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■ 原著論文 介護保険施設で働く看護職の
道徳的感受性尺度の開発
Development of a moral sensitivity scale for nurses
who work at nursing homes
藤野あゆみ 1 百瀬由美子 1 天木 伸子 1
Ayumi FUJINO
Yumiko MOMOSE
Nobuko AMAKI
キーワード :道徳的感受性、介護保険施設、看護職、高齢者
Key words:moral sensitivity, nursing homes, nurses, elderly people
本研究は、介護保険施設で働く看護職の道徳的感受性尺度(MSS-NH)を作成し、その信頼性・妥当性を検討した。
まず介護保険施設の看護職20 名に対するインタビューよりMSS-NHの原案48項目を作成した。次に介護保険施設の
看護職 861名のデータを基に探索的因子分析を行い、17 項目4因子構造【高齢者の尊厳を守る体制づくり】、【その人ら
しい生活を支える】、【高齢者の能力を活かす】、【栄養摂取法の意思決定】を採択した。信頼性は、Cronbachの α 係数
が MSS-NH 全項目で 0.85、下位尺度で 0.72~0.83 と一定の内的一貫性が確認された。妥当性は、確認的因子分析によ
り上記の4 因子を潜在変数とした仮説モデルがGFI、AGFI、CFI のいずれも 0.9 以上でかつRMSEA が0.05 以下と容認で
きるモデル適合度であり、尺度の信頼性・妥当性が確認された。
The purposes of this study were to develop a scale(MSS-NH)on moral sensitivity for nurses who work at
nursing homes and to confirm its validity and reliability. First, we developed a draft of the MSS-NH. This
version consisted of 48 items selected from data generated by interviewing 20 nurses who were working at
nursing homes. Next, we tested the scale’s validity and reliability. Data were obtained from 861 nurses who
were working at nursing homes. Construct validity was tested with exploratory factor analysis, which resulted
in a 4-factor solution with 17 items. The 4 factors were: organizing teams to protect elderly people’s dignity;
supporting the life that is unique to each person; practical use of elderly people’s capabilities; and making
decisions about artificial hydration and nutrition. Cronbach’s alpha coefficient for all 17 items was 0.85; for the
4-factor groups, it varied between 0.72 and 0.83. Confirmatory factor analysis indicated that a 4-factor model
was valid and that this model provided the best fit for the sample(GFI=0.95, AGFI=0.94, CFI=0.95, RMSEA
=0.05)
. These results verify that the MSS-NH is internally consistent and has construct validity.
Ⅰ.はじめに
近年、我が国は急速な高齢化と少子化が進行し、総
人口における65 歳以上の高齢者人口の割合が24.1%
(平成 24 年9 月 15日現在推計)となる超高齢社会と
なった。高齢者の増加に伴い、高齢者に対する人権問
題が注目されるようになり、高齢者の権利を守る高齢
者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関す
1 愛知県立大学 Aichi Prefectural University
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日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014
る法律、成年後見制度等の法律が整備された。
介護保険施設でも全国老人福祉施設協議会が倫理綱
領を定め、利用者一人ひとりのニーズと意思を尊重
し、可能性の実現と生活の質の向上に努めることを明
示した。また、全国老人保健施設協会は、理念として
利用者の尊厳を守り、安全に配慮しながら生活機能の
維持・向上をめざし総合的に援助することを掲げてお
り、介護保険施設は、高齢者の尊厳を守り、高齢者の
可能性を実現する生活環境を整えること等を自らの役
割として社会に発信している。
一方で、介護保険施設をはじめとする要介護高齢者
の入所施設では、入浴するかしないか等、日々の生活
に関わる細々とした決定 1 から終末期の過ごし方 2 に
至るまで、あらゆる事柄の決定に高齢者本人の意思が
反 映 さ れ に く い こ と が 指 摘 さ れ て い る。 ま た、
Solum3 は一部の入所施設には高齢者が日中、車椅子
で過ごす暗黙のルールがあると指摘しており、高齢者
の生活の場には高齢者の尊厳を脅かす多様な倫理的課
題が存在する可能性が考えられる。
倫理的課題に適切かつ効果的に対応するためには、
個々の状況における倫理的側面を見出す道徳的感受性
が欠かせないと推測される。しかし看護職は日常の
様々な問題を看護倫理上の問題と捉える視点が弱いと
指摘されてきたため 4、介護保険施設で働く看護職の道
徳的感受性の実態を把握する必要があると考えられる。
看護職の道徳的感受性を測る尺度として中村ら 5 は
「臨床看護師の道徳的感受性尺度 Moral Sensitivity
Test for Clinical Nurse(以下、MSTと略す)」を開発
した。しかし、MSTは精神科病棟で働く看護職を対
象にした Lützénら 6 のMoral Sensitivity Testを基に
作成されており、介護保険施設に特有な倫理的課題を
踏まえているとは言い難いのではないかと推察され
る。
そこで、本研究では看護職が介護保険施設に潜在す
る多様な倫理的課題を見出す際に必要となる道徳的感
受性を的確に把握するための指標として「介護保険施
設で働く看護職の道徳的感受性尺度(以下、MSS-NH
と略す)」を作成することにした。
Ⅱ.研究目的
本研究は、介護保険施設に潜在する多様な倫理的課
題を見出す看護職の道徳的感受性を測るために MSSNHを作成し、その信頼性と妥当性について検討する
ことを目的とした。
Ⅲ.用語の定義
本研究では、Lützén7 の定義を参考に、介護保険施
設で働く看護職の道徳的感受性を「介護保険施設で
藤を抱く状況における道徳的価値に対する気付きであ
り、自分自身の役割に対する自己認識である」と定義
した。
Ⅳ.研究方法
1 .質問項目の原案作成
1) アイテムプールの作成
介護保険施設で働く看護職 20名を対象に倫理的課
題に関する意見を収集するため、半構成面接を行っ
た。半構成面接は、2010 年 11月から 2011 年 3月に実
施した。インタビューは許可を得て録音し、音声デー
タから逐語録を作成した。逐語録から介護保険施設で
藤を抱く状況における道徳的価値に対する気付きや
自らの役割について述べられている部分を抽出し、内
容の類似性を見ながらコード化し、カテゴリ化した。
研究協力の得られた看護職の平均年齢は 44.9±6.8
歳、全員が女性であり、看護師が17 名、准看護師が3
名であった。介護保険施設で働く看護職の道徳的感受
性として、①高齢者の QOLを高めるための医療、②
その人らしい生と死を支える、③高齢者の能力を活か
す、④高齢者の尊厳を守る、⑤生活に高齢者の意思を
取り入れる、の5つの下位概念が見出された。各下位
概念に対して質問項目の案 56 項目を準備し、老年看
護学の大学教員3名で文献検討の結果を踏まえて検討
し、48 項目を選定した。
2) 内容妥当性および表面妥当性の検討
老年看護学の大学教員3名により選定した項目が
「介護保険施設で 藤を抱く状況における道徳的価値
に対する看護職の気付きや、看護職自身の役割に対す
る自己認識」に関する内容を適切に表現しているかを
検討した。その後、介護保険施設の看護職 10 名を対
象に予備調査を実施し、質問項目の表現を修正した。
2 .対象
対象者は介護保険施設で働く看護職とし、介護老人
保健施設(以下、老健と略す)で働く 1,353名、介護
老人福祉施設(以下、特養と略す)で働く 676名の計
2,029 名であった。
3 .データ収集
デ ー タ 収 集 は 無 記 名 の 自 記 式 質 問 紙 法 でWAM
NET介護事業者情報に登録されている全国の介護保
険施設から2,000 施設を無作為抽出し、施設長宛に研
究依頼文と承諾書を郵送した。施設長の承諾が得られ
た 介 護 保 険 施 設 274 施 設(老 健:129 施 設、 特 養:
145 施設)に調査票を郵送し、調査票は施設長の承諾
を経て看護職に配布された。調査期間は、2011 年 12
月から2012 年3月であった。
4 .調査内容
調査票の内容は、以下の 1)、2)の通りである。
1) 基本属性
性別、年齢、経験年数、家族構成、職位、免許の有
無、最終学歴、看護倫理に関する研修受講の有無、施
設の種類、入所者の定員・平均介護度、看護職の人
数、看取り実施の有無等
2) MSS-NH の原案となる質問項目
MSS-NHの原案となる質問項目は、48 項目を設定
した。各項目に対する回答は「全くあてはまらない:
1」∼「かなりあてはまる:6」の 6段階で評価した。
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5 .分析方法
IBM SPSS Statistics 20ならびにIBM SPSS Amos20
を使用して、以下の分析を行った。有意水準はp<
0.05 とした。
1) 項目分析
MSS-NH の原案48項目について、平均値と標準偏
差を算出し、天井効果およびフロア効果を確認した。
ま た、I(item)-T(total)相 関(以 下、I-T 相 関 と 略
す)を確認した。
2) 信頼性の検討
内的一貫性を検討するために尺度の全体および下位
尺 度 の Cronbachのα 係 数 を 算 出 し、 併 せ て 折 半 法
(Spearman‒Brown)を行った。
3) 妥当性の検討
構成概念妥当性を検討するために、探索的因子分析
(最尤法、プロマックス回転)を行い、MSS-NHの因
子構造を採択した。探索的因子分析で採択した因子構
造とインタビューデータより導き出された下位概念を
比較検討した。なお、因子分析の標本妥当性について
は Kaiser-Meyer-Olkin(以下、KMOと略す)値を算
出した。
MSS-NHのモデル適合度を検討するために、探索
的因子分析で採択した MSS-NHの因子を潜在変数と
して、適合度指標(Goodness of Fit Index、以下GFI
と略す)、修正適合度指標(Adjusted Goodness of Fit
Index、以下AGFと略す)、比較適合度(Comparative
Fit Index、以下CFIと略す)、残差平方平均平方根
(Root Mean Square Error of Approximation、以下
RMSEA と略す)を算出した。
また、基準関連妥当性を検討するための適切な尺度
がないため、量的測定用具の妥当性の中で最も重要で
複数の技法による検討の必要性が示唆される構成概念
妥当性(p.442)8 を既知グループ法でも検討した。先
行研究(p.51‒69)9 より、仮説1「看護倫理に関する研
修を受けた看護職は、受けていない看護職に比べて道
徳的感受性が高い」を設定した。その後、看護倫理に
関 す る 研 修 の 受 講 の 有 無 で 分 け た グ ル ー プ 間 で、
MSS-NHの 17 項目の合計得点について平均値の差の
検定(独立したサンプルのt 検定)を行い、仮説を検
証した。
4) 倫理的配慮
本研究は、愛知県立大学研究倫理審査委員会による
審査と承認を受けて行った。調査対象者に対して、調
査説明書に参加の自由、無記名による匿名堅持、施設
や個人を特定できないようにして研究成果を発表する
こと、データの厳重な保管を明示し、調査票の返送を
もって調査の協力に同意が得られたものとした。な
お、調査票の回収は、直接研究者宛に返送する方法と
した。
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Ⅴ.結果
1 .対象者の属性
調査票は施設長の承諾が得られた274 施設2,029名
に配布され、回収数は 1087 票(回収率53.6%)であっ
た。そのうち、有効回答の得られた 861 票を分析対象
(有効回答率 42.4%)とした。
対 象 者 の 性 別 は、 男 性34 名(3.9%)、 女 性 827名
(96.1%)であった。対象者の平均年齢は46.6±9.8 歳
であり、年齢構成では50歳台の282名(32.8%)、40歳
台の268 名(31.1%)の順に多かった。実務通算経験
年数は10 年以上20 年未満が最も多く 268 名(31.1%)
であり、現職場経験年数は 5 年未満が最も多く 313名
(36.4%)であった。また、婚姻状況は既婚が多く636
名(73.9%)、子どもの有無は「あり」が673名(78.2%)
であった。看護倫理に関する研修の受講の有無につい
て は、「あ り」が122 名(14.2%)で あ り、「な し」が
731 名(84.9%)であった。
職位は、「スタッフナース」の608 名(70.6%)、「看
護主任」の105 名(12.2%)の順に多かった。免許は、
准看護師免許「あり」の 643 名(74.7%)、看護師免許
「あり」の512 名(59.5%)の順に多かった。最終学歴
は、「養 成 所(看 護 師 2 年 課 程)」の 340 名(39.5%)、
「養成所(看護師3 年課程)」の 319 名(37.0%)の順に
多かった。
施設の種類は、老健の 581 施設(67.5%)、特養の
280 施設(32.5%)の順に多かった。入所者の定員数
の平均は 88.3±25.9 名で、平均要介護度は 3.6±0.5
であった。非常勤を含めた看護職の人数は、老健が平
均11.2±3.6 名であり、特養は平均5.8±2.2 名であっ
た。看取り実施については、「実施あり」が607施設
(70.5%)、「実施なし」が 245 施設(28.5%)であった
(表1)。
2 .項目分析
1) 尺度項目の精選
MSS-NHの原案となる 48 項目について天井効果、
フロア効果を示す項目はなかった。I-T 相関を算出し
た結果、相関係数が低かった 2 項目「施設では痛みの
ある高齢者に十分な治療ができていないと思う」(r=
0.08)と「急変した高齢者を病院に搬送するかどうか
は、最終的に医師が判断すべきだと思う」(r=0.05)
を削除した。上記 2 項目を削除した I-T 相関係数の範
囲は0.13∼0.67 であった。
2) 因子の抽出と命名
(1)探索的因子分析
MSS-NHの原案となる48 項目から、項目分析によ
り2項目を除いた46 項目について探索的因子分析(最
尤法、プロマックス回転)を行った。固有値と因子の
スクリープロットより、MSS-NHは4因子構造が妥当
表 1 対象者の属性
全数(N=861)
性別
年齢
実務通算経験年数
現職場経験年数
(%)
n
(%)
男性
34
(3.9)
29
(5.0)
5
(1.8)
女性
827
(96.1)
552
(95.0)
275
(98.2)
20歳台
36
(4.2)
28
(4.8)
8
(2.9)
30 歳台
189
(21.2)
126
(21.7)
63
(22.5)
40 歳台
268
(31.1)
185
(31.8)
83
(29.6)
50 歳台
282
(32.8)
179
(30.8)
103
(36.8)
60 歳以上
75
(8.7)
54
(9.3)
21
(7.5)
5年未満
38
(4.4)
25
(4.3)
13
(4.6)
看護倫理に関する研修受講の有無
職位
准看護師免許
看護師免許
看取りの実施
(%)
n
5 年以上10 年未満
101
(11.7)
62
(10.7)
39
(13.9)
10 年以上 20 年未満
268
(31.1)
186
(32.0)
82
(29.3)
20 年以上30年未満
253
(29.4)
164
(28.2)
89
(31.8)
30 年以上
191
(22.2)
136
(23.4)
55
(19.6)
5 年未満
313
(36.4)
210
(36.1)
103
(36.8)
5 年以上 10 年未満
251
(29.2)
171
(29.4)
80
(28.6)
10 年以上20年未満
158
(18.4)
116
(20.0)
42
(15.0)
20 年以上30年未満
25
(2.9)
14
(2.4)
11
(3.9)
4
(0.5)
3
(0.5)
1
(0.4)
未婚
148
(17.2)
108
(18.6)
40
(14.3)
既婚
636
(73.9)
418
(71.9)
218
(77.9)
68
(7.9)
50
(8.6)
18
(6.4)
あり
673
(78.2)
441
(75.9)
232
(82.9)
なし
184
(21.4)
136
(23.4)
48
(17.1)
その他
子どもの有無
介護老人福祉
施設(n=280)
n
30 年以上
婚姻状況
介護老人保健
施設(n=581)
あり
122
(14.2)
96
(16.5)
26
(9.3)
なし
731
(84.9)
479
(82.4)
252
(90.0)
スタッフナース
608
(70.6)
424
(73.0)
184
(65.7)
看護主任
105
(12.2)
58
(10.0)
47
(16.8)
看護師長
73
(8.5)
56
(9.6)
17
(6.1)
その他
67
(7.8)
38
(6.5)
29
(10.4)
あり
643
(74.7)
440
(75.7)
203
(72.5)
なし
218
(25.3)
141
(24.3)
77
(27.5)
あり
512
(59.5)
342
(58.9)
170
(60.7)
なし
349
(40.5)
239
(41.1)
110
(39.3)
あり
607
(70.5)
395
(68.0)
212
(75.7)
なし
245
(28.5)
177
(30.5)
68
(24.3)
15
(1.7)
14
(2.4)
1
(0.4)
1 年未満
2 年未満
32
(3.7)
25
(4.3)
7
(2.5)
3 年未満
97
(11.3)
85
(14.6)
12
(4.3)
3 年以上
226
(26.2)
117
(20.1)
109
(38.9)
N=861 ただし、無回答は示していないので合計が861 人(100%)にならない場合がある。
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33
であると考えられた。次に因子負荷量 0.35未満の項
目と複数の因子に高い負荷量(0.35以上)を示した項
目を除外して分析を繰り返したところ、17項目から
なる 4 因子が抽出された(表 2)。4因子の累積寄与率
は 45.74%であり、因子間相関は表2の通りに示され、
KMO 値は 0.89 であった。
(2)下位尺度の命名
抽出された4 因子について、各因子を構成する質問
項目の内容を解釈して命名した。第 1因子は「高齢者
を 1 人の尊厳ある人間として接するために、どのよう
な態度で接するかをスタッフ間で共有する」、「高齢者
の尊厳を傷つけるような行為をしていないかをスタッ
フ間で振り返るようにしている」等の6項目で構成さ
れ、スタッフが高齢者の尊厳を守るために情報を共有
したり、振り返ったりして協力体制をつくることを表
すことから【高齢者の尊厳を守る体制づくり】と命名
した。第 2 因子は「高齢者が少しでも満足した施設生
活を送るために、家族の協力を得るようにしている」、
「高齢者のこれまでの生活習慣を施設での生活に取り
入れるようにしている」等の5項目で構成され、家族
の協力を得たり、高齢者の生活習慣を取り入れたりし
て、高齢者がその人らしく生活できるように支えるこ
とを表すことから【その人らしい生活を支える】と命
名した。第 3 因子は4項目で構成され、
「時間がかかっ
ても必要以上に手を出さず、高齢者自身で行えるよう
に援助する」、「高齢者の潜在能力を引き出すために、
必要以上に手を出さずに見守るようにしている」等、
高齢者の潜在能力を引き出し、できないことだけを援
助することを表すことから【高齢者の能力を活かす】
と命名した。第4 因子は2項目で構成され、
「経口摂取
できないとすぐに胃ろうを造設しようとする医療のあ
り方に疑問を感じる」や「高齢者本人の意思に関係な
く、胃ろうを造設するかどうかが決定されることに疑
問を感じる」のように、高齢者が経口摂取できなく
なった時の栄養摂取法の意思決定について表されるこ
とから【栄養摂取法の意思決定】と命名した。
活を支える】は②その人らしい生と死を支えると、第
3 因子【高齢者の能力を活かす】は③高齢者の能力を
活かすと、第4 因子【栄養摂取法の意思決定】は①高
齢者の QOLを高めるための医療の質問項目とほぼ同
様の構成であったが、⑤生活に高齢者の意思を取り入
れるに関する因子は選択されなかった。
探索的因子分析で絞り込んだ4因子 17 項目につい
て、下位尺度間の相関がほぼ無相関であった第 2因子
【その人らしい生活を支える】と第4因子【栄養摂取法
の意思決定】、および第 3因子【高齢者の能力を活か
す】と第 4 因子【栄養摂取法の意思決定】を除く全て
の因子間に共分散を仮定したモデルで確認的因子分析
を行った。その結果、GFI=0.95、AGFI=0.94、CFI
=0.95、RMSEA=0.05 であった(図1)。
仮説1を検証するため、看護倫理に関する研修の受
講の有無によるグループ間で MSS-NHの合計得点の
平均値を比較した結果、看護倫理に関する研修を受け
た 群(n=122)の MSS-NHの 合 計 得 点 の 平 均 値 は
74.34 点(SD=9.07)、看護倫理に関する研修を受け
なかった群(n=731)の平均値は 71.72点(SD=9.06)
であった。看護倫理に関する研修を受けた群は、看護
3 .信頼性の検討
内的整合性についてCronbachの α 係数を算出した結
果、Cronbachのα係数が17項目全体で0.85、各下位尺
度では0.72∼0.83であり(表2)、折半法(Spearman‒
Brown)では 0.75であった。
4 .妥当性の検討
1) 構成概念妥当性
構成概念妥当性を検討するため、探索的因子分析で
採択した 4因子と、インタビューの分析結果より導き
出された5 つの下位概念に属する質問項目を比較検討
した。第1 因子【高齢者の尊厳を守る体制づくり】は
④高齢者の尊厳を守ると、第 2因子【その人らしい生
34
日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014
図 1 確認的因子分析の結果
モデル適合度:GFI=0.95, AGFI=0.94, CFI=0.95, RMSEA
=0.05
表2 探索的因子分析(最尤法、プロマックス回転)
質問項目
Q1
高齢者を 1 人の尊厳ある人間として接するた
因子Ⅰ
因子Ⅱ
因子Ⅲ
因子Ⅳ
高齢者の尊厳を
その人らしい生
高齢者の能力を
栄養摂取法の意
守る体制づくり
活を支える
活かす
思決定
0.97
-0.10
-0.04
-0.05
0.74
-0.03
-0.07
-0.02
0.54
0.15
0.04
0.05
0.53
-0.02
0.07
0.09
0.50
0.23
0.05
-0.01
0.41
0.18
0.08
-0.01
0.03
0.74
-0.15
0.01
-0.02
0.69
-0.04
-0.07
0.00
0.64
0.06
-0.05
0.02
0.52
-0.05
0.10
-0.02
0.52
0.21
0.00
0.05
-0.07
0.65
-0.07
-0.06
0.09
0.64
0.01
-0.01
-0.11
0.63
-0.01
0.04
0.01
0.62
0.06
0.02
0.04
-0.02
0.81
-0.01
-0.04
0.01
0.74
因子Ⅰ
1.00
0.68
0.53
0.15
因子Ⅱ
0.68
1.00
0.57
0.04
因子Ⅲ
0.53
0.57
1.00
0.07
因子Ⅳ
0.15
0.04
0.07
1.00
全体 0.85
0.83
0.76
0.72
0.75
めに、どのような態度で接するかをスタッフ
間で共有するようにしている
Q2
高齢者の尊厳を傷つけるような行為をしていな
いかをスタッフ間で振り返るようにしている
Q3
高齢者と家族の良好な関係を維持・形成する
ために、家族と高齢者の双方に働きかけるよ
うにしている
Q4
高齢者がどのような最期を迎えたいかを日頃
から気にかけている
Q5
どうすることが高齢者の尊厳を守ることにつ
ながるのかをスタッフ間で話し合うようにし
ている
Q6
家族から高齢者が自宅で行っていた養生法を
聞いて、施設での健康管理に生かすようにし
ている
Q7
高齢者が少しでも満足した施設生活を送るた
めに、家族の協力を得るようにしている
Q8
高齢者のこれまでの生活習慣を施設での生活
に取り入れるようにしている
Q9
家族から高齢者の好む余暇活動を聞き、施設
での生活に組み込むようにしている
Q10 スタッフ間で話し合うことで高齢者にとって
最善の選択ができるようにしたいと思う
Q11 高齢者が自分でできるように ADLに合わせて
環境を整えるようにしている
Q12 時間がかかっても必要以上に手を出さず、高
齢者自身で行えるように援助する
Q13 高齢者の潜在能力を引き出すために、必要以
上に手を出さずに見守るようにしている
Q14 高齢者の能力を維持するために高齢者のでき
ないことだけを手伝うようにしている
Q15 高齢者の ADLを正確に把握し、高齢者ができ
ることまで援助しないようにしている
Q16 経口摂取できないとすぐに胃ろうを造設しよ
うとする医療のあり方に疑問を感じる
Q17 高齢者本人の意思に関係なく、胃ろうを造設す
るかどうかが決定されることに疑問を感じる
因子間相関
Cronbachの α 係数
N=861 因子抽出法:最尤法 回転法:Kaiserの正規化を伴うプロマックス回転
日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014
35
倫理に関する研修を受けなかった群より MSS-NHの
合計得点が有意に高かった(t=2.62, p=0.003)。
Ⅵ.考察
1 .対象集団の特徴
厚生労働省 10 の介護従事者処遇状況等調査では、特
養の看護職の平均年齢は48.0歳で年齢構成は50歳台
が38.1%、40 歳台が33.6%の順に多く、現職場経験
年数は5 年未満が45.3%と最も多く、本調査における
対象者とほぼ同様であった。
同調査における老健の看護職の平均年齢は 46.1 歳
で、年齢構成は 50歳台が 36.2%、40 歳台が 29.3%の
順に多く、現職場経験年数は5 年未満が37.4%と最も
多かった。本調査の対象者は若干 40歳台の割合が高
かったものの、先の報告とほぼ同様であり、母集団を
代表するデータが得られたと推測される。
2 .MSS-NH の信頼性・妥当性
1) 信頼性の検討
信頼性については、Cronbach のα 係数がMSS-NH
の 17項目全体で 0.85、各下位尺度では 0.72∼0.83 で
8
あり、Politらの示す(p.435)
グループレベルでの比
較に必要とされる0.7以上を確保することができた。
また、折半法(Spearman‒Brown)でも0.75と高い正
の相関が見られ、一定の内的一貫性が確認された。
2) 妥当性の検討
構成概念妥当性については、インタビューデータよ
り導き出された 5 つの下位概念のうち 4 つは、探索的
因子分析で採択した 4因子と対応し、ほぼ同様な構造
であった。ただし、一部項目が入れ替わっており、当
初②その人らしい生と死を支えるという下位概念に含
まれると想定していた「家族から高齢者が自宅で行っ
ていた養生法を聞いて、施設での健康管理に生かすよ
うにしている」の項目は、第1因子【高齢者の尊厳を
守る体制づくり】に含まれた。施設で暮らす高齢者は
「自分の健康は自分で守りたい」11 という隠された主
張を抱いていると言われ、自分のやり方で健康を管理
することに特別な思い入れがあることが推測される。
そのため、高齢者が自ら健康管理できるように整える
ことが高齢者の尊厳を守ることにつながる可能性があ
り、先の項目が第 1 因子【高齢者の尊厳を守る体制づ
くり】に含まれたのではないかと考えられる。
④高齢者の尊厳を守るという下位概念に含まれると
想定していた「スタッフ間で話し合うことで高齢者に
とって最善の選択ができるようにしたいと思う」は、
第 2 因子【その人らしい生活を支える】に含まれた。
厚生労働省 12 の報告では介護保険施設に入所する高齢
者の認知症の有症率は特養で 96.4%、老健で 95.0%
と高く、様々な事柄を自分で決めることが難しい方も
少なくないと推測される。看護職は自己決定の困難な
36
日本看護倫理学会誌 VOL.6 NO.1 2014
高齢者に援助をする際、その人らしさを問う中で何が
最善なのかを話し合いながら行うため、先の項目が第
2因子【その人らしい生活を支える】に含まれたので
はないかと考えられる。
③高齢者の能力を活かすという下位概念に含まれる
と想定していた「高齢者が自分でできるようにADL
に合わせて環境を整えるようにしている」は、第 2因
子【その人らしい生活を支える】に含まれた。この項
目については、高齢者は、自らの ADL に合わせて環
境を整えられることで、自分らしく過ごすことが可能
になるため、第2因子【その人らしい生活を支える】
に含まれたのではないかと推察される。
⑤生活に高齢者の意思を取り入れるという下位概念
については、日常倫理への関心が高まり、日常生活の
細々とした場面で高齢者の意思を尊重する必要性が指
摘されている(p.37‒50)13。しかし、介護保険施設で
は事前指示のように急変時に高齢者の意思を尊重しよ
うとする取り組みが増加してきているものの、日常場
面で高齢者の意思を尊重する重要性は十分に周知され
ているとは言い難いのではないかと推測される。ま
た、入所者の認知症の有症率が高い介護保険施設で
は、高齢者の意思を正確に知ることが難しいこともあ
り、⑤生活に高齢者の意思を取り入れるが因子として
抽出されにくかったのではないかと考えられる。
また、①高齢者の QOLを高める医療は、因子分析
の結果、第4 因子【栄養摂取法の意思決定】となり、
医療の中でも栄養摂取法に特化した因子となった。こ
の点については、項目分析で削除した 2 項目が痛みや
急変時の医療に関する項目であり、残された項目で因
子分析した結果、栄養摂取法に関する因子が抽出され
たと考えられる。
②その人らしい生と死を支えるは、因子分析の結
果、生活に焦点を当てた項目だけが採択されたため、
本尺度では【その人らしい生活を支える】とした。本
調査の対象者の約 3割が看取りを行っておらず、また
看取り開始後間もない者も多かったことから、高齢者
の意思を尊重した死への援助に関する項目の負荷量が
分散した可能性が推察される。
既知グループ法による構成概念妥当性の検討につい
ては、看護倫理に関する研修を受けた群は、看護倫理
に関する研修を受けなかった群より MSS-NHの合計
得点が有意に高く、仮説1 が支持され、弁別力のある
尺度と解釈でき、一定の構成概念妥当性があると考え
られる。
3 .モデル適合度の検定
確認的因子分析では、GFIが0.95、AGFI が0.94、
CFI が0.95 と い ず れ も 0.9以 上 で、 か つ RMSEAは
0.05 と 0.05以下というモデル適合度の容認基準を満
たしており(p.18)14、本尺度は尺度としての活用が可
能と考えられる。
ただし、本尺度は第 4 因子【栄養摂取法の意思決
定】と第 2 因子【その人らしい生活を支える】の因子
間相関が 0.07、第 4因子【栄養摂取法の意思決定】と
第 3 因 子【高 齢 者 の 能 力 を 活 か す】の 因 子 間 相 関 が
0.04 と極めて低かったため、これらの因子間相関を0
と設定して確認的因子分析を行った。因子間相関が極
端に低かった理由は、第 4因子【栄養摂取法の意思決
定】が経口摂取のできなくなった時の人工的水分・栄
養補給法(以下、AHNと略す)に関する意思決定に特
化した因子であるのに対し、第 2因子【その人らしい
生活を支える】と第 3因子【高齢者の能力を活かす】
は日常倫理に基づいた生活援助に焦点を当てた因子で
あるため、両者の間に相関関係が見られなかったので
はないかと考えられる。
第 4 因子【栄養摂取法の意思決定】は他の2因子と
の相関関係が見られなかったが、認知症による失認・
失行や摂食・嚥下障害等によって経口摂取が困難にな
るリスクが高い高齢者と家族にとって重大な問題と考
えられる。しかも、AHN について意思決定する必要
性が生じた時、高齢者本人は意思決定できない場合が
多く、看護職は高齢者の身体状況を的確にアセスメン
トしつつ、他のスタッフや家族と共に最善の選択がで
きるように支援することが求められる。
また、日本老年医学会が 2012 年に発表した「高齢
者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン∼人
15
工的水分・栄養補給の導入を中心として∼」
では、
AHN導入だけではなく、導入後の減量・中止という
踏み込んだ選択肢が示され、今後、高齢者と家族はま
すます難しい選択を迫られる可能性がある。そのた
め、看護職による支援の必要性は一層高まることが予
測され、本尺度は第4 因子【栄養摂取法の意思決定】
を含めた多次元の尺度とすることで、介護保険施設の
多様な倫理的課題を捉えられるようにする必要がある
と考えられる。
4 .MSS-NH の活用
本尺度を用いるにあたり、MSS-NHの合計得点の
高低による評価にとどまらず、どの下位尺度の得点が
低いのかをアセスメントすることで、個々の看護職に
必要な支援を具体的に検討することが可能であると考
えられる。例えば、第 3因子【高齢者の能力を活か
す】の得点が低い看護職に、高齢者の潜在能力を的確
にアセスメントして活用する具体的方法だけでなく、
高齢者の潜在能力を活かす意義についても教育するこ
とで、より高齢者の人権を尊重した援助が提供できる
ようになるのではないかと推察される。
また、他の尺度との併用が容易になるようにできる
だけ項目数を減らした MSS-NHを用いて調査をする
ことで、介護保険施設で働く看護職の道徳的感受性に
関連する要因を検討し、看護職の道徳的感受性を高め
る教育的介入の手がかりになる可能性があると推察さ
れる。
Ⅶ.結論
本研究では、介護保険施設の多様な倫理的課題を見
出す看護職の道徳的感受性を測るために MSS-NHを
作成し、その信頼性と妥当性について検討することを
目的とした。介護保険施設で働く看護職 20名へのイ
ンタビューデータを基にMSS-NHの原案を作成し、
861 名の看護職から得られた調査票を分析し、以下の
結果が得られた。
MSS-NHは、17 項目からなる 4因子構造の尺度で
あり、確認的因子分析により上記の 4 因子を潜在変数
とした仮説モデルは、GFI、AGFI、CFI がいずれも
0.9以上でかつRMSEA が0.05 以下と容認できるモデ
ル適合度を示した。また、Cronbachのα 係数は、17
項 目 全 体 が 0.85、 各 下 位 尺 度 は 0.72∼0.83 で あ り、
一定の内的一貫性が確認され、尺度の信頼性・妥当性
が確認された。
Ⅷ.本研究の限界と今後の課題
MSS-NHは信頼性・妥当性ともに一定の基準を満
たしているが、インタビューデータより導き出された
⑤生活に高齢者の意思を取り入れるが探索的因子分析
で因子として抽出されなかったことが課題として残さ
れている。また、道徳的感受性は教育的介入によって
高まると報告されているので、教育的介入によって生
じる変化を MSS-NHを用いて縦断的に捉えることが
できるかを検討することが求められる。
謝 辞
本研究を行うにあたり、調査にご協力いただきまし
た介護保険施設の施設長様とお忙しい中、質問紙に回
答してくださった看護職の方々に心よりお礼申し上げ
ます。
なお、本研究は、平成 21∼24 年度科学研究費補助
金若手研究(B)課題番号21792331 の助成を受けて実
施した研究の一部である。
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