1 1 4 放射光第 11 巻第 2 号 SRI'97 (1998年) 特集 電子運動量密度分布測定のための 高エネルギー非弾性散乱ビームライン 楼井吉晴 理化学研究所* 盟igh EnergyI n e l a s t i cS c a t t e r i n gBea醐line f o r Elect宮O盟問。盟e阻t現職 De盟sity S加dy Yo s h i h a r uSAKURAI TheI n s t i t u t e01P h y s i c a landC h e m i c a lR e s e a r c h(RIKEN) Thea d v e n to fs y n c h r o t r o nr a d i a t i o n( 8 R )s o u r c e sf o rw e l lp o l a r i z e dandh i g he n e r g yx r a y so f f e r snew o p p o r t u n i t i e sf o re x p l o i t i n gt h eComptons c a t t e r i n gs p e c t r o s c o p ya sat o o lf o ri n v e s t i g a t i n gt h ee l e c t r o n i c andm a g n e t i cs t r u c t u r e so fm a t e r i a l s .R e c e n th i g hr e s o l u t i o nComptons c a t t e r i n ge x p e r i m e n t sshowt h e u n i q u ec a p a b i l i t yf o rt h es t u d yo fF e r m i o l o g y r e l a t e di s s u e sande l e c t r o n e l e c t r o nc o r r e l a t i o ne f f e c t s .Asa n e x tadvance , 8Pr討ing.剛品.刷. Comptons c a t t e r i n gspectroscopie邸s. Thel i g h ts o u r c ei sane l l i p t i cm u l t i p o l ew i g g l e rw i t hap e r i o d i cl e n g t h o f1 2c m .Theb e a m l i n ei n c l u d e stwoe x p e r i m e n t a ls t a t i o n s ;onei sf o rt h eh i g hr e s o l u t i o ns p e c t r o s c o p yu s ュ i n g1 O ( } 1 5 0keVx r a y sandt h eo t h e ri sf o rt h em a g n e t i cComptons c a t t e r i n ge x p e r i m e n tu s i n gc i r c u l a r l y p o l a r i z e d3 0 0keVx r a y s .Theu s eo fs u c hh i g he n e r g yx r a y smakesi tp o s s i b l et oc a r r yo u te x p e r i m e n t s e凱ciently o ns a m p l e si n c l u dn g h e a v i e relements , l i k ehìgh欄Tc superconductors , 4f.ωand 5 f m a g n e t i cmate r マ ュ a l s . 1 . はじめに ープや安全管理室のスタッフおよび多くのユーザーの方々 SRI'97 の開催から早くも半年近くが過ぎてしまった。 この半年間には,多くの方々がご存知のように SPring・8 の並々ならぬ努力がこの半年に凝集したからである。 コンブトン散乱実験では,高強度,高エネルギー X 線 の供用が開始された。約 3 ヶ月間の試行運転期間に各ゼ を必要とし,また磁気コンブトン散乱実験ではさらに円偏 ームラインにおいて予想以上の成果が出されたことは, 光した X 線を必要とする。放射光はこれらの要求を満た 1998 年 1 月に姫路工業大学,理学部で開催された放射光 す光源として 1980 年代から注目され,その後の蓄積リン 学会のプログラムから読み取ることができる。 SPring-8 グの高エネルギー化とともに測定対象試料の幅を徐々に広 供用開始時に,ユーザー実験をスタートさせたのは 10本 げるかたちで発展してきた。放射光専用施設として世界最 のビームラインであり,本解説で取り上げる“高エネルギ 高レベルである 8GeV 蓄積リングの SPring-8 は,高エネ ー非弾性散乱ビームライン (BL08W)" もそのうちの一 ルギ -x 線を必要とするコンブトン散乱にとって最適な つである。 BL08W は,蛋白質結晶構造解析ビームライン 放射光施設の一つである。逆に言うと,コンブトン散乱は (BL41XU) SPring-8 の特徴を生かした実験手法とも言える。 とともに,パイロットビームラインとして一 番早く建設に向けてスタートしたビームラインであった。 BL08W はコンブトン散乱による物質の電子構造および その後,後発のビームラインにどんどん追い越されはした 磁気構造を研究するためのビームラインである。 2 つの実 が,何とか制限時間内にゴールができた。これは,挿入光 300keV 門備光 X 線を利用した 磁気コンプトン散乱用のステーション A と 100-150 keV 源,フロントエンド,輸送部,制御などの各建設担当グル *理化学研究所 千 678-1201 験ステーションがあり, 兵庫県赤穂郡上郡町金出地 SPring-8 TEL 0 7 9 1 5 8 2 7 2 3 FAX 0 7 9 1 5 8 0 8 3 0e m a i ls a k u r a i @ s p r i n g 8 . o r . j p -36- (C) 1998 The Japanese Society for Synchrotron Radiation Research 放射光第 11 巻第 2 号 1 1 5 (1998年) れている。本解説では,続く 2 章ではのコンブト γ散乱 ω しれ X 線を用いた高分解能実験用のステーション B が用意さ k2 , ω2 Photon 法の概略について述べ, 3 章では最近の高分解能コンブト q 関の研究に有用であること紹介したい。 4 章では, る。本解説では割愛したが, Ge 半導体検出器による高統 BL08W の主要実験テーマである。磁気コンブトン散乱は E l e c t r o n 、地 / /: ο:. E BL08W の概要,研究のターゲット,現状について述べ 計精度磁気コンブトン散乱実験は高分解能実験とともに \刊\再 ン散乱実験の結果を紹介し,向手法がフェルミ面や電子相 ・'" F i g u r e1 . Schematicdiagramoft h eComptons c a t t e r i n ginteraひ t i o nbetweenanincomingphotonandamovinge l e c t r o n . 磁性電子の運動量分和をとおして物資の磁気構造を研究す るユニークな手法として注告されている。磁気コンブトン E l e c t r o nMomentumDensity, n(px,py,pz) 散乱の概要と最近の研究例については, SAKAI による詳 P x しい解説がある 1) 。 2 . コンブトン散乱の概要 P z Fig.l に示したように,コンブトン散乱はエネルギー hω1 ,波数ベクトル k1 の入射光子が物質中の電子系によ ってエネルギー hω2 ,波数ベクト jレ k2 の光子に散乱され, P F: Fe r m iMomentum p y 電子系にエネルギー hω =ñ(ω1-ω2) と運動量 ñq=ñ(k 1 -k 2 ) を与える散乱現象である。コンブトン散乱断面積は 非相対論の範囲で, 2 品~= (去) (::)号|くI1 平戸町 1 i > 1 態であり, J(pz) 口 Hn(川y, P神x伶 1/> はエネルギー Ef を持つ終状態である。エ li> の束縛エネルギーよりも十分 大きい場合には,インパルス近似2) が成り立ち, 品~~ (去) (ま) I I n( p )d p xd p y →(訪問 J (pz) p z ComptonP r o f i l e i> はエネルギー訟を持つ電子の始状 1 ネルギー移動量 hω が, 0 PA となる。ここで, P F P A ( 1 ) × δ(烏 -Ei-ñω) F i g u r e2 . E l e c t r o nmomentumd e n s i t yn( p )andComptonp r o f i l e J( p z )off r e ee l e c t r o ng a s . 準粒子波動関数であり, Nb (孟)は準粒子の占有関数であ る。また,コンブトンプロファイルは ( 2 ) に J(pz) めz=N, ( 4 ) となる。 n(p) は電子運動量密度であり, n(p) の二重積分 がコンブトンプロファイル J(pz) である。コンブトン散乱 という規格化ができ,理論と定量的な比較が可能になる。 実験では J(pz) が観測量になる。 pz は散乱ベクトル q 方 ここで N は 1 原子当たりの電子数である。 向にとる。自由電子気体の場合, n(p) は Fig.2 に示すよ 以上がコンブトン散乱を用いた物質の電子構造研究の基 うにフェルミ運動量討を半径とする球内に電子が完全に 礎である。(1) -(4) 式が示すようにコンブトン散乱実験で 詰まった状態であり, J(Pz) は下に示したようにパラボラ は,基底電子状態の運動量分布を直接測定できるため,ブ ェ jレミ面の直接観測が原理的に可能になる。また,膨大な 形状になる。 数の電子が相互作用しながら運動している圏体の電子状態 金属の場合,一般に電子運動量密度以p) は を理解する上で,まず占有関数を 1 か O の値を持つステ ボ十五 II gJk , b 仙xp (-ip.ω1 2 Nb(k) ω ップ関数とした独立粒子近似でスタートし,この近似に対 して電子相関効果をどのように取り込むかが重要なポイン トとなる。コンブトン散乱の観測対象は準粒子であり, で与えられ, gJk , b(r) はバンド指標 b ,波数ベクトル k の 験により求めたコンブトンプロファイル J (pz) と独立粒子 -37- 1 1 6 放射光第 11 巻第 2 号 (1998年) 品と l 次元位量検出器の組み合わせで Loupias と Petiau 1 . 5 によって LURE-DCI で最初に行われた5) 。彼女らの実験 は 10keV 付近で行われてたが,その後入射 X 線の高エ ( N a ) Z 1 . 0 ュ ネルギー化が放射光の発展とともに進み, DESY の 、、、 、、 ¥ HASYLAB6) と KEK のフォトンファクトリー7) では 30 0 . 5 keV , KEK の AR-NE1 8 ) と ESRF9) では 60keV の X 線を 用いた実験が行われている。ただし, ESRF では角度分 \、 散型スベクトロメータを採用している。 60keV の場合, 0 . 0 は,経験的に 3d 元素までの物質である。 BL08W では, 100-150keV の X 線を用いた高分解能コンブトン散乱を 、 、 0 . 5 計画しており,これによって測定対象は 4f 元素まで拡大 され,重い電子系 Ce 化合物や錦酸化物高温超伝導体など 、 七\ 0 . 0 0 . 0 フェルミ面の直接観測や電子相関効果の測定が可能なの F r e eE l e c t r o n E l e c t r o n 一一一 Interacting 店、、 口\ ¥ 、、-闘っ ¥ c r1.0 f刷、 一一一¥ 1 . 5 子\ に応用が可能になると期待される。 \、 1 . 0 0 . 5 1 . 5 3 . 最近の高分解能コンブトン散乱研究例 p z ( a u ) 本章では,フェルミ面と電子相関研究例として,最近の . O c c u p a t i o nf u n c t i o nN( p z )a n dComptonp r o f i l eJ( p z ) F i g u r e3 o ff r e ee l e c t r o ng a sa n di n t e r a c t i n ge l e c t r o ng a s . Be と Li の研究成果を紹介し,また高分解能磁気コンブト 近似に基づく精密なバンド計算により求められる J(pz) と を紹介する。 ン散乱実験による MAJORITY-, MINORITY -SPIN バン ド別の電子運動量分布測定例として Fe-5.8 at%Si の結果 の差は,同バンド計算に取り込まれていない電子相関効果 によると考えられる。 J (pz) は定量的比較が可能であり, 3 . 1 Be これは電子相関効果のバンド理論への取り込みに関しても F i g .4~こ Be の第 1 , 2 フリルアンゾーンとフェルミ面 定量的な評価が可能になる。自由電子気体の占有関数 N を示す。 Be のフェ lレミ面は宝冠状のホール面 (coronet) (pz) は Fig.3 上に示すフェルミ運動量 (pz=l) 以下では と葉巻状の電子面 (cigar) からなることが知られている。 1,それ以上では O であるが,電子関相互作用を導入する Be は単位胞当たり 4 僧の髄電子を持つ。これらは,原理 と破線で示すようにブェルミ運動量以下の N(pz) は l よ 的には完全に満たされた 2 つのバンドに収容されるわけ り小さくなり,またブェルミ運動量よりょの N(pz) も O であるが,現実は第 3 バンドが部分的に占有され葉巻状 でなくなり,高 pz 側にテールを引くようになる。自由電 電子部を形成し,第 2 バンドにはホールができ宝冠状の 子気体の場合に比べて,電子間相互作用を導入した系の J ホール面を形成する o (pz) は, pz=O 近傍で小さくなり,高 pz 側で大きくなる。 コンブトン散乱による物質の電子構造の研究は意外に古 最近, Itou らは 0.08 au の分解能で Be の [OOOlJ と [1120J 方位について J(pz) を測定し,局所密度近年{ く, 1920年後半から 1930年代にかけて, DuMond らによ (LDA) に基づく精密な KKR バンド計算より求めた理論 って測定が行われている。彼は Be の J(pz) を測定し,国 プ口ファイルと比較した 10) 0 F i g .5 と Fig.6 にそれぞ 体中の電子は古典的な Maxwell-Bolzmann 統計分布では れ, なく, Fermi-Dirac 統計分布に従うことを実証している 3) 。 ファイルは半値幅 0.08 au のガウス関数でコンボリューシ その後 , y 線源や回転対陰極型 X 線発生装罷と半導体検 ョンされている。 J(pz) とその l 階微分プロファイルを示す。理論プ口 出器を用いた実験4) が行われ,コンプトンプロファイルの 最初に, Fig.6 の 1 階徴分プロファイ Jレを見てみる。 全体的な広がりから電子相関効果を取り込むことの重要性 このプロファイルには,フェルミ面やブリルアンゾーンな が指摘されたが,ブェ lレミ菌の直接観測や電子相関による どに起罰した微細構造(記号 A-F で示めしてある)がみ フェルミ面のボケを捕らえるには分解能 ("'0.5 au) られる。バンド計算より, A と C は電子酉, と統 計精度の点で足りず,それには放射光を利用した高分解能 実験を待たなければならなかった。 B は電子酉 とホール面, D はホール面, E は電子面, F はブリルアン ゾーンによる構造であることが判明している。実験結果は 高分解能コンブトン散乱実験では 10 12 photons/s 以上 の強度を持つ高エネルギー X 線を必要とする。また,金 E を除いてバンド計算とほぼ一致している。例えば, Fig.4 で K 点にある葉巻型電子面に着目すると,微細構 属のフェルミ面や電子相関効果によるフェ lレミ面のボケを 造 C と E はこの葉巻型電子面のそれぞれく 1120) とく0001) 0 . 1au 以下の分解能を必要とする。放 軸方向のサイズを反映している。微細構造 C はその按暢 射光を利用した高分解能実験は,エネルギー分散型分光結 を別にして位置に関してバンド計算と実験は一致はよい 直接観測するには, -38- 放射光第 11 巻第 2 号 1 1 7 (1998年) が, E は振踊,位霞とも一致は悪い。これは,この電子酉 く 0001> のく0001>方向へのサイズがバンド計算と実験では異なっ ているためと考えられる。このように,高分解能コンブト ンブ口ファイル J(pz) は Be の電子商とホール酉をとらえ ており,高分解能コンブトン散乱がフェルミ面の直接観測 に有用であることを示している。 Fig.5 の J(pz) において,実験結果はバンド計算と比べ て低 pz 領域で低く,高 pz 側で逆に高くなっていることが T 観測されている。これは , y 線と半導体検出器を用いた実 験11) や Loupias と Petiau の高分解能実験5) で既に指摘さ れていたことであるが,バンド理論計算では占有関数 N b く 1120> (k) はフェルミ面内では 1 ,以外では O を仮定しているた めであり,実際の系では占有関数は電子相関によって O と 1 の中間の値をとっていると考えられる。また,同様 <1010> に電子相関効果は,一階徴分プロファイルにも現われ, F i g u r e4 . F e r m is u r f a c ea n df i r s ttwo お ri1louin Fig.6 に見られるようにブェルミ面に起因する微細構造 z o n e so fB e . 2 . 0 2 . 0 (touetal . ) Exp.l Theory 1 . 5 1.5f " ¥ 〆3'hN、 1 . 0 〆3 同崎N、 同て3 同つ 0 . 5 0 . 0 0 . 0 1 . 0 0 . 5 [ 0 0 0 1] 0 . 5 1 . 0 1 . 5 2 . 0 2 . 5 [Exp(Mal) 一一- Theory 0 . 0 0 . 0 3 . 0 0 . 5 1 . 0 1 . 5 2 . 0 2 . 5 3 . 0 p z ( a u ) pz{au) . E x p e r i m e n t a la n dKKRband岨theoretical Comptonpro長les o fB e . F i g u r e5 0 . 0 0 . 0 0 . 5 一一- E xp .l (t o ue ta l . ) T h e o r y 欄0.5 1 . 0 N ぷJ ・ 1.0 告ぺ .5 てコ f句、 〆'町、 0. とず之 O 、、_" 、、、 、、、 N N Q側 弓 てコ -1.5 a 司 Z2 4 司 22 欄2.0 C 爪γi 3 . 5 0 . 0 [ 0 0 0 1 ] A E x p . ( l t o ue ta l . ) 3 . 0H 一一一 Theory m 一 2 . 5 輔2.5 0 . 5 1 . 0 1 . 5 0 . 0 1 . 0 0 . 5 p z ( a u ) p z ( a u ) . F i r s td e r i v a t i v ec u r v e so fe x p e r i m e n t a la n dKKRb a n d t h e o r e t i c a lComptonp r o f i l e so fB e . F i g u r e6 39- 1 . 5 1 1 8 放射光第 11 巻第 2 号 はバンド計算に比べて実験結果はかなり丸くなっている。 (1998年) U, [ 1 1 1 ] これは,高分解能実験で始めて確認されたことである。基 底電子状態の運動量分布を定量的に再現するには,電子相 1 . 0 ( S a k u r a ie ta l . ) • E x p . " ' E x p .(Schuellくe 関効果を適切にバンド計算に取り込む必要がある。 e t al . ) 一一ー LDA“ FLAPW (N吋AU) 3 . 2L i Be を例にとって,電子相関効果をバンド計算に取り込 むことの重要性を指摘した。ここでは Li を例にとり, 一一一 GWん FLAPW 0 . 5 GW 近似による電子多体効果の取り込みで電子運動量分 布を十分うまく記述できることを紹介する。コンブトンプ ロファイル J (pz) を得るには,次の方程式を解いて得られ 0 . 0 0 . 0 る準粒子状態九, b(r) を求めなくてはならない。 0 . 5 1 . 0 p z ( a u ) ザ杵山+刊 Vext+V仇 口 Ek, b'l'k, bμ(何 ω司) r ここで, (伶3) Vext , VH は電子一原子核問相互作用,ハートレー ポテンシャルで, 2:: (r , r' , E k .b) は自己エネルギー演算子 1 1 1 J F i g u r e7 . E x p e r i m e n t a lComptonp r o f i l e so fL ia l o n gt h e[ direction , t o g e t h e rw i t ht h o s eo ft h eLDA田based FLAPWandt h e GW-approximationc a l c u l a t i o n s . ( 6 ) Jmag(pz) 口 J同 (pz) … Jmin (pz) , である。 Li に関して,最近 Kubo は自己エネルギーに関 するダイソン方程式を摂動展開し,第 l 項をとりだして である。 Jmaj (pz) と J江山 (pz) は MAJORITY-SPIN バンド 電子相関効果を取り込むという GW 近似で自己エネルギ と開INORITY…SPIN バンドのコンブトンプロファイル ーと占有関数を求め,コンブトンプロファイル J(pz) を計 である。すなわち,実験によつて得られる磁気コンプトン 算した。 Fig.7 に, GW 近似 FLAPW バンド計算と局所 プ口フアイ lルレ Jr訂ma 密度近似 (LDA) FLAPW バンド計算による J (pz) を示 から, す 12) 。また,同図には Sakurai ら 13) と Schuelke ら 14) によ コンブトンプロファイルが得られることを示している。 る実験結果を示してある。局所密度近似バンド計算と実験 結果の間には, Be の場合と同様に低 pz 領域では実験結果 at%Si の全コンブトンプロファイルと MAJORITY-, M INORIュ が低く,高 pz 傑で逆に高くなっているが,電子相関を取 TY-SPIN バンドコンブトンプロファイルを示す 15) 。測定 り入れた GW 近似バンド計算は実験結果とかなり良い一 試料は 5.8 at% の Si を含んでいるので,直接の比較はでき MAJORITY-SPIN , MINORITY-SPIN バンド別の Fig.8 に 0.13 au の分解能で測定された Fe-5.8 致を示す。これは,バンド理論における電子相関効果の取 ないが,純鉄の FLAPW バンド計算の結果も一緒に示し り込む方法として GW 近似は有望な方法であることを示 てある。これは,従来の Ge 半導体検出器を用いた実験 している。電子相関効果について電子運動量分布の観点か (分解能 0.5-1. 0 au) ら検討を加えることは有用であり,そのための実験手法と 細な構造が見えて来ており,磁性金属,合金の MAJORI と比べて統計精度は劣るものの,微 して高分解能コンブトン散乱法は有益であることを示して TY-, MINORITY-SPIN ノ t ンド別のフェ Jレミ面,電子多 いる。 体効果の研究に道を拓くものと期待される。 3 . 3 F e 5 .8at%Si の高分解能磁気コンブトン散乱 4 . 入射 X 線が円偏光している場合,式 (2) のコンブトン散 (1) BL08W の概要と現状 研究ターゲット Fig.9 には,最近行われたの高分解能コンブトン散乱 乱断面積は 実験と SPring-8 で可能になる実験を,横軸を入射 X 線の 哉氏(乏)chzge(2)J(川凱in エネルギー,縦軸を測定試料の平均原子番号でプロットし たものである。 BL08W では, 1 0 0 1 5 0keV の X 線を使 用し,フェルミ面研究と電子相関の研究対象を銅酸化物高 X (::) J m a g ( p z ) 温超伝導体,重い電子系 Ce 化合物た 4d , 4f 金属及び合金 に拡張される。 3d, 4f 磁性金属や合金の高分解能磁気コン となり, ブトン散乱実験についても,磁気効果の増加やバックグラ ウンドの少ない測定が期待でき,新たな研究対象になる。 J( p z )=J附 (pz) 十 Jmin (pz) , ( 5 ) 本解説では触れなかったが,磁気コンブトン散乱実験は -40- 放射光第 11 巻第 2 号 1 1 9 (1998年) 3 . 0 [ 1 0 0 ] ,_ 2 . 5 ω ぷコ E x p .( F e 5 . 8 a t % S i ) 2 . 0 F しAPW 忘 コ z 50 ( P u r eF e ) 0 ε 醐s ,.h3、ト, 1 . 5 。 キJ < 仏唖壬一一 Total v a l e n c ee l e c t r o n 1 . 0 ω 0) Cu塁審 V, C o S i2 (1 r o Majority植spin L圃 e l e c t r o n ω > 護霊 FeAI < 塁塁 o 。 Na重警 KHCOの 0 . 5 0 . 0 S iC謬 2 3 4 5 。 Be ( 護霊 AI し iCu , し i-Mg 軽量Li L持率警 10 6 100 300 I n c i d e n tX-RayEnergy( k e V ) P z( a u ) F i g u r e8 . E x p e r i m e n t a lt o t a lv a l e n c eelectron , majority網spin- a n d minority間spin-electron C omptonp r o f i l e so fFe-5 . 8at%Si , t o g e t h e r w i t ht h o s eo fFLAPWc a l c u l a t i o n sf o rp u r eF e . F i g u r e9 . R e c e n th i g hr e s o l u t i o nComptons c a t t e r i n ge x p e r i m e n t s a n dt a r g e t sa tt h eSPring欄 8. 100 BL08W の大きな柱である。 Fig.10 には Ge 半導体検出器 を用いた高統計精度,中程度分解能 (0.5-0.8 au) の磁気 弘山 ω ぷコ コンブトン散乱実験について同様にプロットしたものであ E 2 0 なり,また後方散乱の場合コンブトン散乱 X 線は 140 ~ 50 keV 近傍にあるので,いかなる蛍光 X 線にも邪魔されず ・ゐ幽, < ω 0) に効率のよい測定が可能になる。 (2) Gd コ る。 60keV に比べて, 300keV の場合磁気効果は 5 倍に r ,_o 挿入光源とフロントエンド ω 塁審 Fe 塁審 > < 挿入光源は,周期長 12 crn ,全長4.5 rn の楕円偏光ウイ グラー 16) で,最小ギャップ (20 rnrn 時)に臨界エネルギ -42.6keV ,全放射パワー 18.7kW になる。 SPECTRA 0 10 で計算した全フラックスを Fig.10 に示す。また,フロン トエンド部には,グラファイトと Al フィルターを置き, 放射光の低エネルギー部分を吸収し,モノク口メータの熱 負荷を低減している。 Fig. 11 にはグラファイト 15 mrn , 100 500 I n c i d e n tX-RayEnergy( k e V ) F i g u r e1 0 . R e c e n tm a g n e t i cComptons c a t t e r i n ge x p e r i m e n t sa n d t a r g e t sa tt h eS P r i n g 8 . さらに A115 rnrn 後方でのブラックススペクトルを示して あるが,このフィルタ一系で 100 keV 以上の X 線の強度 1e+16 を低下させずに,モノクロメータの熱負荷を制御できる程 1e+15 度に低減している (3) 31e+14 光学系 17, 18) と実験ステーション ポ 51e什 3 Fig.12 には実験ホール側のビームラインの図を示す。 ω 2 つの実験ステーションがあり,ステーション A は 300 g _1e+11 ン散乱実験用で,ステーション B は 100-150 keVX 線を 仏 当 1e什 O 用いた 0.1 au 以下の分解能の高分解能実験用である。それ l . L ぞれのステーション用のモノク口メータは光学ハッチ 1e+9 ) v ,,z‘、 e bk y e v d a v - r i cJohann 型モノクロメータ (Si771 反射,非対称角 1 ) 1 0 X 0 イln 1e+8 して試料位置で縦 3rnrnX 横 0.5 rnrn に集光する asymrnet OB o e ( O p t i c sHutch) に設置されている。ステーション A 用と を,ステーション B 用として doubly bent 型モノクロメ ゃ AI , 15mm 1e+12 0 keV 円偏光 X 線を用い, 0 . 5au の分解能の磁気コンブト ータ (Si400反射)を設置されている。 E m i t t e dfromE 陥 PW 1000 n dt h a ta f t e rt h e F i g u r e1 1 . C a l c u l a t e dt o t a lf i u xo ft h eEMP 玖T a f i l t e r s . -41- 1 2 0 放射光第 11 巻第 2 号 E x o e r i m e n t a lS t a t i o nA E x o e r i m e n t a lS t a t i o nB m 35 (1998年) 5 5 4 0 ( a )E x p e r i m e n t a lS t a t i o n A8 r a n c h nHE ‘陶 円。 ,T 内α皿 n u ュ -4..‘幽 吟α山 4 ・‘幽 酔O 四 ! MEE酬 nH四 AE醐 AE叩 4 5 VA削 40 jm一 35 FE聞 E x o e r i m e n t a lS t a t i o nA ( m ) 5 5 5 0 ( b )E x p e r i m e n t a lS t a t i o n . B8 r a n c h F i g u r e1 2 . S c h e r n a t i cd r a w i n g so fBL08Wb e a r n l i n e . Sa i m m p b i e Chamber l o n i z a t i o n Cham おer S l i t s I n c l d e n tX O K e r a V y ) s (100欄 15 S a m p l e C a u c h o i sTy担e A n a l y z e r 1 0 0 0 P o s i t i o nS e n s i t i v eD e t e c t o r F i g u r e1 3 . S c h e r n a t i cd r a w i n g so fh i g hr e s o l u t i o ns p e c t r o r n e t e r . 実験ステーション A には, 10 素子 Ge 半導体検出器, 器からなり,コンブトン研究グループで KEK, AR-NE1 超伝導マグネットと試料用冷凍器からなるスペクトロメー に建設したものをベースに改良を行ったものを設置する。 タが設置されている。超伝導マグネットの最大磁場は 3 平成 10年度後半に立ち上げ,調整を行う予定である。 T で, 5 秒で磁場反転可能である。また,蒸発した He を 再液化する装置を備えており, 1 ヶ月以上のメンテナンス フリー運転を試行実験期間で実証している。 4 . まとめ 最近の研究は,高分解能コンブトン散乱はブェルミ面と 本解説の主題である高分解能コンブトン散乱実験は実験 電子相関効果の研究においてきわめて有効な実験手法であ ステーション B で行われる。 Fig.13 に示すように,高分 ることを示している。 SPring-8 では, 解能スベクトロメータは Cauchois 型分光結品と位霞検出 線を用いることで, 4f 元素までが測定可能な範囲になる -42- 1 0 0 1 5 0keV のX 放射光第 11 巻第 2 号 1 2 1 (1998年) と期待される。4f元素までがターゲットになるとすると, 重い電子系 Ce 化合物,銅酸化物高温超伝導体のフェルミ 面及び電子相関研究の実験手法として,高分解能コンブト ン散乱の応用が可能になり,新たな知見をもたらすと期待 される。 5 . 謝辞 ここで紹介した高分解能コンブトン散乱実験は, Li の Schuelke らのデータを除いて,全て KEK, AR-NEl で行 われた。これらの研究において,多くの議論をして頂いた 塩谷亘弘教授(東水大) ,坂井信彦教授(姫工大) ,久保康 則教授(日大), Bansil 教授 (Northeastern 大)の各氏に 感謝いたします。また, BL08W ビームラインの建設にお いて,モノクロメータのデザインに関して助言と協力を頂 いた河田洋助教授(物講研) ,モノクロメータの立ち上げ を担当してくれた山間人志研究員(理研) ,ビームライン 建設を現場で指揮した水牧仁一郎研究員(JASRI) に感 謝します。また,ユーザーの立ち場で,建設に深く関わっ て頂いた小泉昭久助手(姫工大)および坂井研の皆様に深 く感謝いたします。そして, SPring-8 建設に参加された 多くの方々に感謝の意を表します。 参考文献 1 ) N .S a k a i :J .App l .C r y s t .29 , 8 1( 1 9 9 6 ) . 3 6( 1 9 5 2 ) . 2 ) C .F .ChewandG .C .W i c k :P h y s .R e v .85 , 6 .W.M.DuMond:P h y s .R e v .33 , 643( 1 9 2 9 ) . 3 ) J .C o o p e r :R e p .P r o g .P h y s .48 , 415( 1 9 8 5 ) . 4 ) See , M.J 5 ) G .L o u p i a sandJ .P e t i a u :J .P h y s .C P a r i s )41 , 265 ( 1 9 8 0 ) . 6 ) A .Berthold , S .Mourikis , J .R .Schmitz , W.S c h u e l k eand H.S c h u l t e S c h r e p p i n g :Nu c 1 .I n s t r .andMeth.A 317 , 3 73 ( 1 9 9 2 ). .Itoh , M.Sakurai , H.Kawata , Y . 7 ) N .Shitani , N.Sakai , F AmemiyaandM.Ando:Nuc l .I n s t r .andMeth.A 275 , 447 ( 1 9 8 9 ). 8 ) Y .Sakurai , M.Ito, T .Urai , Y .Tanaka , N.Sakai , T .Iwazu・ mi , H.Kawata , M.AndoandN .S h i o t a n i :R e v .S c i .I n s t r .63 , 1190( 1 9 9 2 ) . 9 ) S .Manninen , V .Honkimaki , K.Hamalainen , J .Laukkanen , C .Blaas , J .Redinger , J .E .McCarthyandP .S u o r t t i :P h y s . 1 9 9 6 ) . R e v .53 , 7714( .Sakurai , T .Ohata , A .Bansil , S .Kaprzyk , Y . 1 0 ) M.Itou , Y Tanaka , Y .KawataandN .S h i o t a n i :t obep u b l i s h e di nJ . P h y s .Chemo fS o l i d s . .Hansen , P .P a t t i s o nandJ .R .S c h n e i d e r :Z .P h y s i kB 1 1 ) N.K 1 9 7 9 ) . 35 , 215( 1 2 ) Y .Kubo:J .P h y s .S o c .J a p a n66 , 2236( 1 9 9 7 ) . . Tanaka , A . Bansil , S . Kaprzyk , A. T . 1 3 ) Y . Sakurai , Y Stewart, Y .Nagashima , Y .Hyodo , S .Nanao , H.Kawata andN.S h i o t a n i :P h y s .R e v .L e t t .74 , 2252 ( 1 9 9 5 ) . 1 4 ) W.Schuelke , G .Stutz , F .WohlertandA.K a p r o l a t :P h y s . 4 3 8 1( 1 9 9 6 ) . R e v .B 54 , 1 1 5 ) Y .Sakurai , Y .Tanaka , T .Ohata , Y .Watanabe , S .Nanao , Y.Ushigami , T .1 wazumi ,耳. K awataandN.S h i o t a n i :J . P h y s .C o n d e n s .M a t t e r6, 9 4 6 9( 1 9 9 4 ) . 16) 耳. K i t a m u r a :J .S y n c h r o t r o nRad. , t obep u b l i s h e d . .M.Marechal , K . 1 7 ) Y .Sakurai ,耳. Yamaoka ,百. Kimura , X Ohtomo , T .Mochizuki , T .Ishikawa ,耳. Ki tamura , Y .K a s h i ュ .Harami , Y .Tanaka, H.Kawata , N .S h i o t a n iandN . hara , T r .66 , 1 774( 1 9 9 5 ) . S a k a i :R e v .S c i .I n s t 1 8 ) H .Yamaoka , T .Mochizuki , Y .S a k u r a iandH.K a w a t a :J . obep u b l i s h e d . S y n c h r o t r o nRad. , t f議議議議 ( 1 ) ( 2 ) フェ}(..ミ面 結晶中ゎ 1 電子エネノレギーは,波数ベクトノレ匙の関数と 準粒子 準粒子の定義にはいくつかあるが,ここではランダウのフ して En(k) と表せる。ここで n はバンド指標である。金属 ェノレミ液体論の定義による。相互作用している電子系では, の場合,ブ z ノレミ準位 εF はあるエネノレギーバンドの中にあ ある 1 舗の電子は常に他の電子の影響を受け,かつ屑顕の り,ブェルミ面は EnC註F)=eF を満たす波数空間の等エネノレ (乱れ)を与えながら運動する。この電子と周囲 ギー詣である。ブェノレミ菌は物質の電気,磁気,光学的性質 の乱れの運動の総体を 1 個の準粒子の運動とみなす。準粒 を決める重要な要素の一つであるため,フェノレミ面研究は 子の総数は考えている電子系の電子数に等ししまた粒子間 Fermiology として一つの研究分野を形成している。実験的 相互作用を O にすると準粒子は電子そのものに帰着する。 なブェノレミ面の測定手段として, d eHaasvanAlpfen 効果ま たは磁気抵抗効果による観測,光電子分光,陽電子治波法な どが古くから知られているが,最近,放射光利用の進展とと もにコンブトン散乱法によるフェノレミ面研究例も増えてきて し、る。 -43-
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