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英領およびEU 域内オフショアを利用した国際的租税回
避問題
兼平, 裕子
愛媛大学法文学部論集. 総合政策学科編. vol.37, no., p.1-51
2014-09-30
http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/4473
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英領および EU 域内オフショアを
利用した国際的租税回避問題
兼 平 裕 子
International tax avoidance issues through offshore countries
both of the Commonwealth and EU Member States
Hiroko KANEHIRA
【目 次】
1.はじめに
2.多国籍企業による国際的租税回避の現況と OECD における議論
2.1 タックス・ヘイブンおよびオフショア金融センターの定義
2.2 イギリス下院における議論-スターバックスおよびグーグルのケース
2.3 OECD 租税委員会の BEPS 行動計画
3.イギリスにおける裁判例の検討 3.1 CFC 税制と EU 法-国内裁判所と EU 司法裁判所
3.2 Cadbury Schweppes 事件- ECJ による先決裁定 3.3 Vodafone 事件-イギリス控訴院判決およびインド最高裁判所判決
4.日本における裁判例の検討
4.1 ガーンジー島事件
4.2 ファイナイト再保険事件
4.3 バミューダ LPS 訴訟
5.なぜ英領および EU 域内オフショアにタックス・ヘイブンが多いのか
5.1 タックス・ヘイブンとして利用される英国王室属領の特色
5.2 準拠法の選択-タックス・スキームに対する課税管轄権
6.むすびにかえて
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兼 平 裕 子
1.はじめに
グローバル化の進展に伴い,多国籍企業やネット取引の利用による経済取引
の形態は急速に変化している。しかしながら,課税権の行使という公権力の行
使は,「公法は水際でとまる」という国際公法の大原則があるため,国家の領
域を越えて及ぼすことができず,したがって,主権国家を前提とした租税法の
対応は遅れている。
具体的には,課税管轄権の範囲に関する国内法と租税条約の間の齟齬,タッ
クス・ヘイブン取引を通じた多国籍企業による法的には合法な租税回避問題へ
の対処,ハイブリッド・ミスマッチ取引と呼ばれる各国ごとの事業体の取扱い
の相違を利用した二重非課税(不課税)取引問題への対処が,喫緊の課題となっ
ている。米議会上院の特別委員会の公聴会(2012年9月および2013年5月)や
イギリス下院における調査聴聞会(2012年11月および2013年5月)においても,
多国籍企業が設立国以外において多額の収益をあげながらも,国際的二重非課
税を利用し,合法的に租税負担の低減をはかっていることが問題視されている。
タックス・ヘイブンを利用した「逃げていく税金」問題は,OECD諸国共通の
課題となっている。
このような多国籍企業による極端なタックス・プランニングや,富裕層に提
供されるタックス・シェルター(節税商品)を通した完全に適法で節税効果が
あがる租税回避行為は,先進国の税収の減少につながり,貧富の差を拡大させ
る。一方で,逃げ足の遅い国内企業や,移動性の少ない国内労働者への所得税
負担が加重になるという深刻な影響を及ぼす。したがって,各国の法制度の相
違やタックス・ヘイブンを利用した国際的な租税回避は,中間層をやせ細らせ,
二極化社会を招聘することになる。究極的にはマネーロンダリング等につなが
1
り,南北間格差を助長することにもつながる。
以上のような国際的に「逃げていく税金」問題に対し,OECDは「税源浸食
と利益移転行動計画(Action Plan on Base Erosion and Profit Shifting)」(以
1 志賀櫻『タックス・ヘイブン-逃げていく税金』(岩波新書,2013年)28頁,75 ~
83頁。
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英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
下「BEPS行動計画」という。)を公表した(2013年7月19日)。国内においては,
2014(平成26)年度税制改正において,これまでの総合主義(全所得主義)か
ら帰属主義(AOA)への変更という大改正も行われた。
本稿では,これら国際的な租税回避問題のうち,タックス・ヘイブンとされ
ているカリブ海諸島やチャンネル諸島といった英連邦(the Commonwealth)
およびEU加盟国でありながら租税回避に利用されているアイルランド,オラ
ンダ,ルクセンブルグの役割および法体系の相違にも注目して,イギリス(EU
司法裁判所および欧州人権裁判所を含む)および日本における裁判例の分析を
通じたオフショア課税問題を検討する。
2.多国籍企業による国際的租税回避の現況とOECDにおける議論
2.1 タックス・ヘイブンおよびオフショア金融センターの定義
タックス・ヘイブン(Tax Haven)とは,「税金がない国や地域」 「税金がほ
と ん ど な い 国 や 地 域 」 を 指 す。OECD租 税 委 員 会(Committee on Fiscal
2
Affairs)の定義では,下記(a)に当てはまり,かつ下記(b)から(d)のい
ずれか一つでも該当する非加盟国・地域をタックス・ヘイブンと認定している
3
(「有害な税の競争」報告書)。
(a)金融・サービス等の活動から生じる所得に対して無税または名目的課税。
(b)他国と実効的な情報交換を行っていないこと。
(c)税制や税務執行につき透明性が欠如していること。
(d)誘致される金融・サービス等の活動について,実質的な活動が行われる
ことが要求されていないこと。
2 OECD租税委員会はOECDの主要組織の一つで,国際貿易に伴う先進国間の二重課
税の排除を最大の使命とする。その拠り所がOECDモデル租税条約(1977年承認)で
ある。
3 OECD,Harmful Tax Competition: An Emerging Global Issue,OECD Publishing,
1998,p.23,Box 1(Key factors in identifying tax havens for the purposes of this
project).
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兼 平 裕 子
2000年6月のプログレス・レポートにはタックス・ヘイブン・リストとして
4
35 ヶ国・地域が初めて公表された。具体例としては,バハマ(英連邦),グレ
ナダ(英連邦),ブリティッシュ・バージン・アイランドなどのカリブ海にあ
る旧植民地のグループとともに,もう一つのグループとしてイギリス本島近く
にあるジャージー,ガーンジー(英仏海峡にあるのでチャンネル諸島という。),
マン島といった英国王室属領(UK Crown Dependencies)があることも特徴
の一つである。
経済停滞に苦しむアイルランドが,法人税率引き下げにより直接投資を引き
5
寄せようとしたことが,「有害な税の競争」報告書が作成される発端であった。
EU諸国であっても事実上のタックス・ヘイブンとされるアイルランドやオラ
ンダ,ルクセンブルグ,さらにはスイスのカントン(Canton)とよばれる州
もタックス・プランニングに利用されている。
リーマン・ショック後の2009年4月には,先進国の金融センターの問題まで
踏み込んでブラック・リストが作成された。しかし,2000年のプログレス・レ
ポートと異なり,30の国と地域に限定され,タックス・ヘイブン問題の難しさ,
根の深さを反映したものとなっている。というのは,タックス・ヘイブンの判
断基準が,有効な情報交換の欠如と透明性の欠如だけに絞られ,税負担が低い
ことは,タックス・ヘイブンの基準の第一順位からすべり落ちているからであ
る。「OECDは,国際租税競争を規制するという野望を断念した」と批判され
ているところのアプローチ方法の転換であった。
ロンドンの金融センターである「シティ」も最大のタックス・ヘイブンとさ
れている。オフショア金融センター(OFC)には必ずしも確立された定義はな
いが,2000年のIMFの定義によれば,「非居住者に対し,国内経済の規模や金
4 バミューダ,ケイマン諸島,キプロス,マルタ,モーリシャス,サン・マリノの6ヶ
国・地域については,タックス・ヘイブンとしての要素を除去することを公約したた
め,リストには掲載されず,35 ヶ国・地域が掲名された。
5 租税委員会の成果のうち最重要である当該報告書以降,いくつものプログレス・レ
ポートが出されている。タックス・ヘイブンに対するグローバルな規制がいかに試み
られたかの研究として,増井良啓「Havens in a stormを読む-『有害な税の競争』を
めぐる言説の競争」租税研究720号(2009年)264 ~ 277頁。
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英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
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融と不釣り合いな範囲の金融サービスを提供する管轄」をいう。金融システム
は事前の規制が重要であるが,OFCでは,規制の多い国内金融取引と切断して
参加者が「オフショア勘定」(Offshore Account)を設け,税制面で優遇措置
を受けることができる。金融センターがオフショアの性格を有するか否かは程
度問題とされるが,イギリスはカリブ海等にある英連邦の経済を多様化し,ユー
ロ市場の促進のためにOFCを促進してきた。IMFはヨーロッパのOFCを,(1)
アイルランド,イギリス,ルクセンブルグ,オランダ,キプロス,マルタの
EU加盟国,(2)ジブラルタル,マデイラのEU加盟国の海外領土,(3)マン島,
ガーンジー,ジャージーの英国王室属領,(4)アンドラ,リヒテンシュタイン,
7
モナコ,スイスのEU非加盟国に大別している。
このように,ヨーロッパには多くのOFCがあり,その多くが同時にタックス・
ヘイブンとみなされている。OFCを含めたタックス・ヘイブン問題は数年ごと
に繰り返される金融危機問題と関連するものとして深刻に受け止められてい
る。
2.2 イギリス下院における議論-スターバックスおよびグーグルのケース
2.2.1 多国籍企業による租税回避問題
最近,新聞やテレビ等で報道されることも多い多国籍企業によるタックス・
プランニングは,移転価格税制やタックス・ヘイブン対策税制といった現行規
定のもとでは完全に合法になる形で設計されている。スターバックスやアマゾ
ン,グーグル,アップルといった有名な多国籍企業による租税回避問題は,米
議会上院に設置されている特別委員会でも公聴会が実施され(マイクロソフト,
ヒューレットパッカード,アップルの3社;2012年9月20日,2013年5月21
日),また,イギリス下院でも調査聴聞会が実施されている(スターバックス,
6 オフショア金融センターは,ロンドン型(内外一体型),ニューヨーク型(内外分離
の外外型),タックス・ヘイブン型に分類される。本庄資『オフショア・タックス・ヘ
イブンをめぐる国際課税』(公益社団法人日本租税研究協会,2013年)38頁。
7 本庄・前掲注(6)183頁。
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アマゾン,グーグルの3社;2012年11月12日,2013年5月)。
「租税回避」とは,「私的経済取引プロパーの見地からは合理的理由がないの
に,通常用いられない法形式を選択することによって,結果的には意図した経
済的目的ないし経済的成果を実現しながら,通常用いられる法形式に対応する
課税要件の充足を免れ,もって税負担を減少させ,あるいは排除すること」と
8
定義される。
すなわち,租税回避(tax avoidance)は脱税(tax evasion)とは異なり,
法律の範囲内でありながら,何らかの手段を用いて納税・税負担を回避してい
る事実をいう。合法ではあるが,不自然・不合理であると考えられ,利益を計
上しているのに納税額が少ない多国籍企業の存在が明るみに出るにつけ,制度
上の問題があるのではないかと考えられている。
2.2.2 スターバックスおよびグーグルのケース
イギリス下院調査聴聞会において,たとえば,スターバックスの代表は,イ
ギリスへの進出以降15年のうち14年は赤字であり,2006年のみ860万ポンドの
9
税金を納めたと陳述している(シェアは31%に及ぶにもかかわらず)。
スターバックスのケース(Tax Efficient Supply Chain Managementと呼ば
れる。)では,スイスのトレーディング・カンパニー(スイスでは,コーヒー
のような国際取引商品の売買から上がる収益は,税率が5%と安くなってい
る。)とオランダの法人を経由し,イギリスでの儲けを圧縮している。親会社
であるスターバックスUSが,ブランド・店舗デザイン・マーケティング等の
無形資産(Intellectual Property ; 以下「IP」という。)(米国で創造されたもの)
にかかる使用料をオランダ法人に移転する。スターバックスUSにはキャピタ
ルゲインが生じ,米国においては課税されている。
世界各国のスターバックス店舗は,オランダからIPの使用許諾を受け,それ
8 金子宏『租税法(第19版)』(弘文堂,2014年)121 ~ 122頁。
9 HM Revenue & Customs: Annual Report and Accounts 2011–12,pp.10-11.
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm201213/cmselect/cmpubacc/716/716.pdf
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英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
ぞれの国で通常のビジネスを行う。これらの店舗法人は,売上の6%相当額を
IP使用料としてオランダ法人に支払う。オランダでは使用料収入に対して,通
常より低い課税を受ける。一方,イギリスをはじめ,各国の子会社レベルでは
使用料を控除するとほとんど所得が生じない状況となる。オランダ法人は受取
使用料の50%をスターバックスUSに支払う。オランダの優遇措置税率を利用し
10
ている。このように,スターバックスは,サプライ・チェーンを構成してい
る個々の機能を因数分解して,それぞれ課税上最適と思われる場所に割り付け
るスキームによって,大幅な節税を実現している。
次の,アップルが始めたといわれるDouble Irish with a Dutch Sandwichは,
複雑な取引を組み合わせた完全に適法でありながら,節税効果が上がるスキー
ムである。
11
【図1】はグーグル・スキームの取引図である。まず,検索技術というIPを
アイルランド会社(Google Ireland Holdings)に譲渡する(アメリカ国内に事
業に関する知的財産権を置いたまま,海外事業に関するIPだけを移転)。その
利益はアイルランド法人に溜まることになるが,アイルランド税制上は「管理
12
支配地基準」 によって居住・非居住が判断されるため,バミューダ諸島の
10 スターバックスのケースにつき,税制調査会(第1回国際課税ディスカッショング
ループ)議事録(2013年10月24日)12頁,品川克己「多国籍企業の国際的租税回避問
題①」T&Amster,No.513(2013年)31頁,中里実・日置重人・太田洋『鼎談 国際
課税の潮流と日本の針路』ジュリストNo.1464(2014年)24頁参照。
スターバックスは本社のある米国では納税をしているが,海外事業に関して,海外
の納税額を極小化するため,様々なタックス・プランニングを駆使している。その結
果,海外で膨大な資金を蓄積していながら,米国に戻せないという政治的なイシュー
になっている。
11 グーグルの租税回避策につき,税制調査会・前掲注(10)12 ~ 16頁,品川克己「多
国籍企業の国際的租税回避問題④」T&Amaster,No.525(2013年)19 ~ 22頁,居波
邦泰「国際的課税権の確保とBEPS(税源浸食と利益移転)への対応」税務事例45巻
9号(2013年)57 ~ 59頁参照。
このスキームはスイスの会社を使うバージョンもあるが,アップル,フェイスブッ
ク,マイクロソフトといったIT大手やフォレストラボラトリーズといった製薬会社も
採用している。当該スキームの利用により,例えばアップルは2012年だけで約90億ド
ル,グーグルも2011年に約20億ドル,2012年には約22億ドルの課税を免れたといわれ
ている。
12 アイルランドにおいて採用されている「他の法人に管理されている営業実態のない
法人は非居住者となり,課税されない原則」をいう。
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兼 平 裕 子
entityを管理会社としている。その結果として,アイルランドではバミューダ
企業の支店とみなされ,課税されない(Point①)。一方のバミューダはタックス・
ヘイブンなので課税されないうえに,米国税制上はアイルランド企業となる。
アイルランドで二つの会社を作り(Double Irish),その間にオランダの会社
を経由している(with a Dutch Sandwich)。そのうえで,アイルランドの子会
社法人(Google Ireland Ltd.)にサブライセンスを付与する③。アイルランド
法人同士でロイヤルティを支払う場合,源泉徴収の対象となるが,オランダと
アイルランドの関係では租税条約により,源泉税が徴収されないため,オラン
ダ法人を導管としてからませているのである(Point②)。
米国
アイルランド
①ライセンス付与
Google
Inc
②ライセンス料
支払い
Google
Ireland Holdings
Point①
バミューダ諸島の会社を管理会社とする
ことでアイルランドの法人税が免除される
管理は
バミューダ諸島
③サブライセンス
付与
⑤ライセンス料
支払い
Google
Ireland Ltd.
④ライセンス料
支払い
バミューダ
諸島
オランダ
Google
Netherlands Holdings
BV
Point②
オランダを経由することで
源泉徴収を回避出来る
【図1】 グーグルの取引図(Double Irish with a Dutch Sandwich)
英領バミューダ諸島にあるentityに対しては,米国のタックス・ヘイブン対
策税制の対象となるが,米国のチェック・ザ・ボックス規則(税制上,法人課
税かパススルー課税かを納税者が選択できる)を利用すると,アイルランドの
子 会 社 法 人(Google Ireland Ltd.) と オ ラ ン ダ 法 人(Google Netherlands
Holdings BV)はともにGoogle Ireland Holdingsの支店とみなされ,同一法人
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英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
の内部取引とみなされることになる。
以上のDouble Irish with a Dutch Sandwichスキームは,
(1)米国とアイルランドで法人の居住地の判定基準が異なっていること。
(2)EU加盟国同士の租税条約ではロイヤルティ支払に源泉税が徴収されない
こと。
(3)オランダは国内税制でロイヤルティ支払に源泉税を徴収しないこと。
(4)米国のチェック・ザ・ボックス規則を利用すればタックス・ヘイブン対
策税制に抵触しないこと。
(5)米 国のグーグル本社とアイルランドのGoogle Ireland Holdingsとのコス
ト・シェアリング契約等取引についてはIRA(内国歳入庁)とのAPA
13
(Advance Pricing Agreement;事前確認制度)が成立していること。
という5つのスキームの組み合わせにより,合法的に国際的二重不課税を形成
14
させ,米国からの所得の国外流出(税源浸食)を完成させたものである。
2.3 OECD租税委員会のBEPS行動計画
上述したような大がかりなタックス・プランニングの横行に対し,米英の国
会,さらにはG8やダボス会議の場においても,多国籍企業の税負担の低さが
問題視され,OECDモデル租税条約の見直しを含めた国際課税原則の再検討が
求められてきた。すなわち,企業のグローバル化やネット活用による電子経済
の進展に伴う多国籍企業による完全に適法な租税回避の利用に対し,各国の租
税法の対応は遅れてきたことが問題視されている。
15
このようなBEPS問題に対し,OECD租税委員会は2012年6月,BEPSプロ
13 事前確認制度(APA)とは,企業が国外関連者と取引を行う際,その取引に係る移
転価格に関して,その企業が採用する独立企業間価格およびその算定方法の妥当性を
一定期間(通常3~5年),税務当局から事前に確認を受ける制度である。
14 居波・前掲注(11)58頁。
15 「税源浸食と利益移転」と訳されるBEPSの概念や射程につき,国際的にも国内的に
も明確な定義が置かれているわけではないが,一般的に,「多国籍企業等が,グループ
関連者間における国際取引により,その所得を高課税の法的管轄から無税または低課
税の法的管轄に移転させることで,国際的二重不課税を生じさせるもの」とされる。
居波・前掲注(11)56頁。
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兼 平 裕 子
ジェクトを立ち上げ,「BEPS報告書」(Addressing Base Erosion and Profit
16
Shifting)の 公 表(2013年 2 月 ) に 続 き,「BEPS行 動 計 画 」(Action Plan on
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Base Erosion and Profit Shifting)を公表した(2013年7月19日)。
「BEPS行動計画」においては,まずその背景として,「課税は国家主権の中
核であるが,各国の国内税制の相互作用によってギャップや摩擦を生じさせる
場合もある。」との認識が示されている(第2章)。経済がグローバルに統合さ
れ,企業も,多国籍企業が世界全体のGDPの大部分を占めていること,さらに
は,電子経済の広がりが既存のコンセンサス・ベースの枠組みを危険に晒して
いること,問題の悪化を防ぐためには租税ルールの策定に向け政策当局者によ
る大胆な行動の必要なことが述べられている。
次いで,行動計画(第3章)として,4つの行動,タイミング,3つの手法
が示されている(行動計画としては15項目)。3つの手法とは,
(ⅰ)BEPSに対処するために必要とされる行動を特定し,
(ⅱ)それらの行動を実行するための期限を定め(各措置により,2014年9月,
2015年9月または12月),
(ⅲ)それらの行動を実施するために必要な資源とその方法の特定,である。
「BEPS行動計画」ではAction14において,各措置の迅速な実施の必要性とし
て,国内法の規定に関する勧告や,OECDモデル条約コメンタリーと移転価格
ガイドラインの改正,さらには,OECDモデル条約の改正(条約濫用防止規定
の導入,PE(恒久的施設)の定義の変更,移転価格に係る条項の変更および
ハイブリッド・ミスマッチ取引に関する条項の導入)等が列記されている。
16 OECD,Addressing Base Erosion and Profit Shifting,OECD Publishing,2013.
17 OECD,Action Plan on Base Erosion and Profit Shifting,OECD Publishing,
2013. 公益社団法人日本租税研究協会『OECD税源浸食と利益移転(BEPS)行動計画』
(公益社団法人日本租税研究協会,2013年)。
「BEPS行動計画」につき,赤松晃「BEPSをめぐる国際的な動き」税研173号(2014年)
59 ~ 64頁,品川克己「多国籍企業の国際的租税回避問題③」T&Amaster,No.521(2013
年)17 ~ 19頁,居波邦泰「税源浸食と利益移転(BEPS)に係る我が国の対応に関す
る考察」(中間報告)税大ジャーナル2014.2,1~ 23頁,同・前掲注(11)56 ~ 68頁,
太田洋『BEPSとは何か-その現状の素描』ジュリストNo.1468(2014年)36 ~ 43頁参
照。
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英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
すなわち,外国税額控除や資本参加免税を濫用することにより,二重非課税
または長期的な課税繰り延べの実現に利用されうること,納税者に特定の国内
および外国のentityに対する課税上の取扱いを選択することを許容している
国々のルールがハイブリッド・ミスマッチ取引を促進させる場合があることが
18
記載されている。
以上のBEPS行動計画で取り上げられている論点のうち,タックス・ヘイブ
ンを利用したスキームの実例につき,まず,イギリスでの裁判例を,次いで,
日本国内での裁判例を取り上げて検討する。
3.イギリスにおける裁判例の検討 3.1 CFC税制とEU法-国内裁判所とEU司法裁判所
3.1.1 CFC税制とCadbury Schweppes事件
わが国でいうところのタックス・ヘイブン対策税制(租税特別措置法(以下
「措置法」という。)40条の4以下および66条の6以下)は,イギリスではCFC
税制(Controlled Foreign Companies Legislation)と呼ばれ,1988年所得税・
法人税法(Income and Corporation Taxes Act 1988)に規定されている(747
19
条~ 756条)。イギリスの法人税制度 は,日本や米国と同様に,全世界所得課
税方式が採用され,支店や代理人を通じて外国で行う事業も課税所得に含まれ
る(したがって,外国税額控除方式により二重課税が排除される)。すなわち,
国内子会社から受け取る配当に対しては非課税となっているのとは異なり,国
外の子会社から受け取る配当は課税対象となるが,外国税額控除による二重課
税排除を認めている。
一方,子会社の所得は原則として親会社に合算されない。CFC税制はその例
18 BEPS行動計画では,①電子商取引,②ハイブリッド・ミスマッチ,③条約濫用の
防止,④移転価格の文書化の再検討について,2014年9月から2015年12月にかけて,
行動計画の方策を勧告することになっている。Supra note 17,pp.23-24.
19 通常のイギリス法の適用範囲と同様に,イギリス税制はthe United Kingdom of
Great Britain and Northern Irelandにおける租税制度をその範疇とする。イギリスの
法制度および司法制度全般については,田島裕『イギリス法入門[第2版]』(信山社,
2009年),幡新大実『イギリスの司法制度』(東信堂,2009年)参照。
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兼 平 裕 子
外である。外国子会社がイギリス居住者または居住法人によって支配されてい
20
るCFC(Controlled Foreign Companies;在外従属法人) とみなされた場合,
当該子会社の利益は税務上,イギリスの親会社に帰属するとされ,イギリスで
課税されていた(税率がイギリスの法人税率の75%を下回る場合,その会社は
CFCとみなされる。ただし,適用除外とされる5つの場合が挙げられている)。
3.2で論じるところのCadbury Schweppes事件において,イギリスのCFC税
制はEC条約43条(設立の自由),同49条(役務提供の自由移動)に抵触するお
それがあるとの欧州司法裁判所(European Court of Justice;以下「ECJ」と
いう。現在は欧州連合司法裁判所(Court of Justice of the European Union ;
以下「EU司法裁判所」という。))の先決裁定(preliminary ruling)(2006年
9月12日)が下された。CFC税制は2007年に改正され,さらに2013年1月1日
には全面的に改正された。
イギリスにおけるCFC税制に対する司法審査と,わが国のタックス・ヘイブ
ン対策税制に対する争訟制度とを比較するうえで,顕著な特徴と思われるのは,
EU加盟国であるイギリスでは,国内法とはいえ,EC条約(現EU条約)との
適合性が前提として求められること,したがって,国内での訴訟手続きにおい
21
てもECJの先決裁定の付託が必要とされる場合があることである。
2002年 8 月18日, 内 国 歳 入 庁(Commissioners of Inland Revenue) が
Cadbury Schweppesの2つのアイルランド子会社に対しCFC税制を適用し,
イギリスの親会社2社(Cadbury Schweppes plc およびCadbury Schweppes
Overseas Ltd)に約864万ポンドの納税通知処分を行った(2000年8月18日)。
こ れ に 対 し, 2 社 は イ ギ リ ス( ロ ン ド ン ) の 所 得 税 特 別 委 員 会(Special
Commissioners of Income Tax,London)に対し,不服申立てを行った(2000
20 CFCは,「イギリス居住者に支配されている法人で,イギリスを居住地国としない
法人」と定義されている。神山弘行「イギリスにおけるCFC税制改正の動向とその課題」
中里実・太田洋・伊藤剛志・北村導人編著『タックス・ヘイブン対策税制のフロン
ティア』(有斐閣,2013年)264頁。
21 ECJ(現EU司法裁判所)の任務は,EU条約およびEU運営条約の解釈と適用におい
て法が遵守されることを確保することにある(EU条約19条)。
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英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
年8月21日)。
イギリスにおける課税処分に対する不服申立ては,処分後30日以内に査定官
に対して行う。課税庁との合意が形成できないときは,特別委員会(Special
22
Commissioners)に申し立てる。特別委員会は税務官庁から独立した,審判所
(Tribunal)に属する組織体である。
【図2】に示すCadbury Schweppes事件では,申立人が,CFC税制がEC条約
43条(設立の自由)
・同49条(役務提供の自由移動)
・同56条(資本移動の自由)
に反すると主張したため,双方の合意を得ることができず,特別委員会がEC
条約234条に基づき,EC条約との適合性につき,ECJに先決裁定の付託を求め
たものである(2004年4月29日付託決定,5月3日ECJ受理)。ECJは,裁判
所という概念を広く解釈しており,国内におけるいかなる司法機関でも,何ら
かの公的な承認の措置を享受しているのであれば,先決裁定を求めることがで
23
きる(準司法的な機能を有する行政機関も可能)。したがって,所得税特別委
員会であっても付託は可能である(判決文では,特別委員会を国内裁判所
(National Court)と記載している)。
3.1.2 イギリス国内裁判所とEU司法裁判所 イギリス国内法とEC条約(現EU条約)の関係は,国際公法の一般論である「条
約は法律に優位する」以上に厳格に解される。したがって,国内法で規定され
るCFC税制がEU条約に抵触するか否かは厳格に規制されることになる。とい
うのは,商品・人・サービス・資本の自由移動が保障された域内市場の創設を
目的とするEUの参加国28 ヶ国(2014年現在)は,EUという超国家組織への
参加に調印したことによって,国家主権の一部を制限することに同意したこと
22 三木義一「イギリスにおける所得税争訟制度についての覚書」政策科学7巻3号(立
命館大学政策科学会,2000年)225 ~ 235頁参照。
一 般 委 員 会(General Commissioners) と 異 な り, 特 別 委 員 会(Special
Commissioners)は税法の専門家であり,少なくとも10年以上はソリスターやバリス
ターの実務経験がなければならず,有給である。
23 中西優美子『EU法』(新世社,2012年)246 ~ 248頁。
- 13 -
兼 平 裕 子
24
になるからである。換言すれば,EC(EU)は,領域内を,主権国家におけ
る国内市場類似の単一市場と捉えているのであり,そのため域内における競争
条件の同一をめざし,域内における競争の歪曲を防止することが強調される。
EC法(現EU法)の法秩序においては,直接効果(direct effect)が認められ,
優越性(supremacy)の原則が最重要な原則となっていることが,以下の3つ
25
の判例で確立されている。
まず,1972年EC法によって,国内法に対し,優越性が与えられた。EC法と
国内法に不一致がある場合,EC法が優先する原則は,コスタ対エネル事件
26
(Costa v ENEL)(Case 6/64)(1964年)において明確に述べられている。さ
らに,シンメンタール事件(Simmenthal)(Case 106/77)(1978年)において,
「EC法の優先」が明示された。
また,EC法は,加盟国内で直接効果を持ち,それゆえ,加盟国の市民の権利・
義務を直接定める。直接効果原則の展開につき,ファン・ヘント・エン・ロー
27
ス事件(Van Gend en Loos)(Case 26/62)(1963年)は,大きな意味を持つ。
当該判決では,「EC法において既に存在していた条項は,適用することができ
る」ことが示された(現在はEU運営条約258条および259条に引き継がれてい
る)。すなわち,「共同体は,国際法の新しい法秩序を構築する。その恩恵のた
24 イギリス国内裁判所とEU司法裁判所の役割分担につき,拙稿「イギリス司法審査に
おける環境公益訴訟」愛媛法学会雑誌40巻1・2合併号(2014年)1~ 38頁。
25 直接効果と優越性の確立に寄与したVan Gend en Loos 事件,Costa v ENEL事件,
Simmenthal事件の解説として,中村民雄・須網隆夫『EU法基本判例集[第2版]』(日
本評論社,2010年)3~ 31頁。
26 「イタリア裁判所には国内法を遵守する義務があるので,先決裁定の付託の必要はな
い」との議論に対し,「EC法は,これに抵触する国内法に無制限に優先し,国内憲法
に す ら 優 先 す る 」 こ と を 示 し た。Costa v Ente Nazionale per l’Enegia Elettrica
(ENEL)
[1964]E.C.R.585.
Craig,P,Administrative Law Seventh Edition,Sweet & Maxwell,2012,p.280.
27 オランダの輸入業者が,ドイツから輸入される化学品の税率変更を争った事例であ
る。オランダの関税規則の異なる製品の分類変更により関税が増加しており,EEC12
条(輸入品につき,いかなる新たな関税の賦課も,現在の税率の引上げも禁止)により,
禁 止 さ れ て い る と 主 張 し た。NV Algemene Transport-en Expeditie Onderneming
van Gend en Loos v Nederlandse Administratie der Belastingen[1963]ECR 1.
Ibid.26,p.286.
- 14 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
めに国家は制限された領域ではあるが,自らの主権的権利を制限した」ことに
なる。
EU司法裁判所と国内裁判所間のヒエラルキーと協力関係の中で,まず,国
内裁判所に,国内法がEU法に合致するかどうかの解釈が求められる。イギリ
スの裁判所は,EU法(EU司法裁判所および欧州人権裁判所の判例を含む)を
職権探知して,それに適合的にイギリス法を可能な限り解釈適用する義務を負
28
う(1972年EC条約2条・3条,1998年人権法2条・3条)。そのうえで,必
要な場合には,裁判所からEU司法裁判所に付託し,「先決裁定」を求めること
になる。
このように,EU法の効力または解釈に関する問題が国内裁判所の手続にお
いて生じた場合,国内裁判所はEU司法裁判所に問題を付託することができる
し,また,一定の場合には付託する義務を負う。EU司法裁判所の回答は,国
内裁判所に対して拘束力をもつ。この中間手続を通じて,EU法の解釈および
効力を裁定する排他的な権利が EU司法裁判所に付与されているが,一方で,
当該訴訟の判決については,依然として国内裁判所にその責任があることにな
る。
3.2 Cadbury Schweppes事件-ECJによる先決裁定
EUの域内市場は,国籍に基づく差別を越えて,国内市場とほぼ同一の均一
な競争条件をすべての域内事業者に保障しようとするものである。そのために,
差別的要素のない国内規制であっても,それにより域内における自由移動が妨
げられる効果が生じれば,そのような国内規制は条約違反として禁止されるこ
とになる。
EUは「権限付与(個別授権)の原則」に基づき,基本条約が規律する権限
のみを有し,その範囲でのみ行動できる(EU条約5条)。EUに対し間接税を
調和する権限は明示的に付与されている(EU運営条約113条)が,直接税を調
28 中村民雄「貴族院から最高裁判所へ:ヨーロッパ法との関わり」比較法研究74号
(2012年)180頁参照。
- 15 -
兼 平 裕 子
和する権限を明示的に付与する規定はない。しかし,直接税制の調和は,域内
市場の確立・運営に直接的に影響する限り,一般的な「加盟国法の接近」に関
29
する権限に含まれる(EU運営条約115条)。
< イ ギ リ ス > (法 人 税 率 30%)
Cadbury Schweppes 社 ( CS)
Cadbury Schweppes Overseas 社 ( CSO)
< ア イ ル ラ ン ド > (法 人 税 率 10%)
Cadbury Schweppes Treasury Services 社 (CSTS)
Cadbury Schweppes Treasury International 社 ( CSTI)
【図2】Cadbury Schweppes事件 取引概要図
30
3.1で述べたように,Cadbury Schweppes事件のECJ裁定 は,イギリスの国
内裁判所とみなされる特別委員会が,CFC税制のEC条約適合性につき,付託
を決定(2004年4月29日)したことに基づき,先決裁定を下したものである(2006
31
年9月12日)。
判 決 文 に 示 さ れ た 付 託 事 実 に よ る と, イ ギ リ ス を 本 拠 と す るCadbury
Schweppes社(CS)は企業グループを結成し,米国や他のEU諸国へ子会社を
29 115条によると,「理事会は,域内市場の設立または運営に直接影響を及ぼす構成国
の法律,規則または行政規定を接近させるために指令を定める」ことができる。須網
隆夫「投資自由化協定と直接税制-EU司法裁判所・Cadbury事件先決裁定をめぐって
-」RIETI Discussion Paper Series 11-J-068(2011年)10 ~ 11頁参照。
30 Cadbury Schweppes plc and Cadbury Schweppes overseas Ltd v Commissioners
of Inland Revenue(Case C-196/04)
31 Cadbury Schweppes事 件 に 関 す る 評 釈 と し て,Simpson,P,“Case Notes,
Cadbury Schweppes plc v Commissioners of Inland Revenue: the ECJ sets strict test
for CFC legislation”,British Tax Review,2006 No.6,pp.677-683,川田剛「欧州連
合域内におけるCFCルールの適用の可否」税務事例40巻1号(2008年)50 ~ 52頁,
伊藤剛志「Cadbury Schweppes事件先決裁定の検討」『タックス・ヘイブン対策税制
のフロンティア』(有斐閣,2013年)231 ~ 247頁,須網・前掲注(29)1~ 25頁,安
部和彦「タックスヘイブン対策税制の適用範囲-キャドバリー・シュウェップス事件
の欧州裁判所判決等を手がかりにして」税務弘報55巻11号(2007年)53 ~ 66頁。
- 16 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
展開していた。【図2】に示す二つのアイルランド子会社(CSTS,CSTI)の
仕事は,資金を調達し,Schweppesグループ子会社に資金供給することであっ
た。CSTS社はジャージーに設立された同様のストラクチャーの代替として設
立されたものであり,これらの法人設立の目的は,①優先株主であるカナダ居
住者の税金問題の緩和,②海外貸付にかかるイギリス当局からの同意を得る必
要性の回避,③グループ内に支払われる配当にかかる源泉税の減額であった
(para.16)。
CSTS社がイギリスに設立されたとしても目的を達成できたが,あえてアイ
ルランド・ダブリンの国際金融サービスセンターに設立したのは,グループ企
業間貸付に関して,優遇税率(10%)の適用を受けるためであった。このよう
な取引につき内国歳入庁は,「低水準の課税」に該当し,適用除外要件にも該
当しないとして,CFC税制を適用し,イギリスの2社に対し約864万ポンドの
課税処分を行った(2000年8月18日)。
当該Cadbury Schweppes事件や3.3.1のVodafone事件においては,適用除外
とされる5つの要件のうち5番目のmotive test(動機テスト)がCFC税制適
用の判断に関し,重要な要素となる。すなわち,(a)CFCに利益をもたらした
取引が,一定の金額以上イギリス税額を減少させている場合に,そのイギリス
税額の減少が当該取引の主たる目的ではないこと,および,(b)利益の付け替
えによるイギリス税額の減少が,当該CFCの主たる存在理由の一つではないこ
とを,イギリス居住法人が証明した場合は適用除外となる。
CS社およびCSO社からの不服申立てに対し,特別委員会がECJに対し先決裁
定を付託した経緯は3.1で述べた通りであり,判決文にはイギリスCFC税制が
EC条約43条に適合しないとの結論に至る理論構成が記載されている。当該先
32
決裁定は,2006年5月2日のLéger法務官意見の公表後に,当該法務官意見書
32 Léger法務官意見の方が152パラグラフと詳細な理論構成が示されており,先決裁定
(76パラグラフ)は,ほぼ法務官意見に従っている。
当該事件のLéger法務官意見は以下を参照。
http://www.bailii.org/cgi-bin/markup.cgi?doc=/eu/cases/EUECJ/2006/C19604.ht
ml&query=Cadbury+and+Schweppes&method=boolean
- 17 -
兼 平 裕 子
33
に沿って判示されたものである(大法廷判決:2006年9月12日)。
イギリス居住法人が他の加盟国に子会社を設置している場合において,
Cadbury Schweppes社の状況は,イギリスに子会社を有するイギリス居住法
人と比較されるべきではなく,有利でない税制の別の加盟国に子会社を設立し
た イ ギ リ ス 居 住 法 人 と 比 較 さ れ る べ き で あ る と 述 べ て い る( 法 務 官 意 見
para.78)。
なお,EC条約49条(現行EU運営条約56条)(役務提供の自由移動)は,EC
内におけるサービス提供の自由への制約は加盟国国民に関して禁止される旨が
規定されており,加盟国の国民・企業が他の加盟国でサービス提供をする自由
を保障している。しかし,それらは43条に対する制約に伴う結果であり,49条
を独立して検討すべきではないとして争点から外している(para.33)。
EC条約43条(現行EU運営条約49条)(設立の自由)は,加盟国の国民が他
の加盟国の領域内で開業する自由に対する制約の禁止を定めている。有利な税
制の利用のためにのみ他の加盟国に会社を設立することは「設立の自由」の濫
用であるか否かを検討し,より有利な立法の適用による利益を得ることを目的
とする設立自体は適法であることを明確にしている(para.37)。「設立の自由」
に対する制約は常に違法とされるわけではない。「設立の自由」条項の目的は,
経済的および社会的な相互浸透(economic and social interpenetration)を保
護することであり,したがって,設立の概念は現実的な経済活動の追求を含む。
CFC税制が完全に偽装的な仕組み(wholly artificial arrangements)を持つ
とされる場合でも,「公共の利益のために最優先される理由によって正当化さ
れる」(para.47)。そのうえで,正当化される場合につき,「目的と手段の比例
性原則」について検討している(para. 57 ~ 60)。
結論として先決裁定は,「EC条約43条,同48条は,他の加盟国のCFCによる
33 EU司法裁判所は8人の法務官(advocate general)により補佐される。一つの事件
につき一人の法務官が担当し,裁判所が判決を下す前に,裁判所において理由を付し
た法務官意見を提出する。法務官意見は裁判官を拘束するものではないが,裁判所が
判決を下す際に参考にされる。中西・前掲注(23)72頁。
- 18 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
利益が当該他の加盟国において軽課税に服する場合において,当該利益を加盟
国に設立された親会社の課税所得に算入することを排除する趣旨と解釈されな
ければならない。ただし,当該算入が通常支払うべき加盟国の租税を回避する
ことを目的とした完全に偽装的な仕組みに関係する場合にはこの限りではな
い」としている(para.75)。
租税回避を目的とする「完全に偽装的な仕組み」に関係する場合以外は,
EC条約43条,同48条に反するとの解釈を示した当該ECJ判決を受け,当該事
例は国内に差し戻され,CFC税制がEC法に適合するか否かを判断することに
34
なった。実際には,CFC税制を改正する(1988年所得税・法人税法改正)と
35
いう立法的解決が行われた(2007年)。2013年1月1日には,国際競争力を高
めるための法人税改正とあわせて,新しいCFC税制が導入された。
3.3 Vodafone事件-イギリス控訴院判決およびインド最高裁判所判決
3.3.1 イギリス控訴院判決(2009年5月22日)
同時期にCFC税制につき,イギリスの国内裁判所で争われた事例にVodafone
36
事 件 が あ る。CFC税 制 がEC条 約 に 適 合 的 に 解 釈 で き る か 否 か を 検 討 し,
Cadbury Schweppes事件裁定の要件を満たすように同法を限定的に解釈する
ことはできないと判断して,CFC税制の適用は排除されるという結論を下して
いる。
34 Para.72において,「動機テストがCFC税制による課税を完全に偽装的な仕組みに制
限することを可能とする解釈に役立つか,それとも,動機テストの基準は,適用除外
規定の適用がなく,イギリスにおける租税負担の軽減がCFC設立の主たる理由の場合
でも,親会社がCFC税制の適用を受けることを意味するかの判断を決定するのは,国
内裁判所の役割である」としている。
35 2007年改正は最小限の調整のみで乗り切ろうとしたものであり,当該ECJ判決で示
された真正な経済活動(genuine economic activity)を明確化する改正の方向であった。
イギリスCFC税制改正に関する研究として,青山慶二「英国の法人税改正の動向(国
際課税の観点から)」租税研究743号(2011年)173 ~ 195頁,神山・前掲注(20)248
~ 278頁,増井良啓『法人税制の国際的調和に関する覚書』税研160号(2011年)30 ~
37頁。
36 Vodafone2 v The Commissioners for HM Revenue & Customs[2008]EWHC
1569(4 July 2008),Vodafone2 v The Commissioners for HM Revenue & Customs
[2009]EWCA Civ 446(22 May 2009).
- 19 -
兼 平 裕 子
【図3】に示すように,Vodafone Group plc.の完全子会社であるVodafone2(以
下「Vodafone」という。)は,2000年10月4日に租税目的で設立されたイギリ
ス法人である。Vodafone Investments Luxembourg Sarl(以下「VIL」という。)
は,ルクセンブルグにおいて,ドイツのMannesmann AG社や他のヨーロッパ
の通信会社買収目的のため,2000年12月11日に設立された中間持株会社であ
37
る。
HMRC(歳入税関庁)は,2001年3月末終了会計年度のVodafone社の法人
税申告書につき,CFC税制(1988年所得税・法人税法747条~ 756条)が適用
されるか否かを確定させるため,VIL社の課税所得に関して90日以内に更に詳
細な点に関する返答をするように問い合わせをしてきた(2002年11月15日)。
当該問い合わせに対し,Vodafone社が1998年財政法の規定を踰越するのでは
ないか等の点につき,特別委員会に申立てをしたものである(2002年12月13日)。
<イギリス>
Vodafone Group plc. ( 親 会 社 )
Vodafone2(Vodafone) ( 2000/10/04 設 立 )
<ルクセンブルグ>
Vodafone Investments Luxembourg Sarl (VIL)
(2000/12/11 設 立 の 中 間 持 株 会 社 )
<ドイツ>
買収目的
Mannesmann AG 社
【図3】Vodafone事件 取引概要図
37 ルクセンブルグ持株会社の免税制度は,1929年7月31日法制化されたが,2007年1
月1日から廃止された。本庄・前掲注(6)223頁。
- 20 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
2002年11月15日の文書は正式文書ではないとしながらも,HMRCは情報開示
を求めたため,両者の交渉は決裂し,Vodafone社は2004年10月1日に特別委
員会に申立てをした。VIL社の利益に対しCFC税制に基づきイギリスで課税す
ることはEC条約43条の設立の自由,同56条の資本移動の自由に対する違法な
制限ではないか,②いずれにせよ,問い合せの通知自体がVodafone社に対し,
実質的なコストを生じさせる過度の行政負担ではないか,というのが申立ての
根拠であった。
Cadbury Schweppes事件の先決裁定が下された(2006年9月12日)ため,
ECJへの付託の移送は取り下げることに決定した。
2007年 3 月 7 日 お よ び 8 日 に 公 聴 会 が 開 か れ た。 特 別 委 員 会 の 結 論 は,
「Cadbury Schweppes事件で示された指針は,動機テストのみの解釈か,ある
いは,CFC税制全体の解釈問題となるのか,という点が決定のための重要事項」
38
であるということであり,うち前者が選択された。最終結論は,「CFC税制に
つきCadbury Schweppes事件でECJによって用いられた文言の意味する限りで
39
は,動機テストの解釈はイギリスで通常払うべき租税を回避する目的で『完
全に偽装的な仕組み』に関連して適用されたCFCに対してのみ適用すべきであ
る。」というものであった。したがって,当該事例におけるルクセンブルグ法
人であるVILは真正の活動(genuine activities)を行っており,CFC税制は適
用できないとの結論であった(2007年7月26日)。
当該特別委員会裁決に対する一審であるHigh Court判決においてEvansLombe判事は,「イギリスCFC税制の有効性は747条~ 748条に依拠するが,規
定の修正も行政決定もされておらず,Vodafone社に対しては適用すべきでな
い。したがって,Vodafone社の当該会計年度の申告書に対するHMRCの質問
38 特別委員会のWalter QC委員長とWallace委員のアプローチ方法は基本的に同じであ
るが,結論は異なる。Walter QC委員長の結論が採用されている。
Vodafone2 v The Commissioners for HM Revenue & Customs[2008]EWHC
1569(4 July 2008),para.19 ~ 24,28.
39 ECJは,CFC税制747条~ 748条がEC条約43条に適合しているかどうかにつき最終的
な裁決を示しておらず,その仕事はイギリス国内裁判所に委ねられている。para.32.
- 21 -
兼 平 裕 子
権の行使は法的な目的を有するものではなく,終了されるべき」と判示した
(2008年7月4日)。
その控訴審であるCourt of Appeal判決においては,「CFC税制はEC条約の
解釈との適合性いかんによって影響を受けるため控訴自体には根拠があると認
めるが,不適用問題については結論を出す必要はない」との見解を示してい
40
る。すなわち,Longmore卿判事は,「『設立の自由』を含むEC条約上の権利
を解釈し,立法化することが必要とされるが,解釈(裁判所の範疇)と立法(裁
判所の範囲外)の境界を確定することは容易ではない」と述べるに留めている
(2009年5月22日)。
3.3.2 インド最高裁判所判決(2012年1月20日)
世界的なモバイル通信会社であるVodafone Group plc.は,前述したグーグル
やアップル等と同様の多国籍企業であり,タックス・ヘイブンを利用した租税
負担の軽減を図っている。これらオフショア取引に対して各国の課税庁が強引
ともいえる課税処分を行うケースが散見されるが,これらの処分に対する司法
判断は厳しいものとなっている。
【図4】に示すインドVodafone事件の取引の概要および経緯は以下の通りで
ある。2007年2月,オランダ法人であるVodafone International Holdings B.V.(以
下「Vodafone」 と い う。) は, ケ イ マ ン 諸 島 の 法 人CGP(CGP Investments
Limited)の株式100%を約111億ドルで,同じくケイマン法人のHTIL(Hutchison
Telecommunications International Limited)より取得した。買収されたCGPは,
インド法人HEL( Hutchison Essar Limited)の株式約67%を直接および間接
に保有しており,この買収により,Vodafoneは,最終的にHELの支配権も得
ることになった。HELはインドJVであり,1994年11月より,インドの各州に
おいて携帯電話ビジネスを行うライセンスを保有し,携帯電話事業を行ってい
た(HELの名称は買収後,Vodafone Essar Limitedに変更された)。
40 Vodafone2 v The Commissioners for HM Revenue & Customs [2009]EWCA
Civ 446(22 May 2009),para.68.
- 22 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
2007年9月にインド税務当局は,買い手であるVodafoneに対し,当該株式
購入対価のHTILへの支払にあたり源泉徴収を行うべきであったと指摘し,約
26億ドルの源泉徴収税を納付すべきとの課税処分を行った。根拠法は1961年イ
41
ンド所得税法§5(非居住者の総所得)および§9(1)(国内発生所得)である。
ケイマン法人CGPの株式の対価は単なるケイマン法人の株式の譲渡対価ではな
く,本件取引はHELに対するHTILの複合的権利の譲渡を構成するものであり,
かかる権利はインドと重要な関係を持つものであることから,ケイマン法人で
あるCGPの株式の譲渡取引はインドの課税権の法的管轄内のものであるとし
て,源泉徴収義務を課した。
[売 り 手 ]
CGP 株 式 の 譲 渡
[買 い 手 ]
HTIL
VIH B.V.
(ケ イ マ ン 法 人 )
対 価 111 億 米 ド ル
100%
CGP
(ケ イ マ ン 法 人 )
(オ ラ ン ダ 法 人 )
100%
中間持株会社
<インド国外>
(モ ー リ シ ャ ス 法 人 等 )
直 接 ・ 間 接 に 67%を 保 有
<インド国内>
HEL➠ VEL
(イ ン ド 法 人 )
( 買 収 後 , VEL に 名 称 変 更 )
【図4】インドVodafone事件 取引概要図
(居波邦泰「インドのボーダフォン判決に係る考察(上)
」税大ジャーナル18号121頁)
41 所得税法§9(1)の条項は,インドで生じた又は発生したとみなされる所得の範囲
についての規定である。議会は意図的に,(a)インドでの事業との関連,あるいは(b)
インドにある財産,あるいは(c)インドの資産又は所得源泉,あるいは(d)インド
における資本資産の譲渡を通じて,直接又は間接を問わず生じた又は発生した全ての
所得を,インドで生じた又は発生したとみなすことを要求している。居波邦泰「イン
ドのボーダフォン判決に係る考察(上)-ボンベイ高裁判決の分析-」税大ジャーナ
ル18号(2012年)125頁。
- 23 -
兼 平 裕 子
当該処分に対し,Vodafone社は提訴した。ムンバイのボンベイ高等裁判所
は2010年9月8日,インド法人HELの支配権を間接的に有しているケイマン法
人の株式をインド国外で売買した場合であっても,当該株式の売却による企業
の譲渡益にインドの課税権が及び,対価を支払う際に源泉徴収を行ってインド
に納付する義務があるとの判断を下した。
これに対しVodafone社は上告したが,インド最高裁判所は,2012年1月20日,
42
原告勝訴の判決を下した。「インド税務当局はオフショア取引に対する課税権
を持たないので,したがって,買主であるVodafoneは売主に生じる譲渡益課
税についてのインドにおける源泉税徴収義務を持たない」と結論づけている。
最高裁判決は,取引の本当の性質と性格を確かめるために「ルック・アト基
準」(look at test)を適用して,このオフショア取引が,インドの領域の租税
管轄の外のFDI投資(Foreign Direct Investment;直接投資)であると判断し
た。最高裁は,まず,イギリスのウェストミンスター判決およびラムゼイ判決
43
を取り上げることで,インドの税務当局は「解析アプローチ」によるべきで
44
はなく,「ルック・アト」基準によるべきであるとした。ルック・アト基準は,
取引の全体を観察して把握すべきとのアプローチであり,調査項目として,最
高裁は,投資への参加の概念,持株構造が存在する期間,インドでの課税対象
の収益の発生,退出のタイミング,そのような退出に係る事業の継続性などの
要因を確認することによって,取引の真実の法的な性質が確かめられるべきで
あるとの見解を示している。
42 インドVodafone事件について,北村導人・采木俊憲「Vodafone事件最高裁判決とイ
ンド投資に係る実務上の影響[インド最高裁2012.1.20判決]」International Taxation32
巻4号(2012年)30 ~ 41頁,同「ボーダフォン事件の概要とインド投資実務への影響
(上)(下)」旬刊経理情報No.1312(2012年)44 ~ 47頁,No.1313(2012年)58 ~ 62頁
参照。
43 当該事例においても,イングランド判例が引用されている。というのは,コモン・
ロー諸国ではコモン・ローの一体性(Unity of Common Law)の観念により,イング
ランド判例を外国判例とする意識が薄かったからである。浅香吉幹「コモン・ロー諸
国間の判例の相互作用」比較法研究(2012年)198 ~ 199頁。
44 Para.90,居波邦泰「インドのボーダフォン判決に係る考察(下)-ボンベイ高裁判
決の分析-」税大ジャーナル19号(2012年)134頁。
- 24 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
当該オフショア取引は,偽装あるいは租税回避が前もって定められた取引で
はなく,参加型の投資であったことを証拠づけ,取引の訴訟物はCGP株式の譲
渡であり,結果として,インドの税務当局は当該オフショア取引に課税するた
めの領域的租税管轄をもっていなかったと判示した。
すなわち,事業目的が認められない場合や人為的な租税回避手段や仮装の手
法が用いられている場合を除き,法律の枠内で行われたタックス・プランニン
45
グは認められるべきとの結論である。
このように,タックス・ヘイブンやハイブリッド・エンティティに対する準
拠国税制の相違を利用し,全体としての租税負担を減らすのが多国籍企業によ
るタックス・プランニングである。あえて課税庁が課税処分を行っても,租税
46
法の解釈においては,確実性(予測可能性)と法的安定性が要求されるため,
課税庁側敗訴となるケースが多い。立法と解釈の決定的な限界を確定すること
は難しい一方で,裁判所による解釈には厳格な文理解釈が求められる点はイギ
リスのVodafone事件と共通している。
4. 日本における裁判例の検討
日本においてタックス・ヘイブン対策税制(措置法66条の6以下)が直接適
用された事例として「ガーンジー島事件」を,直接適用ではないがアイルラン
ドの子会社に支払った再保険料の損金性が否認された事例として「ファイナイ
ト再保険事件」を取り上げる。さらには,ハイブリッド・エンティティの法人
該当性が争われた「バミューダLPS訴訟」を,東京,大阪,名古屋の各高裁段
階で異なる判断が出されている「デラウェア州LPS訴訟」と比較して取り上げ
る。
45 当該最判が出た後,所得税法(Income Tax Act)が改正され(2012年3月16日付),
最高裁の判断と異なる内容の改正または解釈の明確化が行われた。北村・采木・前掲
注(42)「ボーダフォン事件の概要とインド投資実務への影響(上)」47頁。
46 当該インド最判の結論部分においても,「確実性は,法の支配(rule of law)にとっ
て肝要である。確実性と安定性は,すべての財政制度の基本的な基礎を構成する」 と
述べている。para.91.
- 25 -
兼 平 裕 子
4.1 ガーンジー島事件
4.1.1 租税と外国法人税の意義
わが国の企業もタックス・ヘイブンに設立した子会社を利用した国際取引を
行 っ て い る。 本 項 で 取 り 上 げ る ガ ー ン ジ ー 島 事 件 は, 英 国 王 室 属 領(UK
Crown Dependency)であるガーンジーに所在する日本法人の子会社の課税対
象金額につき,タックス・ヘイブン対策税制が適用されるか否かが争われた事
件である。
当該事案の原告は損害保険会社であり,ガーンジーに本店を有し(1998年12
47
月設立),再保険を業とする外国法人(キャプティブ保険会社)を100%子会社
(措置法66条の6第2項1号の外国関係会社に該当)として設立した。当該子
48
会社が特定外国子会社等 に該当するとして,タックス・ヘイブン対策税制を
適用して更正処分が行われた点が争われた。
当時のガーンジー所得税法(Income Tax(Guernsey)Law 1995)によると,
ガーンジーの法人は,①20%の標準税率により所得税を課されるが,②申請に
より免税を受けることができるほか,③所定の所得につきその金額に応じて段
階的に異なった税率により所得税を課されることもでき,さらに,④国際課税
資格を取得して,0%を超えて30%までの間で自ら申請し税務当局によって承
認された税率によって所得税を課されることもできた。当該子会社は④を選択
49
して26%の税率を承認され,この税率で所得税の賦課決定を受けて納付して
47 キャプティブ保険会社とは,特定の企業またはそのグループ企業のリスクを専門的
に引き受ける保険会社をいう。倉地康弘・法曹時報63巻9号(2011年)77 ~ 78頁(調
査官解説)。
歴史的にはキャプティブ設立の主たる動機は節税であるという広く流布している見
方があったが,事実は,キャプティブはその他の経済的理由(リスクマネジメント実
務の認識と実施等)のためにも設立されるということである。宮塚久・北村導人「タッ
クス・ヘイブン対策税制」中里実・大田洋・弘中聡浩・宮塚久編著『国際租税訴訟の
最前線』(有斐閣,2010年)154頁。
48 「その各事業年度の所得に対して課される租税の額が当該所得の金額の100分の25以
下である外国関係会社」(措置法施行令39条の14第1項2号)をいう。また,同号該当
性の判断に当たっては,同条2項が法人税法69条1項に規定する外国法人税を基準と
して行うこととしており,この外国法人税の意義については,法人税施行令141条1項
から3項において規定されている。
49 当時のタックス・ヘイブン対策税制では税率が100分の25以下であると,当該親会社
- 26 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
いたが,課税庁は,本件外国法人税は法人税法にいう外国法人税ではないから
当該子会社の税負担は0であり,課された租税の税率が25%以下になると主張
し,タックス・ヘイブン対策税制が適用されることを前提に増額更正処分を
50
行った。
東京地判2006(平成18)年9月5日(民集63巻10号2364頁)は,原告が納付
した税は,租税の特質である強行性等と相容れない面があり,一般的な租税概
念の範疇に含まれないから,外国法人税に該当しないことを主な理由として,
請求を棄却した。控訴審(東京高判2007(平成19)年10月25日(民集63巻10号
2426頁))も,第一審判決を引用し,原告の負担した「税」なるものの実質が,
タックス・ヘイブン対策税制の適用を回避させるというサービスの提供に対す
る対価ないし一定の負担としての性格を有するものと評価することができると
し,控訴を棄却した。すなわち,ガーンジーの法人所得税制は,納税者に異なっ
た税制の選択を認める不自然なもので,先進諸国の租税概念である強行性,公
平性ないし平等性と相容れず,外国法人税に当たらないという判示であった。
その上告審である最判2009(平成21)年12月3日(民集63巻10号2283頁・判
51
時2070号45頁・判タ1317号92頁)は,①そもそも租税にあたるか否かという問
題と,②法人税法69条1項,施行令141条1項にいう外国法人税に当たるか否
である内国法人に同税制が適用され,子会社の未処分所得のうち所定の金額をその内
国法人の収益の額とみなして課税される(なお現行は,100分の20以下)。
50 ただし,ガーンジーが「法人の所得に対して課される税が存在しない国または地域」
(措置法施行令39条の14第1項1号)に該当するとしているわけではない。
51 原判決や第一審判決にも多くの判例評釈や解説があるが,最判に関するものとして,
以下参照。岡村忠生・ジュリストNo.1440(2012年)207 ~ 208頁以外は,おおむね判
旨に賛成である(同判批は,経済的実質の有無,なぜ26%という極めて疑わしい税率
が選択されたのかを問うべきであったと批判している)。志賀櫻・税経通信65巻2号
(2010年)132 ~ 143頁,北村導人・税務事例42巻4号(2010年)20 ~ 25頁,小林磨
寿美・税理53巻3号(2010年)206 ~ 211頁,朝倉洋子・税理56巻1号(2013年)86
~ 91頁,大淵博義・租税研究729号(2010年)153 ~ 167頁,長谷川俊明・国際商事法
務38巻6号(2010年)762頁,渋谷雅弘・ジュリストNo.1409(2010年)110 ~ 111頁,
林仲宣・谷口智紀・税務弘報58巻10号(2010年)94 ~ 95頁,望月文夫・税理53巻13
号(2010年)28 ~ 35頁,渡辺裕泰・ジュリストNo.1409(2010年)203 ~ 205頁,谷口
勢津夫・判時2099号(2011年)168 ~ 172頁,豊田孝二・速報判例解説[7]法学セミ
ナー増刊(2010年)299 ~ 302頁,倉地康弘・ジュリストNo.1414(2011年)233 ~ 235
頁(調査官解説)。
- 27 -
兼 平 裕 子
かという問題の二段階で検討を加え,本件外国税は租税に該当しないとはいえ
ず,外国法人税に該当しないともいえないと判示して,原判決を破棄して第一
審判決を取り消し,これを認容する自判を行った。
「まず,外国法人税といえるためには,それが租税でなければならないこと
はいうまでもないから,外国の法令により名目的には税とされているもので
あっても,実質的にみておよそ税といえないものは,外国法人税に該当しない
というべきである。しかし本件外国税が,特別の給付に対する反対給付として
課されたものでないことは明らかである。したがって,本件外国税がそもそも
租税に該当しないということは困難である。」
「法人税法69条1項は,外国法人税について・・わが国の法人税に相当する
税でなければならないとする。これを受けた施行令141条1項(実質的には2
項および3項)の規定から離れて一般的抽象的に検討し,わが国の基準から照
らして法人税に相当する税とはいえないとしてその外国法人税該当性を否定す
ることは許されないというべきである。」
租税法律主義により,徹底した文理解釈が求められる租税法にあっては,
「租税回避行為につき,税法に明文の根拠のない一般的な否認法理を用いるこ
となく,個別の税法の要件規定により対処するという方向性を示した」 点で重
要な意義を有すると評価されている。
当該事例は解釈論として初めて 「外国法人税」 の意義を明示したが,2011(平
成23)年政令196号により施行令141条が改正され,納税者と課税庁の合意によ
52
り税率が定まる租税の一部を外国法人税の範囲から除外した。当該改正によっ
て,「外国法人税」 の意義に関する判例としての意味は失われた。
52 「『税率が納税者と税務当局の合意により決定される』ような,外国法人税としてと
らえるのが不適当な部分は外国法人税に含まれない旨の外国法人税の定義の明確化」
であるとされている。宮塚久「ガーンジー島事件最高裁判決の検討-外国法人税の意
義-」『タックス・ヘイブン対策税制のフロンティア』(有斐閣,2013年)105頁。
- 28 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
4.1.2 ガーンジーの特異性-英国王室属領
ガーンジーの正式名称は,The Bailiwick of Guernsey といい,ジャージー
やマン島とともに英国王室属領を構成している。イギリス女王が元首であるが,
その地位はノルマンディ公(Duke of Normandy)としての地位に基づく。
ジャージーやガーンジーといったチャンネル諸島はイギリス本島よりもフラン
スのノルマンディに近い(フランスより20km,イギリス本土より160km)。防
53
衛と外交はイギリス政府が担当しているが,イギリスの一部ではない。EUに
も加盟していない。英国王室から領土と住民を有する主権管轄地域として認め
られ,その主権の一部として課税権を有している(したがって,イギリスの付
加価値税(VAT)を導入する必要もない)。独自の通貨(交換比率は1:1)
をもち,メキシコ湾流の影響で比較的温暖なことからリゾート地としても有名
である(ただし,観光と農業は金融産業にかなり代替されている)。Bailiwick
54
はBailiff(総督;地方行政(司法)官)の納める地域を意味する。中世以来の
55
領邦 の流れをくむ地域であり,富裕層のオフショア・タックス・ヘイブンと
されてきた。
大戦後いずれの国でも法人の税負担が重く感じられると,富裕層の租税回避
だけでなく,法人用タックス・ヘイブンが生まれた。法人は居住地国とタック
ス・ヘイブンとの租税条約の特典を利用してその実効税率を引き下げることが
53 ただし,この境界線は曖昧である。ガーンジーやジャージーでの事件に関して英国
は調査を開始する権限を有しているし,Bailiffを任命する権限も有している。さらに
EUとの共通利益のために,有利なビジネス上の調整交渉を行うこともできる。Sikka,
P,The Role of Offshore Financial Centres in Globalization,Accounting Forum 27,
2003,p.392.
54 立法・行政・司法を兼ねるBailiffによって統治される王室属領の特徴から,権力が
集中し,チェック&バランスが機能せず,エリート支配層による権力の独占状態が変
わることがなかった。マン島,ジャージー,ガーンジーの三つの属領はタックス・ヘ
イブンとして有名であったが,OECDブラック・リストに掲載されることを避けるた
め,基本的な金融規則に関していくつかの改革を行い,結果として2009年のタックス・
ヘイブン・ブラック・リストへの掲載を免れた。ジャージーにおける経緯につき,
Ibid 53,pp.385-390.
55 ヨーロッパには中世以来の領邦の流れをくむ領邦国家(principality)がある。アン
ゴラ公国,リヒテンシュタイン,ルクセンブルグ,モナコ公国等である。これらの国々
は現在では,タックス・ヘイブンまたはオフショアとして利用されている。
- 29 -
兼 平 裕 子
できるようになった。さらには1980年代に国際事業法人制度(International
Business Companies)が生まれた。ヨーロッパの富裕層は,高い税負担を免れ
るため,チャンネル諸島等の軽課税と秘密保持のオファーに応じてこれらを利
56
用するようになった。
上述したように,ガーンジー島事件では,ガーンジーが,近代的な意味にお
ける課税権を有する地域であるか否か(措置法施行令39条の14第1項1号)に
ついては問題とされなかった。ガーンジーは「有害な税の競争」に従事してい
ると批判され,2000年のプログレス・レポートではタックス・ヘイブンとして
リストアップされているが,当該法人所得税が 「税」 ではないとの議論はなかっ
た。すなわち,これまでOECDではガーンジーが租税を課していることを前提
として,ただしそれが著しく低い水準にあることに対し,タックス・ヘイブン
57
対策税制によって対処しようとしてきた。
これら,王室属領がタックス・ヘイブンとして利用される中世以来の領邦と
しての性格や国際法上の位置付けについての踏み込んだ議論が,中里実「財政
58
法の私的構成(下)」である。中世の名残を残す統治システムを有する領邦的
な地域において課される金銭負担を近代的な租税と同視することが許されるか
との視点からの問題提起を行っている。
中里教授は,「租税といっても,歴史的由来も意味も相当異なる二種類のも
のが混在している」と分析する。すなわち,中世の封建領主の領有権から派生
する金銭賦課の権利の延長線上で発展してきたもの(duty)と,十字軍以来の
臨時的な金銭賦課で身分議会の承認が必要とされたものから発展してきたもの
59
(tax)の二種類があるとする。現代における租税のうち,流通税(登録税や
印紙税),相続税・贈与税,固定資産税等は,中世の封建領主の領有権から派
56 チャンネル諸島にはVATも,遺産税も,キャピタルゲイン課税もない。原則20%の
所得税が課税されるのみである。Supra note 53,p.381.
57 倉地・前掲注(47)75 ~ 76頁。
58 中里実「財政法の私的構成(上)(中)(下)-民法959条と国庫の関係を素材として」
ジュリストNo.1400,152 ~ 160頁,No.1401,108 ~ 115頁,No1403,169 ~ 179頁(2010
年)。
59 中里・前掲注(58)(下)175頁。
- 30 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
生する金銭賦課の延長線上で発展してきたものであるという性格を濃厚にとど
めているとする。
ガーンジーは,自治権および税制を含む問題について立法権はもつものの,
英国議会がその統治に究極的な責任をもっている。ガーンジーの法制は,ノル
60
マンディ慣習法を基礎にしているが,最近は英国法制を取り入れている。
このようなガーンジーという英国王室属領の租税制度の特徴は,中世以来の
封建領主の領有権から派生する金銭賦課としての租税(duty)の歴史と,特に
大戦後の富裕層を集めるためのオフショア・タックス・ヘイブンとしての役割
が,EU法の規制を直接受けない非加盟国の特典との相乗効果と相まって,現
行の非居住者に対する優遇税制が確立したものと思われる。
4.2 ファイナイト再保険事件
4.1のガーンジー島事件は損保業界二位の㈱損保ジャパンが原告となった事
例である。当該ファイナイト再保険事件は,最大手の損保会社である東京海上
日動火災保険㈱が原告となった事件であり,いずれも海外子会社への再保険料
の損金性が問われたものである。前者はガーンジーがタックス・ヘイブンに該
当するとして,タックス・ヘイブン対策税制を適用した。後者のアイルランド
はタックス・ヘイブンに該当しないため,再保険料の損金性を否認した。いず
れも課税庁側が敗訴している。
4.2.1 東京地裁判決(2008年11月27日)および東京高裁判決(2009年
5月27日)
【図5】に示すように,原告である東京海上日動火災保険㈱(X)は,阪神大
震災後,企業向け地震保険の引き受けを開始するにあたり,地震・津波・火山
性噴火にかかる危険等による損害について,自らを被保険者(出再者)
,自らが
61
100%を出資する海外子会社(アイルランド)
(A)を保険者(受再者)とする
60 本庄・前掲注(6)196 ~ 199頁。
61 アイルランド子会社A社は,1996(平成8)年12月に設立されて以来,それまでの
- 31 -
兼 平 裕 子
ELC再保険契約(損害額が一定額を超過すると,その超過部分について再保険
金が支払われる内容)を締結した。また,A社はB社との間で,A社が受再者と
なった本件ELC再保険契約をさらに再保険の対象とし,A社を被保険者,B社
62
を保険者とするとファイナイト再保険契約を締結した。なお,本件ファイナイ
ト再保険契約の大部分は,一定の要件で将来的に会社に返還されることとなる
成績勘定残高(EAB; Experience Account Balance)に繰り入れていた。
ELC 再 保 険 契 約
企業向け地震保険
ファイナイト再保険契約
地震保険
保険会社
X の 子 会 社 (A)
X グループ会
契約者
(原 告 X)
(ア イ ル ラ ン ド )
社外の再保険
(日 本 )
(日 本 )
会 社 (2 社 )( B)
X グループ
ELC 再 保 険 契 約
会社外の再
保 険 会 社 (4 社 )
【図5】ファイナイト再保険契約の概略図
(野一色直人「再保険料の損金該当性の問題」税法学565号 257頁)
X社が,A社に支払った再保険料を損金の額に算入して確定申告を行ったこ
とに対し,課税庁は,本件ファイナイト再保険契約の再保険料のうちEAB繰
入額相当額は,保険事故の発生・不発生にかかわらずA社が受領できるもので
あるため「預け金」であって「損金」ではないこと,A社はX社の利益の平準
化や税負担の繰延べ・回避等の目的のための導管にすぎないこと等を根拠とし
て,更正処分を行った。これに対し,X社は処分の取消しを求めて出訴した。
子会社であった香港のウーフン社(1993(平成5)年以降,タックス・ヘイブン対策
税制上合算課税されることとなったため,税務上のメリットを享受できていなかった)
が,グループ内会社から引き受けていた再保険契約を順次引き受けて,利益を上げて
きた。
62 ファイナイト再保険契約とは,保険者が通常は引き受けないような,地震やテロに
よる企業収益への影響といった,同時に多数は存在しない大規模・算定困難なリスク
についてのリスク・ファイナンス手法として行われているものであり,その名称は,
保険者にリスクが限定される(finite)に由来している。後藤元 「ファイナイト再保険
の課税上の取扱い」 保険法判例百選(2010年)5頁。
- 32 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
63
東京地判2008(平成20)年11月27日(判時2037号22頁),東京高判 2010(平
64
成22)年5月27日(判時2115号35頁)ともに原告側主張を認めた(確定)。
ファイナイト再保険契約に基づく支払再保険料の税務上の取扱いについて
65
は,同契約の契約当時には,わが国において確立した見解はなかった。課税
庁は,X社は,X社-B社間で直接ファイナイト再保険契約を締結すれば,再
保険契約の経済的目的を達成することができたにもかかわらず,支払再保険料
を損金として算入し,わが国に納付する租税を減少させるという租税回避の目
的でA社を契約関係に介在させ,X社-A社-B社という経済的合理性のない契
約を締結したと主張した。
一審判決は,「本件ELC再保険契約およびファイナイト再保険契約が,専ら
租税回避等の目的によって作出されたものであるならば,その法形式による真
の合意の存在や有効性に疑問が生じうるが,それらの契約に経済的取引として
の合理性が肯認できるのであれば,そのような法形式を選択した当事者の意思
に基づく法律関係を前提として課税がされるべきことになる」 と判示した。
控訴審判決は,「いかなる法形式(契約類型)を用いるかは当事者の自由で
あり,一般に経済活動は税負担の多寡をコストの一つとして考慮して行われる
のが通例であることに照らせば,当該契約が税負担の軽い法形式で締結された
との一事をもってそれを否認して,当事者が選択した法形式と異なる法形式に
引き直して課税することは許されない」として再保険料のうちEAB繰入額相
当部分の損金該当性を認め,控訴を棄却した。
63 東京地判に対する判批として,長谷川俊明・国際商事法務37巻7号(2009年)912頁,
渕圭吾・ジュリストNo.1400(2010年)173 ~ 175頁,野一色直人・税法学565号(2011
年)221 ~ 258頁。
64 東京高判に対する判批として,佐藤香織・税経通信66巻8号(2011年)176 ~ 181頁,
浅妻章如・判時2133号(2012年)162 ~ 166頁,横溝大・ジュリストNo.1449(2013年)
132 ~ 135頁。
65 原告側代理人である弘中聡浩による「国際商取引と租税回避否認」ジュリスト
No.1447(2012年)33 ~ 38頁,「ファイナイト再保険租税訴訟の解説」租税研究No.737
(2011年)259頁参照。
- 33 -
兼 平 裕 子
4.2.2 準拠法と法の適用に関する通則法
アイルランド法人(A社)のファイナイト再保険契約は,イングランド法(英
国法)を準拠法とする指定がされている。しかし東京高判・判旨(5)において,
「本件のような租税回避行為の有無が争点となる事案においては,適用する法
律を当事者の自由な選択によって決定させるならば,当事者間の合意によって
日本の課税権を制限することが可能となり,著しく課税の公平の原則に反する
という看過しがたい事態が生ずることになるから,法の適用に関する通則法42
条の適用によって,外国法の適用を排除し,国内公序である日本の私法を適用
すべきである。」 としている点については,伝統的な国際私法理論からは説明
66
できないとして,疑問視する意見も多い。
横溝教授は,「通則法42条にいう公序が排除する対象は通常は選択される準
拠実質法であるのに対し,当事者の選択による準拠法選択を認める通則法7条
それ自体であること,さらに,課税の公平の原則が公序の内容として考慮され
ているが,外国法を排除する際に問題となるのはわが国の私法秩序の根本的価
値であり,租税法上の原則が公序の内容を構成することはない」と批判する。
浅妻教授は,「英国法を準拠法として指定した契約当事者間での経済活動は,
第一次的には英国法によって規律される。にもかかわらず,通則法42条を適用
して日本の私法を適用すべきであるとすると,経済活動は,第一次的には私法
によって規律されているとの前提と矛盾する」ことになる懸念を示している。
67
当該判旨は,当該裁判例以前に公表された論説において,「租税回避を意図
するものである場合には準拠法の選択自体が否定される」として,公序の発効
を認め,日本法の準拠法としての適用を主張する見解に類似している。当該見
解は,「当事者間の準拠法の指定いかんにより課税の有無が影響を受けること
となると,課税の公平の見地からは,日本の法秩序上,受け入れ難い結果であ
66 横溝・前掲注(64)133 ~ 134頁,浅妻・前掲注(64)163 ~ 164頁,弘中・前掲注(65)
「国際商取引と租税回避否認」34頁。 67 小柳誠「租税法と準拠法-課税要件事実の認定場面における契約準拠法の考察-」
税大論叢39号(2002年)148 ~ 150頁。
- 34 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
るから,法例33条(現行の法の適用に関する通則法42条)の公序則の適用の余
地があることなどにより,当事者の選択した準拠法の指定は有効ではなくなる
と考えられる」と主張するものである。
しかし一般論としては,租税法は当事者の選択した私法の関係に従うとしな
がら,国際租税法事案においてのみ日本の租税法だけで考えることは論理的に
68
一貫しない。当事者の契約による準拠法を全否定すると,「当事者の法形式の
選択の自由を認める」という判旨と矛盾してしまう。浅妻教授は,「租税回避
69
の有無が争点となる事案においてのみ限定されるべきと解される」とする。
それでも,租税回避の可能性があるゆえに「公序」を適用することは伝統的な
70
国際私法の考え方に沿わないことになる。
当該事例では,それまでの100%子会社であった香港のウーフン社がタック
ス・ヘイブン対策税制の適用を受けるようになったため,1996年に低課国であ
るアイルランドに子会社X社を設立することによって,税務上のメリットを享
受することとなった経緯は認識されている。にもかかわらず,課税庁が,ELC
再保険料とファイナイト再保険料を,租税回避目的の不可分一体のものとして
損金不算入とする強引ともいえる更正処分をしたのは,「逃げていく税金」に
対し,明文の否認規定がなかったことによると思われる。しかし,当該裁判例
では,「当事者の選択した私法における事実認定や契約解釈の考え方を課税上
も当てはめる」という一般論が示されている。税金の負担軽減目的は,納税者
の主張する通りの法形式選択の認定にとってマイナス要因となるとは考えられ
ない。当事者の契約による準拠法の選択を否定する判旨(5)には疑問が残る。
68 弘中・前掲注(65)「ファイナイト再保険租税訴訟の解説」271頁。
69 浅妻・前掲注(64)164頁。
70 準拠法の決定・適用につき,澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門[第7版]』(有
斐閣,2012年)15 ~ 64頁参照。
- 35 -
兼 平 裕 子
4.3 バミューダLPS訴訟
4.3.1 バミューダLPSの法人該当性-借用概念と準拠法
英 領 バ ミ ュ ー ダ 諸 島 のLPS法(Limited Partnership Act 1883),PS法
71
(Partnership Act 1902)およびEPS法(Exempted Partnership Act 1992)に
準拠して組成されるLimited Partnership(以下「LPS」という。)は,1名以
上のジェネラル・パートナー(GP)および1名以上のリミテッド・パートナー
(LP)により構成される事業体である。GPはあらゆる権利および権限を有する
ものとし,パートナーとして法律上連帯責任を負うとされる(1883年LPS法
§2・1(a),§8C(a))。一方で,LPは原則としてLPSの事業の経営管理に関
与せず,LPSの債務を弁済する責任も負わないとされている(LPS法§2(b))。
当 該 事 例 は, バ ミ ュ ー ダLPSで あ り 特 例 パ ー ト ナ ー シ ッ プ(Exempted
Partnership;以下「EPS」という。)である原告が,国内源泉所得である匿名
組合契約に基づく利益分配金について法人税の申告書を提出しなかったとし
て,約8億円の法人税決定処分および約1億2,000万円の無申告加算税決定処
分を受けたことに対し,納税義務不存在を主位的請求として,当該処分の取消
しを予備的請求として争った事案である。
「法人」にも「人格のない社団」にも該当しないこととなれば,原告は何ら
法人税の申告義務を負わないことになる。というのは,2002(平成14)年改正
前の法人税法施行令177条1項4号は,国内事業者に対する匿名組合出資に基
72
づき利益の分配を受ける権利を「国内にある資産」としていたためである。
71 1902年PS法が一般法であり,1883年LPS法および1992年EPS法が特別法となる。し
たがって,1883年LPS法および1992年EPS法は,1902年PS法に優先して適用される。
なお,EPSは,バミューダにおいては,所得(利益)に対する課税が免除されている。
本稿では,判決文および他の論説等の表記に合わせ,LPSと略しているが,岡村忠
生「Limited Partnershipの法人性(1)」税研No.172(2013年)80頁では,米国におい
て Limited PartnershipはLPと略されており,複数形のSを誤って略語に加えたものと
思われると指摘している。
72 当該LPSが外国法人に該当すれば,当該権利から得た所得は,国内にある資産の運
用・保有により生ずる国内源泉所得として,法人課税を受けることになる。国内源泉
所得該当性は,東京高判の(争点3)としてあげられているが,(争点1)の法人該当
性,および(争点2)の人格のない社団該当性で決着がついたため,判示されていない。
- 36 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
したがって,(1)原告の租税法上の法人該当性,(2)原告の租税法上の人格
73
のない社団該当性 が争われた事案であり,東京地判2012(平成24)年8月30
日(金融・商事判例1405号30頁)および東京高判2014(平成26)年2月5日(公
刊物未登載)のいずれにおいても,バミューダLPSは日本の租税法上,法人に
74
該当しないとの判断が下された。課税庁側主張は,4.3.2【表1】で述べると
ころの3要素基準(「被告基準」という。)であるが,採用されなかった。 日本の法人税法上,「外国法人は内国法人以外の法人」をいう(2条4号)
と規定するのみであり,法人自体の定義規定はない。このような場合,借用概
75
念の統一説 に従うと,他の法律分野で用いられているのと同じ意味に解すべ
きこととなるため,私法上の法人概念により決まることになる。どのような団
体に法人格を付与するかは,国家の政策の問題に帰するところ,民法33条(現
行33条1項)は,「法人法定主義」を明示し,法人の成立(法人格の付与)は,
法律の定めによってのみ認められるとしている。民法36条(現行35条)におい
ては,外国の法令に準拠して法人として成立した団体(外国法人)については,
商事会社等でなければ原則としてわが国において法人として活動し得る法人格
の主体として認めないことを明らかにしている。
すなわち,わが国の租税法上の法人は,法律により損益の帰属すべき主体と
して設立が認められたものであり,わが国の私法上の法人と同様,その準拠法
によって法人とする旨を規定されたもの(法人法定主義)と解すべきとする。
したがって,東京地判では,外国の法令に準拠して組成された事業体がわが国
租税法上の法人に該当するか否かについては,原則として,
(i)当該外国の法令の規定内容をその文言にしたがって形式的にみた場合に,
73 (2)人格のない社団該当性に関する論点については,本稿では省略する。
74 4.3.2で論じるデラウェア州LPS訴訟東京地判とバミューダLPS訴訟東京地判は同じ
川神裕裁判長による判決である。東京地判評釈として,手塚崇史・旬刊経理情報1332
号(2012年)48 ~ 53頁,東京高判評釈として,宮塚久・采木俊憲・西村あさひ法律事
務所ニュースレター 2014年3月1~3頁。
75 統一説,独立説,目的適合説の3つの見解のうち,他の法分野におけると同じ意義
に解釈する統一説が,租税法律主義=法的安定性の要請に合致するとして通説となっ
ている。金子・前掲注(8)115頁。
- 37 -
兼 平 裕 子
その準拠法である当該外国の法令によって法人とする(法人格を付与する)旨
を規定されていると認められるか否かによるべきであるが(法人格付与基準),
(i)による判断が微妙な場合に,(ⅱ)当該事業体を当該外国法の法令が規
定するその設立,組織,運営および管理等の内容に着目して経済的,実質的に
見れば,明らかにわが国の法人と同様に損益の帰属すべき主体として設立が認
められたものといえるかどうか(損益帰属主体性基準)を検討すべきとし,
(ⅱ)が肯定される場合に限り,わが国の法人に該当すると解すべきとした。
これらの基準をバミューダLPSに形式的に当てはめると,バミューダLPSは
76
日本の租税法上「法人」に該当しないと結論づけ,国側の被告基準を退けた。
すなわち,本件のバミューダ法の定めである1883年LPS法,1902年PS法,
1992年EPS法および本件LPS契約を詳細に検討し,独立の法的団体(entity)
ではなく,別個の法人格を有するものでもなく,バミューダ法上,パートナー
シップは利益を得る目的で共同して事業を遂行する者の間に存する「関係」を
いうと判断した。バミューダ準拠法において法人格を付与する旨の規定は存在
せず((ⅰ)の基準),(ⅱ)の基準についても,損益は法令および契約上,各パー
トナーに直接帰属すると判示した。
同控訴審判決においても,原判決を全面的に支持し,原則として(ⅰ)で判
断するが,諸外国の法制・法体系の多様性等に鑑み,(ⅱ)が肯定される場合
に日本の租税法上の法人に該当するとの基準を示した。(ⅰ)の法人格付与基
準について,民法上の法人が形式的に判断される建前をとるとの理解に基づき,
国側の主張するように,外国法人についてのみ個別具体的に実質判断を行うこ
とは,内国法人の場合と比較し,法的安定性を欠くとする。(ⅱ)の損益帰属
77
主体性基準 については,法人の事業の損益により構成される所得の実質的な
76 当該事業体が,①その構成員の個人財産とは区別された独自の財産を有すること(独
自の財産保有),②その名において契約等の法律行為を行い,権利を有し義務を負うこ
とができる(契約締結能力),③その名において訴訟当事者となり得るか(訴訟当事者
能力)を基準として,その準拠法によって日本の法人であれば通常有すべき実質を具
備するかという観点で判断すべきとするのが国側の主張(被告基準)であるが,デラ
ウェア州LPS訴訟大阪地判以外では採用されていない(【表1】参照)。
77 損益帰属主体性基準の採用につき,諸外国の法制・法体系の多様性(大陸法系と英
- 38 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
帰属主体が法人の構成員であることはないから,法人とそうでない事業体を区
別するうえで有用かつ相当な基準であると判示している。
当該控訴審において国側は,4.3.2のデラウェア州LPS訴訟のうち,直前に判
決が出された東京高判(2013(平成25)年3月13日)(国側が逆転勝訴)を踏
まえると法人に該当すると主張した。しかし,デラウェア州LPSが法人に該当
するとの判断の前提としたseparate legal entity(独立した法的主体)(州LPS
法§201(b))の規定に相当する定めがバミューダ法にはないので事案を異に
するものとして,原審判決を全面的に支持し,国側の主張を斥けている。
なお判決文では,「わが国の租税法上の法人が損益の帰属主体であることは,
租税法の規定上明らかであり,租税法上の『法人』の意義は私法上の『法人』
と同義であるから,私法上の『法人』の要件として,損益の帰属主体であるこ
とを挙げることは相当と解される。」と明示している。この点につき,これま
での借用概念が私法上の意味を租税法に取り込むものであるのに対し,租税法
が必要とする固有の意味内容を私法上の概念の要件として取り込めるかのよう
に説示した点と,従来の借用概念の統一説との整合性の吟味が必要であると指
78
摘されている。
4.3.2 デラウェア州LPS訴訟との相違点 バミューダLPS訴訟では匿名組合出資に基づき分配を受けた利益について法
人税が課税されるかという点で,外国事業体の法人該当性が問題となったが,
79
以下の米デラウェア州LPS訴訟では,日本の居住者が外国事業体(デラウェ
ア州LPS)に出資した構成員として外国不動産の賃貸業を営む場合に,不動産
の減価償却費を不動産所得の必要経費として取り込めるか(所得税法26条1項)
米法系との本質的な相違),わが国の法人概念に相当する概念が諸外国において形成さ
れるに至った沿革・歴史的経緯・背景事情の多様性に鑑みて,損益が帰属しない事業
体を日本の納税義務者から除くための基準とされている。
78 宮塚・采木・前掲注(74)2頁。
79 デラウェア州の法規制は企業に緩やかであり,アメリカの国内にあるタックス・ヘ
イブン(domestic tax haven)として知られる。フォード,GE,コカコーラ,グーグ
ルなどの大企業が本社を置いているが,登記上のみである。志賀・前掲注(1)26頁。
- 39 -
兼 平 裕 子
という点で,法人該当性が問題になった。
以下論ずるところの,東京・大阪・名古屋の各地裁判決(大阪地判2010(平
成22)年12月17日(判時2126号28頁,金融・商事判例1370号39頁),東京地判
2011(平成23)年7月19日判決(裁判所ウェブサイト掲載判例),名古屋地判
80
2011(平成23)年12月14日(裁判所ウェブサイト掲載判例))において争われ
た米デラウェア州LPSからの不動産所得から生ずる損失の損益通算の可否は,
81
措置法改正前 の事案である。これらの事例において課税庁は,LPSは外国法
人に該当するので,当該LPSからの事業の損益は直接原告らに帰属するもので
82
はないとの理論構成によって個人所得税における損益通算を否認した。
LPSは日本には存在しない法概念である。そのLPSが日本の租税法上,法人
に該当すると判断されるか否かによって,節税メリットを享受できるか否かが
決定する。しかし,すべて措置法改正前の年分の確定申告に関する更正処分で
あり,改正後における今日的意義は,「米州法に基づく事業体(separate legal
entity)のわが国租税法上の法人該当性」に尽きるといえよう。それは,実務上,
80 大阪地判・判批として,長谷川俊明・国際商事法務39巻12号(2011年)1770頁,同・
国際商事法務40巻8号(2012年)1263頁,木村弘之亮・判時2139号(2012年)160 ~
164頁,岩品信明・荻田多恵・税務弘報60巻13号(2012年)86 ~ 93頁。
東京地判・判批として,平川雄士・租税研究745号(2011年)124頁,仲谷栄一郎・
赤川圭・磯山海・International Taxation 32巻1号(2012年)76 ~ 90頁,大澤麻里子・
ジュリストNo.1431(2011年)86 ~ 87頁,林仲宣・谷口智紀・税務弘報60巻3号(2012
年)104 ~ 105頁,藤澤尚江・ジュリストNo.1447(2012年)131 ~ 134頁,今村隆・ジュ
リストNo.1458(2013年)107 ~ 110頁。
名古屋地判・判批として,手塚崇史・T&A master No.448(2012年)18頁,同・
T&A master No.454(2012年)28 ~ 37頁,品川芳宣・税研No.164(2012年)82 ~ 85頁,
渕圭吾・ジュリストNo.1439(2012年)8~9頁,吉村政穂・平成24年重要判例解説・
ジュリスト臨時増刊(2013年)204 ~ 205頁。
三事案にかかる判批として,朝倉洋子・税務事例44巻4号(2012年)12 ~ 16頁,鳥
飼貴司・税務QA 2012年3月号70 ~ 74頁,北村導人・松永博彬・税務弘報60巻3号
(2012年)86 ~ 95頁,岩品信明・田中健太郎・税務弘報61巻1号(2013年)163 ~ 171
頁,田島秀則・税務事例44巻11号(2012年)1~ 18頁。 81 航空機リース事件名古屋地判2004(平成16)年10月28日(判タ1204号224頁)納税
者勝訴判決を受けて,「不動産所得を生ずべき事業を行う民法組合等の個人の組合員
の当該民法組合等に係る不動産所得の金額の計算上生じた損失については,なかった
ものとみなす」税制改正が行われた(措置法41条の4の2)。
82 デラウェア州LPS訴訟の地裁レベルまでの段階における論説として,拙稿「国際課
税と国内法-匿名組合とLPSをめぐって-」税法学568号(2012年)18 ~ 39頁。
- 40 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
当該事業体を利用する投資ストラクチャーの組成に大きな影響を及ぼすことに
なるからである。この論点は2.3で論じたBEPS行動計画において,二国間での
取り扱い(法人か組合か)が異なることを利用して,両国の課税を免れる取引
(ハイブリッド・ミスマッチ取引)に該当する(Action 14)。
英米法では信託が利用されることが多い。当該LPSを利用したスキームでも,
外国信託銀行との信託契約を介して,原告はLPSに現金等を出資した。LPSは,
出資された資金と借入金を元手に米国内の中古集合住宅不動産を取得し,賃貸
業を営む。賃貸業は,当初は,賃貸料収入より,支払利息+減価償却費の方が
上回ることから損失が発生。このLPSへの出資持分に応じた損失額が,LPSに
帰属することなく(パススルー),不動産所得の性質を有したまま,信託契約
を介して,原告に直接帰属するとの前提のもと,給与所得等と損益通算(所得
税法69条1項)をして確定申告を行う節税スキームであった。これに対し,課
税庁は,LPSは租税法上の法人に該当するため,不動産賃貸業の損益は,原告
に直接帰属するものではないとして,更正処分等を行ったものである。
大阪地判(2010・12・17)
東京地判(2011・7・19)
納税者敗訴
納税者勝訴
「 法 人 」た る 能 力 お よ び 属 性 の 具
備 が 必 要 と し て 3 要 素 基 準 83
(ⅰ )法 人 格 付 与 基 準
(ⅱ )損 益 帰 属 主 体 性 基 準
* 損 益 帰 属 主 体 性 基 準 は 用 い ず 。 *( ⅰ )に よ る 判 定 が 微 妙 な 場 合
に (ⅱ )で 判 断 す る 。
名古屋地判(2011・12・14)
納税者勝訴
ⅰ )法 人 格 付 与 基 準
(ⅱ )損 益 帰 属 主 体 性 基 準
* (ⅱ )が 肯 定 さ れ る 場 合 に 法 人
該当性が認められる。
* (ⅱ )が 肯 定 さ れ る 場 合 に 法 人
該当性が認められる。
⇒法人格を認容
大阪高判(2013・4・25)
⇒法人格を否認
東京高判(2013・3・13)
納税者敗訴
納税者敗訴
外国法で法人格付与されている
外国法で法人格付与されている
かを実質的に判断する。
かを実質的に判断する。
*損益帰属主体性基準は用いず。 *損益帰属主体性基準は不要。
⇒法人格を否認
名古屋高判(2013・1・24)
納税者勝訴
(ⅰ )法 人 格 付 与 基 準
(ⅱ )損 益 帰 属 主 体 性 基 準
* (ⅱ )は 的 確 に 法 人 の 意 義 を 認
識するためのもの。
⇒法人格を認容
⇒法人格を認容
⇒法人格を否認
【表1】デラウェア州LPS訴訟における外国事業体の法人該当性の判断基準
(西村あさひ法律事務所ニューズレター 2014年3月2頁より抜出して作成)
83 注(76)の 「被告基準」参照。
- 41 -
兼 平 裕 子
大阪・東京・名古屋の各地裁・高裁判決に示されたLPSの法人該当性の判断
基準は【表1】に示す通りである。
大阪地判は,「国内私法基準説」によりつつ,わが国の私法上の法人である
と言いうるための基準を,権利義務の帰属主体となるかにより検討する立場を
採っている。すなわち,デラウェア州LPSが,租税法上の 「法人」 に該当する
か否かを,借用概念の統一説に基づき,「民法解釈における法人とは,自然人
以外のもので,権利義務の主体となることのできるもの」 という観念を借用し
ていると理解し,「わが国の私法上の『法人』とされることによって当然認め
られる能力および属性を全て具備しているか否か」によって決している(被告
基準を採用)。
これに対し,東京地判・名古屋地判は,「外国私法基準説」(法人格付与基準)
によりつつ,副次的に「国内私法基準説」(損益帰属主体性基準)を採用する
複合的な立場を採ったものと考えられる(バミューダLPS地判,高判も同様の
立場を採る)。基本的には,当該外国の法令の規定内容から,その準拠法であ
る当該外国の法令によって法人とする旨を規定されていると認められるか否か
という観点から検討し,さらに,より実質的な観点から,「当該外国の法令が
規定する内容を踏まえて,当該事業体がわが国の法人と同様に損益の帰属すべ
き主体として設立が認められたものといえるかどうかを検証するのが相当であ
る」と判示している。
これらの控訴審のうち,名古屋高判2013(平成25)年1月24日(裁判所ウェ
ブサイト掲載判例)では法人格は否認され,納税者勝訴となった。一方,東京
高判2013(平成25)年3月13日(訟務月報60巻1号165頁)および大阪高判
2013(平成25)年4月25日(裁判所ウェブサイト掲載判例)では,外国法で法
人格が付与されているかを実質的に判断するとし,また,損益帰属主体性基準
84
は不要とされ,逆に法人格が認容され,納税者敗訴となった。
84 「各州のLPSを個別に判断する必要がある」とする論説として,秋元秀仁「国際税務
訴訟における論点を踏まえた実務の次なる課題」税大ジャーナル22号(2013年)27 ~
61頁。
- 42 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
東京高判および大阪高判においては,(ⅱ)損益帰属主体性基準は不要であ
ると指摘し,新たに「外国法令で法人格を付与する旨を規定されているかどう
かだけでなく,外国法令が事業体の設立,組織,運営,管理等についてどのよ
うに規定しているかも併せて検討すべきである」との実質的な判断基準を示し
た。そのうえで,州LPS法に基づいて設立された本件各LPSは,法的主体とし
て存在しているというべきであり,separate legal entityとなる州LPS法§201
(b)の規定は,LPSを法人とする旨を規定していると解すべきであり,したがっ
て,本件各LPSは,わが国の租税法上の「法人」に該当すると判示した。
岡村忠生教授は,LPSという団体を設立し,事業を行うことに向けられた<
人の意思>という観点から,課税関係は,団体を形成する意思を尊重すべきで
85
あると主張し,形式判断を重視している。ジェネラル・パートナーシップで
団体性の希薄なものについてまで「損益を帰属すべき主体としての実体がある」
とは考えられないとして,法人性を肯定した上記判決を批判する。もし法人性
が確定してしまうと,LPSは,日本では法人,米国ではパートナーシップ(LPS
は,チェック・ザ・ボックス規則以前は,課税上必ず組合として扱われてきた)
というハイブリッド・エンティティとなってしまうとの懸念を示している。
高裁レベルでも判断が分かれた上記の3件の米デラウェア州LPS訴訟および
バミューダLPS訴訟は,現在いずれも上告中である。
5.なぜ英領およびEU域内オフショアにタックス・ヘイブンが多いのか
そもそも各国において税制や税率が異なる以上,国境をまたがる取引におい
ては税負担をできるだけ軽くしようとすることが経済的合理性に適う。一方で,
わが国の税収の確保という政策目的のため,一定の許容限度を超えるスキーム
86
については個別に立法上の対処が図られることがあり得る。
85 岡村忠生「Limited Partnershipの法人性(1)(2)(3)」税研No.172(2013年)73 ~
81頁,No.173(2014年)69 ~ 74頁,No.174(2014年)71 ~ 78頁。
86 弘中聡浩「我が国の租税法規の国際取引への適用に関する一試論」『西村利郎先生追
悼論文集 グローバリゼーションの中の日本法』(商事法務,2008年)369頁。
- 43 -
兼 平 裕 子
それは,極端なタックス・プランニングやタックス・シェルターによる租税
回避行為に悩まされる先進国共通の問題ともいえる。これらの対立をうむ要因
は複雑であり,したがってOECD租税員会において,国際的な税源の浸食や利
益の移転に対して,具体的なBEPS行動計画が策定されている最中である。
複雑な国際的租税回避問題の要因の全てを網羅的に論じることは難しいので
87
本稿では,(1)タックス・ヘイブンとして利用される英国王室属領 の特色,
(2)租税法規が私法上の法律効果に対して適用されるべきものであることから,
租税回避のおそれと準拠法の選択,という二点について考察する。
5.1 タックス・ヘイブンとして利用される英国王室属領の特色
ガーンジーという面積78㎞2,人口6万5千人の英国王室属領のBailiff(総督)
によって行われる裁判が「公正な裁判を受ける権利」(Right to a fair trial)(欧
州人権条約6条1項)違反だと欧州人権裁判所で判示されたのがマクゴネル事
件(McGonnell v. U.K.[8 February 2000]ECHR62)(Application
no.28488/95)である。Bailiffは英国王室により任命されるところの,常に男性
の法律家である(70歳停年)。議会の議長および行政庁長官であるのみならず,
88
王立裁判所長,控訴院長も兼ねている。王立裁判所(Royal Court)において
Bailiffは民間の治安判事のなかで唯一の職業判事である。
原告のRichard McGonnellは,「公平な裁判を受ける権利」の侵害を主張した。
Bailiffの司法官としての役割と,政府の立法官や行政官としての機能には親密
性が高く,6条1項が要求する独立性や公平性を持ちえないこと(本件におい
ては,当該Bailiffは,第6開発計画(DDP6)が採択された審議会をDeputy
89
Bailiffとして主宰していた点につき)を主張した。それはBailiffが偏見をもっ
87 4.1のガーンジー島事件のみならず,3.2のCadbury Schweppes事件においても,資
金調達のための子会社を設立する以前は,ジャージー(ともにチャンネル諸島の王室
属領)に設立されたストラクチャーを利用していた。
88 Bailiff以外の立法議会の議員も行政官を兼ねるため,議会メンバーは他の議員の提
案に対して批判的に精査することはなく,「公的な反対」意見はあり得ない。すなわち,
政府に対する効果的な精査はほとんどない。Supra note 53,pp.382-384.
89 この事例はMcGonnellが,居住地としての土地利用許可を申請したが,第6開発計
- 44 -
英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
ているかどうかという点ではなく,6条1項に要求されるような独立性の外観
や客観的な公平性を持っているかどうかという点に集約される。この点につき,
欧州人権裁判所は,「立法や行政過程への直接の関与は,司法官の独立性に疑
問を抱かせる。したがって,Bailiff自身が以前行った開発計画の採択に影響を
受けるとの原告の懸念には法的根拠があり,6条1項違反がある」と判示し
90
た。
すなわち,公正な裁判を受ける権利の保障のためには,裁判所が実質だけで
なく外観も立法部から独立しなければならないとの一般論を示し,Bailiffは独
91
立の外観を備えていないと判断した。
原 告 のMcGonnellはCommonwealthの 上 訴 審 に あ た る 枢 密 院 司 法 委 員 会
92
(Judicial Committee of the Privy Council)ではなく,欧州人権裁判所に提訴
している。これは当時のイギリスでは欧州人権条約を国内法化した人権法(
Human Rights Act 1998)が制定されていなかったことも一要因であろう。ガー
ンジーにおける Bailiffの役割(英国政府および枢密院とガーンジー政府との連
絡役)が王室属領における歴史的な機能から由来することは否めない
(Para.28)。しかしながら今日では,EU加盟のイギリスにおいても,EU非加
盟のガーンジーにおいても,EU法の影響は避け難い。それは,欧州人権裁判
所に直接提訴した当該判決が,イギリス本国の貴族院制度改革や最高裁判所設
立につながった事実が如実に表わしている。
EU加盟後,イギリスの「国会主権の原則」(三権分立が曖昧で議会に三権が
画のゾーニングに抵触することから許可されなかったことに対し,王立裁判所に提訴
した事例である。王立裁判所長であるBailiffのGraham Dorey卿は以前に,Deputy
Bailiffと し て 第 6 開 発 計 画 を 主 宰 し て い た。Case of McGonnell v. the United
Kingdom,Judgment,para.7-14.
90 Para.46-57.
91 マクゴネル事件に言及している論説として,中村・前掲注(28)180頁,幡新大実「連
合王国再考裁判所の設立経緯,任用,運営について」比較法研究74号(2012年)171頁。
92 枢密院司法委員会は,歴史的には英国国王の最高諮問機関であるが,海外領土
Commonwealthおよびスコットランドの最終審の審理に当たることになっている。田
島裕『イギリス憲法典』(2010年,信山社)6頁。
ノ ル マ ン・ コ ン ク エ ス ト(1066年 ) 以 来 のPrivy Councilの 歴 史 的 役 割 に つ き,
Dicey,A.V.,The Privy Council,1887,Hard Press Publishing.
- 45 -
兼 平 裕 子
集中する)が批判されてきた。国会だけが,常にどの会期においても法的に無
制限の立法権を持ち,また国会以外の何人も(ゆえに裁判所も),国会の立法
を無効としたり適用を拒否したりできないという「国会主権の原則」は,司法
消極主義というイギリスの伝統につながるものであった。しかし,これらは
EU法との抵触が問題とされ,その後の最高裁判所設立(2009年)につながっ
93
94
た。当該裁判例は,その改革の端緒となった事例と位置付けられている。
それでは立法権(課税権)についてはどうか。租税立法も議会の承認が必要
とされるが,三権をともにもつBailiffが議長(speaker)である議会に,近代的
な意味における議会の承認があるといえるのだろうか。前述したように,
Bailiffに支配されるガーンジーは中世の封建領邦の名残を残す王室属領である。
封建領主の領有権から派生する金銭賦課の権利の延長線上で発展してきたもの
(duty)が,1960年代から,オフショア・タックス・ヘイブンとして積極的に
95
利用されるようになってきたものである。課税権といっても議会の承認が必
要な近代的な租税(tax)とは異なる。
OECDは1998年の「有害な税の競争」 報告書において,王室属領を非難した
(2000年のプログレス・レポートではリストアップされている)。イギリス政府
は,タックス・ヘイブンとしてブラック・リストに載せられることを避けるた
96
めに,金融規制を命じることとなった(その結果,2009年のブラック・リスト
から除外された)。このように,近代的な税制に改革するには,それなりの外
93 イギリスにおける 「国会主権の原則」 につき,中村民雄「EUの中のイギリス憲法」
早稲田法学87巻2号(2012年)325 ~ 357頁,高野敏樹「イギリスにおける『憲法改革』
と最高裁判所の創設」上智短大紀要30巻(2010年)83 ~ 99頁。
94 ただし,人口6万5千人のガーンジーという王室属領のBailiff制度が人権条約6条
1項違反とされても,それだけで本国の貴族院制度改革につながらない。国内に相当
の改革主体が存在した(1997年からのブレア労働党政権)のが改革の推進力となった
と分析されている。幡新・前掲注(91)171 ~ 172頁。
95 ジャージーに関する1998年内務省資料では,4万社の登録会社,多数の非登録トラ
ストがあり,その多くは免税か特別の非居住者租税制度の適用対象である。Supra
note 53,p.381.
96 イギリス内務省は,最終的に,エドワード報告書を作成した(1998年)。150以上の
改革を提言し,ジャージー等は基本的な金融規制に欠けていると指摘した。Supra
note 53,pp.386-387.
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英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
圧が必要になる。
イギリスは,一体型オフショア取引を提供する場である「シティ」を保護し
ようとする立場から英連邦(the Commonwealth)を守ろうとしてきた。それ
でも,租税回避の阻止を意図して,マン島,ジャージー,ガーンジーといった
王室属領との租税情報交換協定に署名せざるを得なくなった(2013年10月10日
97
および10月22日)。
外国にいる米国民に対しても課税する市民権課税を採る米国では,FATCA
(外国口座税務コンプライアンス法;Foreign Account Tax Compliance Act)
が本格施行され(2013年1月),ジャージーやガーンジーといった米国外の金
融機関においても,口座の詳細を米国IRSに報告しなければ,米国源泉の所得
(利子・配当)や米国資産の売却益等に対し30%の源泉徴収が行われることに
なった。2014年2月13日にOECDは,政府間で銀行口座情報を自動的に交換す
るための新たな国際基準の創設を模索するための共通報告方式
(CRS:Common Reporting Standard)を公表した。
このように,租税情報交換協定(TIEA)の実質化,さらには,OECD租税
委員会におけるBEPS行動計画の具体化といった外圧が必要ということであろ
う。
5.2 準拠法の選択-タックス・スキームに対する課税管轄権
上述してきたように,現実の世界各国の税制は,かなりまちまちの様相を呈
している。所得税や法人税と呼ばれる税目を設けている場合にも,課税ベース
の範囲や法定税率の高低は各国それぞれに異なる。このような中で,国家が課
税能力を維持するためには,「有害な税の競争(harmful tax competition)」を
98
規律する必要性が出てくる。
97 http://www.kpmg.com/jp/ja/knowledge/news/fatca/pages/fatca-news-20131101.
aspxより英国とマン島との租税情報交換協定の閲覧が可能。
98 増井良啓「日本における国際租税法」ジュリストNo.1387(2009年)98頁,同「租税
条約に基づく情報交換:オフショア銀行の課税情報を中心として」金融研究2011・10,
253 ~ 311頁。
- 47 -
兼 平 裕 子
まず,各主権国家が多様な税制をもち,それぞれがばらばらに課税管轄権を
行使するという状況を所与の前提とするかどうかに対する考察が必要であり,
そのうえで,管轄権をどのように相互に調整するかが課題となる。
課税権の行使は主権の重要な一部であり,賦課処分をめぐる法的紛争である
租税訴訟において,法廷地国法の適用が当事者の契約上選択した準拠法に優先
するかどうかはこれまでも争点となってきた。
4.2のファイナイト再保険事件における当事者が指定したファイナイト再保
険契約の準拠法はイングランド法(英国法)であった。4.3のバミューダLPS訴
訟の準拠法となったバミューダ法(law of Bermuda)は,1620年時点のイン
グランド法の一切がバミューダ法となっている。
ファイナイト再保険事件とバミューダLPS訴訟では準拠法に対する判旨が異
なっている。ファイナイト再保険事件における判旨(5)「租税回避行為の有無
が争点となる事案においては,適用する法律を当事者の自由な選択によって決
定させるならば,当事者間の合意によって日本の課税権を制限することが可能
となり,著しく課税の公平の原則に反するという看過し難い事態が生ずること
になるから,法の適応に関する通則法42条の適用によって,外国法の適用を排
除し,国内公序である日本の私法を適用すべきである。」に対しては,反対意
見も多い。
一方,バミューダLPS訴訟では,外国の法令に準拠して組成された事業体が
わが国の租税法上の法人に該当するかどうかという点につき,バミューダ法の
定める1883年LPS法,1902年PS法,1992年EPS法を詳細に検討し,別個の法人
格を有するものではなく,バミューダ法上,パートナーシップは利益を得る目
的で共同して事業を遂行する者の間に存在する「関係」をいうと判示した。
国際的な取引は私法取引であるが,私法取引から生じた所得に対する課税段
階では公法関係となる。逃げていく税金,すなわち,課税管轄権から合法的に
逸脱する国際的なタックス・プランニングに対しては有効な課税権の行使が難
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英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
99
しい。この点に関しては,外国の準拠法の適用に対する反対意見,すなわち,
日本の租税法規の前提問題となる私法上の法律関係について日本の私法が適用
100
されるべきとの見解もある。準拠法について,課税庁は法の適用に関する通
則法7条の規定に拘束されず,日本法を基準として考えることができるとする
考えである。
準拠法の適用につき,当事者による法選択の効果を否定できるかどうかにつ
いては,(1)租税法規上の概念それ自体の解釈が問題となる場合と,(2)租税
101
法規上の概念の当てはめの対象の確定が問題となる場合がある。(1)はわが
国の租税法規の解釈問題であるから,日本の租税法規が適用され,外国準拠法
の適用は問題とならない。わが国の租税法規が借用概念を規定する場合,立法
者が通常念頭に置いているのは日本の民商法である。しかし,場合によっては
外国法の概念を基準とすべきこともあり得るが,個別に判断されるべきことに
なる。(2)の租税法規上の概念に当てはめる対象が 「私法上の法律評価の結
果」 の確定である場合には,準拠法選択の問題が生じる。当事者の選択した準
拠法否定論に対して,岡村教授は,「もし準拠法を無視して日本の民法を適用
するのであれば,それは現実に成立している私法上の法形成を引き直している
102
のであり,租税回避の否認と異ならない」と批判している。
LPS訴訟は,デラウェア州LPS訴訟においても,バミューダLPS訴訟におい
ても,法人格の有無が問題となっている。その判断によって日本の課税上の扱
いが異なるからであって,(2)の租税法規上の概念に当てはめる対象の確定が
99 外国税額控除事件(りそな銀行事件・最判2005(平成17)年12月19日,三菱東京
UFJ銀行事件・最判2006(平成18)年2月23日)のスキームに関しては課税すべき法
律の規定を見つけられなかったので,外国税額控除制度の濫用だとして課税処分を
行った。すなわち,権利濫用に類した一般法理が適用された。弘中・前掲注(86)369
頁。
100 中里実「制定法の解釈と普通法の発見(上)(下)-複数の法が並存・競合する場
合の法の選択としての『租税法と私法』論」ジュリストNo.1368(2008年)131 ~ 140
頁,No.1369(2008年)107 ~ 113頁,同『タックスシェルター』(有斐閣,2002年)
246頁。
101 弘中・前掲注(86)370 ~ 383頁。
102 岡村忠生「税負担回避の意図と二分肢テスト」税法学543号(2000年)26頁。
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兼 平 裕 子
問題となる場合に該当する。これらのスキームは高額所得者を対象とした節税
商品である。当該節税商品の提供にあたって提供者の金融機関は,関連法規を
含めて現地法制を精査したうえでタックス・プランニング・スキームを組んだ
ものと思われる。その場合に,バミューダ法上のLPSが法人であるか否かに関
しては,当該外国の法令の規定内容をその文言に従って文理解釈し,法人格を
付与する旨を規定していると認められないと判断したうえでのスキームの提供
であったろう。
法人の定義といっても大陸法と英米法では異なる。ある国からみれば法人だ
103
が,他方の国からみれば課税上存在しないこともありうる。にもかかわらず,
それらをすべて日本の法人格付与の実質的基準に合わせて課税対象とするか否
かを判断するのでは,国際取引は機能不全に陥ってしまう。各国税制のミスマッ
チから高度で複雑なタックス・プランニングのテクニックが発達し,結果とし
て様々な矛盾を引き起こしている「逃げていく税金」問題は,ゆゆしき国際租
税法上のループ・ホールである。それでも,私法取引は当事者が自由に選択で
きる分野であり,課税の段階で「後出しじゃんけん」のように準拠法を否定す
べきではない。否定できるケースは,誰もが納得できるような「公序」に違反
104
するような私法秩序の根本的価値違反に限定すべきであろう。
6.むすびにかえて
本稿は,タックス・ヘイブン問題を,タックス・ヘイブンとして利用されて
いる国や地域における歴史や法制度のプリズムを通して論じたものである。
OECD加盟国であり,かつEU加盟国でありながら,Commonwealthに多くの
タックス・ヘイブンを抱えるイギリスという国家の特色や,実質的にEU域内
タックス・ヘイブンとして機能しているアイルランドやオランダの租税制度の
103 前掲注(11)・税制調査会(第1回国際課税DG)議事録8頁。
104 わが国の裁判例で公序則の適用された事例として,離婚の場合の準拠法の適用,準
拠法とされたアメリカの特許法が日本での行為に及ぶとされた場合等がある。澤木・
道垣内・前掲注(70)60 ~ 61頁。
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英領および EU 域内オフショアを利用した国際的租税回避問題
特質に焦点を当てた分析を試みた。
タックス・ヘイブン対策は,国際機関としてはOECD租税委員会が中心と
なっている。OECDはアメリカのマーシャル・プランの受け皿としてヨーロッ
パで設立された機関であり,参加34 ヶ国は「先進国クラブ」といった位置付
けをされている国際機関である。したがって,先進国の立場からループ・ホー
ルを防ぐ政策を試みている。BEPS行動計画もその一つである。
しかし,一方では,このようなタックス・ヘイブンとしての役割に甘んじる
必要のある国や地域が存在するのが現実である。税制上の優遇措置を講じるこ
とによって,多国籍企業を誘致しようとする国や地域が全てなくなってしまう
とは考えにくい。現在のタックス・ヘイブンを生んだ歴史的必然や社会的要因
を踏まえたうえでの対策も必要ではないかと思われる。
とはいっても,このような特殊な国や地域においてすら,国際的なプレシャー
を無視した優遇政策を続けることは難しくなりつつある。それは大陸諸国と一
線を画する伝統をもつイギリスにおいても,EU法を無視した国内法の適用が
できなくなっている現実に表れている。
各国の法制度や租税制度が異なることを所与としてタックス・ヘイブン対策
を採らざるを得ない一面もあろうが,一方で,このようなタックス・ヘイブン
の特異ともいえる法制度自体を国際基準に近づける努力も必要ではないかと思
料する。
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