保険と保証 ファイナンス理論の応用としての

保険と保証
ファイナンス理論の応用としての
2005年5月13日
森平
森平 爽一郎
爽一郎
(もりだいら
(もりだいら そういちろう)
そういちろう)
慶応義塾大学
慶応義塾大学 総合政策学部
総合政策学部
[email protected]
[email protected]
http://www.sfc.keio.ac.jp/~mori/
http://www.sfc.keio.ac.jp/~mori/
保険数理は最も古い「金融工学」
Steven Haberman and Trevor A Sibbett History of Actuarial Science、10
Volume Set たとえば、その第1巻の内容は、
明暦三年、明暦の大火徳川家綱
Volume 1
Domitius Ulpianus, Ulpian's Table (200); Company of Parish Clerks,
London's Dreadful Visitation (1657); John Graunt, Natural and Political
Observations upon the Bills of Mortality (1662); Christiaan and Ludwig
Huygens, Extracts from Letters (1669); Johan de Witt, Value of Life
Annuities (1671); Edmund Halley, An Estimate of the Degrees of the
Mortality of Mankind (1693); Nicholas Bernoulli, De Usu Artis Conjectandi in
Jure (1709); John Smart, A Letter to George Heathcote re Tables of Bills of
Mortality (1737); Nicholas Struyck, Appendix to Introduction to General
Geography (1740); Antoine Deparcieux, Table XIII from Essay on the
Probabilities of the Duration of Human Life (1746); Thomas Watkins, A
Letter to William Brakenridge re the Terms and Period of Human Life
(1761)
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現在価値公式の発見
1. Johan de Witt, Abraham de Moivre, and Edmund Halley
No doubt the idea of present value has had a long undocumented
history. For example, we know that the classical Greeks applied
their mathematical acumen to the inverse problems of calculating
simple and compound interest. In modern times, our first Great
Moment in financial economics came with the publication in 1671 of
Value of Life Annuities in Proportion to Redeemable Annuities by
Johan de Witt (1625 - 1672).
From Mark Rubinstein “Great Moments in Financial Economics ,” 2002
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ブラウン運動と保険への応用
F. Lunderberg、 On the Theory of Risk, Transactions of the Sixth
International Congress of Actuaries, 1 p.877, 1909
スエーデンのアクチュアリーであり、拡散確定の保険への応用を、Louis
Bachelier とほぼ同様な時期に、独立して試みた。集合危険(Collective Risk)理論
へ、拡散過程モデルを適用した。
Lundberg, F. (1932). Some supplementary researches on the collective risk
theory, Skandinavisk Aktuarietidskrift 15, 137–158.
Cramer–Lundberg不等式でも有名
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2
保険とファイナンスの融合
On Becoming an Actuary of the Third Kind (Proceedings of the
Casualty Actuarial Society - 1989)
第1種の保険数理人は、生保数理人(リスクを考えていない)
第2種の保険数離人は、損害保険数理人(リスクを考えるにあたり確率思考)
第3種の保険数離人は、保険会社の投資面を考え、リスクの計算にあたり確率
過程を考えている。 つまり、ファイナンス理論が必要になる。ただし、
Smith, Clifford W., Jr. "On the Convergence of Insurance and Finance
Research," Journal of Risk and Insurance, 1986, 53(4), 693-717.
ファイナンスの研究者は、保険のことを良く知らないで、ファイナンス理論を
直裁的に保険の分析に応用しようとしている。これは間違いである。
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1980年代:
ファイナンス理論を保険・年金へ応用する
• CAPMやAPTを保険料率決定に適用する。
• 保険はプットオプションであることを認識する
(保険プレミアム=保険価格)ことにより、オプ
ション理論を適用し保険の均衡価格を求める。
• 年金サープラスは、年金資産を原資産として、
年金債務を行使価格とするコールオプション。
これらの議論はそれなりの意味を持っていたが、保険を、株や債券などと同
様な市場性のある証券と同様にかんがえていたことによる、無理があった。
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保険はプット・オプションである
事例1: あなたは宝石店の店主だとして、時価35億円相当の貴金属をもっていた
としよう。泥棒に盗まれるリスクに対して、契約期間一年の保険支払い額35億円
の盗難保険に加入していました。
■ あなたは、保険会社から、店頭の貴金属を原資産とする、行使価格35億円、
行使間期間1年のプット・オプションを購入したことになります。言換えると、
■ 保険会社は、あなたに、行使期間1年、行使価格35億円のプットオプションを
売ったことになります。
銀座の宝石店に白昼強盗
http://news.fs.biglobe.ne.jp/special/jiken.html より
2004年3月5日午前、銀座5丁目の宝石店「ルシュプール
ディアマン・クテュールド・マキ」に外国人の男2人が押し入
り、ダイヤのネックレスなど計約35億円相当を奪って逃走
した。2人はいずれも白人で、約185センチと約170セン
チ。いずれも35∼40歳で、サングラスをかけていた【時事
通信社】
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保険はプット・オプションである(2)
• 宝石店は、あらかじめ盗難保険契約を保険会社と
取り交わしていた。
– 宝石店は盗難保険料を支払う。
– 保険会社は保険料をもらう。
• 「ガラクタ=盗られた宝石」を保険会社に「押売りす
る」権利をもっていた。
• 宝石が盗まれた⇒盗まれた宝石=ガラクタを保険
会社に押し付けた。
• 無すまれた宝石は「法律的に」誰のものか?
– どろぼう? 答えは[No!」
– 盗まれた宝石の所有権は、法律的に、保険会社のもの
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保険はプット・オプションである(3)
時価35億円の貴金
属投資からの損益
保険会社による保
険金の支払い
宝石店が「保険=プットオプ
宝石店が「保険=プットオプ
ション」を持っていないとき
ション」を持っていないとき
宝石店が盗難保険契
宝石店が盗難保険契
約を結んでいたとき
約を結んでいたとき
35億円
値上がり
貴金属の価値
●
0
+
35億円
●
0
貴金属の価値
保険価額=
35億円
盗難による損失
注意:価格の値下がり分は保険でカバーされない
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保険はプット・オプションである(4)
保険契約を結んでいると
時価35億円の貴金
属投資からの損益
宝石店が「保険=プットオプ
宝石店が「保険=プットオプ
ション」を持っていないとき
ション」を持っていないとき
値上がり益
は享受!
1. 保険契約をこの貴金属店が持っている
と
1. 盗難にあったときの補償=保険金
支払いが得られる。
2. 貴金属が35億円以上になった時
に値上がり益は享受できる
●
0
35億円
貴金属の価値
2. こうした状態を、オプションの用語で「プ
ロテクティブ・プット」ポジションをとると
呼ぶ。
保険料と損害額が相殺されている
注意:価格の値下がり分は保険でカバーされない
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なぜBSモデルが使えないか?
たとえば、(1)期前行使問題
• 保険は契約期間中の事故への保険金支払い
がおこなわれる。
– オプションの用語では期前行使が可能
– 保険契約はアメリカン・プット・オプション契約
– アメリカンプットの解析解は存在しないことが理論
的に明らか
• 近似的解析解
• いろいろな数値解法
• こうした問題が解決されれば良いか? NO!
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なぜBSモデルが使えないか?
たとえば、(2)ボラティリティーの推定
• 盗難保険契約がカバーするリスクは盗難リスクのみ。
• この貴金属の価値や価格下落リスクはカバーしない。なぜ
か?
• オプションモデルを使うために一番重要なインプットは、原資
産のリスクの大きさ(ボラティリティー)である。
• 盗難リスクの大きさはどのように測ればよいのか?
– その盗難による損失額の分布は?
– 分布から損害額の変動性(ボラティリティー)をどう推計するか?
– 損害額は、お店の警備体制に依存している。貴金属の価値変動に依
存しているのでは無い!
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なぜBSモデルが使えないか?
たとえば、(3)複雑な契約内容
• 損害保険では、通常、保険価額は時価より低
い。たとえば、時価の80%以下と決められて
いる。
• 損害額のX%しか保険金は支払われない。
• また、最低補償額はある一定金額以上。一定
金額以下の支払いは免責となっている。
• なぜこうした契約内容になっているのであろう
か?
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なぜBSモデルが使えないか?
たとえば、(4)保険は売買できるか?
• ブラック=ショールズモデルを適用するためには、
原資産とオプションは市場で自由に売買できると仮
定しなければならない。
• この貴金属盗難保険の例では;
– 原資産(貴金属)は自由に転売できるか? Yes
– プット・オプション=盗難保険は自由に転売可能か?
NO! なぜか?
• 生命保険の事例では;
– 原資産(人間の生命)は自由に売買できるか? 絶対に
NO! 奴隷でない!(本当は売買されている!?)
– プット・オプション=生命保険は、自由に売買できるか?
絶対にNO ??
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保険価格の決定
Rate Making, Premium Calculation
はじめ
事故発生件数(N) の
分布を測定する
たとえばポアソン分布
個々の事故の
損害額(Xi)の分布を測定
たとえばガンマ分布
総損害額=保険金支払い額
(の分布)に保険料を対応させる
伝統的な
保険価格決定原理
最新のファイナンス理論
統計学を用いた
保険価格決定
独立性の仮定を置いて、
損害総額(XN)の分布を推定
複合ポアソン分布
N%
∑ x%
i =1
i
= x%1 + x%2 + L + x%n
どちらが正しいかと言う議論は不毛だろう
CAPMを例にとって、伝統的な保険価格原理
が何を意味するか考えてみよう
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1990年代
保険独自における価格決定原理
伝統的な保険料率決定原理
均衡保険理論
単なる統計計算?!
• Esscher変換
• 確率Distortionを発展さ
せた王(Wang)変換
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•
純料率(平均値)原理
•
•
•
•
•
•
期待値原理
分散原理
標準偏差原理
αパーセンタイル原理
最大損失原理
スイス料率原理 などなど
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確率Distortionによる保険価格決定
損失の幅が「a,b]の時の
S * ( x ) = g ( S ( x ))
リスクを調整した後の生存関数
(Distortされた反分布関数)
S* ( x)
S ( x)
S XP ( x ) = 1 − FXP ( x )
S ( x)
この面積が期待値=価格になっている。
もとの生存関数
(
X% T
)
損失
E Q ⎡⎣ X% T ⎤⎦ = ∫ Pr Q X% T > x dx = ∫ S Q ( x )dx
b
a
b
a
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均衡価格の決定
(1) 期待値: 確率変数を密度関数で加重平均する:ファイナンス理論では
( )
∞
∞
E Q ⎡⎣ X% T ⎤⎦ = ∫ X% T dFXQ ( x ) = ∫ X% T f Q X% T dX% T
0
0
(2) 期待値を確率の「合計」としてもとめる( ただし、非負の確率変数の場合 )、
保険数理(アクチュアリアル・サイエンス)では最近この方法をもちいる。確率
Distortionと呼ばれる
( (
))
∞
∞
E Q ⎡⎣ X% T ⎤⎦ = ∫ g Pr P X% T > x dx ≡ ∫ g ( S XP ( x ) )dx
0
Wang変換はこの
特殊な場合
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0
S XP ( x ) = 1 − FXP ( x )
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Wang変換
リスク(X)の分布関数:FX(x)の変換 FX(x)はゼロと1の間の値をとる。
FXQ ( x ) = Φ ⎡⎣Φ −1 ( FXP ( x ) ) + λ ⎤⎦
標準正規分布の分布関数(累
積密度関数)
リスク回避度を表すパラメータ
どのようにして、この式が、経済的な意味を持って、導かれたから、最後に述
べる。最初にこの変換の意味を考えてみることにしよう。
分布関数に対する変換をおこなっている。この変換の意味は、
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FX* ( x ) = Φ ⎡⎣Φ −1 ( FXP ( x ) ) + λ ⎤⎦
u = FX ( X )
1.0
0.8
の線に注目せよ!
の線に注目せよ!
λがプラスであると、
λがプラスであると、
#4で示された値は、
#4で示された値は、
#1で与えられたuよ
#1で与えられたuよ
り高くなる。このこと
り高くなる。このこと
は平均値が小さくな
は平均値が小さくな
ることを意味する。
ることを意味する。
0.6
1) u
0.4
ここからスタートする
4) Φ ⎡⎣ Φ −1 ( u ) + λ ⎤⎦
λ >0
0.0
0.2
λ <0
-3
-2
-1
0
x
20
1
2) Φ
−1
2
(u )
3
⇒
⇒ 危険回避的(悲
危険回避的(悲
観的?)な人は、平
観的?)な人は、平
均的に見て、期待
均的に見て、期待
(平均)リターンを小
(平均)リターンを小
さく見る。
さく見る。
3) Φ −1 ( u ) + λ
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保険はオプションのポートフォリオである
• 養老保険(Whole Life)は様々なオプションを含んでいる。
• 養老保険は「定期(掛け捨て)生命保険」と「貯蓄(投資信
託)」とのポートフォリオである。
• 多くの研究によると、養老保険のリスク調整済みのリターン
は、以下の自家養老保険ポートフォリオよりもよくない。
– 定期保険を保険会社から買い– 投資信託(インデックスファンド)を買った
• では、なぜ養老保険を家計は購入するのだろうか?
Smith, Michael L. "The Life Insurance Policy as An Options Package,"
Journal of Risk and Insurance, 1982, 49(4), 583-601.
変額年金も同様な問題を含んでいる
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保険はオプションのポートフォリオである(2)
• 利回り保証(日本の生保で倒産した会社は軒並みバブル崩
壊後の「逆ザヤ」によった。保険引受事業で失敗したわけで
はない)。フロアーつき金利オプション
• 契約更新保証
– 更新保険料保証(renewal option)
– 死亡率の保証
• 解約にともなう投資部分が戻る(解約返戻金制度)
• 保険を解約することなく、あらかじめ決められた金利で投資
部分にほぼ等しい金額をかりられる(金利オプション)
• 死亡保険金支払いオプション
• 配当支払いオプション
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保険の証券化
• 大災害デリバティブズ
• 最近では、生命保険や年金の証券化する、
• このときにあたり適切な価格決定はどのよう
なものか?
• 保険会社の保険としての再保険があるのに、
なぜ、保険の証券化が必要なのか?
– 再保険はオプションのオプション
– 再保険市場⇒Lloyds of London
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DFAからERMへ
保険会社は、2つのリスクを抱えている
バランスシート(BS)リスク⇒保険支払い義務(負債)リスクと資産
運用リスク、
損益計算書(PL) 保険収入リスク⇒資本リスク
これらの不確実性を統合的に把握するものとして、1)金利は資
産価格の確率微分方程式、2)モンテカルロシミュレーションを用
いた、
DFA:Dynamic Financial Analysis が提唱された。
http://www.casact.org/research/drm/
•2003年以降は、DFAはThe Enterprise Risk Management
(ERM) として、損害保険会社内部のリスク単位の相関や従属性、リ
スクの統合や集中をも考慮した、企業全体のリスク管理モデルが開
発されつつある。http://www.casact.org/research/erm/ を参照
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保険経済学
以下のような重要な問題の回答は?
上場企業は保険を買うべきでない
生命保険の売買市場を許すべきか?
なぜ、相互保険会社が必要なのか?なぜ株
式会社ではいけないのか?
なぜ、自家保険会社を設立するのか?
再保険と保険証券化の違いは?
事故が起きてから保険を買う:Retroactive
Insurance、ことは可能か?
保険はギッフン財か?
•
•
•
•
•
•
•
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保険契約の説明から
リスクと保険の経済学的な説明
保険とリスクマネジメント
S.E.ハリントン G.R.ニーハウス 米山 高生 、箸方
幹逸 、岡田 太
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