅開発はほとんどが欧米を参考にして新しくつくら
地に開校し、その後、陸軍航空士官学校となった。磯野商会は、
れたものだということを考えれば、この頃の米軍ハウスがどの
ここに勤める将校たちの平家の日本家屋(将校住宅)50 戸を建
ような位置付けだったのか、少しは想像できる。
設し、陸軍に貸与する。この住宅は当時「磯野住宅」と呼ばれ
その後 1978 年、ジョンソン基地が航空自衛隊に全面返還さ
ていた。
れ、日本人向けの賃貸に切り替えた。しかし、高度経済成長期
そして1945 年の終戦を迎え、陸軍航空士官学校はアメリカ
の住宅建築ラッシュ、バブル景気による地価上昇などもあり、
陸軍航空軍が進駐し、翌年「ジョンソン基地」と命名。一方で、
周囲の米軍ハウスのオーナーの多くは土地を手放したりアパー
1947 年の農地改革により農地はすべて小作農家に渡ってしま
トへ建て替えた。その結果、入間に数多くあった米軍ハウスは
ったため、磯野家には「磯野住宅」のあった土地だけが残る。
次々と取り壊され、気がつけば米軍ハウスが残っているのは、
1950 年の朝鮮戦争のため、米兵とその家族が急増し、米兵
磯野住宅の一角だけになってしまった。しかしその頃の磯野住
の宿舎が不足したことにより、基地周辺の地主の多くは日本政
宅の状況は、放置され、老朽化し、荒れ果てていたという。
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平成ハウス内部。テナントの自由度が高い
「このような感じがジョンソンタウンのイメージ」とのこと
日本家屋(戦前の将校住宅)を活用したお店
高木の手入れは事務所が管理
そんな中、1996 年に磯野達雄氏が社長に就任し、磯野住宅
て替えを進め、現代的な仕様にして「平成ハウス」と命名した。
の復興が始まる。磯野社長のことばによれば、その想いは「良
2003 年、渡辺氏設計の「平成ハウス」の第 1号が新築され、
い住宅地にしたい」
「小さいころに憧れた米軍ハウスを残したい」
住宅地の名称を「磯野住宅」から「ジョンソンタウン」へ改名
ということであった。そこで、残された米軍ハウスを全面的に
した。平成ハウスとは、米軍ハウスのコンセプトに沿いつつ未
改修して、新たなまちをつくろうと決意した。
来の標準住宅を模索した住宅で、全部で 35 棟新築されている。
建築家の渡辺治氏(渡辺治建築都市設計事務所)の協力を得
未来の標準住宅を考えるにあたっては、渡辺氏の米国での経
て、新しいまちづくりは始まった。
験も参考に、アメリカの福祉のまちづくりの考え方を導入して
更地にして区画整理で新しく上物を建てるほうが圧倒的に早
いる。高齢者や障害者が安心して住めるようバリアフリーの設
いし安い。しかし、頑固に「良い住宅地」と「米軍ハウスのま
計、セキュリティシステムによる「みまもり」が可能なまち、
ちなみ」にこだわった。まず、老朽化した米軍ハウス 24 棟を再
在宅介護が可能な水回りなど、いかに長く住み続けられるかを
生。下屋を壊しオリジナル部分を残しながら、基礎のつくり替
検討した。道路整備や上下水道の整備、外灯・庭園灯、ゴミス
え、構造補強、設備の入れ替え、断熱、内外装補修など、大規
テーション、雨水の処理、電柱の移動、植栽の整備など、ひと
模なリノベーションを行った。さらに、敷地内に戦前からあっ
つひとつ丁寧にこだわってつくったことが、今のまちなみにつ
た陸軍航空士官学校の将校用の日本家屋 40 棟(築 75 年)の建
ながっている。
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住居中心部分は緑も深い
ジョンソンタウンのまちなみ
く見えるとのこと。
現在、約 25,000 ㎡の敷地に現在 79 棟、130 世帯、約 210
街区は一部他人の私有地が食い込んでいるが、ほぼ正方形。
人が暮らしている。住宅だけではなく、カフェや雑貨店、ガー
メインのアプローチとなる北辺の国道 463 号に沿って店舗比較
デニングショップ、スタジオなどが 50 店ほど点在する。ジョン
的大型の店舗が並び、東辺は来訪者用の駐車場(60 台)が配さ
ソンタウンはこれら全てが賃貸である。駐車スペースは、全居
れている。国道から入る 5 本の車道沿いに小さなお店が点在し
住者・テナントに最低 1台は割り当てられており、その他有料
ていて、さらに歩道・フットパスで専用住宅に導かれるのが基
の契約駐車場と来訪者用駐車場、併せて約 280 台が用意されて
本型となっている。街区の南側に接する富士見公園は、かつて
いる。
ここも磯野商会の土地であったところで、芝生の広場と生い茂
基本的には住居だが、どうしても店舗を開きたいといえば、
った樹木は、ジョンソンタウン全体の借景としても彩りを添え
借家ではあるが内装は自由にしてもよいことになっているので、
ている。
「土地の余裕があってしっかりゾーニングできるのであ
多少のコンバージョンをすれば店舗にできる設計になっている。
ればよいのですが、道路をきちんとつくり計画的に配置をして
そのためか、住居兼店舗、住居兼事務所など併用住宅として使
いるわけではなく、昔の家があったところをそのまま残して立
用されている例も多く、宅地にお店を出したい、カフェを出店
て替えしていますから、多少の無理は生じてきますね」とのこ
したい、輸入雑貨店を開きたいなど、そういったテナントが多
と。
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■ジョンソンタウンの概要
所在地 埼玉県入間市東町1-6-12
(ジョンソンタウン 管理事務所)
土地面積 約25,000㎡(約7,500坪)
開発手法 民間開発事業
開発者 株式会社 磯野商会(所有者兼管理者)
住宅戸数(建物) 79棟
(米軍ハウス24棟/平成ハウス35棟/
日本家屋(築75年)4棟/アパート6棟)
共用スペース(緑地、共用広場、車・歩道、駐車場など)
約5,500㎡
経営方式 賃貸(管理事務所による日常管理)
賃料 月額70,000円〜180,000円
管理費 月額2,000円〜3,000円
管理組織 株式会社 磯野商会 入間事業所
改修中の米軍ハウス(写真:磯野商会提供)
街区全体図
ジョンソンタウンの個性をつくっている程よい用途混合のこ
が、それが東京、神奈川、埼玉、千葉、もっと広域的に首都圏、
のまちも、メディアに登場することも増え、話題性が高まると
日本、あるいは海外といった広いマーケットで考えると、数は
週末などまちの雰囲気を楽しみに訪れる人が増えている。お店
いらっしゃる。その方々へのアクセスは、インターネットしか
にとっては歓迎されることではあるが、基本は住居優先なので、
ないのですね」
。
現在は週末にはポールなどを立てて部分的に車両の立入を制限
賃貸なのでいまのところ、とくに文書化したガイドラインの
して対応しているが、車歩分離システムやコインパーキングの
ようなものがあるわけではない。内部の改装はかなり自由だが、
導入などが今後の課題という。
次の入居者に貸すのに具合の悪くなるような改装は原状回復が
原則である。逆に外装については、相当に厳しく、すべて届出
フロントランナーとしての取り組み
と審査が必要となっている。オープン外構、塀や高い柵も原則
賃料レベルが近隣の他よりも高いため、
「新築で駅近」という
禁止、表示や看板、色彩など、契約時に細かな使用細則が添付
地元の不動産屋さんにはなかなか相手にしてもらえないのとの
され一応説明するが、いざそのときになると入居者にはなかな
こと。多くは、インターネットでこのまちのことを知り、入居
か難しいこともある。できるだけ事前に知っていただきたいの
を希望して来る。
「世の中全体の中で比べるとニッチというか、
で、たとえばイラスト入りのわかりやすいガイドラインはつく
メジャーではない。マーケットとしてはニッチマーケットです
りたいとのことであった。
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まちなみ
「米軍ハウス」のまちなみ
月1回、既存の店舗の集客のために開催している「One
Day Market」も様子(写真:磯野商会提供)
車道(私道)
ジョンソンタウン内の車道
左/磯野達雄氏、右/磯野章雄氏
植栽については、専用部分は借り主の管理責任になっている
そして、ここに暮らす方たちは、仕事をしながらもゆったり
が、高木や道路部分・共用部分については、管理事務所(磯野
としたスローライフを求めている方が多い。通る車のナンバー
商会)が管理する。また、街区内に居住者用の駐車場が現在 4
も関西だったり、九州だったり。日本各地から、このまちの雰
カ所あるが、これもなるべく" ガーデン " にしようとしている。
囲気を気に入ってやってくる方がいる。好きは世代や場所を超
HOA に類似した居住者組合を設立して管理を担うことも検討
える。
課題であるが、そのためには「わがまち」意識の醸成が不可欠
コミュニティづくりについては、月1回、既存の店舗の集客
である。ジョンソンタウンの居住者は、比較的若く、独身者や
のために「One Day Market」といってイベントを開催したり、
子育て世代も多い。ライフサイクルのある一時期をこの個性的
クリスマスやハロウィンの時には、住民の方々が参加できるパ
なまちで生活を楽しもうとする合理的な考え方の方や、子ども
ーティーも開催している。たまたま、まちの中にタップダンス
の成長や家族構成の変化に合わせて住まいのステップを踏んで
の教室やバレエの教室があり、そこの先生方が率先して子ども
いく方も多く、これまでは居住者組合のような組織づくりはな
たちを集めて指導して下さり、舞台ができた。そんな活動もこ
かなか難しかった。しかし、今回の都市景観大賞の受賞は、居
のまちの大きな魅力だろう。
住者の誇りでもあり、この景観をみんなで守り育てていこうと
いう価値観の共有化に対して大きな理由づけになっている。
取材協力:磯野達雄(株式会社磯野商会 代表取締社長)
磯野章雄(株式会社磯野商会 常務取締役)
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