伝統的な法制執務の上にも常に革新の要素があることを認識する 1 地方

平成 26 年度政策・実務研修(JAMP 共同実施)レポート優秀作
法令実務B~法務の応用と実践~
伝統的な法制執務の上にも常に革新の要素があることを認識する
~第1次地方分権改革から十数年経過した今、改めて新旧対照表方式を考える~
島根県出雲市総務部総務課
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原
哲也
地方分権時代の法制執務
平成 12 年4月1日から施行された地方分権一括法により、条例制定権の範囲が大
幅に拡大してから十数年が経過した。この間に、少子高齢化の進行や社会保障費の
急激な増加、平成の大合併による自治体運営の効率化など地域を取り巻く環境は急
速に変化しており、自治体には、地域の自主的・自立的な行政運営を行う政策づく
りにおいて積極的に条例を活用していくことが、以前にも増して求められている。
このような状況を踏まえ、今回の研修の中で、講師の田中孝男先生は、
「狭義の法
制執務」と「広義の法制執務」に分類し、法制執務において気をつけなければなら
ない問題点を次のように指摘された。
狭義の法制執務とは、立法技術及び立法技術に基づく立法案の立案・審査であり、
地方分権改革前の法制執務観である。
また、広義の法制執務とは、法制管理・立法管理にあたり、例規集の保管・管理、
公布・公告式といった地味な部分、首長提案の条例案や規則等の立案におけるシス
テムの管理(原価計算・コスト削減を含む)までを含むものである。
そして、狭義の法制執務の問題点としては、能率ないし生産性の向上の視点を欠
きがちであり、住民からの視点を欠きがちとし、常に広義の視点で法制執務を見直
すことで、伝統的な法制執務の上にも、常に革新の要素があることを認識しなけれ
ばならない。
この指摘を踏まえ、条例等の改正の方式である「溶け込み方式」における「改め
文方式」と「新旧対照表方式」について、その長所と短所を改めて整理することで、
今後の法制執務のあり方について検討してみたいと考える。
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「改め文方式」と「新旧対照表方式」における長所と短所
今回の研修において、研修生があげた「改め文方式」と「新旧対照表方式」を比較
した場合の長所と短所は次のとおりであった。
(1)「改め文方式」の長所と短所
①長所
・改正方式に疑義が生じない。(技術が確立している)
・官報や他市の改正などを参考にしやすい。
・一度知識、技術を習得すると負担が少ない。
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・同一の語句の改正はまとめることができる。
・図表や様式の改正がしやすい。
②短所
・改正箇所しか出てこない時は条例等の全体像が分かりにくい。
・改正方法の知識、技術が必要。(知識のある特定の職員に業務が集中する)
・改め文の技術習得に時間がかかる。
・資料として新旧対照表を作成するので二度手間である。
(2)「新旧対照表方式」の長所と短所
①長所
・改正箇所がわかりやすい。
・作成に知識がそれほど必要ない。
②短所
・文書量が多くなる。
・議案のチェックに手間がかかる。
・施行日が異なる改正が複雑になる。
・図表の改正は見にくくなる。
・国の法令の改正等が読めなくなる。
それぞれの長所・短所は、必ずしも絶対的なものではなく、相対的なものである。
よって、改正方式のそのものの優劣による判断ではなく、目的に沿った適切な改正
方式をそれぞれの自治体において検討することが重要である。
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「新旧対照表方式」の導入状況
条例の改正方式に「新旧対照表方式」を最初に導入したのは鳥取県である。導入
時期は、地方分権一括法が施行された直後の平成 12 年7月のことであった。その後、
いくつかの自治体が導入し、現在は、都道府県レベルでは、岩手県、静岡県、新潟
県、大阪府、鳥取県、香川県、愛媛県、長崎県、佐賀県及び宮崎県の 10 府県が導入
している。また、市町村レベルでは、100 以上の自治体が導入していると言われてい
る。ちなみに、今回の研修生の中では、岩手県宮古市、沖縄県那覇市、大分県日田
市の3市が「新旧対照表方式」を導入しており、導入時期は、3市ともに平成 18 年
頃ということである。
平成 25 年1月から「新旧対照表方式」を導入した浜松市は、条例等の改正方式の
新旧対照表方式への移行に関する基本要領の中で「地域主権改革の進展に伴い、複
雑化、困難化する行政課題を適法かつ効果的に解決していくため、自治立法である
条例等の役割がこれまで以上に高まっており、こうした状況を受け、条例等の改正
内容を市民や議会に分かりやすいものとするため、条例等の改正方式を従来の改め
文方式から新旧対照表方式に移行する。」としている。
なお、浜松市は、別表や様式の改正のうち、新旧対照表に収めることが困難で改
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正内容が逆に分かりにくくなってしまう場合や同じ字句等の整理を一括して大量に
行う場合等には、改め文方式によるとしている。
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国における「新旧対照表方式」の考え方
国において、
「新旧対照表方式」がどのように考えられているかについて、内閣法
制局の考え方は、次のとおりである。
「いわゆる改め文といわれる逐語的改正方式は、改正点が明確であり、かつ、簡
素に表現できるというメリットがあることから、それなりの改善、工夫の努力を経
て、我が国における法改正の手法として定着している。一方、新旧対照表は、現在、
改正内容の理解を助けるための参考資料として作成しているものだが、逐語的改正
方式をやめて、これを改正法案の本体とすることについては、一般的に新旧対照表
は改め文よりも相当に大部となるということが避けられず、その全体について正確
性を期すための事務にこれまで以上に多大の時間と労力を要する。また、条項の移
動など、新旧対照表ではその改正の内容が十分に表現できない。このようなことか
ら、実際上困難があるものと考えている。」(衆議院会議録第 155 回国会総務委員会
第9号(平成 14 年 12 月3日))
内閣法制局の答弁の中で述べられた「新旧対照表方式」の短所は、改正法案の分
量が大量となるので、法案のチェックに多大な時間と労力がかかること、
条項の移動等は、正しく表現されないことの2点をあげている。
ただ、全国でいち早く「新旧対照表方式」を導入した、当時の鳥取県知事の片山
善博氏は、旧自治省の固定資産税課長や府県税課長などの役職を歴任しており、国
の法改正についても熟知していたと思われることから、国においても「新旧対照表
方式」の短所はさほど重要なものでないとする考え方もあるかもしれない。
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出雲市における「新旧対照表方式」導入の検討
(1)「改め文方式」の特徴
まず、出雲市も採用している「改め文方式」の一般的な特徴について確認してお
く。
「改め文方式」では、条例を一部改正する場合、改正しようとする部分をピンポ
イントで特定して改正するため、「改正箇所が明確になる」「改正文の分量が少なく
てすむ」という長所がある。その反面、改正しようとする部分を、例えば『第○条
中「××」を「△△」に改める』というように、「改め」「加え」「削り」「とする」
と表現するだけなので、条文を読んだだけでは、改正内容が明らかにならないとい
う短所がある。しかも、法令作成の専門的なルールによって作成されるため、起案
に相当の技術と手間がかかる。そのため、改め文方式をとっている自治体の多くが、
条例等の改正案を理解するための資料として「新旧対照表」を作成している。
(2)出雲市の現状と課題
出雲市では条例改正する場合、①議案となる「条例改正案」、②条例関係資料とな
る「改正の要旨(改正の理由、改正の要点、施行期日)と新旧対照表」を作成して
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いる。
まず、原課において、①②を作成した上で、法制執務の担当部署である総務課行
政係において改正案の体裁のチェック及び内容を審査することになる。
しかしながら、原課の職員においては、日々の業務が多忙な上、必ずしも改正方
法の知識・技術に詳しいわけではないので、法制執務担当において、かなりの手直
し、修正を行うことになる。その際、法制執務担当においても、経験年数が長く専
門知識が豊富な職員ではない場合は、立法技術の手引書である『法制執務詳解』
(石
毛正純著、ぎょうせい)等の書籍で慎重に確認しながら、手間と労力、コストをか
なりかけて改正案を作成しているのが現状である。ちなみに、現在は、私を含め経
験年数2年未満の職員が担当している。
出雲市では、平成 17 年の合併後 10 年が経過し、職員数は合併前に比べて 238 人
減少している。一方で、行政課題の複雑化や住民意識の向上・多様化等により業務
量は増大している。また、平成 25 年度決算に基づく実質公債比率は、20.3 パーセン
ト、将来負担率は 206.6 パーセントであり、行財政改革が喫緊の課題である。
このように、限られた職員と予算等を駆使して、最大の行政効果を発揮するため
には、広義の法制執務の視点から法制管理、立法管理のシステムを考える必要があ
る。
(3)「新旧対照表方式」の短所の検討
内閣法制局の答弁の中で述べられた「新旧対照表方式」の2点の短所について、
出雲市において考えてみる。
時間と労力の増大については、
「議案」と「資料」の違いはあるが、現に「新旧対
照表」を作成し、チェック及び審査の上、議会へ提出しているのであるから、現状
以上に時間や労力がかかることはないと考える。また、正しい表現についても、既
に全国で 100 以上の自治体において「新旧対照表方式」が導入されていること、出
雲市においても実際の議会審議では、
「新旧対照表」を使って説明していることから
考えると、さほど問題はないように思われる。
(4)「新旧対照表方式」により期待される効果
市民や議会への分かりやすい法令ということで考えると、改正方法の問題ではな
く、むしろ溶け込んだ後の条例の分かりやすさの方が重要である。
また、市民にわかりやすく改正内容等を周知・広報することが重要である。
このことから、
「新旧対照表方式」導入による原課及び法制執務担当の時間と労力
の削減分を、条例案の内容審査の充実や市民への分かりやすい広報資料の作成、分
かりやすい条例への見直し、職員の政策法務能力向上研修等へシフトするべきであ
る。加えて、条例改正に対する心理的なハードルが低くなるという効果も期待でき
る。
また、出雲市議会では、議案をはじめ議会配布資料を電子化し、タブレット型多
機能端末機を活用した審議への移行を進めており、条例改正案についても、より視
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覚的に理解しやすい「新旧対照表方式」が適していると考える。
なお、現行の「改め文方式」においても、全部改正方式や条項改め方式などによ
り、分かりやすい改正方法を検討することも必要である。
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おわりに
今回の研修をとおして、市町村職員は、あらゆる分野に精通し、極めて高度な業
務を行い、住民の人生に大きな責任を有する存在であること改めて実感することが
できた。この視点に立てば、法令執務においてもチェックの審査から内容の審査、
知恵の出し合いへシフトしていくべきである。そのためには、短時間で、低コスト
で処理する体制の確保が不可欠である。そのための最適な改正方式を考え省力化し、
もっと政策の内容の決定に時間を使うべきだと考える。
最後に、2週間にわたる研修をとおして、御指導いただいたすべての講師の先生
の方々、議論し合った研修生のみなさん、JIAMの担当職員の方々、そして研修
に快く送り出していただいた、職場の上司、同僚職員のみなさんに深く感謝すると
ともに、研修で学んだことを日々の業務に活かしていきたい。
(参考文献)
平成 26 年度政策実務系研修「法令実務B~法務の応用と実践~」条例の改正演習レ
ジュメ(九州大学大学院・法学研究院・准教授
田中孝男)
仁田山義明「自治立法と立法技術」川﨑政司(編)
『総論・立法法務』
(ぎょうせい)
自治体法務検定公式テキスト(自治体法務検定委員会
編)
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