医療メディエーション:対話による関係構築

特集 クオリティ オブ 回復期――金沢で第21回研究大会
医療安全委員会企画
医療メディエーション:対話による関係構築
よしたか
和田 仁孝
早稲田大学大学院 法務研究科 教授
対話を支援し相互理解のずれを正す
「医療メディエーション」というものについて、
者側の間にしゃしゃり出たり、割って入り一切を
仕切ったりしない。広く全体状況を見渡しながら、
当事者双方の後ろからそっと手を添えて、対話が
聞き慣れない言葉でもあるかと思うので、その概
進み、互いに少しずつ打ち解け、距離が近づいて
略を紹介したい。
いくように手助けをしていくイメージである。
日常診療やインフォームド・コンセントの場面、
クレーム発生時の初期対応や事故後の説明など、
医療のさまざまな場面で、医療者側と患者側との
誠実で有益な対話の必要性が強調されている。
怒りは二次的・表面的な感情
病院をはじめ医療現場では、患者や家族と医療
者との間に大小さまざまなトラブルが発生する可
医療が高度化し複雑化するにともない有益な対
能性が常にある。患者側からクレームをぶつけら
話のニーズが高まる一方、医療者が割くべき時間
れた際の医療者側の初期対応がポイントになる。
リソースは減少していく。こうした状況のなかで、
クレーム発生時に基本的背景として押さえてい
医療メディエーションが注目され、着実に普及して
ただきたいことの第一は、患者側はすでに怒って
きている。
いるということ、しかし、怒りの感情そのものは
医療メディエーションとは、患者側と医療者側、
そご
「表面的」だということである。
双方の理解・認識のしかたに認知齟齬*1と呼ばれ
怒りの感情は心理学的には二次的な感情といわ
る「ずれ」が起こりやすいことを医療者側が念頭
れている。怒りの元には必ず別の感情がある。病
に置いて、
「医療メディエーター*2」と呼ばれる人
気が治らない、リハビリが思うように進まなくて
材が双方の対話を支援する立場でかかわり、互い
焦り始めている、自宅に、会社に復帰できるか不
の認知・理解のずれを克服していこうとするモデ
安だ……。患者側はさまざまな事情をかかえてい
ルをいう。
る。怒りをぶつけられても、怒りそのものが本体
医療メディエーターは、自分から医療者側と患
ではなくその奥に、何か不安や辛い状況がある、
*1 認知齟齬:人はそれぞれが生まれ育った時代や文化、教育、職業など、自らの生活環境に影響を受けて“現実”
を認識するための
物差し(認知フレーム)を形成する。各人はパターン化された異なる認知フレーム(色眼鏡)を通して“現実”を見て認知するため、
結果的に同じものを見ても認知された“現実”には常にずれが生じているとされる。
*2 医療メディエーター:院内で発生した苦情や事故後の初期対応の際に、当事者である患者側と医療者側、双方の対話の橋渡しをす
る人材。通常、院内医療メディエーターとして病院職員が本来業務と兼務する場合が多い。
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医療安全委員会企画
シンポジウムⅡ
そこに思いをやりながらかかわっていくことが、
医療者側の姿勢として有効だと思う。
情報不足からトラブルが起こる
第二は、何かトラブルが起こるときには共有さ
れている情報が貧困だという事実である。情報量
が少ないにもかかわらず不安に駆られ、勝手に推
測して思い込みをし、他人のせいにしていく。
相手の言動を理解し問題を乗り越えていくため
には医療メディエーターが相互の理解と関係の再
構築につながる情報を、患者側、医療者側から引
き出し、共有できる情報量を増やしていくことが
重要である。相手の言動の背景にある事情を知る
と、
「 そうだったったのか」と納得でき、相手を知
和田仁孝氏●略歴
1955年生まれ。
京都大学法学部卒。1987年、京都大学法学部
助手を経て1988年、
九州大学法学部助教授、
1996年、九州大
学大学院法学研究科教授、
2004年、
早稲田大学大学院法務研
究科教授。早稲田大学紛争交渉研究所所長、日本学術会議連
携会員、(社)日本医療メディエーター協会代表理事。
り理解を深めるきっかけになる。
当事者同士の直接対話の難しさ
度は、怒っている患者には通用しない。二項対立
関係にある当事者同士で円滑な対話が進みにくい
院内に医療メディエーター役の人材がいると、
理由は、医療者側が「苦情の受け止め役」と「説
トラブルの発生時にも即座にかかわれる。このメ
明役」の二役を担い、場面に応じ使い分けなけれ
リットは大変大きい。病院のシステムを熟知して
ばならないためである。当事者同士差し向かいで
おり、患者の診療経過を把握しやすいことも、医
やりとりが一定程度続いていくと、誠実であろう
療メディエーター役にうってつけである。
とするほど、
「いえ、その点に関しては病院として
病院の通例としては「病棟で起きた苦情だから」
対応できかねます」と返答しなければならない局
と、病棟の看護師長が対応したり、
医療事故という
面が出てくる。そのとたん、
「今までずっと話を聞
ことで院内の医療安全担当の職員がはじめ矢面に
いていたくせに、なんだ」ということになる。医
立たされる場合が多いと思う。ただ、そのように
療者側は誠実に対応していると感じていたのに患
職員が病院を背負った格好で患者側と直接向き合
者側は「攻撃された」と感じ、怒りをさらにエスカ
う「二項対立」の構造だと、スムーズな問題解決
レートさせていく。
が困難になる場合が少なくない。
医療者側は通常、患者側のさまざまなクレーム
に対し、できるだけ丁寧な対応と誠実な説明を心
がけていると思う。これは医療者からすれば患者
側を最大限尊重した態度・姿勢であろう。
しかし、
「説明して納得してもらおう」という態
メディエーターはバレーのセッター
「二項対立」の構造をいわば
「三者構造」
にした
モデルがメディエーションだといえる。
医療メディエーターはいきなり三者面談を行う
人ではない。
「私は病院で患者さんと医療者の橋渡
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しの役をしている者です」と双方に自己紹介した
のときの様子をもう少し詳しくお話いただけない
のち、まず、患者側と 1 対 1 で話をするところから
でしょうか?」
かかわっていくが、
「そんなこといってもお前は病
院側の人間じゃないか!」
。クレーム対応の場合、
はじめは患者側が医療メディエーターに罵声を浴
びせる場面からたぶん始まることになる。
受け止めてから質問を返す
医療メディエーターは、
「受け止めてから質問を
返す」をワンセットで行い、これを繰り返してい
病院勤務の専門職が医療メディエーターとし
く。怒っている最中、患者の発言は本当の思いの
て患者側、医療者側に接する際には、本来の専門
ほうへ近づいてはいかない。それが「語る」こと
職種としての立場を離れ、医療メディエーター役
を通して気持ちが徐々に落ち着いてくる。落ち着
に徹する必要がある。医療メディエーターは相手
きを取り戻すと、やがて「気づき」を得る。医療
の発言内容に同調しない。自分から意見をいうこ
者側に対する本当の要求が何なのかを患者側自身
ともしない。助言もしない。患者側が医学的に間
に気づかせることが大切だ。奥に隠れていた重要
違っていること、理不尽なことをいっていても修
な情報が一つ、また一つと出てき始める。
正したり否定したりしない。まずは相手の発言を
徹底して受け止める。そして、語らせるのである。
医療メディエーターの役割をバレーボールに例
次に、医療者側への聞き込みである。クレーム
を受け非難にさらされ、罵声を浴びせられた医療
者側も、患者側と同じように傷つき疲弊している。
えると、コート内の安全な位置からタイミングよ
その思いを聞いて受け止める。それぞれの思いを
くアタッカーに絶妙なパスを送るセッターの役割
双方から聞いた医療メディエーターは患者側が医
である。
療者側に本当に求めていることを知り、同時にそ
「この病棟はいやだから、ほかに替えてくれ」
れができない医療者側の事情も理解する。ここに
「あの看護師は嫌いだ。担当を外してくれ」
関係構築に向けた対話の土台ができる。対話を重
と、強い要求を突きつけられた場合など、患者側
ね、共有される情報が増えていけば、相手の印象
の怒りの言葉をそのまま受け、どうしようかと考
が変わっていき、問題解決に向かっていく。
えたりする必要はない。怒っていろいろなことを
いってきても「答えない」のも一つの対応だ。
情緒的ニュアンスへの理解も
患者のいっていることはすべて事実かもしれな
医療事故の発生時など、患者側は「真相を明ら
い。同時に、医療者側の言動が患者側のためであ
かにしろ」
「真実を話せ」と口にする。
“真実”と
ったことに患者側が気づかず、誤解からトラブル
いう言葉は医療者側から見ると、医学的な検証を
に発展したかもしれない・・・・・・。 医療メディエー
行った上で、経過や状況を患者側に正確に伝える
ターは、事実関係が不明な領域に踏み込まない。
というニュアンスをもつ。医師が冷静に言葉を選
ただし、患者側が「不愉快な思いをした」ことは
びながら経過や状況を正確に伝える。ところが、
事実である。そこはしっかりと受け止めて返す。
患者側は医師のそうした態度を「よそよそしい」
「・・・・・・がこういった」
「こんな対応をした」
..............
「そうですか、不愉快な思いをされたのですね。そ
とか「冷たい」と感じる。患者側から見た“真実”
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には、多分に情緒的なニュアンスが含まれている。
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シンポジウムⅡ
患者がどんな表情を浮かべていたか、苦しんだか、
わかりました」と答える。しかし、実際はわかって
そのとき医師はどんな思いでかかわってくれたか、
いないことが大変多い。プロセスのなかで問いか
看護師は手を握ったりして支えてくれたのか……
けながら、情報共有を促していくことが大切だ。
非常に情緒的だが、それを知ることで患者側も、
医師自身がメディエーションの手法を学び、頭
対象者に寄り添おうと努めているのだと思う。
インフォームド・コンセントへの活用
医療メディエーションのモデルは上述したクレ
ーム発生時の三者メディエーション以外にもあり、
の中にメディエーターの視点をもってかかわるセ
ルフメディエーションも、有効と考えられている。
自身の患者対応の客観的評価にも
厚生労働省は中医協
(中央社会保険医療協議会)
医療のさまざまな現場で活用できる。予防的な意
に医療メディエーター(
「医療対話仲介者」また
味合いからも、たとえばインフォームド・コンセ
は「医療対話推進者」と表現)のデータを示し、
ント
(I C )の場面やがんの告知の場面など、メデ
2012 年 4 月から診療報酬に「患者サポート体制充
ィエーションを学んだ人が間に入って双方の対話
実加算」がついている。医療対話仲介者の要件
をつなぐことができる。
について同省は、(財)日本医療機能評価機構等が
たとえば、抗がん剤の使用について医師が患者
主催する研修の修了者が望ましいとしている。
にI C をとる場面で、医師が「この薬には重篤な
(社)日本医療メディエーター協会では、2005年
副作用が発生する可能性が 1 %ありますが、お使
から医療機関のスタッフを対象にした「院内医療
いになりますか?」と聞いたとする。このとき医
メディエーター養成教育プログラム」による認定
師は 1 %という値を一定程度危ないと認識してお
事業を実施している 。医療メディエーションに関
り、使用開始にあたって患者側に対し覚悟を促し
する専門的知識と技法、倫理性の養成を目的に、
たと考えられる。
1 回 30 名程度の受講者に対し講師が 2 ∼5 名つい
一方、患者側は、この1%という数値を、天気
て 2 日間行われる。認定者の総数は 2013 年 3 月現
予報の降水確率と同程度に考える。ほぼゼロに近
在、約 2,610名に達している。参加者の職種別内訳
いことからその薬を「きわめて安全」とみなす可
は、看護師が約 7 割、医師が約 2 割であるが、近年
能性が高い。認知齟齬である。
はソーシャルワーカーの受講者が増えてきている。
こうした場面でメディエーションを勉強した人
同研修の受講者・認定登録者へのアンケートを
が横にいれば、
「先生、いま 1%とおっしゃいまし
通じ「医療メディエーション実施の効果」を確認
たけれども、1 %というのは 100人に 1人だから危
すると、7 割以上の方が「日常診療での患者対応
ないという意味ですよね?」と、医師の説明の意
の質」
や
「患者に向き合う姿勢」が向上したと回答
図を患者に伝えることができる。そうすれば、患
している。
者も誤解せずに済む。
よくひと通り説明し終わってから「わかりまし
たか?」と医師が聞くと、患者の多くは、
「はい、
医療メディエーションを学び、考え方を病院の
多くの職員で共有して、日常的な患者対応の質を
さらに高めていただきたい。
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