Uchida Report 30 「稀少金属(レアメタル)の争奪」 - 1. 先端技術国家日本のアキレス腱 - 人類不可欠の機能物質材料:レアメタルの価格高騰 金属は、古くから生活に密接に関わって来た。地中に多く埋蔵され、人類が長い間使用 していた金属を「ベースメタル」と呼び、鉄・銅・亜鉛・アルミニウムなどがある。鉄 以外の金属を非鉄金属とも呼んでいる。 非鉄金属の中で「レアメタル」(稀少金属)は、地球上の存在量が少ないか、或いは 量は多くても、経済的・技術的に純粋に取り出すことが困難な金属である。一般にレ アメタルと呼ばれている元素は 31 種類あり、他の元素と合金として高機能・高性能を 発現するものがあり、先端技術力の核として活用されている。 合金・半導体・磁性材料・超伝導などの材料として電子工業や新金属と言った先技 術産業にとって需要も多く、不可欠な資源なのである。 日本は世界需要の約 2 割を占める一大消費国である。我が国はレアメタルを備蓄し集 中的に管理する国家備蓄倉庫が茨城県北部の工業団地(常磐道高萩インター付近)の 一画に 3 万 7000m2 の敷地内に鉱種ごとに保管されている。国家備蓄対象鉱種と定め られているのは次の 7 種類のレアメタル Ni、Cr、W、Co、Mo、Mn、V である。 国家備蓄制度は、石油危機に刺戟されて 1983 年に創設、全体で国内消費量の 60 日分 を目途に国が 7 割、民間が 3 割備蓄している。 そのほかハイブリッド自動車の駆動モーターに大量に使われる永久磁石にはレアアー ス(希土類 17 種の総称)が使われ、自動車用排ガス触媒にプラチナが使われる。 液晶テレビのガラス表面に透明な電極膜を作るのに必要な「酸化インジウム錫・ター ゲット」という部材の主原料はレアメタルのインジウム(In)である。 光の透過率を考慮するとインジウムを代替する素材はないとも言われている。またク ロム Cr の供給が 3 割減ると高級鋼材がつくれなくなり、日本の国内総生産(GDP)が 約 6%減るとの試算もある程その供給不足の場合の影響は大きい。 主なレアメタルの主な用途などと(日本消費の世界シェア)は次の通りである。 ニッケル、Ni :ステンレス鋼、耐熱合金、〔高硬度、高弾性、形状記憶〕(14.0%) タングステン、W:超硬工具、特殊鋼〔密度鉄の 2.5 倍弱、鉄鋼強度増〕(12.8%) コバルト、Co :携帯電話・デジタルカメラ用リチウムイオン電池の正極材料に 不可欠 (28.3%) モリブデン、Mo :ステンレス鋼、触媒〔熱膨張率小さく熱伝導良好〕(15.4%) チタン、Ti :航空機エンジン、熱交換器(29.4%) インジウム、In :液晶テレビのパネル製造(60.0%) 1 白金、Pt マンガン、Mn バナジウム、V :自動車の排ガス触媒、燃料電池触媒〔有害物質除去〕(20.8%) :乾電池、フェライト磁性材料〔靭性維持、強度増の特殊鋼〕 :抗張力鋼、航空機部材〔熱冷間加工容易〕 アンチモン、Sb :半導体の封止剤、パソコン・テレビの外枠〔燃えにくい〕 「レアアース」はランタノイド元素:La(ランタン)、Ce(セリウム)、Pr(プラセ オジム)、Nd(ネオジウム)、Pm(プロメチウム)、Sm(サマリウム)、Eu(ユロビウ ム)、Gd(ガドリニウム)、Tb(テリビウム)、Dy(デイスプロシウム)、Ho(ホルミ ウム、Er(エルビウム)、Tm(ツリウム)、Yb(イッテルビウム)、Lu(ルテチウム) の 15 元素にスカンジウム、イットリウムを合わせた 17 元素の総称で、各元素は化学的 性質が似ていて、鉱物中から常に一団となって発見される。科学的性質が似ているため に、分離精製には高度な技術を必要としている。 デジタル製品のモーターに使う永久磁石の主力ネオジウム磁石は、鉄にネオジウムや ディスプロシウムなどのレアアースを混ぜて作る。 多くのレアメタル、レアアースが原油や多くの素材と同様に価格上昇が著しい。 2005 年相次ぎ過去最高値を更新した。稀少金属の多くは、その稀少性のために銅やア ルミニウムのように国際的な常設の取引所がなく、価格の決まり方は品種ごとに様々と なっている。3 年前と比べた価格上昇倍率は、インジウム 12.2 倍、バナジウム 21. 4 倍、タングステン 5.7 倍、モリブデン 8.5 倍、コバルト 4.1 倍、レアアース 4.2 倍、 白金 1.9 倍などとなっている。 2. レアメタル生産は特定国に偏在 資源は特定の国に偏在しており、原油と同様に資源ナショナリズムと中国の経済急成 長で需要が急増して供給不安が顕在化し価格の急上昇となった。 埋蔵量と主な所在国を示すと Ni:約 4,600 万トン、オーストラリア、ロシア、カナダ、キューバ、ニューカレドニア、 で約 7 割。比較的分散して存在している。 W:320 万トン、中国が半数近く、次いでカナダ、ロシア、アメリカ。 Co:960 万トン、コンゴが 5 割弱、次いでキューバ、オーストラリアで合計約 8 割、その 他ザンビア、ニューカレドニアに存在する。 Cr:115,000 万トン、南アフリカが約 8 割、カザフスタン、ジンバブエ、フィンランド、 インド。 Mn:68,000 万トン、南アフリカ約 5 割強、ウクライナ約 2 割、ガボン、中国、オース トラリア、その他。 Mo:1,200 万トン、アメリカ約 5 割、チリ約 2 割、中国、カナダ、ロシア、その他。 V:1,000 万トン、ロシア約 5 割、南アフリカ約 3 割、その他。 2 生産供給国を見るとレアメタルの多くは銅や亜鉛の副産物として生産される。 ニオブの生産はブラジル 88.4%、タングステンは中国約 9 割、タンタルはオーストラリア 63.0%、プラチナは南ア 74.8%、パラジウムは南ア 41.2%、などと特定の国に集中している。 中でも中国はレアアースでは殆んど独占的に近い生産をして来た。中国最高実力者鄧小 平氏は、1992 年の「南巡講話」で「中東に石油があるように、中国にはレアアースがある」 との言葉を残している。 中国は改革開放政策が軌道に乗るまでは、天然資源を売る以外に外貨を獲得する手段が なく、長い間レアアース、タングステンなどを安値で世界市場に供給し、タングステンで は、中国の安価供給に伴う競争激化によってカナダ鉱山閉山、ロシアを除く全世界の鉱山 が閉鎖に追い込まれている。レアアースも同様で、米国、オーストラリア鉱山を駆逐して、 中国はタングステンとレアアースで市場支配する状況になっている。 3. レアメタル大国中国、国家統制強化 中国のレアアースは、世界生産の 93.1%、アンチモン 81.5%、タングステン 88.3%、バ ナジウム 6 割強、インジウム 33.8%、と供給大国であり、埋蔵量も世界シェアが高い。 中国は輸出振興策で、レアメタルを安価に輸出し、その結果西側鉱山の多くを閉山に追 い込んだ。世界の巨大企業は、市場規模の大きい主要非鉄金属などで集中投資をして、 レアメタル事業を売却している。 中国の経済発展に伴う中国内需の爆発的な拡大は、中東の石油と同じ意味を中国のレ アメタルに与えつつある。 工業レアメタルの統計によると、99 年まで年間約 1 万 1000 トンで推移していた中国の タングステン需要は、2000 年以降急増。2004 年には年 2 万 1500 トンと、世界需要の 36% をのみこむまでになっている。レアアースも国内需要は 2001 年の 2 万 2600 トンから、2005 年の 4 万トンにまで急増した。今年は 5 万トン近くにまで伸びる見通しである。 一方で,中国政府は資源保護の強化にも動いている。2002 年には外国企業のレアアース鉱 山への投資を禁止し、国内レアアース企業に対しても 2005 年末まで新規鉱山開発を認めな かった。タングステンでも、鉱山は 2002 年の 248 から、2004 年には 118 までほぼ半減して いる。 増加を続ける内需圧力の一方で、資源保護と国家管理を強化している。 中国はレアメタルを輸出する企業に輸出許可証を発行しているが、許可数を年々減らし ている。タングステンでは 2005 年の 1 万 6300 トンから今年は 1 万 5800 トンに圧縮。来年 も 500 トン減らす計画である。レアアースでは昨年の 5 万トンが今年は 4 万 5000 トンに減 らされた。今後も毎年 10%ずつ輸出枠を絞ると表明している。 税制でも締めつけを強めている。かって中国は鉱物資源の輸出を奨励するため、付加価 値税の一種「増値税」を輸出時に還付していた。しかしレアアースに関しては 2005 年 5 月 に還付を撤廃。タングステンでも 2004 年 1 月に 17%の還付率を 13%に引き下げて以来、 3 段階的に引き下げを続けている。税金の還付という優遇策がなくなれば、中国国内企業が 積極的にレアメタル輸出に向う動機は乏しくなる。 また、レアアースの全世界供給を担う中国では、レアアース生産に大量の塩酸を使用す るが、多くのプラントが廃水処理を怠り、環境汚染がひどくなっている。中央政府は汚染 源のプラント閉鎖、採掘抑制の規制強化を強力に実施、これが供給減、価格高騰の引き金 になった。 4. 日本先端技術への脅威 日本が輸入する非鉄金属の中国への依存度は極めて高い。 中国から輸入する主な非鉄金属 名称 輸入量に占める中国 主な用途 への依存度(%) レアアース 85.0 永久磁石 アンチモニー 88.7 難燃助剤 インジウム 71.0 薄型テレビのパネル タングステン 99.9 超硬工具、鉄鋼用添加剤 マグネシウム 95.1 アルミ圧延製品の添加剤 (ネオジムなど) (注)依存度は 2004 年時点。石油・天然ガス・金属鉱物資源機構調べ 日本の先端技術は、その足腰をレアメタル、レアアースで支えられており、その対応の 仕方によっては、我が国の盛衰にかかわる大事となる。 タングステンの輸入量(中間原料パラタングステン酸アンモニウム)は中国から 2784 ト ン、ドイツから 4 トン。マグネシウム地金中国 2 万 8507 トン、カナダ 1369 トン、その他 97 トンとなっている。 中国財務省は、2006 年 4 月から輸出関税の税率を精錬銅と銅合金に関して 5%から 10% へ、銅材は 0 から 10%に引き上げた。輸出奨励策を転換、タングステンとスズの輸出関税 還付率を 8%から 5%へ、マグネシウムは 13%から 5%に引き下げ、アルミニウムや合金鉄 の税還付は停止した。 金属輸出抑制の最大の目的は資源保存である。中国政府は、今後の経済成長に伴って、 金属製品の需要が増大、国内資源が不足するとの見通しによる政策である。 4 日本は、中国に依存する金属が多く、その価格上昇と資源確保への対策が必要となって いる。対策の一つとして 「中国政府が規制を強めているのは、鉱石など上流の部分。付加価値の高い合金まで中国 国内で製造すれば、輸出規制には触れない」 もう1つの答えはリサイクル。インジウムも中国が世界最大の生産国で、日本は輸入の 71.1%を中国に依存しているが、昨年 3 月に高値をつけた後、価格が反落している。そのき っかけは国内のリサイクルが進んだからである。 4. レアメタル価格高騰は構造的変化 これまで輸出振興のもとに安価だった中国産レアメタルは、長年にわたって西側の鉱山 の多くを閉山に追い込んできた。このために、世界の巨大金属企業は、市場規模の大き い主要非鉄金属など中核事業に集中し、採算の合わないレアメタル事業から撤退してい った。 旺盛な内需に応じるために中国が輸出量を減らしていることが、価格高騰の最大要因 であることは間違いない。同じく資源大国であるロシアやインドも、今後遠くない時期 に現在の中国と同じように資源輸出国から消費国へ、さらには輸入国へと転じる可能性 が強い。 実は 2003 年まで、日本は世界有数の In 生産国に名を連ねていた。2006 年 3 月、国内 唯一の鉛・亜鉛鉱山である北海道札幌市の豊羽鉱山が、品位低下から閉山となった。In は亜鉛の微量副産物として得られる。豊羽は In 含有量の多い鉱石を産出していたが、そ れでも主要粗鉱生産量 40 万トンに対して In はわずかに 30 トン(2004 年)。In は副次的 な位置づけしかないのである。 レアメタルのうちでも独自の鉱石から製錬される W、Cr、Mn などと異なり、銅、鉛、 亜鉛のような主産物に随伴する In、Se(セレン)、Te(テルル)、Ga(ガリウム)、Bi (ビスマス)などは、主産物の需給と不可分であり、供給はいちだんとデリケートな状 況に置かれる。地殻中の存在率が低くない In は、枯渇のおそれはないとされるが、供給 不足はいつでも起こりうる。 一方、In はレアメタルのうちで最も二次資源使用(再使用)率が高い鉱種で Bi や Ga と並んで再利用が進んでいる。 5. レアメタルのリサイクルと代替材料開発 日本はレアメタルの一大消費国であり、世界的に産出量が限られるだけに、国際価格 の高騰から有効利用の必要性が高まり、リサイクルが進んでいる。 金属リサイクル大手のアサヒプリテックはインジウムの再生処理能力を 2007 年中に 現在の 2 倍に引上げる。これによって年間 192 トンのインジウムが再生できる。それは 世界消費量の 2 割近くに相当する。日本の消費は世界の約 7 割であるから、国内の 3 分 の 1 が再生インジウムとなる。 5 インジウムは液晶テレビのパネル製造に使われるが、実際にパネルに使用するのは約 1 割で、残りはパネル製造装置などに付着して使われていない。インジウム価格の国際価格 は、2005 年 3 月 1 キログラム 1040 ドルの過去最高値をつけた。この価格高騰後、未使用部 分をかき集めて回収・精製をして再利用するのが一般的になって来た。品質面で新品と再 生品とは遜色ない。 この再生によって、現在の国際価格は 720 ドルと最高値から約 3 割下落している。2006 年には世界消費量の 6 割がリサイクル品になると見込まれている。 超硬工具の主原料タングステンは、資源開発の高まりなどで大型工具需要が拡大、国際 価格は 2005 年 5 月 10 キログラム 290 ドルの過去最高値を記録した。 日本新金属は、工具のスクラップなどからの再生タングステンを約 5 割増、住友電工ハ ードメタルもリサイクル原料の工具への利用率が 2~3 割増としており、リサイクルの拡大 が価格相場を冷やしている。一方、超硬工具のスクラップ価格は、1 年間で 2 倍に上昇、ス クラップも資源と見なされ始めた。 ステンレス鋼の添加剤モリブデン、航空機部品に使用されるチタンでも加工品の破材な どのリサイクルが盛んになっている。 希少金属のスクラップは、海外からの引合いも強くなりつつあり、再生品市場は拡大、 再生資源争奪も始まっている。 一方、東ソーは液晶パネルの内部で、透明な電極膜を作る際に不可欠な薄膜形成のデジ タル素材 ITO(酸化インジウム錫)ターゲット材の原料インジウムから安価で豊富な亜鉛に 切り替え、錫の代わりに酸化アルミニウムを添加する手法を開発、さらに独自開発の添加 剤を加えて導電性や透明度、耐熱性など ITO に近い性能を実現した。製法は既存の ITO タ ーゲット材と同様に粉末を成形し焼き固めて加工するので、既存生産設備をかなり転用で きるとしている。量産化に成功すれば、ITO に比べて大幅に安くなる可能性があり、資源枯 渇・価格高騰リスクへの対応とコストダウンの一石二鳥の効果となる。 希少金属の回収には、金属ごとにイオンになりやすさ、蒸発しやすさ、比重の違いなど の性質をもとに、温度条件を微妙に変えて溶かしたり電解したりして分離する。日本の非 鉄金属精錬会社は、回収再資源化を事業として確立するための技術開発を進めている。 DOWA ホールデイングスは、秋田県の小坂精錬所を一年かけて世界最高水準の金属回収施 設にする。廃家電などからニッケル、ガリウム、白金など 19 種のレアメタルを回収する世 界初の新型リサイクル炉を建設する。従来は 16 種しか回収出来なかった。 2050 年までに、経済的に採掘が成り立つ資源量(埋蔵量)で、白金、モリブデンはほぼ使い きってしまう。ニッケル、リチウムは累積使用量が埋蔵量の 2 倍になり、経済的な回収技 術による事業化と、代替資源などの技術開発は待った無しの状況にある。 6
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