不確実性下での国際環境協定の設計

不確実性下での国際環境協定の設計
九州大学大学院 経済学研究院
藤田敏之
論文要旨
本論文では,単純な国際環境協定のゲームモデルを記述し ,不確実性の解消が汚染物質削減に関す
る協定の安定性に及ぼす影響について検討した.協定が安定であるとは,それを遵守せずに抜けてしま
い,ただ乗りをしようとする国が出現しないことをいう.分析の目的は参加を強制することができない
場合であっても各国が参加するインセンティヴをもつ「自己拘束的な」環境協定の成立の可能性を探る
ことである.
モデルは,プレ イヤーである各国が他の国と協力して提携を形成するかど うかを判断するゲーム (第
1 段階) と,戦略として汚染物質の削減量を毎期決定する非協力ゲーム (第 2 段階) に分かれる.第 2 段階
においてある提携に属する国はその提携全体の利得を最大化する戦略をとることが義務付けられる.プ
レ イヤーは第 2 段階での利得を考慮に入れて協定に参加するかど うかを決める.ここで利得は汚染削減
による便益から費用を引いたものとして定義される.ある国の汚染物質削減による便益はすべての国の
総削減量に比例し ,削減費用は当該国の削減量の 2 乗に比例することを仮定する.
汚染削減の便益を決定するパラメーターは不確実性をもつが,ある定められた時にその値が判明す
る (学習が起こる) ものとする.我々は先行研究 Na and Shin (1998) にもとづき,不確実性の解消 (学
習) の前に交渉を行う事前的交渉ケースと,学習の後に交渉を行う事後的交渉ケースでの協定の安定性
を分析する.Na and Shin の研究では 3 国モデルが記述され,事前的交渉ケースのほうが望ましいこと
が指摘されている.本論文は Na and Shin のモデルを一般的な n 国モデルに拡張しようという試みで
あり,すべての国からなる提携 (全体提携) による協定の安定性に分析の焦点をあてる.さらに Na and
Shin (1998) をはじめとする多くの先行研究では協定からある国が抜けてもその国以外の残りが引き続
き協定を保持して協力的な削減をするという仮定のもとでの安定性 (本論文では CS–安定性と呼ぶ) が論
じられているが,本論文では Chander and Tulkens (1997) にもとづく,そのような逸脱が生じた場合に
は協定自体が無効になり提携は解散しなければならないというルールのもとでの安定性 (γ–安定性) につ
いても検証した.
分析の結果,事前的交渉ケースにおいて,国の数によらずつねに γ–安定性が成り立つことと,CS–
安定性は国の数が 4 以上になると必ず成り立たないことが示された.事後的交渉ケースでは,まず γ–安
定性は事前的交渉ケースと同じく国の数によらずつねに成り立つことが示され,次に CS–安定性は国の
数が 3 以下のときにはつねに成り立ち,便益の大きい国から小さい国への別払いによって安定な全体提
携が実現されることが明らかになった.国の数が 4 以上のときには,CS–安定性は便益パラメーターの
分散に依存し ,ばらつきの程度が大きいほど 安定になる可能性が高いことが例によって示された.
以上の結果により,交渉が行われるのが不確実性の解消より前か後かという要素は協定の安定性に
さほど 大きな影響を及ぼさず,Na and Shin の主張は国の数が 4 以上の場合には成り立たないというこ
とと,協定を抜ける国に対して他の国々が削減量を減らすという「懲罰」を与えることがルールの中に
盛り込まれることの必要性が示された.また安定な協定の実現には別払いの譲渡が不可欠であり,汚染
物質削減に関する技術援助や資金援助というルールづくりが重要であることもわかった.