教育講演Ⅱ 嚥下障害に対する攻めのリハビリテーション――完全側臥位法 教育講演Ⅱ 嚥下障害に対する 攻めのリハビリテーション ―― 完全側臥位法 福村直毅 鶴岡協立リハビリテーション病院リハビリテーション科部長(当時) 健和会病院 リハビリテーションセンター副部長(現在) 側臥位法は由緒正しき作法 われわれは2012 年に誤嚥防止効果の高い食事 姿勢「完全側臥位法」を報告した。新しい食事姿 勢のように見えるが実は古代ローマ時代には貴族 の正式な会食スタイルとして左を下にした側臥 位が実施されていた(図 1) 。キリストの最後の晩 餐もまた左下側臥位であったことが知られてい る。さらにさかのぼると約2500 年前に80歳の仏 陀は食あたりで体調を崩してからの生活を説法も 含め右を下にした側臥位ですごしていた。完全側 臥位法はいわば由緒正しき作法である。 一方、医療現場を振り返ると、救命救急で完全 図1 「ヘリオガバルスの薔薇」 ローレンス・アルマ=タデマ作(1888) 。古代ローマの饗宴 ( シンポジオン)風景。画面上部に腹臥位、側臥位で食卓を 囲む人物が描かれている。薔薇に埋められた下にも側臥位で 食卓を囲んでいる様子が伺える 側臥位法は使われてきた。回復体位である。意識 のない患者を見つけた際、嘔吐物を誤嚥させない ための方法である。新生児や乳児の安楽な哺乳姿 勢としても側臥位が奨められている(写真 1) 。無 意識に使われてきたこの方法を重度嚥下障害患者 の経口摂取方法として再発見したわけである。 完全側臥位法で経口移行増える 回復期をうまく乗り切るには① 合併症の予防、 写真1 完全側臥位の応用。新生児や乳児も完全側臥位では むせる頻度が下がる ② 栄養管理の成功、③ 十分な運動――の3 要素 が必須となる。特に重度嚥下障害患者では、肺炎 合併率の高さが知られている。 経口栄養が困難であることから十分な栄養計画 を立てられず経過することも多い。栄養量が足り 回復期リハビリテーション◆ 2015.4 09 特 集 進化する ものこそ光れ 回復期――第25回研究大会 in 愛媛 図2 他院で経口摂取不能と評価された症例に対する完全 側臥位法導入前後での回復期病棟退院時の嚥下機能の比較。 完全側臥位法導入前は他院で経口移行不能と評価された症 例のうち半数以上が回復期リハ病棟治療後も経口栄養不能 であった。導入後は全症例で経口栄養が可能となり、8割 近くが3食経口栄養に移行した 図3 鶴岡市の死因別死亡数。高齢化率の上昇とともに悪 性新生物、心疾患、脳血管疾患の死亡数が上昇しているの に対し、肺炎死亡数(実線)は低下している の入院後1 か月間の栄養摂取量を管理栄養士が推 定した結果、平均2,060kcal摂取できていたことが ないと十分な運動を保障できなくなる。重度嚥下 わかった。以上から完全側臥位法導入により経 障害患者では嚥下障害管理の成否が回復期治療の 口摂取獲得率が向上し、肺炎発症は抑制され、栄 成否に密接にかかわってくるといえる。 養摂取量は高水準に至っていたと評価できる。 実際に回復期リハ病棟で完全側臥位法を導入し た結果を報告する。 他院で「経口摂取不能」と評価された症例につ 市内の肺炎死亡数が3年連続低下 回復期リハ病棟の役割として重視されているも いて当院回復期リハ病棟で完全側臥位法を導入し、 のの 1 つが、病棟内での安全のみならず退院後の 導入前、導入後(同病棟退院時)の嚥下機能を比較 生活で再現できる安全性を担保することである。 した (図2) 。結果は導入前は 4 割弱が経口移行 われわれは人口14 万の鶴岡市を中心に、地域に開 したものの 5 割以上が経口栄養不能なままであっ かれた嚥下障害専門外来を通じ毎年500 件程度の たのに対し、導入後は 8 割近くが経口移行し、そ 嚥下関連検査を提供してきた*2。また50 以上の施 れ以外の方々も一部で経口栄養が可能となった。 設や法人外の 8 病院、在宅での嚥下内視鏡検査を *1 完全側臥位法導入後の当院回復期リハ病棟入院 提供し、こちらも毎年500 件以上実施してきた*3 *4。 患者は90 %以上が脳血管疾患、他は肺炎後廃用症 そのため当院の治療水準が地域の嚥下治療水準に 候群で重度嚥下障害の方々である。重症患者比率 強く影響するようになっている。 50∼60 %、平均年齢70 歳代、嚥下障害者比率 全国的に肺炎死亡数は高齢化率の上昇に伴い増 80 %超で推移。肺炎発症者は毎年1、2 名、肺炎発 加傾向が見られる。一方、鶴岡市では完全側臥位 症率0.5∼1 %であった。 法を発見し治療に導入した2007 年以降、3 年連続 回復期リハ病棟入院患者の経口栄養量を検討す で肺炎死亡数が約20 %低下していることがわか る目的で2011 ∼2013 年、 50 日以上入院した患者 った(図3) 。この間、同市では肺炎球菌ワクチン 10 回復期リハビリテーション◆ 2015.4 教育講演Ⅱ 嚥下障害に対する攻めのリハビリテーション――完全側臥位法 を許容するという考え方である。 臨床的に多数見られる偽性球麻痺タイプの患者 を中心に考えると、声門閉鎖不全はまれであるこ とから嚥下中の誤嚥のリスクは低く、嚥下前後の 誤嚥リスクを評価する価値が高まる。嚥下運動以 外の時間を重視する分析方法が必要になる。 嚥下運動以外の時間に咽頭喉頭での食材の移動 を説明する因子として咽頭喉頭の立体構造が重要 写真 2 咽頭喉頭透明モデル((株)高研) (45°傾位) 。咽頭 喉頭の内腔の起伏を再現した模型。仰臥位30°頚部15° りじょうか 前屈時を想定した角度で着色水を流すと梨状窩にだけ貯留 した の公費負担はなく摂取率は低水準であった。以上 から同市の肺炎死亡数の低下に完全側臥位法の 発見と治療導入が影響している可能性がある。 完全側臥位法の原理 である。つまり診断の要点として、安静時に食材 がどこをどう流れ、安静時に食物がどこにどう貯 留するのか(=流路と食物貯留の同定) 、そして その貯留が誤嚥につながらないのか(=食物貯留 の安全性検討)――という2 点があげられる。 咽頭喉頭の立体構造は理解が難しい。そこで㈱ 高研と生体モデル「咽頭喉頭透明モデル」 (写真 2) を開発した。咽頭喉頭の立体構造を見て触って理 解でき、また流体を流して流路を実感できる。さ 完全側臥位法(complete lateral position)を定 らに姿勢と誤嚥せず咽頭に貯留できる容量(咽頭 義すると「重力の作用で中∼下咽頭の側壁に食塊 貯留量)の関係も計測できる。計測の結果、完全 が貯留しやすくなるように体幹側面を下にした姿 .. 勢で経口摂取をする方法」となる。完全の言葉に 側臥位法は咽頭貯留量が最大になる可能性が高い こめられた意図は徹底した側臥位姿勢により食材 い姿勢であった。 姿勢であった*5。同様に腹臥位も咽頭貯留量が多 の流路を声門から引き離すこと、そして姿勢の崩 嚥下反射以外の時間に咽頭内腔がどのように働 れを抑制することである。 「完全なチームの意思 くか概要を述べる。気流は呼吸運動のポンプ作用 として徹底した統一を図ってほしい」という願い により動き、鼻腔、口腔と気管の間では最も抵抗 もこめている。 が低い場所に偏って流れる。多くの場合は咽頭正 健康に生活しているヒトでも特に40歳以上の男 こうとうがいこく りじょうか 中である。一方で食物は重力の作用により移動す 性で喉頭蓋谷や梨状窩に残留物を認めることがあ る。そのため咽頭喉頭が重力方向に対してどう位 る。もしかしたら咽頭内腔には喉頭侵入や誤嚥と 置するかで流れが変わる。流動性が高い食物を考 いった問題を起こさない、安全な食材残留の余地 えると前傾座位では喉頭蓋でせき止められ喉頭蓋 があるのではないだろうか。 谷に貯留する。左右に流れを変え、喉頭蓋喉頭ひ そこでわれわれは「咽頭喉頭の立体構造はその だを乗り越えて梨状窩に達する。さらに梨状窩の 内腔に安全に食材を貯留できる」という臨床仮説 容量を超えると披裂間切痕から喉頭侵入し誤嚥に を立てて検証した。発想の転換である。咽頭残留 至る。完全側臥位では食物は中咽頭レベルで咽頭 ひれつかんせっこん 回復期リハビリテーション◆ 2015.4 11 特 集 進化する ものこそ光れ 回復期――第25回研究大会 in 愛媛 写真3-1 完全側臥位姿勢(横から観察) 写真3-2 完全側臥位姿勢(上から観察) 側壁に沿って流れる。そして中咽頭∼下咽頭にか などは最終的に咽頭内に残留することを許容する。 けて貯留する。中∼下咽頭の容量を超えると披裂 咽頭残留が認められる症例では常に唾液が残留し 喉頭蓋ひだを超えて喉頭侵入するが重力方向が側 ており、持続的な唾液誤嚥が生じていると推定さ 方に働くため、容量が増え声門を越えるまでは誤 れる。したがって誤嚥した際に質、量を勘案して 嚥しない。 唾液程度の侵襲にとどまると推定されるとろみ水、 ポジショニングとフィニッシュ嚥下 ポジショニング:咽頭側壁を下にするため肩のラ とろみ茶などを活用する。 誤嚥リスクが低下――画像診断で インを重力方向に合わせる。姿勢を安定させるた 球麻痺タイプの嚥下障害であれば嚥下造影が必 め背を丸め、股関節を曲げる。上になった足を前 須となる。偽性球麻痺タイプであれば嚥下内視鏡 に出し腰を立てる。下になった肩を守るため下に で情報量が多い。 なった腕を前に出す。クッションを用いると肩痛 症例 1 は経鼻経管栄養で栄養摂取されていた。 が起きにくくなる。当院では8 cm厚低反発クッ 座位摂取時には梨状窩容量を超えて食物が残留し、 ションをカットして用いている(写真3-1、3-2) 。 披裂間切痕からおよび右披裂喉頭蓋ひだを超えて フィニッシュ嚥下:咽頭に安全に食材を貯められ 喉頭侵入を生じている(写真4-1) 。 ひれつかんせっこん る条件を見つけても姿勢を変えたり時間が経って 右下完全側臥位では披裂間切痕近傍から食物 唾液の貯留量が増えてくるにつれ誤嚥リスクが発 は離れて中咽頭∼下咽頭側方に残留している(写 生する。食事中はできるだけ休まず摂取すること 真 4-2) 。右下完全側臥位にて誤嚥リスクが低下し が大切になる。食事をいったん休む場合や食事が たと評価できた。 終了した場合には咽頭内腔に貯留している食材の 症例2では座位摂取時には嚥下反射惹起は早い 安全な処理が必要である。誤嚥リスクが低いこと ものの中咽頭∼下咽頭全体に残留するとともに喉 を確認しているとろみ水などで咽頭残留物を洗い 頭蓋を超えて咽頭内腔正中に食物が流入し、追加 流す。この作業を「フィニッシュ嚥下」と呼ぶ。 嚥下を繰り返すごとに喉頭侵入が明白になり、誤 フィニッシュ嚥下の目的は食材の残留をなくす 嚥リスクが高まった(写真5-1) 。左下完全側臥位 ことである。フィニッシュ嚥下に用いるとろみ水 ではヨーグルトは嚥下後にほぼ残留せず(写真5- 12 回復期リハビリテーション◆ 2015.4 教育講演Ⅱ 嚥下障害に対する攻めのリハビリテーション――完全側臥位法 写真4-1 症例1の嚥下内視鏡画像(喉頭上接写) 前傾座位でヨーグルト(白色)摂取後、強いとろみ水(灰色) を摂取。梨状窩から食物があふれ、披裂間切痕や右(画面左) 披裂喉頭蓋ひだを超えて喉頭侵入している(矢印部分) 左:写真5-1 症例2の嚥下内視鏡画像(喉頭上接写) 座位でヨーグルト摂取。多量の喉頭侵入を認める(矢印部分) 右:写真5-2 症例2の嚥下内視鏡画像(下咽頭接写、時計 回りに90° 回転) 左下完全側臥位でヨーグルト摂取。喉頭 侵入は認めず、 左(画面下側)梨状窩近傍に少量のヨーグルト 残留を認める(矢印部分) 写真4-2 症例1の嚥下内視鏡画像(中咽頭以下を観察。反 時計回りに90°回転) 画面の下側に経鼻チューブが確認できる。右下完全側臥位で ヨーグルト(白色)を摂取。咽頭右(画面下側)に食材が貯留、 中央に見える喉頭に侵入していない様子がわかる (矢印部分) 2) 。咀嚼を要するもの(常食)では嚥下後に左梨 左:写真5-3 症例2の嚥下内視鏡画像(中咽頭以下を観察。 時計回りに90°回転) 左下完全側臥位で常食摂取。喉頭侵入は認めず、 (画面左下側) 喉頭蓋喉頭ひだ近傍に残留を認める(矢印部分) 右:写真5-4 症例2の嚥下内視鏡画像(中咽頭以下を観察。 時計回りに90° 回転) 左下完全側臥位で常食摂取。追加嚥下 で咽頭残留物はほぼなくなっている 状窩に残留を認めるが(写真5-3) 、追加嚥下にて ほぼ残留がなくなった(写真5-4) 。 左下完全側臥位で誤嚥リスクは低下し、しかも 食形態に制限は要らないと評価できた。さらに自 力摂取が可能であることを確認して左下完全側臥 位、右上肢にて常食を自力摂取となった。 咽頭喉頭機能障害の代償に有効 完全側臥位法は咽頭喉頭機能障害の代償方法と して有効である。自力摂取が可能となることもあ り介護負担軽減、QOL向上が期待できる。ベッド 上やリクライニング車椅子、ソファなど一般的な 家具を使えば導入は容易である。 新しい概念の導入に抵抗はつきものである。職 員教育の徹底が成功の鍵になる。 引用文献 *1 福村直毅ら. 重度嚥下障害患者に対する完全側臥位法 による嚥下リハビリテーション 完全側臥位法の導入が回 復期病棟退院時の嚥下機能とADLに及ぼす効果:総合リ ハビリテーション40 巻10号 p1335-1343, 2012.10. *2 福村直毅ら. ポータブルVEを用いた診療所における嚥 下診察:リハビリテーション医学42巻Suppl. pS193,2005.5. *3 福村直毅ら. ポータブルVEを用いた嚥下障害診断(第1 報)ケアハウス入所中の1 症例:リハビリテーション医学 42巻 1号 p79, 2005.01. *4 福村直毅ら. ポータブルVEを用いた嚥下障害診断 (第2 報)特別養護老人ホームでの診察:リハビリテーション医 学42巻 7 号 p497, 2005.7. *5 福村直毅ら. 重度嚥下障害患者に対する完全側臥位法に よる嚥下リハビリテーション:荘内病院報, 2013. 回復期リハビリテーション◆ 2015.4 13
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