ミニ特集 回復期リハ病棟の物的環境を再考する Part 1 interview 回復期のリハに見合った 物的環境は 「病院」ではなく 「家」モデル かけひ あ つ お 筧 淳夫 工学院大学建築学部 教授 必要とする加算等が設けられました。それらの取 得に向けた全国の病院の努力もあったのでしょう、 この14 年余りの間に回復期リハ病棟の人的環境 は全体として、ある程度向上したと思います。 一方、病棟をとりまく物的環境――ベッドまわ りなど病室や訓練室、トイレ、洗面所、浴室、食 堂、廊下、階段……等々――のほうはこの間、取 り立てて変わっていないと思います。 回復期リハビリテーション病棟協会の保険・調 査委員会の外部委員として毎年の同病棟の全国調 かけひ ●筧 あつお 淳夫氏 プロフィール 博士 (工学) 。2011年より現職。専門は建築計画、病院管 理学、看護管理学。 1989年、東京都立大学工学研究科建築学博士課程修了。 1989年∼2011年、病院管理研究所∼国立保健・医療科学院 (2002年∼2011年:施設科学部長) 。 日本医療・病院管理学会理事長。日本建築学会 委員会委 員長。 査に携わっています。そのデータを見るかぎり、 回復期リハ病棟の物的環境が全体として上向いて きているとはいいにくいですね。回復期リハ病棟 の裾野が上にではなく横に広がっている状況では ないかと思います。 たとえば、病室全体に占める個室率は、おおむ ね10%∼12%という狭い幅の間を横ばいに推移 取り立てて変わっていない物的環境 2000年の春に回復期リハビリテーション病棟が していました。よい悪いを別にして、医療施設の 中で10%強という個室率はきわめて低いと思い ます。一般急性期病棟でも 30%程度は個室に変わ できてから14 年半経ちました。この間、診療報酬 ってきている状況ですし、 「スーパー救急病棟」 点数の高い上位の入院料区分、手厚い人員配置を (精神科救急入院料病棟)では「治療に必要な空間」 26 回復期リハビリテーション◆ 2014.10 Part1 として50 %以上を要件にしています。 浴室の種別の浴槽保有率を2001年から2008年 まで調査しましたが、これらもあまり目立った変 interview mmの正円のスペースが 4 つとれます。それでも 生活空間としては十分ではない気がします。 回復期を迎えた患者は進んで離床し、積極的に 化がなく、その後大きく変わった印象もないです。 身体を動かせる人が主流です。そのような人たち 種別では「個別浴槽」の保有率が80%弱と最も高 にこの病棟では入院中毎日、病棟内の環境・空間 いのはよいとして、次に多かったのが「臥位式機 を使ったリハビリをさまざまな形で提供できます。 械浴槽」 (40%弱) 。続いて「多人数用浴槽」 (30% その意味で、数か月間というまとまった時間を 強) 、 「座位式機械浴槽」 (25%弱)の順でした。な 個々の患者が過ごす回復期リハ病棟の環境や空間 ぜ個別浴槽が80%手前で伸び止まっているのか、 が、できれば退院後の自分の暮らしを 1 つひとつ、 なぜ機械浴槽は臥位式が座位式より多いのか……。 細部まで具体的にイメージしながら可能性を検討 もちろん、院内の物的環境に目を向けさまざま できる場所であったり、担当チームのメンバーと な工夫や環境の見直しに取り組んでこられた病院 打ち解けた雰囲気でアイデアを自由に出し合える も少なくないと思います。多くの病院を見て回っ 場所であるととてもよいと思います。 たわけではありませんが、p30∼34にこれまで実 皆さんの病棟の現状はいかがでしょうか? 際に見た中で回復期リハ病棟以外も含めて「ひと 色・形 の 同じベッドに床頭台、テーブル、椅子、 しつら 工夫あるな」と感じた設えの例を紹介しました。 “病院”然とした環境・空間は適切か 回復期リハ病棟は 4 床室が主流で全体の約 7 割 (68.8 %)を占めています。脳卒中等を発症して急 収納棚等で統一されている 4 床室は、整然として はいると思いますが、加えて日中の訓練後やちょ くつろ っとした空き時間に一人寛ぐことができ、退院 後の次の暮らしや新たな生活に思いを巡らせられ る雰囲気が感じられるでしょうか。やや画一的、 性期の病院に入院し、治療を終え「回復期」を迎 無機的で、病院にはよくあるけれども家にはない えた人の7 割が、プライバシーが十分に守られな ものばかりで患者をとりまく空間ができていない い環境で同じ部屋で毎日寝起きしながら自身の生 でしょうか。4 床室が直線状に連なる廊下。トイ 活再建のための数か月間を過ごしているのです。 レ、浴室、訓練室、食堂……入院中どこへ行くに 個室の標準的広さは間口 3 m、奥行 6 mほどで も必ず渡っていくこの廊下も病院独特の異質な空 18 ㎡ぐらいです。4 床室は 1 床あたり6.4㎡以上必 間であり、 「生活空間」とみなすことはできません。 要ですけれども、1 人6.4㎡しかとれないと車椅子 多くの回復期リハ病棟をとりまく物的環境が でベッドにアプローチできませんから、回復期リ “病院”然としているのは、開設者が自身にとり ハ病棟の物的環境としては不適切です。8.0 ㎡と 一番馴染みのある病院を土台に、病院の延長線上 れれば一応、ベッド同士を病室中央でつけるか、 で発想して病棟を作ったからだろうと思います。 中央部を広く空けてベッドをそれぞれ左右の壁 スタッフがよく「自宅に退院して自分で生活でき や窓に割ってくっつける形で1,100mm×600mm るように」と、4 床室のベッドの位置や枕の向き サイズの車椅子を斜め45度の角度でベッドにア を患者の麻痺側に合わせて変えたり、ベッドから プローチでき回転させることもできる直径 1,500 トイレまでの動線を検討し、収納棚や椅子の並び 回復期リハビリテーション◆ 2014.10 27 ミニ特集 回復期リハ病棟の物的環境を再考する を変えたりしています。それを決して否定はしま のような住まいの空間を病院の中に作り、回復期 せんが、いくら頑張ったって作りが「病院」モデ リハ病棟仕様にアレンジしてみるのもよいかもし ルであり病室そのものである以上、それ以上の れません。サ高住も原則個室で居室内にはトイレ 設えは不可能です。やるなら思い切って病室全 とキッチンがついた形が一般的です。居室の広さ 体をこれまでとは違う環境・空間に一新してみる、 は通常タイプは25 ㎡ですから少し広めですが、共 そうした大胆な計画も考えられるかもしれません。 同生活室のついたやや狭いタイプでは18 ㎡強で しつら 回復期リハの対象患者の中には「病院」モデル すから病院の個室に近いサイズです。 の物的環境ではなく、身近な「家」での暮らしを想 もう 1 つ、これは特養やサ高住と違った切り口 起させるモデルのほうが見合う方もいるのではな になりますが、以前、触法精神障害者の医療観察 いでしょうか。 「病院」モデルの回復期リハ病棟 法病棟*2 のモデルプラン作成という研究を行いま の中に「家」や「住宅」に近い生活空間、在宅での した。同プランの基本コンセプトの1つは「病棟 生活を指向した個室やユニット的な空間、分室な 全体を、複数の機能を持ったユニットに分ける」 どを作るのです。 というものでした。各ユニットの機能を①救急入 たとえば、現在の病室を特養の個室化、ユニッ 院直後の急性期、②その後のやや安定した時期、 ト化した空間に近づけてみる、そうすることで、 ③さらなる安定期、④社会復帰直前の時期――と 回復期の患者向けのリハビリ仕様の生活空間が作 いう 4 期に分け、時期別の対応を提案しました。 れ、個々の患者の希望やニーズに合致した仮設環 同じような考え方で、たとえば回復期リハ病棟 境を充実させながら、回復期のアプローチが展開 の病棟全体を複数の機能別ユニットに分け、時期 できるかもしれません。 別に対応する、たとえば、①転院して間もない医 サ高住的な住まいの空間も一案 療必要度の高い時期、②リハビリを集中的に行い ADLを向上させる時期、③状態が安定し、在宅復 現在の病院の 空間構成は、たとえば、廊下に共 帰に移行する時期――に分けてみる。そうした環 用トイレのついているアパートなどが一番近いか 境・空間上の工夫も検討するのも 1 つの方法だと もしれません。ただ、アパートは基本的には個室 思います。 ですから、病院の 4 床室よりはリッチな生活空間 ということになります。 「サ高住」*1(サービス付き高齢者向け住宅) 病院も急速に“高齢者施設”に 厚生労働省が3 年おきに行っている「患者調査」 サ高住 サービス付き高齢者向け住宅、サ付きとも。主に民間事業者が運営する都道府県単位で認可・登録された高齢者 向け賃貸住宅。60歳以上の高齢者または要介護者・要支援者とその同居者が対象。自立または軽度の要介護高齢者の受け皿 として近年普及している。一般的な賃貸住宅に比べ、①高齢者が契約しやすい、②入居後に受けられるサービスの選択肢が 多い、③賃貸借方式が多く敷金返還を受けやすい――などのメリットがある一方、①家賃が高め(入居時の敷金・礼金が数 10∼数100万円程度と別途、月額費用10∼30万円程度必要) 、②連帯保証人を求められる、③重度の介護状態になると基本 的に住み続けられない――などのデメリットがあるとされる。 *2 触法精神障害者の医療観察法病棟 精神障害のため他害行為をしたが「責任能力なし」とされた者を、裁判所の指示 で医療観察法にしたがい措置入院させ(標準的入院期間は18か月以内) 、治療と処遇を提供する専門病棟。医師、看 護師、作業療法士、臨床心理技術者、精神保健福祉士のチームがリハビリ・プログラムを組み、社会復帰を支援する。 *1 28 回復期リハビリテーション◆ 2014.10 Part1 interview の前回調査(2011年度)によると病院の入院患者 でに高齢者向けの施設として多くの入所者に対応 全体(約1,290万人)の約半数(48.9%)が75歳以 してきた歴史と経験知があるからです。 上です。 “高齢者施設”化は一般病床でも顕著で、 2011年度調査ですでに一般病床入院患者(約70.7 万人)の約半数(46.4%)が75歳以上ですので、今 年度調査で50%を上回るのは確実でしょう。 入院患者の高齢化にともない、急性期の病院で も転倒・転落対策が課題になっています。しかし、 快適性よりも適切性 物的環境の議論でしばしば「快適かどうか」が 焦点になります。しかし、快適性の問題は論じる のが難しい側面もあります。 通常はまず両極端の要素を排除します。たとえ たとえば床材を検討する際、特養などの高齢者施 ば、 「入口にきらびやかなシャンデリアがぶら下 設と病院では検討内容に違いを感じます。 がっている」など。もう一方はたとえば、 「ベッド ちょうじゃく 特養なら長尺シート の裏側にクッション材を 同士の間隔が30cmしかない」とか「和式トイレ 入れるといった対策を第 1 選択肢とする施設が多 しかない」などです。 「車椅子でアプローチすると いだろうと思います。 足先がぶつかるような洗面台」 「廊下を歩いてい *3 一方、病院はというと、 「床材にクッション材を る人から見えてしまうトイレブースの扉やブース 入れると重い物を運んだときに床がへこんでしま 内の洋便器」 、これらも見過ごせないレベルに入 うから駄目だ」とか、そんな単純な議論でクッシ るかもしれません。 ョン材を入れる案が退けられてしまう場合がある 「やり過ぎ」と「やらなさ過ぎ」を排除すると ようです。昨今は建設費用が高騰していますから 幅広の中間層が残ります。その上のほうは「やり 余計、既存の建物を転用する際などに、 「床の張り 過ぎ」気味ですが、病棟の環境・空間を「生活空 替え工事は行わないことにしよう」と考える病院 間」として位置づけた上での工夫ですから「あっ もあると思います。しかし、それでよいのでしょ てもよい」ことになります。 うか? 回復期リハ病棟ではなおのこと、入院中 問題は中間層の下のほうの「やらなさ過ぎ」の施 の転倒・転落は当然想定されていなければいけな 設でしょう。しわ寄せを食っているのは利用者です。 いと思います。セラピストも 1 つ上のADL獲得を 回復期リハ病棟では「日常生活すべてが訓練」 視野にぎりぎりのところを狙ってアプローチする といわれます。ベッド、洗面台、トイレ……。回復 わけでしょう? 万が一転ばせてしまったとして 期の患者向けに設備・備品の 1 つひとつ十分配慮 も、骨折などの大きな事故に至らない対策を二重、 された設えになっていることが望ましいのです。 三重に立てておくべきです。 しつら 「快適性」よりも「適切性」の視点で自院・回 その点で特養や老健などの介護施設の取り組み 復期リハ病棟の物的環境を見直し、入院患者各人 の中に、新しいモデルづくりのヒントがたくさん の「家」に近い、 「生活」モデルのリハビリ空間づ あると思います。これらの施設は開設当初からす くりに挑戦してもらいたいと思います。 (談) ちょうじゃく 長尺シート 主に床の仕上げ材に用いられるリノリウム・塩化ビニール・ゴム・ポリオレフィンなどのプラスチック系 材質でできた長いシート。木目調、石目調、タイル調など豊富な種類がある。 *3 回復期リハビリテーション◆ 2014.10 29 ミニ特集 回復期リハ病棟の物的環境を再考する Part 2 回復期リハ病棟 物的環境 ひと工夫 4床室のベッドまわり・収納 a b 30 回復期リハビリテーション◆ 2014.10 写真 a、b :ゆとりをもって車椅子でベッドにアプローチ できる空間を確保した 4 床室のベッドまわり。 a が左麻痺用、b が右麻痺用。埋め込み式の収納棚をコン パクトに並べ、間仕切りとして使用している。 Part2 回復期リハ病棟 物的環境ひと工夫 洗面所 c d 写真 c:間仕切りで空間を切り分け、複数の 車椅子がアプローチしやすいよう、角度をつけ 設置された洗面台。 写真 d:前頁の写真 a、b に対応して病室入口脇 に作られた洗面台。 車椅子で洗面台の前までアプローチし、右麻痺 の人は左の壁、左麻痺の人は右の壁の収納に手を 伸ばせる。 回復期リハビリテーション◆ 2014.10 31 ミニ特集 回復期リハ病棟の物的環境を再考する トイレ g h e f 32 回復期リハビリテーション◆ 2014.10 写真e、f:廊下を挟んで 4 床室の向かい側に作られた男 性用のトイレブース。女性用ブースと並置され、男女別、 麻痺側別のトイレが 2 つずつ、合計8 個のトイレブースが 集められている。 写真g:トイレブースの扉の床面にオレンジ色の 3つの小 さな円で扉が閉まる際の軌道を示してある。 写真 h:車椅子用トイレブース内の壁面に取り付けられた 棒状の内カギ。乗車したままブース内に入り、振り返ら ず後ろ手で施錠ができる。 Part2 回復期リハ病棟 物的環境ひと工夫 廊下・階段・扉の表示・椅子 i j l m k n 写真 i:廊下側と窓側のいずれからも自由に出入りできる 4 床室(写真は窓側の通路)。 写真 j:階段の踏み面に支柱を立てて設置された手すり。 右麻痺、左麻痺を問わず練習できる。 写真k:手を置いた際に、弱い握力でも持ちやすいように、 だ円形に加工した手すり。 写真 l:屋内でのリハを促すサンルーフのアトリウム。 写真m:車椅子患者用の扉の表示。 「左麻痺の方用」 ではなく 「右手を使う方用」と、前向きな表現で表示してある。 写真 n:さまざまな体格や姿勢の利用者を想定し、望ましい 姿勢で座ることができるように、椅子の脚を切りそろえ、 高さに多様性を持たせてある。 回復期リハビリテーション◆ 2014.10 33 ミニ特集 回復期リハ病棟の物的環境を再考する その他 o p 写真 o:スタッフルーム。調度品等をそろえてスタッフが 寛げるリビングのような空間になっている。 写真 p:ADL室の布団収納用の和室の襖には、麻痺手の訓練 用に、引手が左右に 2 つ取り付けられている。 写真 q:園芸棟(併設の通所リハ施設) 。温室で雪の積もる 冬場も車椅子で散歩し、手で土に触れることができる。 q 34 回復期リハビリテーション◆ 2014.10 ●写真協力: 船橋市立リハビリテーション病院(写真 a、b、d) 鵜飼リハビリテーション病院(写真c、e、f ) 弘前脳卒中・リハビリテーションセンター(写真g、j、l) 小倉リハビリテーション病院(写真 h、k) 栃木県医師会 塩原温泉病院(写真 i) 霞ヶ関南病院(写真 n、o) アルペンリハビリテーション病院(写真 m、p、q)
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