講座資料

オンリーワン徳島学講座
July 25, 2010
「地学から見た徳島の天然記念物」
徳島大学大学院 教授
石田 啓祐
1.はじめに
徳島県内には,次に示す国・県指定の地学関連の文化財が登録されています。
A.
「鳴門」(鳴門市)
B.
「江川の水温異常現象」(吉野川市)
C.
「阿波の土柱」(阿波市)
D.
「土釜」(つるぎ町)
E.
「美濃田の淵」(東みよし町)
F.
「太刀野の中央構造線」(三好市)
G.
「祖谷,三名の含礫片岩」(三好市)
H.
「剣山」(三好市・美馬市・那賀町)
I.
「立川のシルル紀石灰岩」(勝浦町)
J.
「大野の城山の花崗岩類」(阿南市)
K.
「鷲敷ラインおよび氷柱観音」(那賀町)
L.
「加島の堆積構造群」(海陽町)
M.
「宍喰浦の化石漣痕」(海陽町)
(A〜M の位置は,次ページの「文化財の位置と地質」に対応)
これらの文化財を通じて,私たちは,徳島県を中心とした四国東部の地質や地形が
関わる自然環境の成り立ちとその特徴を知ることができます。
この講座では,四国や日本列島の自然環境の生い立ちの観点から,上記をはじめと
するそれぞれの文化財の意義や価値を考えてみたいと思います。また,市町村の関
連文化財や,石材が関連する文化財,ならびに今後,価値が認められるであろうこと
がらについても併せて紹介します。
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2. 文化財の位置と地質
2
3. 地球の歴史と文化財の生い立ち
2.6
百万年
65
250
360
440
540
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4.各文化財の解説
A. 鳴門 (国)名勝
【潮の満ち引きの時差による絶妙なバランスで発生する「鳴門の渦潮」は,後氷期の
海面上昇が堅い砂岩層を残して侵食した地形】
鳴門市大毛島の孫崎から兵庫県淡路島の門崎にかけては,白亜紀和泉層群の堅
い砂岩層が,南西-北東方向に突出し,鳴門海峡を形成する。海底を約 1400 メートル
に渡って横断する砂岩層は,中瀬波石などの暗礁群を形成し,紀伊水道と瀬戸内海
(播磨灘)の海水の移動を遮る。潮汐に伴う播磨灘への海水の移動は,紀伊水道-明
石海峡経由と豊後水道経由,どちらも数時間を要する。結果,鳴門海峡を挟んだ播磨
灘と紀伊水道の潮位差は,1キロメートル足らずの距離で,干満の差とほぼ同じ1〜1.5
メートルとなり,時速 14〜20 キロで流れ込む潮流のジェットが渦を発生させ,海の難所
となる。引き潮時には紀伊水道側に渦が生じる。潮流による侵食は海底にも及んでお
り,海峡の両側には,海釜(かいふ)と呼ばれる最大水深が 160mと 210mを超える二つ
のすり鉢型の凹地形ができている。海底の侵食に伴い,ナウマンゾウをはじめとする氷
河期の大型哺乳動物の骨格が掘り出され漁の網にかかることがある。
B.江川の水温異常現象 (県)天然記念物
【吉野川の伏流水が水温を保って旧河道を移動し半年後に湧水となる現象】
江川の水温異常は,湧水が夏に冷たく,冬に暖かい現象で,水温の周年変化の位
相が気温とは半年ずれ,全く逆の傾向を示す。水温異常発見当時の昭和 9 年頃には,
12 月〜1 月の水温は 20℃を超えており,7・8 月の水温は 10℃前後と冷たく,年隔差が
10℃もあることは一般の地下水では見られない現象である。多くの井戸水の水比抵抗
の測定に基づき,地下水の流路探索が行われた結果,水源は吉野川であることが確
かめられた。水温異常の原因は,吉野川の川島より下流の右岸に分布する川砂利層
に停滞した河川水が,季節により暖められたり冷やされたりした後に,地下の定温層を
約半年かけて移動し,湧出するためと考えられている。このように「江川の水温異常現
象」は,縄文海進後の沖積層の形成や,吉野川の流路変遷とともに条件が整い,旧河
道に伏流した吉野川の水が,半年後に地下水となって地表に湧き出ることに起因する。
昭和 60 年には環境庁の「日本の名水百選」にも選ばれた。
C.阿波の土柱 (国)天然記念物
【中央構造線に沿った阿讃山脈の隆起と侵食で,吉野川谷にもたらされた 100 万年
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前の扇状地礫層が,その後の崩壊と侵食でできたバッドランド地形】
阿波町の切戸から阿讃山麓にかけて,土柱層と呼ばれる古い扇状地性の礫層が分
布している。「土柱」はこの礫層の崩壊地に刻まれたバッドランド侵食地形である。南北
に伸びた谷の東側斜面に,ひだやカーテン状に土柱が林立する。土柱層の年代は,
地層に挟まれる火山灰の年代測定により,130〜45 万年前(新生代第四紀)と解明さ
れた。礫は主に阿讃山脈の和泉層群白亜紀砂岩層に由来し,土柱より南方では,吉
野川本流からもたらされた四国山地由来の結晶片岩礫を混える。礫のすき間を埋める
砂は適度に固結しており,この地層の風化と侵食に対する抵抗力や,降雨量などの気
象条件のバランスの上に土柱が現出し,次第に姿を変えながら侵食地形が維持され
ている。人工地震波による調査で,土柱層は地下 600mに及び,この地の中央構造線
である父尾断層より北側の和泉層群が,土柱層の上につき上げていることが確認され
た。「阿波の土柱」は中央構造線の断層運動による阿讃山脈の隆起量の大きさをも物
語っている。天然記念物の波濤嶽をはじめとして,土柱には,合わせて三山六嶽があ
る。
D.土釜 (県)天然記念物
【堅い緑色片岩の背斜部にできた割れ目に沿って貞光川が侵食する甌穴群】
土釜は,三波川帯の背斜軸に位置し,ドーム状に盛り上がった軸部では,上部に軟
弱な黒色の泥質片岩が,下部には硬質な緑色の塩基性片岩が分布している。土釜は
この塩基性片岩を貞光川が侵食して流れる部分に位置する。約 50m の流れの川底〜
側壁には,直径 10.5m,6m,7mの甌穴(ポットホール)が南北方向の節理に沿って連
なっており,水面より上位にも小甌穴が散在している。この緑色片岩には,数 m 間隔の
南北方向の節理(割れ目)が発達する。その一つに沿って,谷が下方へ侵食する流れ
により生じる渦流が,岩盤の側面や底部を釜型に侵食し,今日見るように,臼型の大き
な穴をうがっている。甌穴内には円磨された礫が見られることがあるが,甌穴の形成は,
基本的には水流渦の流体力学的な作用にあることが知られている。三波川帯の結晶
片岩で構成される四国山地の上昇と河川の下方侵食に関わる現象の一つである。
E.美濃田の淵 (県)名勝天然記念物
【中央構造線谷へと東西に流路を変えた吉野川が再び南岸の岩盤を侵食する深い
淵とそこに露出する緑色片岩の褶曲構造】
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四国山地を侵食して北に横断する吉野川は,大歩危小歩危で代表される V 字谷と
激流の荒々しい姿である。一方,池田より下流の「四国三郎」は,中央構造線に沿った
東西の蕩々たる流れへと変化し,徳島に至る。吉野川は,構造線谷へと直角に流路を
変えた際の反動で,再び南岸の岩盤を侵食し,長さ2キロメートル,幅約 100 メートル
の深い淵を形成する。南岸の四国山地,北岸の段丘を下った松林に挟まれた川の両
岸や中央には,「阿波の青石」が露出する。この青石は,濃緑に白色の曹長石斑点が
鮮やかな塩基性の点紋片岩で,獅子岩,鯉釣岩,ウナギ石などと名付けられて景観を
彩っている。南岸には,三波川帯の辻押しかぶせ褶曲の軸部が位置している。背斜の
南北両翼の岩石は,どちらも北へゆるく傾斜している。この構造は,愛媛県西部で確
認された褶曲構造に対応しており,詳しく見ると,古い時期の押しかぶせ褶曲(長浜時
階)と,その後の正立褶曲(大洲時階)の二回の褶曲活動の歴史を知ることができる。
F.太刀野の中央構造線 (県)天然記念物
【中央構造線の断層運動を物語る破砕帯の露頭】
池田から三好大橋を吉野川の北岸にわたって,県道鳴池線を東に進むと間もなく,
吉野川が北へ蛇行し,阿讃山麓を侵食する地点が見えてくる。この東西の急斜面が
中央構造線の断層線崖であり,その河床に「太刀野の中央構造線」が露出する。「太
刀野の中央構造線」は,北の阿讃山脈を形成する和泉層群白亜紀層と,南の四国山
地や吉野川平野地下に分布する三波川結晶片岩の断層境界であり,古第三紀頃の
「市ノ川時階」とよばれる中央構造線の活動を示す。この露頭で見られるのは幅広い
断層破砕帯で,幅約 40 メートルに及ぶ。断層運動の破砕で生じた粘土の中に破砕さ
れ残った断層角礫が含まれる。断層角礫には和泉層群の砂岩,珪質の酸性凝灰岩,
三波川結晶片岩の緑色片岩や黒色片岩ならびに石英脈に由来する人頭大までの岩
塊が含まれ,岩塊の表面には削痕が見られる。断層粘土は東西方向で高角度を示し,
緑青色の部分は緑色片岩起源であり,黒色の部分は和泉層群の泥岩,白色の部分
は和泉層群の酸性凝灰岩に由来する。これらが墨流し状に混じり合っている様子は断
層運動のエネルギーの大きさを物語っている。また年代測定の結果,破砕帯は三波
川結晶片岩類が地表に現れる以前の6千万年という値を示しており,中央構造線の発
生と運動の歴史の古さを物語るものである。
G.祖谷,三名の含礫片岩 (県)天然記念物
【扁平に変形した礫が物語る地下 15〜30 km の圧力下でのプレート沈み込みによる
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変成・変形作用と,その後の上昇運動がもたらした四国山地の隆起と吉野川の侵食の
せめぎ合いを物語る】
西祖谷含礫片岩は,祖谷川と戸ノ谷川の合流点を下った河床から一宇発電所下流
の県道沿いに露出し,三名含礫片岩は大歩危峡チガヤノの河床に見られる。これらは
「祖谷・大歩危の礫岩片岩」とも称され,三波川帯の結晶片岩類に属する。三波川帯
の結晶片岩類は,主に海洋起源の物質がプレート運動で沈み込んで生成されたもの
である。その中にあって「西祖谷・三名の含礫片岩」が特異なのは,大陸起源の花崗
岩類が侵食されてできた礫岩や砂岩が沈み込み変成作用を受けていることで,他に
例を見ない。岩石組成の比較から,四万十帯の白亜紀層を源岩とする可能性が推定
されている。大歩危〜祖谷の三波川変成帯は,砂質片岩ナップとその上位に重なる
塩基性片岩ナップから成る。礫質片岩は西祖谷・三名ともに同一の岩体で,下位の砂
質片岩ナップに属し,大歩危背斜の南翼に位置する。礫質片岩は,よく円磨された礫
が砂の基質に含まれ,礫の最大径は 10cm を越える。礫は片理面の方向に引き延ばさ
れ,扁平に変形しており,礫の形から変成作用における岩石の変形の状態を見ること
ができ,学術的に貴重である。礫は,黒雲母石英閃緑岩,花崗斑岩,石英斑岩などの
珪質火成岩,ひん岩が主で,砂岩,泥岩のほか大陸起源の石英砂岩礫を伴う。
H.剣山 (県)名勝天然記念物
【御塔石(おとういし)の石灰岩からのコノドントとウミユリ化石の発見は,3億年前の熱
帯海域の礁がプレート運動で 1.5 億年前に海溝に到達し陸側に付加,その後,現在
の高さまで数千 m 上昇した歴史を物語る】
剣山(つるぎさん)は秩父北帯のジュラ紀付加体に位置している。標高 1955mの山頂
には,チャートが分布するが,北斜面の標高 1850m付近には,東祖谷の剣神社御神
体の御塔石(おとういし)から木屋平の行場にかけて,東西に石灰岩体が分布する。こ
の石灰岩からは,ウミユリとともに古生代石炭紀のコノドント化石が発見されたことから,
約 3 億年前の低緯度熱帯海域の礁を形成した石灰岩体が,プレート運動により海底
火山と共に北西に移動し,約 1 億5千万年前のジュラ紀当時のアジア大陸東縁の海溝
に付加し,その後に現在の海抜約 2000mの高さまで隆起したことが解明された。
I.立川のシルル紀石灰岩 (県)天然記念物
【4億年前に南半球の熱帯海域でできたサンゴ礁が大陸塊とともに北上し 2.5 億年前
にアジア大陸に衝突した歴史の置き土産】
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この石灰岩は立川渓谷に沿う県道沿いに露出している。日本列島最古級の岩石や
地層を産する地帯は,西南日本外帯では,黒瀬川構造帯と呼ばれており,関東山地
から紀伊半島,四国を経て,九州まで延長することが知られている。しかしながら,化
石を産する地層の分布はきわめて断片的で,希少である。「立川のシルル紀石灰岩」
は西南日本外帯で最古の化石を産する地層の一つであり,4億年前の南半球の大陸
棚に形成されたサンゴ礁に由来するものである。「大野の城山」の圧砕花崗岩類や隣
接する高温高圧型の変成岩類と密接な関係があり,蛇紋岩とともに西南日本を縦断
する断層帯に沿って産出することが知られている。地球のプレート運動や,日本列島
の地盤の由来を知る上で学術的な価値が高い。立川のシルル紀石灰岩は,徳島県下
で最初に発見されたものである。その後,那賀町(旧木沢村)坂州の高山平の産地が
発見された。石灰岩からは,キタカミクサリサンゴ,ハチノスサンゴなどの造礁性サンゴ
や腕足貝,直角石,三葉虫などの化石が産出している。その時代はシルル紀後期と
みなされている。
J.大野の城山の花崗岩類 (県)天然記念物
【4億年前の南半球からプレート運動で北上し,2.5 億年前にアジア大陸に衝突した
大陸塊起源の花崗岩】
岩石は含まれる珪酸分の割合で名前が決まる。大野の城山には,閃緑と花崗岩との
中間に位置する花崗閃緑岩が分布し,これは花崗岩類(広い意味の花崗岩)に属す
る。城山の花崗閃緑岩は放射性同位体年代が 3.9〜4.1 億年で,この値は日本の岩石
では最も古い年代の一つである。大野の城山はピラミッド型に突出した小山塊で,黒
瀬川構造帯の大野レンズ状部を構成する。黒瀬川構造帯の岩石は,4億年前の古生
代シルル紀には南半球に存在し,パンジア超大陸の地殻を構成した。その後,超大
陸の分裂に伴って北上し,古生代末にアジア大陸へ衝突合体し,ペルム紀付加体中
に分布するに至った。日本列島最古級の岩石の一つであり,日本列島の形成や,プ
レート運動と大陸移動を知る上で学術的な価値が高い。黒瀬川構造帯は,古期花崗
岩類を主として,高温高圧型の変成岩類を伴う。県指定天然記念物の「立川のシルル
紀石灰岩」もまた黒瀬川構造帯構成岩類の一つである。周囲は蛇紋岩を伴う断層によ
って,ペルム紀層と画される。
K.鷲敷ラインおよび氷柱観音 (県)名勝
【四万十帯砂岩層の侵食地形と仏像構造線の活動で隆起した秩父帯の鍾乳洞】
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那賀川中流の景観を見ると,田野より上流では蛇行が著しく,古い蛇行の跡は段丘
を伴う三日月型の谷底平野を形作る。中でも那賀町細淵から観音の間の那賀川は鷲
敷ラインと呼ばれている。この区間は,低位段丘の平野が発達しており,段丘を下って
河原に降りると,岩盤の侵食による凹凸の多い河床には,奇岩が並び立ち,急な瀬と
深い渕が交互に現れて,豪壮な流れのある風景が展開する。田野より下流では,那賀
川が東流から北流へと蛇行する。この蛇行地点を東西に「仏像構造線」が通過する。
断層の南側は鷲敷ラインに見る四万十帯の白亜紀付加体に属し,砂岩優勢層が分布
する。北側の太竜寺山塊は,秩父帯のジュラ紀付加体に属し,石灰岩やチャートの堅
い岩塊で特徴づけられる。断層を境に隆起を続ける太竜寺山塊は,南北に横断する
那賀川の侵食により V 字谷を形成する。この急な斜面を河床から 50 メートル程登った
山腹に位置する氷柱観音は,石灰岩が溶食されてできた鍾乳洞と鍾乳石に祀られて
いる。洞内の鍾乳石が名称の由来となった。
L.加島の堆積構造群露頭 (県)天然記念物
【海溝陸側の不安定な斜面での地層の堆積と変形を物語る】
潮の引いた加島の海食台には砂岩泥岩からなるリズミカルな互層が分布する。「加
島の堆積構造群露頭」は,約4千万年前の海溝陸側斜面での地層の堆積から,重力
の作用や地震による海底地すべりに伴って地層が再移動しながら変形していくまでの
様子が底生生物の痕跡とともに一つの露頭で観察でき,学術的価値が高い。地層の
底面には,海底の流れの痕跡と荷重変形痕,断面には級化層理などの堆積構造や
未固結時の変形構造が,また地層の上面には水流漣痕が見られる。その他,海底地
すべりに伴う層間褶曲などの変形構造や,海底地震に伴う液状化を示す砂岩岩脈も
特徴的である。
M.宍喰浦の化石漣痕 (国)天然記念物
【海溝に至る陸側斜面下部での水流による砂粒の移動を物語る海底の波形】
化石漣痕は,室戸阿南海岸国定公園のほぼ中央,水床湾に通じる旧国道 55 号線
沿いの風光明媚な地域に位置する。漣痕は,指定地の道路に沿って,泥岩と互層す
る厚さ 10cm 程度の砂岩の表面に何層にもわたって見られる。さまざまな波形の漣痕が
露出するが,代表的なものは,現在最も表面に見られる波長数十センチメートルの舌
状のものであり,その律動的な曲線は,見る者に自然の造形を印象づける。この漣痕
は,波形の一つ一つが舌状で独立しており,瓦を葺いたように配列している。断面形
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態は非対称であり,一定方向の流れによってできた水流漣痕で,当時の水流がほぼ
東北東方向から来たことが推定できる。この地層は,新生代古第三紀(約4千万年前)
のもので,四万十帯に属する。地層面には,水流漣痕のほか,底生生物の生痕化石
が見られ,現在,日本海溝の水深 4000 メートルを超える陸側斜面で見られる生物のは
い痕に比較される。当時の海溝に至る陸側斜面深部の海底の様子を物語るものであ
る。
荒川衝上断層 (市)天然記念物
第四紀土柱層に和泉層群の白亜系が衝上する断層露頭,美馬市荒川。四国東部
での中央構造線断層系の運動によって 100 万年前以降,阿讃山脈が上昇し,上昇に
伴う和泉層群の侵食で山脈からもたらされた扇状地堆積物が土柱層として吉野川谷
に堆積しながら,その上に山脈側の和泉層群が,断層運動でのし上げた様子が伺え
る。
柴生衝上断層
第四紀土柱層に和泉層群の白亜系が衝上する断層露頭,三好市柴生。四国東部
での中央構造線断層系の運動によって 100 万年前以降,阿讃山脈が上昇し,上昇に
伴う和泉層群の侵食で山脈からもたらされた扇状地堆積物が土柱層として吉野川谷
に堆積しながら,その上に山脈側の和泉層群が,断層運動でのし上げた様子が伺え
る。
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