基盤研究(B)海外学術 『平等と卓越性のバランス政策を軸とする自律的公設学校の国際比較』 (H27-H29) 研究課題番号:15H05201 研究代表者:臨床心理学部・教授・中島千惠 1.研究目的(概要) アメリカやイギリスでは、地方当局から独立し、自律的性格を持つ公設学校が従来型の 公立学校を凌駕しつつあり、社会における葛藤が深まっている。本研究では、平等と卓越 性のバランス政策を軸とする自律的公設学校の国際比較を通して3 年間に以下のことを解 明し、日本への示唆を得る。 [1]自律的公設学校を、当該国の国家戦略や学校制度における位置づけにより類型化 し、公教育の構造変化をグローバルな視点で捉える。 [2]平等と卓越性のバランスをどのように取ろうとしているのか、全体的政策を鳥瞰す る。 [3]各国が政策的に追究する「平等」の概念の違いを明らかにする。 [4]自律的公設設置で予想される「社会的リスク」に対する対策(法整備、評価等)。 [5]自律的公設学校設置により、幼、小、中、高の接続関係に変容はみられるか。 [6]自律的公設学校の設置は、公教育の行政またはサービス概念にどのような変容をも たらしているか。 2.学術的背景と研究目的 国際的競争を意識した国家戦略の下、アカウンタビリティを共通語として、卓越性(質 の高い教育)を目指す学校設置や改革がグローバルに進行している。その中で自律的性格 を持つ公設学校の台頭が著しい。日本でも国家戦略特区で公設民営の自律的学校創設が閣 議決定し、法案が提出される見込みである。かたや教育の平等化を推し進めようとする国 際的動きは、義務教育段階のみならず幼児教育の段階にまで降りてきている。平等も質も 社会の発展と国民の幸福には不可欠の要素である。しかし、両者は対立する側面を持つ。 また、国により平等概念も異なる。いかなる「平等」を志向し、いかに両者のバランスを 保つかは国民の権利保障、そして国家経済において重要な政策課題である。 民間の力を活用した自律的な公設学校設置は、グローバルな動きである。なおかつ学校 システムを大きく変える可能性を持つ。平等と卓説性を追究する政策の中で教育段階の接 続関係にも変容が見られる。また、自律的公設学校の誕生とともに、国家は、公立学校が 一元的に管理運営されていた時代にはなかった葛藤や格差拡大、地域の分断など、新たな 「社会的リスク」に直面し、その対策を迫られている。更に、公教育行政やサービスをど のように考え、国家が国民教育にどのように関与すれば国民の教育の自由と教育の質や公 平性を担保できるのか、理念的課題とも向き合わなければならなくなってきた。そこで本 研究では、平等と卓越性のバランス政策を軸に英米、北欧、アジアにおける自律的公設学 校の教育制度における位置づけ、政策の背景にある「平等の概念」、幼、小、中、高の接 続関係における変化の有無を明らかにする。また、社会的リスクの諸相とそれらに対する 政策や施策、公教育行政やサービスの概念の変化 を国際比較し、グローバル化が進行する中で、日 本はどのような学校制度と教育行政の在り方を描 いていけるのか、示唆を検討する。 本研究では、Esping-Andersen が分類する福 祉レジームに依拠し、「自由主義的」伝統を持 ち、公立学校制度の在り方を大きく変えているイ ギリス、アメリカ、「社会民主主義的」伝統の強 いスウェーデンとフィンランド、そしてその中間 のどこかに位置するアジア諸国を対象に、 国際比較調査を実施する。研究期間は3年とし、 上記の目的の達成を目指す。 (例:イギリスの場合) 3.着想に至った背景:これまでの研究成果を踏まえて 研究代表者の中島は40 年前、文部省の奨学金を得てイギリスに留学し、総合制中等学校 について研究した。国際的に福祉や教育における平等政策が推進された時代であった。イ ギリスは”Secondary Education for All”を掲げ、中等教育の3つの学校種を統合する総合制 化を推進した。階級意識の強いイギリス社会においてより平等な社会の実現を目指し、イ ギリス史上はもちろん、スウェーデンと並び国際的にも注目を浴びる改革であった。理念 的には平等主義の精神が勝利を得たかのようであった。しかし、多様化に潜む問題がない わけでもなかった[中島千惠(1979)「イギリスの総合制中等学校の多様化に関する研 究」『日本比較教育学会紀要』第5 号pp.70~77]。それから40 年、イギリスは公立学校 を公的負担で民間が自律的に運営できるアカデミーやフリー・スクールに転換しようとし ている。アカデミーになるのはパーフォーマンスの高い公立学校で、地方当局から自律的 地位を獲得し、公的リソースが集中的に注がれ、運営には公設民営の手法が取られる。し かも、運営主体が多元化、グローバル化し、NPO や国際的に教育事業を展開する海外の 企業が運営に乗り出している。これらの学校は、公教育システムをラディカルに変貌させ る可能性があると言われ(望田研吾(2012))、教育予算の不均等な配分から生じる社会 的リスクや公教育の2 層化を懸念し、平等を志向する「公教育サービス」の伝統回復を望 む声もある[Richard Pring(2013)]。 自律的公立学校の設置は、アメリカのチャータースクールやスウェーデンのフィリース クールの影響が大きい。チャータースクールは1991 年アメリカで誕生した。研究代表者 はアメリカ留学(1992-94 年)以来、その進展と課題をフォローしてきた[中島千惠 (1998)『日本教育行政学会年報・24』、(2002)『比較教育学研究』、(2007)『比 較教育学研究』、(2013)日本教育行政学会口頭発表など]。チャータースクールは批判 を受けつつも、アメリカ連邦政府の推進政策の下、増加の一途を辿っている。チャーター スクールの増加は質を求めるアカウンタビリティの概念と評価システムの開発をすべての 公立学校にもたらし、この概念は国際的にも普及した。公的負担による自律的学校の設置 は、今や本研究の対象とする諸国を含み、グローバルな展開を見せている。しかし、その 影で多くの児童が適切な学習機会から排除され、公立学校閉鎖に伴う人権侵害が懸念され ている。シカゴではチャータースクールへの就学を余儀なくされた児童や保護者の不満が 今もくすぶっている[中島千惠(2013)「平等と質のはざまでーアメリカにおけるNPM ガ バナンスの下で生み出された排除のメカニズム」)日本教育行政学会、口頭発表]。また反 対する教員団体などとの葛藤も看過できない。 一方、オバマ政権は「ユニバーサル・プリスクール」「誕生からカレッジまで」をスロ ーガンに、すべての児童が大学までの教育を受けられるように平等な機会と質の高い教育 を幼児期から保障する政策を推進してきた。学力向上のため、幼稚園前から小学校3 年生 までを一貫化する政策が推進され、教育段階の接続関係も変化している。代表者はこれら の幼児教育政策もフォローし、国内外で発表してきた[日本比較教育学会課題研究 (2012.6)、国際学会Pacific Circle Consortium(2013.6)]。政策全体を鳥瞰すると、 幼児期の教育で平等化が推し進められる一方で、初等中等教育段階で教育の質をめぐり学 校の区別化または自律化が進展し、平等と卓越性を求める政策がそれぞれ段階によって強 さと形を変えながら、また接続関係を変えながら推進されているように見える。そして同 時に、国家は自律的学校をめぐる諸団体間の葛藤など新たな困難と社会的リスクに遭遇し ている。 他国に目を向けると、インドネシアとマレーシアでも、グローバル化の波が押し寄せる 中でリソースを特定の学校に投下して卓越性の戦略を展開している。しかし、同時に学校 の無償化を進めるなど、平等への配慮もある。シンガポールでは優秀な公立学校に自律的 運営権を与えるオートノマス・スクールが成果をあげている。スウェーデンの自律的公設 学校については、近年、日本でも関心が高まっている。才能教育に力を入れる韓国では韓 国版のチャータースクールが増加傾向にある。一方、日本、フィンランドは、他国に比べ ると従来の公立学校制度を崩すことなく卓越性を追究してきたが、学力低下、不登校、格 差などの問題に直面している。 これらの諸国における「平等」の概念は一律ではない。国家政策においてどのような 「平等」が重視され、各国の平等と卓越性の政策はどのような問題、意図せざる結果、社 会的リスクをもたらし、それに対処すべく、国や地方行政機関はどのような新たな政策を 展開しているのか。そして、これらの動きはどのような社会変動を意味し、またもたらそ うとしているのだろうか。 4.予想される結果と独創的な点 Linda Darling-Hammond は、平等がアメリカの未来を決定すると主張する。日本でも 同様のことが言えよう。しかし、どの段階におけるいかなる「平等」であろうか。本研究 の結果、平等と卓越性のバランス政策の違いがどのような可能性や教育システムの違いを もたらすのか、政策決定に有意義な国際的視点を提供できる。また、自律的学校の在り方 がどのような社会的リスクを惹起しているかを明らかにし、その対策に関する幅広い有意 義な情報をもたらす。 本研究の独創性は、グローバルな展開をみせる自律的学校に視点をあて、平等と卓越性 を軸として、異なる福祉の伝統を持つ国家間で比較検討する点にある。
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