1.6 円板型結合共振アンテナ

第1章 アンテナ
1.6 円板型結合共振アンテナ
1968 年頃,野村先生からのご注文で,400MHz テレメータ受信用地上局アンテナに,回線設計上の
要求から利得 24dBi 以上のアレイアンテナを製作することになった.
当時,この種の円偏波アレイアンテナとしては,NASA が使用していたアルミパイプを十文字状に
組み合わせた 16 素子クロス八木アレイが知れれていた.しかし,クロス八木では要求利得を満足す
る自信はなかった.NASA Report で報告されている 16 素子アンテナの利得は,給電系損失を含めて
22dBi 止まりであった.
そこで,パイプを円板に置き換えた基礎実験を開始した.この発想は明星電気(株)の福島茂氏で
あったと記憶している.また,このアンテナ実現に関しては,泉哲次郎氏の多大なご努力があったこと
を記しておきたい.
Fig.1-26 Configuration of Disk Coupled Resonant Antenna
2共振型 DCR アンテナと座標
実験結果から意外な事が分かった.約半波長の円板を約半波長間隔で同軸に配置すると利得は上が
り,八木アンテナと同様間隔を λ/4 とすると利得は減少する.このアンテナは,λ/2 間隔に配置した一
種の側面開放型の円柱キャビティと同様の結合共振器構造であることが判明した(浜崎先生が結合共振
器構造の導波アンテナと名付けて下さった,DCR アンテナ)
.
出来上がったアンテナは,反射板前方に直交ダイポール,その前方,反射板から λ/2 の距離に約 λ/2
直径の円板,さらに λ/2 の距離にやや小さめの円板を配置した全長約1波長のものであった(Fig.1-26,
27).利得は単体で約 15dBi,同じ長さの八木アンテナに比較して 3dB 以上利得向上がはかれた.
このアンテナを 4 × 4 = 16 本束ねてアレイアンテナを製作した.実効利得:24.3dBi,電力半値幅:9.9
度,副ローブレベル:-15.4dB が得られた(Fig.1-29)
.出来上ったアンテナを,鹿児島実験場・気象台
地に設置して人工衛星からの 400MHz テレメトリ電波を受けて自動追尾に成功した(Fig.1-28).
この新しいアンテナの理論解析にはてこずった.当時,八木アンテナも理論解析は3素子までで
あった.円板2枚と反射板に加えて半波長ダイポールを含めたアンテナを解析する道具が見当たらな
かった.
斉藤先生からは楕円体座標で解いたらどうかとコメントを頂いた.生研,物性研の図書室,国会図書
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Fig.1-27 Disk Coupled Resonant Antenna
電波暗室内でのパターン測定(1.7GHz)
Fig.1-28 16 Element DCR Array Antenna
1969 年,鹿児島実験場に設置された 400MHz 人工衛星自動追尾アンテナ
館などを探し回って,波動方程式を楕円体座標で解いたものは4つほど見つかったが,いずれも数値計
算は実行していなかった.いま,当時の回転楕円体座標の解析式を見直してみると,簡単には理解出来
ない程の複雑な計算であった.複素数を引数とした楕円体関数サブルーチンを苦労して自作し,ダイ
ポールと円板による放射界の計算は出来た.
この数値計算では,当時の生研の計算機ユーザーエリア一杯を占めてしまい,計算機室の藤田長子先
生,古谷千恵さんにお願いして計算機室割り当てのメモリエリア使用を許して頂くなど多くのご協力を
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Fig.1-29 Radiation Pattern of 16 Element DCR Array
400MHz 人工衛星自動追尾アンテナの水平面内指向性
頂いた.この数値計算結果から,円板1枚とダイポールアンテナの放射界に関して多くの情報が得られ
た.しかし,アンテナ特性で重要な入力インピーダンスの解析にはこの方法は無力であった.
浜崎先生はキルヒホッフ積分による近軸近似の回折界計算をしてみたらと基本解まで教えて下さっ
た.この方法は,もともと遠方界を対象としたものであり,加えてダイポール円板間距離が λ/4 では近
軸近似は成立せず,信頼性の高い答えは期待出来なかった.くわえて,放射界は求まるが上と同様入力
インピーダンス解析には使えなかった.
最後に試みたのが起電流法*1 (物理光学近似)であった.この方法の場合,円板上に生じる2次電流
からの散乱界を用いるため,この2次電流によって再びアンテナ上に生じる電界(相互インピーダン
ス)を用いて入力インピーダンスを求めることが出来る.これは,私が考え出したものである.次いで
1共振器型,2共振器型およびアレイに適用して計算を進めた.この場合,円板間の3次までの高次反
射を考慮したため,計算に長時間を必要とした.計算機費用が嵩み,年度前半で校費を使い切ってし
まった.宇宙研計算機室長・野村先生にお願いして,宇宙研の計算機使用をご許可頂いた.当時の C ク
ラス (HITAC5020F) で入力すると1週間後の同日頃出力された.
多数素子アレイを構成する際重要な副ローブ抑圧に関しては,マトリックスの根を繰り返し計算で求
める等振幅・不等間隔抑圧法を新たに考案した.通常,アレイアンテナの副ローブ抑圧は,等間隔・不
等振幅励振が一般的である.しかし,所望の副ローブ抑圧を行うためには,アレイファクタで求まる電
流分布に比例した電力を供給出来る分配器を製作する必要が有り,この製作精度が特性を左右する.こ
*1
S. Silver, Microwave Antenna Theory and Design, 5.7 The Current Distribution Method, pp.144 McGraw-Hill Book
Co. Inc. 1949
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の点,不等間隔・等振幅励振は電力分配が等分配で済む点,製作容易かつ安価で済む.
設計アルゴリズムは,等間隔ユニフォームアレイで生じる放射指向性の副ローブレベルと,目的の副
ローブレベルの差を連立方程式の右辺に与えて,等素子間隔からの微小変移を繰り返し計算で求めるも
のであり,3回程度の繰り返し計算で,充分許容値内に収まる結果が得られた.この設計法の特長とし
て,任意の採用する素子アンテナの放射指向性を等価開口面アンテナで近似することにより,利得ある
いは指向性の異なるアンテナに対応出来る点にある.
円板型結合共振アンテナ単体のパターンを,1.5 波長定振幅開口アンテナパターンで置き換えて副ロー
ブ抑圧設計を行い,素子数を変化したときの素子間隔と抑圧値を表で与えた.
考案した等振幅・不等間隔副ローブ抑圧法を学会で発表しようと考え,原稿を浜崎先生に見て頂いた.
しかし,設計結果が optimum では無いと云われ発表を取りやめた.その後,この方法と類似の設計法
が提案され,先生に逆らってでも発表しておけば良かったと悔やまれた.
この抑圧法は日大へ移った後,64素子 NOAA 受信アンテナに適用された.
これらの成果は学位論文として纏めることが出来た.
この間,実験および原稿作成には,座間知之氏の多大なご尽力があった.
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* バックファイアアンテナ
DCR アンテナについて信学全国大会で発表した.このとき,東北大・虫明康人先生からバックファイ
アアンテナがあるとコメントを頂いた.早速,一連の文献を調べた.
Fig.A1-9 Back-fire and Short Back-fire Antennas
バックファイア・ショートバックファイアアンテナ
このアンテナ(Fig.A1-9 上)は2波長程度の反射板前方に置いた半波長ダイポールの後ろにある反射
素子で反射板方向に電波を放射し,その前方に配した導波素子によりアンテナ軸方向に電界を集束する
構造と解釈出来た.この構造のものでさらに軸長を延ばし,より大きな反射板に適用したものが提案さ
れていた.また,その後まもなくショートバックファイアアンテナ(Fig.A1-9 下)が提案された.こ
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の場合は,周囲にリブ構造を持つ2波長直径の反射器と約半波長円板の間にダイポールを配置した構造
で,利得:15dBi が得られていた.これは,一種の共振器と解釈出来る.
前者は単独で用いられるが,反射板寸法には限度があり,大開口のアンテナは報告されていなかった.
後者はアレイ化したものが報告されていた.しかし,その素子間隔は2波長に限定されているため,副
ローブの高さが目立った.われわれが開発したアンテナは,上述のリブ構造を有しないため,アレイ化
に適していると云える.また,リブに比べて円板素子は製作容易と判断された.
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* PO による反射板付ダイポールの入力インピーダンス
図に示すように,半波長ダイポールアンテナの近傍に方形反射板が存在するとき,ダイポールアンテナ
の入力インピーダンスはどうなるであろうか.ダイポールからの放射界により反射板上に電流が生じ
る.この電流による2次放射界によってダイポール上に電界が誘起する.この電界をダイポール上の電
流分布に沿って積分すれば相互インピーダンスが求まり,起電力法による入力インピーダンス計算が可
能である.
Fig.A1-10 Coordinate System of Dipole Antenna and Conducting Plate
PO を用いた相互インピーダンスの計算
反射板上の電流分布については,PO の場合
K = 2n × H
ただし,n:反射板上の法線ベクトル,H = Hφ φ はダイポールによる磁界の φ 成分.
反射板上の2次電流によるダイポール上に発生する散乱界を Ezs として,相互インピーダンス Zm は
Zm = −
1
I2
5
Z
ℓ/2
I(z ′ )Ezs dz ′
ℓ/2
ダイポール上の積分を実行することにより求まる.ここでは,この計算法に興味を持たれた方のため,
すぐ実行出来るようそのまま示す.
Zm =
Z
a/2
−a/2
Z
b/2
−b/2
×
©
e−jkr1 + e−jkr2 − 2cos(kℓ)e−jkr0
ªd
ρ2
© e−jkr1
e−jkr2
e−jkr0 ª
+
− 2cos(kℓ)
dydz
r1
r2
r0
a,b は反射板寸法,r1 , r0 , r2 は,それぞれダイポール下端,中心,上端から反射板面上の1点に至る距
離,d はアンテナ・反射板間距離,ρ はアンテナ中心と Y 軸上の距離である.右辺積分内の d/ρ2 まで
が面電流:K を表し,それ以降がこれによる散乱界を表している.数値計算では,反射板を ∆x, ∆y に
分割して ∆s を用いて
P
を取ることにより求まる.
入力インピーダンスは,自己インピーダンス:Zd との和として次式で求まる.
Zin = Zd + Zm
ここで得られる Zm の結果は反射板上の電流に関して境界値問題を解いて得られる端効果は考慮されて
おらず正確ではない.しかし,波長程度の反射板に関しては,影像による計算結果との良好な一致が見
られ,ここで対象となる約半波長直径の円板に対しても実測値との比較的良好な一致が得られた.
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* 反射板上の利得・指向性測定
その昔(30 年ほど),上述の DCR アンテナの指向性,利得,電力半値幅,副ローブレベルをパラメー
タを変化して測定した.これらの結果は,本アンテナを設計する際の基本データとなる.取得したパ
ターン数は 200 に近いものであった.これらのデータを効率良く得るためには,各部寸法変化を迅速に
行う必要がある.特に利得に関しては,パラメータ変化毎に 50Ω 給電線との整合を取らねばならない.
実寸法のアンテナを組み立て分解して電波暗室内で測定していては効率的ではない.
Fig.A1-11 Experimental Set Up
実験装置の構成
そこで考え出したのが,周波数:5GHz 帯で,Fig.A1-11 に示すように波長に比して充分大きいグラン
ド板の上に DCR アンテナの上半分を設置して,パターンおよび利得測定を行うことであった.この
場合,予め円板径を変化したものを用意し,これらを地板上にビス止めすることで容易に交換出来る.
Fig.A1-12 は,四方を電波吸収体で覆ったグランド板の一方に回転円板をこれと同一面で配し,他方の
端にコーナーレフアンテナを設置したものであり,H 面内指向性が得られる.円板直径を変化したもの
を予め用意し,回転地板上にビス止めして交換した.供試アンテナは,回転地板中心にロータリージョ
イントを介して SG に接続されたモノポールアンテナで励振され,アンテナ直下に整合用同軸スタブを
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Fig.A1-12 Panoramic View
測定装置全景
Fig.A1-13 Antenna Mounted on theTurn Table
回転部
Fig.A1-14 Underneath of the Ground Plane
グランド板下部のセットアップ
整合用スタブ,SWR 測定スロッテドライン
接続して常にリターンロス:-20dB 以下に整合を取り(スロッテドラインで確認),この状態で整合時
のモノポールアンテナとの比較測定で利得を求める.Fig.A1-13 は供試アンテナ,Fig.A1-14 は地板下
部のセットアップを示す.図の X-Y レコーダは,小型モータで駆動した回転円板軸に取り付けたポテ
ンショメータからの角度出力に対して受信電界の出力を記録するものであり,当時はパソコンはまだ普
及していなかった.得られたデータを極座標に変換して,手書きのパターンを作った.
昔話だけではなく,最近の小型アンテナの H 面内指向性やモノポールアンテナ比の利得の測定には,こ
の方法は比較的信頼のおける結果が得られると考えている.
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参考文献
[1] 長谷部,座間,”円板を用いた共振器構造の導波アンテナの近似理論”,信学論,vol.30-B, no.4, pp.246-254,
(1976.4).
[2] N. Hasebe, T. Zama, ”A Coupled Resonant Directive Antenna Consisting of a Dipole, a Reflector
and Disks”, IEEE. Trans.AP-25, no.3, pp.428-, (1977.5).
[3] 長谷部,”超高周波アンテナの研究”,東大生研報告,vol. 29, no.3, (1980.12).
[4] 長谷部,平松,増田,”円形パッチで励振した円板型結合共振アンテナ”,信学論,vol.70-B, no.1, pp.131-139,
(1987.1).
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