東大阪モノづくり技術者育成プロジェクトにおける応用化学科の取組み 応用化学科 1 はじめに 本学の建学の精神である「実学教育と人格の陶冶」に基 づいて,応用化学科においては, 「実験重視」の教育基盤 がつくられ,この教育精神は,本学科開設以来,綿々と受 け継がれている.これらの本学および本学科の教育基本方 針は,本プログラム修了生のうち,約 40%は主に化学系の 製造業に就職し,これに高度な化学的専門性が必要とされ る研究・技術開発を志向する大学院進学者を加えると約 80%に達するという修了生の進路に明瞭に表れている. 2 応用化学科における技術者教育 2.1 学習・教育目標 上述した卒業生の活躍分野に鑑みて,社会と産業界の一 層の発展に貢献できる有為な人材を育成すべく,応用化学 科では学習・教育目標を設定し,また,それらをわかりや すく表現したキャッチフレーズを学習・教育目標カードに 記し,学生と教員に配布している. (A)よく聞く者であれ.そして学び続ける者であれ. (B)倫理は,技術者の免許証. (C)基礎学力なくして,進歩なし. (D)基礎から応用,理論から実践へ,そして習得へ. (E)デザイン能力は,エキスパートへの第一歩. (F)斬新な技術は,共同プロジェクトから. (G)国際性とコミュニケーション能力は,技術者のたし なみ. (H)情報処理能力は,技術者のかなめ. これらの学習・教育目標において次のような特色付けが なされている. 1)最大の特色として,科学技術に携わる者(技術者)に 求められる基本的素養である柔軟性,自主性,継続性を重 視する【学習・教育目標 (A)】とともに,技術者倫理の確 立【学習・教育目標 (B)】を掲げている.これらの項目は, 一般の技術者はもとより,科学技術の社会貢献のあり方に ついて高い識見を要求される,企業トップおよび企業創設 者にとっても非常に重要である. 2)様々な化学関連分野で社会に通用する自立した技術者 を育成するためには,応用可能な確固とした基礎を確立す る必要があるとの認識に基づき,幅広く密度の濃い専門基 礎知識と技術の修得を強調している【学習・教育目標 (C) (D)】. 3)高い専門性を有する化学のエキスパートを志す多くの 古 南 博 修了生のニーズを反映して,高度で複雑な問題を解決する ためのデザイン能力【学習・教育目標 (E)】および斬新な 技術を創出するためのプロジェクトデザイン能力【学習・ 教育目標 (F)】の修得に重点をおいているのも,応用化学 科の学習・教育目標の大きな特徴である.斬新な技術はベ ンチャー企業を立ち上げる際のコアとなるものであり,後 者は,起業家精神の旺盛な本学科の学生のニーズにも対応 している. 2.2 カリキュラム 応用化学科のカリキュラムは,共通教養科目,外国語科 目,基礎科目,専門科目の 4 種類から構成されており,以 下に,本プロジェクトと関係する,特色ある科目と事項に ついて列記する. 1)学生の自立的・自発的学習を誘導することを主眼とす る科目として, 「基礎ゼミ 1・2」 (共通教養必修科目), 「応 用化学実験 I, II, III, IV, V, VI」 (専門必修科目)および「卒 業研究」(専門必修科目)が挙げられる.その内,応用化 学実験では,少人数からなるグループでプロジェクトを組 み,グループ内で自由に実験をデザインして課題解決を行 う Project-Based Learning (PBL)を第 1 学年から第 3 学年ま で実施している(応用化学実験 II プチ PBL, 応用化学実 験 III/IV ミニ PBL, 応用化学実験 V/VI PBL)[1]. 2)技術者倫理や社会性および広い視野と柔軟な思考力を 養うために,技術士,弁理士,企業関係者や他大学教員を 講師とする「応用化学セミナー」 (専門必修科目)を開講 している. これらの取り組みは発展的に実施されてきた.取り組み の開始時期について以下にまとめた. • 実験科目におけるプレゼンテーション(H6 頃~) • 応用化学実験 V, VI における PBL)(H16~) • 応用化学セミナー(H16~) • 実験デザイン I, II(H18~) • 2 年次:ミニ PBL(H18~) • 1 年次:プチ PBL(H20~)←基礎ゼミ 1, 2 と連携 PBL の概要を説明する.自律的に考え,課題を探求し, 解決する為の基礎となる素養が身につくような教育プロ グラムとして,平成 16 年度より第 3 学年を対象とした「応 用化学実験 V」,「応用化学実験 VI」において,課題解決 型学習の実践としての PBL を導入した.PBL では,天然 に存在する有機化合物や,工業的に広く利用されている無 機化合物を課題化合物として提示し,学生は,それらを選 択して,少人数の学生グループで,合成並びに評価実験を 行う.学生グループ主体で,図書館,文献データベース等 を駆使した合成ルートの検索と,関連文献の調査を行った 後,グループ内で調査内容の検証,討論を行う.この際, ショートプレゼンテーション等も交えて,口頭発表能力・ 討論能力を養う.実験自体は目的化合物の合成に成功する ことが重要ではなく,直面する問題をその都度どのように 解釈し,解決していくのかという点をもっとも重視し,実 験終了後は,結果の解析,報告書,口頭発表資料の作成を, 同じく学生グループで分担して進め,発表により,他のグ ループとの討論を行う.このように,PBL は, 「課題選択」 →「文献調査」→「合成ルート並びに評価方法の吟味・決 定」→「実験手順の作成」→「実験実施」→「結果解析・ まとめ・報告書作成」→「口頭発表」の一連の過程を,少 人数の学生グループ主体で実施するプログラムであり,グ ループ内での対話を通じて,協調性や討論能力を開発し, 課題に対する多角的な視点及びデザイン能力を身につけ る為に行われている.また,平成 20 年度より,PBL の支 援と拡充を目的とし,様々な物質の合成技法およびそれら の材料を評価する手法を学ぶための科目として,「実験デ ザイン I」, 「実験デザイン II」が導入された. 「応用化学実 験 V・VI」および「実験デザイン I・II」の運用方法を Fig. 1 に示す.1 セメスター(14 週+後片付け・掃除)に 4 コ マを確保し,規定実験(3 種類)とそのプレゼンテーショ ンに加え,PBL 実験,プレゼンテーションとそのための調 査・ミーティングを行っている. 「実験デザイン I・II」の 開講により時間不足はかなり改善された.また,「応用化 学実験 V」では,Fig. 2 に示すように平易な英語を使って PBL について説明している. 3 「応用化学実験 V・VI」および「実験デザ Fig. 1 イン I・II」の運用方法 Fig. 2 「応用化学実験 V」における PBL の説明 本プロジェクトにおける取り組み 3.1 「応用化学実験 V・VI」および「実験デザイン I・ II」における PBL の展開 これまでの取り組みは技術者教育を意識しているので, 本プロジェクトの主題であるモノづくり技術者の育成の 方向性とほぼ整合する.そこで,PBL を進めるにあたり, モノづくりの視点から助言を受ける機会を設けた.つまり, 「実験デザイン I, II」では,実験計画をまとめ,他のグル ープに発表する,ショートプレゼンテーションの機会があ る.ショートプレゼンテーションの資料の一例を Fig. 3 に 示す.このときに,シニアサイエンティスト(以下 SS, 全員,企業あるいは公立研究所の退職者で博士号取得者) Fig. 3 「実験デザイン I」におけるショートプレゼ ンテーション資料の一部 に出席いただき,モノづくりの観点から助言していただい た.安全確保や有害物質の取り扱い,費用対効果,効率的 な実験の進め方などについて,厳しい意見が続いた.計画 段階におけるコメントは,目的の位置づけを見直したり, Fig. 4 子 「応用化学実験 V」における PBL 実験の様 Fig. 5 「応用化学実験 V」における PBL 発表資料 (H20 年度) 実験計画を修正したりするよい機会になった.また,他者 (教員や TA 以外)の意見を建設的に受け入れるよい訓練 にもなったようである. ショートプレゼンテーションの後,計画を修正し,最終 打ち合わせを経て,PBL 実験を開始した.その様子の一部 を Fig. 4 に示す.3 週(12 コマ)の実験および 1 週(4 コ マ)のレポート・発表資料の作成の期間を経て,PBL 実験 の結果発表会を実施した.発表時間は 15 分程度と決めて いるが,質疑応答の時間は無制限とし,優れた発表に対し て質問時間が不足しないように配慮した.発表に使用した 資料(パワーポイント)の一部を Fig. 5 に示す.これまで の知識を総動員して実験結果を説明しようとする姿勢や 結果を統合的にまとめる努力が表れている.SS の方には, 結果発表会にも出席いただき,結果の取りまとめ方や発表 の仕方に対するコメントに加えて,モノづくりの立場から 質疑応答に参加していただいた.ショートプレゼンテーシ ョン時のコメントの効果もあり,実験の位置づけに関する Fig. 6 「応用化学実験 V」における PBL 発表資料 (H21 年度) Fig. 7 「応用化学実験 V」における PBL 後のアン ケート結果(一部)(H20 年度) 理論武装はかなり改善されていた.また,切り口の異なる 意見やアドバイスを発表者以外の学生も興味深く聞き入 っていた.H21 年度の発表資料の一部を Fig. 6 に示す.実 験や結果に対して真摯に向き合うだけではなく,発表タイ トルや結論にも興味を引くような工夫がなされており,学 生の表現力は着実に伸びているようである. 応用化学実験 V 終了時に独自のアンケートを実施した. 内容は,1)PBL を行ってよかったこと,2)PBL にお ける反省点,3)PBL を行うにあたり改善してほしいこと. 今後の PBL のためのあなたの提案,4)実験デザイン I について: あ)役にたったこと,い)改善点,である. 学生自身に PBL を見直してもらうことと実施における改 善提案を学生から引き出すことを目的としている.紙面の 都合上,1)の一部を Fig. 7 に示す.様々な意見が出てい るが,PBL 型の実験はモノづくり技術者育成の観点も含め て複数の効果があることは間違いない. 3.2 「応用化学実験 II」および「基礎ゼミ 1・2」の 連携による PBL の下方展開(プチ PBL) 理工学部において,H18 年度より従来の「基礎ゼミ」 (第 1 セメスタ)が拡充され,「基礎ゼミ 1, 2」(第 1, 2 セメス タ)が開講された際に,応用化学科では, 「基礎ゼミ 2」 では簡単な実験を行ってもよいことになり,1 部のグルー プでは実験の結果を発表していた.学生には好評ではあっ た,時間的な制約(週 1 コマ)があった.そこで,H20 年度より,1 年生開講科目である「応用化学実験 II」 (第 2 セメスタ)と「基礎ゼミ 1, 2」を連携させ,1 年次におけ 「基礎ゼミ る PBL 実験(プチ PBL)を本格的に開始した. 1」では,調査,討論,発表が主であるが,「基礎ゼミ 2」 では,本格的調査,実験計画,結果の取りまとめ,発表を, 「応用化学実験 II」(2 週 6 コマを配分)では計画した実 験を行った.各グループに予算(金額は年度により異なる) を配分し,その範囲内で必要な薬品や器具を選択すること にした(発注手続きは教員が行った).PBL 全般に言える ことは,学生の討論や計画に教員が大きく干渉しないこと である.とくに,プチ PBL では,実験テーマの大枠は「基 礎ゼミ 1」の初期に決まる. 「基礎ゼミ 1」の調査テーマは, 新入生の新鮮な感性の基で決まるので,必然的にプチ PBL のテーマも彼らの興味の強い分野・対象が多い.専門的に Fig. 8 「基礎ゼミ 2」におけるプチ PBL の発表資 料の一部(H21 年度) は「物質と機能」に関するもので,具体的には,化粧品, 薬,添加物,健康,環境,エネルギー,リサイクル,食品, 色,におい,などである.筆者が担当したグループでは, テーマを「せっけん」に設定したので,高級透明せっけん を製造されている東大阪市の企業(大学から歩いて 15 分) を訪問し,せっけんの製造現場を見せていただいた.対応 いただいた社長にはモノづくりの重要性と楽しさを熱く 話していただいた.学生は,いろいろな意味で,身近なと ころに化学(物質)と日常品の関わりがあることに気づい たようだ.Fig. 8 には H21 年度の発表の中で,学生間で評 価の高かったものの資料の一部を示す. 3.3 「応用化学セミナー」 技術者倫理や社会性および広い視野と柔軟な思考力を 養うために,技術士,弁理士,企業関係者や他大学教員を お呼びしている.本プロジェクトの趣旨に添った講演者と して,H21 年度は,2 件の講演, 1)辻野義雄氏((株)マンダム) 「ヘアカラーを科学する」 2)菊池俊明氏(三菱マテリアル(株)) 「より安全な世界 のために ~セキュリティ強化に向けた国際的な取り組み について~」 を依頼した.現在,アンケートの解析を行っている. 参考文献 [1] 藤原 尚,化学と工業,61 (2008) 808.
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