植物育成と環境要素

須賀
TECHNICAL
技術報告
REPORT■NO.30894
植物育成と環境要素
須賀工業株式会社
SUG A TECHNIC AL REPORT NO.30894
はじめに
環境制御に求められる条件も、目的、目標とともに多様化を続け、その環境を実現
する空調・給排水設備の設計、施工、メンテに際しても相当にきめ細かい配慮を必要
とする時代になってきました。
一方、人が生活して行くためには他の生物も共に生活を維持していかねばならず、
そのための環境配慮が叫ばれるようになっています。
そのような状勢の中にあって、私たち設備提供者の守備範囲のひとつに植物生育環
境があります。人の周囲世界に植物の存在は不可欠であり、今後、どのような状況、
背景になっても植物の生態が健全に維持されなければ人の生活が成り立たないことは
言うまでもありません。近くには閉鎖空間、先には宇宙空間での環境なども計画、実
現を図ることになるでしょう。
現在、一般的な環境空間においても、植物に関する特別な環境設定を求められるこ
とがあります。そのような時、目的に沿ったよりよい環境を実現できるかどうかは、
植物自体の理解と認識が肝要であると考えます。
そ の よ う な 社 会 背 景 を 踏 ま え 、内 容 と し て か な り 一 面 的 に な る こ と は 否 め ま せ ん が 、
植物生育のための環境施設計画・検討の一助となることを期待して、生育段階に対応
した必要な環境要素をここに要約いたします。
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目
1.
2.
3.
次
組織培養
1.1 概要
1.2 環境
1.3 特記事項
播種・発芽
2.1 機構
2.2 環境
2.3 特記事項
幼苗育成
3.1 機構
3.2 環境
3.3 特記事項
4. 成長・栽培
4.1 機構・代謝
4.2 環境
4.3 特記事項
5. 開花・結実
5.1 機構
5.2 環境
5.3 特記事項
6. 種子・貯蔵
6.1 概要
6.2 環境
6.3 特記事項
7. 保存・一般貯蔵
7.1 概要
7.2 環境
7.3 特記事項
8. 冷凍保存と蘇生
8.1 概要
8.2 環境条件
参考資料
・植物ホルモン
・施工実績例
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植物が生育・成長するための適正なる環境条件は非常に多様かつ複雑であり、植物種全般に共通の
条件として断定的なことはいえませんが、調査研究あるいは設計施工過程において習得し、また経験
した中から、計画時の参考になるようなところを、植物成育各段階に対応させてそのメカニズムと、
そこに要求される環境要素が如何なるものかを順を追って整理していきます。
1.
組織培養
1.1
概要
組織培養は、植物体特有の機能である分化全能性に依存するものであり、ウィルスフリー植物(病害
回避用)、クローン植物(大量増殖用)、品種改良植物などの生産を目的として、この技術が駆使されま
す。また、植物の品種改良あるいは新品種開発には突然変異の存在が重要となり、これを促進させる
ように工夫を続けますが、一方、一定の品種を大量増殖させる場合、変異は極力避けなければなりま
せん。
組織培養に関して普遍的な理論は不明であり、植物の器官分化や分化全能性の機構を解明すること
が先決とされており、また体細胞変異の発生機構も解明されていないので、変異を制御して一定の方
向性を持たせるのは現在ではほとんど不可能と思われます。
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1.2
環境
空気環境としては、組織切片摘出・植付けの操作部位のみ無菌雰囲気(クラス 10000 程度で可)の環
境としなければなりませんが、操作部周囲は特別な条件がないかぎり、一般居室の空調条件で支障は
ありません。
培養は試験管内などで行なうため、適温(20~28℃)を維持すればよく、湿度、気流、清浄度は特に
は問いません。
培養時に重要な条件は光であり、植物種により多様ですが一般的には次のような設定をします。
光質: 400nm~700nm(自然光近似)
強度: 10,000lx 前後
照射: 16 時間程度
順化には 10 日間程度の日数を要し、湿度の管理が重要になります。
温度: 培養時と同様
光 : 培養時と同様
気流: 自立を妨げない程度
湿度: 90%(幼芽)→60%(成育苗)を徐々に変化
1.3 特記事項
組織切片摘出作業者は操作時、試験体を汚染しないように頭髪、呼気、腕、手首の範囲に無塵衣着
用の上、手先はアルコールで消毒することが準備作業の上で最も重要な事項です。
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2.播種・発芽
2.1
機構
休眠状態にある種子が、特定の環境要因に反応して植物としての生態活動を始めるのが発芽です。
そのエネルギーは相当強いものがありますが、順調に成育するにはこの段階において、繊細な環境管
理が求められます。
2.2 環 境
発 芽 に は 水 分 環 境 が 不 可 欠 で あ り 、そ こ に 日 照 時 間 お よ び 温 度 (気 温 も し く は 地 温 ・
水 温 )に 日 勾 配 が 生 じ る と 発 芽 と な り ま す 。こ れ は 種 子 の も つ 長 日 条 件 、短 日 条 件 か ら
決定されます。これを人工環境下で行なうには、例えば以下のように設定がなされま
す
1)
。
発芽試験室の設計条件
気温 20~30±2℃ 可変 (昼夜自動切換え)
湿度 50~70±10% 可変
照度 1,000lx 以上
2.3
特記事項
種子休眠は、低温あるいは短日が種皮組織に与えた影響の結果であり、発芽は生長抑制要因の除去、
生長点の活性復元による休眠打破の結果です。
胚自体には休眠はありませんが、発芽遅延をみることがあります。
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3. 幼苗育成
3.1
機構
発芽に続いて植物が植物としての基本的な活動を始動する段階であり、発芽と同様に行き届いた環
境管理が必要です。
3.2
環境
温度条件は、植物各々により適温があり、例えば下表のようなデータが示されています。
表 1 野菜の育苗好適温度(℃)2)
種類
気温
地温
昼間
夜間
トマト
24~27 15~17 18~20
ナス
25~30 18~20 23~25
ピーマン 25~30 18~20 25~26
キュウリ 25~28 17~20 20~23
スイカ
25~30 18~20 23~25
メロン
25~30 18~22 23~25
(注) 定植前には徐々に生育適温に馴化する
相対湿度は、植物種全般に共通して高く(70~80%RH)維持し、苗が幼いほど厳しい管理が必要になり
ます。
気流は、ガス交換のために必要ですが、苗自体の自立を維持するため、育苗面における風速はかな
り小さくコントロールしなければなりません(Ex. 0.05m/sec 以下)。
3.3
特記事項
発芽から生長していく過程において、花芽形成など組織分化に対し、光がその要因として顕著な影
響をもたらす、光形態形成といわれるものがあります。
この光形態形成は、光合成よりかなり弱い光で起り、光強度よりも光質に影響され、その多くは、
660nm 周辺の赤色光によって促進、730nm 周辺の近赤外光によって可逆的に阻害されます。これには、
フィトクロームという光受容体(色素 Pr,Pfr)が関与しており、そのメカニズムは次のような図で示さ
れます。
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図 1.1
4.
成長・栽培
4.1
機構・代謝
空気中の微粒子
(1)光合成
植物は基本的に下式のような光合成作用により生長していきます。
そして呼吸作用によって得たエネルギーにより、全体としてつぎのような生理過程を進めていきま
す。
(2)成長
植物の成長には栄養成長と生殖成長があり、一般に栄養成長ののち、生殖成長の過程にうつります。
生長における数学モデルの基本形は、次のような式で示されています 3)。
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この式から、
これらの関係を示したものが次の図です。
図 1 成長(G)と成長速度(dG/dt)の数式表現 3)
このような数式的処理は成長を定量化するのに有効ですが、成長過程の本質についてはあまり情報
が得られていません。
光合成にともなう化学反応には、明反応と暗反応とがあります。
明反応: 光が関与する光化学反応で、光エネルギにより ATP と NADPH を生産する反応
→暗反応速度に依存し、温度、CO2 濃度に影響されない
暗反応: 光に無関係な反応過程で、CO2 を還元して糖類に取込む酵素反応
→温度、CO2 濃度に鋭敏に影響を受ける
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光質のうち、近紫外線域(300~380nm)は細胞を不活性化し、植物の伸長を抑制する半面、茎を太く
丈夫に成長させる効果もあります。
4.2
環境
光合成環境要因の 4 大要素は、
・温度
・光強度
・日長
・炭酸ガス濃度
といわれています。
ただし、これらの影響は非線形でかつ複数刺激に対して、重ね合せは成立ちません。しかし、相互
に従属して効果が異なる複合効果は発生します。その典型例としては、以下のような実験調査例が示
されています。
図 2 光合成に対する CO2 濃度と温度との関係 2)
温度条件は植物各種により異なり、昼夜の日較差を必要とするものもありますが、一般的には次の
ようなデータが示されています。
葉菜類: 15~25℃
果菜類: 各生育段階対応
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表 2 野菜の生育適温および限界温度 4)
作物名
気温(℃)
最高限界 適温
最低限界
ホウレンソウ 25
20~15 8
ダイコン
25
20~15 8
ハクサイ
23
18~13 5
セルリー
23
18~13 5
ミツバ
25
20~15 8
シュンギク
25
20~15 8
レタス
25
20~15 8
湿度は、相対湿度 70~80%が適当ですが、気流とも関連します。
気流は、湿度による葉面気孔の開度変化とも関連し、そよ風程度(0.5~0.7m/sec)の刺激がある方が
良いとされています。それらの実験データが次のように示されています。
図 3 キュウリの光合成に対する風速と湿度の影響(気温 25℃)4)
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生長時における適正光質は、植物種により異なりますが、一般に光質より光量が重要となります。
これらの要素をおおまかにまとめると、つぎのように整理されます。
光合成速度の光有効強度
葉菜類:20~30klx
果菜類:70~80klx
光合成有効波長域
400~700nm
赤色光の効果大(高波長域 650nm、680~700nm)
単色光より合成光が良(エマーソン効果)
日長・夜間時間比
葉菜類:長時間日長が可
果菜類:最低 6~8h の夜間が要
4.3
特記事項
屋内栽培の場合、空調負荷として照明発熱負荷(80~120W/m2)を見落さぬことが重要です。また、高
湿度の場合、夜間の結露(植物体への)にも注意を要します。
施設内では病虫害を極力防止しなければならず、換気等の開口部には防虫処置を施します。
照明ランプの発光光域と耐久時間は、概ね次のようになっています。
ランプ種類
光域 (nm) 耐久時間 (h)
蛍光灯
450~650 10,000 弱
白熱灯
600~800 1,500 弱
メタルハライドランプ 530
9,000
高圧ナトリウムランプ 550~620 12,000
光合成光強度に対し、次のようなポイントがあるので、照明計画時によく検討する必要があります。
光補償点: 真の光合成量と呼吸量が等しくなる光の強さ
光飽和点: 光強度増加に従い光合成量が飽和し始める光の強さ
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図 4 補償点.光の強さと光合成と呼吸の関係 5)
呼吸量は、一般的に光合成量の 1/3 程度に達するため、環境温度を制御し、呼吸による同化成分の
消耗を低減することは、管理育成、収量向上の要素でもあります(Ex.ハウス内空気温度の昼夜変更制
御)。
また、密閉系栽培では完全に CO2 不足となるため、光補償点前後 1~2 時間は CO2 供給制御を要しま
す。
一般外気の CO2 濃度は概ね 330ppm で、次に示されるような日変化があり、日較差は 100ppm 程度で
す。
大気中の炭酸ガス濃度の日変化
[日中低下→夜間上昇→日の出前ピーク]
図 5 レタスハウス内外の CO2 濃度 4)
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ハウス内では日中の CO2 濃度分布にも注意しなければなりません。
植生域
< ハウス上層部
135~150ppm
200ppm 前後
一方、養液栽培では、根が生育すると、養液中の溶存酸素の管理が重要です。
飽和溶存酸素量:25℃清水→8.27ppm
人工栽培施設のエネルギー経済性は、場所、栽培種により異なりますが、照明電力の占める割合が
大きく、日本では一般的に太陽光併用型の方が有利といわれており、葉菜類栽培に適するのは日照時
間の多い寒冷地と考えられます。
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5.開花・結実
5.1
機構
栄養成長を続ける植物体が開花・結実過程に入るのは、一定の成育状態に対し、温度、日長の微妙
な日変化をキ-としてホルモンの分泌メカニズムに変容をもたらすことにより展開します。
このプロセスに入ったとき、植物体内の機構の変化として転流という過程があります。転流は同化
産物がある器官から他の器官に移る作用であり、果菜類の重要な機構です。以下に代表的な同化産物
であるデンプンとタンパク質の転流について示します。
転流は葉などで同化産物が生成されると始まり、一般的に、午後から夜半にかけて起こり、その同
化産物が次のように他の器官に移されます。
上位葉合成物 → 頂芽、上位果実
下位葉 〃
→ 根、下位果実
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5.2
環境
開花は主に日長時間に依存し、日長時間の変化勾配で花芽の形成が始まります。その反応の種類に
より長日植物、短日植物、中性植物に分類されています。
果菜類の場合、開花後は果実の肥大、成熟が起こります。その適温は種類により様々ですが、その
多くは 20~30℃の範囲に入ります。
また、地温は気温と同様、作物の生育に対する影響が大きく、その適温は 15~20℃の範囲です。
以下に果菜類についての適温の一例を示します。
表 3 野菜の種類別生育適温 2)
種類
昼間気温 夜間気温
地温
適温
適温
トマト
25~20
10~8 5
18~15
ナス
28~23
18~13 10
20~18
ピーマン 30~25
20~18 12
20~18
キュウリ 28~23
15~12 10
20~18
スイカ
28~23
18~13 10
20~18
メロン
30~25
20~18 15
20~18
カボチャ 23~18
15~10 8
18~15
イチゴ
7~5
18~15
23~18
最低維持温度 適温
3
(注)トマトは品種により夜間適温が上記に+5~+7 あり、キュウリは白いぼ系
5.3
特記事項
果実類のハウス栽培で受粉補助にミツバチ、ハナアブを使用している場合、紫外線域を遮光すると
かなり暗く感じることになり、飛翔活動を妨げるため、採光、照明などに注意が必要です。
室内栽培においては、昼間と夜間の気温を経時的に変化させる変温管理があります。これは、昼間
の光合成を促進し、夕方から夜間にかけて光合成産物の転流を促した後、夜間の呼吸による光合成産
物の消費を抑えるよう、気温を変化させるものです。
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6.
種子貯蔵
6.1
概要
種子の長期貯蔵の目的は、繁殖用種子としての価値、すなわち「長期にわたり、種子の健全な発芽
能力を高く維持すること」にあります。
長期保存における発芽率は、E.H.ROBERTS の実験式(下記)があります。
この計算例によれば、貯蔵温度を 10℃低下させることにより種子の寿命はほぼ 5 倍となり、種子含
水率を 2%減少させることにより寿命は倍化することが示されています 5)。
6.2
環境
種子貯蔵における主要素は、雰囲気の温度と相対湿度です。種子貯蔵に関する室の温湿度条件は、
例えば下表 1)のように示されています。
なお、長期貯蔵とは配布用の種子を 10 年間程度貯蔵するもの、
極長期貯蔵とは配布用の種子を再採種するための種子を貯蔵するものです。また、貯蔵庫への種子の
出し入れの時に、温度急変による凍結、結露、ストレスを防止するため、一定時間、種子を静置する
予備室が必要になります。
表 4 各種子貯蔵室の温湿度
室名
温度
相対湿度 備考
[℃]
[%]
極長期貯蔵室 -10±1 30+5,-30 密閉容器保存
長期保存室
-1±1 30+5,-30 防湿容器封入
予備室
15±2 30+5,-30
種子乾燥室
25±2 15+5,-15 注)
注)作業者在室時、人に対する湿度環境として、RH30~40%、気流速の低減などが必要
6.3
特記事項
種子貯蔵には温度、湿度とも低い方が適しますが、相対湿度が低すぎると種子の含水率が低下しす
ぎ、種子が過乾燥となって障害を発生します。
乾燥種子を密封して貯蔵する場合は、庫内の霜が増大しない程度の除湿とします(過剰設備に注意)。
なお、0℃以下の低温貯蔵が可能であるものは乾燥に耐えられる種子に限られます。
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貯蔵室の温湿度は低温・低湿であるため、室の気密性が特に要求され、断熱にはフォ-ムポリスチレ
ン(75mm 以上)など透湿性の低い材料が適します。
空気条件(空気温度、相対湿度)に対応して種子の含水率は一定となります。また、温度が低いほど、
湿度が高いほど、それは大きくなります。
種子含水率と障害について以下に示します 5)。
表 5 種子含水率と障害
種子含水率 障害
↑
低温貯蔵時凍結
12%以上
微生物が活動
9%以上
害虫が活動
6%以下
自然下の放射線による突然変異率急増
4%以下
熱風(60℃以上)乾燥を要するための長期貯蔵が難
↓
過乾燥による障害
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7.
保存・一般貯蔵
7.1
概要
収穫後、植物は種々の化学変化や物理的変化が重なり、その生理作用も大きく変化します。したが
って、収穫産物の劣化、変質や消耗を最小限に抑えるとともに、微生物や害虫を防止して、鮮度、品
質を良好に維持させる技術が必要となります。すなわち、産物の呼吸作用を抑え、体内成分の消耗を
少なくするために、一般的に低温の保存環境が設定されます。
7.2
環境
貯蔵には空気環境として温度条件が最も重要であり、一般的には、凍結温度より 2~3℃高い(0~
4℃)温度での貯蔵が多く用いられますが、農産物により多様です。産物の種類によっては、限界温度
以下の空気にさらされると果皮の変色、陥没(ピッティング)などの低温障害が発生します。
貯蔵の湿度は結露しない範囲で、高い方が有利であり、相対湿度 90%以上の場合が多く見うけられ
ます。以下に青果物の貯蔵条件と低温障害の例について示します 6)。
表 6 各種野菜、果実の貯蔵条件
種類
温度[℃] 相対湿度[%] 貯蔵可能期間
アスパラガス
0~2
95~100
2~3 週
キャベツ(早生)
0
98~100
3~6 週
ニンジン
0
98~100
7~9 月
キュウリ
10~13 95
10~14 日
ナス
8~12
90~95
1週
レタス
0
98~100
2~3 週
90~95
3週
メロン(ハニデュー) 7
スイカ
10~15 95
2~3 週
ピーマン
7~13
90~95
2~3 週
ホウレンソウ
0
95~100
10~14 日
表 7 低温障害を受けやすい野菜、果実と症状
種類
最低安全温度[℃] 低温障害の症状
インゲンマメ
7
ピッティング(へこみ)、ラセッティング(褐色斑点)
キュウリ
7
ピッティング、水浸状スポット、腐敗
グレープフルーツ 10
やけ症状、ピッティング、水浸状
メロン(ハニデュー) 7~10
変色(赤褐色)、ピッティング、表面腐敗、追熟不良
スイカ
4.5
ピッティング、不快臭
トマト(緑熟)
13
追熟不良、アリタナリア症
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7.3
特記事項
(1)貯蔵の前操作
農産物の収穫後、輸送や貯蔵の前に迅速に貯蔵適温まで冷却する、予冷という処置を行ないます。
これは、夏期の高気温や収穫後の処置(包装、荷づくり)における呼吸熱による品温上昇にともなった
品質劣化から、産物を適生に防護するためのものです。
予例の方式には、強制通風冷却方式、差圧通風冷却方式、真空冷却方式、冷水冷却方式があります
が、ここでは、おもに下図で示されるような 2 方式について記します。
図 6 強制通風冷却と差圧通風冷却の概要 6)
1)
強制通風冷却方式
この方式は、冷気を直接産物と収納箱に吹きつけて冷却するもので(図 6 参照)、通常の低温貯
蔵庫に比べて、冷凍能力の大きい冷凍機が必要となります。
この方式の問題点は積付けた収納箱の配置により、冷却速度にむらがあることです。図 7 では
場所による冷却速度の相違を示しています。1、4 段目と 2、3 段目とでは冷却速度に大きな開き
が見られます。
図 7 積付位置によるシュンギクの冷却速度 7)
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図 8 では冷風が箱の間を通過しやすいように積付けることにより冷却速度が速くなることを示
しています。このように、冷却速度は場所により、かなり幅があるので、冷風送風装置と産物の
収納箱との配置関係、また、産物各々に冷風がよく接触しながら通過してゆくような積付などに
ついて、十分検討する必要があります。
(注)図内数値はシュンギクの品温[℃]
図 8 隙間を空けて積んだ場合のシュンギクの冷却速度 7)
2)
差圧通風冷却方式
これは、産物の収納箱の内部に流入する風量を増し、冷気と産物が十分接触するようにした方
式で、強制通風冷却方式に比べて、冷却速度が高まり、冷却むらは少なくなります(図 6 参照)。
差圧通風冷却方式の冷却速度は産物の種類や包装の形態によって異なりますが、いずれも強制
通風冷却方式に比べてかなり速くなります。例として図 9 に上記の 2 方式の冷却速度を比較して
います。この図から、ほぼ 1/2 に冷却時間が短縮されることがわかります。
(注)初期品温は 28℃、平均庫内温 3℃
図 9 シュンギクの冷却速度 7)
産物の品目、箱、収納法が同じであれば、単位重量当たりの通風量によって冷却速度はほぼ決
まります。しかし、ある通風量以上に増加させても冷却速度はそれほど速くならないことに注意が
必要です。1 箱当たりの通風量と冷却速度との関係は図 10 のように示されています。
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図 10
品目別、通風量と冷却速度との関係 7)
差圧通風冷却方式には、その通風様式により大別すると中央吸込方式と壁面吸込方式とがあり
ます。
差圧用ファンの選定においては、設計した以上の圧力損失となる場合があるので、過負荷に注
意する必要があります。しかし、ファンの能力を大きく見積り過ぎた場合の運転電力費の増大に
も注意が必要です。
3)
その他の予冷方式
その他の予冷方式としては、真空冷却方式と冷水冷却方式があります。
真空冷却方式は産物周囲の大気圧を低下させ、産物の水分蒸発速度を促進させて、蒸発潜熱を
奪うことによって冷却する方式で、強制通風冷却方式や差圧通風冷却方式と同様に多く使用され
ています。
冷水冷却方式は産物を冷却した水に接触させることで冷却する方式です。
真空冷却方式はシステムとして特別な要件があること、また、冷水冷却方式は我が国では流通
上の問題から限られた地域でしか採用されていないことなどから、これら 2 方式は以上の紹介だ
けにとどめます。
(2)貯蔵
貯蔵のための処置としては温湿度の調整の他、ガス組成調節、包装、被膜処理、薬剤処理、放射線
処理などの処理法があります。特に果菜類の保管、貯蔵には老化ホルモンであるエチレンの調整が重
要です。
以下に代表的な貯蔵処理としてガス組成調節、薬剤処理について示します。
1)
ガス組成調節
低温貯蔵に加え、貯蔵庫内のガス組成比率(O2、CO2)を変えることで農産物の呼吸作用を抑制し、
長期間貯蔵できるようにする調整法で CA 貯蔵と呼ばれています。その例 6)を表 8 に示します。
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表 8 果実、野菜の CA 貯蔵
種類
ガス組成
温度[℃]
O2[%] CO2[%]
リンゴ
3
2~8
0~3.3
洋ナシ
2~3 0.5~2 -1.1~-0.5
カキ
2~3 5~10 0
トマト
3~10 5~10 6.6~9.0
ウメ
2~3 3~5
0
イチゴ
2~10 10
0
ニンジン
2~5 5~10 0
マッシュルーム 3~5 3~10 1
2)
薬液処理
主に切り花の貯蔵に行なわれ、生産者が収穫した後、出荷する前に行なう前処理と、小売店、
消費者がそれぞれ仕入、購入後に行なう後処理などがあります。その処理方法は花の切り口を薬
液に数時間から数十時間連続して浸漬し、薬液を花内に吸収させます。
前処理剤:
老化ホルモン(エチレン)生成の抑制、萎凋、落花防止
後処理剤:
養分、殺菌剤、植物生長調整剤などにより葉の黄化防止、状態維持
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8.
冷凍保存と蘇生
8.1
概要
農産物の保存には冷凍によるものもあり、また、自然界においても、凍結と蘇生をくり返す植物も
よく見うけられます。
凍結により植物が枯死する例が多いのは、生体内に生じた氷によるものではなく、逆に氷が解ける
時にできた多量の水が植物体内の蛋白質分子に作用し、蛋白質の機能を失わせることが原因とされて
います。それは、蘇生可能な植物を凍結した状態から徐々に融解(きわめて長時間 2~3℃の雰囲気に
維持)させると蘇生しますが、短期間に融解させると蘇生しないことなどからわかります 5)。
また、蘇生可能な植物が凍結する時、その細胞の原形質は脱水され、原形質内で氷はほとんど形成
されないで、細胞間隙で氷が形成されるため、その植物の原形質の損傷は少なくなっています。
8.2
環境条件
ここでは、主として食品に関する冷凍保存について示します。
食品(主に野菜)の冷凍保存では、凍結前に軽く加熱処理を行ない、品質の悪化に関与する酵素の活
性を失わせることで劣化を抑制するブランチングという方法があります。これは、一般に、熱湯また
は蒸気によって短時間(2~5 分程度)の加熱を行なうものです。
また、冷凍保存においては表 9 に示されるように、食品の種類により、その温度、期間が異なりま
すが、多くのものは-18℃以下では 1 年以上の貯蔵が可能となっています。食品の貯蔵においては消費
に適した品質が保ち続けられる期間が実用貯蔵期間とされます。
表 9 に主要凍結食品の実用貯蔵期間を示します。
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表 9 主要凍結食品の実用貯蔵期間 6)
凍結食品
貯蔵期間[月]
-12℃ -18℃ -24℃
果 ラズベリー/イチゴ(無加糖) 5
24
>24
実 ラズベリー/イチゴ(加糖)
3
24
>24
桃、杏、チェリー(無加糖)
4
18
>24
桃、杏、チェリー(加糖)
3
18
>24
濃縮果汁
-
24
>24
野 グリーンアスパラガス
3
12
>24
菜 サヤインゲン
4
15
>24
ライマビーン
-
18
>24
ブロッコリー
-
15
24
芽キャベツ
6
15
>24
ニンジン
10
18
>24
カリフラワー
4
12
24
軸つきコーン
-
12
18
カットコーン
4
15
>24
マッシュルーム
2
8
>24
グリーンピース
6
24
>24
ピーマン(レッド、グリーン) -
6
12
フレンチフライドポテト
9
24
>24
ホウレンソウ(チョップド)
4
18
>24
タマネギ
-
10
15
リーキ(ブランチしたもの)
-
18
-
類
類
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参考文献
1) 小林、望月、前島:農林水産省農業技術研究所 種苗導入用種子貯蔵庫の空調設備、空気調和・衛生
工学、第 55 巻、第 11 号
2) 三原義秋:温室設備の基礎と実際、養賢堂
3) 増田芳雄:植物生理学、培風館
4) 矢吹万寿ほか:施設園芸学、朝倉書店
5) 日本生物環境調節学会:生物環境調節ハンドブック、東京大学出版会
6) 日本冷凍協会:冷凍空調便覧 Ⅴ巻 食品・生物・医学編
7) 大久保増太郎:野菜の鮮度保持、養賢堂
参考資料:植物ホルモン
植物におけるホルモンは、特定の器官や特定の生理作用に限定されず、広い作用があります。この
点が動物ホルモンと大きく異なります。
また、植物の持つ能力のうち特徴的なものに分化全能性(totipotency)がありますが、これにはオー
キシンとサイトカイニンのバランスが作用しています。しかし、現在のところ植物ホルモンに対する
器官分化の反応機構はあまり解明されていないのが実情です。以下に植物ホルモン各種の概要を示し
ます。
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施工実績例
生物全般に対する環境施設の設計・施工例は多数ありますが、それらのなかから植物に関連のある
施設の実績例のいくつかを以下に掲げます。ただし、その設備技術の内容に関しては目的、対象によ
り多様でもあるため、ここでは代表項目だけの紹介とします。
建物名
・・・・・
建物用途
研究施設
設備内容
所在地
給排水設備
竣工年月
滋賀県
1970.7
兵庫県宝塚市
1978.2
茨城県筑波郡
1980.3
滋賀県
1983.7
宮崎県宮崎市
1984.3
茨城県つくば市
1986.5
京都府
1990.1
滋賀県
1990.3
京都府
1993.12
植物栽培施設
ファイトトロン
・・・・・
研究施設
空調設備
給排水設備
植物栽培施設
・・・・・
研究施設
空調設備
給排水設備
恒温・恒湿
植物栽培施設
低温貯蔵施設
・・・・・
研究施設
空調設備
給排水設備
植物栽培施設
・・・・・
教育・研究施設
空調設備
給排水設備
恒温・恒湿
・・・・・
研究施設
空調設備
給排水設備
恒温・恒湿
冷蔵・冷凍施設
・・・・・
工場施設
空調設備
給排水設備
恒温・恒湿
・・・・・
研究施設
空調設備
給排水設備
恒温・恒湿
植物栽培施設
・・・・・
研究施設
空調設備
給排水設備
恒温・恒湿
植物栽培施設
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建物名
・・・・・
建物用途
研究施設
設備内容
所在地
空調設備
竣工年月
茨城県
1994.6
茨城県
1995.3
三重県
1998.4
神奈川県
1999.6
茨城県
2000.3
茨城県つくば市
2003.3
滋賀県
2004.3
恒温・恒湿
冷蔵・冷凍施設
植物栽培施設
・・・・・
研究施設
空調設備
恒温・恒湿
植物栽培施設
・・・・・
研究施設
給排水設備
植物栽培施設
水景設備
・・・・・
研究施設
給排水設備
植物栽培施設
・・・・・
研究施設
空調設備
給排水設備
植物栽培施設
・・・・・
研究施設
空調設備
恒温・恒湿
・・・・・
研究施設
空調設備
給排水設備
恒温・恒湿
冷蔵・冷凍施設
詳細はお問い合わせ下さい。
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■植物育成と環境要素
人と密接な共存関係にある植物の生育環境において、空
調、換気、給排水などの諸設備に対して必要とされるパ
ラメータを、生育段階に対応して概説、植物関連施設の
企画設計時に有効なガイダンス。
●キーワード:
環境条件/植物生育施設/組織培養/栽培/植物保存
/種子貯蔵
分
類 : 須賀 技術報告
SUGA TECHNICAL REPORT
No.30894 V119404-2000
資料名 : 植物育成と環境要素
発行者 : 須賀工業株式会社
編
集 : 技術部,技術研究所