コチラ

児童一人ひとりが達成感を味わうことができる集団スポーツの実践的研究
~「ドッヂビー」を用いて~
1.問題と目的
①教育実習での失敗
小学校での教育実習の最終日に、体育の授業を指導させていただくことになった。私が高校・大学と
ラグビー部に在籍していたこともあり、「タッチラグビー」を取り扱うことにした。「サッカーやバスケ
ットボールが苦手な不器用な児童にも、ゲームの中で達成感を味わってほしい。」
「男女の分け隔てなく、
クラス全員でパスをつないで楽しんでほしい。」という願いを込めて、授業を行った。
しかし、実際には、運動が得意な児童だけでゲームが進んでしまい、運動が苦手な児童は一回もボー
ルに触ることなく、授業が終わってしまった。ボールに触ることのできなかった児童が、暗い表情で下
駄箱に戻っていく姿を、今でも忘れることができない。私自身、小学生時代ボール運動が苦手だったの
で、その子たちの気持が痛いほど伝わってきた。当たり前のことであるが、ゲームに参加できるからこ
そ、そのゲームの面白さを味わうことができるのだ。
「運動能力の差を薄めて、全員が達成感を味わうことのできる集団スポーツはないものか?」この課
題意識が本研究の出発点である。
②ドッヂビーとの出会い
そんなある日、私は大手スポーツ用品店でドッヂビーと出会った。購入して友人と遊んでみたところ、
私自身「とにかく面白い!」と感じた。ドッヂビーには、ボールにはない独特の浮遊感と奥深さがあり、
「きっと子どもたちも魅力を感じるはずだ!」と考えた。
家庭教師先の子どもたちにドッヂビーを渡してみたところ、学年・性別の分け隔てなく、全員でゲー
ムを楽しむことができた。ドッヂビーはボールよりも柔らかく、飛ぶスピードも遅いので、高学年の投
げたディスクを低学年がキャッチする場面があった。逆に、低学年の投げたディスクが思いもよらぬ方
向に飛んで、構えていなかった高学年に当たってアウトとなり、盛り上がる場面もあった。
これらの経緯から、
「集団スポーツの授業で、ドッヂビーを取り上げることによって、児童全員が達成
感を味わうことができるのでは?」という考えを持つようになった。
③研究の目的
ドッヂビーを活用したゲームが児童にとって達成感を味わうための教材として有効であるかを検証する。
2.授業について
①授業の対象
本実践は第4学年を対象として行うこととした。技能的に第4学年がドッヂビーを取り入れる時期と
して最も適切であると考えたためである。
もちろん、練習時間を設ければ、低学年の児童でも十分に楽しむことができる。しかし、限られた時
数で本研究の目的を達成するためには、中学年以上で授業を行うことが適切であると考えた。
②授業プログラムの概要
事前アンケート実施(平成21年10月14日)
児童の休み時間の遊びの実態と、集団スポーツに対する意識について調査するために、事前アンケー
トを実施した。
1時間目の授業(平成21年10月26日)
1.活動名
「ドッヂビーを使って、みんなで楽しく遊ぼう!」
2.活動形態 2人組・7~8人グループ
3.場所
体育館
4.概要
①2人組でドッヂビーを用いてパス練習を行い、スローとキャッチの基本的な技能を身につける。
②7~8人グループを1チームとして、ディスクドッヂの試しのゲームを行う。
5.ねらい
○ドッヂビーに興味をもつことができる。
○2つの約束(①仲間と励ましあう。②ディスクドッヂでは、全員がディスクにさわれるように
する。
)を守って、みんなで楽しく活動することができる。
2時間目の授業(平成21年10月28日)
1.活動名
「チームで作戦を話し合って、ディスクドッヂ大会をしよう!」
2.活動形態 7~8人グループ
3.場所
体育館
4.概要
①チームごとにパス練習を行い、スローとキャッチの基礎的な技能を確認する。
②試合前の2分間の作戦タイムの中で、試合に勝つための作戦をチームで話し合う。
③ディスクドッヂの試合を行う。
④表彰式を行う。
(順位を表彰するのではなく、
「作戦がナイスだったで賞」のように、各チーム
の長所を表彰する。
)
5.ねらい
○3つの約束(①仲間と励ましあう。②ディスクドッヂでは、全員がディスクにさわれるように
する。③作戦タイムでは、全員の意見を大切にする。)を守って、みんなで楽しく活動するこ
とができる。
○チームで立てた作戦を生かして、試合を楽しむことができる。
3時間目の授業(平成21年11月18日)
1.活動名
「チームで協力して、ならんでドッヂビーを楽しもう!」
2.活動形態 7~8人グループ
3.場所
グランド
4.概要
チームで声をかけ合い、作戦について話し合いながら、ならんでドッヂビーの試合を行う。
5.ねらい
○チーム内で声をかけあい、協力して試合を楽しむことができる。
○作戦について話し合いながら、試合を楽しむことができる。
事後アンケート実施(平成21年11月27日)
ドッヂビーを用いたゲームが児童に受け入れられたか否かを調査するために、事後アンケートを実施
した。
3.研究の成果
①ドッヂビーを活用した授業の中で、ほぼ全員が達成感を味わうことができた。
毎回の授業の終わりに、
「授業の中で、児童が達成感を得ることができたか否か」を調査するために、
児童用振り返りシートを配布した。
3回の授業を通して、90%以上の児童が、
「今日の活動は楽しかったですか?」という質問に肯定的
な評価をしている。運動が得意な児童も、そうでない児童も、笑顔で活動している様子がビデオを分析
する中でも確認された。これらより、ほぼ全員の児童がドッヂビーを活用した授業の中で達成感を味わ
うことができたといえる。
②授業後、ドッヂビーがクラスの一番人気の遊びになった。
事前アンケートでは回答がなかった「ドッヂビー」が、事後アンケートでは16名(男子9名、女子7
名)が回答し、クラスの一番人気の遊びとなった(図2)。
休み時間の遊びとして、ドッヂビーを用いたゲームが児童に受け入れられた結果となった。
図2 休み時間によくする遊び・3つまで複数回答。
③ドッヂビーを通して、男女混じって遊ぶ様子が見られるようになった。
男子はサッカー、女子は遊具というように、男女に別れて遊ぶことが多いクラスであったが、事後で
は男女混ざってドッヂビーで遊ぶ様子がよく見られるようになった。
休み時間のディスクドッヂでは、ドッジボールに消極的な女子も、男子の投げたディスクをキャッチ
して楽しそうに投げ返している。
「体力差が絶対的な要素とならない」というドッヂビーの特性によって、
男女の分け隔てない遊び集団を形成することができたと考える。このことは、事後アンケートの「休み
時間によくやる遊び」で「ドッヂビー」と答えた児童が、男子9名、女子7名であったことからも捉え
ることができる。
④ドッヂビーを用いたゲームは、異学年交流を促進する上でも有効であった。
学習支援員として参加している同小学校の「放課後子ども教室」で、11月末に再びドッヂビーを実
践する機会を与えていただいた。2年生から6年生までの幅広い学年で、
「ディスクドッヂ」と「ならん
でドッヂビー」を行ったが、どの児童もとても楽しそうに活動していた。
特に、ならんでドッヂビーは1点を争う緊迫した展開となり、大きな盛り上がりを見せた。
最終回の攻守交代の場面では、6年生の児童が「先生、作戦タイムを下さい。」と言って低学年の児童
を束ね、円陣を組んで話し合う姿も見られた。
「体力差が絶対的な要素とならない」というドッヂビーの特性は、異学年交流を促進する上でも有効
であるといえる。
⑤ドッジボールよりもディスクドッヂの方が、児童から高い評価を得た。
図3 ドッヂボールとディスクドッヂではどちらが好きか。
休み時間の代表的な遊びであるドッジボールよりも、ディスクドッヂの方が高い評価を得る結果とな
った(図3)
。
ディスクドッヂを選んだ理由を問うと(表1)
、
「ドッヂビーは当たっても痛くないから。」が9名と最
も多く、次に、「ゆっくり来るからキャッチしやすくて、いっぱい投げることができるから。」が4名と
なっている。
「児童の運動能力の差を薄めて、全員が達成感を味わうことのできる集団スポーツ」として、
ドッヂビーを用いることは有効であったといえる。
ここで、
「新しいから。
」
「ドッヂボールはもう飽きてしまったから。」という記述に注目する(表1)。
小学生の代表的な遊びであるドッジボールも、高学年になるとマンネリ化してくることが覗える。ボー
ルをディスクに変えただけで、休み時間の児童の遊びに新しい風を送り込むことができたといえる。
ディスクドッヂ
・ドッヂビーは当たっても痛くないから。
(9)
ドッヂボール
・ボールの方が投げやすいから。(1)
・ゆっくり来るからキャッチしやすくて、いっぱい ・ボールはいろいろな投げ方ができるけど、ディス
投げることができるから。
(4)
・新しいから。
(3)
クはいろいろな投げ方が思いつかないから。
(1)
・うまくなると、速い球を投げたり捕ったりできる
・練習して、うまくディスクを投げることができる
ようになるから。(1)
ようになったから。
(2)
・ドッヂボールはもう飽きてしまったから。
(2)
・ディスクドッヂは顔面に当たってもアウトなの
で、わざと顔から当たる人がいないから。(2)
・投げるのが簡単だから。
(2)
・投げるのが難くて、うまく投げることができると
嬉しいから。
(2)
・どこに飛ぶか分からなくてハラハラするから。
(2)
・カーブも投げることができるから。
(1)
表1 その理由の主な回答例と回答した人数( )
⑥ディスクドッヂよりもならんでドッヂビーの方が、児童から高い評価を得た。
図4 ならんでドッヂビーとディスクドッヂではどちらが楽しかったか。
ドッヂビーを用いたゲームの中で、現在もっとも普及しているディスクドッヂよりも、ならんでドッ
ヂビーの方が高い評価を受ける結果となった。
事後アンケートで「それぞれのゲームを楽しいと思った理由」を書く欄を設けなかったため、事後ア
ンケート実施後に何人かの児童に聞き取り調査を行なった。「ならんでドッヂビーのどこが楽しかった
の?」と尋ねると、多くの児童が「攻撃でコーンを回って帰ってくるとき。
」と答えた。自分でコーンを
選択する駆け引きの要素があることに加えて、ドッヂビーを思いっきり遠くに投げる爽快感、アウトに
なるかセーフになるか分からないという緊張感が児童の心を惹きつけたと推察する。
また、ならんでドッヂビー最大の特徴である守備の動き方も、評価された要因のひとつであると考え
る。ディスクを捕った児童以外も動かなければバッターをアウトにすることが出来ないので、全員が試
合に参加しているという所属感を得ることができる。従来のベースボール型のゲームでは、ボールに関
わる児童以外は守備に無関係になってしまうことが問題点として挙げられるが、ならんでドッヂビーは
その問題点を克服することができるゲームであるといえる。
ならんでドッヂビー
とは?
ドッヂビーを用いて行う、ベースボール型のゲームです。
3点
小学4年生を対象に体育の授業で実践しましたが、
大変盛り上がりました。
2点
1点
~必要なもの~
・ドッヂビー
・コーン3つ
・ホームベース
~ルール~
攻撃チームのベンチ
④守備チームの動き(例)
①キックベースのように攻撃と守備に分かれて行う。
②バッターはホームベースからドッヂビーを投げる。
③守備チームは飛んできたドッヂビーを捕る。
④守備チームの全員がドッヂビーを捕ったメンバーの後ろに一列に並び、前の人の肩に手を置いて座る。
⑤バッターは守備チームが並び終える前にコーンを回ってホームベースに帰ってくる。
⑥守備チームが並ぶのが早ければアウト、バッターが早ければコーンの点(1 点、2点、3点)が攻撃
チームに入る。3アウトでチェンジ。
※必要に応じて、
「ファール3回でアウト。
」などのルールを追加します。
~補足説明~
①1チームの人数は9人前後がベストです。
②ホームに入ったのが早いか整列が早いかでもめやすいので、教師が審判をする必要があります。
③ホームベースとコーンの間隔は、子どもたちの運動能力に合わせて調節します。
(ホームベースからコーンまで8.5m、コーン同士の間隔1.3mを推奨します。
)
~このゲームの特徴~
①自分でコーンを選択する駆け引きの要素があることに加えて、ドッヂビーを思いっきり遠くに投げる
爽快感、アウトになるかセーフになるか分からないという緊張感がこのゲームの魅力です。
②従来のベースボール型のゲームでは、守備チームの運動量が尐なくなってしまうことが問題として
挙げられます。しかし、ならんでドッヂビーでは守備チームは全員動く必要があるので、守備チーム
の運動量も確保することができます。
③自分でコーンを選択することができるので、運動能力の差が薄まり、全員がゲームの中で達成感を
味わうことができます。