昆虫の食糧保障、暮らし そして環境への貢献 1 なぜ昆虫なのでしょうか? 昆虫食とは,文字通り人間が昆虫を食べることです。昆虫食 は様々な国で行われていますが,アジア、アフリカ、そして南 米でもっとも盛んです。昆虫は20億人の食生活の一部となっ ており,私達が現世人類になってからずっと昆虫は人間の食 べ物の一つとなってきました。しかし,昆虫食がマスコミや研 究者、食品産業に注目されるようになったのはつい最近のこ とです。国際連合食糧農業機関の「昆虫食プログラム」では クモが有望な食材かも調べられていますが、クモは昆虫では ありません。 昆虫は飼料や食料問題に対する有望な食材でしょうか? Paul Vantomme 有望な食材になり得ます。 世界的な人口問題や都会 化、中流層の増加により、 食材要求と特に動物性タ ンパク源の需要が増えて きました。その結果,飼料 製造(つまり大豆や穀物の 生産)を代替したり能率を 上げたりして、増産する必 要がでてきました。2030 年には90億人を養わねば なりませんし、何億頭もの オランダでフリーズドライや包装前に分別され 家畜やペットに餌を与える るミールワーム。 必要も出てきます。そのう え、家畜生産や過放牧は環境汚染や森林衰退に繋がる恐れ もあります。これらは、温暖化と共に環境問題を悪化させる ことが懸念され、解決策を講じる必要があります。 食料問題の対策の一つとして食用昆虫の飼育があげられま す。昆虫は偏在性、餌料変換率[feed conversion rate]が 共に高く、生活環中に環境に与える被害が少ない生物です。 昆虫はたんぱく質や脂肪、微量栄養素を多く含み、栄養価も 高いと言えます。廃棄物を餌として飼育することも可能です。 昆虫は全体を食べることも、粉状もしくはペースト状に加工 し他の食べ物と混ぜることもできます。すでに様々な国が率 先して飼料としても使用していて、技術的にも大規模に活用 することが可能です。今後10年間のうちに、水産養殖や養鶏 のための餌飼料として昆虫は普及していくでしょう。 1 食材や飼料に昆虫を活用することは、環境、健康、社会、経済にも良く,多 くの利点があります。たとえば: 環境的な利点: •昆虫は変温動物なので飼料変換効率「feed conversion efficiency」 が高いです。肉変換率「feed-to-meat conversion 」 (1キロ太るた め必要な餌量)は種類や製造工程により異なりますが、能率がとても良 いと言われています。概して、昆虫肉1キロの生産が飼料2キロを要す るのに対し,家畜牛肉を1キロ生産するためには8キログラムもの飼料 が必要です。 •昆虫による温室効果ガス生産は家畜より低い傾向にあるます。例えば, ブタはミルワーム(ゴミムシダマシの幼虫)の10〜100倍の温室効果ガ スを生産すると言われています。 •昆虫は生活廃棄物(食材、人間廃棄物、動物廃棄物、堆肥)を餌にし、 家畜飼料に活用できる高級なたんぱく質に転換できます。 •昆虫は家畜ほどに水を必要とせず、たとえば,ミルワームは家畜牛より 乾燥に強いです。 •昆虫養殖は畜産ほどに土地を必要としません。 健康的な利点: 昆虫の含有栄養分は、生活史上の形態、生息環境及び餌によって違いま すが,以下の利点があると考えられています。 •昆虫は、魚や肉と比べ,良質なたんぱく質や微量栄養素を提供します。 昆虫類はほとんどの魚類と比べて脂肪酸を多く含むので、栄養不良の 子供のための栄養補助食品としても活用できます。その上,昆虫には繊 維、銅、鉄、 マグネシウム、 マンガン、リン、セレン、亜鉛などの微量栄養 素も多く含まれています。 •昆虫は 牛海綿状脳症(BSE)や鳥インフルエンザ「H1N1」のような動 物原性感染症(人間に伝染する動物の病気)を伝染する危険度が低い です。 社会的で生計的な利点: •昆虫を採集したり養殖飼育したりすることは、生計多様化の一策になり えます。野生の昆虫は直接、簡単に採集でき、養殖のための基本的な道 具に必要な資本も最低限ですみます。 •昆虫を原野で採集、養殖、加工し販売することは,女性や土地を所有し ない貧困な人々にもできることです。こうした活動は食生活を直接的に 向上させ、余剰生産物の路上販売は収入源にもなり得ます。 •昆虫の採集や養殖は、先進国でも発展途上国でも起業する機会になり ます。 • 昆虫はとても簡単に飼料や食材に 加工でき、全体を食べられる昆虫類 もあるます。昆虫はペーストに加工 することができ,たんぱく質を精製 することも可能です。 Monica Ayeiko 昆虫食とは,何でしょうか? ケニアでのバケツや簡単な道具を利用したコオロギ の飼育。皿に湿らせた綿を置き、登ったり隠れたり出 来るようダンボールを使用しています。 本情報はAfton HalloranとPaul Vantomme ([email protected])がEdible insects: future prospects for food and feed security(www.fao.org/forestry/edibleinsects/en/)に基づき書いたものです。翻訳者:シャーロッ ト・ペイン、前野尚慈、野中健一。 昆 虫 の 食 糧 保 障 、暮 らし 、そして環 境 へ の 貢 献 採集から養殖へ 「昆虫を養殖することはとても良い考えです。私の意見では, ある地域で昆虫を生産すると昆虫そのものの供給量も増え るし,生産が増加するとともに地域の収入も増えます。昆虫の 養殖は両方に有利なアプローチです。昆虫の生産は持続的に 進むとともに,地域の生計も向上して行きます」Ousseynou Ndoye, FAO (カメルーン) 多くの昆虫は森で採集されます。しかし、現代科学と伝統的な 知識を組み合わせることで、 野生昆虫の生態系を乱せずに、 技術を革新したり拡大したりする機会が得られます。 Jesús Ordoñez ただの非常食か困窮者の食べ物ではありません 飼料の材料として、 スペインで飼育されるアメリカミズアブ Nonaka Kenichi 飼料の代替として 世界飼料生 産 連合[International Feed Industr y Federation]によると、2010年の世界の飼料生産は7億2000 万トンとされています。昆虫は大豆や穀物のような伝統的な飼 料源を補えます。大規模な生産に一番有望な昆虫類はアメリ カミズアブ「Black soldier fly」の幼虫,イエバエ「common housefly」,ミールワーム「yellow mealworm」などですが, 他の種類もこの目的で調べられています。中国、南アフリカ,ス ペイン、アメリカなどの一部の生産者は養殖漁業や養鶏飼料の ために有機廃棄物を餌にして,多数のハエを飼育しています。 南アフリカの市場で売られる乾燥された毛虫 昆虫食は危険ですか? 食用昆虫は飢饉の時にしか食べられていないと誤解されがち です。昆虫を食べるのは,他の食べ物がないからではなく,味 を求めてのものです。ちなみに,アフリカのモパニワームや東 南アジアのツムギアリの幼虫は美味しいものとみなされ高価 で販売されています。 昆虫が他の食材のように衛生的な環境で扱われる限り、病気 や寄生虫が人間に伝染された事例は知られていません。昆虫 は無脊椎動物なので、甲殻類アレルギーのようなアレルギーを 引き起こす可能性はあります。哺乳動物や鳥に比べ動物原性感 染症を人間や家畜、または野生動物に伝染する可能性は低いと 考えられますが、この分野に関しては更なる調査が必要です。 一番食べられている昆虫類は何でしょうか? 世界では、1900種類以上の昆虫類が食べられています。しか し,研究が進むにつれて食用昆虫の種類数は増えています。 知られている種類はほとんど野生から採取されていますが, 世界での食用量についてはあまりわかっていません。一部の データによると,一番食用されている昆虫は甲虫類(コガネム シ目、31%)を始め,毛虫・イモムシ類(チョウ目, 18%)、ハチ (アリ目, 14%)で、その次はバッタ類(バッタ目, 13%)、セミ(カ メムシ目, 10%),シロアリ(シロアリ目, 3%),トンボ(トンボ目, 3%)、ハエ(ハエ目, 2%)や他の昆虫類(5%)です。 昆 虫 の 食 糧 保 障 、暮 らし 、そして環 境 へ の 貢 献 空想か現実か? 昆虫養殖では,企業的な活動や正式な活動はまだ少ないです が,昆虫の食材と飼料としての実用化への取り組みは始まって います。現在のところ,昆虫養殖はほとんど小規模で、ニッチ市 場を対象としています。ペットフード産業や観賞用昆虫産業、 魚類用餌料産業が過去数十年間にすでに昆虫養殖を行ってき ました。昆虫養殖は工業的に可能ですが、生産コストが一般 的な食料・飼料生産より高いということが制限の一つです。 しかし,近年の研究によると,収穫、生産、運搬にかかる外部 経費、例えば、水の利用費、温室効果ガス放出量及び燃料費 などを既存の食料・餌料生産コストに含めた場合,昆虫の方 が安く、環境的に持続可能な代替物になりえると言われてい ます。現在の昆虫生産規模では、一般的な飼料や食材とは競 争できません。このため、機械化が産業の重要な鍵を握って きます。さらに,食用昆虫の生産や貿易を管理するための適 切な規制枠組みの整備も必要です。 食べ物だけではなく 野生の昆虫を食用とする場合、管理や開発について重視 するべきこと、 天然の昆虫を保存するために、配慮するべきことは以下のとおりです。 •野生の昆虫の生息地を保護するに当たり,地元住民の生計や食生 活を配慮する。 •生息保護地域でも地元住民が昆虫を持続的に採集することを禁止 しないようにする。 •食物連鎖に汚染物質が溜まらないように農薬の利用を規制する。 •定の昆虫の個体数を保護するために、収穫量をモニターする方法 を開発する。 •採集による昆虫の減少を補うために,可能な限り養殖、あるいは半 養殖する。季節的に数が変動する昆虫の場合,この活動は特に重 要である。 •在来種でない昆虫を自然環境に放さない。 ミツバチは世界中で植物の受粉に重要に関わっています。 昆虫は食料や飼料として以外にも様々な役割を果たします: •昆虫は生態系に役立ちます。例えば,授粉,生態制御、有機 廃棄物の分解に重要な役割を果たしています。 •昆虫は豚などの家畜による排泄物を減らしたり、 悪臭を消し たりすることに利用できるか調べられています。 ハエの幼虫は 糞を肥料と使用可能なたんぱく質に変換することが出来ます。 •昆虫は昔から人間の技術革新意欲を奮い立たせてきまし た。生物と自然の特徴から技術革新を刺激させることはバ イオミミクリ「Biomimicry」と呼ばれています。蜂蜜の巣、 クモの巣やシロアリ塚の特質を元としてさまざまな技術や 発明が生み出されてきました。 •昆虫は伝統的な薬の一種です。たとえば、ハエの幼虫は傷口 の化膿を治療するために利用されたり、ミツバチ由来の成分、 例えばプロポリス、ローヤルゼリー及び蜂蜜には治癒効果が あるためにさまざまな病気の治療にも利用されています。 •昆虫の天然色素がさまざまな国で昔から使われています。 例えば,カイガラムシのコチニールという色素は、中南米の アステカで使われていましたが,現在でも食物染料、化粧 品や染料として利用され続けています。 •カイコから作られる絹は、何百年もの間、柔らかくて強い生 地として使われてきました。 「食用昆虫の価値を話題とし た,世界中のシェフも参加する 公開討論会を行う必要がありま す。この貴重な食べ物を食生活 の一部にするためには,昆虫料 理が美味しく多様な物でなけれ ばならないので、この新しく面白 い分野にシェフの専門的な経験 と知識は不可欠です。」 Thomas Calame Afton Halloran 地域の食文化促進と発展 昆虫食が様々な利点をもってい るにもかかわらず、西洋諸国でタ ンパク源として普及しがたいの ラオスで,料理コンクールの為に調理され は,消費者の嫌悪感が阻害して た食用昆虫 いるためでしょう。しかし,歴史的にみれば食生活は変化しや すいもので、とくに、グローバライゼーションにより、一層変わ りやすくなりました。たとえば,元来生魚を食べる文化のなか った西洋諸国で、寿司が近年、一躍大ブームになってきました。 昆虫食文化がないところでは、それを創る必要があります。昆虫 食の歴史がある国でも,西洋食文化の影響で食生活が最近変 わったことにより、昆虫食は過小評価されたり忌避されたりして いるかもしれません。しかし,バンコクやキンシャサのような都 市では、都市住民からの消費需要があり、昆虫の交易が盛んに 行われています。都市に住んでいる人にとっては、昆虫は田舎の 生活を懐かしく思いださせてくれる食べ物です。また、つまみや おやつとしても食べられています。 昆虫食を広めるための新しい食品開発や、レストランのメニュ ーやレシピ作成の上で、食品業界が担う役割は重要です。シェ フを含めた食品業界の専門家が昆虫の味を使った試みに取り 組んでいます。今でも、珍味を求めるお客さんを対象とした西 洋のメニューでは昆虫が使われていますが,一般消費者を対象 とする昆虫料理はありません。昆虫食を促進する食品サービス 業界にとっての大きな課題は、必要な昆虫の量と質をどのよう にして持続的に確保するかです。 昆 虫 の 食 糧 保 障 、暮 らし 、そして環 境 へ の 貢 献 今後はいかに? 経済効率が高く、安全で省エネル ギーな飼育、収穫、加工や保健衛 生の方法を開発、自動化するため の研究が必要です。それにより、肉 食品と比べても相応な値段で安全 な昆虫食品を大規模に生産出来る ようになるでしょう。 主要参考文献 DeFoliart, G.R. 1997. An overview of the role of edible insects in preserving biodiversity. Ecology of Food and Nutrition, 36(2–4): 109–132. FAO. 2010. Forest insects as food: humans bite back. Bangkok, FAO. Patrick Knight 2012年1月23-25日にローマで開 催された「The Technical Expert Consultation on Assessing the Potential of Insects as Food and Feed in Assuring メキシコで、 『チャプリネ』 と呼ばれている バッタはオアハカの珍味です。 Food Security」では、昆虫食の 研究や発展のために,以下の分野が強調されました: 1.量産技術: •他の飼料や食料源と生産コストが並ぶよう、機械化、自 動化、加工、物流などの技術を向上する。 •昆虫と餌に含まれる栄養素との関係を明らかにした給餌 テーブルを開発する。 •従来の飼料や食料源と比較するために多種の昆虫のライ フサイクルをより広範に調査する。 •昆虫飼育における群体崩壊を避けるよう遺伝子多様性 を持続する。 2.食品や飼料の安全性: •人間の昆虫アレルギーの可能性やキチン(昆虫の外骨格 の主成分)の消化性を調べる。 FAO/WUR. 2012. Expert consultation meeting: assessing the potential of insects as food and feed in assuring food security. P. Vantomme, E. Mertens, A. van Huis & H. Klunder, eds. Summary report, 23–25 January 2012, Rome, FAO. FAO/WUR. 2013. Edible insects: future prospects for food and feed security. Rome, FAO. International Feed Industry Federation. 2011. Annual report 2010 (available at www.ifif.org/uploadImage/2012/1/4/f41c7f95817b4c99782 bef7abe8082dd1325696464.pdf). Kuyper, E., Vitta, B. & Dewey, K. 2013. Novel and underused food sources of key nutrients for complementary feeding. Alive and Thrive Technical Brief. Issue 6, February. Oonincx, D.G.A.B., van Itterbeeck, J., Heetkamp, M. J. W., van den Brand, H., van Loon, J. & van Huis, A. 2010. An exploration on greenhouse gas and ammonia production by insect species suitable for animal or human consumption. Plos One, 5(12): e14445. Rumpold, B.A. & Schlüter, O.K. 2013. Nutritional composition and safety aspects of edible insects. Molecular Nutrition and Food Research, 57(3): DOI:10.1002/mnfr.201200735 Steinfeld, H., Gerber, P., Wassenaar, T., Castel, V., Rosales, M. & de Haan, C., eds. 2006. Livestock’s long shadow: environmental issues and options. Rome, FAO. Veldkamp, T., G. van Duinkerken, A. van Huis, C.M.M. Lakemond, E., Ottevanger, E. & M.A.J.S van Boekel. 2012. Insects as a sustainable feed ingredient in pig and poultry diets: a feasibility study. Wageningen UR Livestock Research, Report 638. •食用昆虫の動物と人間に対する栄養供給のデータを増 大する。 •品質保持期限を延ばす方法を開発する。 3.法規: •国際・国家レベルで、食用や飼料用昆虫及び人間の健康と 動物福祉を管理するための任意規定や規制の枠組みを策 定する(例えば「Codex Alimentarius」)。 •外来種や侵入生物種が在来の野生昆虫に被害を及ぼさ ないように、大規模飼育や採取に対するリスクアセスメ ント方法を改善する。 4.消費者浸透と教育 •昆虫食がすでに行き渡っている国では,昆虫食の文化を 支える。 •食用としての消費や飼育が進んでいる昆虫類の生態を総 合調査する。 •昆虫食の価値を消費者に知ってもらうための普及活動 を行う。 •幅広い消費者の食生活に昆虫が取り入れられるよう、新 しい食用方法や製品を開発する。 •飼料として昆虫利用を促進する。 I3264JA/1/09.14 国際連合食糧農業機関と食用昆虫 2003年より,国際連合食糧農業機関は世界中の国々で以 下を含む食用昆虫に関わる活動に貢献しています。 •ポータルサイト、専門家会合や出版物での,知識の創造と 共有。 •新聞、雑誌,テレビなどのマスコミと共同した,昆虫につい ての意識向上。 •フィールドワークによる、加盟国への支援(例:L aos Technical Cooperation Project)。 •国際連合食糧農業機関内外の部門間でのネットワーク作り による幅広い学問領域の提携(例えば,ステークホルダーに よる栄養,飼料、立法などの問題への取り組み)。 国際連合食糧農業機関や食用昆虫について のさらに詳しい情報についてはこちらへ: www.fao.org/forestry/edibleinsects Food and Agriculture Organization of the United Nations Viale delle Terme di Caracalla 00153 Rome, Italy DESIGN: [email protected] •昆虫食が及ぼす人畜共通感染症、重金属汚染(生物廃棄 物源)、病原体や毒素の危険性調査。
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