報告書1

Ⅰ 研究の目的
一般病棟でのがん患者の終末期/看取りのケアにおいて、家族ケアに関する改善の必要性
が指摘されている。遺族ケアに関する調査においても、入院中や看取り時のケアの重要性
が指摘されている。しかし、終末期における医療者-家族間の話し合い(情報提供/説明)
は十分行われておらず、家族のニーズは満たされていないことが明らかになっている。
本研究では、終末期がん患者家族が危機的状況に陥ることなく、患者との死別に対する
準備ができ、納得のいく最期を迎えることができるようにするため、終末期がん患者の看
護実践の中で、患者家族との看護としての対話が促進され、必要な情報と援助が提供でき
るよう、危機モデルに基づいた看護師用家族支援ガイドを作成する。そして、作成したガ
イドの臨床実践での活用可能性と看護師への教育的有用性を、終末期がん患者の看護に携
わる一般病棟の看護師を対象とした横断的質問紙調査により検討すること、また、看護師
のガイドに対する評価および活用状況に影響する要因を明らかにすることを目的としてい
る。
Ⅱ 研究の内容・実施経過
本研究は、博士後期課程の研究として実施している。2015 年度は、研究計画書の審査を
受け、当初の計画では『終末期がん患者家族と看護師との End-of-Life Discussion ガイド
ラインの開発』としていたが、終末期がん患者家族の看護は個別性が強いため、情報提供
や支援内容などについて一般化したガイドラインの開発は難しいのではないか等、主査・
副査からの助言を受け、研究計画書を修正した。修正した研究計画書が審査の結果、合格
となったため、今年度は『危機モデルに基づく終末期がん患者さんのご家族支援ガイド』
の作成に取り組んだ。
【ガイドの概要】
● ガイドの目的
治癒を目指した積極的治療が有効でなくなり、症状緩和を中心とした治療やケアが行わ
れている終末期がん患者家族の抱える苦痛・苦悩に対する一般病棟看護師の理解が深まる
こと、そして危機的状況に陥る可能性の高い終末期がん患者の家族に対して、危機回避の
視点から必要な支援が意図的・予測的に提供できるようにすることである。一般病棟にお
ける看護師の標準的なケアとして、終末期がん患者家族が危機的状況に陥ることなく、患
者との死別に対する準備ができ、納得のいく最期を迎えることができるようにするため、
日々の看護実践の中で、患者・家族との看護としての対話が促進され、必要な情報と援助
が提供されることを目指している。
● ガイドの目標
(1) 危機回避の視点を踏まえ、終末期がん患者の家族を包括的に捉えることができる。
(2) 終末期がん患者の家族に、個別性と生活の視点、グリーフケアの視点も踏まえた必
要な情報と援助を、意図的・予測的に提供することができる。
(3) 危機回避/問題解決のアプローチの過程を通して、家族に情緒的サポートを提供する
ことができる。
(4) 得られた家族の情報を基に、他の家族員や医療者との調整を図ることができる。
● ガイドの内容(表 1)
一般病棟の看護師が日々の看護実践で活用できるという観点から、特に終末期がん患者
の主介護者が危機的状況に陥らないようにするために、日々のご家族との関わりの中で、
「何をアセスメントしたらよいのか」、そのためには「どのような対話(情報提供)が必要
なのか」について、危機モデルに沿ってできるだけ具体的に紹介することを意識して作成
した。家族への「特別なケア」としてではなく、一般病棟での「標準的なケア」として、
通常業務の中で看護師の過大な負担とならずに援助できる内容を精選した。終末期がん患
者の家族に共通する項目は、先行研究や文献から取り上げ、チェックリスト形式で確認す
ることができるようにした。また、新卒看護師や臨床経験の浅い看護師も理解ができるよ
うに、要所々々で用語の説明やエビデンスを示し、できるだけ簡潔で具体的な内容となる
ようにした。
表 1 『危機モデルに基づく終末期がん患者さんのご家族支援ガイド』の内容(目次)
はじめに
○ このガイドについて
・ガイドの目的、ガイドの内容
・ガイドの使い方
・ガイド作成の背景
・危機理論について-アギュララとメシックの危機の問題解決モデル-
○ 『ストレスの多いできごと』のことが知りたい!
・ご家族のこころの中
・ご家族の「ストレスの多いできごと」
患者に関する Bad News / 代理意思決定 / 患者の病状悪化に伴うつらい症状の
出現 / コンフリクト / 患者の入院、介護に伴う役割や日常生活の変更
・
「不均衡状態」について
○ 『危機回避/問題解決の決定要因』のことが知りたい!
・ご家族は「できごとに関する現実的な知覚」ができていますか?
・ご家族は「適切な社会的支持」を得ることができていますか?
・ご家族は「適切な対処機制」を用いることができていますか?
○ 『支援内容/援助方法』のことが知りたい!
危機回避/問題解決の決定要因の情報共有、修正・強化・充足
・患者さん・ご家族のできごとに関する認識・要望の確認
・家族対処能力向上の支援
・意思決定支援
・予期悲嘆の援助-看取りに向けての準備ができるように
○ 参考文献/資料
現在、全体的な構成はできあがり、終末期がん看護の経験のある大学院生と意見交換し
ながら表現の修正などの洗練作業と、エビデンスとなる図表の作成、落とし込み、体裁を
整える作業を継続して実施している。
A4 版 20 枚に納まるよう編集している
(資料を除く)
。
Ⅲ 研究の成果
資料 作成したガイドの紹介(一部抜粋)
は じ め に
 このガイドは、治癒を目指した積極的治療が有効でなくなり、症状緩和を
中心とした治療やケアが行われている終末期がん患者さんのご家族が、危
機的状況に陥ることなく、患者さんとの死別に対する準備ができ、納得の
いく最期を迎えることができることを願い作成いたしました。
危機モデルに基づく
終末期がん患者さんの
ご家族支援ガイド
(なんでこのガイドを作成したのか、ガイドの目的)
 質の高い終末期ケアは、患者さん・ご家族・医療者間で、絶えず話し合い
によって調整される過程であると言われています。しかしながら、国内外
の調査において、終末期において必要な情報提供や説明を踏まえたご家族
との話し合いは十分行われておらず、ご家族のニーズは満たされていない
ことが報告されています1-12。
(家族ケアの現状、課題)
 このガイドが、患者さん、ご家族との看護としての対話を促進する手助け
となり、皆さんの情報収集や患者さん・ご家族のより深い理解、そして質
の高い終末期ケアの提供のお役に立てば幸いです。
(ガイドを活用することのメリット)
1. 清水恵(2013).緩和ケア病棟における医療者‐家族間の説明/話し合いの現状について. In 「遺族によるホスピ
ス・緩和ケアの質の評価に関する研究」運営委員会 (Ed.),遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する研
究2 (pp. 88–97).東京:青海社.
2. Yoshida, S., Hirai, K., Morita, T., Shiozaki, M., Miyashita, M., Sato, K., Tsuneto, S., & Shima, Y. (2011).
Experience with prognostic disclosure of families of Japanese patients with cancer. J Pain Symptom Manage,
41 (3), 594–603.
3. Shinjo, T., Morita, T., Hirai, K., Miyashita, M., Sato, K., Tsuneto, S., & Shima, Y. (2010). Care for imminently
dying cancer patients: Family members' experiences and recommendations. J Clin Oncol, 28 (1), 142–148.
4. 白土明美, 森田達也 (2010). 遺族からみた終末期がん患者の家族の希望を支え,将来に備えるための望ましいケ
ア. In 「遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する研究」運営委員会 (Ed.), 遺族によるホスピス・緩
和ケアの質の評価に関する研究 (pp. 69–74).東京:青海社.
5. 福井小紀子, 猫田泰敏 (2004). 一般病棟における末期がん患者の家族に対するケア提供の実態およびその関連要因
の検討. 日本看護科学会誌, 24 (4), 46–54.
6. Boyd, D., Merkh, K., Rutkedge, D. N., & Randall, V. (2011). Nurses' perception and experiences with end-of
life communication and care. Oncol Nurs Forum, 38 (3), E229–239.
7. Beckstrand, R. L., Rawle, N. L., Callister, L., & Mandleco, B. L. (2009). Oncology nurses' perceptions of
obstacles and supportive behaviors at the end of life. Oncol Nurs Forum, 36 (4), 446–453.
8. Schulman-Green, D., McCorkle, R., Cherlin, E., Johnson-Hurzeler, R., & Bradley, E. H. (2005). Nurses'
communication of prognosis and implications for hspice referral: A study of nurses caring for terminally ill
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9. Hancock, K., Clayton, J. M., Parker, S. M., Walder, S., Butow, P. N., Carrick, S., … Tattersall, M. H. (2007).
Discrepant perceptions about end-of-life communication: A systematic review. J Pain Symptom Manage, 34 (2),
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10. Csikai, E. L. (2006). Bereaved hospice caregivers' perceptions of the end-of-life care communication process
and the involvement of health care professionals. J Palliat Med 9 (6), 1300–1309.
11. Cherlin, E., Fried, T., Prigerson, H. G., Schulman-Green, D., Johnson-Hurzeler, R., & Bradley, E. H. (2005).
Communication between physicians and family caregivers about care at the end of life: When do discussions
occur and what is said? J Palliat Med, 8 (6), 1176–1185.
12. Hudson, P. L., Aranda, S., & Kristjanson, L. J. (2004). Meeting the supportive needs of family caregivers in
palliative care: Challenges for health professionals. J Palliat Med, 7 (1), 19–25.
危機理論について
-アギュララとメシックの危機の問題解決モデル-
・このガイドは、家族の一員ががんの終末期であることで、危機的状況に直面
し、援助を必要としているご家族に、最適な対応をするための看護の方向性
を示すものとして、アギュララ(Aguilera, D.C.)とメシック(Messick,
J.M.)の危機モデルが基盤となっています。
・この危機モデルの前提は、ストレスの多いできごとに遭遇した時に、
① 危機を回避させる要因として、「で きごとに関する知覚 」「社会的
支持」「対処機制」があり、これらが適切に機能していれば危機は回避
されること、しかし、
② これらの要因のうち、1つかそれ以上が欠けていたり、不適切であるこ
とで問題が解決されず、危機が促進されること、です。
・系統的な問題解決過程を利用したモデルで、危機回避および危機介入のため
のアセスメントと、問題解決決定要因を適切に機能させながら、問題解決を
促進するのに有効なモデルであることが言われています@ 。
・終末期がん患者さんのご家族は、患者の療養生活を通して多くの苦痛・苦悩
を経験し、非常に強いストレスに直面している状況にあります。したがって、
心理的均衡(精神のバランス)を保つために自らの持つあらゆる手段を用い
て問題解決を試み、なんとか対処しようとしますが、有効な手段が得られ
ないことで心理的均衡を保つことが困難となり、病的な心理反応をもたらす
ことになります。
・しかし、ストレスに対処できる新たな問題解決方法とレパートリーを獲得
できれば、危機的状況を回避できると言えます。
・ご家族は自分たちの苦悩を医療者に表出しないことも多いため、家族の苦痛
が見過ごされていることも多いことが推測されます。したがって、危機回避
の視点からご家族を包括的にとらえ、的確な支援を提供することが必要です。
Memo
・状況が好転せずストレスが長期化することでおこる精神のバランスを崩した状態
を消耗性危機といいます。
-5-
ご家族の 「ストレスの多いできごと」
● 代理意思決定
□ 患者への余命告知をすることについて、決めなくてはならない
□ 麻薬(オピオイド)を使用することについて、決めなくてはならない
□ 鎮静(セデーション)を行うことについて、決めなくてはならない
患者さんの状態が悪くなると、ご家族が患者さんの治療などについて意思決定し
なくてはならないことも出てきます。それはご家族にとってプレッシャーを感じる
できごとであり、「自分の判断は本当に正しかったのか…」など、死別後も自問し
続けることになるような、とても精神的負担の大きいできごとです。
● 麻薬について・・・
・麻薬(モルヒネ)は、がん疼痛治療や呼吸困難の改善にも使用されますが、モルヒネ
は怖いものという誤解や、「点滴(注射)のモルヒネを打つようになったら終わり
…」など悪いイメージを持っているご家族もまだ多くいます。また、「自分が麻薬を
使用することに同意したことで、患者の命を縮めてしまったのではないか…」との思
いをずっと持ち続けているご遺族もいます。
・医療者から安全な薬剤であるとの説明を受け、その時は納得をしても、他の家族メン
バーや親戚、知り合いなどから否定的な情報を得たり、時に攻められたりすることも
あり、医療者が考える以上に負担の大きいできごとです。
● 鎮静について・・・
・鎮静は、患者さんの意思確認ができるうちに、そのメリットとデメリットについての
説明がなされ、患者自身が鎮静を希望する意思表示を行っていることが望ましいです
が、患者さんによる意思決定できない場合は、これまでの患者さんの考えや思い、価
値観に照らし合わせて、ご家族から同意を得る必要があります。鎮静は、患者の苦痛
緩和を目的としていますが、その決定が患者さんの意識を低下させることになるため、
ご家族にとって大きな精神的負担となってます。
エビデンス
-9-
Ⅳ 今後の課題
・現在作成しているガイド(案)の内容妥当性を、がん看護専門看護師、緩和ケア認定看
護師にも検討してもらう。また、ガイド(案)の適正(内容妥当性および一般病棟への
適用妥当性、難易度、改善点等)について、終末期がん患者家族のケア経験が豊富な緩
和ケア病棟の看護師、一般病棟の看護管理者によるフォーカス・グループ・インタビュ
ーを行い、意見をもらう。それらの意見を踏まえ、より臨床での活用に即した形に修正
し、完成版とする。
・作成したガイドの臨床実践での活用可能性と看護師への教育的有用性を評価する質問紙
を、ガイドの目的、内容に沿って作成する。
Ⅴ 研究の成果等の公表予定(学会、雑誌)
本研究によって作成された『危機モデルに基づく終末期がん患者さんのご家族支援ガイ
ド』は、次年度の調査終了後、
「がん看護」「緩和ケア」等の国内の雑誌へ紹介することを
予定している。また、本研究の成果は、次年度実施の調査結果と合わせ、学位論文審査会
の合格後、国内の学会にて発表するとともに(日本緩和医療学会を検討)
、国内外の学術雑
誌への投稿を予定している。